データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 宇都隆史外務副大臣 特別講演 サイバー・イニシアチブ東京2020

[場所] 
[年月日] 2020年11月24日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

冒頭挨拶

 御列席の皆様、こんにちは。外務副大臣の宇都隆史です。

 本日は、「サイバーイニシアティブ東京2020」において挨拶する機会を頂き大変光栄です。

 今後DX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、国際社会との連携も更に進む中において、高い技術力を有する日本のサイバー分野での取組は国際社会の注目を集めていると理解しております。

 本日、産官学の垣根を超えて世界中の著名なサイバーセキュリティ関係者を集めた国際的なイベントを日本企業が主催していることを大変うれしく思います。

 主催者の皆様におかれましては、このイベントを成功裏に開催されたことを改めてお祝い申し上げます。

サイバー空間の重要性の高まりと社会の脆弱性の増大

 さて、各国でも導入が進みつつある第五世代移動通信システム、いわゆる5Gでは、高精細画像の伝送や多数のセンサーの活用など様々な分野でのサービスの提供が期待され、社会基盤としてへと進化していくことが見込まれています。

 更にその次の世代のBeyond 5G、いわゆる6Gは、サイバー空間と現実世界を一体化し、Society5.0のバックボーンとして中核的な機能を担うことが期待されています。

 現在、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大の影響もあり、オンラインイベントが増加したり、テレワークが常態化するなど、全面的にICTインフラに依存するような新たな日常が形作られてきていますが、これと同時に、サイバー空間と情報通信技術を悪用して引き起こされる犯罪やリスクが顕在化しています。

 このような社会全体としての脆弱性が明らかになる中、安全安心かつ多様な通信サービスを利用するためには、サイバーセキュリティの重要性がますます高まっています。

 近年、サイバー攻撃のように、サイバー空間と情報通信技術を悪用した犯罪や事案が非常に増えており、報道等でも大きく取り上げられるようになってきています。

 昨年3月にチェコの大学病院を襲ったランサムウェアによるサイバー攻撃では、手術や診療の遅延や中止などの人命にも関わる大規模な被害が発生しました。

また 、8月には日本国内38社が社内ネットワークへの不正アクセスに遭い、テレワークで必要な設備の情報が漏洩した可能性があると報じられました。

 来年には東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えています。このような大規模イベントはサイバー攻撃の標的となりやすい傾向にあります。

 今後とも、サイバーセキュリティは、産官学で万全の態勢を確立し、国家一丸となって確実に対応していくことが重要です。また、サイバー空間は、安全保障上、極めて重要な領域となりました。

 私は過去に航空自衛官として空の領域を守る兵器管制という任務についておりました。

 これは、24時間365日、日本周辺の空域の警戒監視を行い、許可なく接近する彼我不明機に対してスクランブル発進を命じたり、飛来するミサイルへ等の迎撃を命ずる等の任務を指します。

 現在我々が守るべき領域は、陸海空から宇宙・サイバーなどに拡大しており、サイバー領域における警戒監視の重要性が高まっています。

 サイバーセキュアな社会を考える上で、サイバー空間に対する安全保障・防衛の視点も必要不可欠な要素であるといえます。

 本日は、このような機会をいただきましたので、外務省として取り組んでいる、「法の支配の推進」、「信頼醸成措置の推進」、「能力構築支援」の3本柱からなるサイバー外交について簡単にご紹介申し上げたいと思います。

我が国のサイバー外交

 まずひとつめに、「法の支配の推進」についてお話しします。サイバー空間を悪用して行われる活動、いわゆるサイバー攻撃は、一般的に匿名性が高く、瞬時に国境を越える特性があります。

 従って、一国のみで対処することは現実的に容易ではなく、諸外国との連携や協力が必要となってきます。サイバー空間が将来にわたり、イノベーションや繁栄を生み出し続けるためには、自由、公正かつ安全な空間である必要があります。

 これを維持していくためには、ルールに基づく国際秩序が不可欠です。サイバー空間は新たな領域であると言われていますが、それが無法地帯であってはなりません。

 また、弱肉強食や適者生存の場であってもなりません。

 我が国の見解は、国連憲章第51条に認められた固有の自衛権を含む国連憲章全体や、国際人道法、国際人権法などの既存の国際法はサイバー空間にも適用されるというものです。

 サイバー空間と現実空間との境界は無くなってきており、サイバー空間でも現実社会と同様、国家は国際法に拘束され、違法行為には結果が伴うべきということです。

 国際法は、国家主権の侵害、干渉、場合によっては武力攻撃を含む国際違法行為となりうるサイバー攻撃を抑止し、対抗するための手段を被害国に提供しています。

 国家は、サイバー攻撃が国際違法行為に該当する場合には、責任ある国家が国際的な義務を遵守するよう促すために、サイバー攻撃に対して様々な措置を講ずることができます。

 国際人道法は、非軍事目標に対するサイバー攻撃を禁止しています。

 日本は、法の支配等について議論する国連のサイバー政府専門家会合に2014年から参加し、国際法の適用や、サイバー空間における責任ある国家の行動規範の策定など、法の支配の推進のため、国際場裏での議論に積極的に参加してまいりました。

 続いて「信頼醸成措置の推進」を紹介します。

 誤算や誤解によりサイバー空間における緊張がエスカレートするのを防ぐためには、各国政府がお互いの国内法、規制、政策、戦略、考え方について相互に理解を深めることが重要です。

 日本は、相互理解を深めるための取組としてこれまで14の国と地域とサイバー協議や対話を行ってきました。

 サイバー政策担当大使を筆頭に、各国とのコミュニケーションを継続し、信頼関係の維持に努めてきています。

 2019年には、オーストラリア、EU、フランス、インド、ロシア、米国との二国間協議、中国、韓国との三国間対話を実施してきました。

 また、日本は、地域に根ざした信頼醸成の発展を重視しています。

 例えば、ASEAN地域フォーラム(ARF)では、日本はシンガポール、マレーシアとの共同イニシアチブの下、サイバーセキュリティに関する会期間会合を立ち上げました。

 共同議長として、2019年3月にサイバーセキュリティに関する会期間会合での議論を主導し、2020年1月には専門家会合を開催し、次回のサイバー専門家会合及び会期間会合の開催を来春頃に予定してます。

 このARFは加盟国間の信頼醸成に重要な役割を果たすものであり、加盟国は、①実務者間の連絡先交換、②国内の法律、政策、戦略、規則に関する情報の共有、③セキュリティ事案への緊急対応に関する意識啓発と情報共有、④ICT利用におけるセキュリティ構築に関するワークショップの開催に合意しており、信頼醸成のための具体的な取組として実践してきています。

 続いて、3つ目の柱は「能力構築支援」です。

 世界中が繋がるサイバー空間において、セキュリティに対する意識や対処能力が十分ではない国々、いわゆるセキュリティホールを経由して、サイバー攻撃が行われる可能性が排除できません。

 サイバー空間におけるこのセキュリティホールが、日本を含む

世界全体にとってのリスク要因となるのです。

こう したセキュリティホールを国際的になくすためには、各国が、同じスタンダードを持って、十分な対応能力を有することが不可欠です。

 その意味において、開発途上国等の国々へのサイバーセキュリティの能力構築支援と人材育成支援が我が国の安全を確保する上でも重要となります。

 日本はASEAN諸国を中心に様々な能力構築支援を行ってきています。

 日本は、日本とASEANの関係者の信頼関係の強化を図り、政策調整を促進するため、「日ASEANサイバーセキュリティ政策会議」を開催しており、共同での机上演習やワークショップを実施してきています。

 また、ASEANのサイバーセキュリティ関係者や重要インフラ事業者の能力向上を目的として、タイ王国に「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築支援センター」を設立しています。

 日本国内においては、JICAのグループ・地域別研修の一環として、アジア、中東、アフリカ等の政策担当者、刑事司法実務家等を対象に、講義、机上演習、施設見学等の機会を提供しています。

 さらに日本・ASEAN統合基金を通じて、インターポール・シンガポール総局と連携した、「ASEANサイバー犯罪捜査合同プロジェクト及びASEANサイバー能力向上プロジェクト」を実施しています。

 日本は今後も政府一丸となって、戦略的かつ効果的な支援を行ってまいります。

結言

 最後に、日進月歩の技術進展に合わせて継続的に顕在化するリスクに対応し続け、将来にわたりサイバー空間の繁栄を維持し続けていくことが目下の課題です。

 サイバー分野においてもマルチステークスホルダーという言葉が使われますが、産官学の垣根を超えて全ての範囲・レベルで連携していくことが重要です。

 近年、一部の国では、国家が優越的な地位からサイバー空間、特に、インターネット空間の管理や統制を重視をするという潮流が出てきていることが否定できません。

 しかし、こうした国によるインターネット空間の過度な管理や統制というものは、マルチステークホルダーでの取組に相反するものであり、日本が目指すものではありません。

 産官学がより連携を進め、国、そして国際社会が一丸となって努力を積み重ねることが重要です。

 こうした意味でも、今般日本において、日経サイバーイニシアチブ東京2020という素晴らしいイベントが開催され、海外を含め産学官から多くの方々が参加し、様々な議論がなされることは時宜を得ていると思います。

 菅総理は、就任後初となる記者会見の場で、日本のデジタル化を強く促進していく意思を述べられました。

 菅総理のリーダーシップの下、日本は自由で公正で安全なサイバー空間の実現に向け、積極的なサイバー外交を継続して参ります。

 ご静聴ありがとうございました。

(了)