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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] サイバー・イニシアチブ東京2021 特別講演 小田原副大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 2021年11月30日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

 御列席の皆様、こんにちは。外務副大臣の小田原潔です。

 本日は、「サイバー・イニシアチブ東京2021」でお話させて頂く機会を頂きましたこと、誠にありがとうございます。

 今年は、デジタル庁の新設やサイバーセキュリティ戦略の改定など、我が国においてこの分野に関する国内施策が推進されています。より一層国際社会との連携も視野に入れていくことも重要であります。

 本日、産官学の垣根を超えて日本国内を始め、世界中の著名なサイバーセキュリティ関係者を集めた国際的なイベントを日本企業が主催していることを大変うれしく存じます。主催者の皆様におかれましては、このイベントを無事に開催されましたことに関して、改めてお祝い申し上げます。

 サイバー空間という言葉を聞いて、皆さん様々なイメージをお持ちになることと存じます。現代の我が国の経済の場で、サイバー空間はあらゆる活動に不可欠な社会基盤になっています。決して一部の専門家にだけ関係するものではありません。全国民が参画する「公共空間」として、その重要性そして公共性はますます高まっています。また、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響でオンラインによるイベントの増加やテレワークの常態化などと相まって、経済と社会全体のサイバー空間への依存度は急速に高まっています。サイバー空間の公共空間化は、そこへの攻撃が我が国の経済と社会に甚大な影響を与え得るという点で、便利さと安全保障上のリスクの両方がある側面を合わせ持っています。

 今年5月に米国において発生した石油パイプライン事業者へのサイバー攻撃など、重要インフラに対するサイバー攻撃で経済と社会に大きな影響が出た事例も発生しています。特に、国家を背景に持つサイバー攻撃は深刻な脅威です。軍事関連情報を含む機微な情報を盗み取られるなど、サイバー空間は、地政学的緊張を反映した国家間の競争の場となっています。表向きが平安でも、平時とは言えない様相を呈しています。

 特に国家の関与が疑われるサイバー活動として、中国は軍事関連企業、先端技術を持っている企業等の情報窃取を目的として、また、ロシアは軍事的及び政治的目的の達成を企み、北朝鮮は政治目標の達成や外貨獲得を目的として、サイバー攻撃等を行っているとみられています。さらに、これらの国等は軍をはじめとする各種機関のサイバー能力の構築・増強を継続していると考えられます。

 サイバー空間への国際社会全体の依存度が高まる中で、本分野における国際法に関して、引き続き議論を深めていく必要があります。加えて、サイバー空間に関する基本的価値の相違や、国際ルール等をめぐる対立も顕在化しています。仮に一部の国が主張するように、国家によるサイバー空間の管理・統制の強化が国際ルール等の潮流となれば、我が国の安全保障にも資する「自由、公正かつ安全なサイバー空間」や従うべき基本原則の確保が脅かされかねない、そういう状況になります。

 このような状況を踏まえ、外務省は、自由、公正かつ安全なサイバー空間を実現するために、「法の支配の推進」、「サイバー攻撃抑止のための取組」、「信頼醸成措置の推進」、「能力構築支援」について、様々な場面において外交活動を展開しています。それぞれにおける具体的な内容を紹介致します。

 「法の支配の推進」は、サイバー空間における各国の活動に対して、既存の国際法が適用されることを前提に、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を確保するためのルールを形成していこうとするものです。

 国際社会において、法の支配を確立することは、国家間の関係を安定させ、紛争の平和的解決を図る上で、重要な意義があります。日本はこれまでサイバー空間に限らず、国際社会における法の支配を強化すべく、様々な分野において二国間・多国間でのルール作りとその適切な実施を推進してきています。これと同様のことを、サイバー空間においても推進することが重要です。

 サイバー空間への既存の国際法の適用とルールの在り方については、国連において議論が進められてきており、我が国も積極的に関与しています。

 具体的には、2004年以降、サイバーセキュリティに関する政府専門家グループが6会期にわたり設置されています。我が国は積極的に議論に貢献しています。このグループは、国連事務総長が任命した25カ国の政府専門家から構成されています。これまで4つの報告書を発出し、それら報告書において、既存の国際法がサイバー空間に適用されることを確認するとともに、既存の国際法を補完する11の規範を確認したこと等が成果として挙げられます。報告書は、全国連加盟国が参加する国連総会において全会一致、反対国なしで承認されています。また、全ての国連加盟国が参加する会合、サイバーセキュリティに関するオープンエンド作業部会という枠組みにおいても、様々な議論が行われています。

 各国がサイバー空間への国際法の適用に関する見解を公表するという活動も進みつつあります。このような活動は、サイバー空間における各国の活動の透明性を向上させるものであります。より多くの国がその見解について公表することが望ましいとの考えから、日本の考え方を積極的に発信すべく、我が国も今年「サイバー行動に適用される国際法に関する日本政府の基本的な立場」として、外務省ウェブサイトにおいて公開をいたしました。その内容は、国連憲章を含む既存の国際法がサイバー行動にも適用されることを再確認した上で、既存の国際法がどのようにサイバー行動に適用されるか、最も重要かつ基本的な事項に関する現時点の立場を示したものです。具体的には、主権侵害、国家責任、紛争の平和的解決及び自衛権等に関する我が国の立場を示したものです。現在、我が国の他に14カ国が同様の見解を公表しています。今後も、このような活動が広まっていくと予想されます。

 「サイバー攻撃抑止のための取組」としては、パブリック・アトリビューションというものがあります。これは、各国がサイバー攻撃を行った主体に対する非難や懸念を公に表明することであり、その表明により、攻撃者にサイバー攻撃のコストを理解させ、サイバー攻撃の実施を思い止まらせることを目的としています。

 我が国は、これまで、2017年にワナクライ事案の背後に北朝鮮の関与があるとして公に非難したり、2018年に中国を拠点とするAPT10{エーピーティーテンとルビあり}といわれるグループが長期に渡る攻撃を行ったことを公に非難しています。今年7月には中国政府を背景に持つAPT40{エーピーティーフォーティーとルビあり}や中国人民解放軍61419{ろくいちよんいちきゅうとルビあり}部隊を背景に持つTick{ティックとルビあり}というサイバー攻撃グループが関与した可能性が高いサイバー攻撃について、外務報道官談話を発出し、同盟国・同志国と連携してこれらの行動を断固として非難しています。

 また、日米「2+2」{ツープラスツーとルビあり}において、サイバー攻撃が一定の場合には日米安保条約第5条が適用されるものだと確認していることも、抑止のための重要な取組の一つです。

 次に、サイバー空間における「信頼醸成措置の推進」についてお話します。誤算や誤解によりサイバー空間の緊張がエスカレートするのを防ぐには、国内法、規制、政策、戦略等について幅広い相互理解が必要です。

 そのために、我が国はこれまで14の国・地域とサイバー協議や対話を行ってきました。新型ウイルス感染症の影響により、昨年来、開催には大きな制限を受けつつも、英国、ドイツとの二国間協議、中国、韓国との三国間対話をオンラインで実施し、今後は対面形式も視野に入れ、さらに多くの国との協議を検討しています。

 地域的な枠組も重視しています。例えば、ASEAN、米国、豪州、EU等が参加するASEAN地域フォーラムでは、我が国はシンガポール、マレーシアとともに共同議長を今年8月まで務め、関連するサイバーセキュリティに関する会合を開催し、地域的・国際的なサイバーセキュリティ環境に対する見方や各国の取組みに関する意見交換を行いました。

 最後に「能力構築支援」です。サイバー空間には国境もなく、つながっていることから、一部の国や地域でのサイバー攻撃事案対処に必要な能力不足が世界全体にリスクをもたらす可能性があります。そのような観点から、他国及び地域の能力を向上させることはその国や地域だけではなく、世界全体の安全を守ることにつながる、非常に重要なことです。

 我が国は、これまで主にASEAN諸国を対象として、コンピュータ・セキュリティ・インシデント対応チームや関連する行政関係者などに対する能力構築支援を行っています。また、ASEANのサイバーセキュリティ関係者や重要情報インフラ事業者の能力向上を目的として、タイに「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築支援センター」を設立するとともに、共同の机上演習やワークショップ等の取組みも行っています。更に、我が国は本年、サイバーセキュリティ問題の解決へ向けた取組を推進し、彼らが必要とする技術的な解決策の提供を行うため、サイバーセキュリティに特化した新たな基金として世界銀行が立ち上げた「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金」にエストニア、ドイツ、オランダと共同で拠出をいたしました。さらに、日本・ASEAN統合基金を通じて、インターポール・シンガポール総局と連携した、「ASEANサイバー能力向上プロジェクト」及び「サイバー犯罪に関するASEAN合同オペレーション」を実施しています。

 これまでの我が国における各種活動に加えて、サイバーセキュリティに関する国際社会における活動はますます活発になってきています。

 具体的には、今年9月末に開催された日米豪印首脳会合において、サイバー空間における脅威に対抗し、重要インフラ等の保護のために協力することが確認されました。また、10月には、身代金などを要求する「ランサムウェア」と呼ばれる不正プログラムを使ったサイバー攻撃対策における国際連携を強化するため、米国主催で我が国や欧州など約30か国によるオンライン会議も開かれました。今後とも、国際社会と連携したこうした取組はますます重要なものとなっていくでしょう。

 サイバー分野における課題の解決には、産官学の垣根を超え、全ての範囲・レベルで連携していくことが重要であります。産官学がより連携を進め、国、そして国際社会が一丸となって努力を積み重ねることが重要です。

 こうした意味において、今般開催されている、サイバー・イニシアチブ東京2021は非常に重要であり、海外を含め産学官から多くの方々が参加し、様々な議論がなされることは時宜にかなっていることでありましょう。

 今後とも、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」の実現に向け、外務省としても積極的に活動して参ります。

 御静聴ありがとうございました。