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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 赤痢対策の推進について

[場所] 
[年月日] 1959年7月18日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(昭和三四年七月一八日)

(衛発第六七二号)

(各都道府県知事・各指定都市市長・各政令市市長あて厚生省公衆衛生局長通達)

 赤痢に対する予防対策は、各疾病に対する予防対策のうちで従来最も重点をおいて実施されてきたのであるが、今なお赤痢は全国に広くまん延し、その患者数は法定伝染病患者数の約八割をしめ、社会生活に甚大に被害を与えている。このような現状に鑑みて、今般別紙のとおり赤痢防疫対策実施要綱を定めたので、左記事項に留意の上、今後はこれにより、本対策の適確な実施を期されたい。

 なお、従来の各年度における赤痢対策についての本職通達は廃止する。

   記

一 赤痢対策は、従来各年度ごとにその実施について通達してきたのであるが、これらにより実施されてきた従来の諸経験を総括して実施要綱を定め、今後は特に指示のない限り本実施要綱により各年度の対策を実施するものとしたこと。

二 赤痢まん延地区等に対して、本実施要綱のほかに特別の対策を実施するときは、あらかじめ文書をもつて本職に協議を行うこと。

別紙

赤痢防疫対策実施要綱

一 趣旨

 最近における赤痢のまん延状態は、全国的に拡大しつつある様相を呈しているが、これに対して赤痢が糞便による経口伝染病である点に特に注目し、伝染源及び伝染経路対策として従来とられてきた諸措置を強化するとともに、個人衛生の徹底及び衛生的な生活環境の整備を強力に推進して、その防疫対策の徹底を期するものとする。

二 基本方針

 1 都道府県は食品衛生、環境衛生、水道管理等他の公衆衛生諸施策との緊密な連携の下にその予防対策が実施されるようそれぞれの組織について格段の配慮を行うこと。

このため専任防疫職員の確保に努め、これに対し、水道、食品、環境衛生等関連業務の担当職員とともに防疫業務に関する教育訓練を行うこと。必要な場合には、関連業務の担当職員に、伝染病予防業務担当職員として併任する等の措置をとり、綜合的な対策の実施されるよう配慮すること。

  またあわせて、収容施設、細菌検査施設、防疫資材の整備に努めること。

  なお、保健所及び市町村に対しても、同様な方針をとるよう指導すること。

 2 都道府県においては、赤痢に関する管内の自然的、社会的な条件を常に適確に把握して、それぞれの地域の特殊性に即した適切な措置をとるとともに、保健所及び市町村に対しても、そのように指導すること。

 3 医師会、薬剤師協会その他学校、地区組織、報道機関等各種の団体及び機関の協力を得て、効率的に対策を実施すること。

三 防疫組織

 1 赤痢流行期中は都道府県(指定都市)衛生主管部局に臨時に関係各課担当者をもつて赤痢防疫対策の連絡協議会組織を編成し、連けいの緊密化をはかること。

 2 保健所においても必要に応じ、所内に臨時組織を編成すること。

 3 都道府県は、赤痢流行期前及び必要に応じ随時に学校、業態者等関係者の参集を求め赤痢防疫対策実施打合会議を開催し、その徹底を図るとともに、保健所及び市町村に対してもそのように指導すること。

四 伝染源対策

 1 患者の早期発見

患者の早期発見は、赤痢の早期防疫に最も重要なことであるから、次により遺憾なきを期すること。

  (1) 医師が患者を診断したときは、速やかに伝染病予防法第三条による届出を行わせるとともに、市町村における経由事務の迅速化を指導すること。これがため医師会と十分な連絡を図ること。

  (2) 疑似症患者については伝染病予防法第二条第二項の規定により都道府県知事は同法第三条の規定を必ず適用する措置をとること。

  (3) 急性大腸炎、急性消化不良症、単なる下痢症等赤痢類似疾患の流行の状況についても、常に注意を払うこと。このため患者発生の情報については、単に届出をまつのみならず、医療機関に出むき、又は医薬品販売業もしくは地区組織等にも協力を求める等の方法により積極的に収集を図るよう努めること。

   なお、必要によつては市町村の伝染病予防委員の設置運営も考慮すること。

  (4) 保健所においては、管内の患者発生状況、特に集団生活者、例えば学校、工場、事務所等の欠席(勤)率等のふだんの観察により異常多発の早期発見に努めること。

  (5) 集団発生の報告については、昭和三○年六月二八日衛発第四○二号通知により徹底すること。なお、この速報は同通知様式三の内容により電話、電報又は速達葉書をもつてすること。

 2 病原体保有者の検索

  病原体保有者は、潜在伝染源として赤痢蔓延の重要な一因となつているので、特に赤痢回復者、患者、保菌者の家族及びこれらとの接触者、多発地区住民、飲食物取扱者、水道関係者等につき、次により病原体保有者の発見に努めること。

  なお、この場合の検査方法は、「衛生検査指針」により検体の保存、赤痢菌の分離及び確認を行うこと。また、赤痢菌の抗生物質に対する感受性測定を行う場合は当分の間昭和三三年一一月四日衛発第九七九号の通知による「赤痢菌耐性検査法」により行うこと。

  (1) 飲食物取扱者について

飲食店営業、氷菓子製造販売業、魚介類販売業、豆腐製造販売業、その他生鮮食料品取扱業に従事する者及び集団給食従事者に対しては少くとも毎月一回健康診断を実施するよう指導すること。ただし、これが行われない場合あるいは不十分な場合において特に必要と認めるときは、伝染病予防法第一九条により健康診断を実施すること。なお、この場合下痢患者に対しては重ねて健康診断を行う等殊に慎重を期すること。

  (2) 水道関係者について

   (イ) 水道法の適用をうける施設については、水道法による健康診断を行うほか、夏季においては、毎月一回健康診断を行うよう指導すること。

   (ロ) 水道法の適用をうけない給水施設においても前項に準じて健康診断が実施されるよう指導すること。

   (ハ) 以上の健康診断が行われない場合又は不十分な場合等において特に必要と認めるときは、伝染病予防法による健康診断を実施すること。なお、この場合下痢患者に対しては重ねて健康診断を行う等特に慎重を期すること。

  (3) 赤痢多発地区の住民について

   赤痢の多発地区であつて、特に必要と認められる地区の住民に対しては、伝染病予防法による健康診断を行うこと。この場合の健康診断の方法は、同一人につき数回検便を行うほか、問診等を行つたうえ、下痢患者に対しては重ねて検便を行う等、特に慎重を期すること。

   また、この実施に当つては事前に十分に計画を検討し、その年度における該当地区住民の健康診断を終了したときは、厚生省に対し、その結果を報告すること。

  (4) 赤痢回復者について

患者が治療終了後再排菌者となり病原体保有者となる可能性が大きいので治療を終了した後三カ月までに概ね一カ月の間隔で二回は、伝染病予防法による健康診断を行うこと。

 3 病原体保有者に対する措置

伝染病たる病原体保有者に対する収容隔離及び従業禁止等の措置は、次により実施すること。

  (1) 病原体保有者のうち、食品取扱者で仕事場に居住しているため食品に接する機会の多いもの、密居生活をしているため感染させるおそれのあるもの、密居生活をしているため他に感染するおそれが著しい者、治療及び指導監督の徹底を必要とする耐性菌保有者及び集団発生時の病原体保有者に対しては、伝染病予防法第七条及び同法施行令第四条ただし書の規定により収容隔離の措置をとること。

  (2) 給食従事者で病原体を保有するもののうち、住居と仕事場が離れている等、従業禁止により食品に接する機会を失うものに対しては、伝染病予防法第八条の二の規定による従業禁止が励行されるよう十分な監視を行うこと。

  (3) 在宅病原体保有者に対しては伝染病予防法施行規則第一一条の遵守事項につき指導監督すること。

 4 治療

治療に当つては、特に次の諸点に留意し、これが徹底を図ること。

  (1) 赤痢患者及び病原体保有者に対しては、医師により適正な治療をうけるよう指導し、素人療法の絶無を期すること。なお、赤痢治療に用いられる抗生物質の販売については、その適正な取扱がなされるよう薬業関係者を通じ十分に協力を求めること。

  (2) 最近耐性赤痢菌の増加傾向がみられるので、患者及び病原体保有者の治療にあたつては、薬剤感受性測定を行つたうえ、最も有効な薬剤により適正な治療を行うこと。

  (3) 集団発生時等において感染の疑がある者に対する所謂予防内服は当分の間、予防対策として実施せず、また、その勧奨もしないこと。

 5 その他

  市町村長等が伝染病予防法第七条の規定により患者又は病原体保有者の強制収容の措置をとつた場合は、保健所長に対して報告を行うよう指導すること。

五 伝染経路対策

 赤痢の伝染経路としては、いわゆる接触によるもの、水系によるもの、飲食物によるもの、そ族昆虫の媒介によるもの等が考えられるが、これらの経路の遮断にあたつては、とくに次の点に留意すること。

 1 手指の清潔保持について

手指に糞便が附着し経口的に伝染することを防止するため用便後の便所内の手洗いを指導すること。

  この際の手洗いは努めて流水を使用し、出来れば逆性石けん等の消毒効果のよい薬剤を使用するよう指導すること。

 2 飲食物によるものについて

  各家庭に対しては飲食物の手指による汚染の防止、生水、生物の危険性を周知せしめるとともに四の2の(1)に掲げる多数の飲食物を扱う業務及び集団給食に対しては食品衛生法により適切な処置及び指導を行うほか、必要と認めるときは、伝染病予防法第一九条による措置をとること。

 3 水の菌汚染防止について

  水の菌汚染防止については、とくに水道、井戸、河川の汚染に注意し、その実態の把握につき、保健所の防疫職員をして応援協力せしめること。

  (1) 水道法の適用を受ける水道施設の維持管理、消毒等については、同法に基き実施することとするが、同法の適用をうけない給水施設等に対しては、水道法施行規則第一六条に準じた措置をとるよう指導すること。

  (2) 共同井戸、河川の汚染防止等については、地区組織を通じて指導の徹底を図ること。

  (3) 前二項によりなお伝染のおそれが認められる施設に対しては、伝染病予防法第一九条第一項第七号の措置をとること。

 4 その他の環境衛生について

  (1) 四の2の(1)及び(2)の施設における便所は閉鎖式とし、かつ便槽はコンクリート製とし、便所のし尿汲取及びし尿の終末処理、ちゆう介の収集等は適正に行われるよう指導すること。

   なお、食品衛生監視員、環境衛生監視員等をして便所と給水源との連絡の遮断につき常時監視させること。

   また、明らかに、設備の欠陥のため、患者が発生した場合等必要な場合には、伝染病予防法第一九条第一項第七号の規定により適当な措置をとること。

  (2) ねずみ、昆虫の駆除、便所の改善、ちゆう介の処理等については、地区組織を通じて指導するほか、清掃事業の強化を図り、必要と認めるときは、伝染病予防法第一九条第一項第七号の規定による措置をとること。

 5 その他の汚染物件の消毒について

  病原体により汚染されたおそれのある物件の消毒方法は医師又は市町村長若しくは予防委員の指示により各家庭において行うほか、とくに赤痢予防上必要と認めるときは、伝染病予防法第一九条第一項第五号又は第七号の規定による措置をとること。

六 予防教育

  食品取扱者、家庭の主婦、学生生徒に重点をおき余力のある場合には広くその他の一般住民を含めて教育の対象とし、地区組織、関係機関及び学校教育等の活用により、赤痢予防思想を全国民に滲透させるよう努力すること。特に下痢患者の早期受診、便所内の手洗設備の設置、便所の消毒及び改善については、その徹底を図ること。

  なお、地域の要請度を適確に把握して、市町村、保健所等において適切な予防事業を行うことにより、衛生教育の裏付けがなされるよう配慮すること。