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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] APEC首脳夕食会における村山内閣総理大臣の挨拶

[場所] 大阪
[年月日] 1995年11月18日
[出典] 村山演説集,212ー215頁.
[備考] 
[全文]

首脳の皆様,閣僚の皆様,並びにご列席の各位,

 APEC首脳会議開催の前夜にあたり,日本国政府と国民を代表して,心より歓迎を申し上げます。本日は,皆様を歓迎する夕食の席ではございますが,主催者として,APECに関する私の考え方を述べさせていただきたいと思います。

 本題に入る前に,まず,本年一月,ここ阪神・淡路地域で激烈な地震が発生した際,海外の多くの方々からも暖かいご支援をいただきましたことに対し,心より感謝申し上げます。APEC大阪会合の開催は,震災からの復興に懸命に取り組んでいる人々にとっても,大きな励ましになると確信しております。

 ここ大阪は,数百年前から,自由の気風に溢れた商業の街として発展しており,経済のダイナミズムを基礎にするAPECの会合の開催にふさわしい土地柄であります。大阪は,また,豊かな伝統を受け継ぎ,活力に満ちた関西文化圏の中心にありますので,遠路ご来訪の皆様には,この機会に,日本の多様な面に触れていただければ幸いに存じます。

 アジア太平洋地域は,近年,目を見張る変貌ぶりを見せており,冷戦後の不透明な国際情勢の中で,未来に向けた明るい話題を提供しております。この発展は,「豊かな北と貧しい南」という古くからの南北関係の構図から抜け出すものとして,世界史的な意義をもっていると思います。このような発展を持続するため,多様なメンバーが協力するAPECは,新しい国際協力のモデルになると確信いたします。

 さて,私が,スハルト大統領から,APEC首脳会議の議長役を引き継いで以来,頭を離れなかったのは,歴史的なボゴール宣言を実施に移すための道筋を示すという重責を,如何に誠実に果たすかということでございました。我々が最終的に議論している「行動指針」は,その回答として,APECが新たな具体的な行動に大きく踏み出す契機となると共に,アジア太平洋の歴史に新たな頁を開くものとなると思います。

 各メンバーの多様な関心を踏まえ,十分内容のある「行動指針」をとりまとめるという作業は,議長国として,容易なものではありませんでした。しかしそれは,同時に,我々に未来へ向けての確信と喜びをもたらしてくれたものと思います。なぜなら,ウルグァイ・ラウンドよりも広い分野をカヴァーする「行動指針」を作成しようとする我々の努力の背景には,この地域の人々の創造性,勤勉性及び活力があり,また市場経済への移行,国内産業の活性化等を自主的に進めるという各メンバーの決意があるからであります。我が国も,新たな時代にふさわしい経済構造を構築すべく,あらゆる経済制度の見直しに取り組んでいるところであります。

 以上のような動きを背景として,「行動指針」は,自主的行動と共同の行動を組み合わせたユニークな「アジア太平洋方式」を採用しようとしております。この方式は,この多様な地域において,自由化を着実に前進させていくための現実的な方法であると考えます。一層の自由化の推進は,APEC地域における,経済の効率化と生活水準の向上をもたらすものであり,我々は,我々がボゴールで設定した目標に向かって,揺るぎない決意で進んでいくべきであります。

 また,自由化・円滑化を直接支援する経済・技術協力の果たす役割も重要であります。我が国が提案した「前進のためのパートナー」も,当面は,このような経済・技術協力に重点を置いて,積極的に推進されることを期待しております。

 我が国は,「前進のためのパートナー」の円滑な推進を図りながら,貿易・投資の自由化・円滑化に関連する協力事業を拡大するため,APEC中央基金に,必要に応じ,適切な案件の形成を受ける形で,今後数年間で合計百億円を上限に拠出を行うことといたしました。他のAPECメンバーにおいても,同様の観点から,積極的協力がなされることを期待いたします。

 自由化・円滑化を推進する意義について申し上げましたが,我々の努力は,それだけに尽きるものではありません。APECは,経済成長のボトルネックの解消を目指しつつ,持続可能な成長と衡平な発展を達成するという重要な役割も担っております。このための経済・技術協力が,自由化・円滑化努力と一体となって,初めて,APECの意義が十全に発揮されると信じます。

 さらに,この地域の人口増加と急速な経済成長が,環境や食料,エネルギーの供給に与える負担も,アジア太平洋を含む世界の将来にとって重要な問題であります。我々は,繁栄を持続的なものとするためにも,これらの課題にいかに適切に対処していくかについて,話し合っていくべきであると考えます。

 また,冒頭で,大震災の際の御支援に御礼を申し上げましたが,域内における防災面での協力も今後APECが取り組まなければならない適切な課題であると思います。

 最後に,アジア太平洋を内向きな貿易ブロックにしないということも我々の世界に対する責任であると思います。多角的自由貿易体制の恩恵を最も強く受け,その強い信奉者である我々は,WTOとの連携の下で,「開かれた地域協力」の理念を高く掲げていかなければなりません。

 我々の前途には,多くの可能性とともに多くの挑戦が待ちかまえております。道は決して平坦ではないでしょう。しかし,こうして皆様のお顔を拝見していると,様々な挑戦に立ち向い,APECの未来を切り開いていく勇気が湧いてまいります。

 それでは,アジア太平洋のより良い未来と皆様方の御健康と益々の御発展を祈念し,明日の首脳会議の成功を期待して,共に杯を挙げたいと思います。

 乾杯。