[文書名] アジア太平洋協力推進懇談会報告−開かれた「協力による発展の時代」へ
アジア太平洋協力推進懇談会報告
−開かれた「協力による発展の時代」へ−
アジア太平洋協力推進懇談会
平成元年6月15日
アジア太平洋協力推進懇談会報告書
−開かれた「協力による発展の時代」へ−のポイント
(はじめに)
1.ここ1、2年の間における「アジア太平洋協力」を求める声の高まりには、従来と異なった現実感がある。しかも、焦点が、目覚ましい経済成長を遂げつつあるアジアの国々にあり、従って、これまでの「太平洋協力」という呼び方に代わり、今や、「アジア太平洋協力」という呼び方が一般化するに至っている。
このような「アジア太平洋協力」をめぐる内外の情勢変化と同地域における相互依存関係の変化を踏まえ、昨年9月、産業界の代表、学識経験者等の参加を得て、通商産業省内にアジア太平洋協力推進懇談会(座長:赤澤璋一ジェトロ理事長)を設置した。同懇談会は、「アジア太平洋協カの必要性と具体的あり方等」について、12回にわたり、精力的に意見交換を行い、また、この間、関係国(タイ、シンガポール、アメリカ)の有識者とも意見交換を行うなど海外の声も聴するよう努め、今般、同懇談会から当省に報告書が提出された。
本報告書が、アジア太平洋協力に係わる「一つの提案」として内外における検討の環を広げ、かつ深めることにより、アジア太平洋協力がより『現実』のものとして推進されることとなることを期待する。
(現状及び「必然の流れ」としての協力)
2.アジア太平洋経済は、相互依存関係を深めつつ、東アジア地域を中心に目覚ましい発展を遂げている。将来についても明るい見通しが多く、世界経済の「成長センター」としての期待が大きい。この間、アジア太平洋諸国の相互依存関係は、貿易面のみならず、投資、技術、金融の各面にわたる重層的進展をみせつつ、著しく深化している。
しかしながら、アジア太平洋経済は、現実には、<1>米国市場への過度の依存、<2>大幅な貿易不均衡と保護主義の高まり、<3>アジアの発展途上国経済が内包する、輸出依存度の高さ、産業構造の視野の狭さ、自主的技術開発力の乏しさ等の脆弱性、<4>産業発展基盤の整備の遅れ、<5>高成長がもたらす不安定要因など、将来の経済発展の可能性を損ないかねない様々な経済問題に直面している。
今、本地域の経済成長を持続するためには、相互依存関係の深化にかんがみ、関係諸国の協力によって、これらの経済問題の解決に取り組んでいくことが必然の流れとなっている。
(協力の理念)
3.協力の推進に当たっては、地域協力を多角的自由貿易体制を補完する一つのシステムとするため、「開放性の確保」がキーワードとなる。アジア太平洋協力は、経済ブロックを目指すものではない。例えば、貿易障壁の削減は他の地域にも平等にその効果が及ぶよう行われるべきであり、このような「開放性」こそが経済の健全性維持に役立つものである。本地域協力は、「開かれた地域協力」のモデルとして世界に提示されるべきであり、そうしてこそ、本地域経済はその発展ポテンシャルを十分に発揮し、世界経済の発展に貢献していくこととなる。
(協力の原則)
4.本地域協力は、本地域が、文化、民族のみならず、経済発展段階においても極めて多様性に冨んでいることに鑑み、以下の4つの原則に留意しつつ推進していくことが重要である。
(1)多面的協力の漸進的推進
本地域の共通の課題は、貿易面、投資面、技術面、インフラ整備面等様々な側面にわたる。従って、協力は多面的に、しかも、関係国が共通に関心を有する分野から漸進的に推進すべきである。
(2)相互尊重と平等参加
多様な国の存在は多様な考えの存在を意味するが、各々の国の考えを尊重することが当然でありまた名国は経済規模のいかんにかかわらず、対等な立場で本地域協力に参加すべきである。
(3)多層的協力の推進
本地域協力は、アセアン、オーストラリア・ニュージーランド自由貿易協定、米加自由貿易協定等既存の協力に加えて、これらを補完するものとして、緩やか、かつ柔軟に進めるべきである。
(4)基本としての民間活力及び市場メカニズム
アジア太平洋経済の発展は、民間企業の貿易や投資などの経済活動及び市場メカニズムを通して実現されることが基本であり、本地域協力は、これに対して関係国が協力して行う政策的補完として位置付けられるべきである。
(考えられる協力の推進の方向)
5.考えられる具体的協力推進の方向は以下の通り。
(1)貿易の一層の拡大(ウルグアイラウンドの推進、日本の輸入の一層の拡大等)
(2)発展途上国の産業発展基盤の整備(人材の育成、技術開発・移転の促進、情報化の推進、物流システムの改善、直接投資の円滑な推進等)
(3)成長持続のための課題への対応(エネルギー安定供給の確保、環境の保全等)
(4)バランスのとれた経済発展の実現(マクロ政策協調、国際分業の推進等)
(5)協力推進のための環境整備等(資金供給の円滑化、経済統計の整備及び研究機関ネットワークの形成、国際標準の普及及び知的財産保護制度の整備、各種イベントの開催等)
(協力の枠組み)
6.これらの協力の具体化に当たっては、貿易、投資等民間の経済活動を基本としつつもアジア太平洋地域の経済発展の持続が今後の政策努力によって初めて可能であること、また、これらの協力によって進められるべきプロジェクト等の実現には、相当程度の時間が必要であることにかんがみれば、各国政府レベルの政策協力のための対話が必要な時期に来ており、まず、多くの国々が関心を共有していると考えられる貿易や産業の経済分野について、可及的速やかに経済関係閣僚会議(仮称:アジア太平洋経済関係閣僚会議)を開催することが適当と考えられる。
また、具体的政策協力の推進に当たっては、PECC(太平洋経済協議会議)やPBEC(太平洋経済委員会)等既存の協力推進組織と十分連絡をとることが必要である。
さらに、米国を含めた関係国が経済力に応じてそれぞれの役割を遂行することが必要であり、それぞれの国の役割について、今後、関係各国において検討が進められることを期待したい。
日本は、他のアジア太平洋諸国と地理的にも歴史的にも深い関係にあり、緊密な相互依存関係にある本地域の発展が、アジア太平洋諸国と日本の双方の利益であるとの認識の下に、本協力の推進に積極的貢献を果たしていく必要がある。
(おわりに)
7.近時、アジア太平洋経済は目覚ましい発展を遂げ、また、その将来も極めて明るいとする見方が多いが、産業発展の基盤整備、成長持続のための課題への対応など様々な課題に直面しており、これらの諸課題に対しては、相互依存度の深まりの故に、関係国が協力して取り組んでいく必要があり、これによって初めて「経済発展の持続」が可能となると考えられる。
この意味で、アジア太平洋諸国は、今まさに開かれた「協力による発展の時代」を迎えつつある。我々は21世紀に向けて、かかる開かれた協力を着実かつ大胆に推進することにより同地域の成長ポテンシャルを最大限に発揮し、「自由貿易の巨大な海」の形成を通じて、関係国自身の経済発展のみならず、世界経済の発展に貢献していくべきである。
アジア太平洋協力推進懇談会 委員名簿 (五十音順)(26名)
(座長)赤澤璋一 日本貿易振興会 理事長
(座長代理)宗像善俊 アジア経済研充所 所長
荒木浩 東京電力(株) 常務取締役
井川博 日本商工会議所 専務理事
宇佐美昭次 (株)西友 常務取締役
大橋宗夫 日本輸出入銀行 理事
茅陽一 東京大学 工学部教授
国広敏郎 日本電気(株) 専務取締役
香西泰 (社)日本経済研究センター 理事長
小林實 (株)日本興業銀行 常務取締役
小林陽太郎 富士ゼロツクス(株) 社長
坂本正弘 神戸市外国語大学教授
首藤勤 三菱油化(株) 専務取締役
高垣佑 (株)東京銀行 専務取締役
田淵守 三井物産(株) 副社長
徳山二郎 (株)三井銀総合研究所 特別顧問
鳥居泰彦 慶応義塾大学 経済学部教授
長野明 帝人(株)専務取締役
萩原清治 千代田化工建設(株) 専務取締役
平野繁臣 (株)現代芸術研究所 代表取締役
松井義雄 (株)読売新聞社 経済部長
水上萬里夫 (株)日本長期信用銀行 常務取締役
宮川博 日産自動車(株) 専務取締役
宮智宗七 テレビ東京 解説委員長
和田裕 シャープ(株) 常務取締役
目次
(はじめに)
第1章 世界経済の牽引力化するアジア太平洋経済……3
(1)アジア太平洋経済のめざましい発展とその背景……3
(2)世界経済におけるアジア太平洋経済の地位の向上……5
(3)世界経済の「成長センター」としてのアジア太平洋経済……7
第2章「必然の流れ」としての経済分野におけるアジア太平洋協力……9
(1)アジア太平洋協力に係わる様々な提言……9
(2)アジア太平洋協力は「必然の流れ」……11
第3章 「開かれた地域協力」のモデルとしてのアジア太平洋協力……16
(1)国際経済秩序形成の2つの流れ……16
(2)「開放性」の確保とアジア太平洋協力……18
第4章 アジア太平洋協力の「原則」と「目標」……19
(1)「協力の前提」としての多様性の認識……19
(2)協力の「原則」……19
(3)協力の「目標」……21
第5章 アジア太平洋協力の分野別推進の方向……23
(1)貿易の一層の拡大……23
<1>ガット・ウルグアイラウンドの推進……25
<2>日本の輸入の一層の拡大……27
<3>地域における貿易の一層の拡大……27
(2)発展途上国の産業発展基盤の整備……30
<1>人材の養成……30
<2>技術開発・移転の促進……32
<3>高度産業インフラの整備(情報化の推進及び物流システムの改善)……33
<4>直接投資の円滑な推進……36
(3)成長持続のための課題への対応……39
<1>エネルギー安定供給の確保……39
<2>環境の保全……42
(4)バランスのとれた経済発展の実現……43
<1>日米の役割とマクロ経済政策協調の可能性……43
<2>国際分業の推進……45
(5)協力推進のための環境整備等……48
<1>資金供給の円滑化……48
<2>経済統計の整備及び研究機関ネットワークの形成……50
<3>国際標準の普及及び知的財産保護制度の整備…51
<4>各種イベントの開催……53
<5>MFP構想の推進……54
第6章 アジア太平洋協力推進の枠組……56
(1)新しい協力の枠組……56
(2)経済分野における関係閣僚会議の開催……57
(3)経済カに応じた役割の遂行……57
(4)日本の役割……58
(おわりに)開かれた「協力による発展の時代」へ……59
(はじめに)
(1)「アジア太平洋協力」を求める声が、今、急速に高まりを見せている。ここ、1〜2年の間にも、米国のシュルツ前国務長官の環太平洋フォーラム構想及びブラッドレー上院議員のパシフィク8構想、我が国の中曽根元首相の「アジア太平洋経済・文化フォーラム」そして、つい最近では、豪州のホーク首相構想など様々な構想が提案されている。
(2)こうした「アジア太平洋協力」の動きは、近時始まったものではない。PBEC(Pacific Basin Economic Council:太平洋経済委員会)は産業界のアジア太平洋地域の国際組織として既に20年以上、またPECC(Pacific Economic Cooperation Conference:太平洋経済協議会議)は産官学の意見交換の場として10年近くの歴史を有している。
(3)しかし、ここ1〜2年の間における「アジア太平洋協力」を求める声の高まりには、従来と異なった現実感がある。アジア太平洋協力は、「『夢』から『現実』の時代へ移行」しつつある。しかも、焦点が、目覚しい経済成長を遂げつつあるアジアの国々にあり、従って、これまでの「太平洋協力」という呼び方に代わり、今や、「アジア太平洋協力」という呼び方が一般化するに至っている。
(4)このような「アジア太平洋協力」をめぐる内外の情勢変化と同地域における相互依存関係の変化を踏まえ、通商産業省では、昨年2月、省内の勉強グループとしてAPTAD(アジア太平洋貿易開発:Asian Pacific Trade and Development)研究会を発足させ、協力の「基本的考え方」について一次的な研究を行い、昨年6月に中間とりまとめを行った。更に昨年9月、産業界の代表、学識経験者等の参加を得て本格的検討を行うため通商産業省内に本懇談会(座長:赤澤璋一JETRO理事長)を設置し、「アジア太平洋協力の必要性及び具体的あり方等」について12回にわたり、精力的に意見交換を行った。この間、関係国(タイ、シンガポール、アメリカ)の有識者を招待し、懇談会メンバーと意見交換を行うなど、海外の声も聴するよう努めた。
(5)我が国においては、アジア太平洋協力について、通商産業省のみならず、関係省庁や民間の諸団体においても研究が行われている。長い歴史を有するPBEC及びPECCも、着実にその活動を充実している。ASEAN、アジアNIEs、オーストラリア、米国等、関係国での検討も益々盛んになってきている。本報告書が、アジア太平洋協力に係る「一つの提案」として内外における検討の環を広げ、かつ深めることにより、アジア太平洋協力がより『現実』のものとして推進されることとなることを期待する。
(6)本懇談会においては、アジア太平洋地域を、便宜的に、ASEAN、アジアNIEs、中国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダにより代表される地域としている。なお、今後、相互依存関係の深化を踏まえつつ、カンボジア問題解決後のインドシナ、太平洋島しょ国家群、中南米諸国など、さらに広がりをもった協力のあり方についても検討していくことが必要となると考えられる。
第1章 世界経済の牽引力化するアジア太平洋経済
(1)アジア太平洋経済の目覚しい発展とその背景
<1>目覚しい発展の軌跡
アジア太平洋経済は、今、目覚しい成長を遂げている。1960年代においても本地域は高成長を見せていたが、OECD諸国の平均成長率5%を大きく上回る成長を見せていたのは、日本(11%)、アジアNIEs(8〜10%)のみであった。中国は、4%であり平均を下回っており、ASEAN諸国は国によって異なるが、タイの8%を除き、平均水準であった。その後70年代に入り、OECDの平均成長率は3%に低下し、日本を始め、本地域の先進国は成長を鈍化させたが、アジアNIEs、ASEANは、それぞれ、8〜10%、6〜8%、中国も6%という高成長を続けた。
世界経済の中で、本地域の成長ぶりが一段と目立ったものとなったのは、80年代に入ってからである。OECDの平均成長率が2.5%(80−87年)、ECの成長率が1.8%に低下したのに対し、本地域では、先進国も概ねOECDの平均を上回る伸びを示し、アジアNIEsは6〜9%、石油価格の下落により打撃を受けたインドネシア、 政権の転換のあったフィリピンを除くと、ASEANも4〜5%、中国は10%近い成長を示した。
もっとも、東アジア地域の経済発展を好調の歴史としてのみ描くのは、正確ではない。10年間を平均すれば上述のとおりであるが、必ずしも平坦な道ではなかった。ベトナム戦争後の米国経済の不調等により経済が落ち込んだこと、73年以降及び79年以降、2度にわたって多くの石油消費国が、石油危機にみまわれたことは、記憶に新しい。80年代になってからは、積極的な開発促進策が経済を浮揚させつつも、外資導入に伴い、83年頃には大きな累積債務を計上することとなった。
本地域の急速な成長が、真に顕著となったのは、アジアNIEs及びASEANを中心に80年代後半に入ってからである。86〜87年の2年間のOECD、ECの成長率は、それぞれ3.0%、2.5%であった。これに対し、アジアNIEs、ASEAN及び中国はそれぞれ11%、4%及び14%という伸びを示した。先進国の中ではカナダ、日本及びオーストラリアが、それぞれ3.6%、3.3%、3.2%と相対的に高い成長を示し、米国も3.1%とOECDの成長率を若干上回る伸びを示した。88年は、ASEAN諸国もインドネシア(3%)を除き、7〜11%、87年の中国は、9%の高成長を示した。88年におけるアジア太平洋地域の先進国の成長率は、日本、カナダがそれぞれ5.7%、4.5%と極めて高く、オーストラリア、アメリカはOECDの平均成長率(3.9%)水準であった。
<2>発展の背景
本地域におけるアジアの発展途上国のめざましい発展の背景として、以下の4つが挙げられる。
第一に、アジアの発展途上国が推進した工業化政策の成功である。アジアNIEsは、1960年代以降、ASEAN諸国は、1970年代半ば以降工業化政策を推進したが、この間、ケネディ・ラウンド(64年〜67年)及び東京ラウンド(73年〜79年)に基づく貿易自由化を背景に世界貿易は順調に拡大(世界輸出年平均伸び率:60年代8.3%、70年代5.3%:この20年間で世界貿易は4倍に拡大)し、最近における輸出指向型産業の発展と相まって輸出が増加し、輸出と投資の好循環がみられることとなった。
第二は、1980年代に入ってから米国と日本という二つの世界経済の牽引力を十分に活用できたことである。まず、80年代前半のドル高及び米国の好景気であるが、80年から85年までの間、ドル価値は、多くのアジアNIEs通貨に対し最高3割切り上がり、また、米国は82年以降景気拡大を持続した。この結果、80年代前半は、米国が大きなアブソーバーとなった。他方、80年代後半になると、日本の急激な通貨切上げと内需拡大等により、日本が第2のアブソーバーとして登場した。ちなみに、85年から88年までの間、円価値は86%切り上り、内需成長率は年率4〜8%という高い伸びを示した。そして、今や、この地域全体が、世界経済にとって、アブソーバーとなりつつある。
第三に、多くのアジアの発展途上国は第2次石油危機後の世界的不況の中で積極的な開発政策を展開したものの、83年から85年にかけて開発政策をスローダウンさせ、財政赤字の縮小という調整政策を行ったことがあげられる。これを一因として、アジアの発展途上国は、83年頃には大きな累積債務に直面したが、その後、累積債務問題を乗越えることが可能となり、引き続き、大きな累積債務問題を抱える中南米諸国とは異なる過程をたどった。
第四は、最近時において、東アジア地域が他の地域と比べて政治的に比較的安定していたことがあげられる。フィリピンにおけるアキノ政権の樹立、中ソ関係の改善、カンボジア問題解決への始動等の政治的安定化はアジア太平洋地域経済の発展に好環境を提供しているものと考えられる。
(2)世界経済におけるアジア太平洋経済の地位の向上
<1>地位の向上
世界経済の成長に比べ、相対的に高い成長を続けているアジア太平洋経済は、当然のことながら、その世界経済における地位を向上させている。特に、80年代に入り成長率を大幅に下落させている国々がある中で、一部の例外はあるものの総じて際立った成長を遂げた本地域の地位の向上ぶりは著しい。
(イ)GNP
80年から85年の間のアジア太平洋経済はGNPの世界経済に占めるシェアは、41%から52%へと11ポイントの上昇を見せた。
(ロ)輸出
一方、輸出シェアも80年から87年にかけて29%から37%へと8ポイント上昇した。急成長を遂げているアジアNIEsとASEAN諸国に限っても、世界の輸出に占めるシェアは、それぞれ9%、4%であり、これを合計すると日本(10%)及び米国(10%)を上回る水準となる。
(ハ)輸入
アジア地域は輸出面のみにおいて注目されているが、最近の東アジア地域の輸入拡大ぶりは著しく、88年の輸入の伸び率は、アジアNIEs、ASEANそれぞれ前年比33%、30%という大幅な増加を示している。日本の輸入規模1,874億ドル(前年比伸び率25%、増加額379億ドル。)と合わせると、東アジア(アジアNIEs、ASEAN及び日本)の輸入規模は全体として30%増加して、約4500億ドルとなった。これは米国のそれを上回る規模であり、88年並みの伸び率が続けば、89年の東アジアの輸入規模は、米国のそれを1000億ドル近く上回ることとなる。アジア太平洋地域、とりわけ東アジア地域は、今、世界の一大輸入市場として成長を持続している。
(注)日本の輸入増加額379億ドルは、韓国やオーストラリアの輸入総額、フィリピンやタイのGNP規模に相当する。
<2>米国経済の太平洋シフト
(イ)米国の太平洋貿易額が、大西洋貿易額を越えたのは80年であり、その後も太平洋貿易の伸長は著しく、88年には太平洋貿易と大西洋貿易の比率は7:5(各々2,728億ドル、1,885億ドル)に達している。米国の輸出をみると80年から88年までの間、米国のアジア向け輸出(対日本、アジアNIEs及びASEAN)は、91%(172億ドル)と大幅な増加をみせているのに対しEC向けの輸出は29%程度(380億ドル)の伸びにとどまっている。米国における輸出を関税地区別(輸出港湾別)にみると東北部から西部への重点移動は更に顕著であり、72年から85年までの間、東北部のシェアーは40%から29%へと大幅に低下する一方、西部のシェアーは、17%から27%へと大幅に上昇している。
なお、80年においては、米国のラテン・アメリ力向け輸出は、235億ドルであり、アジアNIEs向けの輸出(147億ドル強)をはるかに上まわっていたが、83年には、120億ドル程度まで減少し、その後、徐々に回復したが、88年において、ラテン・アメリカ向け輸出は271億ドルにとどまった。一方、アジアNIEs向けは着実に増加し続け、88年には349億ドルとラテンアメリカ向け輸出を約30%上回りに至り、その位置付けは、大きく変化を遂げている。
(ロ)人口面においても、西部の増加ぶりは著しい。70年から80年の間、東北部の人口は、4900万人で横ばい。西部では24%増加して4300万人となっている。そのシェアーも東北部では2ポイント低下して22%、西部では2ポイント上昇して19%となっている。最近時点での統計は明らかでないが、西部のウエイトの上昇傾向が続き、東北部と西部の地位は逆転していることは想像に難くない。
(ハ)少なくとも貿易面、人口面において、米国は「太平洋国家の色彩」を急速に強めている。
(3)世界経済の「成長センター」としてのアジア太平洋経済
<1>アジア太平洋経済の発展の見通し
(イ)近時の目覚しいアジア太平洋経済の発展ぶりを踏まえて、いくつかの明かるい将来見通しが提示されている。例えば、「2000年の日本経済」(88年8月(財)国民経済研究協会)によれば、東アジア(アジアNIEs、ASEAN及び日本)のGNPは、1987年から2000年までの間、年率4.9%と北米の2.8%、EC諸国の2.6%を大幅に上回ると予測している。この結果、東アジアと北米を便宜上アジア太平洋経済と仮定すれば、1987年の7.7兆ドルが2000年には12.2兆ドルヘと60%の大幅増加を示し、1987年時点では、ECの(4.3兆ドル)の1.8倍だったものが2000年においては、EC(5.9兆ドル)の2倍を超える規模となるとされている。なお、東アジアのGNPは、1987年にはECの6割強の規模であったものが、2000年においてはほぼ同水準にまで拡大すると予測されている。
なお、本試算は中国を含んでいないが、1987年時点では約0.3兆ドルであるが、中国政府の第7次5ヵ年計画、長期戦略目標によれば、2000年には1.1兆ドルに拡大するものと見通されている。中国を含んだアジア太平洋経済は2000年には13.3兆ドルと極めて大きなものとなる。
(ロ)人口面でも、アジア太平洋地域の増加ぶりは目覚ましい。1986年から2000年までの間、ECでは1.2億人程度の増加であるのに対し、東アジアと北米を合計すると9.2億人へと1.7億人増加(東アジア6.1億人へと1.3億人増加、北米3.1億人へと0.4億人増加)が見込まれている。また、中国は、前期計画によれば12.2億人へと1.4億人増加すると見通されている。
(ハ)「世界経済調整とアジア太平洋経済の将来」(88年3月、篠原三代平)は、2010年までの1人当りの実質GDPを試算している。1人当りの実質GDPは、今後日本が3.4%、香港及びシンガポールは5%、韓国、台湾は6%、ASEAN諸国は4%と予測しているが、この結果、香港、シンガポールは1990年代中頃には、1987年時点のスペインを上回る水準となり(各々、8300ドル、7600ドル)、1990年代中頃には、同様にニュージーランド、オーストラリアの水準(約10000〜11000ドル)となり、2000年には、同様にイタリアの水準(約12000〜13000ドル)に到達すると見込まれている。韓国、台湾も2000年には1987年時点のスペインの水準(約7000ドル)となり、更に2000年には、マレーシア1987年時点にギリシャの水準(約4700ドル)に到達すると見込まれている。なお、自律的発展軌道に乗る目安として、1000ドルという水準がしばしば指摘されるが、タイは1990年までに、フィリピン、インドネシアも2000年頃までには当該水準に達する見込みであるとされている。
<2>世界経済の「成長センター」
90年代は、米ソ間の緊張緩和、EC統合等により、世界経済、世界貿易は順調に拡大するとの見通しがあるが、とりわけアジア太平洋経済の発展は世界経済の牽引力となるものと期待されている。
すなわち、80年代前半にアメリカがまずアブソーバーとなり、次に後半に日本がアブソーバーとして加わり、今や発展したアジア太平洋地域が、アジアNIEs、ASEAN、中国、オーストラリア、カナダやニュージーランドも含め世界経済のアブソーバーとなりつつある。
また、この結果、経済発展が本地域に平和をもたらし、平和が経済発展をもたらすという好循環を示すこととなることが期待される。
第2章「必然の流れ」としての「経済分野」におけるアジア太平洋協力
(1)アジア太平洋協力に係る様々な提案
<1>従来の「太平洋構想」
戦後、太平洋協力の気運は何度となく盛り上がり、これまでに少なくとも二つの重要な太平洋協力に係る委員会が組織されている。
一つは、太平洋経済委員会(Pacific Basin Economic Coucil{ママ} 略称PBEC)であり、産業界ベースで1967年4月に発足している。日本の財界の調査機関である日本経済調査協議会が1962年5月に発表した「太平洋経済協力の方向について」という報告書が契機となっている。
現在、韓国、台湾、中国、オーストラリア、ニュージーランド、米国、カナダ、日本等8ヶ国がメンバーであり、ASEAN6カ国、香港、メキシコが準メンバー国となっている。
他の一つは、80年に発足した太平洋経済協力会議(Pacific Economic Cooperation Conference:略称PECC)であり、大平政権が発足に先立ち明らかにした「政策要項資料」の中で「環太平洋連帯構想」を提唱したことが契機となっている。現在、韓国、中国、ASEAN6ヵ国、オーストラリア、ニュジーランド、米国、カナダ、日本等13ヵ国がメンバーであり、昨年の大阪総会には、ソ連がオブザーバーとして参加した。
<2>最近の様々な提案と経済分野への関心の集中
上記二つの委員会がそれぞれ発足する前後、太平洋協力の気運が高まりを見せたが、やがて徐々に関心が薄らいでいったことは否定できない。
しかしながら、「太平洋協力」を求める声は、今、三たび急速に高まりを見せている。ここ1年の間においても、いくつかの新しい提案があり、昨年7月には、米国のシュルツ前国務長官が、教育や通信・エネルギーなどの分野における協力推進のための政府間フォーラムの設置を提唱した。また、昨年12月には、ブラッドレー米国上院議員が、太平洋8ヶ国が参集し、ウルグアイラウンド推進等共通の経済利益のために共同歩調をとるべき旨を提案した。日本でも昨年3月、中曽根元首相が「アジア太平洋経済・文化フォーラム」として経済面のみならず、文化面も含めた協力推進の必要性を提唱した。本年に入ってからは、1月末にオーストラリアのホーク首相が、関係国の大臣を参集して、ウルグアイラウンドの推進、貿易障壁の削減、エネルギーの安定供給等共通利益の確保等の課題について意見交換を実施すべきであると提案した。更に4月には、米国のクランストン上院議員が中心となり、太平洋地域の自由貿易・経済発展、安全保障の確保等を図るための太平洋フォーラムを設立することが必要であるとの決議を議会に提出した。
PBEC及びPECCは経済問題を中心に議論を行ってきたが、当初の構想としては、経済のみならず、文化的な協力も大きな地位を占めていた。近時の太平洋協力に係わる諸構想は、概ね経済分野を中心に論じられているのが特色である。
(2)アジア太平洋協力は、「必然の流れ」
<1>1980年代に深まった相互依存関係
80年代の急成長は相互依存の著しい深まりを伴うものであった。貿易量をみると、アジア太平洋地域におけるそれぞれの国のこれら地域全体への依存度は、81年から87年までの7年間に5−10%ポイント上昇し、国により異なるが、50−70%程度、平均63%となっている。ちなみにECの相互依存度は58%であることから、本地域の高い相互依存関係が理解できよう。
(注)各国のアジア太平洋地域における貿易依存度(87年)
アセアン73%、アジアNIEs72%、オーストラリア62%、ニュージーランド64%、アメリカ50%、カナダ79%、日本65%、中国66%
こうした相互依存関係の深化は、投資面、技術面、金融面においても同様である。今やモノ、サービス、金、すべての域内経済活動が重層的な進展を見せている。
例えば、投資面については米国及び日本からのアジア発展途上国への海外投資増している。85年−87年までの間の直接投資の動向をみると、米国からアジアNIEs向けば、約80倍に増加し、24億ドルとなった。この間日本からのアジアNIEs向けも約3倍に拡大し、26億ドルになった。こうした直接投資の結果、例えば、アジアの米系企業は、生産物の47%を米国に逆輸入しており、21%を第三国に輸出している。日系企業も28%を日本・アジア向けに輸出しており、15%を第三国に輸出している。米国及び日本の直接投資は、アジア太平洋地域の相互依存関係の向上に大きく貢献している。
米国及び日本からのASEAN向け直接投資も同期間にそれぞれ50%及び60%の伸びを示し、それぞれ約9億ドル及び10億ドルとなった。最近では、アジアNIEsからASEANへの投資も急増しているのが特徴である。88年1−6月にはインドネシア、フィリピンに対するアジアNIEsの投資は、日本や米国のそれを大きく上回り、それぞれ5億ドル、1億ドルとなった。
長期資金の流れをみると、70年代後半においては、アメリカ及び日本からアジアNIEsやASEANに資金が流れていた。しかし、85〜86年においては、日本からは引き続き、アジアNIEsに長期資金が流れたが、アメリカは、むしろ、資金の引き上げもありアジアNIEsからネットで長期資金を受け入れる状況になっている。日米間においては、大量の資金が双方向に長期資金が流れているが、70年代後半においては、アメリカから日本への流れが、日本からアメリカヘの流れを大幅に上回っていたが、85〜86年においては、その反対の状況が生じている。このように長期資金の流れも重層的な動きを示すに至っている。
<2>「発展の持続」に係る諸問題
アジア太平洋経済の将来については、楽観論が横行している。しかしながらすべては、バラ色だろうか。80年代の発展は、様々な経営環境が好回転した幸運によるものとの声がある。例えば、次のような問題に十分答えられるだろうか。
第一に、本地域の多くの国々は、対米輸出に大きく依存しているが、米国経済に深く依存したような発展は、安定的であろうか。また、米国への深い依存が、大幅な貿易不均衡を前提に成り立っているとすると、米国を含め、保護主義が世界に広がることにならないだろうか。
第二に、目覚ましい発展を遂げているアジアNIEsやASEANの経済は、更なる発展のための強靭な体質を有しているだろうか。
第三に、経済活動の急速な進展の割に、人材面、技術面、情報面及び物流面などのソフト及びハードの高度のインフラの整備は十分だろうか。
第四に、今後も高い経済成長を維持するために必要な将来のエネルギー供給の安定化、環境対策への備えは十分だろうか。
80年代の成長を可能にした好条件は、今後、自動的には続かないかも知れない。
「発展の持続」は、民間活力及び市場メカニズムを基本としつつも、今後は関係国間の協力に基づく政策努力によって初めて可能となるのではなかろうか。
(イ)米国経済への過度な依存
多くのアジア太平洋諸国は、対米輸出依存度が極めて高く、40%前後のものも少なくない(日本37%、韓国39%、フィリピン36%、台湾44%。87年)。特にアジアNIEsは、輸出相手国・第1位は、軒並み米国となっている。米国に次ぐアブソーバーたる日本も、米国を第1の輸出先としているわけで、現在日本が内需主導型発展を続けているのは事実であるが、これは米国経済の重要性の大きさを否定するものではない。米国経済の状況が良い時も悪い時も、この地域は、他地域の国々と比べ相対的に大きい影響を受ける可能性がある。仮に米国が「双子の赤字」の改善過程で経済のスローダウンを選択することを余儀なくされる場合には、その影響には少なからぬものがあろう。
(ロ)大幅な貿易不均衡と保護主義の高まり
米国の貿易赤字は、88年に相当程度改善したものの(対前年比22%減)、約1200億ドルと依然として高水準である。このうち、日本、アジアNIEs及びASEAN向け貿易赤字が占める割合は、約7割(日本は44%、アジアNIEsは24%、ASEAN5%)となっており、世界の貿易不均衡の相当部分がアジア太平洋地域に存在している。貿易不均衡問題は、すぐれて、アジア太平洋地域における問題といえる。こうした不均衡が持続し、米国やECの保護主義的傾向を強めるとすると、その弊害は、全世界及びかねない。既に昨年、米国で成立した新通商法には、多角的自由貿易体制を損ないかねない措置が多く含まれている。
(ハ)アジアの発展途上国経済が内包する脆弱性
アジアNIEsは、アジアの途上国の中でも、とりわけその成長振りが著しい。しかし、80年代において、大方の国々の成長を促した為替安、石油安、金利安といった好条件が、今や反転しており、これに、賃金上昇という問題が加わってきている。更に、より構造的問題として、次のような脆弱性も見逃せない。こうしたアジアNIEsの構造的問題は、ASEAN諸国では、一次産品への依存度が高いこともあって、より深刻な形で現れている。
i)高い輸出依存度
アジアNIEsの輸出依存度(輸出の対GNP比 87年)は、先進国の14%、ASEAN(シンガポールを除く)の27%に比べ、平均63%と極めて高い。特にシンガポールは138%、香港は71%である。台湾55%、韓国40%も決して低いとはいえない。これは、アジアNIEs経済が世界経済動向の影響を受けやすいことを意味するものである。日本は1960年代の高度成長期においてすら、輸出依存度は10%程度にすぎなかったのであり、85年のプラザ合意以降の急速な円高を乗り切ることができたのも、経済の大半が内需から成り立っていたからである。輸出依存度の著しい高さはアジアNIEsの弱点の一つといわざるをえない。
ii)産業構造の裾野の狭さ
アジアNIEsは、繊維産業、一部の電子・電機産業において相当の国際競争力を有している。しかし、中間材・資本財を供給する中小企業部門(サポーティング・インダストリー)が、依然として未発達であり、最終製品の輸出のために、中間材等の輸入を余儀なくされる体質があり、輸出の拡大により、一部の国に対してはむしろ貿易収支は悪化しがちである。また、部品点数の多い高度な工業製品の生産には限界があり、産業構造の高度化のネックとなる可能性は否定できない。
iii)自主的技術開発力の乏しさ
一部の国を除き、自国産業の中心は、軽工業部門でリスク負担能力の小さい中小企業が中心であるため、自主的技術開発力に限界がある。
iv)社会経済面での対応の不十分さ
アジアNIEsは急速な発展を遂げているが、金融制度、福祉制度等の社会経済面での対応が必ずしも十分な進展をみせておらず、引き続く人口増加、その都市への集中、と急速な発展に対する人々の意識のズレ等と相まって、社会的に困難が生じる恐れがある。
このように、急成長にソフト及びハード(特に高度のもの)のインフラが十分に追い付いていないのが現状である。
(ホ)高成長がもたらす不安定性
i)環境変化への適応能力の差が国家間の競争関係のドラスチィクな変化となって現われてきており、特に経済成長スピードが低下した時には摩擦が激化する可能性が大きい。
ii)アジア太平洋地域において急成長を遂げている国々が、同種の製品の生産を急拡大し、需給バランスがくずれる可能性がある。
iii)高成長は資源エネルギー消費の急拡大をもたらす。将来の資源エネルギー需給の不安定性が増大する。
iv)急激な都市化・工業化により、都市の過密化、産業公害の顕在化等環境変化がもたらされており、これを放置すれば、今後は、経済成長の制約要因となる可能性がある。
<3>「域内経済活動の重層的な発展」と「経済分野」におけるアジア太平洋協力の必要性
アジア太平洋地域においてモノ、サービス、金の流れという経済活動は、今急速に重層的な発展を見せている。一部の国の繁栄は他国の繁栄をもたらし、一部の国の低迷は他国の低迷をもたらす。前述した様々な課題への取組みは、この地域の相互依存関係の重層的深まりに鑑みると一国や二国では不可能になりつつある。今や、「経済発展の持続」のためアジア太平洋の諸国が、協力して共通課題に取り組んでいくことが肝要である。
80年代において、まずは米国がアブソーバーとなり、地域的な発展をみせ、次に後半には日本がアブソーバーとして加わった。今や本地域全体が相互にアブソーバーとなりつつ、世界の輸出を力強く吸収し始めている。しかし、その吸収力は、相互の協力により、上記の問題を乗り越えてこそ、維持しうるものである。協力により解決すべき問題は、多々あり、また、時間のかかるものが多い。協力は、可及的速やかに始めることが必要であろう。アジア太平洋協力は、この地域の国々にとっても、世界の国々にとっても、今や「必然の流れ」となりつつある。
第3章「開かれた地域協力」のモデルとしてのアジア太平洋協力
(1)国際経済秩序形成の二つの流れ
<1>経済のグローバリゼーションの進展
今、経済活動のグローバリゼーションが急速に進展している。
(イ)世界貿易をみると、80年から87年までの間、年率3.5%の増大を示し、GDPの年率2.4%の伸びを大幅に上回っている。
(ロ)主要国の海外生産比率は、その水準を高めている。86年時点において、アメリカ、西ドイツは、既にそれぞれ21%、17%であった。日本は87年において依然4%にすぎなかったが、通産省調査によれば2000年までに急上昇し、約13%となる見通しである。
(ハ)国際資本市場も、急速に拡大している。82〜87年間の外債の発行残高の伸びは年率31%であり、82年末の2600億ドルに対し、87年には、9800億ドルと約4倍増となった。
グローバリゼーションの動きは、供給面と需要面の2つの側面から説明が可能であろう。すなわち供給面においては生産・通信・輸送等に関する技術の飛躍的発展及び資金供給面の国際化の進展である。他方、需要面においては、国際的な情報メディアの進歩及び経済発展に多くの国が成功したことによる人々の欲求の均一化があげられる。経済活動のグローバリゼーションは、世界中の人々がより安く、より質の高い製品やサービスを求める動きに呼応しており、必然的かつ引き返すことのできない動きとなっている。
<2>二つの流れ−ガット・ウルグアイラウンドの推進と地域協力
経済活動のグローバリゼーションが進展する中で、今、新たな世界経済秩序の形成に向けて、一見相矛盾する「二つの流れ」が存在している。一つは、ウルグアイラウンド代表される多角的自由貿易推進の動きであり、他の一つはEC市場統合や米加自由貿易協定などの地域協力の動きである。前者は世界経済のインテグレーションに向けた動きがあるが、後者は、一見するとディスインテグレーションの動きにも見受けられ、域外国はブロッキズムあるいは保護主義につながるのではないかとの懸念を有しがちである。
新たな経済秩序の形成は、グローバルな経済活動の円滑化を目指すものであるべきである。この意味で、ガット・ウルグアイラウンドに代表される多角的自由貿易推進の動きは、経済活動のグローバリゼーションに資するものであり、すべての国々が全力をあげて取り組むべき課題である。
一方、世界経済は、強いECを必要としている。その意味でEC統合は、必然の方向であろう。米加自由貿易協定も、既に深い相互依存関係にある両国が経済活動を一層活発なものとするために必要とされている。両地域協力が、経済活動のグローバリゼーションの動きに沿ったものとして進められることが望まれる。
(2)「開放性」の確保とアジア太平洋協力
<1>地域協力における「開放性」の意義
地域協力を求める動きも、地域によって経済活動の緊密度が異なるために生じる世界市場の真の一体化への過渡的プロセスと見ることができる。ただし、多角的自由貿易体制を補完し、経済活動のグローバリゼーションという全体の流れに沿った世界経済の発展に役立つことが条件である。
この騒合のキーワードは「開放性(outward-looking)である。「開放性」は、域外経済の発展に役立ち、これがさらに当該地域の経済の発展を促すことになる。「開放性」の確保は、地域協力を多角的自由貿易体制を補完する一つのシステムとする要件であるが、「開放性」が当該地域経済の競争力強化の条件でもあることは、必ずしも十分に認識されていない。地域協力が域外の競争から当該地域経済を守ることを目指すとするなら、これはかえって当該域内経済の競争力を弱める結果を招くことととなる。
<2>「開かれた地域協力」のモデルの提示と世界経済への貢献
アジア太平洋協力は、経済ブロックを目指す動きであってはならない。「開放性」こそが、経済健全性維持に役立つものであることは明白であり、この地域の経済の活性化は、世界中の国々との貿易によって一層高まりをみせる。例えば、貿易障壁の削減がなされる場合には、当然に最恵国待遇ベースでなされるべきである。また、国際分業基盤整備の過程で生じるインフラ整備事業などのビジネス・チャンスには、優れた枝術力を有する限り、世界中の国々の企業の参加を得ることが重要であり、こうして初めて、本地域の経済の発展は、本格約なものとなろう。
アジア太平洋協力は「開かれた地域協力」のモデルとして世界に提示されるべきである。そうしてこそ、本地域経済は、その発展ポテンシャルを十分に発揮し、真の「世界経済の成長センター」として世界経済の発展に貢献していくこととなろう。
第4章アジア太平洋協力の「原則」と「目標」
(1)「協力の前提」としての多様性の認識
<1>アジア太平洋地域の多様性
アジア太平洋地域は、文化、民族のみならず、経済発展段階も極めて多様である。中国及びASEAN諸国の大半は、一人当たりのGNPが米ドルで3桁、アジアNIEsは4桁。日本、米国等の先進国は5桁と大きな差がある。この意味で、地域協力の代表的事例としてのEC統合や米加自由貿易協定といったものとは大きく異なる条件下にある。
<2>「活力の源」としての尊重。
こうした多様性は同地域に属する諸国の経済発展にとって、時には、制約要因となりつつも、柔軟性とダイナミズムを提供する。アジア太平洋協力は、同地域の多様性を認識しつつ、これが本地域の「活力の源」であることを前提として進められるべきである。
(2)協力の「原則」
アジア太平洋協力の推進に当たっては、次の4つの原則が重要であると考えられる。
<1>多面的協力の漸進的推進
アジア太平洋経済の「発展の持続」のため、協力して取り組むべき課題は、貿易面、投資面、技術面、インフラ整備面等様々な側面にわたる。従って、協力は多面的に推進すべきである。しかし、必ずしもすべてを一時に進める必要はなく、多様な国々が、共通の関心を有する分野から漸進的に展開すればよい。
<2>相互尊重と平等参加
多様な国の存在は、多様な考えの存在を意味する。それぞれの国の考えを尊重することは当然のことであり、経済規模の大きな国と小さな国が対等の立場で参加することが必要である。大きな国が、その考えを他国に押しつけるようなことがあってはならない。
<3>多層的協力の推進
国と国との協力には、少なくとも次の四つの層があるとされている。即ち、二国間協力(バイラテラル)、局地的地域協力(サブ・リージョナル)、広域地域協力(プルリ・ラテラル)及び多国間協力(マルティ・ラテラルまたは、グローバル)である。地域協力と多国間協力の関係については別途第3章で触れたが、この4種の協力の層は、それぞれに重要であり、相互に補完すべき関係にある。これらが相補って進められる時、世界経済は確固とした発展を遂げるものになろう。
アジア太平洋地域においては、様々なバイラテラルな協力やウルグアイラウンドに向けたグローバルな協力に加え既に創設20周年を迎えたASEAN(東南アジア諸国連合)、CER(オーストラリア・ニュージーランド自由貿易協定:Closer Economic Relation)、本年1月に締結された米加自由貿易協定等、各種の協力形態が既に存在している。アジア太平洋協力は、こうした既存の協力に加えて、これらを補完するものとして、緩やか、かつ柔軟に進められるべきものである。
<4>基本としての民間活力及び市場メカニズム
アジア太平洋経済の発展はいうまでもなく、民間企業の貿易や投資などの経済活動及び市場メカニズムを通して実現されることが基本である。
しかしながら、市場経済はしばしば情報の不足、生産要素の移動の不自由さ等により十分な機能を発揮しえない場合がある。とりわけ国際社会においてはこうした事態は起こりがちである。アジア太平洋地域についても同様で、経済発展段階の大きな相違、文化・民族の相違故にこの傾向には少なからぬものがある。
アジア太平洋協力においても、民間活力や市場メカニズムが基本であることはいうまでもなく、本協力はこうした事情から関係国が協力して行う政策的補完と位置づけられるべきものである。
(3)協力の「目標」
第2章で述べた「発展の持続」を可能とするための協力の「目標」としては、少なくとも次の5つが重要であると考えられる。
<1>貿易の一層の拡大
自由貿易の一層の推進のためウルグアイラウンドの成功に向けて、共同歩調をとっていくことが極めて重要である。また、今後も米国経済が最大の市場であることは疑いもないが、日本が米国製品を含め輸入を一層拡大するとともに、必ずしも今のところ十分にポテンシャリティが発揮されていないアジアの発展途上国間の貿易を徐々に拡大すること等により地域における貿易をバランスのとれた形で拡大し米国経済への負担を軽減していくことも必要である。すでに、本地域への米国の輸出は急速に拡大(88年対前年比28%増)しているが、これが一層進展することにより貿易が拡大均衡していくことが期待される。貿易の拡大のための努力は、最恵国待遇(MFN)ベースで進められるべきであり、結果としてアジア太平洋を世界に対して「巨大な自由貿易の海」として提供し、世界における保護主義的動きに歯止めをかけることを目指すことが肝要である。
<2>発展途上国の産業発展基盤の整備
発展途上国の更なる経済発展を図るためには、これらの国々における産業発展基盤の整備を図ることが重要である。
具体的には、人材の育成、技術開発・移転の促進、情報化の推進、物流システムの改善等のソフト及びハードのインフラの整備、サポーティング・インダストリーの育成等を図るとともに、海外からの直接投資が円滑に進み得るよう投資環境の整備を行うことが必要である。
<3>成長持続のための課題への対応
高成長を持続するためには、今後中長期的に資源エネルギーの安定供給を確保し、環境の保全に努めていく必要がある。この地域における対応は、世界全体に波及しうるものであり、今後そうした広い観点から対策を講じていく必要がある。
<4>バランスのとれた経済発展の実現
米国経済への過度の依存と貿易不均衡の是正を目指すことが肝要である。急成長に伴って生じる競争関係の変化や需給バランスの喪失などへの対応も重要となろう。貿易不均衡は、基本的にはマクロ経済政策協調によって是正に努めていく必要がある。従って、G5、G7、サミット及びOECDの議論の枠組の中で進められている日米の政策協調を、まず、強く推し進めていくことが必要である。他国についても、経済力に応じ、今後徐々に政策面でも協調の可能性を追求していくことが肝要である。また、経済環境変化や競争関係の変化に対応しつつ、円滑に国際分業関係を育てるべく、それぞれの国内において積極的な構造調整が進められる必要がある。
<5>協力推進のための環境整備等
協カプロジェクトの実現のため、資金供給の円滑化を図るとともに、アジア太平洋地域の経済発展状況の把握、乗り越えるべき課題の分析等を協力して行うためには経済統計の整備が不可欠である。
また、産業協力等が円滑に進むよう国際標準を普及し、知的財産保護制度の整備等に努めるとともに、加えて、アジア太平洋協力のシンボルとしてのマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)構想の推進等を図る必要がある。
第5章アジア太平洋協力の分野別推進の方向
(1)貿易の一層の拡大
<1>ガット・ウルグアイラウンドの推進
(現状と問題点)
(イ)世界貿易において保護主義が高まりつつあり、ガットを主軸とする自由貿易体制が危機に瀕している。このような状況の下で保護主義に対抗して自由貿易体制を維持・強化するとともに、21世紀に向けての新しい貿易秩序を構築するため、86年9月よりウルグアイラウンドが推進されている。
今回のラウンドにおいては、従来のラウンドの中心的課題であった貿易障壁の削減・撤廃に加え、
<1>知的財産権、サービス貿易、貿易関連投資措置等世界経済の変化に対応した新しい分野へのガットの適用範囲の拡大
<2>紛争処理手続の改善等ガット機能の強化
が中心的課題となっているところに特徴がある。
(ロ)昨年12月に、カナダのモントリオールで開催された中間レビュー閣僚会合においては、15分野の交渉分野のうち、農業、知的財産権、繊維、セーフガードの4分野が最終的な合意に至らず、決着を延期し、本年4月の高級事務レベル貿易交渉委員会まで協議を継続することとなった。また、これに伴い、合意が達成されたサービス貿易、熱帯産品、紛争処理、ガット機能の強化、関税を含む11の交渉分野の成果も、本年4月まで保留されることとされた。
本年4月にスイスのジュネーブで開催された高級事務レベル貿易交渉委員会において、未合意の4分野について合意がされるとともに、実施が保留されていた11分野についてもその保留が解除された。
本合意により、ウルグアイラウンド後半の交渉課題等、交渉の枠組が設定されたことになり、今後、ウルグアイラウンドは、90年に向けて本格的な交渉に入ることとなる。
(ハ)しかしながら、ウルグアイラウンドは、90年が交渉の期限であり、残された期間はあと一年半である。これは、決して十分な期間とは言えない。後半の交渉を円滑に、かつ、効率約に進めていく上で、世界貿易の重要な担い手となりつつあるアジア太平洋地域が、ウルグアイラウンド交渉をリードする形で補完していくことが求めらている。
こうした状況下で、アジア太平洋地域では、従来より、ウルグアイラウンドの進め方等につき、閣僚レベル等による二国間協議、多国間会合を通じ、意見交換を行ってきており、これらは、本交渉の円滑な推進に貢献してきている。
(考えられる協力推進の方向)
世界貿易の40%近くを占め、かつ、今後さらに貿易の拡大が期待される本地域の関係国が、ウルグアイラウンドの今後の進め方について共通の認識を醸成することは、同ラウンドの推進のため極めて有意義である。
このため、本地域における共通の課題である貿易の拡大、投資環境の整備等の必要性にかんがみ、関税の引き下げ、投資の自由な流れを目指したルール作り、知的財産権制度の整備等について、忌憚のない意見交換を行っていくことが不可欠であると考えられる。
<2>日本の輸入の一層の拡大
(現状と問題点)
(イ)日本は、プラザ合意以降の為替調整の下、政策協調の一環として6兆円の緊急対策(87年5月)をはじめとする内需拡大策を実施するとともに、市場アクセス改善のためのアクション・プログラムを実施(85年7月−88年7月)し、また、主要企業300余社に対する製品輸入拡大要請を行う等官民挙げて輸入拡大に努力している。これらの結果、日本の輸入は製品輸入を中心に着実に増加中である。即ち、日本の輸入は原油価格の低下にもかかわらず、通関統計・ドルベースで、87年の1,495億ドル(前年比18%増、231億ドル増)から88年は1,874億ドル(同25%増、379億ドル増)に増加した。88年の日本の輸入増加額、379億ドルは、米国の同年の輸入増加額350億ドルを上回る世界最大の水準であり、これは、韓国、オースラリアの輸入総額、フィリピンやタイのGNPに相当する規模である。
(ロ)このうち、製品輸入については、87年の660億ドル(前年比25%増、132億ドル増)から88年は918億ドル(39%増、258億ドル増)に増加した。製品輸入は85−88年で、128%増と倍以上の伸びを示した。
とりわけ、アジアNIEsとASEANからの製品輸入は、約3倍に増加した。
(ハ)急激な円高等を背景に逆輸入、開発輸入が急増しているのも最近の特徴である。
即ち、日本企業(製造業)の海外現地法人の販売先別売上高に占める日本向け輸出の割合は、86年度の7.8%から87年度は9.1%に上昇した。また、日本向け輸出額については、87年度で94億ドルと推計され(86年度は56億ドル)、同年度の我が国輸入の5%(対前年度比1.3%ポイント増)、製品輸入総額の12%(対前年度比2.3%ポイント増)が製造業現地法人からの輸入となっている。これを地域別に見ると、アジアからの輸入が53億ドル(製造業現地法人の全日本向け輸出に占める割合、57%)、北米からの輸入額が22億ドル(同23%)、ヨーロッパからの輸入額が2億ドル(同2.5%)となっており、アジア太平洋からのもので80%と大半を占めている。(88年3月末、通産省調査)。
他方、我が国主要百貨店、スーパーの開発輸入については、87年度(計画ベース)は15億ドルで、86年実績の11億ドル対比44%の大幅増となっている。
(ニ)こうした結果、例えばアジアNIEsの輸出の増加に対する対日輸出の寄与率は、88年には、対米輸出のそれを大幅に上回った。(87年、対日14%、対米29%→88年、対日15%、対米6%)
(ホ)アジア太平洋地域全体にとっても、日本の市場は米国に次ぐ重要な位置を占めており、同地域の貿易の拡大及び経済成長の持続のため、日本の輸入の果たす役割は大きい。特に、今日、次のような理由から、貿易の拡大均衡理念の下、日本の一層の輸入拡大努力が不可欠である。
(i)米国の経常収支及び財政の赤字縮小のために不可避とされている米国市場拡大スピードのスローダウンは、アジア太平洋地域に対しデフレ効果をもたらす恐れがあり、これを軽減する必要があること。
(ii)アジアNIEs及びASEANにおける輸出競争力のある産業の生産能力の増大に伴い、その製品輸出市場の拡大が強く望まれていること。
(iii)日本において、輸入が顕著な拡大基調を示しているものの、輸出が強含みに転じたことなどから、貿易黒字の減少スピードが鈍化していること。
特に米国の対日赤字は、依然高水準であり、日米貿易不均衡の改善のために、日本対米輸入の一層の増加が必要である。ただし、米国の対日輸入が大幅に伸びている限り、貿易不均衡の改善には時間がかかることが認識される必要がある。
(考えられる協力推進の方向)
日本は、内需主導型の経済運営の持続による輸入の一層の拡大を図るとともに、各種の規制、輸入品に不利に働きうる慣行等を不断に見直し、同時に次のような施策を含め官民挙げての輸入拡大努力を継続・拡充する。なお、特恵制度がASEANをはじめとする発展途上国により広範に適用されるよう、その利用の均霑化に配慮しつつ所要の改善を行う。
(イ)アジア太平洋地域の貿易振興機関、政府の貿易担当部局、研究機関、業界関係者の共同研究により、日本向け製品開発、対日マーケティング強化、この地域のインフラの整備、国際分業の推進等を通ずる対日輸出の抜本的拡大に関するフィージビリティスタディを実施する。
(ロ)JETROを含むアジア11か国・地域の貿易振興機関又は政府の貿易担当部局の間で作られているアジア貿易振興フォーラムの事業内容を一層強化・拡充し、JETROの日本市場に係る情報提供や、各国への対日輸出ノウハウの移転等を図る。
(ハ)なお、後述のアジアの発展途上国の産業発展基盤整備は日本を含めアジア太平洋地域の先進国やEC諸国、更にはアジアNIEsからの投資を促し、また、アジアの途上国の対日輸出競争力の強化という観点からも極めて重要である。
(ニ)海外製造業者の日本の流通に対するアクセスの場を提供するため、日本の市場に参入しようとしている海外製造業者等と日本の流通業者が参集して、取引や情報交換、あるいは商品開発、輸入手続等の相談、支援が行えるような「国際的総合流通センター構想」を推進する。また、前払輸入は、相手国の輸出産業に対する投資と同等の効果を有することから、その拡大に努めることとし、このため、前払輸入保険の活用を図る。
<3>地域における貿易の一層の拡大
(現状と問題点)
(イ)近年、アジア太平洋地域における貿易は着実に増加している。81年から87年までの間に関係国のアジア太平洋地域における相互貿易のウェイトは、10%程度上昇し各々50〜80%程度に達している(第2章(2)<1>の(注)参照)。
これは、主として80年代における米国への輸出の急増が原因であるが、80年代後半に入ってから、日本への輸出も顕著に増加している。
(ロ)また、アジアNIEsも経済発展に成功した結果、大幅に輸入を増やしつつあり、アジアNIEs間は、あるいはアジアNIEsとASEAN間の貿易も拡大し、これら地域における国際分業関係の進展も見られる。例えば、80年から88年の間、アジアNIEs間の輸出は63億ドルから224億ドルヘ3倍超の増加を示し、またアジアNIEsからの輸出も倍増した。87年から88年のアジアNIEsの輸出増加額における他のアジアNIEs向け輸出増加額の寄与率は、日本向けのそれを上回っている(対日15%、対アジアNIEs18%)。
(ハ)ASEAN間の輸出は、徐々に増加しているものの、必ずしも高水準とはなっていない(80年に15億ドル、88年では23億ドル)。ASEANの輸出増加額中のASEAN向け輸出増加額の寄与率は88年において2%程度となっている。
(ニ)オーストラリアとアジア太平洋地域、とりわけ中国、韓国、日本等の北東アジアとの貿易も着実に拡大している。81年〜87年の間に、オーストラリアの北東アジア向け輸出シェアは、4ポイント上昇し40%となる一方、北東アジアからの輸入シェアも3ポイト上昇し、32%となった。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)今後、アジア太平洋地域における貿易が、バランスのとれた拡大を実現していくためには、米国が超過需要の抑制に努める一方、<2>で述べたように日本が内需主導型の経済運営の継続等による輸入拡大努力を継続・拡充することが重要である。
(ロ)しかしながら、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等他の先進国及びアジアNIEsさらにはASEAN等においてもそれぞれの経済力に応じ輸入を一層拡大していくことが望まれる。
このため、輸入数量制限、高率関税を有している国においては、各国の経済発展段階こ応じて、各国経済の国内市場が十分発展してない場合には、相互の分業及び貿易により市場規模を補完し合い規模のメリットを追求することが、効率的な経済発展のため必要であるという認識の下に、各種貿易障壁を、徐々に軽減していくことが肝要である。
(ハ)ASEANにおいて既に、域内貿易障壁の軽減及び域内分業推進の努力が行われていることは、極めて意義の深いことである。
すなわち、87年のASEANサミットこおいて、ASEAN域内関税が半減される等の合意を見たことは、ASEAN域内貿易の拡大とそれによる、経済の効率的発展に資するものとして高く評価される。今後、同関税の半減措置の対象範囲の限定、申請の複雑さ等の問題が徐々に改善されていくと、その効果は、更に大きくなるものと期待される。
また、ASEANにおいては「ASEAN産業補完計画」及び「ASEAN産業合弁事業」(注)等、域内分業支援の政策が実施されており、今後更に充実されることよって分業関係の進展が期待される。また、このような分業関係の進展に資するASEANの産業発展に対して、先進国から専門家派遣等の技術協力を行うことも有益と考えられる。
(注)「ASEAN産業補完計画」:ASEAN2カ国以上が参加し、特定の完成品を製造するプロジェクトに対し、域内から輸入される半製品については譲許率50%の特恵関税を適用すること等により各分野への特化、規模のメリット追求を図る。81年創設。
「ASEAN産業合弁事業」:ASEAN2カ国以上の参加で設立される合弁事業に対し、3年間の独占製造権の付与、譲許率75%の特恵関税の供与を行う。83年創設。
(ニ)なお、別項で述べる、高度産業インフラの推進、国際標準の普及、知的財産保護制度の整備等も、アジア太平洋地域の貿易拡大不可欠である。
(ホ)なお、日本としては上記(イ)の自らの輸入拡大努力を継続するほか、他の先進国と協力しつつ(ニ)の実現に努めるとともに、ジェトロの情報提供機能87年度に成立した仲介貿易保険制度の活用等により、同地域の貿易拡大を支援していくことが必要である。
(2)発展途上国の産業発展基盤の整備
<1>人材の養成
(現状と問題点)
(イ)積極的な外資の導入を背景として急速な工業化が進展しているASEAN諸国等においては、技術者を中心に人材不足が深刻化している。シンガポールを除くASEAN諸国では、高等教育修学人数は過去10年間に2倍に増加したものの、大部分の学生は科学技術でない分野に集中している。
特にタイにおいては、大学就学生のうち工学部の学生はわずか2%にとどまっており、卒業生も年間2,500名と、産業界の求人数6,000人に対して完全な売手市場となっている。このため、人口100万人に占めるエンジニアの比率も55人(88年)と、日本の740人、韓国の680人に比べて大きく不足している。
他のASEAN諸国(シンガポールを除く。)もほぼ同様の状況にある。
この結果、アジア太平洋地域の発展途上国においては、経済発展に伴い、賃金が急速に上昇するとともに、技術者不足のために、十分な技術の移転が行えず、先進国の直接投資の足かせともなりつつある。
(ロ)近年、アジア太平洋地域の相互依存関係は急速に深化している。しかしながら、相互に相手国の企業・産業・文化、慣習等に関する理解は不足しており、今後、同地域において緊密な関係を築くとともに、無用な摩擦を回避していくためには、相互の人材交流を通じ相互理解の深化を図ることが必要である。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)アジア太平洋地域全体の産業教育レベルの向上を図るため、科学技術、産業政策及び経営管理を中心として地域ワイドの高等教育機関(大学院レベル・英語による教育)を拡充及び新設する。この場合、下記の(ロ)においても同様であるが、資金面、教育者提供面、教育ソフト面等において、先進国間の協力は不可欠である。
(参考)アジア工科大学(AIT:the Asian Institute of Technology)。AITは、1967年、タイ政府の土地提供、日本、米国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、台湾等の資金拠出により設立され、構造工学、コンピューター工学等土木工学を中心とする修士、博士課程の教育を行う国際的な大学院大学である。アジア約20カ国から約600名の学生が在学、設立後20年間の卒業生は3300人である。
(ロ)アジアの拠点地域に中堅技術者を大量養成するための技術研修センターを設立する。各センターに、技術分野の特色をもたせ、当該国のみならず、他国からの技術者を受け入れていくことにより、広域化を図るのも一案である。
(ハ)(ロ)の技術研修センターとの有機的連携を図りつつ、日本、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の先進国が有する人材養成プログラムの強化及びその連携活用を図り、人材養成のための広域ネットワークを作る。
(ニ)なお、日本としては、上記の施策に協力するとともに、次のような施策を推進することが重要である。
(i)現在、海外技術者研修協会(AOTS)及び国際協力事業団(JICA)が積極的に研修生を受け入れるとともに、現地における研修事業を行っているが、激増するニーズに受入能力が追いつかない状況にあり、今後、受入能力の拡充を図ることが重要である。また、海外貿易開発協会(JODC)及びJICAの専門家派遣事業も、技術移転を通じて人材の養成に資するところ、今後とも、これを積極的に推進する。
(ii)人材の交流を通じ、相互理解の促進を図るため、日本と諸外国のビジネスマン等の相互交流を行う「国際ビジネスマン交流センター(仮称)」を設立するとともに、セミナー、シンポジウムの開催により、アジア太平洋諸国の研究者、指導層、オピニオンリーダー等の意見交換を行う場を提供する。
(iii)さらに、日本への留学については、大学等の教育・指導体制の拡充、学位取得期間の弾力化等制度面における対応の充実を図るとともに、宿舎の安定的確保等安定した勉学生活の確保に努める。
(注)1989年4月留学生の日本滞在を支援するため、(財)留学生支援企業協力推進協会が設立された。
(iv)また、研修生の日本受入れを円滑にするため、研修ビザ発給の弾力化を検討する。
<2>技術開発・移転の促進
(現状と問題点)
(イ)発展途上国の技術力強化のためには、先進国からの技術移転が重要な役割を果たしている。技術移転については、前記<1>の人材養成によるもののほか、研究協力制度によるもの及び民間直接投資に伴うものがある。
研究協力制度については、各種研究機関を通して、発展途上国現地にプラントを建設し、現地の研究者に高度な技術を移転するもの等の外、各国政府の研究機関の間の共同研究、研究者の交流等の協力形態がある。代表的なものとしては、現在、日本と中国、ASEAN諸国との間において、発展途上国の共通の課題(例:「近隣諸国間の機械翻訳システムの開発」)に関し、研究機関同士の研究・協力プロジェクトが行われている。
(ロ)しかし、一般的に、先進国の研究者にとって、発展途上国との研究協力は具体的研究協力二ーズの把握が十分行われていないこと、発展途上国における研究成果(特許等)の活用が十分でないこと、発展途上国では、シニアの研究者は、自ら研究に従事しないことが多く、ハイレベルの研究者が不足しがちであること等の問題があり、十分な成果があがっていない状況にある。
(ハ)また、アジア太平洋地域においては、先進国、発展途上国を問わず、新エネルギー環境保全、植林、情報化、高速輸送等様々な分野で共通の技術開発テーマが存在しており、各国の技術者が協力して技術開発を行うようなシステムがあれば、この地域が直面する問題の解決に資するとともに、この地域の技術面のレベル向上にも役立つものと考えられる。
(考えられる協力推進方向)
(イ)この地域の関係国出資による研究開発ファイナンス、研究管理(注)及び成果の普及の機能を有する国際研究組織を設立する。研究テーマは、関係国が共通に高い関心を有するものとし、先進国、発展途上国を問わず、興味がもたれているもの及び発展途上国の問題を解決するためのもの等から選択する。
(注)当面自らは研究施設を保持することなく、既存のアジア太平洋地域における民間又は公的研究機関に研究を委託する。成果物は、低コストで、この地域の関係国の利用に供する。委託研究に発展途上国等の関係国の研究者を参加させることにより、オン・ザ・リサーチ・トレー二ングも併せて実施する。
(ロ)現在、二国間で実施されている研究協力に加えて、今後複数国を対象とした多国間の研究協力を進めていくため、アジア太平洋地域における既存の研究機関の有機的な連携強化、先進国における研究者受入体制を拡充すること等により研究開発協力ネットワークを構築し、発展途上国への研究協力を実施していく。
(ハ)研究協力成果の発展途上国における円滑な利用(商業化を含む)を図るため、成果物(特許等)の帰属についての弾力的対応等所要の方策を検討する。
<3>高度産業インフラの整備(情報化の推進及び物流システムの改善)
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋地域の発展途上国では、輸送、通信等の基本的な産業インフラは相当程度整備されつつあるが、企業活動の合理化、地域大の経済活動の一層の活性化を可能ならしめるためには、今後は、ソフト面を重視した情報化の推進、物流システムの改善など、高度な産業インフラの一層の整備を行うことが必要である。特に、情報化の促進及び物流システムの改善等は、太平洋を中心に、広域に分散している国々を効率よくつなぎ合わせるものとして重要である。
(ロ)情報化の進展については、電話普及率すら未だ低く、通信サービスの品質も必ずしも高くない発展途上国グループ(マレーシア、(100人当たり電話普及率6.4台(86年))、タイ(1.7台(86年)))、インドネシア(0.4台(85年))、フィリピン(0.9台(85年))、中国(0.6台(86年))と、電話の普及率も高く、回線のデジタル化、光ファイバーの導入も始まっており、コンピュータの普及率も比較的高いアジアNIEsグループ(電話普及率は、香港33.0台(86年)、シンガポール31.9台(86年)、台湾19.0台(84年)、韓国18.4台(86年))の2つのグループに大別される。
(注)ちなみに、米国及び日本の電話普及率は、各々45.3台(84年)及び37.1台(86年)。
両グループの各国とも情報化基盤の整備を極めて重視しており、今後2000年に向けて通信機器ニーズは大幅に増大し情報化は飛躍的に進展すると見込まれている。なお、電話普及率と1人当たりGNPは、強い正の相関関係があり、経済発展に伴う情報化ニーズの高まりは、必然である。
(注)88年に行われた米国のTRC(Telecommunication Reseach Centre{ママ})社の予測によれば、通信機器(ケーブル、衛星、交換機、伝送装置、宅内装置等)の需要は、1986年から2000年にかけて中国で4.3倍(14、5億ドル→36億ドル)、アジアNIEsで2.3倍(29.4億ドル→67.0億ドル)、ASEAN(4ヶ国)で1.9倍(6.3億ドル→18.0億ドル)、総計で2.3倍(53.2億ドル→121、0億ドル)に増加し、日本の需要(70.8億ドル→133億ドル、1.9倍)にほぼ匹敵するところまで成長するものと見込まれている。
しかしながら、太平洋地域の通信インフラは、インテルサットの国際通信回線数を比較しても大西洋地域に比べ未整備(太平洋約15,000回線に対し、大西洋約54,000回線)のため、急速な経済発展に追いつかず、現在、既に、円滑な利用にしばしば支障をきたす状況にある。
(ハ)また、高度産業インフラの一環をなす輸送インフラ等物流システムの改善も極めて重要である。特にアジアNIEs及びASEANの工業化の進展と域内分業の進展に伴い、アジア太平洋地域の国際貨物の取扱量が急増している。これは、コンテナ取扱量の世界ランキングで、81年から87年にかけて、西太平洋の主要な港が軒並み順位を上げている事実からも明らかである。即ち、81年において香港、高雄、シンガポールはそれぞれコンテナ取扱量が世界で第4位、第5位、第6位であったものが、1987年にはそれぞれ1位、3位、4位(その間の年平均伸び率は、それぞれ14%、16%、16%)に順位を上げている。また、ロッテルダム、ニューヨークが順位を下げている(81年から87年にかけて、それぞれ1位→2位(年平均伸び率は6%)、2位→5位(同4%))のに対し、米国太平洋岸のロサンゼルスが13位から9位に順位を上げている(同18%)のも、アジア太平洋における荷動きの活発化を端的に示している。
また、域内分業の進展により、同一規格品を大量に輸送するパターンから少量多品種輸送に変わり、輸送の質も変化してきている。
このような高度経済成長に伴う輸送量の急増及び質的変化の結果、輸送インフラの不足か一部において顕在化している。また、通関審査能力は荷物の大巾増加にもかかわらず、十分に拡充されておらず、通関審査に長時間を要するようになっている。更に、港湾等における荷上げ作業における技術者不足も荷上げ作業の長時間化を余儀なくしている。国際分業の本格的な進展は、十分に頻繁、迅速、かつ信頼性の高い輸送を前提としており、ハード及びソフト両面の輸送インフラの充実が強く求められている。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)情報化の推進
i)基本インフラ整備を推進するため、アジア太平洋地域の関係国が協力して、例えば、アジア太平洋光ケーブルの敷設、汎アジア衛星の打ち上げ等を通じた、大容量かつ安価な広域情報伝達システムを早急に確立する。
ii)アジア太平洋地域経済統計データベースや社会・行政産業関連情報のデータベースの整備とその相互利用システム(注)の構築を図る。また、これらのデータベース構築を通じて、統計や情報技術に関するノウハウを伝達すると共に人材の育成を図る。
(注)データベース整備に当たっては、先進国のデータベースを発展途上国から利用が可能となるようにするとともに、現在開発中の機械翻訳技術を利用し、異なる言語間の円滑な情報アクセスを実現する。
iii)多言語にわたる電子情報の円滑な流通を実現するための基盤を整備する。例えば異機種間コンピュータ相互接続を実現するためのOSI(Open Systems Interconnection:異機種間のコンピュータの接続手順の統一)関連の協力、多言語間における文字コードの標準化等を推進する。
iv)なお、日本としては、上記の計画に参画・協力するとともに、発展途上国に対する次のような情報化関連の研究開発、研修等について、上記計画との連携を図りつつ、さらに拡充を図る。
a)「近隣諸国間の機械翻訳システムに関する研究協力」
各国研究機関との協力により、中国語、タイ語、マレー語、インドネシア語等、近隣諸国の言語間の機械翻訳システムの研究開発を実施中。87〜92年度
b)「情報処理技術者育成用CAIシステム開発事業」
各種の情報処理技術体系を効率的に修得でき、かつ、ソフトウェアの開発環境の整備に資する知的CAIシステムを開発する。89〜93年度。
c)コンピュータ技術研修センターの設立に関し、技術協力(機械供与、専門家派遣、研修生受入れ)を行う(シンガポール、マレーシア、スリランカに実績あり)。
d)アジア版シグマシステム(ソフトウェア生産工業化システム)の開発及び人工知能(推論等人間の知的な作業をコンビュータが代替)技術修得のための研修
技法の開発を進めるとともに、そのアジア地域における普及に協力する。
(ロ)物流システムの改善
i)アジア太平洋地域全体としての物流システムの効率的な発展を図るため、発展途上国と先進国の協力の下で、港湾・道路・鉄道・空港等の輸送インフラを早急に拡充する。この場合、人材育成等も併せて実施し、ソフトの充実を図る。
ii)アジア太平洋諸国は、太平洋を間にはさみ、横たわっている太平洋を交易の「障害」でなく効率的な「通路」とするため、先進国等の関係国の協力により、大量、高速の海上輸送システムの研究開発を行う(例えば日本の運輸省が開発中の、時速100kmの高速輸送コンテナ船が完成すると、日本は東南アジア各国へ1日、北米へは3〜4日で貨物輸送が可能となる(三井銀総合研究所))。
iii)発展途上国を中心にコンピュータ化等により物流業務の迅速化、効率化を図る。
<4>直接投資の円滑な推進
(現状と問題点)
(イ)直接投資は、資金供給のみならず、経営管理手法・製造技術を含む幅広い技術の移転効果を通じて、発展途上国の産業発展基盤の整備に資する。また、生産拠点の移転を通じて、国際分業の進展にも寄与する。
(ロ)最近のアジア太平洋地域における発展途上国に対する直接投資動向についてみると、アジアNIEs及びASEANの投資受け入れが活発化している。特に米国及び日本の対アジアNIEs投資の増加が顕著である(米国、85年0.3億ドル→87年24億ドル、実行ベース。日本、85年度7億ドル→87年度26億ドル、届出ベース。)。また、88年に入り、日本のタイ、マレーシアを中心として対ASEAN投資が急増している。更に近時、アジアNIEsからASEANへの投資も急増しており、88年上半期においては、これらの国からの投資額は米国、日本のそれを上回る規模(15億ドル、年換算)となっている。
この対アジア投資の活況の背景には、アジア各国の外資規制の緩和の動きがあった。しかしながら、アジア発展途上国においては、投資環境の改善が進みつつあるとはいえ、一部資本比率規制等の企業進出制限が存在していること、一方直接投資の拡大にともない、今後投資先国との経済面に加え、文化的、社会的接触の増大に伴う問題が発生する可能性があること等の指摘がある。
(ハ)また、アジア太平洋地域の発展途上国の製造業の多くは、NIEsも含め、国内のサポーティング・インダストリー(裾野産業)が未成熟であり、このことが、部品等中間財の現地調達を行う場合に品質や物理的な供給量に限界が生ずる等、直接投資による一層の分業推進の一つの障害となっている。すなわち、工業生産に対する中間財輸入の割合をみると、日本は5%内外なのに対し、韓国、台湾とも30%前後と高い。サポーティング・インダストリーの不備は、経済成長の国内への波及効果を減じ(需要増加が有する生産誘発効果の中で自国内で誘発されるものがどの程度かを比較すると、日米両国は90%を越えるが、アジアNIEs、ASEANでは50%〜70%程度)、また、貿易収支の悪化要因ともなっている。
このため、発展途上国にとってサポーティング・インダストリーの育成は急務となっており、また、発展途上国のサポーティング・インダストリーを補完し、また、その発展を促す上で、日本等先進国からの中小部品メーカーによる直接投資が重要となっている。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)発展途上国の投資環境整備の一環として、前項で述べた人材の養成、物流システムの改善、情報インフラの改善等産業インフラの整備に関し、必要に応じ、アジア開発銀行等国際金融機関との連携の下、この地域の先進国が共同で経済協力を進めることにより、その整備を進める。
(ロ)発展途上国においては、企業進出制限の緩和を含む投資環境の改善に努める。
(ハ)各国の投資環境について、関係国が協力してデータベースを構築し、直接投資関心企業への情報提供を図る。
(ニ)発展途上国の中小企業(サポーティング・インダストリー)育成のため、発展途上国における中小企業向けの制度金融の実現等による中小企業の資金調達の支援、中小企業経営者・技術者の育成等が図られることが重要である。このため、例えば先進国との協力の下、拠点地域に中小企業経営者及び中小企業政策担当者育成のための現地研修機関(いわば、日本の中小企業大学校のようなもの)を設置するほか、各国政府の中小企業政策担当部局幹部による中小企業政策に係る意見交換の場を設定することも有効である。
(ホ)また、先進国の海外進出企業は、進出に際し、社会的、文化的側面からも、現地との調和に留意することが望まれ、このため、先進各国政府は海外進出企業に対する普及啓蒙に努める。
(へ)なお、日本としては、上記施策への協力とあわせ、以下の協力を行うことが必要である。
(i)発展途上国における中小企業向け制度金融に関し、必要があれば、原資に円借款、輸銀融資を供与してその実現を図る。
(ii)日本の豊富な中小企業政策に係る経験を活かし、日本の中小企業政策、産業政策関係資料(英訳又は現地語訳)を提供するとともに経営診断・指導専門家の派遣、研修生受け入れの拡充、中小企業政策担当者の人的交流を図る。
(iii)日本の中小企業進出に関し、中小企業事業団の海外投資アドバイザー事業等による情報提供を行うほか、政府系中小企業金融機関の海外投資資金貸付制度、海外投資関係保険制度、海外投資等損失準備金制度等金融税制上の措置の活用、充実により、その円滑化を図る。
(3)成長持続のための課題への対応
<1>エネルギー安定供給の確保
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋地域の一次エネルギー消費量(87年)は、世界の約45%(34.8億石油トン)を占めているが、生産量は世界の約41%(32.3億石油トン)であることから、同地域の消費量の約7%を域外に依存している。
2000年におけるこの地域のエネルギー消費は、85年の1.5倍になるものと予想される(その増加量は15.2億石油トン)。消費増加量に占めるアメリカ(約29%)及び日本(約7%)のシェアは、合わせて約36%に達するが、年平均伸び率(1985〜2000年)は、それぞれ約1.5%、約2.0%と低い。これに対して、消費増加量に占めるASEAN(約11%)及びアジアNIEs(約7%)のシェアは合わせて約18%であるが、年平均伸び率は、それぞれ約6.9%、約5.4%と高い。消費増加量に占める中国のシェアは約38%と高く、かつ、年平均伸び率は約5.1%と高い。
(ロ)電気の普及率は、ASEAN諸国においては、未だ十分高いと言い難く、インドネシア20%(農村部6%)、タイ60%(農村部33%)、フィリピン55%(農村部40%)などとなっている。2000年のアジア太平洋地域の電力需要は、86年の1.7倍(6.6億石油トン増)に増加するものと見込まれる。このうち中国(3.1倍)、アジアNIEs(2.7倍)、ASEAN(2.4倍)の電力需要は、総計で2.9倍(2.5億石油トン増)と大幅に増加すると見込まれている。
【参考】
2000年までの中国、アジアNIEs、ASEANの全電力消費量を50万キロワットクラスの石炭火力発電所で賄うと約320基必要となり、このために必要となる資金量は、約24兆円(1基=750億円で計算)と試算されている。
(ハ)太平洋エネルギー協力の現状
太平洋ワイドのエネルギー協力は、既に下記のような実績をあげている。
(i)太平洋エネルギー協力会議(SPEC:Symposium on Pacific Energy Cooperation)
1986年以降、年1回、地域のエネルギー問題への共通認識の醸成と具体的協力の在り方を検討するために開催されている。89年には、14ヶ国(ASEAN6ヶ国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、メキシコ、韓国、中国、日本、米国)の外、アジア開発銀行等4国際機関が参加した。
(ii)太平洋コールフロー構想
本地域に豊富に賦存する石炭の開発・利用(石炭火力発電所の建設、一般産業、民生用の石炭利用の拡大等)及び貿易を総合約に推進し、地域のエネルギー需給の安定化を図ることが必要である。これまでに、日本における太平洋コールフロー推進委員会をはじめとして、オーストラリア及びカナダにおいて、民間の推進母体がが{前1文字ママ}設立されている。また、ASEAN諸国等において、石炭火力発電所の建設等の協力が実施されている。
(iii)電力化協力、新エネルギー協力及び省エネルギー協力
先進国と発展途上国の間で、主に、2国間協力の形で電源開発計画等のマスタープラン作り、発電所の建設(有償)、研修生受入、専門家派遣等による電力関係技術の育成等を通じて、アジアの発展途上国の電力化が進められている。
また、発展途上国を中心に、自然状況に適した新エネルギー(太陽光発電、風力等の分散型電源等)の開発・利用を推進し、石油依存度の低減と離島等過疎地域への電力供給に貢献し、ひいては安定的なエネルギー需給構造の構築に貢献することが必要とされている。このため、日本と中国、タイ、インドネシアとの間で、石炭液化、燃料電池、太陽電池の開発利用に係る協力が実施されている。またオーストラリアと日本の間では、褐炭液化プロジェクトが推進されている。
更に、地域の発展途上国のエネルギー需要の増大に対処するため、先進国の省エネルギー技術の移転を図ることにより、エネルギー利用の効率化を促進することが必要とされている。このため、先進国と発展途上国の間で、主に、二国間協力の形で、工場の省エネルギー診断、省エネルギー普及促進セミナーの開催、研修生受入れ、専門家派遣等の協力が実施されている。
(ニ)アジア太平洋地域の発展途上国が「成長を持続」していくためには、今後、急速に増加するエネルギー需要に対応して、バランスのとれたエネルギー供給を実現していく必要がある。しかしながら、発展途上国だけでは、資金面、技術面、人材面等様々な側面で十分対応できない状況にある。
(ホ)エネルギーの利用拡大に伴い、地域大、地球大の環境問題発生の懸念が生じており、エネルギー利用に関わる環境協力への取組みの必要性が高まっている。アジア太平洋地域は、今後、エネルギー需要が急拡大していくと考えられており、適切な取組みが必要とされている。
(ヘ)最新の基本的エネルギー関連データが十分に収集されないこと、及び協力計画立案、実施に必要となる種々のデータ、情報が入手し難いことなどのため、計画的かつ効果的な協力の実施に支障を来す事態が生じている。エネルギー関連データ、情報の収集体制の確立が急がれている。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)アジア太平洋地域におけるエネルギー需要の急速な拡大に対応するため、これまでの先進国による二国間エネルギー協力に加え、関係国による多国間協力も推進する必要がある。このため、関係国間での今後のエネルギー供給のあり方(資金、技術、人材面の供給確保の在り方、適切なエネルギー需給バランスの在り方等)についての意見交換等を踏まえ、発展途上国の電力化(石炭火力、水力の建設等)、太平洋コールフロー(関係諸国間のネットワークの強化、環境協力の推進、石炭利用推進、石油関連インフラの整備等)、天然ガスの有効利用(工業用利用の促進、メタノール化等)、新エネルギー技術の開発(褐炭液化、太陽電池、燃料電池等)等の推進を協力して行う。
(ロ)エネルギー協力とエネルギー利用に伴う環境問題(酸性雨、森林破壊、地球温暖化問題等)への国際協力を連携させつつ充実させていくことが必要である。
このため、関係国間が協力して簡便な排煙脱硫脱硝装置の開発・普及、森林破壊を防ぐための自国炭を活用した豆炭、練炭の利用促進及び太陽電池等のクリーンな新エネルギーシステムの利用促進等を図る。
(ハ)この地域の発展途上国が国を挙げて自律的に省エネルギーに取り組むことができるような技術的、人的基盤を創り上げることが必要である。このため、先進国が協力して地域の発展途上国の環境対策とあわせ省エネルギー対策を推進するための中核機関(「環境エネルギ技術センター(仮称)」)を現地に設立し、省エネルギー推進のための研修や省エネルギーマニュアルの作成等を行う。
(ニ)地域的広がりをもったエネルギー協力を具体的かつ効果的に進めるために、太平洋エネルギー協力会議(SPEC)の機能強化を図るとともに、データ、情報を収集整備し、それをもとに計画的かつ適切なエネルギー協力を推進するべく、関係国が協力してこの地域の関係諸国機関をオンラインで結んだ情報ネットワークシステムの整備を図る。
(ホ)非鉄資源に対するアジア太平洋地域の供給面、需要面からの重要性の増大に対応し、資源開発、技術協力等資源分野における協力の充実を図る。」
<2>環境の保全
(現状及び問題点)
(イ)アジア太平洋地域の発展途上国においては、圏内の急速な工業化、都市部への人口集中の進展及び大規模な資源開発に伴い、産業公害が顕在化しつつある。
(ロ)これらの国においては、公害防止のための行政機構、排出基準等の規制法規等は制度上かなり整備されつつあるが、公害防止対策は必ずしも十分になされている状況にはない。その理由としては環境観測体制が不十分なことに加え、産業振興の優先がやむを得ないとの考え方が強いこと、公害防止対策(装置)が高価であること、現場における公害防止に係る技術者、技術力の不足等の問題があると考えられる。
(ハ)しかしながら発展途上国が今後発展を持続していくためには、国内の環境保全、国民の健康管理という観点からも、また、酸性雨問題等の地球的規模の環境保全という観点からも、公害防止対策を推進していくことが必要である。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)発展途上国においては公害防止対策の優先順位が低くなりがちであるため、先進国が資金協力を行う際には、先進国間で情報交換を行いつつ、可能な限り条件の改善等の優遇措置を講ずる。
(ロ)先進国が協力して、発展途上国における省エネルギー対策とあわせ、環境対策を推進するための中核機関(例えば、<1>の「エネルギーの安定供給の確保」で言及した「環境エネルギー技術センター(仮称)」)を現地に設立し、産業公害防止及び環境保全に関する研修事業、産業公害防止コンサルティング、巡回工場診断事業等を行うとともに、公害防止、環境保全の重要性に係る啓蒙普及活動等を行う。
(ハ)なお、先進国等における企業が、この地域の発展途上国にし直接投資を行う場合には、投資先国の環境問題に十分配慮したものとなるよう努める必要がある。関係国政府は、こうした観点から啓蒙普及活動を協力して実施する。
(4)バランスのとれた経済発展の実現
<1> 日米の役割とマクロ経済政策協調の推進
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋経済の相互依存関係は、急速に深まりをみせつつあり、米国や日本の経済状態は、良きにつけ悪しきにつけ、アジアNIEs、ASEANなどこの地域の他の国々に大きな影響を及ぼす。
i)GDPへの影響
a)シミュレーション分析(慶応大学鳥居泰彦教授)によれば、米国の国内需要が1%低下した場合、アジア太平洋諸国の中でも、とりわけ米国経済への依存の高いアジアNIEsへのデフレ効果が大きい。ちなみに、シンガポールではGDPが0.4%、香港及び台湾は0.2%低下すると予測されている。なお、日本や韓国、インドネシア、フィリピンなどのASEAN諸国は0.1%のデフレ効果が予測されている。
こうしたGDPへのデフレ効果を産業別にみると、アジア太平洋地域の機械産業、繊維産業、化学産業などが大きな打撃を受けるとされている。例えば、機械産業ではマレイシアの3.2%減、シンガポールの1.4%減、繊維産業では香港の1.0%減、シンガポールや台湾の0.6%減、化学産業ではシンガポールの0.6%減などが目立っている。
同じシミュレーション分析により、アジア太平洋諸国の輸出の落ち込みをみると、韓国、台湾、フィリピンの落ち込みが大きく0.5%減、香港や日本も0.4%減という影響を受けるとされている。
b)一方、WEIS(World Economic Information Service)のシミュレーション分析(88年8月)によれば、日本のGDP2%相当分の減税は、5年間でアジアNIEs、ASEANに対し、各々0.24ポイント、0.08ポイントの景気浮揚効果をもたらすと予測されている。
なお、日本がGDP2%相当分の減税を行った上に、製品輸入比率を5年間で、約14%ポイント上昇させた場合には、米国、アジアNIEs、ASEANに対し、2.3ポイント、3.9ポイント、2.8ポイントの景気浮揚効果をもたらすと予測されている。
ii)貿易収支への影響
上述の慶応大学のシミュレーション分析により、米国の国内需要が1%低下した場合の貿易収支への影響をみると、米国の貿易赤字は約29億ドル減少すると見込まれている。このうち、アジア太平洋諸国に対する貿易赤字は約16億ドル減少するとされており、国別には、日本やアジアNIEsなどに対する貿易赤字が相対的に大きく減少するとされている。
(ロ)「双子の赤字」の改善のためには、米国の経済拡大スピードの鈍化がいずれ不可避となるとの認識が一般化する中で、アジア太平洋地域の貿易不均衡の是正と「発展の持続」のためにマクロ政策協調の必要性が指摘されている。
従来は、アジア太平洋地域における二大経済大圏たる米国及び日本が、G5、G7、サミット、OECDの議論の枠組みの中で世界経済運営も考慮しつつマクロ経済政策協調を行ってきている。
(注)87年GNP:米国4.47兆ドル、日本2.37兆ドル。これこ対し、オーストラリア、ニュージーランド及びカナダの合計は0.64兆ドル、アジアNIEs、ASEAN及び中国の合計は0.76兆ドル。
今後は、本地域において、サミット、G7の一角をなすカナダは当然のこと、日本、米国、カナダに次いで大きな経済規模を有するオーストラリア、更に韓国や台湾に対しても、経済実態が許せば、徐々に政策協調の役割を一部担っていくことが期待されている。
特に、韓国及び台湾においては、現在でも相当程度の貿易黒字(GDPに対する割合は各々2割及び1割)を保有しており、また、国内においては(貯蓄−投資)のGDPに対する比率が各々約22%及び約7%と高水準であり、財政出動による内需拡大を実施しうる環境は整いつつある。
また、韓国、台湾の人口は各々約4千万人及び約2千万人と相当規模に達しており、社会資本整備の余地も末だ大きいことから、内需拡大の余地は少なからぬものがあると考えられる。
さらに、近時、韓国及び台湾では、内需拡大が顕著であり、為替調整も徐々に進んでいる。韓国からは、韓国経済構造調整諮問会議答申(88年秋)が出され、国際競争力強化のための産業構造の調整、経済成長の促進及び消費者厚生の増大等の経済構造調整策の必要性が提唱されており、既に、政策協調の一翼を担うものとして高い評価が与えられている。
ただし、韓国は、84年まで深刻な累積債務問題をかかえていたわけであり、また、両国とも第2章(2)で述べたように経済構造上の脆弱性を抱えていることに留意すべきであり、無理のない対応が重要である。
(ハ)一方、ASEAN諸国については、経済発展段階が末だ必ずしも高くないことに加え、財政収入の相当程度を関税収入に依存していたり(タイ、フィリピン)、又は対外不均衡是正のための財政引締めによる均衡回復過程にある(マレーシア、インドネシア)など、機動的財政運営による内需拡大の実施は直ちには困難と考えられる。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)米国の「双子の赤字」縮小のため、米国経済のスローダウンが不可避との考えが存在する中で、アジア太平洋地域におけるマクロ政策協調は、この地域の共通の関心事項になってきている。しかしながら、マクロ政策協調は各国の経済規模からみても、まずは、引き続き日本、米国、カナダ、オーストラリア及びニュージーランドなどの先進国が中心となって、サミット、OECD、G5、G7等の議論の枠組の中で実施していくべきものである。
とりわけ日本としては、(1)<2>でも述べたように、内需主導型の経済運営を持続するとともに、様々な措置を通して輸入の一層の拡大を図っていくことが必要である。
(ロ)韓国等アジアNIEsについても無理のない形でのマクロ経済政策協調への参加が期待されているが、経済実態に応じ、相互理解の下に徐々に進められるべきものであり、「協調の押し付け」があってはならない。
(ハ)こうした協調を円滑に進めるためには、政府のみならず、産業界、学界レベルでも、より緊密な対話の機会を設けるべきであり、相互に、経済制度、実態等の理解を促進することが重要である。
(ニ)アジア太平洋協力によって進められる様々なプロジェクト自身が、大きな最終需要拡大効果を有するものと考えられる。仮に米国経済がスローダウンするような場合にも、デフレ効果をある程度相殺する効果を有するものと期待される。
<2>国際分業の推進
(現状及び問題点)
(イ)相互依存関係の進展は、競争関係の変化が大幅な貿易不均衡をもたらすとともに、国家間の緊張関係を生みだしがちであり、その結果、先進国の保護主義を招来することが少なくない。アジア太平洋地域に生じている大幅な貿易不均衡と、米国の保護主義傾向は、その一つの現れと指摘されている。
(ロ)しかしながら、保護主義は別の保護主義を呼び、悪循環を通じて、世界貿易の発展を阻害する恐れが大きい。また、保護主義は当該国の産業の競争力を萎えさせ、当該国の利益にも、結局は反することとなる。
結局、こうした状況は、貿易の縮小均衡の道につながるものである。
(考えられる協力推進の方向)
アジア太平洋地域には、経済発展段階の異なる国が多数あるが、本地域の貿易をより発展させ、重層的分業を推進する観点から、相互の間に適正かつ公正な競争関係が維持されることが必要である。
また、先進各国は、技術開発及び新規分野の開拓により一層の努力を行い、これを通じて、製品分野の一層の高付加価値を積極的に推進することが必要である。他方、競争力を失った製品分野については、漸次、発展途上国に譲り渡していくことが望ましい。
[参考】日本は、経済構造調整を積極的に推進しているところ、以下は、これまでの進展状況である。
i)製品輸入の拡大
−製品輸入比率は、85年度の31.0%から、88年には49.0%、89年第1四半期には50.0%まで上昇
−カメラ、電卓、ポータブル・ラジオなどの輸入浸透率は5割を超える状況
−輸入の所得弾性値も、プラザ合意前の0.77(推計期間、79年第1四半期〜85年第4四半期)から、合意後の1.07(推計期間、79年第1四半期〜88年第4四半期)へと急上昇(平成元年版通商白書において推計された輸入数量関数による)
ii)海外直接投資の拡大
−電気機械、一般機械等加工組立産業を中心に拡大。製造業の海外投資は85年度に比べ、88年度は約6倍(138億ドル)。
−海外生産比率も、85年の3%から、87年度は4.0%に上昇し、特に電気機械及び輸出機械は、87年度に各々9.4%、9.3%と高い比率を示している。
iii)個別産業の構造調整
−石炭鉱業、金属、造船、鉄鋼業などの業種で、事業規模の縮小等構造調整が進展。例えば、鉄鋼業の場合、合理化計画の結果、高炉稼働数は大幅減少(86年11月34基→27基へ)。アルミ精錬については、ほぼ全面撤退(77年119万t→88年3.5万t)。
−サービス産業、情報・通信等の非製造業が経済成長、雇用確保等に貢献。
−技術開発の推進、新規事業分野の開拓
(5)協力の推進のための環境整備
<1>資金供給の円滑化
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋における発展途上国は、国内貯蓄の不足を、海外資金で補填することによって経済発展を遂げてきたが、80年代に入ってアジアNIEsとASEANとでは様相が大きく異なってきた。
すなわち、アジアNIEsの中には輸出振興型工業化政策の奏功により、経常収支黒字が定着し、ネットの資金需要国から供給国へ移行するものも出てきた。一方、ASEANにおいては相当程度、自力で資金調達することができるようになった国もでてきているものの、フィリピン等一部には債務問題を抱えた国もあり、円滑な資金供給の確保は依然重要な課題となっている。
(ロ)資金供給側についてみると、80年代に入り、アジア太平洋地域の発展途上国9ヵ国(ASEAN、NIEs及び中国)に対する米国のネット資金供給額(ODAを含む公的資金及び民間長期資金の合計)は、漸減傾向を辿っていたが、最近ではマイナスとなっている。一方、日本のネット資金供給額は大幅に増大してきている。87年についてみると、米国は5億ドルの資金引き上げを行っており、日本は69億ドル(上記9カ国へのDAC諸国および国際機関からのネット資金供給額の65%に相当)のネット資金供給を行っている。上記9ヵ国に対するODA供与額をみても、87年における日本の供与額約22億ドルは51%のシェアを占め、米国のそれは約3億ドル7%にすぎない。オーストラリア、ニュージーランド及びカナダのODA供与額も、約3億ドルという水準である。
なお、最近では、韓国や台湾も経済協力を実施する段階に至っており、それぞれ87年及び88年に経済協力基金を設立した。
(ハ)一方、アジア太平洋地域の発展途上国においては、今後次のような膨大な資金需要が発生するものと考えられる。
i)ASEAN諸国、中国においては、基本的インフラは徐々に整備されつつあるものの、例えば、より高度の工業化に不可欠の高度インフラは必ずしも十分ではなく、今後、それらを充実させることが一層の経済発展には不可欠である。(2)の発展途上国の産業発展基盤の整備や、(4)成長持続のための課題への対応等で述べたように、今後様々なプロジェクトを実現していく必要があり、ODAも含め今後も膨大な資金ニーズが存在している。
ただし、新規資金の大量の供与は、80年代前半に見られたように累積債務問題の悪化を惹起する可能性もあり、この点、無理のない資金供給が行われることが肝要である。
ii)フィリピンなどでは、国際収支の悪化への対応、構造調整政策の推進が必要であり、このための公的資金協力が必要である。
iii)発展途上国における産業の育成、とりわけ、サポーティング・インダストリーとしての中小企業の育成をはかるため、低利の産業金融資金が必要である。
iv)発展途上国に対する資金供給、技術移転、生産能力の移転等を図るため、民間直接投資の推進が必要である。
考えられる協力推進の方向
発展途上国の産業基盤整備のための、膨大な資金需要(エネルギーの安定供給に関する例、(3)<1>(現状と問題点)(ロ)参考参照)に対して、日本が主要な資金供給主体として積極的役割を果たすとともに、他の先進国、アジア開発銀行・世界銀行等の国際開発金融機関、さらに必要に応じてアジアNIEsも協力しつつ、公的及び民間ベースの資金協力を行っていくことが必要である。
(イ)ODA等公的資金については、一部ASEAN諸国は引き続き債務問題を抱えていることにもかんがみ、先進各国は極力、量的及び質的充実に努める。具体的な供与分野としては、i)産業インフラ整備のためのプロジェクト援助、ii)国際収支補填及び構造調整政策支援のための商品借款、iii)中小企業向け金融を含む産業金融制度整備のためのツー・ステップ・ローンなどが重要である。
(ロ)また、先進各国は民間資金の円滑な供給を図るため、リスク補完の拡充及び呼び水的出資の拡充を図る。
(ハ)なお、日本に対しては、大幅な経常黒字国でもあり、資金還流への期待は特に強く、公的資金の拡充に加え、民間資金フローの拡大を図る必要がある。
民間資金還流の円滑化に関しては、カントリー・リスクの補完が特に重要であり、直接投資やBOT(Build Operation Transfer)方式のプラント輸出のように技術・経営ノウハウの移転を伴う資金還流を中心とした貿易保険の引受弾力化を行うことが重要である。また、自力で資金を調達できる発展途上国が日本市場で資金を調達しやすくするため、日本の金融・資本市場自由化・国際化を一層促進する必要がある。
<2>経済統計の整備及び研究機関ネットワークの形成
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋地域諸国が協力しつつ、経済発展を実現するためには、経済実態を把握することが重要であり、このため、経済統計の整備、充実が緊急の課題である。
しかし、アジア諸国における主要統計の整備状況については、一般的に、統計の作成範囲、速報性が先進諸国に比べ不十分であり、特に、1次統計のうち業種別・品目別に係るもの及び2次加工統計の不備が目立っている。
(注)鉱工業生産統計を例にとると、日本では月次統計が約1ヶ月のタイム・ラグで発表されているが、同様に月次統計としているのはマレイシア、台湾は、それぞれ1ヵ月、2ヵ月のタイム・ラグで迅速に発表されている。しかし、例えば、韓国は、ほとんどタイム・ラグはないが年次統計として発表されており、また、同様に年次統計としている中国、インドネシア、フィリピンでは約1年、香港タイでは約2年のタイム・ラグをもって発表されている。
また、整備されている統計についても、産業分類、品目分類が国により大幅に異なること、速報値、暫定値で発表される数値の改訂が頻繁であること、季節調整がほとんどなされていないこと、また、基準年次の改訂や統計数値の定義自体の変更が頻繁に行われ、連続性を欠く場合が多いことのため、各々のデータを比較することが必ずしも容易ではない。
(ロ)また、経済統計の整備に加え、地域の諸国の経済問題と必要とされる対応についての共通の理解を育むため、経済発展の現状、課題及び政策に関する研究協力体制を整備することも重要である。
しかし、現状では、PECCやPAFTAD(太平洋貿易開発会議)など、民間又は官民の個人参加による国際組織はあるが、地域の研究機関の間の恒常的な協力体制はなく、各機関の調査、研究成果の突き合わせ、あるいは各機関の特色を生かした共同研究の実施といった有益な活動は実現されていない。
なお、昨年5月には、アジア経済研究所とアジア太平洋開発センター(本部クアラルンプール)の共催で「世界経済調整とアジア太平洋経済の将来」とのテーマで国際シンポジウムが開かれ、アジア太平洋地域の経済問題についての体系立った討議が行われ、今後の研究協力の上での課題が確認された。本年は7月にアジア経済研究所が中心となり、アジア太平洋地域の研究者の協力を得て、同様のシンポジウムが行われる予定である。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)日本、米国カナダ、オーストラリア等、先進国と発展途上国が協力して、アジア太平洋地域における経済統計の整備を行う。
具体的には、i)各国の経済統計の作成の迅速化と精度の向上、統計情報処理の電算化、ii)各国統計の比較可能性を高めるための分類の整合化、iii)国際産業連関表の共同作成作業、iv)これらの作業に必要な人材の養成等を行う。(データベース化について、前述(3)<2>参照)
(ロ)日本のアジア経済研究所、北米、大洋州の経済研究機関のほか、本地域の発展途上国において経済研究機関の設立、又は既存研究機関の強化を含む調査研究体制強化のための支援を行い、これらの機関による研究ネットワークを形成し、地域の経済発展の現状、課題及び政策に関する研究協力、頻繁な情報交換等を行う。
また、ネットワーク参加機関の共催により、アジア太平洋地域経済問題をめぐるシンポジウムを開催する。
<3>国際標準の普及及び知的財産保護制度の整備
(現状と問題点)
(イ)工業製品の標準化の推進は、アジア太平洋地域の貿易の拡大及び発展途上国製品の輸出競争力強化等のために必要であり、このため、多くの発展途上国が強い関心を寄せている。
すなわち、標準化推進の意義は、次のとおりである。
(i)発展途上国に国際規格と整合性のある規格体系を確立することにより、国際規格の普及、及び国際貿易の拡大に貢献する。
(ii)標準化・品質管理の普及を通じ、発展途上国工業製品の品質向上及び生産の合理化を促し、発展途上国製品の輸出競争力を高める。
(iii)多国籍企業の現地進出、部品現地調達率の向上、技術移転の円滑化を促す。国際標準制定に係る国際協力の現状としては、国際標準化機構(ISO)、国際電気標準会議(IEC)における作業のほか、ISO、IEC活動のみでは不十分な分野においては各地域において多国間協議や二国間協議が行われ、情報交換、各国の規格のハーモナイゼイションを目指した話し合いが行われている。アジア太平洋地域においても、主要なものとして太平洋地域標準化会議(PASC)、アジア情報技術標準化フォ一ラム等がある。
しかし、発展途上国における標準化品質管理の重要性についての認識は高まってきているものの、普及の実態が掴みにくいうえ、短期的かつ明確な形ではその効果が現れないことから、取組みの優先順位が高くなりにくいという問題があり、その普及に時間を要している。
(ロ)貿易、投資の円滑な推進を図るための制度的基盤として、標準化の推進と並んで知的財産保護制度を整備することが重要である。
アジア諸国においては、海外からの投資の環境整備の観点から工業所有権制度の創設、整備が必要との認識が高まっているが、現状ではアジア地域の工業所有権制度の整備状況は多様である。
また、工業所有権、特に特許については、既存技術や権利関係に関する情報の管理・活用が重要であり、制度の円滑な運用のためにこれら情報の整備が不可欠であるが、アジア諸国においてはこの点も不十分な状況にある。
他方、こうした中で、特にNIEs,{カンマはママ}ASEAN諸国における不十分な工業所有権保護、あるいは先進国との制度上の差異から生ずる国際摩擦も増大している。
特にアメリカは、88年包括通商法の、いわゆるスペシャル301条による制裁を背景にアジア諸国に対し工業所有権制度等の整備を要求している。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)今後とも、ISO、IECの活動を尊重しつつ、それのみでは不十分な分野において、アジア太平洋地域の共通の問題について、情報交換、規格のハーモナイゼーションのための意見交換を行なう。
また、発展途上国における標準化を推進するため、先進国が協力して標準化・品質管理について普及啓蒙活動を行うとともに、UNIDOに標準化技術協力のための基金を創設し、標準化・品質管理に関するセミナー、シンポジムの開催、教材の作成等の活動を展開する。
(ロ)知的財産保護制度に係る国際的ルールの確立については、WIPOにおける特許ハーモナイゼーション条約策定に向けての検討、GATTウルグアイラウンドのTRIP(知的財産保護の貿易関連側面)交渉等、アジア太平洋諸国を含む多国間の議論の推進にアジア太平洋諸国が協力していくことが重要である。また、発展途上国の工業所有権制度整備については、WIPO(世界知的所有権機関)等のグローバルな枠組を活用しつつ先進国が協力して次のような支援措置を展開する。
(i)専門家派遣、研修生受入れ等の人材養成等を推進する。
(ii)長期的観点に立った協力の方向として、例えば技術情報、権利情報を中心とした工業所有権情報のコンピュータ処理システムの構築などの協力の在り方を検する。
<4>各種イベントの開催
(現状と問題点)
(イ)本地域の現在の活力を維持していくためには、新規事業の掘り起こし、産業インフラの整備等が肝要である。この観点から国際博覧会をはじめとするイベントの開催は重要であり、日本の経験からしても技術の紹介、ユーザーニーズの発掘、産業交流等を通じた新規産業の育成効果、道路、鉄道、ホテル、観光等の周辺産業の発展効果、開催地の知名度の向上による観光開発効果等への貢献が期待される。
(ロ)2以上の国が参加する国際的な博覧会については、加盟国が開催し、加盟国が支援する国際博覧会条約に基づいて、その開催、運営等が行われるものの外、日本の福岡にて開催中の「アジア太平洋博覧会」(89年3〜9月)、韓国にて開催予定の「国際貿易博覧会」(91年8〜11月)等、条約に基づかない様々なイベントの試みも実施ないし計画されている。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)アジア太平洋各国の参加により、大規模な博覧会等のイベントを本地域で開催することを検討する。この場合、本地域の諸国、特に、アジアNIEs、ASEAN等から要望があればまずこれらの国において持ち回りで継続的に開催することが重要である。
イベントの内容としては、本地域の物流を活発化させるとの観点からのアジア太平洋見本市の開催、これと併せた本地域の貿易振興機関等のフォーラム、シンポジウムの開催及び映画・演劇・音楽等文化産業の振興及び文化産業協力を推進するための「アジア現代文化産業フェスティバル(仮称)」の開催などが考えられる。
(ロ)この地域におけるイベントを開催するに当たっては、先進国からの種々の支援措置が必要である。具体的には、
i)ソフト面での支援
これまで米国、日本での数々の博覧会を開催してきたところ、これらの国々におけるイベントプロデュースに係わるノウハウ、アイディアの提供等ソフト面での支援が必要である。
ii)資金面での支援
イベント開催そのものに対する支援のみならず、イベント開催が、様々な経済波及効果を持ち、かつ、その効果の中には、途上国の経済発展に資するものが多いという点に着目すれば、産業インフラの整備等の経済協力とイベントの開催を有機的に連携させることも有効である。
(ハ)また、以上のイベントの開催に加え、国際デザイン交流、ファッション交流等の文化産業の交流の支援、税制上の支援等による民間企業レベルの文化交流事業の支援等産業文化交流を推進することも重要である。
<5>MFP構想の推進
(現状と問題点)
(イ)アジア太平洋地域の未来への発展のポテンシャルを具体化するひとつの起爆剤として21世紀にふさわしい産業・生活空間を備えた、新しいイメージの国際交流拠点都市を建設することが有効である。
このような観点から、ハイテク等の成長産業、研究開発、教育、リゾート等の多機能を備えた、マルチファンクション・ポリス(MFP)を建設する構想が推進されている。
具体的には21世紀に向け、新たなハイテク・ハイタッチ産業の育成と新たなライフスタイルの提示を行う職・住・遊・学の一体化した国際的産業拠点の建設であり、多彩な国際交流を通じてアジア太平洋を中心とした世界の発展に貢献を図るプロジェクトとすることが必要である。
また、単なるハイテク都市ではなく、21世紀の成長産業のインキュベータ(育成)機能、研究開発機能、教育機能、コンベンション機能、リゾート機能、商業機能、文化・娯楽機能等を備えた人間が真の意味で生活を楽しめる都市でなければならず、<1>快適な都市環境と豊かな自然に恵まれ、生活者相互の人間的交流が可能な小規模都市、<2>巨大都市の有する情報発信機能をソフトインフラによって実現すること、<3>特定目的のために訪れて、数週間から数年間滞在し、目的達成後は再び帰国する人々のため準定住型都市となると期待されている。
(ロ)現在、日本とオーストラリアの協力の下、オーストラリアにMFPの建設を推進すべく、フィージビリティ・スタディを実施中である。
オーストラリアは、アジア各国との地理的な近接牲、欧米各国との言語、文化、歴史の共通性、恵まれた国土、自然、環境から、アジア太平洋地域における開かれた国際交流の拠点としての役割が期待されるところであり、MFPの建設は、その期待に応えうるものである。
具体的には、アジア太平洋地域における共同研究の場となる国際共同研究機関設置、アジア諸国の人材育成のための教育研修施設の設置、コンペンションを通じた文化・研究交流等が期待される。
(考えられる協力推進の方向)
(イ)オーストラリアのMFPに関するフィージビリティ・スタディにおいて、具体的コンセプトの確定、立地地点の選定、民間投資家の国際的誘致のフィージビリティ・スタディを日本とオーストラリアの共同で行う。
さらに核となる企業の進出を促すためのオーストラリアにおける制度面の改善についても検討する。
(ロ)フィージビリティ・スタディの結果を踏まえ、MFPに建設される国際共同研究機関、ASEAN技術者研修所等への他の先進国からの出資や低利融資等の資金面での協力の方途を探る。
(ハ)MFPの建設は、日本としても、アジア太平洋地域の国際交流のために重要であるとの観点から、産官で資金等の支援を行うことを検討する。
第6章アジア太平洋協力推進の枠組
(1)新しい協力の枠組
<1>第5章においてアジア太平洋経済の「発展の持続」を図るため、関係国が取り組むべき多面的協力課題について詳細に説明した。
具体的には貿易、投資等民間の経済活動を基本としつつ、経済協力、技術協力、政策協調、規格の統一等様々な経済政策ツールが駆使された協力となろう。
<2>これらの課題のあるものは、既存の2国間協力によっても対応しうるものもあるが、次の二つのタイプの課題については、相互依存関係の高いアジア太平洋地域の国々が、地域ワイドで取り組むことが適当であると考えられる。
第一のタイプは、課題に対応するためのプロジェクトの直接的効果がこの地域の国々全体に及びうるものである。例えば「人材の養成」における地域ワイドの高等教育機関(大学院レベル)の設立、「技術開発・移転」における研究開発ファイナンス及び管理のための国際研究組織の設立、「情報化の推進」における広域通信インフラの整備(汎アジア衛星の打ち上げ等)、「エネルギー安定供給の確保」におけるコール・フローの推進などが代表的なものと考えられる。
「貿易の拡大」における、ウルグアイラウンド成功に向けての共同歩調も、この分野に属しうると考えられる。
第二のタイプは、直接的な効果はもっぱら特定国に帰属するが、間接的効果は地域ワイドに広がるものである。こうしたプロジェクトの効果的実現のためには先進国間の共同経済協力、及び発展途上国間の情報・ノウハウの交換が不可欠と考えられる。例えば、「人材の養成」における拠点地域ごとの技術研修センターの設立、「技術開発・移転」における研究開発ネットワークの構築、「物流システム」における輸送インフラの整備、「エネルギー安定供給」における発展途上国の電力化等が代表的なものと考えられよう。
なお、技術研修センターの設立など、一国ごとに同種のものをつくらずに、それぞれの国に、特色を持たせたセンターを設立し、広域的に利用していくことも一案であろう。その場合には第一のタイプに属することとなる。これら2つのタイプの協力については、アジア太平洋ワイドの広域的な協力の枠組みが必要であり、既存の協力の枠組みと補完しつつ、その具体化に努めることが肝要である。
(2)経済分野における関係閣僚会議の開催
<1>これらの協力を具体的に進めるためにはいかなる枠組みが必要であろうか。アジア平洋協力{前4文字ママ}の推進のためのフレームについては、既に様々な提案があり、「アジア太平洋OECD」といった制度的枠組を作るべしとの声もあるが、本地域の多様性に鑑みると直ちに実現することは困難であろう。当面は、産業界、学界、官界等あらゆるレベルの対話が一層進展することが必要であろう。こうした対話を通じ、情報を共有し、相互理解が進展することが協力のベースとなろう。
<2>しかしながら、これまで見てきたように、アジア太平洋地域の経済発展の持続が今後の政策努力によって初めて可能であること、また、これらの協力によって進められるべきプロジェクト等の実現には、相当程度の時間が必要でもあることに鑑みれば、各国政府レベルの政策協力のための対話の場が今、必要な時期に来ていると考えられる。
<3>政策協力を進めるに当たっては、まず、多くの国々が関心を共有していると考えられる貿易や産業等の経済分野について、可及的速やかに責任を有する大臣が率直な意見交換を行っていくことが必要である。このためアジア太平洋地域の関係閣僚会議を開催することが適当である。
なお、具体的政策協力の推進に当たっては、PECCやPBEC等既存の協力推進組織と十分連携をとることが必要なことは言うまでもない。
(3)経済力に応じた役割の遂行
<1>アジア太平洋協力は、経済の相互依存関係が深く、「発展の持続」に向けて共通の課題を有する国々によってなされるべきである。しかも「共通の利益」及び「共通の関心」を有している限り、体制の相違を越えて協力の環を広げていくことが望ましい
<2> 80年代において、アジア太平洋地域は、米国に深く依存した形で発展してきた。米国が今後も、この地域において最大の経済力を有する国であることに変わりはなく引き続き大きな役割を果たしていくことが、期待されている。しかしながら 今後はアジア太平洋経済のバランスのとれた発展の実現を目指して、米国を含めた関係国が経済力に応じてそれぞれの役割を遂行し、米国への負担を軽減していくことが肝要である。その意味で、これまでの「米国に依存した発展」から「米国を含む、関係国による役割分担的発展」を実現していくことが必要であろう。
<3>次に述べる日本の役割に加え、先進国や発展途上国それぞれの国の役割についても今後、関係各国において検討が進められることを期待したい。
(4)日本の役割
日本は内需拡大を中心に好調な経済成長を続けており、しかも依然として高水準の貿易黒字を抱えている。このためアジア太平洋協力の推進に当たっては輸入拡大面、技術供与面、資金供給面等において日本に特に大きな役割が期待されている。日本は米国の支援の下に、戦後の復興を為し遂げ、現在に至っていることを想い起こし、アジア太平洋地域における第2位の経済規模を有する国としての重い責務を認識すべきであろう。無論、こうした日本の責務はアジア太平洋地域のみならず、全世界に向けられるべきものであるが、地理的に近接し深い相互依存関係にある本地域の発展自身が、アジア太平洋諸国と日本の双方の利益であるとの認識の下に、積極的に役割を遂行していくことが望ましい。
この場合、日本とアジア諸国等との過去の歴史についても十分な認識を有するべきであり、日本はいやしくも経済規模の大きな国としてその考え方を他に押しつけることのないよう、アジア太平洋協力推進に当たり、ASEAN諸国をはじめ関係国の意見を十分に尊重していく必要がある。
なお、日本の役割に関し、今回十分に検討が行われなかった課題として、日本における外国人労働者の受入れの問題がある。これは大方の外国人労働者がアジアの人々であるという意味で、アジア太平洋協力の一つの問題と言えよう。今後、早期に検討が行われることが必要である。
(おわりに)開かれた「協力による発展の時代」へ
(1)近時、アジア太平洋経済は目覚ましい発展を遂げ、また、今後についても、豊かな成長ポテンシャルを有しており、その将来は極めて明るいとする見方が多い。
しかし、アジア太平洋地域は、まさに産業発展の基盤整備、成長持続のための課題への対応など、様々な課題に直面していいる。相互依存度の深まりの故に、関係国が協力して、これらの諸課題に取り組んでいく時、初めて「経済発展の持続」が可能になるのではなかろうか。
(2)こうした協力は、貿易、投資等民間の経済活動を基本としつつも、政府レベルにおいて強力に進められる必要がある。このため、多くの国々が、関心を共有していると考えられる貿易や産業等の経済分野において、政策遂行の責任を有するアジア太平洋諸国の関係閣僚が率直な意見交換を行うべきである。また、協力の実現には、長い年月を要するものが多いことに鑑みれば、かかる関係閣僚会議は、可及的速やかに開催されることが望ましい。
(3)アジア太平洋協力の推進に当たっては、「開放性」の確保が不可欠である。地域協力は、「開放性」が確保されてこそ、地域の内外にプラスとなり、閉鎖的な協力は、自らの競争力を弱め、自己否定の道となる。従ってアジア太平洋協力は「開放的」地域協力のモデルにならなければならず、広大な太平洋は「自由貿易の巨大な海」として世界に提供される必要がある{ママ}
また、「多層的協力の漸進的推進」、「相互尊重と平等参加」、「多層的協力の推進」「基本としての民間活力及び市場メカニズム」という4つの原則に留意すべきであろう。
(4)日本はアジア太平洋地域に位置し、これらの諸国と地理的にも歴史的にも極めて深い関係にある。すなわち日本としては、深い相互依存関係にある本地域の発展自身がアジア太平洋経済と日本の双方の利益となり、更には「自由貿易の巨大な海」の形成を通じて、世界の利益にもなるという観点から、その推進に向けて積極的な貢献をしていくべきであろう。
(5)アジア太平洋諸国は、今まさに開かれた「協力による発展の時代」を迎えつつある。我々は21世紀に向けて、かかる開かれた協力を着実かつ大胆に推進することにより同地域の成長ポテンシャルを最大限に発揮し、関係国自身の経済発展のみならず、世界経済の発展に貢献していくべきである。アジア太平洋の時代といわれる21世紀を迎えることができるか否かは、開かれた協力の進展如何にかかっているといっても過言ではない。
{<1>は原文ではマル1}
{原文にある下線はすべて省略}