データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 21世紀のアジア・太平洋と日本−開放性の推進と多様性の尊重−(21世紀のアジア・太平洋と日本を考える懇談会報告)

[場所] 東京
[年月日] 1992年12月25日
[出典] 
[備考] 
[全文]

21世紀のアジア・太平洋と日本−開放性の推進と多様性の尊重−

目次

1.はじめに・・・1

2.アジア・太平洋の範囲・・・1

3.アジア・太平洋地域についての現状認識と展望・・・2

4.21世紀に向けてのアジア・太平洋が目指すべき理念・・・4

5.今後の課題−理念を現実のものとするために−

(1)アジア・太平洋の政治・安全保障と日本の対応・・・6

(2)アジア・太平洋経済と地域的枠組み・・・9

(3)過去に対する認識と未来指向策・・・12

6.当面の施策

(1)安全保障政策対話の強化・・・14

(2)経済協力の充実・・・16

(3)アジア・太平洋地域への積極的な関心と相互理解の推進・・・17

7.信頼される国家を目指して・・・20

付録1 懇談会会合スケジュール

付録2 懇談会メンバー

付録3 初会合における宮澤内閣総理大臣のご挨拶

1.はじめに

 「21世紀のアジア・太平洋と日本を考える懇談会」は、平成4年5月21日に、宮澤内閣総理大臣のご出席を得て初会合を行い、以後9回にわたる会合を重ね、日本にとって重要なアジア・太平洋地域と日本の関係のあり方について議論を行った。その間、種々の論点についての議論を深めるため、政治、経済、歴史・文化の3つの分野に分かれて小グループでの意見交換もなされた。以下は、懇談会としてそれらの討議をとりまとめ、21世紀におけるこの地域と日本との関係についての考え方を提言するものである。

2.アジア・太平洋の範囲

 アジア・太平洋の範囲は、最も広くとれば南アジアから南北米大陸、さらにはオセアニアまでを含む広大な地域となるが、日本との関係の密接さや地理的な距離関係等の要素もあり、検討するテーマによって濃淡があり得る。懇談会としては、個々の議論の目的に資する形で浮かび上がってくる地域を素直にそのままとることとした。若干の具体的な例をあげれば、アジア・太平洋地域の安全保障問題を考える場合には、ロシアやインドを含む地域を考慮に入れる必要があるし、アジアの多くの国々の文化の形成を考える際には、中国とともに、インドの大きな影響を無視することはできない。政府開発援助の議論を行うにあたっては、南アジアが今後とも大きなウェイトを有することとなる。このように、アジア・太平洋地域の問題を考えるにあたっては、対象地域を目的論的に把握することが適当と思われる。

3.アジア・太平洋地域についての現状認識と展望

 21世紀におけるアジア・太平洋地域に対する日本のあり方を検討するにあたっては、まず、この地域が現在どのような状況にあり、それが21世紀初頭の頃にはどのように変化しているかということを、考えておく必要がある。

 現在のアジア・太平洋地域で最も顕著なことは、NIES(韓国、シンガポール、台湾、香港)やASEANのダイナミックな経済発展である。これら西太平洋地域の国々は、自由な市場経済メカニズムによって目をみはる経済発展を続けており、世界で最も活力の溢れる「成長地域」となっているが、その成長のシナリオは次のようなものであった。すなわち、西太平洋地域諸国は、安易な輸入代替工業化(企業の国営、公営化、手厚い国内産業保護)に走ることなく、むしろ自らを厳しい国際競争の場にさらすという輸出指向工業化による成長戦略をとった。これに対して、米国が自らをその主な市場として提供し、これらの諸国は、米国への輸出によって獲得した外貨を資本財輸入に充てるというプロセスを経て、資本形成と生産性の向上を実現した。その後、米国の経済状況が下降に向かい始める80年代後半になると、円高の下、日本がこの地域からの製品輸入者として現れ、この地域への資本投下の加速拡大と相まって、西太平洋地域の成長が需給両面から引き上げられる形となった。さらに、日本の経済にかげりが見られるようになると、NIESが、ASEANや中国との関係で、輸入者や資本提供者の役割を部分的に肩代りするようになった。このように、西太平洋地域では、日本、NIES、ASEAN、中国(沿海地域)と続く構造転換連鎖が発生しており、それによって地域全体の高成長が維持されている。注目すべきことは、この地域が自由な貿易・投資体制によってこのような発展を遂げていることであり、この地域の国々は、多角的な開かれた自由貿易体制、すなわちGATT体制の維持・発展に強い利害関係を有していると言える。

 他方、アジア・太平洋地域の中には、西太平洋地域に見られる構造転換連鎖に組み込まれていない多くの開発途上国があることを忘れてはならない。これらの国々の中には、ごく最近まで厳格な社会主義計画経済体制の下にあったり、強権的・閉鎖的な国家運営の下に置かれていたり、あるいは地理的・地政的に不利な位置づけにあったりというように、西太平洋地域諸国とはある種対照的な悪条件が支配的である例が多く見られる。しかし、これらの国々もまた、市場経済・対外開放の重要性に目覚め、西太平洋地域諸国との接触を図ろうとする動きが始まっている。

 冷戦構造崩壊後の現在のアジア・太平洋地域の状況は極度に流動的である。この地域全体の政治・社会状況、さらには安全保障に影響を及ぼす可能性のある要因としては、地域内経済格差、民族問題、宗教問題等の噴出による地域紛争がある。このような背景の下、この地域の将来を占う大きな要因としては、(イ)中国が改革・開放路線を進める中で、中・長期的に如何にして混乱を回避しつつ、より安定的な政治の仕組みを案出する方向に軟着陸できるか、(ロ)ASEANは引き続き経済発展を続け、地域の安定勢力として存在し続けるものと予想されるが、このASEANとインドシナとの間の共存共栄関係を如何にして現実のものとなし得るか、(ハ)朝鮮半島における南北対話の進展と南北の平和共存関係が如何にして実現されるか。そして、北朝鮮の核疑惑を如何にして解消し得るか、(ニ)南アジアには、地域協力の動きがあるものの、域内に様々の紛争要因を抱えている状況下で、核の問題を含めて情勢がどう展開するか、(ホ)不透明なロシア情勢の先行きがどうなるか、といったことがあろう。

 このような情勢の中で、平和と安定を確保し、この地域をより繁栄した地域へと発展させるためには、上記の不安定要因に対する安定要因としての米国のプレゼンスが、冷戦後、改めてその重要性を高めている。

4.21世紀に向けてのアジア・太平洋が目指すべき理念

 冷戦構造の崩壊という変化はあるものの、アジア・大平洋地域の好ましい姿が従前のものから大きく変わるとは思われない。すなわち、日本を含むこの地域の人々が、生活を脅かされることなく安心してその好むところを追求でき、努力すればその生活の改善、向上を実感できること、そしてそのような環境を確保することが変わらぬ理想である。これまで多くの機会に述べられた「平和と繁栄」という目標理念は、これを端的に表現したものである。このような考え方は、第二次世界大戦後の状況下で、必ずしもその存立基盤自体が確立していなかったアジア・大平洋地域の多くの国々に共有されてきた。これらの国々は、観念的なイデオロギーを追求するよりも国内の平穏と生活水準の向上を追求し、国内の経済基盤を固め、協力と開放へ向かって進む大きな流れを形成した。そして今、これらの国々の現実は、経済の発展、生活水準の向上があってこそ初めて個々人の自由を実現する基盤も整うということを如実に示している。

 日本としても「平和と繁栄」の実現のために積極的に貢献していきたいという強い信念を有しており、この信念はさらに、「他国に脅威を与えるような軍事大国にならない」という決意に裏打ちされて、より一層強固かつ現実的なものとなっている。このような日本の基本方針は、これからも引き継いでいくべきである。

 冷戦構造に大きな変化が生じ、自由社会と統制社会、資本主義と共産主義という簡明直截な対抗関係が消滅し、混迷した国際社会の中で世界が新しい秩序を模索しつつある現在、この「平和と繁栄」という理念は、より積極的な意義付けを求められている。すなわち、平和とは、何もしないことや現状に安住することを意味するものではなく、また、自国さえ平和であれば他の国々がどのような状況にあろうとも関知しないという態度を許すものでもない。平和の追求とは、紛争の解決、平和の維持のために積極的に貢献するということをも含むものである。必要とあれば他者のために汗を流す決意なくしては、全体としての平和は維持できない。繁栄も同様であり、自国のみの繁栄はあり得ないのみならず、自己の欲望を抑えても他に尽くす精神と、世界というコミュニティのために何が必要かという理性的な視点に立った判断をする心構えとが求められる。宇宙船地球号ということが唱えられる今日において、環境問題や貧富の格差の問題は、直ちに国を越えて影響を及ぼすのであり、自国の殻の中に閉じこもって事足れりとする態度はとり得ない。自国も他国もともに栄えてこそ、真の繁栄がある。

 このような「平和にして繁栄した世界」を実現するための鍵は何か。それは「開放性の推進」と「多様性の尊重」である。西太平洋地域の今日の経済発展が、GATT体制によって象徴される「開放性の推進」によってもたらされたものであるということは、既に述べた。そして、この開放性が求められるのは、経済の分野のみではない。これは、「多様性の尊重」と相まって、社会の活力を維持していくための必要条件である。外部からの異質なものの接近に対して開放的であるとともに、自らの内部においても異質なものの存在を許容するという態度は、本来、日本が追求している自由ないし民主主義の根幹であり、政治、文化、経済等社会活動のあらゆる面において求められるところである。

 アジア・太平洋地域においては、多くの国々がそれぞれの歴史、文化、社会的特性、発展レベルを踏まえて国造りに励んでいる。自由と民主主義がこの地域においても追求されるべき目標であることは、今更言うまでもない。しかし、これに到達するには、様々な道程があってもよい。われわれは、この地域の国々が持つ多様性に対する十分な理解をもって、これらの国々における自由と民主主義の定着のために、着実かつ現実的な努力を払わなければならない。なお、アジア・太平洋地域の多くの国が植民地として厳しい統治に苦しんだ経験を有していることに鑑みれば、自由、民主主義そして人権といった問題について、われわれは、自らの実践の積み重ねの上に立って、これら諸国と静かな対話を重ねていくことが必要であると考える。

5.今後の課題−理念を現実のものとするために−

(1)アジア・太平洋の政治・安全保障と日本の対応

 冷戦構造下では二極間の対抗関係を維持するために抑え込まれていた地域的、宗教的あるいは民族的な紛争が、冷戦体制崩壊後の今日、表面化するようになり、それがこの地域の安全に対する脅威となる危険性が生じている。地域内におけるこのような不安定要因の萌芽をできるだけ早く察知し、その不安定性が現実のものとなる前にこれを摘み取ることができるようにするとともに、不安定要因それ自体が生じないようにする方途をどのようにして確保するかは、今後のこの地域の安全保障分野における重要な課題である。これまでのアジア・太平洋地域の安全保障に関する議論は、冷戦時代という対抗関係のわかり易い、したがって政策の選択基準も自ら明白で、選択肢の幅もそれほど広くない状況の下での議論であった。しかし、今や新しい状況が生じており、日本も、この地域も、新しい方向を模索しなければならない。

 この点に関し、まず強調されなければならないことは、アジア・太平洋地域における米国のプレゼンスがこの地域の安全保障にとって引き続き必要不可欠であるということである。米国は、これまで、アジア・太平洋地域における最も信頼できる安全保障上のパートナーとして、この地域の多くの国に認識されている。しかし、東西二極構造の変化及び米国経済の当面する困難が米国の軍事力のこの地域での役割の再定義を求めるに至っており、米国は、これまでと異なった状況下において、地域の安定勢力としての対応を模索し始めている。日本を含むこの地域の国々は、このような米国の状況を理解し、その行動、展開を容易ならしめるように、できるだけの協力をすべきである。

 なお、冷戦構造の崩壊により、日米安全保障条約にも今日的意義付けがなされなければならないが、これが引き続き日本の安全に必要であるということは言うまでもない。また、米国にとって、日米安全保障条約が日本の存在及び日本との絆の重要性を示すものであることにも変わりはない。さらに同条約は、アジア・太平洋地域にとっては、米国のこの地域への関与を確保するための手段として意味があり、また、「他国に脅威を与えるような軍事大国にならない」という日本の基本的立場に信頼性を与え、日本とアジア・太平洋各国との関係を安定的に発展させる上でも重要である。このようなことから、同条約には、引き続き大きな意義が認められ、これを堅持すべきである。

 冷戦構造の崩壊は、従来の軍事中心的な発想から、経済面さらには政治面が重視される方向に国際環境を変化させており、したがって、日本が従来より一段と大きな政治的役割を果たし得る条件が整いつつある。また、安全保障は、軍事的な側面のみならず、各国の経済・社会発展やこれらの国々の間の相互依存関係の深化等によっても総合的に高められる。そのような前提の下に、以下、安全保障に関わる日本の対応について、予防、予知、抑止、紛争が現実のものとなった場合の平和回復措置、及び事後措置という段階を追って考えてみる。

 紛争の予防手段{前7文字下線}としては、各国との政策対話を充実させ、日本の政策意図を適時にかつ正確に関係国に伝達しておくとともに、関係国の意図も正確に把握しておくことが、まず必要である。また、紛争の解決手段として武力行使に訴える危険を予め低くしておくためには、政策対話を推進するとともに、予防のためのメカニズムを考えていくことが必要である。その一環として、長期的にこの地域における軍縮・軍備管理の環境をを醸成するための措置をとっていくことが求められている。また、その社会に脆弱性を有する国の存在が紛争を誘発することに鑑み、そのような脆弱性の解消に向けて、当事国、周辺国とともに協力すべきであろう。

 紛争の予知{前5文字下線}については、種々のレベルでの情報収集機能及び分析能力の強化が必要である。現在の情報収集システムには、それなりの努力が払われており、また優れた効果を現している例も多いが、最近の急速な技術進歩を考えあわせると、この分野にはさらに一層の努力を傾けることが求められている。情報の分析に関しては、官民の協力を強め、専門家の養成に努めるべきである。これら予防と予知の段階における対応は、コスト的にも安全性の上からも最も効果的であり、優先的に考慮すべきものと考える。

 紛争の抑止{前5文字下線}、そしてそれにもかかわらず不幸にして紛争が現実のものとなった場合の平和回復措置{前6文字下線}について、日本はどのような対処をするのかが、次に問われる問題である。その際、日本国憲法に示されている国民の意思を考え、そして特に太平洋戦争の記憶が未だ生きているアジア・太平洋地域という条件を考えれば、外国領域における軍事力の行使は、とり得る選択肢ではない。しかし、日本としても、その国力、国情にふさわしい形で、国際平和の維持、回復に貢献すべきである。国際平和協力の問題は、まさにこの参加形態の一例である。また、それ以外の場合、例えば他の組織ないし他の国に抑止活動を依頼する場合についても、日本としては何をどういう形で担当するかが問われることとなる。湾岸の事態における平和回復活動に対する支援、掃海作業がその先例を示している。

 最近では、一ヶ国で紛争を抑止し、またはその解決を図ることはむしろ例外的であり、複数国が関与する形態が一般的になってきている。アジア・太平洋地域においても同様で、その場合、その地域の国々にとって最も信頼できる者が関与することが望ましい。現実問題としては、当面、このような課題に対応できるのは、組織としては国連であり、国としては米国である。この地域においても、米国のプレゼンスが望まれていることは既に述べた通りである。他方、国連については、現在、その方途が模索されているところであり、具体的なことはこれから固まっていくと思われるが、日本としても、このような議論に自己の考え方を反映させるよう努力する必要がある。日本ではこれまで、国際関係の枠組みは他から与えられるものだという観念が強かったが、いつまでもそのような考え方に安住しているわけにはいかない。特にアジア・太平洋地域においては、カンボジアの例のみならず、難民問題や災害協力等の面で、日本の参加ないし関与が求められる状況が増えてきている。今後、安全保障策の一環として、紛争等の事態が一段落した後において、新しい枠組みを構築する作業が行われる場合には、これに十分な先見性とたくましい政策構想能力をもって、積極的に参画していくことが必要である。

(2)アジア・太平洋経済と地域的枠組み

 高い経済成長を遂げてきたアジア・太平洋地域が、今後その発展を維持していくためには、いくつかの課題がある。その第一は、これまでこの地域の経済成長をもたらした各国間の経済交流をさらに促進するための貿易、投資に対する障害の除去であり、GATTの下での多角的自由貿易体制の維持、強化に努めることである。また、今後、この地域が引き続き発展を維持していくためには、(イ)日本が製品輸入の拡大努力を続けることによって、西太平洋諸国との水平分業を推進し、さらに直接投資を拡大し、技術移転にもなお一層の努力を続けること、(ロ)この地域でも、GATTに加えて、一定の地域内での協力を推進するための枠組みが検討されつつあるが、そのような構想と自由・開放体制との整合性をとっていくこと等が求められる。

 次に、アジア・太平洋地域内諸国間の経済格差の問題がある。この地域の急速な発展は、各国の貿易、産業構造にも大きな変化をもたらし、相互依存関係の密度を濃いものとしている。今後、構造調整を含めて、格差を是正し、地域全体としてバランスのとれた発展を続けていくためには、各国が政策協調を図りつつ、問題を解決していくことが必要となる。

 また、経済成長が進む過程において、国民生活及び地域全体の福祉の向上のための環境への配慮、消費者利益の増進、労働・勤務条件の改善、さらには発展に伴う社会心理面への影響等の問題が浮上してくるであろう。これらの問題に各国がとり組むにあたっては、地域的あるいは国際的な協力が、情報・知識の交換、制度の調和といった面で大きな効果をあげることが期待される。多様性に富むアジア・太平洋地域においては、このような形でいわば経済面でのソフトウェアを充実させる方向の努力が適している。

 最後に地域主義の問題がある。GATTウルグアイ・ラウンド交渉の停滞による多角的自由貿易体制の将来に対する懸念が地域主義の高まりをもたらし、西太平洋地域においても、EC、NAFTA(北米自由貿易協定)に対応して、地域主義の動きが現れている。その背景には、(イ)GATTの機能の相対的な低下が懸念されている現在、他地域において地域主義への明確な傾斜が見られること、(ロ)地域主義が非難されるのは、それが保護主義的であったり、あるいは人為的に対外差別を行ったりするからであり、単にある地域の国々がその伝統的に密接な関係ゆえに政策協議のための場を作ることまで排除されるべきではないこと等の理由ないし考え方がある。

 しかし、アジア・太平洋地域の今日の発展は自由市場経済メカニズムを働かせることによって実現されたものであり、また、欧米市場、特に米国市場への西太平洋諸国の依存度は依然として高く、西太平洋諸国のみでは自己完結的な分業体制を持ち得ないことも明白である。したがって、この地域には、外に向かって壁を作るような地域主義の試みがそぐわないことは明らかであり、さらに、西太平洋地域に自由で開放的な体制を維持していく方が、ECやNAFTAを保護主義的なものへ向かわせないという効果を期待できよう。このような考え方により、われわれは、対抗的な制度・枠組みを持った地域主義には賛意を表することはできず、また、その意味において、NAFTAがアジア地域に選択的な拡大を図ろうとすることは認められない。

 地域主義という言葉は、地域統合のような確固たる制度的なものから地域的な政策協調のようなゆるやかなものに至るまで、色々な意味合いを持っている。いずれにせよ、肝腎なことは、日本を含むアジア・太平洋地域の経済発展には、多角的な開かれた自由貿易体制が不可欠であるという厳然たる事実であり、その意味で、この地域における地域主義的なものを考える場合には、(イ)排他的でなく、無差別で自由なものであること、(ロ)GATTに整合していること、(ハ)第三国の利益を害さないこと、といった基本原則が貫徹されていなければならない。

 APEC(アジア太平洋経済協力)は、ASEAN6ヶ国、米、加、豪、ニュージーランド、韓国、日本それに中国、香港、台湾が加わり、先に事務局の創設も実現し、この地域における政府べースの最大の経済協力フォーラムとしての形を整えつつある。また、APECは、これらの国々を自由・開放経済の体制に組み入れておくための地域協力組織としての意味を有するとともに、政策協調、構造調整、経済協力、技術移転のあり方等に関する意見や情報を提供し、経済情報ネットワークの構築に向けて、好個の場を提供するものである。

 なお、世界経済の運営を考える場合、アジア・太平洋地域の占める地位及びその果たす役割は急速に増大しており、サミット(主要先進国首脳会議)において、そのようなアジア・太平洋地域の関心と視点を反映させる努力が一層強く求められる。また、それによって、アジア・太平洋地域が、世界経済の運営について、より積極的に参加・貢献するようになることも期待される。

(3)過去に対する認識と未来指向策

 アジア・大平洋地域と日本の未来を考える上で、日本がかつて一時期この地域の多くの国々との間に持った不幸な過去に起因する色々な問題を避けて通ることはできない。

 近年、日本の戦後処理問題と一括して呼ばれるものの中には、様々な視点が包含されているが、それらは、日本がアジア・太平洋地域の多くの国々で行った数々の加害行為を国としてあるいは国民一人一人としてどう認識するか、そのような過去を如何に償うか、そして次世代の教育を如何にするかということに整理できよう。

 過去に対する認識、反省の問題については、既に日本国憲法において述べられており、この過去に対する反省やそれを踏まえての今日の日本のあり方について、その後も総理大臣のアジア諸国歴訪の際のスピーチ等で、繰り返し述べてきたところである。しかし、アジア・太平洋地域の多くの人々の心の奥底に残した傷は、日本が何かをすればそれで全て決着がつくという性質の問題ではなく、われわれとしては、引き続き誠実に謙虚な態度をもって辛抱強くこのような問題に相対し、被害国の人々に接し続けるという態度が必要である。

 償いの問題については、日本は、戦後、当時の国際ルールに則って、できる限り誠実に対応してきた。すなわち、戦前ないし戦争の過程において、アジア・太平洋諸国に及ぼした損害等については、賠償その他の形で、当時の困難な経済状態のなかにあって、誠意をもって償いを行った。個人の被害について、今後、人道的な理由で追加的な手当てをすることがある場合には、これまでの日本の処理との法的な整合性を前提としつつ、アジア・太平洋地域の人々の心の痛みに理解をもって対応しなければならない。

 さらに、教育、特に21世紀におけるアジア・太平洋地域諸国との関係を担う次世代の教育が問題となる。上述のように、われわれが謙虚な気持ちでかつての被害国の人々に接し続けることが必要であるが、同時に、教育、特に日本の近代化以降の歴史に関する教育がきわめて重要である。近年、日本の教科書は、日本のアジア・太平洋地域諸国との過去の関係についての反省に立った記述の充実が図られてきている。したがって、今後はむしろ実際の教育の現場に焦点が移ることになる。日本の中・高等学校教育は、ともすれば受験対策中心に偏りがちで、細かい事実の羅列を記憶することに精力を注ぐ傾向があるが、むしろ歴史的事実の持つ意味こそ、青少年のみならず国民一人一人が考えるようにしていくことが大切である。また、戦前・戦中の事実とあわせ、戦後この方、日本が過去の反省の上に立って平和憲法を守り、アジア・太平洋地域の一員たるべく行動してきたことについての理解を深めることも必要である。

 このように見てくると、いわゆる戦後処理の問題とは、戦後生まれ変わった日本をどのようにして表現・確認するかという優れて国内的な問題ということになる。国民一人一人が戦前・戦中における事実を明確に認識し、また日本として戦後どのようなことをしてきたかを正確に認識することがまず必要である。その上で、政府は、これからどのようにすべきかということについての国民の責任ある判断を求め、総意を築いていくことを考えねばならない。

 なお、この問題は、過去に学ぶことが将来の教訓として生きるという意味で、未来指向型の意味合いを有しており、相手国とともにその方向に向けての努力を払うという姿勢が重要であることもあわせて指摘しておきたい。

6.当面の施策

(1)安全保障政策対話の強化

 今後日本が対外関係を進めるにあたって、紛争の予防・予知のために、政策対話や情報収集・分析を活発化することが重要なことは既に述べたが、このことは、日本の国際社会における立脚点たるアジア・太平洋地域との関係においても重要である。日本は、今後アジア・太平洋地域諸国との間において、単に政府レベルに留まらず、各界、各層のレベルにおいて、色々な問題について活発な対話を心がけるべきである。

 この地域における脅威認識の多様性、戦略的環境の複雑性等を考えると、現在最も必要とされるのは、この地域の安全保障に関する対話を深めていくことである。そのやり方としては、当面は、テーマとされるところに応じて、必要な国々の間で協議を重ね、また、既存の二国間及び多国間の場、例えば、ASEAN拡大外相会議等の機会を利用して、安全保障上の諸問題についての認識及び政策を説明し合い、透明性、安心感、信頼感を高めていくことが、現在のような国際社会の変革期においては、特に重要である。そして、これからの課題としては、関係各国のコンセンサスを得つつ、このような対話への中国やロシアの参加を得ることを積極的に考慮するべきであろう。なお、日常的な、かつ、最も基本的な対話関係としての外交チャネルを十分に活用することが全ての基本であることは当然であるが、上記の観点に立って、日本は、官民ともに、この地域の安全保障の討議と研究に積極的に参加し、またそのような場を作っていくべきである。

 アジア・太平洋地域の観点から政策対話においてとりあげるべき重要な項目の一つは、軍縮・軍備管理の問題である。これは、非核政策、武器輸出三原則等、平和国家としての政策を忠実に実行している日本として自信を持って進め得る政策分野であるから、積極的に日本の立場を宣明し、推進すべきである。今年設置された国連軍備登録制度の円滑な運用等を通じて、この地域の信頼醸成を促進するとともに、軍縮・軍備管理に関する国際条約への参加、遵守を各国に呼びかける等、日本は、この地域における軍縮・軍備管理進展の環境づくりを進めていく努力を借しむべきではない。

 最後に、しかしきわめて重要なことは、この地域の安全保障について、長期的なビジョンを明確にしていくことである。われわれは、冷戦後のアジア・太平洋地域の安全保障のあるべき姿を明確に描き、この地域の平和と安定のための新たな秩序づくりを模索していかなければならない。当面は、局地的紛争解決のための協力と全域的な安全保障対話を並行して追求していくことが必要である。そして、このような努力の延長線上に、より体系的な安全保障協力のための全域的な仕組みをどう考えていくべきなのか、そのための条件としては、米軍のプレゼンスを中心とする米国の関与が不可欠であるということに加えて、どのようなものがあるかといったことについて検討を進め、一定の構想を持つことが重要であろう。

(2)経済協力の充実

 日本のアジア・太平洋地域に対する経済協力は、自信を持って語り得る成果をあげできた。日本がこの地域に提供した政府間協力は、相手国側の自助努力支援と要請主義の考え方に立脚しつつ、低利の円借款を、主として産業基盤整備のために大量に注ぎ込むという形で実施された結果、ほぼ期待通りの成果をあげ、この地域の経済発展に大きな貢献をしている。こうして整備された産業基盤が、現地の企業のみならず、諸外国からの大量の民間投資の効率を高め、総体として、この地域の産業の力を育成強化したことは明らかである。のような日本型の経済協力の効率性は、DAC(開発援助委員会)等における援助に関する考え方にも影響を与え、従来の「無償は善、借款は悪」という単純な発想から脱皮して、自助努力を涵養する借款という視点をとり入れる契機ともなっている。

 今後のこの地域に対する日本の協力においては、資金・技術協力両面において、従来にも増して開発途上国側の自助の精神を引き出すような工夫を凝らすとともに、政府開発援助大綱に盛り込まれた考え方に留意しつつ進めるべきである。さらに、地球環境問題、人口問題の重要性に配慮しながら、経済発展のみならず、政治安定・社会安定にとっても効率性の高い協力を引き続き目指すことが求められている。特に、市場経済への移行を目指し、真剣な改革・開放政策を押し進めているインドシナ諸国に対しては、上記の諸点に配慮しつつ、インドシナ全域の発展を視野に入れたインフラ整備等の支援を積極的に行うべきである。

 アジア・太平洋地域には、一部に「卒業」に近づきつつあるアジアNIES等の開発途上国もある。アジア・太平洋地域に対する日本の経済協力をより多角的に展開し、自助努力の精神を一層促していくためにも、アジアNIESによる後発途上国協力を日本が支援するという「連携型援助」ともいうべき新しい形態の協力の拡充を検討すべきである。さらに、国際機関の貢献も必要であり、日本は、このような機関がこの地域の発展に、より一層寄与できるように積極的な役割を果たすべきである。

 海外直接投資等の民間の参加については、これが開発途上国の経済発展に大きく貢献することがまず認識されなければならない。民間投資は、受入国側が投資環境を整備することによって促進されるものであり、それが最善の投資誘致策であることについて、開発途上国側の認識が深まることを期待したい。また、民間企業においても、現地社会に融和する努力をより一層払うことが求められている。

 今後の援助に関わる重点分野としては、環境面での協力や人材養成といったことを、より積極的に与えるべきである。この人材養成に関する協力との関係で特に述べておきたいのは、これまで社会主義計画経済体制の下にあったいくつかの国から、経済面での構造改善に関する協力の要請が寄せられていることである。このような要請には、日本としても、旧社会主義国の市場経済への円滑な移行を支援するという広い視点から、積極的に応えるべきであり、協力のための特別な人材の養成・確保に向けて一層の努力が求められる。

(3)アジア・太平洋地域の積極的な関心と相互理解の推進

 これからの日本とアジア・太平洋地域との関係を推進するための基礎的要件のひとつが、彼我の間における相互理解の増進である。自己と異なった存在に相対した時に、その異質性に積極的に関心を寄せつつ、これと共存するようになってこそ、初めてこの地域において成熟した国際関係を持つことができるようになる。それは、日本人とこの地域の人々とが、互いに相手の人格を認め合い、敬意を持ってつきあうようになることを意味する。アジア・太平洋の舞台での、国民一人一人のレベルにおけるこのような異質なるものについての積極的な関心と受容、そして相互の敬意というプロセスは、日本にとって、これからの課題として残されている。相互理解の始まりは、異質なるものとの接触であり、これらの地域の文化や知性との積極的な交流が要求される。そして、学術、芸能、スポーツ等をはじめ、若者文化や日常文化も含むあらゆる分野の交流が活発化されることによって、相互理解の基盤は広がっていくであろう。また、日本とこれら地域の国々との間の二国間交流だけでなく、日本が地域内の第三国間の交流に貢献することも考えられるべきである。

 このような社会・文化的な事柄については、政府の積極的な奨励策が必要である。したがって、この種の交流のための環境整備や財政基盤の確立といった点に政府の関与が求められよう。アジア・太平洋地域に関する種々の学術研究や内外における日本語教育の推進等も、積極的・具体的に進めるべきである。

 留学生は、相互理解策の一環でもあるが、同時により多面的な意義を有している。日本は、経済先進国としてアジア・太平洋地域の人々の関心を呼ぶ存在となり、その優れた科学・技術をはじめ、日本の先進的な諸側面に魅力を感じて日本に留学を希望するアジア・太平洋地域の若者も多い。しかし、日本への留学生は、近年増加こそしているものの、他の先進国と比べて数的に少ない。そこには、日本特有の様々な要素があるのは事実であるが、一層の工夫をすることによって、日本留学をより有効で意義あるものとすることができる。渡日前日本語教育の強化、学位取得の円滑化、学校施設・宿泊施設の留学生収容能力の向上、奨学金制度の整備を含む留学生に対する待遇の改善、その他各種の条件整備及び滞日中の日本人との交流はその例であり、このような点を、地方自治体や民間企業等の協力も得て、積極的に進める必要がある。この面での政府の思い切った施策を強く期待したい。また、留学中に知り合った者同士が国境を越えて親密な関係を築き、帰国後もそのような関係を維持して国際的なネットワークを構成する例も多いことを考えれば、大学等にも、留学生受入れ体制の整備の努力を期待したい。他方、日本としては、アジア・太平洋地域からの留学生の受け入れだけでなく、この地域への留学生の送り出しについても、積極的に奨励し、奨学金制度の整備等を図るよう努力する必要がある。

 また、アジア・太平洋地域の有する世界的な文化遺産・遺跡は、この地域の多様な文化の淵源をたどる上での貴重な道標であり、人類共通の財産とされているものが多いが、十分な保存・修復が行われないまま消滅・逸失の危機に瀕しているものも少なくない。これらの保存・修復に協力することは、この地域の一員としての後世への責務であり、そのための努力を一段と強化すべきものである。

7.信頼される国家を目指して

 第二次大戦後の国際秩序の中で、アジア・太平洋地域にはめざましい繁栄と安定的な平和とを実現した国々が登場し、世界の注目を浴びるまでになった。アジア・太平洋地域が21世紀に向けて地域全体の平和と繁栄をより確実なものとすることは、日本はもとより、アジア・太平洋地域の人々、ひいては国際社会にとって、きわめて重要な課題となっている。今日、国際社会は政治・経済の大きな変動期を迎え、新しい秩序の模索を続けている。アジア・太平洋地域も例外ではなく、新しい考え方が必要とされている。この地域の歴史・文化・政治・経済の多様性と解決すべき問題の複雑性とを踏まえると、アジア・太平洋地域においては今後、「開放性の推進と多様性の尊重」を基礎として、平和と繁栄が追求されねばならない。

 今、アジア・太平洋地域は新しい時代を迎えつつある。戦後、国際秩序の利益を十二分に享受して今日の経済力と技術力を有するに至った日本と、そのような成果を生み出してきた日本人に対して、国際的役割を果たすことへの大きな期待が寄せられている。しかしその一方で、影響力の増大への不安が存在していることも事実である。そうした期待に応え、不安を払拭するには、日本内外で示される日本国民の行動の積み重ねしかあり得ない。われわれ日本国民の意識と行動の総体の中から、国際社会で責任を持って貢献する国家としての日本が形づくられるのである。品格ある国家として日本が遇されることは、自ずと生じる結果であって、求めて得られるものではない。

 これからの日本人は、何よりもまず日本社会において、開放性の推進と多様性の尊重を率先して示し、政治の面では自浄作用を備えた制度と透明性を備えた運営体制を確立しなければならない。過去の反省の上に立ち、国際協調を標榜してきた日本人の戦後の生き方は高く評価されている一方、海外の批判に謙虚に応えると同時に、自らを自発的に改めていく余地も多々残されている。21世紀のアジア・太平洋地域と日本を語るとき、まず日本についてわれわれ自身が何をなすべきかを考えねばならない。日本が単に優れた経済・技術を持つだけでなく、開かれた多元的な社会を持ち、成熟した民主政治を行うならば、アジア・太平洋地域の人々は素直な心で日本の声に耳を傾けるであろう。そうして初めて、この地域の国々から日本に対する信頼と尊敬を得ることが可能となるのである。

 日本の平和と繁栄は、アジア・太平洋地域の平和と繁栄から切り離すことはできない。そうした相互依存性の深化という現実の上に立って、今われわれが認識すべきことは、21世紀のアジア・太平洋地域全体への貢献こそが日本の国民的利益であるということである。一国の繁栄のみに汲々とすることなく、またひとりよがりの理念を振り回すこともなく、アジア・太平洋地域の人々から真のパートナーとして認められ、ともに考え、ともに生きることこそが日本人の将来の姿であってほしい。

 アジア・太平洋地域が今後国際社会の中で一層の重みを持ち、開かれた多元的な地域としてグローバルなコミュニティの中核となる可能性が高まりつつある今日、日本国民には大きな責務が課せられている。われわれは、このような緊張感をもって、われわれの明日を切り拓いていきたい。

(付録1)

懇談会会合スケジュール

○本会合{前4文字下線}

第1回(5月21日(木)午後6時〜)

 顔合わせ、座長互選、総理ご挨拶、自由討議

第2回(6月22日(月)午後5時〜)

 リー・クァン・ユー 元シンガポール首相講演

 「アジア・太平洋地域の政治・経済の将来」

第3回(9月30日(水)午後6時〜)

 経済分科会からの議論報告(報告者:渡辺利夫 教授)

第4回(10月19日(月)午後6時〜)

 政治分科会からの議論報告(報告者:岡部達味 教授)

第5回(10月24日(土)午前10時〜)(ホテル・ニューオータニ)

 キッシンジャー 元米国国務長官講演

 「アジア・太平洋地域における米国の役割」

第6回(11月11日(水)午後6時〜)

 歴史・文化分科会からの議論報告(報告者:中根千枝 教授)

第7回(11月26日(木)午後6時〜)

 自由討議

第8回(12月10日(木)午後6時〜)

 梅棹忠夫 国立民族学博物館長講演

 「アジア・太平洋地域について」

第9回(12月18日(金)午後6時〜)

 とりまとめ

最終回(12月25日(金)午前10時〜)(総理府)

 提言採択

※第5回と最終回以外は内閣総理大臣官邸にて開催。

○分科会{前4文字下線}

・政治分科会

 第1回(7月20日(月)午前10時〜)

 第2回(9月16日(水)午後4時〜)

・経済分科会

 第1回(8月18日(火)午後6時〜)

・歴史・文化分科会

 第1回(8月11日(火)午後2時〜)

 第2回(10月20日(火)午後5時〜)

※全て、総理府にて開催。

(付録2)

懇談会メンバー

座長          石川忠雄       慶応義塾長

座長代理        須之部量三      杏林大学教授

            饗庭孝典       日本放送協会解説委員

            青井舒一       (株)東芝代表取締役会長

            五十嵐武士      東京大学教授

政治分科会座長     岡部達味       東京都立大学教授

            北岡伸一       立教大学教授

            行天豊雄       (株)東京銀行取締役会長

            黒田真        三菱商事(株)常務取締役

            小林実        日本興業銀行顧問

            小林陽太郎      富士ゼロックス(株)代表取締役会長

            鮫島敬治       日本経済新聞社専務取締役

歴史・文化分科会座長  中根千枝       東京大学名誉教授

            西原正        防衛大学校教授

            深田宏        伊藤忠商事(株)顧問

            山影進        東京大学教授

            山崎正和       大阪大学教授

経済分科会座長     渡辺利夫       東京工業大学教授

{饗庭孝典氏の第一字は旧字体であるがJISコードにある字体を使った}

(付録3)

第1回「21世紀のアジア・太平洋と日本を考える懇談会」における宮澤内閣総理大臣ご挨拶

平成4年5月21日(木)

1.本日は、「21世紀のアジア・太平洋と日本を考える懇談会」の発足のため、ご多用の中をお集まり頂き、誠にありがとうございます。開会にあたり一言ご挨拶申し上げます。

2.国際社会では旧ソ連邦の崩壊を軸として、いま、第二次世界大戦後の構図を大きく塗り替えるような歴史的な変化が起こっております。大きな流れとしましては、平和を求める人類の願いがかなう方向に進みつつあると思いますが、湾岸戦争の勃発に見られますように過渡期に特有の不安定性と脆弱性も併せ存在しております。私は、このことを国会の施政方針演説等で、「新しい世界平和の秩序を構築する時代の始まり」と表現いたしました。

3.このような中で、わが国が位置するアジア・太平洋は今後国際社会の中でどのような地位を占め、如何なる道をたどることになるのか、そしてその中でわが国はどのようにしてその役割を積極的に果たしていくべきなのか、わが国として改めて真剣に考える節目の時にあるといえましょう。私は、昨年夏タイ、インドネシアを訪問し、本年1月には総理就任後初めての外国訪問先として韓国を選び、同国を公式訪問いたしましたが、これはまさにこのような問題意識に根ざすものであり、我が国がどのような役割を果すにせよ先ずはアジア・太平洋諸国との協力、信頼関係が極めて大切であると考えたからであります。

4.アジア・太平洋地域は、人種、宗教、文化、伝統、価値観、経済の発展段階等の面で極めて多様な地域です。また、経済、文化等の面で、外に向かって開かれた、開放性の高い地域であります。アジア・太平洋は、この豊かな多様性と開放性を活力にして、各国がお互いに刺激し、補完しあって、NIEs及びASEAN諸国を中心に近年目覚ましい成長を遂げております。そして、これが民生の安定をもたらし、国際関係の安定につながっています。また、この地域における米国の役割の重要性については説明を要しません。米国の太平洋貿易もその大西洋貿易を大きく上回っております。21世紀の世界を引っ張って行くのはこの地域だという人もいますが、アジア・太平洋は、今後とも世界で最も魅力ある地域として発展し、新しい国際秩序のあるべき姿について一つの道を示すことが期待されている地域と申せましょう。

5.このような特質を有するアジア・太平洋地域の諸国は、国際秩序が大きく変動する中、環境の変化を現実的、鋭敏に捉えながら、独自に自らの道を切り開いてきているように思われます。インドシナでは、ガンボデイア和平が達成され、国家再建のプロセスが始まっております。朝鮮半島では、南北国連同時加盟、南北対話における一定の進展など、緊張緩和に向け肯定的な動きがありました。また、中国の改革・開放政策の一層の進展、ヴィエトナムの「ドイモイ」(刷新)政策、モンゴルの民主化、開放政策など、それぞれの国情を踏まえつつ、前向きの動きがみられます。南西アジア諸国でも大きな政策転換が見られ、インドでは経済自由化が本格化し、ネパール、バングラデシュでは民主化が達成されています。本年で創立25周年を迎えたASEANは、域内協力の動きをますます強めるとともに、インドシナへと協力の視野を広げようとしています。APECは、昨年中国、台湾、香港の参加を実現、世界のGNPの約半分を占める一大地域協力体に成長し、協力の一層の進展が期待されております。

6.同時に、この地域には、まだまだ解決すべき諸問題があり、また、取り組むべき将来的課題が少なくないことも事実でございます。東西対立は解消しましたが、北方領土問題や朝鮮半島問題など未解決の問題が依然として残っております。世界情勢の激変の中で、この地域の政治的安定・安全保障をどのようにして確保していくかは最も重要な課題の一つでありましょう。また、この地域には開発途上国が多いことに鑑み、先進諸国からの開発援助は引き続き重要な問題であります。更には、経済の開放化政策を推進している国々に対する支援の問題、華南経済圏に見られるような局地経済圏をどう考えていくかということも重要であります。現在のタイの姿は、民主化が進んでいく課程{前2文字ママ}の中での一つの苦悩をあらわしているかとも思われます。また、環境保全を如何に推進していくかという課題もございます。そして、21世紀に向けて、アジア・太平洋が国際社会の中でいかなる役割を果たしていくかという大きな課題がございます。

7.このような問題や課題は、この地域に位置する我が国自身の問題であり、課題でもあります。アジア・太平洋諸国からの我が国への期待感は強いものがあります。これまで我が国は世界平和の受益者の立場にありました。しかしながら、大きな経済力を有するに至った我が国が、そのような地位にとどまることはもはや許されないのであり、アジア・太平洋の一国たる我が国としては、就中、この地域の平和と繁栄の維持のため、一層積極的な役割を果たしていかなければなりません。他方、このような役割を果たしていくにあたっては、我々として、この地域の諸国の歴史、文化などについての理解を深め、また、「過去の歴史」の問題についてもこの地域の人々の気持ちに対する理解を探める努力が必要であることはいうまでもありません。21世紀に向け、我が国が「品格ある国家」として発展していくためにはどのようにすべきか。これは我が国の将来にとり極めて重要な問題と考えます。

8.この度私が本懇談会の発足をお願いしたのは、このような認識によるものでありますが、各界からお集り頂いた皆様には自由、闊達なご議論をお願い致したいと存じます。御討議におきましては、国際社会における役割を果たす上での対外的な努力と共に、そのためにやらねばならない国内的な努力につきましても触れて頂くことも必要でありましょう。時には、この地域の他の国からの参加者も交えながら、出来るだけ広い視野から意見交換していただくことを考えております。そして、ご議論の結果、いずれまとまった形で何らかのご提言でも頂ければ幸いに存じます。

9.最後に、御多忙の中、本懇談会のメンバーをお引受け頂いたことに改めてお礼を申し上げて、簡単ではございますが、私のご挨拶とさせていただきます。