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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 保健所長の業務上の秘密保持と性病予防法第二十九条との関係について

[場所] 
[年月日] 1952年5月23日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(昭和二七年五月二三日)

(衛発第四七一号の二各都道府県知事・各政令市長あて厚生省公衆衛生局長通知)

 標記の件に関する愛媛県の疑義(別紙(1))につき当省事務次官より法務府法制意見長官宛照会したところ、今般別紙(2)の通り回答があつたので御諒知されたい。

 なお性病患者の秘密保持は人権の尊重はもとより患者の適切な診療円滑な予防対策等の行政目的からも強く要請されるものであるから保健所長より衛生管理者宛患者発見の通知に際しては、この点につき十分留意し検診、診療等を忌避するような風潮を生ぜしめないように各段の御配慮を致されたい。

労働省労働基準局長に対しては別紙(3)(略)の通り通知したから申し添える。


(別紙(1))

医師の業務上の秘密保持に関する刑法第百三十四条第一項及び性病予防法第二十九条第一項の解釈について

(昭和二五年七月二八日 予第六二号)

(厚生省公衆衛生局防疫課長あて 愛媛県衛生部長照会)

工場従業員を対象として集団的に梅毒血清反応検査を行つた保健所長が当該工場の従業員の中に罹つている者がいることを知つた場合、その従業員の保健指導を行う医師でない衛生管理者にそれを知らせることは刑法第百三十四条の規定による「故ナク其ノ業務上取扱ヒタルコトニ付キ知得シタル人ノ秘密ヲ漏泄シタル」者又は性病予防法第二十九条第一項の規定による「正当ノ理由ナク漏シタルトキ」に該当しないと思われるが念の為貴官の御意を承りたい。

(別紙(2))

保健所長の業務上の秘密保持と性病予防法第二十九条との関係について

(昭和二七年四月三○日 法務府法意一発第五○号)

(厚生事務次官あて 法制意見長官回答)

 貴発厚生省媛衛第一七九号をもつて照会にかかる標記の件に関し左のとおり意見を回答する。

1 問題

 一定の事業に従事する労働者に対して、その自由意志に基き、梅毒血清反応の集団検査を行つた保健所長が、梅毒にかかつている労働者を発見した場合に、その事実を本人の承諾を得ずに当該事業における衛生に関する事項を管理する衛生管理者に知らせることは、性病予防法第二十九条の規定にいわゆる「正当の理由」がないものと認められるか。

2 意見

 お尋ねの場合、性病予防法第二十九条の規定にいわゆる「正当の理由」を欠くものとは解されない。

3 理由

 性病にかかつているという事実が性病予防法第二十九条にいう「秘密」に含まれることはいうまでもないが、労働基準法(以下「法」という。)及び労働安全衛生規則(以下「規則」という)によれば、使用者は、伝染予防の処置をしない限り、梅毒にかかつている者の就業を禁止しなければならない義務を負つており、(法第五十一条、第百十九条第一号及び規則第四十七条第二号。)しかして、衛生管理者が使用者のこのような義務の履行に協力しなければならないことは、その職務の性質上(法第五十三条、規則第十六条、第十九条等。)当然であるから、医師たる保健所長が特定の労働者が梅毒にかかつているという事実を衛生管理者に知らせることは、衛生管理者に法令上課せられたこのような当然の職務の遂行を助けるものであつて、労働者の衛生を保全し、性病の予防の万全を期するためには、むしろ望ましい場合さえあるといわなければならない。しかも、衛生管理者がその事実をみだりに他に漏らすことは、規則第五十条によつて厳に禁止されているのであるから、保健所長の通告が本人の承諾を得ないでなされたとしても、これをもつて性病予防法第二十九条にいう「正当の理由」を欠くものとは解されない。