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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] つつが虫病の多発について

[場所] 
[年月日] 1983年2月5日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(昭和五八年二月五日)

(衛情第四号)

(各都道府県・各指定都市衛生主管部(局)長あて厚生省公衆衛生局保健情報課長通知)

 つつが虫病患者の発生は、戦後減少の傾向をたどり、一時は年間一〇名以下となつていたが、昭和五十一年以降再び急増し、昭和五十七年は約五〇〇名に達するとみられる。

 これに伴い、一部では早期発見・早期治療を期し得なかつた事例もみうけられ、また、今後更に新たな地域での発生を含め患者数の増加が懸念されるので、別紙「つつが虫病」を参照のうえ、左記によりその対策の万全を期されたい。

 なお、医療機関に対する協力方については、別添(写)のとおり日本医師会あて依頼を行つているので、念のため申し添える。

   記

1 患者の発見及び疫学調査

 1) 医師会、医療機関との連絡を密にし、つつが虫病を疑われる患者についての情報の提供を求めて発生状況を的確には握し、あわせて早期発見・早期治療の徹底を期すること。

  なお、本病は伝染病予防法第三条の二に定める届出伝染病であることから、医師が診断した際の届出の励行についてあらためて周知徹底を図ること。

 2) 本病の患者の発生の届出があつた場合には、その患者の発病前一~二週間の生活歴を詳しく調査して感染した場所を明らかにするよう努めるとともに、必要に応じ住民の血清学的調査や野その捕獲調査等により地域の汚染状況をは握して予防指導に資すること。

2 予防指導

 つつが虫病リケッチアを保有するツツガムシの分布については一部地域を除き未だ不明であり、近年患者が発見されていない地域でも感染の危険が否定できないことから、住民に対して次の事項に留意するよう指導し、特に患者発生地域にあつてはその徹底を図ること。

 1) 山林、草地、薮地等野その生息が考えられる場所に立入り作業等を行う場合は、長袖の上着、長ズボン、長靴、手袋等を着用して皮ふの露出を防ぐこと。

また、立入る場所に事前にダニに有効な殺虫剤を散布したり、皮ふの露出部にダニ忌避剤を塗布する方法も有効であること。

 2) 前記の場所に立入つた後は必ず更衣、入浴し、附着しているおそれのあるツツガムシを洗い落とすとともに、皮ふに刺し口(トゲを刺したような感じの個所)がないか点検すること。

 3) 一~二週間後に発熱や発疹、リンパ節腫脹等の症状があらわれた場合は速やかに受診し、本病感染のおそれがある場所に立入つたことを医師に申し出ること。

3 検査体制の整備

 本病の診断は臨床所見及び経過からおおむね可能とされているが、病原体の確認や血清学的検査は一般医療機関では行い難い場合が多いため、地方衛生研究所での検査体制を整えるとともに、最寄りの検査機能を備えている機関や国立予防衛生研究所ウイルスリケッチア部との連絡を密にして、医療機関からの検査の要請に速やかに対応できるようあらかじめ体制を整備すること。

別添 略

別紙

   つつが虫病

 本疾病は発疹チフスなど他のリケッチア症と同じく熱性発疹性疾患であり、病原体はつつが虫病リケッチア(Rickettsia tsutsuga mushi,別名R.orient alis)と呼ばれ、ダニ目に属するツツガムシの幼虫(体長○・二~○・三mm)によつて媒介される。薬剤はテトラサイクリン(TC)、クロラムフェニコール(CP)等が著効を示し、早期発見・早期治療が重要である。

1 疫学的事項

 (1) 分布

つつが虫病は、日本だけでなくマレー半島、インドネシア、フィリピンでも多発しており、広く東南アジア、西南太平洋地域、中国の一部、インドに存在する。

 (2) 古典型つつが虫病

日本では、明治以前から秋田県の雄物川、山形県の最上川及び新潟県阿賀野川、信濃川の堤外地を中心に夏季に発生し、抗生物質出現前は約三〇%の致命率であつた。アカツツガムシにより媒介され、戦後確認されたつつが虫病に対して古典型(アカツツガムシ媒介性)つつが虫病といわれる。

 (3) 新型つつが虫病

 戦後昭和二十三年秋に富士山麓で米軍兵士が多数罹患したのをはじめ、横浜市鶴見、高知県西南海岸、伊豆七島等で従来のタイプと異なり春及び秋から初冬にかけて発病するつつが虫病が発見され、それ以前から二十日熱(三浦半島、千葉県南部)と呼ばれていたものも含め、タテツツガムシ又はフトゲツツガムシにより媒介されることが判明した。

 これを新型(非アカツツガムシ媒介性)つつが虫病という。その後の全国調査により、タテツツガムシやフトゲツツガムシは全国ほとんどの地域に生息すること、野そからのつつが虫病リケッチアもほとんどの都道府県で分離されたことが報告されている。

 (4) 現況

 昭和三十九年以降届出患者数は次第に減少し、昭和四十四年はわずか三名となつたが、昭和五十年代に入り再び増加しはじめ昭和五十七年は約五〇〇名に達する見込みである。

 発生のほとんどは新型つつが虫病であり、秋田、山形、新潟の他、群馬、東京、富山、長野、静岡、宮崎、鹿児島等で多発し、昭和五十七年には新たに千葉、石川、岐阜、長崎でも発生するに至つた。

 なお、アカツツガムシは従来の秋田、山形、新潟の三県でのみ確認され、古典型つつが虫病はこれらの県でも少数例となつている。

 なお、つつが虫病の発生には、つつが虫病リケッチアの病原性の変化、ツツガムシの種類によるリケッチア保有状況の差異、分布、ヒトへの親和性等多くの因子が関与し不明の部分が多く、戦後の減少と最近の増加についても、河川改修・耕地整理等による生息環境の変化や農薬・殺虫剤・殺そ剤の使用の変遷、治療面における抗生物質の用法の変化、あるいは一定の周期の存在など、種々の説明が試みられているが結論をみるには至つていない実情にある。いずれにしても、タテツツガムシやフトゲツツガムシの広範な分布と、そのリケッチア媒介性を考慮すると、全国どの地域においてもつつが虫病発生のおそれがあると考えられる。

2 感染様式

 ツツガムシの数多い種類のうちつつが虫病を媒介することが確認されているものにアカツツガムシ、フトゲツツガムシ、タテツツガムシがあり、他にも疑われるものがある。

 ツツガムシの若虫と成虫は地中又は地表で生活し、産卵するが、幼虫の時期には原則として一度野そなどの温血動物に吸着する習性があり、その際偶然ヒトを刺すことがある。吸血時に唾液とともにつつが虫病リケッチアが注入されるとリケッチアが血管系の内皮細胞で増殖し、血管透過性増大等により傷害を与える。

 なお、リケッチアの保有率は、アカツツガムシで五〇~六〇分の一、フトゲツツガムシで一〇〇~五〇〇分の一、タテツツガムシで三〇〇〇~四〇〇〇分の一といわれ、刺されても発病する率は低い。

また、ヒトからヒト、ネズミからヒトへの直接の自然感染は成立しない。

3 臨床症状

 (1) 初発病巣

つつが虫病リケッチアを保有するツツガムシ幼虫に刺されると定型的な例では、刺された部位に発赤を生じ、四~五日目から水疱化し、さらに 紅暈こううん を有する直径一〇mm前後の浅い潰瘍となり、やがて黒褐色の痂皮を形成する。これがつつが虫病の特徴的な初発病巣であり、「刺し口」と呼ばれる。「刺し口」は四肢の他皮ふの柔かい部分(腋窩、そけい部、臀部、腹部など)にある場合が多く、時に発見を困難にする。

 (2) 主要症状

刺された一~二週間後(「刺し口」が潰瘍ないし痂皮となる時期に相当)に発熱が始まり、多くは頭痛や関節痛、全身倦怠感を伴う。また「刺し口」の所属リンパ節など身体各部位のリンパ節腫脹や、やや遅れて種々の形の発疹もみられる。発熱は三九℃を越えて持続し、合成ペニシリン系やセファロスポリン系などβ-ラクタム系抗生物質が無効であるという特徴をもつ。

 (3) 検査所見

以下の所見を認める例が多い。

  1) 尿蛋白陽性、腎上皮細胞、硝子様円柱の出現

  2) CRP強陽性

  3) 白血球減少(好中球の比較的増加、好酸球の消失、異型リンパ球の出現)、血小板減少

  4) GOT,GPT,LDH等の上昇

 (4) その他

 リケッチア血症が進行すると、高熱が持続し、肝障害や腎障害を来たし、肺炎を合併したり心不全や脳障害等を経て死の転帰をとることもある。

4 診断

(1) 臨床診断

臨床症状で述べたβ-ラクタム系不応の持続性高熱とリンパ節腫脹、発疹が特徴であり、「刺し口」が確認されればほぼ確実である。

発病の一~二週間前に堤外地、山林、草地等へ立ち入つた生活歴があれば有力な裏付けとなるが、最近は、ツツガムシの生態から、園芸作業等に際しての土壌への接触も感染の機会となり得ることが指摘されている。

(2) 確定診断(検査室診断)

1) リケッチアの分離

有効な抗生物質による治療開始前の患者血液をマウスに接種し発病を待つが、判定には約一〇日を要するため、迅速診断としては不適当である。

2) 血清学的診断

従来用いられてきたワイル-フェリックス反応は偽陰性、偽陽性反応を示すことがあり、現状では過信できない。

補体結合反応(CF)はつつが虫病リケッチアの型(Gilliam, Kato, Karp 各株抗原に対する反応)を区別するうえで有用であり、確定診断として用いられる。

間接蛍光抗体法(IF)及び間接免疫ペルオキシダーゼ反応(IP)は血清入手後約三時間で診断可能であり、迅速診断として有用と考えられる。

5 治療

 テトラサイクリン系(TC)、クロラムフェニコール(CP)等の抗生物質が有効であり、リファンピシン(RFP)の効果も認められている。

 本病を疑つたときは、速やかに血清をIFかIPの検査可能な機関に送付するとともに、β-ラクタム系抗生物質から有効な抗生物質に切り換える必要がある。

6 予防

 リケッチア保有ツツガムシと野その駆除が根本的対策であるが、現実には困難であり、局地的、一時的になし得るに止まる。

 個人予防策としては、野その生息しやすい山林、草地等へ立ち入る際に以下の注意事項を守ることである。

 1) 素肌の露出を避けるため、長袖、長ズボン、長靴、手袋等を着用すること。

 2) 腰をおろしたり寝ころんだりしないこと。

 3) 立入る場所に予めダニに有効な殺虫剤を散布すること。

 4) 皮ふの露出部にダニ忌避剤を塗布すること。

 5) 立入つた後は必ず更衣、入浴し、附着しているおそれのあるツツガムシを洗い落とすとともに、皮ふに刺し口(トゲを刺した感じの個所)がないか点検すること。

 6) 一~二週間後に発熱や発疹、リンパ節腫脹等の症状があらわれた場合は速やかに受診し、本病感染のおそれがある場所に立入つたことを申し出ること。なお、本病のワクチンはまだ実用化されていない。