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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 環太平洋連帯の構想

[場所] 
[年月日] 1980年5月19日
[出典] 大平総理の政策研究会報告書−4 環太平洋連帯の構想
[備考] 
[全文]

昭和55年5月19日

内閣総理大臣大平正芳殿

環太平洋連帯研究グル一プは、昭和54年3月6日に発足して以来、環太平洋連帯のあり方について検討を行ってきました。この間、昭和54年11月14日に中間報告を提出しましたが、このたび報告をとりまとめましたので、ここに提出します。

政策研究会・環太平洋連帯研究グループ

議長(代行)・幹事

名古屋大学教授 飯田経夫

(注)昭和54年11月9日まで、大来佐武郎外務大臣が当研究グループの議長であった。

政策研究員・幹事

東京大学教授 佐藤誠三郎

政策研究員

東京大学教授 石井威望

京都大学教授 高坂正堯

通商産業省機械情報産業局次長 小長啓一

埼玉大学助教授 ●{木へんに示に申}原英資

東京銀行取締役人事部長 高垣佑

外務省大臣官房審議官 堂ノ脇光朗

筑波大学助教授 中川文雄

東京外国語大学教授 中嶋嶺雄

農林水産省畜産局家畜生産課長 中瀬信三

防衛大学校教授 西原正

運輸省大臣官房文書課長 林淳司

大蔵省関税局総務課長 古橋源六郎

東京大学教授 本間長世

大阪大学教授 山崎正和

一橋大学教授 山澤逸平

経済企画庁長官官房参事官 吉川淳

東京大学教授 渡辺昭夫

政策研究員・書記

大蔵省銀行局銀行課課長補佐 鏡味徳房

在ニューヨーク日本国総領事館・前外務省大臣官房調査部企画課首席事務官 鹿野軍勝

大蔵省国際金融局調査課企画係長 神原寧

外務省大臣官房調査企画部企画課首席事務官 西田恒夫

 当研究グループは、環太平洋連帯のあり方に関する検討を進めるにあたって、次の方々をはじめ、内外の多くの方々の貴重なご意見を参考にさせていただいたことを、申し添えます。

(敬称略・五十音順)

日本学術振興会理事長 天城勲

日本長期信用銀行顧問 稲村光一

東京大学教授 衞藤瀋吉

(財)フォーリン・プレスセンター専務理事 河村欣二

一橋大学教授 小島清

東京急行電鉄(株)社長 五島昇

伊藤忠商事(株)会長 瀬島龍三

(株)野村総合研究所副社長 徳山二郎

東京工業大学教授 永井陽之助

国際連合地域開発センター所長 本城和彦

京都大学教授 矢野暢

通商産業省顧問 和田敏信

 また、当研究グループの検討および本報告の作成にあたっては、次の方々をはじめ、各省庁や内閣総理大臣補佐官室など多くの方々から、資料、情報の提供など多大のご協力をいただいたことを、付記します。

(敬称略・五十音順)

大和証券(株)国際金融部次長 安部朝弘

文部省社会教育局社会教育課長 五十嵐耕一

(株)野村総合研究所主任研究員 江口雄次郎

外務省大臣官房外務参事官 國廣道彦

在オランダ日本国大使館参事官 黒河内久美

日本航空(株)国際業務室次長 瀧田あゆち

法務省民事局第五課長 田中康久

郵政省大臣官房文書課長 富田徹郎

労働省職業安定局雇用政策課長 野見山眞之

富士通(株)取締役海外事業本部長代理 橋本綱彦

外務省大臣官房審議官 平岡千之

野村証券(株)取締役国際金融部長 山田守正

法務省大臣官房参事官 山本達雄

郵政省大臣官房電気通信参事官 米澤允克

報告書要約

I 環太平洋連帯の理念

(1)交通・通信手段の著しい発達によって、太平洋は内海と化し、太平洋諸国がひとつの地域社会を形成し得る条件が整った。現に太平洋諸国の間では、すでに二国間・多国間の協力関係が多様に展開され、そこにひとつの地域社会の建設を構想する動きもいくつかある。

(2)われわれの環太平洋連帯構想は、このことを前提としつつ、21世紀を目指して、この地域がもつ大きな可能性を、たんに太平洋諸国のためだけでなく、人類社会全体の福祉と繁栄のために、最大限に引き出そうとするものである。

(3)太平洋地域の著しい特色は、次の2点にある。

(i)この地域にある諸国は、先進国・発展途上国の別を問わず、活力とダイナミズムに満ち、大きな可能性を秘めたものが多い。

(ii)この地域にある諸国は、経済の発展段階で見ても、人種・文化・宗教などにおいても、極めて多様である。

(4)このような認識を前提とするわれわれの構想は、次の3つの特色をもつ。

(i)地域外に対しては、それは排他的で閉ざされたリージョナリズムでは決してない。ガット・IMF体制を基軸とする自由で開かれた国際経済システムが、近年かげりを見せていることを深く憂慮するわれわれは、太平洋諸国が、その特色とする活力とダイナミズムをよく活用して、グロ一バリズムの新たな担い手となることを、心から期待する。

(ii)地域内部においても、それはあくまでも自由で開かれた相互依存関係の形成を目指す。まず、文化面の多様性を最大限に尊重しつつ、その交流を図る。経済面では、発展途上国の立場と利益を最大限に尊重しつつ、自由な貿易や資本移動を極力促進する。先進国側の率先した市場開放、経済・技術協力と、発展途上国側の着実な自助努力とによって、この地域が、南北問題にひとつの新生面を切り開いていく可能性は大きい。

(iii)われわれの構想は、この地域にすでに存在する二国間・多国間の協力関係と、なんら矛盾しない。むしろそれらの成果に立脚し、相互補完関係に立つものである。

II 環太平洋連帯の課題

(1)環太平洋連帯構想を推進するためには、さまざまなことが可能であり、必要である。そこには、いますぐ取り上げられるべき課題もあり、長期的な課題もある。関係諸国が共同で取り組むべき課題もあり、日本が率先して進めるべき課題もある。

(2)われわれは、報告書において、推進すべき多くのプロジェクトを提示した。この要約では、われわれの考え方の概略を述べ、参考までにいくつかのプロジェクトを例示する。

(3)多様性の尊重がわれわれの構想の核心であり、したがって、地域内の諸国民がその多様性を相互に深く理解し合うことが、この構想推進の第一歩となる。それは、あらゆるレベルで、さまざまな人々によって、行われなければならない。

 例えば、青少年の留学、「洋上大学」、ホーム・ステイなどによって人的交流を促進するとともに、「環太平洋博覧会」など各種のフェスティバルを開催して、域内諸国の文化遺産、芸術作品、日常生活などを互いに紹介し、相互理解を深める。

 また、観光の相互理解に果たし得る役割を再評価し、「ワーキング・ホリデー」などの活用を図る。

(4)域内の教育・学術交流の促進のために、日本の大学の国際化を大幅に進める必要がある。この点で、国立大学での外国人教員の差別撤廃、国際的に開かれた大学院大学の設立、地域研究の推進などが、極めて重要である。

(5)発展途上国開発の大きな隘路となっている人材不足に対して、先進国の人づくり協力・技術協力の体制を強化することが必要である。

 日本も、この分野でいっそう貢献するため、例えば「技術協力総合センター」を設立して、これまで専門家が、いわば国内業務のかたわら、アド・ホックに派遣されるにすぎなかった体制を、大幅に改善する。

(6)太平洋地域における貿易の協調と拡大を進め、域内産業構造の積極的な転換を図るため、関係諸国間で「貿易と国際投資に関する環太平洋宣言」を起草して、指導理念を明確にする。この宣言で、先進国は、貿易自由化や関税・非関税障壁の軽減など市場開放について、プレッジを行う。発展途上国には、とくに国際投資の環境づくりについて、プレッジを行うことを期待する。

 また、「環太平洋産業政策協議フォーラム」を設立し、指導理念の現実的適用について議論を重ねる。

 とくに日本としては、この地域全体の発展に貢献することが、日本にとっても中・長期的に大きな利益をもたらすことを認識し、例えば、熱帯農産物など相手国関心品目の輸入拡大、中進国への技術移転の促進に、努力すべきである。

(7)太平洋地域に豊富に存在する資源の開発について、関係諸国が協力すべき分野はすこぶる多い。

 例えば、広大な海洋が秘めている無限にも近い資源を活用するための手がかりとして、「太平洋海洋科学共同調査」を実施することは、極めて挑戦的な課題である。

 人工衛星の共同利用による資源探査や、原子力、石炭の液化・ガス化、太陽熱、バイオマスなどエネルギーの共同開発も、魅力あるプロジェクトであろう。

 また、米の増産に関する共同プロジェクトの推進など農業協力、未利用樹種の利用・開発など林業協力や水産資源の有効活用のための漁業協力も、重要な課題である。

(8)さまざまなプロジェクトを行うためには、地域内における資金の流れが円滑であることが、不可欠の前提である。

 このため、域内国際金融・資本市場の発達が重要であるが、日本も率先して、直接・間接の規制や相対取引の縮小、金利の自由化など、金融・資本市場の開放・自由化を進めることが必要である。

 また、米ドルは引き続き重要な国際通貨としての役割を果たしていくであろうが、日本円についても国際的使用の増大を展望した施策を行うべきである。

 さらに、域内国際金融機関の拡充や投資保証協定の締結など、投資環境の整備が重要である。

(9)交通・通信分野での近年の著しい技術革新の成果は、太平洋地域において必ずしも十分に活用されていない。

 航空については、東西・南北の幹線とともに域内周回・島嶼路線を整備し、旅客・貨物の多様なニーズに見合った運賃体系を導入する必要がある。

 通信については、光ファイバー・ケーブルなど新技術の開発を展望して、太平洋通信網の整備を図り、料金制度の改善に努めるべきである。なお、域内直接放送衛星の打上げも夢のあるプロジェクトである。

 さらに、マス・コミュニケーション・システムと入国管理、在留管理などの制度の国際化も、鋭意進められなければならない。

III 環太平洋連帯の実現を目指して

(1)このような可能性と多様性をうちに含む地域に、ひとつの連帯を構想することは、史上に類を見ない。それは、課題の魅力の大きさと困難さとを、同時に物語っている。環太平洋連帯の推進は、あくまでも拙速を避け、広く国際的討議を積み重ねながら、慎重かつ着実に行われなければならない。

(2)本年9月、オーストラリア国立大学(ANU)で開催されるセミナーが、今後に続く一連の国際会議の端緒をなすことが期待される。さしあたりは、そうした会議の運営主体として、関係諸国の識者15ないし20名から成る民間委員会が設立されることを、われわれは期待する。

 何回かの会議の積重ねの後には、この委員会は、環太平洋連帯のための常置機構的な性格を帯びてくるであろう。それは、関係諸国のコンセンサスを得た事項について、共同意見を発表し、関係諸国政府に勧告することもできよう。

(3)この委員会とは関係なく、すでにその例が見られるように、特定のテーマについて政府または民間ベースで専門家の作業部会を設け、プロジェクトの推進を図ることは、環太平洋連帯の着実な実現のために極めて有益である。

(4)関係諸国政府が相語らって、国際機構を設立することを検討するのが、その次の段階である。

報告書

目次

I 環太平洋連帯の理念

II 環太平洋連帯の課題

1.国際交流・相互理解の促進

(1)文化交流

(2)教育交流

(3)学術交流

(4)観光

2.地域研究の推進

3.人づくり協力・技術協力

4.貿易の協調・拡大と産業調整

5.資源開発における協力

(1)エネルギー開発

(2)海洋開発

(3)農林水産協力

6.資金の円滑な交流

7.交通・通信体系の拡充・整備

(1)交通体系の整備

(2)通信網の充実

(3)出入国制度の改善

III 環太平洋連帯の実現を目指して

I 環太平洋連帯の理念

 大型ジェット旅客機と通信衛星に代表される交通・通信手段の著しい発達は、太平洋をめぐる国々の結びつきを飛躍的に高めた。長い間、太平洋諸国を分断してきたこの巨大な大洋も、いまや内海と化し、安全で、自由で、効率的な交通路となっている。太平洋地域は、歴史上はじめてひとつの地域社会となり得る前提条件を備えるにいたったのである。

 太平洋地域の顕著な特色は、活力と可能性に満ちていることである。そこには、現在の世界でもっとも巨大な経済力をもつ二つの国が存在するし、極めてダイナミックに成長しつつある経済がある。そして豊富な資源を埋蔵した広大な大陸と大洋とが横たわっている。世界の他の諸地域と比べて、この地域が備える活力と可能性の大きさは、誰の目にも明らかであろう。

 他方、この地域のもうひとつの特色は、その著しい多様性である。経済の発展段階で見ても、この地域にはさまざまな諸国があり、人種も文化も宗教も極めて多様である。いわば、太平洋地域は諸文明の合流地であり、世界の主要文明は、さまざまなバリエーションを伴いつつ、いずれもこの地域に深く根づいていると見ることができる。

 活力と可能性の大きさでは共通しながら、内部に豊かな多様性を含むこの地域は、いまやひとつの地域社会に発展しようとしている。それは、まさに21世紀を展望した新しい実験ではないだろうか。

 太平洋をめぐる国々の間の協力関係を促進し、この地域をひとつの地域社会として発展させようとする努力は、すでに関係諸国の中で多様に試みられている。いわゆる太平洋経済圏を形成するための構想はすでにさまざまに提案されており、また太平洋先進5か国の財界人を中心とする太平洋経済委員会(PBEC)や研究者のフォーラムである太平洋貿易開発会議(PTDS)も、1960年代末に結成されて以来、活動を続けてきている。さらに、アジア議員同盟(APU)その他議員レベルの交流を通ずるこの地域の協力関係の強化の試みも活発化しつつある。太平洋地域の豊かな可能性に対する自覚は、次第に醸成されているのである。さらにこの地域における二国間および多国間の協力関係は、後にも触れるように、すでに緊密かつ多様に形成されつつある。

 われわれがここに提案する環太平洋連帯構想は、以上のような事実認識に立脚して、太平洋地域の協力関係を促進し、この地域の可能性を、たんに太平洋諸国のためばかりでなく、人類社会全体の福祉と繁栄のために、最大限に引き出すことを目指すものにほかならない。

 近年われわれを深く憂慮させるのは、第二次世界大戦後30数年にわたって世界経済の発展の基盤であったガット・IMF体制を中心とする自由で開かれた国際経済システムが、かげりを見せはじめていることである。このような現状において、われわれが日本を含めた太平洋諸国に期待することは、これら諸国がその協力関係、相互依存関係を強めることによって、自由で開かれた国際経済システムの維持に新たな活力を与え、世界経済の発展と繁栄のための基盤であるグローバリズムの新たな担い手となることである。自由で開かれた国際経済システムの維持は、世界平和の持続と並んで、太平洋諸国自身にとってのみならず、世界経済そのものにとって、何よりも望ましいことであろう。われわれは、太平洋地域における連帯の強化が、こうした目的を達成するために果たし得る重要な役割に注目したい。

 したがって、われわれの構想の第一の特色は、それが世界に向かって開かれたリージョナリズムであって、決して排他的で閉ざされたものではない、ということである。地球社会への展望を欠いた地域社会、グローバリズムを排除したリージョナリズムに、発展と繁栄の可能性があり得ないことを、われわれは十分に意識している。しかし同時に、現在われわれが直面している問題の中には、まずリージョナルな協力を試み、それをグローバルな協力に発展させることが適切なものも少なくない。リージョナリズムを全く欠いたグローバリズムは、多くの場合、問題解決をより複雑で困難なものとしてしまうであろう。

 しかし、果たして太平洋諸国は、グローバリズムの新たな担い手となる資格をもつであろうか。まず、活力に富み、ダイナミズムにあふれる国々ほど、自由で開かれた姿勢を取りやすい。太平洋地域を特色づける活力とダイナミズムの存在は、この点われわれを力づけるであろう。しかし他方、ヨーロッパ共同体(EC)の例を見るまでもなく、一般に国と国との協力関係は、経済の発展段階を同じくし、人種的・文化的にも共通の背景をもつ場合に、円滑に進む傾向がある。この点から見ると、太平洋地域を特色づける極度の多様性は、われわれを悲観させるかもしれない。共通の伝統と追憶もなく、社会的同質性も存在しないところに、緊密な連帯感で結ばれた地域社会の建設を構想することは、果たして可能であろうか。

 しかし、密接な相互依存関係のネットワークが全地球的規模にひろがり、地球上の各地域が鋭敏に反応し合うようになった今日、多様性を前提とした協力関係の推進以外に、平和と繁栄の方途があり得ないことは、南北問題ひとつを取ってみても、ただちにわかる。太平洋地域の多様性は、環太平洋連帯構想を実現することの困難性を示すと同時に、この構想が21世紀を目指した人類史的重要性をもっていることをも意味している。この地域における協力関係の進展は、グローバルな規模での国際協力のひとつのモデルとなり得るのであり、その意味で多様性こそは、環太平洋連帯構想を魅力あらしめるゆえんなのである。

 われわれの構想の第二の特色が、ここから出てくる。環太平洋連帯構想は、外に対してグローバリズムでなければならないだけでなく、内部においてはあくまでも自由で開かれた相互依存関係の形成を目指さなければならない。文化交流においても、経済交流においても、太平洋諸国は基本的に開かれた政策を採らなければならない。

 われわれは、太平洋地域を特色づける文化の多様性をあくまでも尊重する。文化の多様性は、技術的、経済的な相互依存度が進むにつれて、諸国民間の価値観の相違を浮き立たせ、種々の摩擦を引き起こす原因となりやすい。しかし、むしろそうした摩擦を契機として、この地域の人々が文化の多様性をよりよく認識し、相互理解をよりいっそう深めることを、われわれは期待する。さらに、機械文明の発達が画一性をもたらしやすいことを考えると、文化の多様性は、人類の未来を豊かにするための積極的な資産だと考えられる。太平洋地域の多様な文化は、たんに保存すべき遺産なのではなく、新しい技術や制度を生み出すための貴重な触媒でもある。

 たしかに、急激かつ性急な社会変動が、それぞれの文化・社会のもつ創造性を破壊し、排他的で偏狭なナショナリズムを生み出す危険は、常にある。しかし他方、国際交流の増大、相互依存関係の深化が、すべての協力関係の基礎であることも明らかであろう。文化や言語の独自性、社会制度や慣習の多様性を相互に理解し尊重する自由で開かれた連帯こそ、環太平洋連帯構想のもっとも基本的な理念でなければならない。

 経済面における自由で開かれた相互依存関係とは、自由な貿易や資本移動を促進することである。もちろん、太平洋地域には、発展段階を異にする多くの国々が共存しているから、とくに先進国・発展途上国間の利害調整は、極めて重要な課題である。

 この場合、まず先進国としては、発展途上国の立場と利益を最大限に尊重しつつ、できるだけ市場経済の利点を生かし、自由な国際経済システムの維持・強化を念頭において、率先して市場の開放を進め、産業構造の転換を図っていくことが必要である。それはいくつかの苦痛を伴うが、さいわいこの地域の先進国が活力とダイナミズムに満ちていることは、このプロセスを比較的円滑に進行させる助けとなることが期待される。すなわち、今後この地域が、自由貿易の原則を担う中心的存在になる可能性は大きいのである。

 より具体的には、太平洋地域の先進国は、関税・非関税障壁を現状以上に増加させず、その国内市場を発展途上国のために漸次開放していくことを明示するのが望ましい。また、先進国・発展途上国両者の合意の下に、国際投資の円滑な推進のための諸原則を確立することも重要であろう。

 われわれは環太平洋連帯が、先進国による市場開放の努力を通じて、来たるべき時代の新たなグローバリズムを促進するのみならず、経済・技術協力や国際投資の実りある進展を通じて、先進国と発展途上国との問に新しい関係を確立する契機となることを期待してる。とかく対決に明けくれる南北問題が現在ひとつの曲がり角に来ていることは、多くの人々が認識しているところであろう。

 もっとも、南北問題の実りある展開は、先進国の努力だけではできない。むしろ、開発のイニシァティブはあくまで発展途上国自身に求められなければならず、開発戦略の基本は発展途上国の自助努力でなければならない。さらに、発展途上国が近代化・産業化を進めるに際しては、計画経済的要素の導入が必要だが、その場合にも、同時に市場を有効に活用し、民間のダイナミズムを最大限に引き出す努力もまた、決して軽視されてはならないであろう。以上のような自明の理がとかく忘れられがちなことが、これまで多くの発展途上国の開発を大きく阻む要因であったように思われる。

 ところが太平洋地域には、すでに中進国と呼ばれる国がいくつかあるし、たとえそうでなくとも、政治的に安定し、経済的に順調な成長を続ける発展途上国が、ASEAN諸国を中心として比較的多い。さらに、南北対話の場において、この地域の発展途上国が穏健かつ現実的な姿勢を維持していることも、注目に値する。今後この地域が、南北問題における新展開のモデルケースになる可能性は大きいのである。

 先に指摘したとおり、すでに太平洋地域には各国間の協力関係を促進し、さらにはこの地域をひとつの地域社会として発展させようとする試みが、さまざまに存在する。それとの関連において、われわれの構想の第三の特色を指摘したい。われわれの提唱する環太平洋連帯は、この地域にすでに存在する二国間ないし多国間の協力関係と矛盾するものではなく、むしろそれらの成果に立脚し、かつそれらと相互補完的関係に立つものである。

 太平洋地域には、さまざまな二国間協力関係のほかに、ASEANのように政治、経済、社会、文化など広く各方面にわたって深い連帯関係を築いている地域協力機構も存在すれば、南太平洋経済協力機関(SPEC)、アジア開発銀行(ADB)、国際連合アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)など、特定の機能を有する地域的な機関も存在している。多様性を特色とするこの地域において、このような地域的な協力関係はそれぞれ十分な存在意義をもっているし、この地域にダイナミズムが存在する限り、このような二国間・多国間協力の多様なネットワークは今後ますます発展するにちがいない。われわれの環太平洋連帯構想は、それらの協力関係を前提としつつ、それらを超えて、太平洋諸国全体にかかわる問題のよりよい解決を目指すものなのである。

II 環太平洋連帯の課題

 環太平洋連帯構想の推進のためには、何よりもまず、太平洋地域内の諸国民がその多様性を相互に深く認識し合うことが、第一歩である。

 このような相互理解の努力は、あらゆるレベルにおいて、さまざまな人々によって行われなければならない。例えば、合弁企業の生産現場で、先進国の人々と発展途上国の人々が肩を並べて働くとき、考え方の違いや仕事の進め方の違いが必ず起こる。そうした摩擦を認識し、それを乗り越えることが、まさに相互理解の促進であり、広い意味での文化の交流であろう。もちろん大学・研究機関における地域研究の促進、改善や各種の学術交流、あるいはさまざまな分野の指導者の交流の促進も重要である。また、留学生の交流や観光が果たし得る大きな役割にも注目したい。

 発展途上国の開発にとって、人材がもつ意味は極めて大きい。このような人材養成、つまり人づくりは、一般的には、自国の伝統と社会的風土の中で行われるべきものであるが、先進国の協力が果たしうる役割もまた決して小さくない。

 太平洋諸国が経済・貿易の分野における協力関係をいっそう推進していくことが期待される。この地域における貿易・投資の協調と拡大を進め、域内の産業構造の積極的な転換を図っていくためには、相互依存関係を深化させ、国際分業関係を確立させることが必要である。各分野における先進国の市場開放は、このための前提であるし、また、各国間の産業調整は、この分業関係を常に念頭におきながら行われる必要があろう。

 太平洋地域の今後の順調な経済発展は、各国の資源開発に関する有効な協力関係の確立によって大きく支えられることとなろう。海洋資源、鉱物資源の共同開発、食糧増産についての共同プロジェクト等各国が協力できる分野ほ極めて広い。さらに、貿易の促進や国際的共同事業の拡大のためには、当然のことながら、域内での円滑な資金の供給が必要となる。

 さらに、太平洋地域における人間や物の交流、あるいは思想や情報の交換をより容易にするための基盤として、交通・通信網の拡充や諸制度の改善が必要であることはいうまでもない。われわれは、太平洋地域の各国が、交通・通信の分野での最近の著しい技術革新の成果を十分活用した政策的対応にいっそう努力することを希望したい。

 さまざまな可能性に満ちた太平洋諸国間の連帯を現実のものとしていくために、それぞれの国が個々に、また共同で、何をいかなる方法でなすべきかは、それ自体が、関心を抱くすべての諸国民が協力して明らかにしていくべき問題である。以下に述べるのは、そのような討議にわれわれとしてはどのような態度をもって臨むのかについて、現段階でのわれわれの考え方を示したものである。われわれがここに行っている諸提案は、可能なことのすべてを尽くしているとは限らない。これらが、今後の国際的討議の過程で、より豊富かつ具体的なものへと発展していくことを期待する。

1.国際交流・相互理解の促進

 すべての国際協力は、諸国民の間に、それぞれがかかえている問題に対する感受性を養成することから始まる。そして、そのような相互の感受性が育つためには、数多くの交流の積重ねにまつ以外にない。

 異なる歴史と伝統をもち、経済発展や政治制度、社会慣習などにおいて多様な太平洋諸国民が地域的協力を進めていくためには、あらゆるレベルでの相互理解の促進の努力がとりわけ必要である。

 そのような目的のための国際交流を、以下、広範な国民諸階層間の文化交流、留学生を中心とする教育交流、大学その他の研究機関における学術交流に分けて、その順に取り扱う。また、観光はこれらとはやや異なった性質をもつが、それが国際交流に果たし得る大きな役割に注目して、ここで論じておきたい。なお、学術交流のうち、地域研究はとくに重要な一分野をなすと考えるので、項目を改めて取り扱いたい。

(1)文化交流

 相互依存のレベルが今日のようなところまで進むと、多様な種類の人々が、広範に、かつ多かれ少なかれ恒常的に、国境を越えて相互に接触し、交流し合うようになる。そこから相互理解の深化が生まれるとは単純にはいえない。むしろそのような形で異種の文化が出会うことによって、さまざまな摩擦が生じる可能性が多い。しかし、そうした摩擦が刺激となって、あるいは相手側の文化のより突き進んだ理解への欲求が生じ、あるいは自己自身の文化への反省や再解釈が促される。こうして、長期的に見れば、文化交流は相互理解の深化という結果をもたらすであろう。

 これまでにも、二国間の文化協定やユネスコをはじめとする多国間の文化交流プログラム、さらにはASEANに関連した地域的な文化協力の事業など、さまざまな努力がなされてきた。これらのさまざまな形の文化交流をいっそう強化するための方策が関係諸国で講じられることを、われわれは期待したい。この領域の国際協力は、未開拓の分野が多く残されており、それだけに関係諸国民の創意がとくに必要とされる。われわれの提案は、おそらく、文化協力のもつ豊かな可能性に比べて、極めて控え目なものにすぎないであろう。なお、文化交流が、その性質からいって、本来多様な国民諸階層の自発性に基づくものであり、政府の政策はあくまでそのためのひとつの補助的手段にすぎないことを銘記すべきである。

 日本の太平洋地域に対する文化交流、文化協力の実情を見ると、近年国際協力における文化重視の姿勢は十分看取できるが、なお以下のような点で、改善の余地がある。

(i)国際交流基金、日本学術振興会などの充実

 日本には、国際文化会館や日本国際交流センターなど、活発に文化交流事業を実施している民間機関があるが、政府レベルでは、国際交流基金や日本学術振興会などの活動のいっそうの充実が必要である。例えば、日本研究や日本文化の紹介のための事業にあまりに重点がおかれてきた点を改め、より広い見地からの文化交流や文化協力に従来にもまして力を注ぐことが望ましい。また、これらの分野の活動に従事する専門家の養成とその待遇の向上に格別の配慮がなされるべきである。

(ii)『環太平洋文化基金』の設立

 日本政府はとくに近年、ASEAN文化基金やASEAN青年奨学金制度の創設、東南アジア文部大臣機構(SEAMEO)、アジア工科大学院、南太平洋大学への資金拠出など、第三国間ないし多国間の文化交流プロジェクトへの協力に力を入れている。今後の方向としては、太平洋諸国間の多角的文化交流の推進母体として、『環太平洋文化基金』の設立を、われわれは提案したい。その際、日本も相応の資金拠出をなすべきである。

 このような基金は、文化交流の推進に必要な組織、人材、資金などに不足しがちな関係諸国にとって役立つであろう。地域内の文化交流が特定諸国間のみに偏ることを防ぎ、すべての国にできるだけ多くの機会を与えることは、太平洋諸国民の間の連帯意識の高揚を図る上で意義深いであろう。

(iii)ユネスコ等国際機関および諸外国の団体との連携強化

 太平洋地域の文化交流を効率的に促進するためには、日本はこれまで以上に、既存の国際機関との連携を図り、活動の重複・競合の回避に努めるべきである。なかでも、ユネスコ、東南アジア文部大臣機構(SEAMEO)、アジア科学協力連合(ASCA)、ASEAN機構下の科学技術、社会文化活動、観光事業などに関する常任委員会、南太平洋委員会(SPC)などは、それぞれ有益な活動を行っており、これらの機関との提携をこれまで以上に密接にしていくことが望ましい。また、日本独自の文化交流事業と、例えば日米教育交流計画(フルブライト計画)、日米友好基金、豪日交流基金などの二国間の文化協力事業との調整にも十分配慮すべきである。

 これらの諸制度を通じて具体的にどのような事業が可能であるかは、関係諸国が協議して決めるべきことであるが、例えば次のようなことが考えられる。

(a)関係諸国間の相互理解に役立つような映画やテレビ番組(例えば記録映画や記録番組)の共同制作ないし交換、あるいは民話や民族芸術作品の相互紹介。

(b)多数国が参加する事業としては、太平洋地域のフェスティバル、スポーツ大会、博覧会。例えば『環太平洋博覧会』は、域内諸国の文化遺産、芸術作品、日常生活などを互いに紹介し、相互理解を深めるのに役立つであろう。

(c)太平洋地域での多角的な姉妹都市。現在、二国間には多くの姉妹都市関係が結ばれているが、これら既存の姉妹都市を結び合わせて多角的な関係に発展させるならば、それを通じて、各種の文化交流事業を進めうるであろう。これは、とくに、首都間の交流だけでなく、地域コミュニティー・レベルでの国際交流の促進のためにも有効な方法である。

(d)中学・高校生レベルでの留学など。姉妹都市関係の強化と並行して、各地域コミュニティーなどがイニシァティブをとる形で、中学・高校生レベルでの留学、「ワーキング・ホリデー」、ホーム・ステイなどの青少年の交流のための制度が拡充されることが望ましい。感受性の高い若い世代における国際交流の促進は、太平洋諸国間の相互理解を高める上で、大きな役割を果たすであろう。

(e)主として勤労青年や学生を対象とした『洋上大学』。特定のテーマを設定し、船内および寄港地で相当長期間、生活をともにしつつ学習や見学をすることは、通常の観光旅行では得難い持続的で深みのある相互理解の機会を参加者に与えるであろう。とくに、域内諸国が共同でこの事業を運営することが望ましい。

(f)伝統文化の保存および各種の文化施設の建設のための国際協力。文化遺産の修復・保存はその国民のアイデンティティーの確立に寄与するであろう。例えば、民族学博物館の設立は、たんに学術研究のためだけでなく、その国民自身に民族文化への自覚を高め、文化振興への刺激を与えるひとつの手段たりうる。また、さまざまな文化施設(例えば図書館、劇場、スポーツ施設)の建設と運営についても、資金的・技術的協力を提供できる国や団体があるはずである。

(2)教育交流

 教育交流は、関係諸国民間の相互理解を促進する方法としては、即効的ではないが、もっとも持続的で確実な効果を生むものと期待される。それは、ある面では、3.「人づくり協力・技術協力」で取り扱う人材養成の問題とも関連するが、ここでは、より広く、一国の枠を越えた共通の問題意識や知的関心を、とりわけ若い世代の間に、培うことを目指すものとして、とくに教育面での国際交流を重視したい。学校教育から大学および大学院のレベルまでを含めた広義の教育の分野の国際交流において、日本がこれまで行ってきた事柄とその改善の方向に重点をおいてこの問題を論じたい。

(i)留学生制度の充実

 現在、日本が受け入れている外国人留学生約6,000人のうち、日本政府の奨学金の支給を受ける国費留学生は約1,200人に及んでおり、近年着実に増加している。国費留学生の採用方法には、日本大使館推薦による方式のほかに、日本側の受入れ大学の推薦という方法がある。今後大学レベルでの恒常的な交流が充実するに伴い、後者の方法がいっそう活用されることが望ましい。

 奨学金の支給金額の面での国費留学生の待遇は、今日、日本は諸外国に比べて遜色がないといってよい。政府の奨学金以外にも、民間の奨学金が種々設けられており、とくに人数の点では、ロータリー・クラブが、またアジア・太平洋地域の諸国に重点をおくものとしては、とうきゅう{前5文字強調}外来留学生奨学財団などの例があげられる。今後、この種の民間の奨学金が、質量ともに、いっそう拡充されることが望ましい。

 資金面以外の留学生受入れ体制についていえば、日本国際教育協会や国際学友会、関西学友会という世話機関があるが、設備(留学生宿舎)の面でも、サービス(とくに留学に関する事前情報の提供を含む情報センターの機能)の面でも、相当の強化が今後必要である。しかし、それと並んで重要なことは、個々の受入れ大学での体制の整備である。とくに、日本語教育施設の強化および留学生担当事務職員の充実が緊急に必要である。大学付属の宿舎についても、外国人留学生だけを対象とするのではなく、日本人の一般学生と共同生活ができるものがより望ましいことは、諸外国での留学生制度の研究からも明らかになっている。このことは、日本では、一般家庭で外国人留学生を受け入れる条件があまり整っていないだけに、とくに重要である。

 日本への留学生の受入れをより容易にするためには、入学選考、学位取得、学年度の国際間の相違、外国語による授業の機会などに関し、制度・手続面での配慮が必要であろう。入学選考の方法については、とくに大学院への入学試験で、日本語以外の外国語能力にどの程度の比重をおくか、再考の余地がある。学位(とくに博士号)取得については、日本では、英米独などの諸国と比べて、医学や自然科学系以外の諸分野での学位取得の例が極端に少ないのが現状であり、そのことが外国人学生の日本への留学にとって大きな制約となっている。この点については、課程博士のほかに論文博士の途が開かれていること、提出論文は必ずしも日本語である必要がないことなどの現行制度のより多くの活用を期待したい。

 留学生の交流をより容易にするために学年度を国際的に統一することは、各国における制度が大学や教育を超えたより広い社会的慣習などの問題と関連するだけに、著しく困難であるが、ここでも、例えば第二学期からの入学を外国人留学生に認めるなどの方法が可能であり、現にいくつかの大学でその例がある。

 留学生の流れは、もとより相互的なものであるのが望ましい。日本においては、政府奨学金留学生の場合も、その他の場合も、その圧倒的多数が先進国向けである。若い世代に在外経験の機会を与えて、多様な異文化に対する関心や理解を促すためには、日本からの留学生の流れの現状はあまりに偏りすぎている。個人負担によるものは別としても、各種の奨学金の支給においては、このことを念頭におくべきであろう。しかし、これは奨学金の問題だけでなく、大学間の日常的な人的交流が特定の先進国間以外では乏しいことがその理由となっているので、その点の改善が伴わなければならない。また、2.「地域研究の推進」で述べるところとの関連では、太平洋地域の諸問題の研究のために、それらの諸国に留学しようとする大学院レベルないし若手の研究者に対する奨学金制度が格段に拡充されるべきである。

(ii)教育および研究機関の国際化

 学生の交流と並んで大切なことは、日本の教育・研究機関が教育や研究に従事するスタッフを諸外国からより自由に、かつより多く受け入れることである。この点で、日本の現状が極めて遅れていることは否み難い事実である。

 日本の国公立の大学・研究機関の場合、公務員法についての窮屈な解釈がひとつの隘路となっており、その打開のための新しい立法措置の必要は、広く論議されている。われわれは、外国人教員・研究者が日本人スタッフと同等の地位と待遇を与えられるべきであると考える。と同時に、日本の国公立大学における外国人スタッフの教育・研究に関する現行制度をより拡充し、外国語教育以外の専門科目にも広くその門戸を開くことが望ましい。

 なお、私立大学では法的制約はないが、外国人教員や学生の受入れについて私学がいっそうの努力を進めるよう、国庫補助金など種々の手段を通じて奨励すべきであろう。

 日本の研究者が諸外国の大学・研究機関において、教育や研究に従事する機会をより多くもちうるような奨励措置も必要である。現行の在外研究員制度も、より効果的な運用が図られるべきである。また、ひとつの方法として、近年、日本学術振興会を窓口として、日本のいくつかの大学と東南アジア諸国との間で試みられている、いわゆる拠点大学方式による大学交流がある。この方式の長所を生かすことによって、人的交流のみならず、機器、設備、施設面での協力を併せた包括的かつ継続的な大学交流を促進していくべきであろう。

 日本において新たに試みられるべきもうひとつの事業は、スタッフの少なくとも半数は外国人から成るような多国籍的な教育・研究機関の設立である。われわれとしては、その手始めとして、そのような広く国際的に開かれた新しい国立の大学院大学を設置することを提案したい。また、このことと関連して、日本に本部をもつ国際連合大学のいっそうの活用を図るべきであろう。このような試みは、日本の教育・研究機関の国際化を促進し、その教育・研究水準を向上させるために極めて有用であるばかりでなく、国際間の人的交流と相互理解の深化に大きく貢献するであろう。

 最後に、高等教育レベルでの国際交流に勝るとも劣らない重要性をもつものとして、中学・高校レベルでの外国人教員の受入れの問題があることを指摘しておきたい。現在、日本では、イギリスから英語教師を中学・高校に招致しており、またアメリカからは英語指導主事助手を招致しているが、同様の試みをいっそう拡充することが望ましい。このような学校レベルでの国際化は、とりわけ地方においていっそう推進されるべきである。

 なお、太平洋地域の先進国が共同で進めている域内相互理解のための教材開発、情報交換事業をさらに拡充する必要がある。

(3)学術交流

 学術面での国際交流は、それに携わる人や機関の点でも、その内容の点でも、上述した教育交流と密接に関連している。したがって、以下では、主としてどのような問題に関して共同研究が可能かつ望ましいか、そして、そのような共同研究を促進するための若干の補助的な制度について、簡潔に言及することとしたい。

(i)共同研究の推進

 人文・社会科学から自然科学までの諸分野において、太平洋地域に関する諸現象の解明は関係諸国の研究者の共通の関心事であり、その調査・研究は個々の国の研究者が「群盲象を撫でる」のでなく、国際協力による総合的、有機的な共同事業として行われるならば、その効果は大きく、かつ、その成果を太平洋諸国の共有財産として広く活用するためにも有益である。

 人文・社会科学の分野では、文化人類学者を中心とする民族文化や各地の民俗習慣の研究、文化伝播の経路の研究などは、とくに相互理解の増進に役立つであろう。また、地域研究、国際関係や経済的相互依存度の研究をはじめとして、交通、通信、都市化、国際コミュニケーション、地域社会の文化受容、などの共同研究も有意義であろう。自然科学の分野では、すでに国際学術連合会議(ICSU)、世界気象機関(WMO)、ユネスコなどの主唱の下に行われている地域内の気象や地震の観測・予知などの共同研究事業をいっそう推進すべきである。ここでわれわれがとくに強調したいことは、太平洋に存在する天然の富を関係諸国民の福祉に、より有効に役立てるため、ユネスコ政府間海洋学委員会が提唱する事業への参加を含め、『太平洋海洋科学共同調査』を積極的に推進することである。その詳細は、5.(2)「海洋開発」のところで述べる。

(ii)学術情報の相互利用の促進

各国が保有する学術情報の効率的利用を図ることは、学術交流を推進し、国際的な共同研究を進める上で、極めて重要である。そのためには、各大学・研究機関に集積されている学術情報の所在を統一的、集中的に把握している総合的な資料文献センターが設立されることが望ましい。また、このような資料文献センターが太平洋地域の各国に設置され、相互の利用に供されることが必要である。このためには、各国の図書目録方式の国際的な標準化、統一化が効果的であり、米国議会図書館の機械可読目録(MARC)の実績もあり、関係諸国間で標準化への努力を進めるべきであろう。

また、太平洋地域に関する学術研究を広く国際的に普及させる目的で、権威ある学術誌の発行も考慮されてよい。さらに、太平洋地域における学術交流を促進するために、国際会議が果たし得る役割も大きい。このような国際会議は、太平洋地域における国際的知的共同社会の形成を促すであろう。このような学術交流の促進のために、日本が資金面、運用面で率先して行動することを、われわれは期待したい。

(4)観光

 太平洋諸国間の国際交流の促進と相互理解の増進に資するもっとも一般的な形態として、観光の意義に注目したい。広範なレベルでの個人的な接触の増大が観光の促進によってもたらされるとすれば、このような国際交流が果たし得る役割は決して小さくない。もっとも、現在の商業化された団体旅行がそのような機能を十分に果たしているとはいい難い。われわれは、観光が相互理解の増進に、よりよく役立つ方途を探るべきであると考える。例えば、最近日豪間で検討されている、青年を対象とした「ワーキング・ホリデー」の制度が注目される。この制度をアメリカ、カナダをはじめ、他の太平洋諸国との間に拡大していくことは有用であろう。

 観光資源の適切な開発が、発展途上国にとっても極めて魅力的な産業振興策である点にも留意する必要があろう。観光開発のための空港、道路等インフラストラクチャーの整備や地場産業の振興は、これら諸国の余剰労働力の吸収、所得増大効果等をもたらすこととなろう。もっとも、他の場合と同じく、観光開発においても、それが、その国の自然や社会環境の破壊につながるような急激かつ無思慮な方法でなされることのないよう、配慮することが重要である。とくに、先進国の巨大資本の進出により観光開発が進められる場合には、そのようなマイナス効果を極力回避するよう努めなければならない。

 ところで、今日、世界の国際旅行者の流れの中で、太平洋地域の占める割合は、極めて微々たるものにすぎない。これには、経済的理由をはじめさまざまな理由があろうが、観光資源の開発や普及、宣伝活動が十分でないことも大きな原因と考えられる。太平洋地域における自然景観、文化遺産といった観光資源の豊富さを考慮すると、この地域は観光を軸とした国際交流について、大きな可能性を秘めているということができる。

 太平洋地域における観光振興のためには、域内各国の官民協調の機構として、太平洋観光協会(PATA)が存在している。この機構は、もともと欧米等から太平洋地域への旅行を促進することを主な機能としていたが、昨年からはこれに加えて、域内相互の観光振興および開発・調査機能などの充実が行われている。今後は、この機構を中心として、太平洋地域における観光協力のための体制の整備が進められることを期待したい。

2.地域研究の推進

 諸国民間の相互理解は、さまざまなレベルでの多様な形態の人間的接触が基礎とならなければならない。しかしそれと同時に、学問的作業としての地域研究の促進も重要である。社会的にも文化的にも多様な太平洋諸国民の間においては、相互理解を深めるために、地域研究の果たし得る役割は極めて大きい。さらには、こうした地域研究の発展とともに、太平洋地域のもつ諸問題にとくに重点をおいた国際関係の研究や比較研究が必要であろう。

(1)日本における地域研究の充実

 これらの研究分野はいずれも、学問の発達の歴史においては、比較的若く新しいものである。日本を含め太平洋諸国において、すでにかなりの研究の蓄積があり、国際的な共同研究もある程度行われてきてはいるが、全般的にいえば、いまだ今後の発展にまつところが大きい。

 日本の諸大学・研究機関でも近年、地域研究の重要性がますます広く認められつつある。地域研究に関連した学科や講座をもつ大学も増えつつあり、地域研究に向けられた大学院の研究科や研究所も、いくつか存在している。このような既存の教育・研究機関をさらに拡充することがさしあたり可能なことであるが、より根本的な改善を必要とする多くの問題がある。例えば、第二次大戦後日本にとってもっとも密接な国であるアメリカの研究についていえば、近年着実に進展し、それに関する教育プログラムも充実してきているが、専門家の層は依然として薄く、資料文献センターも質量ともに不十分である。また、地域研究的アプローチによる中国研究も極めて手薄である。

 日本における太平洋諸国についての研究の現状は、全般的にはまだ著しく立ち遅れている。例えば、韓国、オセアニア諸国などに関する研究機関や講座は、ほとんど皆無に近い。こうした現状において、日本における地域研究を充実させるためには、まず、日本の大学・研究機関が、現代の国際環境や社会的要請に十分対応し得るように国際化されなければならず、地域研究促進のための体制整備に一段と積極的になることが必要である。この場合、太平洋地域の多様性に鑑み、大学間で研究の分業を考え、特定の大学がある地域の研究に集中することによって、重点的に研究効率を高めることが望ましい。また、研究の専門的分化とその総合の必要性から見て、同じ研究分野に重点をおく大学・研究機関が相互に協同して連合大学院(博士課程)を作り、研究の推進と研究者の養成を図ることも、ひとつの有益な方法として考えられてよいであろう。

 さらに大胆な試みとして、全く新しい構想に基づく研究機関の設立も検討に値する。地域研究は、その学際的な性質からしても、対象地域の言語の修得やフィールド・ワークを必要とすることから見ても、既存の研究体制の枠に入り難い。したがってこの際、一種のパイロット・プランとして、太平洋地域に重点をおいた地域研究のための大学院大学を新設するのも一案であろう。1.(2)「教育交流」で述べたとおり、この大学院大学は、世界各地からの学者や学生に広く門戸を開き、真に国際的な構成をもったものとすべきである。

(2)地域研究に関する地域的協力

 太平洋諸国に関する地域研究の発展が域内諸国の協力によっていっそう容易となるであろうことはいうまでもない。アメリカをはじめとして各国それぞれの地域研究の蓄積があり、それが今後相互に刺激し合い、相互に利用されるような制度的仕組みを考えるべきであろうし、とくに発展途上国が独自の地域研究を推進することが望まれる。

 日本は、日米教育委員会によって、アメリカと共同で両国間の学術・教育交流を行い、また、文化協定に基づいて、オーストラリアとの二国間の学術交流を進めるなどの協力体制を有しているが、今後このような制度がより多くの国に拡充されることが望ましい。さらに、太平洋地域の既存の地域研究機関に対しても、日本が今後どのような貢献ないし協力をなし得るかを考えていくべきであろう。また、地域研究促進の一方法として、域内の各地にそれぞれの条件に見合った語学研修センターを設立し、できれば、相互間で運営や教育方法などについて協力し合っていくのが望ましい。

 相互理解の増進のための地域研究は、外国を研究することと併せて、自国の社会と文化に対する外国人の理解を促進するための努力や、外国における日本研究専門家の研究への協力ないし援助を含むものである。諸外国における日本研究の促進については、国際交流基金、日本学術振興会などの機関が持続的に成果をあげてきているが、外国人研究者のための日本研究プログラムをいっそう充実させる必要があろう。

3.人づくり協力・技術協力

 発展途上国の開発は、基本的にはその国自身の自助努力に基づかなければならない。そして、そうした自助努力の中核をなすのは、その国の開発目的とニーズを正しく把握した上で、有効な開発戦略を立案し、その実現に向けて国民の努力を集中していく能力をもった指導者、専門家である。しかし、一般に発展途上国では、そういう人材が著しく不足している。

 そういう人材の養成は、直接的にはその国の文化的、社会的風土の中で進められるべきものであるが、日本をはじめとする先進国が果たし得る役割も決して小さくない。人づくり協力・技術協力は、今後の発展途上国に対する経済協力の主要な柱となるべきものである。とくに、太平洋地域の多くの発展途上国は、今まさにテーク・オフの段階に入っており、今後は経済、行政、学術・研究その他各界の活動を担う技術者、中間管理者、技能者、経営者、研究者等の人材をいっそう必要とするにいたっている。そして、このような人づくりへの協力が、先進国と発展途上国との間の相互理解の促進、友好関係の増進に寄与するところが大きいことも、無視し得ない点であろう。

 このような人づくり協力・技術協力は、政府開発援助(ODA)としてばかりでなく、民間ベースでも、海外合弁企業による現地職員に対する技術トレーニングなどの形で行われている。さらに、とくに技術協力と銘打たなくとも、先進国の人々と発展途上国の人々とが肩を並べて働く場において、現場体験を通じて行われる技術移転の効果も重要であろう。

 しかしここでは、政府ベースの人づくり協力・技術協力を主として念頭において問題点を考え、ついで、先進国の一例として日本の協力体制のあり方について論じたい。

(1)人づくり協力・技術協力の問題点

 まず、人づくりの問題は、養成された人材の就業機会との関係を含め、その国の経済社会の各部門と密接な関係を有し、また、人づくり協力に実効をあげるには長い懐妊期間を要するので、人づくり協力にあたっては相手国の実情を正しく認識する必要がある。人づくり協力には、先進国側と発展途上国側との間の継続的で安定した信頼関係の存在が前提となる。われわれは、今日、太平洋地域における相互の信頼関係は着実に促進されつつあり、人づくり協力のいっそうの拡充のための基盤は強化されつつあると認識している。

 また、人づくり協力の強化のためには、先進国間の緊密な協調を含めた地域的規模での協力の促進が不可欠である。日本としては、このような協力の重要性についての認識を深めつつあるアメリカその他の先進国や国際機関に呼びかけて、互いに経験、情報を分かち合い、それぞれ得意な分野を深めていく必要がある。すでに昨年から、日米両国政府間でこのような情報交換の場が設けられている。さらに、例えば日本が独自の援助プロジェクトを実施する場合に、受入れ国はもちろん、他の諸国の専門家を国籍にとらわれずに活用することが、援助効率を高める上で有用であろう。

 なお、人づくり協力・技術協力にあたっては、発展途上国の諸条件に適した技術が開発され、移転される必要があることはいうまでもない。先進国と発展途上国とでは、経済の発展段階はもとより、自然的・社会的条件、資源の賦存状況も異なるので、先進国の技術をそのまま発展途上国へもち込んでも、役に立たないことがある。この点を考えれば、発展途上国の間で、それぞれ得意とする分野の技術を交流し、相互に協力し合うことが有益である。例えば、太平洋地域において、先進国の資金的協力の下に、このような交流のための多角的協力プログラムを組識することは検討に値する。

(2)日本の協力体制の改善

 日本が行っている人づくり協力のうち、教育協力、学術・研究協力についてはすでに述べたので、ここでは主として発展途上国の経済社会開発のための技術協力について論じたい。日本のこの分野での協力は、国際協力事業団(JICA)が中心となって、主として研修生の受入れ、専門家の派遣およびこれらと組み合せての機材の供与の形で行われてきた。

 しかし、これまでの日本の技術協力は、規模が小さいことに加えて、次のような問題点がある。

 第一に、技術協力の実施が要請ベースで行われ、総花的、単発的になりやすかったことである。発展途上国の要請に基づいて技術協力が実施される手順は正しいが、開発ニーズの不適切な把握に基づいたり、補完的なプロジェクトとの関連を欠く場合には、開発への貢献を十分に生かしきれない。日本としては、各種の大規模経済協力プロジェクトに技術協力をいっそう積極的に組み込むべきである。技術協力と資金協力が有機的に結びつけられたとき、全体としての援助効率は相乗的に高められる。

 第二は、技術協力を行う人材の開発と活用の仕方が不十分なことである。すなわち、日本の政府ベースの技術協力は、専門家の派遣にしても、研修員の受入れにしても、国内の既存の組織に人材の供給を仰ぎ、国内業務のかたわら行われてきたのが実情である。今後日本としては、相手国に不足している人材や技術の分野を的確に把握し、相手国の国づくりに十分役立つ専門家の養成に努力しなければならない。

 第三に、技術協力の専門家は個別の開発プロジェクトの実施に成果をあげることを目指すとともに、その過程でできるだけ現地の人々への技術の移転に努力することが必要である。開発調査なり、プロジェクト施行における技術協力は、その技術の移転効果を伴うことにより、人づくり協力にいっそう資するものなのである。

 第四に、人づくり協力のいっそうの拡充のためには、政府部内、民間企業を含む技術研修生の受入れ先をいっそう開拓していかなければならない。このため、これら受入れ先の人的、物的、経済的負担を軽減するなど受入れ体制の整備を図ることが不可欠である。なお、長期の研修生に対する日本語の研修を充実することも緊急に必要である。

 第五に、人づくり協力・技術協力のための専門家を優遇するための経済的保障が必要である。とくに、技術協力専門家の養成がこれまでのところ不十分であることからも、国内関連分野で業績をあげた専門家のこの方面への転出を奨励する必要がある。そのためには、現在不備な身分保障や待遇を改善し、その子女のための派遣先・帰国後の教育整備を進める等、積極的な努力が必要である。これらに加えて、技術協力専門家に対する社会的評価を高めていかなければならない。

 日本がかかえている以上のような問題点の解決に資するため、われわれはより具体的に『技術協力総合センター』の設立を提案したい。技術協力の専門家は、帰国後国内で職場を見つけることが難しい。したがって、これらの専門家を国内においても活用し得る体制をつくることが肝要である。そのためのひとつの方法として、これら専門家をプールし、彼らがその経験を生かして、発展途上国からの研修生の指導や、科学技術の研究開発に従事し、さらに若手の技術協力専門家の養成にあたり得る体制をつくることが望ましい。人材養成、研修実習および研究活動を一体として同時に実施するねらいをもった『技術協力総合センター』の設立が必要とされるゆえんである。

(3)人づくり協力・技術協力の分野

 発展途上国に対する人づくり協力・技術協力として取り上げられるべき分野は広い。各分野別の協力の進め方については、この報告の各所で触れられているので、ここでは若干の個別問題について指摘するにとどめたい。

(i)雇用問題、職業訓練における協力

 太平洋地域において予測される労働力人口の急増に対応し、新規雇用機会の創出を図るためには、発展途上国における労働集約的産業の振興と農業部門の雇用拡大が必要である。このため、太平洋地域における情報や経験の交流、共同研究など多国間協力が重要であろう。日本としても、アジア雇用計画(ARTEP)やアジア労働力行政プロジェクト(ARPLA)などの多国間協力に、知識・経験、人材および資金などの面で積極的に貢献することが望ましい。

 職業訓練を通じる人づくり協力については、技能者の養成とそのための訓練指導員の養成が、とくに重要である。従来、これらの協力は主として二国間ベースで行われてきたが、太平洋地域の地理的、社会的、経済的多様性に鑑み、アジア地域技能開発計画(ARSDEP)などの発展途上国間協力の方式がさらに強化されるべきである。さらに、職業訓練を通じる国際協力を強化するため、先に提案した『技術協力総合センター』において、職業訓練の専門家の養成と研修生の受入れを行うことが望ましい。

 なお、安全衛生に関する分野の協力も、発展途上国における工業化の進展に伴い、日本が積極的に貢献していく重要な分野であろう。

(ii)保健・医療協力

 OECDも指摘しているとおり、保健・医療問題は先進国、発展途上国とを問わず、世界各国に共通して第一級の難問となっている。先進国が増加を続ける国民医療費に苦慮し、発展途上国が人材、設備、施設など医療資源の確保に努力している中で、日本は比較的少ない医療資源と、比較的低い国民1人あたり医療費をもって、低い乳児死亡率を達成し、世界の最長寿国のひとつとなっている。これは、医療資源の組織的活用と母子保健事業の充実などによるところが大きい。このような日本の経験と成果は、発展途上国にも役立つところが少なくないであろう。

 日本の保健・医療協力は従来、熱帯病に関する研究協力を中心としてきたが、最近では臨床医学、家族計画、薬品管理などから飲料水の供給をも含めた地域公衆衛生などの分野にまで拡大している。今後は、このような地域保健・医療をいっそう重視し、地域総合開発計画の不可分の一体として、保健・医療協力を組み込んでいくべきである。

 医師、看護婦、保健教育専門家などの養成のための協力も重要である。そもそも医療サービス自体は、民族性による考え方の相違があり、生活状況により問題の様相が変化し、あるいは国ごとに法律も異なっていることなどの事情はあるが、医療問題を解決する手法・および医学教育、保健教育の基盤となる医学・看護学は、すでにかなりの程度の普遍性を獲得している。日本が、その先端技術を積極的に導入して、保健・医療教育への協力を実施すれば、各国の医療水準を向上させる上で大きな効果が期待される。

(iii)途上国産品の品質・デザイン向上のための協力

 発展途上国のこれからの課題が、国内経済における生産性の向上と国民の生活の質の改善に貢献するための健全な自国工業の発達を推進することにあることに鑑み、とくに農機具など中小型作業機器、日常生活品、耐久消費財などの部門を中心に、商品の規格の統一、検査体制の整備、デザイン開発力の強化などを図ることが必要である。とくに日本は、この分野において豊富な経験と実績を有しており、今後この方向からも発展途上国の工業発展に協力することが望ましい。このため、この分野における発展途上国の制度面や人づくりの面で具体的な協力を推進するとともに、例えば『環太平洋デザイン・コンペティション』の開催も検討に値しよう。

4.貿易の協調・拡大と産業調整

 われわれの環太平洋連帯構想のひとつの原点は、I「環太平洋連帯の理念」で述べたように、世界的なレベルで進行しつつあるかのように見える自由な市場メカニズムの後退と保護貿易主義の強化の傾向に歯止めをかけ、太平洋諸国を軸に、自由で活力ある世界経済を維持し、かつ、これを拡大していくことにある。

 このためには、それぞれの経済社会が許容し得る速度で、必要にして望ましい産業の転換を図り、効率的な国際分業のいっそうの推進に努めることが重要である。このような産業調整問題はしばしば自由な市場メカニズムの機能を無視する形で論じられることがあるが、われわれは、太平洋諸国の産業調整が、自由で開かれた地域社会の枠組みの中で、できるだけ市場経済の利点を生かして、行われることが必要であると考える。太平洋諸国の経済は、その共通の原則を市場メカニズムに求めることによって、その地域自体の厚生を高め、ひいては、世界経済の順調な発展に寄与することができるであろう。

 太平洋地域における貿易・産業分野での国際協力を推進するためには、まず一定の基本的な指導理念を確立する必要がある。このような理念の確立とそこから生まれる国際協力の構想は、域内諸国の発展段階の多様性を十分に踏まえたものでなければならない。また、このような国際協力の構想が、たんなる学問的な議論の領域にとどまることなく、現実の貿易・産業活動の促進に資することが期待される。

 以上のような配慮から、われわれは太平洋地域における貿易・産業の発展に関する国際協力の構想の主要な内容としては、次のようなものを考えている。まず太平洋諸国の間で、『貿易と国際投資に関する宣言』を起草することによって指導理念を明確にし、併せて、何らかの協議フォーラムを設置し、この宣言に盛り込まれる原則の現実的適用について議論を重ねていく。また、この協議フォーラムの事務局ないし付属機関として、この地域の経済・産業・貿易に関する情報交流の促進を図るための情報センターを設ける。

 当然のことながら、このような協力構想は、常にグローバルな観点を考慮しつつ、推進されるべきである。そのため太平洋諸国は、グローバルな自由貿易の推進のため、多国間の貿易・産業に関する国際協力について、新たなヴィジョンと戦略とを策定する必要があろう。それは、世界でもっともダイナミズムに富み、自由貿易に対する信頼の深い国が多く集っている太平洋地域の使命であると思われる。

(i)『貿易と国際投資に関する環太平洋宣言』の起草

 この宣言は、とくに先進国の市場の開放と先進国、発展途上国を含む国際投資の環境づくりをその主たる目的とする。われわれは、太平洋諸国における産業調整を自由貿易の原則と相反しない形で行うための必要条件は、先進国がその市場を中進国・発展途上国に提供し、この面において保護貿易的政策を採らないこと、および産業構造の高度化、転換に向けて積極的な調整に努めること、にあると考える。国際投資の環境づくりについては、すでに太平洋経済委員会の「国際投資に関する環太平洋憲章」などが存在するが、こうした成果を基礎としつつ、さらに発展途上国を含め、二国間あるいは多国間の投資保証協定の実現を目指す必要があろう。

 こうした宣言の起草は、政府によってなされる限り、おそらく相当の年月と作業を必要とするであろうが、この宣言自体の有用性もさることながら、起草にいたる過程での関係諸国間の多面的な対話そのものが、大きな意味をもつであろう。この宣言の採択にあたっては、とくに先進国は、貿易自由化、関税・非関税障壁の軽減についてプレッジをすべきであろう。また、発展途上国については、リマ宣言など、既存の指導原則との関係が問題になろうが、これら諸原則との調整を図りつつ、できる限り具体的な宣言を起草する努力を行うべきであろう。

(ii)『環太平洋産業政策協議フォーラム』の設立

 産業調整に関しては、先進国ではOECDにおいていわゆる積極的調整政策(PAP)に関する討議が進んでおり、また特定の産業部門についてのさまざまな協力の枠組みも存在している。今後、とくに太平洋地域の中進国・発展途上国の産業成長のインパクトが強まるに伴い、南北間の産業調整に関するより効果的な討議・協力の場が必要となろう。われわれは、新しい形の南北間協力の姿を模索することが環太平洋連帯構想の大きな目的のひとつであると考えており、そうした新しい南北関係を形づくっていくための重要な場として『環太平洋産業政策協議フォーラム』を提案したい。

 この協議フォーラムは、UNCTADタイプの決議の採択を中心とするものでもなく、またガットのように協定の締結を目的とするものでもない。その主たる目的は、情報交換などにより相互の産業活動・政策に関する透明度の増大と共通の認識の形成を図るとともに、動態的な国際分業の構図の策定等を検討することにある。また、OECD等での経験に照らして、この協議フォーラムにおける産業調整をめぐる議論には、経営者、労働者等の参加が不可欠である。

 この協議フォーラムは、当初は情報交換や調査・研究を主体とするものとなろうが、最終的には政策志向型のそれへと脱皮させていくべきであろう。今日、先進国間では、OECDを中心として貿易・産業に関連する広範な諸分野における国際協力が進んでいる。いわゆる太平洋貿易開発機構(OPTAD)の提唱など、このような協力機構を太平洋地域に導入する可能性については、この協議フォーラムを実際に運営していく過程で検討されるべきであろう。その場合は、とくに中進国の国際協力に対する考え方が重要な鍵を握るものと考えられる。

(iii)『環太平洋経済情報センター』の設置

 上記の宣言や協議フォーラムは何らかの具体的な行動あるいは成果を目指しているが、そこでは経済力の大きい国あるいは市場経済を十分に展開している国が協力の実効性を左右する傾向がある。これに対して、広く関係諸国全体に均てんすべきものとして、『環太平洋経済情報センター』を設置することが考えられる。この情報センターは、この地域の経済・産業・貿易に関する情報を一元的に把握し、その交流を図ることにより、関係諸国の経済・開発計画の立案、民間企業活動の推進などに資するとともに、この分野における研究活動に対する支援機能をも併せて有することが期待される。

 最後に、われわれが以上に提案した協力の構想を実現するにあたって、日本が果たすべき役割は大きい。このため、日本としては、まず国内の体制を改善していくことが重要であろう。産業調整、とくに太平洋地域のような多様な国々が存在するところでのそれは、しばしば極めて大きな政治的困難を伴う。しかし、日本がこうした政治的困難を乗り越え、太平洋諸国全体に貢献することが、日本にとっても中・長期的に大きな利益をもたらすことについて、国内で十分な認識を形成することが肝要である。すなわち、自由貿易の理念を体現するように位置付けられている日本は、中・長期の貿易・産業に関する指導理念を常にできるだけ具体的かつ明確に示さなければならない。また、それと同時に、広く世界経済の先行きをにらんだ独自の見通しや政策を策定しなければならないであろう。

 また、日本は、国内における政治的困難を乗り越えて、例えば農産物についてもより自由な貿易環境をつくり、また中進国のいわゆるブーメラン効果をおそれることなく技術の移転を促進する等の努力を払うべきであろう。例えば、ASEANや南太平洋の諸国がとくに関心をもっていると思われる熱帯農産物については、輸入拡大に努力すべきである。さらに、産業政策・行政指導の透明度を増加する等の施策を積極的に推進して、太平洋諸国が納得のいく姿勢を示す必要があろう。

5.資源開発における協力

 資源有限時代といわれる今日、エネルギー・食糧・海洋資源等のもつ重要性は、太平洋地域にとっても極めて大きい。近年、グローバルなレベルでの資源供給国と消費国との関係は、OPEC等の国際カルテル強化を契機として、不安定化の兆しを見せている。この中で、太平洋諸国に課せられた大きな責務のひとつは、資源供給国と消費国との間の互恵的な協調関係をこの地域内で根気よく推進していくことである。こうした協調関係をまずリージョナルなレベルで展開し、これを世界的に拡大していくことは、OECD等で進んでいるグローバルな協調と相反するものではない。また、こうした協調体制を維持し、発展させていくにあたっては、資源供給国、消費国とも、カルテル行為あるいは保護貿易主義的政策をできる限り制限し、市場メカニズムと自由貿易の原則を堅持していくことが肝要である。

 太平洋地域には、多量の資源が賦存し、石油を除いては、ほぼ域内自給を達成している。また、この地域は農産物の供給能力も高く、地域全体として純輸出地域となっている。エネルギー、食糧のいずれについても主要消費国である日本が、エネルギー、食糧の供給国である太平洋の他の国々と、資源開発、共同備蓄等の面で協調していくことは、ひとり日本のためだけではなく、太平洋地域の経済の安定と成長、ひいては世界経済の安定的発展に大きく貢献するものである。

 また、太平洋諸国が域内のエネルギー、食糧などの資源にかかわる問題について、協調しつつあるいは共同で、取り組んでいくに際しては、域内の南北問題との関連を避けて通れない。この点について、われわれは、資源開発、大規模農業プロジェクト等が相当長いリード・タイムや巨額な資金を必要とすること、また、これに伴うリスク負担が大きいこと、に注目したい。もし、域内の先進国と発展途上国が協調してこのような障害を乗り越え、域内の多くの国々をつつみ込む巨大プロジェクトについて有効な協力体制を組むことができれば、太平洋地域全体の発展に大きく貢献し、域内の連帯はさらに強められることになろう。すなわち、このような共同プロジェクトの推進は、域内に有効な垂直的分業および水平的分業の枠組みを提供し、発展途上国の自立的発展に資するところが大きいからである。

 われわれはこのような観点に立って、エネルギー開発、海洋開発、農林水産開発についての共同プロジェクトの可能性を以下のような点に求めて、21世紀に向けて太平洋諸国が協調を深めていく方向を示唆したい。

(1)エネルギー開発

(i)既存エネルギーの開発

 さいわい、太平洋地域には、未開発の石油、天然ガスがいまだ多く賦存している。また、石油価格の大幅な上昇によって、これまで石油エコノミックスの大きな要素となっていた距離の要素によるタンカー・フレートの差異をほとんど考慮する必要がなくなったこと、経済的に採取し得る油・ガス田の埋蔵量が小規模でよくなってきたことといった理由から、太平洋地域の石油・天然ガス探鉱開発が活発化する余地が大きくなっている。しかも、開発事業のリスクの増大、リスク分散の必要から複数の石油会社がひとつの開発事業に参画する場合が多くなっている。こうした点から、石油・天然ガスに関する共同開発の要請はますます高まってきている。

 メキシコ大油田の発見、ブラジル、アルゼンチン等での石油探鉱活動の増大、また天然ガスについてもメキシコ、アルゼンチン、ボリビア等の新たな埋蔵量の確認などラテン・アメリカでの開発の可能性は極めて高い。そのほか、石油については、日韓大陸棚、ベトナム周辺海域、インドネシア陸海域、オーストラリア、中国などが、また、天然ガスについても、東シナ海、南シナ海、オーストラリア北西大陸棚が、有望な開発対象地域となろう。

 このような開発プロジェクトが円滑に進行すれば、域内におけるエネルギー需給に大いに貢献するものと思われるが、この際われわれが強調したいのは、中東地域との協調も、また重要であるという点である。すなわち、中東地域が世界に対する石油供給の中心的役割を果たすという実態に当面変りがないばかりでなく、中東のいわゆるオイル・マネーを国際金融市場を媒介にして、こうした開発事業に有効に活用する可能性は、現実的には極めて高い。

 さらに、太平洋地域における石油需給の安定化を図るために、域内で石油の備蓄を推進することが望ましい。また、個別の備蓄政策と並んで、備蓄共同基地をつくっていく必要もあろう。こうした観点から、ロンボク大規模集配備蓄基地(CTS)、南タイのパイプラインなどの構想についても、21世紀に向けての巨大プロジェクトとして、十分な関心を払っていく必要があろう。

(ii)代替エネルギー開発と先端的エネルギー技術開発の推進

 石油供給の制約の高まりに対応すべく、原子力、石炭の液化・ガス化、太陽、海洋、地熱、風力、バイオマス等種々の代替エネルギー・新エネルギーの技術開発が世界各地で行われているが、今後太平洋諸国間においても、この分野での協力を積極的に推進していく必要がある。

 原子力については、例えば、現在非エネルギー分野に限られている「原子力科学と技術に関する研究開発と訓練のための地域協力協定」の活動をエネルギー分野にまで拡大するなど、この種の研究協力をより積極的に進めていくことが適当であろう。また、太平洋地域では、恵まれた太陽エネルギーを利用するため、各地で太陽熱発電、太陽光発電、給湯システム等各種プロジェクトに関する技術開発が行われ、国際的にも、日米、日豪、IEAエネルギー協力等を中心として幅広い協力が行われている。石炭エネルギーの利用に関する研究開発は主としてアメリカ、オーストラリアおよび日本で、地熱エネルギーについてはアメリカ、ニュージーランド、フィリッピン、日本などが、先行している。今後こうした分野での共同技術開発、情報の交換などがますます深められていくことを期待したい。

 こうした代替エネルギーについての国際協力を進めるにあたり、例えば、『環太平洋資源エネルギー共同研究所』を設立し、太平洋諸国がとくに関心を有する分野の資源エネルギーについて研究を行うことも考えられる。その際、同研究所の資金は各国が分担し、その研究員には各国からの参加を求め、また、当初は発展途上国の研究者育成といった要素を兼ね備えることが望ましい。

 人工衛星を利用した資源探査、あるいは核融合といった先端的エネルギー開発については、太平洋地域ではアメリカ、日本が先行しており、広く域内諸国を巻き込んだ国際協力にいたるまでには、なお相当の期間を要するものと思われる。しかし例えば、人工衛星を利用した遠隔探査技術は、農林水産資源、鉱物資源等の調査をはじめ、海洋観測、環境保全、防災などの広範な分野の活動に資するものである。したがって、人工衛星の地上受信局を域内各国に設置し、発展途上国も人工衛星による資源探査の成果を享受する形で共同開発を行うことは検討に値しよう。

(2)海洋開発

 古来、海洋は交通・輸送、海洋生物資源などの獲得の場として人類に利用されてきた。さらに近年、社会経済活動の著しい進展により、海洋の資源、エネルギー、空間の開発利用の必要性が高まり、科学技術の発達はその可能性を開きつつある。いまや、広大な海洋の開発の成果を人類のものにできるという夢は急速に現実のものになりつつある。しかしながら、漁業、マンガン団塊などの海底資源開発にみられる海洋利用の活発化は、他方で、海洋を各国の深刻な利害対立の場とする傾向をもたらしていることも事実である。

 このような状況の下で、将来にわたって太平洋の海洋開発を円滑に行うためにもっとも重要なことは、関係諸国が相互に、とくに技術先進国と沿岸国との間で、利害の調整を図りつつ、例えば共同開発プロジェクトを推進する等、協調してこの大事業を進め得る国際協力の体制を整えることにある。

 今後、具体的にどのような研究開発プロジェクトを実施していくかは、関係諸国の間で議論を深めていく必要があるが、その試案としては、例えば次のようなものがあげられよう。

(i)『太平洋海洋科学共同調査』の推進

 広大な海洋が秘めている無限にも近い価値を活用していくためには、まず何よりも海洋の基礎的現象を含めた海洋環境の把握が不可欠である。海洋に関するわれわれの知見は、対象の広大さ、観測手段の不足等により、従来必ずしも十分ではなかった。海洋は、大気との熱交換、物質交換等の相互作用を通じて、陸域の気象・気候等の自然条件にも大きな影響を与えている。また、太平洋の縁辺部の帯状の地域は地球上でもっとも多く地震の発生する場所である。太平洋の実態を解明することは、太平洋諸国の共通の関心事である。

 このため、『太平洋海洋科学共同調査』を行うことを提案したい。この調査は、人工衛星、大型観測船、潜水調査船、定置および漂流ブイなどを共同で利用して、太平洋大循環、海洋・大気間相互作用、気候・海洋現象の長期変動、海洋・海底資源の賦存状況、漁業資源の発生分布、海洋環境の保全などに関する調査・研究を行おうとするものである。これらは、ユネスコの下で実施されることになる西太平洋海域共同調査(WESTPAC)への積極的参加・協力も含め、総合的に実施されることが望ましい。

 また、アメリカの主唱により実施されている国際深海掘削計画に見られるように、太平洋におけるプレートの移動状況の調査、磁気図作成、精密測地網の構成などの調査を内容とする『太平洋地殼変動共同調査』も積極的に推進する必要があろう。

 これらの調査・研究を円滑に実施するとともに、この成果を最大限に活用するためには、データの適切な集積とその有機的利用体制の確立、さらには調査・研究に従事する研究者、技術者の養成が極めて重要である。このため、ユネスコ政府間海洋学委員会の責任国立海洋資料センター(RNODC)などの拡充を図るとともに、『総合海洋科学研究研修センター』といった機関の設置を検討すべきであろう。

(ii)ジャイアント・ケルプの共同開発

 東南太平洋海域を中心に賦存しているジャイアント・ケルプ(海藻の一種)は、食糧、ガス化による代替燃力、その他多方面にその有効性が期待されている。その海洋の生態系に及ぼす影響に関する調査を含めて、フィージビリティー・スタディーを行い、太平洋の適当な海域でその育成方法や有効利用を調査・検討するために、関係諸国間で共同実験プラントを設置することが望ましい。

(iii)海洋温度差発電および波力発電の共同研究・開発

 海洋温度差発電および波力発電は、海洋エネルギー利用上極めて有望である。海洋温度差発電所は赤道に近い南海の海域での立地が最適と考えられており、現在、実験プラントの研究・開発などが進められている。また、波力発電所については、太平洋の島嶼国が、その沿岸特性を生かして有効活用することが期待される。東南アジアや南太平洋の諸国の電力供給確保に資するため、太平洋諸国が共同で、これらプラントの建設・運営・管理について研究を深めることが望ましい。

(3)農林水産協力

 ASEAN諸国をはじめとする太平洋地域の発展途上国は、食糧不足問題の解決・農林水産業の振興、あるいは農村社会開発等の推進による国家経済基盤の確立を目指している。域内先進国は、国際経済社会の調和ある発展を念頭におきつつ、この分野での発展途上国の努力に積極的に協力する必要がある。

 FAOの1985年見通し、OECDや米国農務省の2000年見通しなどの世界の長期食糧需給見通しを見ても、たとえ世界全体のバランスは達成されたとしても、先進国の過剰、東南アジアを含む発展途上国の不足という傾向は、ますます助長されると観測されている。こうした地域的需給のギャップをいかに埋めていくかが、食糧問題における貿易・援助の大きな課題となってきている。

 この観点から太平洋地域の発展途上国における食糧問題を見れば、先進国からの食糧援助も有効な政策手段であるが、より基本的には、発展途上国の農業開発がいっそう進められなければならない。とくに、先進国がこれらの発展途上国の基幹的な食糧である米に重点をおいた食糧増産計画にいっそう積極的に協力することは有意義である。例えば、日米欧委員会で提起された「アジアにおける米生産倍増計画」の構想を参考にしつつ、太平洋諸国および国際機関の専門家グループによる協議の場を設け、これら諸国の食糧増産に関し、積極的に検討していくことが望ましい。この際、とくにアジアにおいては、米の増産は面積の拡大の余地が限られており、基本的には反収の増加に依存せざるを得ないこと、および反収拡大の手段としては灌概・排水等土地基盤の整備と並んで、高収量品種の導入、肥料・農薬の増加、新しい栽培技術の確立・普及が重要であることに留意しなくてはならない。

 林業分野については、各種の国際機関が現在、ASEAN諸国、太平洋島嶼国等に対して、森林資源調査、木材工業化調査、人工林造成についての調査を行っており、また、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、日本等による二国間協力も行われている。今後こうした協力がいっそう推進される必要があるが、とくにASEAN諸国で生産される熱帯産広葉樹林は、生産に長期間を要し、人工造林による森林造成が困難であることから、今後は天然更新技術の開発に力を注ぎ、重要な資源の維持・造成を図る必要がある。

 また、太平洋地域の発展途上国の多くは、経済の自立発展のため木材工業化を進めており、この分野での協力も進める必要があろう。さらに現在、原材料として使用されているラワン材等の有用熱帯産広葉樹は、資源量に限界が見えてきたことから、未利用樹種の利用・開発の面でも積極的協力を進める時期にきていると思われる。

 水産分野については、アンチョビー等を除けば、太平洋地域の総漁獲量は年々増大してきているが、先進国と発展途上国の間で、あるいは地域ごとに、資源の利用状況や水産物の消費水準に著しい格差が見られる。このような現状から、発展途上国に対する水産業協力は、自国周辺の水産資源の有効活用による漁獲量の増大、魚の消費量の拡大を図る方向で進められなければならない。

 今後の新しい協力のあり方としては、「獲る漁業から飼う漁業へ」の新しい認識を踏まえた協力、あるいは、たんに漁携の分野のみならず、現地における水産加工分野までカバーする協力の推進を図ることも必要であろう。さらに、この地域における漁業協力を推進するため、二国間または多国間の協力体制の整備・充実が期待される。このような整備を通じて、コンサルタント的能力を有する専門家が、関係国の要請に応じて漁業関連開発計画を策定し、各種調査を実施し、また、資金協力の相談や斡旋を行うことが適当である。

6.資金の円滑な交流

 太平洋諸国は、活力に富んでおり、今後21世紀に向けて、国内開発、資源開発、海洋開発等を中心に極めて大きな資金需要があると予想される。このような需要に対する資金供給を円滑にし、そのパイプを十分に太くしておく必要がある。

 さらに、太平洋諸国間のみならず、これら諸国とそれ以外の地域にある諸国との経済取引、貿易関係もますます大きくなり、経済の相互依存関係は一段と緊密になっていくことが予想される。これに対応して、域内の金融、決済手段、決済機構を整備していくことも、極めて重要な課題である。

太平洋地域における資金交流の問題について、ここでは、この地域における資金供給者と、資金需要者とが、それぞれの立場において何を行うべきかという問題を提起したい。しかし、その前に明確にしておきたいことは、われわれは、太平洋地域における資金需要を、域内からの資金供給だけで賄うというような閉鎖的考え方には全く立っていない、ということである。

 ここにわれわれが提言しようとしている太平洋地域における金融ファシリティの整備は、域外の資金需要についても十分に対応するものとなるであろう。と同時に、太平洋地域は、域内諸国が政治的に安定し、経済的に活力をもって運営されている限り、ヨーロッパ先進国や中近東の産油国にとっても、魅力ある投融資対象であり、この地域の所要資金が域外からも流入することが十分に期待される。このように、太平洋地域に形成されていく金融ファシリティが、すでに発達している国際的金融・資本市場をはじめ、グローバルな資金市場と密接な相互補完関係をもっていくことは、金融というものの性格からも当然のことである。

 以上の基本的立場に立って、われわれは、以下、(1)主たる資金供給者と考えられる域内先進国に要請されること、(2)主たる資金需要者と考えられる域内発展途上国に要請されること、(3)主たる金融ファシリティと考えられる域内の金融・資本市場に対する評価と展望、(4)主として域内を対象とする国際的金融機関の果たす役割と期待、(5)主として域内における対外決済手段、決済機構の問題を、あくまでも域外に対しても開かれたグローバルなかかわり合いにおいて、考察していきたい。

(1)資金供給者側への要請

 太平洋地域における資金交流を円滑にするために、域内で相対的に大きい経済力・資金力を有し、主として資金供給者の立場に立つことが予想される先進国は何をなすべきかということを、ここでは、主として日本を例にとって考えてみたい。

 日本輸出入銀行や海外経済協力基金などを実施機関として行われている政府ベースの資金供給については、発展途上国に対する資金協力体制の強化が主たる問題である。これは、資金協力、資金援助の額の増大という量の側面、資金協力、資金援助の条件の改善やフィージビリティ・スタディの強化など質の側面と、これらを取り扱う行政機構、窓口機関の効率的整備という取扱い機関の問題までを含んでおり、これらの問題に対する改善が要請される。

 民間ベースの資金の供給としては、まず、日本の金融・資本市場の国際化の促進が必要である。これは、市場に参加できる非居住者の範囲をひろげていくとともに、そのような非居住者が日本の金融、資本市場で自由に資金の調達、運用ができるようにするため、市場の開放を促進することである。このためには、基本的には、日本の金融・資本市場についての免許認可権など、中央銀行を含めた行政機関の直接・間接の規制や管理をできるだけ縮小することである。金利についても、必要最小限の政策的分野を除いては、できるだけ政府の関与を排し、これが、国際金融。資本市場と関連をもって、市場メカニズムによって自然に形成されていく方向での政策誘導が極めて重要である。

 日本に特有のものとして、証券会社を含めた金融機関の種類ごとに存在する業界行政から派生している障壁(バリア)をできるだけ取り払い、外国の資金調達・運用者や金融機関が、金融・資本市場へ円滑に参加できる方途を講じていくことも、重要である。また、金融・資本市場における資金の供給、調達手段については、市場参加者が自らの判断によって自由に選択し得るよう、その多様化を図っていかなければならない。金融政策も、相対取引でなく、公開市場操作などこのような市場を対象として行われることが望ましい。

 このような努力を積み重ねながら、日本の金融・資本市場を自由で底の深いものとしていくことが、環太平洋連帯構想の中で資金の円滑な交流を進めるにあたって、欠くことのできない重要な要素であることを銘記すべきである。

 民間ベースの資金供給については、第二に、資金の提供者や金融仲介機関の問題がある。金融・資本市場との関連における問題についてはすでに述べた。ここでは、太平洋諸国のプロジェクトに対する個人や民間企業による証券投資や直接投資の増加、民間金融機関による投融資の増加の問題があることを指摘しておこう。これらはいずれも、個人や民間企業、金融機関が、投融資対象国や投融資対象プロジェクトに対するリスクと収益性を判断して行うものであるから、資金受入れ国の側でも留意すべきことが多いことは、後述するとおりである。

 太平洋地域における旺盛な資金需要に応えていくために、具体的に採るべき諸施策のすべてを網羅的に提示することは、この報告の目的ではない。しかし、日本にとって基本的に重要なことは、日本が金融についての短期的、中・長期的な諸施策を展開していくにあたって、日本が大きな経済力を有するにいたった事実に基づき、太平洋地域の資金交流に積極的に貢献する必要がある、との明確な認識に立脚することである。当面する為替相場や国際収支動向、あるいは国内事情が極めて重要であることはいうをまたないが、その場合においても常に中・長期的な視点に立った配慮が必要であろう。

 現に進めている為替管理の自由化の方向に沿って、直接的規制手段に大きく依存することなく、有事の場合を除いては、金融・資本市場を通ずる調整に漸次移行していく必要がある。

 以上に述べてきたことは、たんに日本に限らず、アメリカ、カナダ、オーストラリア、香港、シンガポールなどの金融に関する域内先進国についても、基本的方向においては共通して妥当することである。これら諸国の金融当局ないしは民間部門が、それぞれの状況を踏まえて、政府ベース、民間ベースの資金供給の円滑化に努力していくことが必要であろう。

(2)資金需要者側への要請

 政府ベースにおいても、民間ベースにおいても、特定の国やプロジェクトに対する海外からの資金の流入は、供給者側の資金量によってのみ決定されるのではなく、受入れ側における資金利用の有効性、目的、資金管理の健全性、元利返済の確実性等、受入れ体制の整備状況によっても決定される。このため、受入れ側の経済・財務状況の客観的把握が可能となるよう、経済統計を整備し、財務・会計制度を充実させることが投融資を受け入れるにあたって、決定的に重要である。太平洋諸国は、発展途上国も含めて、これらの点については、世界的に見て相対的に整備の進んだ国が多いが、今後、直接投資の増加や証券投資の拡充にあたっては、なお改善すべき点が少なくない。

 民間べ一スによる直接投資は、経済の相互依存関係が深まるにつれて、ますます増加する可能性がある。したがって、投資にあたって投資者、被投資者の双方が遵守すべきルールを関係諸国が合意・採択することが資金交流を円滑にするために役立つであろう。このような試みは、太平洋経済委員会によって、「国際投資に関する環太平洋憲章」の作成という形で行われているが、この委員会の性格上、発展途上国側の意見が十分に反映される機会がなかったこと、関係諸国政府の裏書きを得ていないことなどが、投資憲章の実効性という見地からは、問題点として指摘されよう。

 発展途上国側が、資金受入れ体制を整備する上で、財政、金融、証券、会計等の各分野で必要とする技術的ノウハウについては、すでに域内先進国の協力が行われている。今後とも、政府、民間各ベースにおいて、このような技術協力が十分に行われていく必要がある。

(3)域内金融・資本市場の重要性

 先にも述べたように、太平洋地域において必要とされる資金の調達は、たんに太平洋地域内の金融・資本市場のみならず、広くヨーロッパ先進金融・資本市場を含めて考えることが必要であり、同地域における資金の供給先も、同様にグローバルなひろがりにおいて考えなければならない。その中で、東京、香港、シンガポール、(ニューヨーク市場とつながりをもった)カリフォルニアなど、太平洋に面している各国の金融・資本市場が、太平洋地域における、とくに発展途上国の資金需要について、他の市場と比べてよりセンシティブであり、レセプティブなものであることが期待されている。これと同じような意味で、域内における国際的金融・資本市場の成長は、強く望まれている。

 このような域内金融・資本市場は、他の地域における国際金融・資本市場と密接な関係をもって成立する。域内におけるこうした新しい市場としては、1960年代後半以降、シンガポール、香港を中心に発達してきたアジア・ダラー市場が注目される。これは、アメリカ国外における米ドルを中心とした市場という意味では、機能的にはロンドンを中心とするユーロ・ダラー市場と変わりはない。しかし、このアジア・ダラー市場は、同じドル市場といっても、ユーロ・ダラー市場やニューヨーク市場と異なった時間帯で市場がオープンされているという意味で、特色があるのみならず、運用、調達の両面で太平洋地域内の資金需給が大きな比重を有しており、地域にアジア・ダラー市場の発展に伴い、各国の金融機関が香港やシンガポールに拠点を設ける動きが相次ぎ、通信・交通などの発達を促すとともに、住宅、事務所等不動産需要を喚起し、金融事務のほか、法律・会計等の新たな商業事務を発達させている。さらに、このような動きは、国内金融・資本市場の成長を誘発し、香港、シンガポールでは、金融業がその主要産業となっていることが注目される。

 このような新しい金融・資本市場が、アメリカや日本などの金融・資本市場と連携・補完し、オイル・マネー還流にも寄与しながら、域内の大きな資金需要に応えていくことが望まれる。他の各国においても、それぞれの経済発展の段階に即しつつ、金融・資本市場の発達と、その国際化の漸進的進展が行われることが、太平洋地域における大きな資金需要に応え、円滑な資金取引が行われる上で、極めて重要である。

 発展途上国についても、開発資金の流入を図り、これを適切に管理するためにも、開発金融、商業金融のための金融機関の発達を促し、金融・資本市場を育成することは不可欠であろう。この点についても、先進国側の積極的な技術協力が期待される。

 以上のような機運をいっそう醸成し、相互の円滑な金融協力を促するために、太平洋地域の民間金融人による『環太平洋民間金融人会議』の開催は極めて有効であろう。また、域内各国の中央銀行会議や、中央銀行相互間の情報交換活動の活性化も、域内の資金交流を円滑にするためのよい基盤となるものであろう。

(4)域内国際金融機関の拡充

 太平洋地域における資金の円滑な交流を促進する場合に、その投資フローの増大が、先進国側の経済誘因に基づぐものであることは適当ではないし、特定国の影響を中和する上でも、国際機関を通ずる投資フローの増大が望ましい。

 太平洋地域を活動の主たる舞台としている国際金融機関であるアジア開発銀行は、設立後15年を経て、その投資規模もかなり大きなものとなってきている。しかしなお、長期低利のソフト・ファンドについての発展途上国の期待は大きい。また、発展途上国の要請するプロジェクト・ファイナンスについては、触媒としての役割をかなり果たしているが、地域共同開発のイニシァティブを取るという意味で、その活動は従来にもまして拡充されていくことを期待したい。

 もとより、地域共同開発プロジェクトの推進は、地域開発金融機関のみが行えるものではない。それは、関係諸国政府、民間の積極的協力と支持を必要とするものであるが、そのようなプロジェクトのファイナンスを具体的に取りまとめる主体として、アジア開発銀行の果たす役割は大きいであろう。

 域内国際金融機関としては、公的機関としてのアジア開発銀行のほかに、民間ベースでの関係諸国の共同出資によって設立された地域金融機関やその新たな設立の提唱がある。すでに活動しているものとしては、アジア民間投資会社(PICA)があり、新たに提唱されているものとしては、太平洋基金とか、日本・ASEAN投資基金などがある。

 こうした民間の主導による地域共同開発機関は、多様な利害関係を有する出資者が、その機関の管理責任主体に対し、どこまでの責任と権限を委託し得るかという、運営上かなり難しい問題を含んでいる。

 関係諸国政府としては、今後、公的ベースでの地域共同開発計画を進めていく一方で、民間ベースでの地域開発機関の設立に対し可能な範囲で側面援助を行い、そのための調整を図っていく必要があろう。

(5)地域における決済手段、決済機構

 環太平洋連帯構想は、開かれた連帯を目指すものであり、地球社会全体の発展に貢献することを目的とするものである以上、そこにおける決済手段、決済機構も閉鎖的なものではなく、世界的な国際通貨機構の中において、考えられるべきものである。そもそも、国際金融システムは、それ自体がグローバルな性格をもつものである。近年において特徴的なことは、そこで使用される決済手段として、第二次世界大戦後、その圧倒的な金保有と経済力を背景に、米ドルが一貫して基軸通貨としての役割を果たし、金ドル本位制の下に、固定相場制が採られてきたことである。

 1973年にブレトン・ウッズ体制が崩壊して以来、国際通貨機構は、為替相場制度の面ではいわゆる管理フロートに移行したが、米ドルの国際通貨としての役割はほとんど変わらず、太平洋地域においても例外ではなかった。その中で1970年代に入って、世界経済におけるアメリカ経済の地位が、西ドイツや日本をはじめとする先進国経済の拡大などにより、相対的にかなり顕著に後退したことから、米ドルを唯一に近い基軸通貨とする国際通貨機構には動揺が見られるにいたった。しかし、国際通貨機構に新たな展開が行われるにしても、米ドルがもっとも重要な基軸通貨として機能しなくなるほど、世界経済の中でアメリカ経済の相対的地位が低下するということは、全く予見し得ない。

 太平洋地域は、非常に大きく、多様性と活力に富んだ地域であり、今後とも貿易、経済取引は拡大を続けていくものと思われ、そこにおける適当な決済手段の確保と決済機構の円滑な機能は、世界経済全体にとっても、極めて重要な意味をもっている。日本は太平洋地域において、アメリカに次ぐ経済力を有しており、域内最大の輸出、輸入国のひとつであると同時に、資本取引においても中心国のひとつとして、域内の経済取引に占める比重は大変に大きなものである。

 このような地位を占める日本の通貨である円が、主要基軸通貨としての米ドルを補完し、太平洋地域における経済取引の決済手段として、あるいは対外準備手段としても使用されていく可能性は、相当大きくなることも予想されよう。

 日本としては、このような趨勢を抑止的に考えようとすることなく、円の国際的使用が増大していく可能性を展望して、施策の総合的展開を講じていかなければならない。それは、円が、居住者にとっても、非居住者にとっても、円滑かつ安定的に使用され得るような基盤をつくることである。日本政府が、長年にわたった閉鎖的で規制力の強い外国為替管理制度を、例外的な有事規制の場合を除き、原則自由化に踏み切ったことも、金利の自由化を進めつつ、金融・資本市場の開放に努力していることも、この方向に沿った大きな努力として評価できる。

 ヨーロッパ・大西洋経済地域では、米ドルを補完する形で、西ドイツ・マルクやスイス・フランなどの諸通貨が使用されてきていることのほかに、EC域内においては欧州通貨単位(ECU)が、公的当局間の決済手段ないしは対外準備手段として次第に大きな役割を果たすことが予想されている。このこととの関連において、太平洋地域においても、円などある特定の国々の通貨について地域的決済機構を創設しようとする考えもある。しかし、環太平洋連帯構想は、それぞれの地域の独自性と多様性を尊重し、自由で開かれた連帯を目指しているものである。また、国際通貨制度自体、本来開かれた性格をもつものである。したがって、太平洋地域あるいはその一部に地域的決済機構をつくろうとする試みは、歴史的、文化的にも多様な太平洋地域の政治、経済の情勢から見ても、現実的ではないし、地域市場のひろがりにかえって制約を課すことともなって、適当でないであろう。

 これから21世紀の初頭にかけて、太平洋地域においても、大西洋地域においても、米ドルを中心とした多極的通貨の時代を迎える可能性がある。すでに述べたように、大西洋地域においては、西ドイツ・マルクやスイス・フランなどにそのような傾向が見られるが、日本円についても、米ドルを補完する形で使用され、その割合が他の地域と比べて太平洋地域においてより高いものとなることは、十分に予想される。その場合には、米ドルを中心として、多極的な通貨相互間の為替相場の安定化をいかに図っていくか、ということが問題となろう。

 いずれにしても、太平洋地域における円滑な資金の交流を確保していくためには、先進国の間で、短期の変動を乗り越え、積極的な協力体制によって、通貨制度の安定化を図っていくことが重要であり、発展途上国側も、このような先進国側の努力が自国の利益にもつながるということを理解して、これを支持する協力的姿勢をとることが必要であろう。

7.交通・通信体系の拡充・整備

 太平洋地域の諸国が相互理解を深めるためには、各種分野での交流の促進が必要であり、また域内の国々が経済発展を遂げていくためには、相互の経済的協力関係の強化が重要である。こうした域内諸国間の関係強化を円滑に進めるための、いわば基盤の整備として、航空、海運などの交通体系と情報伝達のための通信網の充実が図られなければならず、また、出入国などに関する制度面の改善も必要であろう。

(1)交通体系の整備

(i)航空

 太平洋地域の航空輸送は、近年その発達が著しいが、今後、路線網の整備・拡充と輸送力の増強が、これら諸国の人々の相互交流の促進および域内の経済発展の推進のために、さらに一段と図られなければならない。

 すなわち、路線網については、太平洋地域の主要都市間が直行航空路の太いパイプで結ばれるべきことはもちろんであるが、その大きな枠組みとして、東西に走る動脈(例えば、ASEAN-日本・韓国-アメリカ、ASEAN-オ一ストラリア・ニュージーランド-アメリカ・中南米など)と南北に貫く幹線(韓国・日本-オーストラリア・ニュージーランドなど)とともに、太平洋の沿岸の主要都市を結ぶ周回路が整備されなければならない。とくに、これまでのこの地域の相互依存関係の強弱の度合いを反映して、東西間の路線網に比較して、南北間の路線網の発達が遅れている。

 さらに、東西・南北幹線の交錯するあたりに、地理的に位置する島嶼諸国と、太平洋の沿岸主要都市との間の航空路を整備し、同時に、島嶼間でも、いくつかの交通の中心地(例えば、グァム、フィジー、パペーテ、アピアなど)とその他の島々の地点を結ぶ航空網を広く、細やかに織りめぐらすことにより、太平洋地域の人的交流、経済発展、友好促進の基盤は完備されるといえる。とくに、島嶼間の航空網の整備にあたっては、飛行艇の活用などが検討に値しよう。

 関係諸国としては、以上のような、太平洋地域における迅速かつ円滑な移動を可能にする環太平洋地域国際航空輸送システムともいうべき航空路線体系を念頭におきつつ、航空協定上の諸問題、空港にかかわる諸問題の解決を図り、新規路線の開設および既存路線の増便、機材の大型化などを着実に図っていく必要がある。国際航空運送事業は、国益を代表するという一面を有するために、航空路線の整備にあたって、各国の利害が対立する場合も少なくない。それだけに、関係諸国が連帯と互恵の精神に立って、相互間の友好的な航空輸送の発展のために協力していくことが、とりわけ肝要である。

 このような航空路線網の充実は、域内の航空先進国によるのみならず、今後は太平洋の島嶼諸国も、自国あるいは数か国共同で、航空企業の育成、発達を図り、より多くの役割を果たすことが期待される。この場合、航空先進国はそのもつ技術ノウハウを提供する等、協力の手を差しのべることが期待される。例えば、先進国が運航・客室乗務員の訓練や空港整備に協力することが望ましい。このため訓練センターの拡充も必要であろう。

 このように太平洋地域内の航空路線網が整備され、輸送力も大幅に増強されるに伴い、域内諸国間で、燃料を含めた資源の有効な活用を図ることがますます重要となろう。

 航空輸送を通ずる太平洋地域内の人的交流、経済発展の促進に欠くべからざる重要な問題は、路線網中の幹線、支線等のそれぞれの旅客、貨物の多様なニーズに合った運賃の導入である。最近の石油価格の急激な上昇を受けて、航空運賃は値上げの方向にあるが、他方で、近年航空機材の大型化により生じた輸送余力を有効活用するための各種の需要開発型の割引運賃が導入されつつある。今後も引き続き、路線別、方向別に差異のある旅客、貨物ニーズを勘案し、各路線間の運賃体系のバランスにも配慮しつつ、低廉かつ多様な航空運賃が提供される必要がある。

(ii)海運

 太平洋諸国が相互に協力しつつ、経済発展を遂げるためには、域内における海上輸送の安定的発展が不可欠である。この地域における海上輸送に関しては、長い伝統に基づき日本をはじめとする海運先進国の海運企業が主体となってその運営に携わり、ひとつの経済秩序が形成されている。これに対して、商船隊の整備に立ち遅れた国々の多くは、近年、国際海運の振興、とりわけ、自国商船隊の開発を大きな政策目標に掲げている。

 このような状況の下で、太平洋地域の海運先進国としては、域内諸国間の友好と連携を図り、相互に海運の発展を図るとの観点から、経済協力、技術協力を通じて海運発展途上国の要請に応えつつ、自らも計画的かつ段階的に政策調整を行っていくことが必要である。このような協調的行動を具体的に示すひとつの方策として、われわれは、日本も海運先進国として、海運関係の経済・技術協力を有効に推進するための政府ベースでの何らかの協力機構を設立することが、適当と考える。この協力機構が行うべき業務には、民間海運協定、業務提携協定の締結の促進のための調査、海運専門家の養成、船舶の建造・購入のための調査・融資などが含まれよう。

 また、太平洋における海上輸送システムの効率化を図る観点から、次のような長期的プロジェクトを進めることが考えられる。これらについては、とりあえず、その実現可能性につき、関係諸国が連携して調査することから始めるのが適切であろう。

(a)アジア、北米、ラテン・アメリカ、オセアニアの各地域間の物流の効率化を図るため、域間輸送の超大型船化、二次輸送の効率化を前提とした物流センターの整備。(例えばアジア・ポート構想)

(b)海上輸送量の増大、船型の大型化に対応した狭水道、運河の開発あるいは再開発。(例えば第ニパナマ運河構想)

(2)通信網の充実

 太平洋地域の相互理解と経済活動を促進する上で、国際通信が果たす役割は大きい。今日、半導体や大規模集積回路(LSI)等の開発に支えられた電気通信技術とコンピューター技術の飛躍的発展により、映像通信、データ通信、ファクシミリ等新しい通信手段も次々と開発されている。今後このような技術の進歩が、太平洋地域の国際通信のいっそうの拡充をもたらすであろう。

 今日の国際通信は、主として海底ケーブルと衛星を利用して行われているが、通信の安定性、信頼性確保の見地から、今後とも両方式が併用されよう。衛星通信方式については、新しいデジタル技術の開発により、いっそう高品質で経済的な多国間通信に適した方式が太平洋地域の国際通信にも導入されつつある。海底ケーブル方式については、近い将来、従来の同軸ケーブルに代わり光ファイバー・ケーブルという新技術の導入が期待される。この光通信システムは、データのようなデジタル情報等がガラスファイバーを通して伝送する方式で、従来の同軸ケーブルに比較して効率的に大量の情報を伝送できる。

 われわれは、このような国際通信の技術的展望に立ちつつ、太平洋地域の国際通信の飛躍的発展を求めて、以下の構想を展開したい。

(i)太平洋地域通信網の整備

 今日、太平洋地域では、南太平洋のいくつかの島嶼国を除いて、すべての国が海底ケーブルまたは通信衛星で相互に結ばれている。しかし、今後予想される域内の国際通信需要の増大と多様化に対処するため、このような通信網のいっそうの充実・整備を図る必要がある。現在、第三太平洋横断ケーブル計画、ASEANケーブル網計画、日韓海底ケーブル、インテルサット(国際電気通信衛星機構)の太平洋新衛星の打上げ計画、海洋上の船との通信のためのインマルサット(国際海事衛星機構)の海事衛星の打上げ計画など数多くのプロジェクトが予定されているが、これらの着実な実施を期待したい。

 また、域内国際通信の推進のためには、関係諸国の個別努力に期待するだけでなく、日本としても、アジア・太平洋電気通信共同体(APT)等の国際機関を通じて積極的に働きかけ、関係諸国の協力を得て効率的な通信網の整備に努めるとともに、その運用の円滑化を図る必要がある。これらの目的を達成するため、研究・開発・訓練等を目的とした新たな地域通信機構の設立も考慮に値する。

(ii)料金制度の改善

 国際通信にまず必要なことは、良質で安定した即時につながる通信を、低料金で提供することである。国際通信には、安定した通信ルートの確保、将来の通信需要に備えた技術開発などのための大きな設備投資が必要であるが、他方新しい技術の開発は、より安価な国際通信サービスの提供を可能としつつある。ここでわれわれが強調したいことは、太平洋地域の重要性を十分認識し、この地域の国際通信料の低廉化のためいっそうの努力を払うことである。

 さらに将来の構想として、太平洋地域における地域均一料金制の導入を検討すべきであろう。今日、各国とも国内の料金政策においては距離による料金格差を是正していく方向にあり、最終的には郵便料金と同様の均一料金制を目指している。今後、太平洋地域の連帯関係の深まりとともに、このような考え方がこの地域内でも当然浮かび上ってこよう。

(iii)発展途上国への協力の強化

 太平洋地域の発展途上国では、良質な国際通信の提供の前提となる国内通信網自体の整備が不十分であり、衛星通信用の地球局の建設、運用あるいは海底ケーブル用施設の設置等には十分手が回らないでいる。したがってこれら諸国においては、まず国内の通信網を充実させ、これを国際通信に拡大していくことが肝要である。このためには、先進国がその経験と蓄積を生かし、発展途上国、とくに島嶼国における電話網、マイクロ網等の整備・拡充に対し、技術・資金の両面からの積極的協力を行うことが必要である。

(iv)太平洋直接放送衛星構想の検討

 放送衛星については、1974年以来、アメリカ、カナダ、ソ連、日本において各種の衛星放送実験が行われ、その結果技術的には直接放送衛星を実用化し得る目途がほぼついている。これを受けて、関係諸国では衛星放送の実利用に向けて種々検討を進めている。

 直接放送衛星は、各家庭においてテレビ放送を直接受信できることから、これが太平洋諸国の共同利用のため打ち上げられれば、これら諸国の連帯感の強化および相互理解の増進に極めて有効であるし、現在十分な放送手段をもたない発展途上国の国内放送の普及、発達にも寄与すると考えられる。また、このような衛星放送を関係諸国が協調して運営していくためには、『環太平洋地域放送衛星機構』の結成も必要となろう。以上のような構想の実現に向けて、日本が大きく貢献することを期待したい。

(v)マス・メディアによる情報交流の促進

 国境を越えた情報の交流の促進が、国際的な相互理解を深めるために不可欠であり、そのような情報交流において、マス・メディアが大きな役割を果たすことは、いうまでもない。しかし太平洋諸国の間におけるマス・コミュニケーションは、十分な水準からはほど遠い状態にある。この現状を改善するためには、すでに述べた国際通信網の充実と併せて、この地域に基礎をおいた国際通信社の設立、ジャーナリスト交流のための基金の拡充、とりわけ発展途上国のジャーナリストのためのフェローシップの創設などが検討されるべきである。また、日本としては、とりわけ在日ないし訪日の外国報道関係者の取材活動に協力するため、フォーリン・プレスセンターの機能強化、記者クラブの開放等に努めるべきである。

(3)出入国制度の改善

 太平洋地域における国際協力、交流の促進は、国境を越える人々の移動に関する枠組みの改善により裏打ちされなければならない。

 現在域内諸国においては、外国人の出入国および在留が種々の手続、規制、制限等により管理されているが、人的交流促進のためには稼働ないし永住目的以外の入国は原則として自由化する方向で手続の簡素化、規制の合理化および制限の緩和を図るべきであろう。

 このような観点からまず推進すべきことは、査証相互免除協定や数次入国査証制度の活用である。例えば日本の場合、現在45か国との間で短期旅行者につき査証相互免除取極を結んでいるが、その中で太平洋地域に属するのはカナダ、ニュージーランド、シンガポール、メキシコ、ペルー等数か国にすぎない。数次入国査証制度も、域内先進国を除いてはほとんど実施されていない。このような現状については、各国国情の相違等それなりの事情はあろうが、この際関係諸国との協力により、できる限り早急に改善されるべきであろう。

 査証相互免除や数次入国査証制度のほかにも、出入国および在留管理面で改善することが望ましい点は少なくない。日本の場合についていえば、現行の出入国管理令は日本がなお占領下にあり国際交流が極めて限られていた1951年に制定されたものであり、手続的に煩瑣であるとともに制限的に運用されがちであり、国際間の人的交流促進の観点から再検討を要しよう。

 例えば日本を訪れる外国人の大半を占める短期旅行者についても、観光に限られている在留資格をより一般的に拡大することが検討されるべきであり、在留期間は現行の60日を少なくとも90日程度に延長することが望ましい。査証を必要としない一時上陸(寄港地上陸、通過上陸)についても、現状では入国と出国に同一の船舶ないし同一の国際空港を利用する場合に限って許可しているが、これを乗りかえて出国する旅行者にまで拡大し、上陸期間も1ないし2週間は認める等、短期入国者の便宜の観点から緩和することが望まれる。

 外国人の入国に伴い多発するトラブルの抜本的解決策として、アメリカ等が一部西欧諸国との間ですでに実施している入国審査官の相互駐在制度(A国の入国審査官をB国の空港等に常駐させ、B国出発前にA国への入国審査を終える)の導入も考慮すべきであろう。

 在留資格制度に関しては、稼働ないし永住目的以外の外国人の入国滞在は、とくに問題があると認められるのでない限り、これを許可することにすべきであり、その手続を簡素化することが望まれる。

 さらに長期的観点から見れば、稼働目的の入国滞在、移住などについては、内外の労働事情、経済社会情勢に配慮を払わなければならないが、国際交流と国際協力の精神に基づき、かつ、このような外国人がもたらすであろう直接的、長期的利益を考慮し、積極的に取り組むべきである。あらかじめ分野的の割当てを設定する等条件の整備を行い、外国人労働のあり方を計画的に組織化することを期待する。入国管理と在留管理とは裏腹の関係にあり、国際交流促進に資するような開かれた在留管理体制を築きあげる必要がある。

III 環太平洋連帯の実現を目指して

 環太平洋連帯を実現し、この地域に、繁栄し安定した地域社会を建設することは、21世紀までを見通した長期的な課題であり、II「環太平洋連帯の課題」で述べた具体的提言も、このような認識に立って、今すぐにでも取り上げられるべき課題から、長期的に目指すべき課題まで、多くのものを含んでいる。また、われわれの提言には環太平洋連帯を推進するにあたって、関係諸国が共同して取り組むべき課題のほかに、日本が自らのイニシァティブをもって進めるべき課題も取り上げられている。われわれは、後者については、政府がこれらを積極的かつ着実に実施していくことを要望する。また、前者については、関係諸国間で幅広い検討が行われ、そこから具体的プロジェクトが生まれてくることを期待する。

 われわれは、環太平洋連帯の推進は、慎重かつ着実に行われるべきであると考える。太平洋地域の活力とダイナミズムとが、大きな注目を集めつつある反面、ことさら環太平洋連帯を唱えることに対して懐疑的な人々が少なくないことも、また、事実である。環太平洋連帯構想の課題が長期的で、息の長いものであるだけに、この構想への取組みには、拙速はあくまでも避けるべきであろう。

 しかしそれにしても、すでにこの地域において関係諸国民の間に共通の関心が高まりつつあることは、誠に目を見張らせるものがある。この地域の多くの国々において、環太平洋連帯を推進する種々の構想が打ち出されている。また、この地域内の各地において官民の専門家を中心とする国際会議、シンポジウム等もひんぱんに開かれている。本年1月、インドネシアのバリ島で、「1980年代におけるアジア・太平洋地域の経済相互依存関係のよりよき調和を求めて」のテーマの下で開催された国際シンポジウムや、本年3月、ハワイで開かれた「南太平洋島嶼国会議」は、その注目すべき事例である。

 今日、関係諸国が活発なイニシァティブ、多種多様なアプローチでこの問題に取り組んでいる過程で、太平洋地域における幅広い協力関係の必要性と可能性はますます明らかになりつつあり、また、その具体的な協力の方向も次第に明確になりつつある。われわれは、このような国際的な努力の中にあって、日本が、これまでに得た貴重な成果と経験とを基礎として、関係諸国と十分に協議しつつ、共同で環太平洋連帯の構想を進めていくことを要望する。

 本年1月、大平総理のオーストラリア訪問の際、フレーザー首相との間で、環太平洋連帯に関する国際セミナーをこの9月頃、キャンベラのオーストラリア国立大学の主催で開催することが話し合われた。このセミナーは、これまで積み重ねられてきた国際的討議を大きく進展させるものとなろう。日本としても、近い将来、このような国際的討議の場を提供すべきである。

 環太平洋連帯の推進に関心を有する関係諸国の有識者が参加するこのような国際会議を定期的に開催することを通じて、われわれは次のようなことを期待したい。第一に、環太平洋連帯の推進のためのこれまでの数多くの研究や提案を整理し、具体的に協力が可能な分野を見極める。第二に、それぞれの分野において関係諸国に受入れ可能な協力の方策についてのコンセンサスの形成を目指す。第三に、環太平洋連帯を長期にわたって推進するための何らかの機構を設立する可能性について検討する。このような検討と話し合いを継続的に行うことを通じて、次第に関係諸国政府間にも幅広い地域的コンセンサスが形成されていくであろう。

 とりわけ、このような機構の必要性は、環太平洋連帯が21世紀までを見通した長期的な課題であることからも明らかである。この点については、これまでも各種の提案が行われている。関係国政府レベルの協議機構の設立の提唱もあれば、関係国の有識者の集合体としての民間機構の結成の提案もある。あるいは、関係国政府が有識者をいわゆる賢人として任命し、関係国政府と一定のパイプを有する賢人グループの設置の考え方も議論されている。われわれは、これら諸提案を参考にしつつ、漸進的なアプローチを前提として、次のとおりひとつの試案を述べてみたい。

 まず、一連の国際会議を運営するための委員会を設立する。これが環太平洋連帯のための機構づくりの第一歩となろう。この委員会は、それまでの諸会議の成果を整理し、その次の会議の準備を進めるものである。何回かの会議の積重ねの後には、この委員会は、より広く、環太平洋連帯のための民間協議機構の性格をも帯びるであろう。そして、この委員会は、関係諸国の共通の関心事項を見いだし、そのよりよき解決方法を検討するための常置機構としての権威を獲得するであろう。この段階まで到達すれば、それはさらに、コンセンサスを得た事項につき共同意見を発表し、関係諸国政府に勧告することもできるであろう。

 この委員会がその役割を十分に果たし得るためには、いくつかの条件が満たされなければならない。第一に、この委員会は、関係諸国で権威を有し、当該国政府に対しても十分な影響力を有する人物で構成されなければならない。したがって、このような人物は、当該国において環太平洋連帯に関心を有する幅広い有識者を母体として選ばれ、あるいは何らかの形で当該国政府の支持を得ることが望ましい。第二に、この委員会は、十分な討議と合意の形成が可能となるような規模のものでなければならない。そのためには、全体で15ないし20名程度のものとなることが望ましい。

 環太平洋連帯を実現するためには、関係諸国が共通の関心を有しながら利害の絡み合いの少ない、比較的容易な課題からひとつずつ取り上げていくことが肝要である。したがって、上記の総枠的な民間機構とは別に、特定のこのような課題について、政府または民間ベースの専門家作業部会を設け、特定のプロジェクトを実施することは、極めて有益である。環太平洋連帯の実現を目指すためには、これまでもさまざまな形で行われているこのような個別的アプローチを、いっそう推進することが、より現実的かもしれない。われわれは、II「環太平洋連帯の課題」において、さまざまな具体的な構想ないしプロジェクトのメニューを提示した。その中には、すでに関係諸国が共通の関心を示し、これら諸国間の利害の絡み合いが比較的少ないと考えられるものも、相当数含まれている。それらがここでいう個別的アプローチの対象となることを、われわれは心から期待している。

 もし、以上のような動きが円滑に前進するならば、長期的な目標として関係諸国政府間の国際機構の設立も期待できるかもしれない。このような国際機構は、経済、社会、文化、交通・通信、科学技術などの分野で、関係諸国が共通の関心を有する問題について相互理解を増進し、協調的解決の方法を探るための協議の機関としての役割を果たすこととなろう。また、この国際機構には、常設の事務局も必要となろう。なお、この国際機構への参加は、太平洋地域に所在し、この地域の連帯関係の促進に関心を有するすべての国に開かれたものであることが必要であろう。