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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 腸チフスの集団発生における疫学調査の実施について

[場所] 
[年月日] 1966年11月16日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(昭和四一年一一月一六日)

(衛防第六一号)

(各都道府県・各政令市衛生主管部(局)長あて厚生省公衆衛生局防疫課長通知)

 わが国の腸チフスの発生は近年減少の一途をたどつてきたが、最近になつて集団発生が各地に多発し、再び増加の傾向がみられて来た。かつまた、交通機関の発達、交通人口の増加、物資流通機構の拡大、冷凍食品の普及によつて、単一感染源からの広範囲地域における流行が発生する可能性が増大した。

 腸チフスの伝播についての解析は、チフス菌のフアージ型別分類の利用により精度を増し、一地方の散発例が時には他の地域の多発流行事例の解明に寄与することも少なくないため、腸チフスの発生に際しては流行の規模の如何を問わず、詳細な調査を系統的に行ない、一元的に検討を加え、その防あつを適切に行なわねばならないことが痛感されるようになつた。そこで、今般別紙のとおり疫学調査要領を作成したので、今後は、これにより疫学調査の実施に遺憾なきよう万全を期されたい。

別紙

腸チフスの集団発生における疫学調査要領

I 流行の定義

 本要領にいう流行とは次の如きものを指す。

1 町村においては、一週間に二例以上の患者の発生をみた場合

2 市においては、そのなかの町又は区において、一週間に二例以上の患者の発生をみた場合

3 前記に準じて流行と考えられる場合

II 流行の認知のための調査

 本調査は、腸チフス患者の確認と、患者相互間の関連を知り、流行としての対策に入るための調査である。

 1 [腸チフス患者の確認のための調査]

  チフス菌の直接証明によらない診定患者、即ち、臨床診定或はヴイダール反応による診定の患者に対しては、すみやかに、チフス菌の検出を計り、フアージ型別検査のために、昭和四十一年十一月十六日衛発第七八八号「腸チフス対策の推進について」別添3「フアージ型別のためのチフス菌株送付要領」により送付すること。

  註1 患者有熱状態時には、二日間連続採血を実施し、菌検索を行なうこと。菌検索を行なうこと、菌検索方法については昭和四十一年十一月十六日衛防第六〇号「腸チフス患者の検索について」によること。胆じゆう培地其の他の増菌培地は、少なくとも七日間観察すること。

  註2 検出菌のフアージ型別検査依頼のためには、できるだけ多くの分離コロニーを集めて一件一本として送付すること。この場合、糖加培地は用いないこと。

  註3 検出菌は、できるだけ早く、10r/ccクロランフエニコール加培地で選択し、その培地に発育した場合は、その培地で保存すること。

 2 [患者相互の関連の調査]

  同一家族内の発生、患者間の交流濃厚な場合、短時日の多発、同一のフアージ型の集積などで、流行を想定できるが、一般は、次の接触者などの調査を行なうこと。

  1 患者に対しての調査

   発症前一カ月間の行動調査及び喫食調査を行なうこと。

  2 患者家族及び患者と交流あるものに対しての調査

   過去一カ月間の行動調査及び有熱状況を中心とする健康調査を行ない、必要があれば、その接触者、交流関係を調査すること。

  註1 幼児が患者の場合、母親の交友関係で関連という場合がある。

以上の調査結果から、次の場合が想定される。

  A 患者同志、全く関係のない単発例の場合

  B 患者間に関連が認められるが、感染は、遠隔地にあると考えられる場合

  C 患者間に関連が認められ、感染が、その地区で受けたと考えられる場合

   Aに対しては、それぞれ単発例としての調査を行なうこと。時として、Bの場合に相当する場合もあるので行動調査によつて挙げられた地区の状況に注意すること。

   Bに対しては、患者と行動を共にしたものに対して健康調査、出欠状況調査、検便などを行なうこと。

 3 流行終息の決定

  同じフアージ型の患者が一カ月の間に発生しない場合、流行が一応終息したものとみなす。ただし、数カ月の間隔をおいて同流行の地域内に同じフアージ型の患者が発生する場合には前の流行の継続の可能性も考えられるので、留意して調査を行なうこと。

III 流行の規模についての調査

 本調査は、流行の、時間的、人的、地域的な状況の把握のための調査である。

1 [患者の発生の時間的調査]

  患者の発症日を基準とした分布及び発症より診定までの時間的検討を加えること。特に初発患者について吟味すること。

2 [接触者に対する調査]

  患者家族及び患者と交流のあつたものに対しては、検便を行なうこと。

  過去一カ月間に、発熱を認めたものに対しては、採血し、ヴイタール反応、及び菌検索を実施すること。

  註1 患者との交流関係は、患者の発症前一カ月以内のものであること。

 註2 疑わしきものに対する検便は、五日~一週間間隔で、五回実施すること。

 註3 血清Vi抗体の検査は、健康保菌者の検索手段である。

 註4 感染の事実が証明されなかつたものについも一カ月後に再度ヴイダール反応検査を実施することが望ましいこと。

3 [患者間に関連を認めた人及び集団に対する調査]

  事業所、学校などの集団であるならば、過去三カ月間の欠勤欠席の状況の調査を行ない、必要に応じて、精密検査を実施すること。

  註1 欠勤欠席については、確実に、病気以外の事由でのものを除外し、五日以上の連続及び一〇日間に五日以上の、欠勤欠席のものについて調査すること。

  註2 患者発生前一カ月間に退職したものについても注意すること。

4 [医療機関に対する調査]

  発生地区内及びその住民が利用する他地区医療機関の協力を得て、過去二カ月間の有熱患者を把握し、その患者の細菌血清学的調査を行なうこと。

  特に、初発患者以前の有熱患者に注意すること。

5 [聞き込み、アンケートなどによる検病調査]

6 [隣接保健所管内の患者発生状況の調査]

7 [発生地区の過去の発生状況の調査]

IV 伝播経路の検討のための調査

 本調査は、流行の伝播の経路を把握するための調査である。

 家族内というような小集団内に極限された発生ならば、便所、台所を中心とした調査を行ない、家族などの交友関係を追求するのでよいが、その発生が、地区内に多発の様相を示している場合は、次の調査を行なうこと。

 本調査実施に際して、整えられておくことが好ましいものは、次のものである。

  1 患者より腸チフス菌の検出確認

  2 集団検便より発見された保菌者の患者への移行の有無の確認

  3 検出菌のフアージ型

  4 患者の発病年月日

  5 患者の発症前一カ月間の日別行動及び喫食調査成績

1 [地区の性格把握のための調査]

 本調査は、発生地区の概要と、その性格を把握するための調査で、そのために必要な資料は、次の如きものである。

  1 発生地区の地図

  2 発生地区の地勢とその社会環境の概要

  3 過去三カ年の保健所管内及び発生地区の腸チフスの月別発生状況とそのフアージ型

  4 過去三カ年の保健所管内及び発生地区の赤痢及び食中毒の発生状況

  5 過去三カ月間の気象状況の概要と、特に問題となつた災害

  6 発生地区内医療機関及び住民の利用する他地区医療機関名簿

  7 学校、事務所の状況

  8 飲料水の供給状況の概要

  9 発生地区民の利用する飲食店街及びマーケット

  10 発生地区民の利用する給食施設及び行商関係概要

2 [患者を中心としての調査]

 本調査は、患者の地区内の特徴についての調査である。

  1 患者の発症の特徴の調査

  世帯内初発患者の発症日別分布をみて、感染の一時性、連続性を検討すること。

  註1 世帯内初発患者には、第一の発生患者のほか、その患者の発症日を含めて五日以内に発症した続発患者を含めること。

  後、検便によつて、保菌者がその世帯から見付けられた場合は、この例は、除外すること。患者収容後、一カ月を過ぎて、その世帯に患者が出た場合は、新しい世帯として取扱うこと、この場合、世帯人員は、隔離された患者数だけ減じた数となること。

  2 患者の性・年令の特徴の調査

   a 管内の性・年令別人口構成と患者発生世帯のそれとの比較

   b 患者発生世帯の性・年令別人口構成と世帯内初患者のそれとの比較

   c 家族集積状況

  註1 特殊の集団内の発生は除くこと。

  以上は、発生後の或る時点で検討を加え、発生初期、中期、後期などの区分で差があるかどうかについても観察すること。

  3 患者の職業の特徴の調査

  4 患者の生活様式の特徴の調査

  外食者、家庭炊事担当者、夜間勤務者などの調査を行なうこと。

  5 特殊集会行事の調査

  患者発生一カ月前よりの旅行、運動会、冠婚葬祭、グループの集り、宗教の集りなどの調査を行なうこと。

  6 下痢患者についての調査

  患者発生一カ月前よりの下痢患者多発の傾向がなかつたかの調査を行なうこと。

3 [飲料水の調査]

  発生地区地図の上に、水道の配管図、井戸その他の飲料水採取の位置を記入し、世帯内初発患者の発生状況を記録し、その関連を検討すること。

  註1 患者の記録は、発生の初期、中期などと、別々に符号することも考えてみること。

  註2 全患者及び保菌者の記録図も作成すること。

  必要に応じて、次の調査を行なうこと。

 1 飲料水種類別患者発生状況の調査

発生地区の全世帯を、飲料水種類別に分け、患者発生世帯のそれとを比較すること。

 2 上水道、簡易水道についての調査

  a 施設及び管理についての調査

  給水能力、給水人口、主な幹線、定期水質検査成績、投入塩素量、残留塩素測定場所とその成績、漏水の状況などを調査すること。

  b 発生地区に影響を及ぼした水道関係工事の調査

  過去六カ月間の工事の調査を行ない、特に断水工事に対しては、その目的事由、断水時間、工事方法、修理後の汚水放出法、一般への広報方法などについて調査すること。

  註1 必要に応じて、地区民からの状況を聴取すること。

  註2 この時間に、洗濯など、水道水を使用している例についても調査する必要がある場合がある。

  c 貯水タンクなどの調査

  貯水タンクをもつ建築物については、その状況、特に断水後の操作などについて調査すること。

  d 残留塩素量の測定

  配管図、患者発生状況、飲食店の状況などを考慮して、末端残留塩素量の測定を行ない、その異常の有無を調査すること。

  註1 必要に応じて、時間的な追及も実施すること。

 3 私設水道についての調査

  a 施設及び管理についての調査

   水源の状況、貯水槽の状況、配管の状況、減菌の状況などについて、現地調査を行なうこと。

  b 給水事故についての調査

   過去三カ月間の事故、漏水、減水、断水、水質異常などについて、使用者側より聴取すること。

  c 残留塩素の測定又は大腸菌群試験

  d 使用者の過去の下痢の調査

 4 井戸その他の飲料水採取施設についての調査

  a 構造及び水量の調査

  b 大腸菌群の試験

   確定試験まで行なう。

  c 地下水汚染の調査

  から井戸、防水井戸、わき水、河川の状況など、家庭外の地下水汚染の場所について調査すること。必要に応じて、標色物質(食塩、カルキ、色素など)投入試験を行なうこと。

  d 使用者の過去の下痢の調査

4 [下水の調査]

 本調査は、飲料水と汚染関連を求めるための調査である。

 1 下水施設の調査

  排水能、下水管と水道管の関係について調査を行なうこと。

 2 事故及び工事の調査

 3 下水中よりチフス菌の検索

 4 標色物質(色素食塩等)による投入試験を行なうこと。

5 [便所の調査]

 発生地区の世帯の便所を種類別に分け、患者発生世帯のそれとを比較すること。

 飲食店、食料店の便所の調査を行なうこと、共同使用便所に留意すること。

6 [食品の調査]

本調査には、汚染店舗を目標とする調査と、汚染食品を目標とする調査に分れる。

特に、汚染源が、卸業者或は製造元にある場合もあるのでこの点も考慮すること。

 1 患者の喫食調査成績からの調査

  記録されている食品を家庭内と家庭外喫食とに分け、その集積状況を調査すること。

  発生地区内飲食店の配置図、利用食料店の名簿を作成し、患者の使用度の集積状況を調査すること。行商については、特に注意すること。

  註1 腸チフスの潜伏期はほぼ五日~二週間であるのでその期間及びその前後を含めた期間の行動及び喫食調査を詳細に行なうこと。

 2 患者の喫食調査についての家族との比較

  患者の集積度の高い食品に付して、家族の利用度について調査すること。

 3 店舗に集約を求めるための調査

  患者発生世帯の周囲二~三世帯を対照にとり、調査期間における患者の利用状況を調査すること。

 4 汚染店舗の食品に集約を求めるための調査

  患者に対する喫食状況調査、患者発生世帯の周囲で、同店舗利用者の喫食状況について調査すること。

 5 一店舗に集約を求め得ない場合の調査

  疑いの濃厚な店舗の食品中、卸元、製造元の共通性のあるものを調査し、卸元、製造元をしらべ、逆に配達先小売業者先の分布及びその状況を調査すること。  牛乳などについては、配達人についての区分も必要な場合がある。

8 [例外事例の調査]

 1 発生地区外に住居をもつ患者の発生には、詳細な地区内行動調査及び喫食調査を行なうこと。

  なお、その場合、同行者についても観察すること。

  註1 飲食店名の不明な場合が多いので、見取り図を付して調査すること。

 2 通勤者、外交員、その他仕事により、発生時地区に出入したものについての喫食調査を実施すること。

  註1 時には、その仲間から、有熱患者を発見し、地区外、例外事例の貴重な資料となる場合がある。

V 感染源の追求のための調査

 本調査は、本質的には保菌者の検索であり、その保菌者が流行初発患者発生前に存在していたこと、保菌者のフアージ型が、流行菌株のそれと同じ型であること、又流行を引きおこす場にあつたことが必要である。

 先ず、調査の目標とするのは

 1 腸チフス経過者及びその家族

 2 成人、リユーマチ熱、胃けいれん、肝胆疾患を訴えるもの

 又、精密検査方法としては

 1 血清Vi抗体価の測定

 2 五日~一週間間隔で5回以上の検便

 3 胆のう、胆道のレントゲン検査

 4 胆じゆう中の菌検索

 5 その他の腸チフス病巣の精密検査

1 [その範囲が限定された場合の調査]

 家庭或は店舗などに限定された場合は、少なくとも発生一カ月前より、その集囲に関係のあつたもの、即ち臨時雇、お手伝いに対しても、精密検査を行なうこと。

2 [その範囲が漠然と地区内と推定された場合の調査]

 1 全地区民の世帯別検病調査

 2 地区民の血清Vi抗体の調査

  中学校以上の年令のものについて実施すること。

  特に、健康調査により、リユーマチ熱、胃けいれん、肝臓及び胆道系疾患のある者については、確実に採血すること。

 3 全地区民の検便