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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「コレラ菌検査の手引き」について

[場所] 
[年月日] 1988年9月28日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(昭和六三年九月二八日)

(健医感発第六二号)

(各都道府県・各指定都市衛生主管部(局)長あて厚生省保健医療局疾病対策課結核・感染症対策室長通知)

 コレラエンテロトキシン非産生性コレラ菌の取扱い等については、本日保健医療局長及び生活衛生局長から通知されたところであるが、これに伴い、「コレラ菌検査の手引き」を次のとおり改訂し、本年十月一日より施行することとしたので、コレラ菌の検査に当たってはこれによられたい。おって、「「コレラ菌検査の手引き」について」(昭和五四年二月一九日付け衛情第八号厚生省公衆衛生局保健情報課長通知)及び「「コレラについて」の送付について」(昭和五四年八月二三日付け衛情第四○号厚生省公衆衛生局保健情報課長通知)は廃止する。

コレラ菌検査の手引き(Ⅰ)

目次

第一 概説

第二 検査材料の採取及び輸送

 1 検査材料の採取

 2 検査材料の輸送

第三 検査の進め方

 1 検査順序

 2 検査結果の報告の時期

第四 分離方法

 1 直接分離培養

 2 増菌培養

 3 分離培地平板上でのコレラ菌集落

  (1) TCBS寒天培地

  (2) ビブリオ寒天培地

第五 コレラ菌の同定検査

 1 コレラ菌検査手順

 2 スライド凝集反応

 3 確認培養と形態学的、生化学的、血清学的検査

  (1) スライド凝集反応及びO抗原型別

  (2) 形態学的検査

  (3) オキシダーゼ試験

  (4) ブドウ糖発酵試験及び乳糖又は白糖発酵試験

  (5) 運動性試験

  (6) リジン脱炭酸試験

  (7) インドール反応

 4 コレラ菌の同定

  (1) オルニチン脱炭酸試験

  (2) アルギニン加水分解試験

  (3) 白糖発酵試験

  (4) イノシット発酵試験

  (5) マンニット発酵試験

  (6) 無塩ペプトン水における発育試験

 5 コレラ菌の生物型

第六 コレラ菌のコレラ毒素産生性検査

 1 検査の進め方

 2 試料の調製

 3 コレラ毒素の検査

  (1) RPLA法

  (2) BEAD ELISA法

第七 総合的判定


コレラ菌検査の手引き(Ⅰ)

第一 概説

 コレラは下痢及び嘔吐をもって急激に発症する経口伝染病で、コレラ菌の産生するコレラエンテロトキシン(cholera enterotoxin,以下コレラ毒素という。)の作用によって起こる大量の水様性下痢便の排出とそれに伴う脱水症状を特徴とする。しかし、必ずしもこのような典型的な発症形態をとる場合のみではなく、比較的軽症のまま経過することも少なくない。典型的症例では臨床的診断も可能であるが、軽症例の診断は細菌学的検査によらない限り極めて困難である。

 コレラの原因菌は、一端単毛性のやや屈曲したグラム陰性、無芽胞の通性嫌気性桿菌で、分類学的には種Vibrio choleraeに属する。V. choleraeには従来狭義にコレラ菌と呼ばれてきたもののほか、これと生理学的及び生化学的性状を同じくし、O抗原により血清学的にのみ鑑別されるビブリオが含まれる。

 狭義のコレラ菌(以下「コレラ菌」という。)は、V. choleraeの血清型1(V. cholerae O1)に該当し、前述の類似ビブリオはそれ以外の血清型に属する。V. choleraeに属するビブリオはすべて共通の鞭毛抗原を持つ。血清型2以下の菌(V. cholerae non-O1)はしばしば〝NAG nonagglutinable)ビブリオ〟、〝NCV(noncholera vibrio)〟〝NCG (noncholeragenic)ビブリオ〟などと総称されるが、これらは分類学上の呼称ではない。コレラ菌は毒素産生性によって、コレラ毒素産生性コレラ菌(toxigenic V. cholerae O1)とコレラ毒素非産生性コレラ菌(non-toxigenic V. cholerae O1)の二つに区分される。コレラ毒素非産生性コレラ菌は病原性が弱く、まれに非伝染性の軽度の下痢、腹痛を起こすことはあっても大量の水様性下痢、脱水等のコレラ特有の臨床症状は起さない。すなわち、コレラという病名は、コレラ毒素産生性コレラ菌によって起こった病気にのみ適応されるものである。NAGビブリオにもコレラ毒素様の毒素を産生する菌株があり、ときには散発性の水様性下痢症を起こすが、広域流行を起こしたことはない。古典型(アジア型)およびエルトール型コレラ菌のO抗原は少なくとも、A、B、C、三種類の因子抗原からなり、A因子はすべてのコレラ菌に共通であるが、B因子と、C因子の量的な相違により、小川型、稲葉型及びその中間型である彦島型の三つのO抗原型に分けられる。また、後述する諸性状により古典型(アジア型)菌(biovar cholerae)とエルトール型菌(biovar eltor)とに分けられる。

 コレラ菌を含めたV. choleraeを定義づける生化学的性状は表1に示すとおりである。いうまでもなく、コレラ菌の検査には迅速かつ適切な患者の治療と防疫措置のため、遅滞のない正確な結果が要求される。しかし、コレラ菌の同定のためには表1に示した諸性状すべてを調べるための検査が必要なわけではない。正確さを期するあまり、必ずしも必須でない検査に手間取って結果を出すことが遅れるよりは、省略できる検査は省略し、早期に確度の高い推定を下すことの方が大切である。以下に述べるのはコレラ菌の同定のために必要な最小限の検査であり、最も能率的と考えられる手順である。

 なお、海外旅行者で下痢のある者についてのコレラ菌検索に当たっては、臨床的にはコレラと鑑別しにくい下痢が毒素原性大腸菌や前述のNAGビブリオなど他の病原体で起こることもあり、また、コレラ菌と他の病原菌との混合感染であるため症状が典型的なコレラの症状からは相当修飾されている場合もあるので、他の腸管病原菌にも注意を払うことが望ましい。


表1 Vibrio choleraeの生化学的性状

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

オキシダーゼ         +    乳 糖          (+)

カタラーゼ          +    白 糖          +

OFテスト          F    麦芽糖          +

インドール          +    アラビノース       -

メチルレッド         d    セロビオース   -または(+)

Voges-Proskauerテスト     d    マンノース        d

クエン酸塩(Simmons)     d    ラムノース        -

硫化水素(TSI寒天)    -    トレハロース       +

硝酸塩還元          +    キシロース        -

ウレアーゼ          -    マンニット        +*

フェニルアラニンデアミナーゼ -    アドニット        -

リジンデカルボキシラーゼ   +*   ズルシット        -

オルニチンデカルボキシラーゼ +*   イノシット        -

アルギニンジヒドロラーゼ   -    ソルビット        -

炭水化物                サリシン         -

ブドウ糖 酸        +

ブドウ糖 ガス       -    ONPG         +

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

+:90%以上が陽性            -:90%以上が陰性

d:11~89%が陽性           (+):遅れて陽性

F:発酵                 *:まれに陰性の菌株がある


第二 検査材料の採取及び輸送

1 検査材料の採取

 検査材料は原則として糞便である。糞便は自然排泄便又は綿棒で採取した直腸便のいずれでもよいが、後者ではしばしば採便量が少ないことがあるので十分量を採取するように心掛けなければならない。ガラス棒あるいはこれに類するものによる直腸便の採取は採取量が少ないので好ましくない。

 死体の場合、剖検例では小腸内容を採取するが、これが不可能な場合は綿棒で直腸内容を採取する。

 糞便材料は水様便ならば約一三ml、固形便であれば拇指頭大量、綿棒材料の場合は二本以上に十分量を含ませて採取する。

 糞便材料が直接得られないときは吐物、糞便の付着した物件などを検査対象とするが糞便に比べて検査材料としての価値が著しく低い。

 いうまでもなく検査材料は抗生物質投与前に採取することが望ましい。

2 検査材料の輸送

 検査材料は、採取後直ちに培地に接種することが好ましい。直ちに検査できない場合は、後述する輸送培地に接種し、できるだけ速やかに検査室へ搬入する。特に緊急事態に当たっては、検査材料の数、搬入予定時刻などあらかじめ検査室へ電話連絡してあると、検査室では培地を作成しておくなど待機体制を整えるのに便利であり、検査結果が早く得られることにもなる。

 検査材料をそのまま試験官、ペトリ皿、その他の容器に入れて運搬することは、たとえ容器を密封して乾燥を防いでも、コレラ菌の検出率を低下させる。

 検査材料採取後輸送を要するときは、Cary-Blairの輸送培地を用いる。スクリューキャップにスプーンの付いた容器入りの培地を用いるときは、スプーン一~二杯の糞便をすくい取り培地中へ突き込んで密栓する。綿棒で採取した材料も本培地中に突き刺して密栓する。Cary-Blairの培地は使用方法を誤るとまったくその価値を失うから、培地の作成、使用には十分な注意を要する。

 コレラ菌の検索と同時にCary-Blairの輸送培地に入れた材料の一部をサルモネラ、赤痢菌、病原大腸菌、腸炎ビブリオなどの検査にあてる。

 やむを得ずCary-Blairの輸送培地が用いられないときは、材料を二%食塩加グリセリン保存液に入れて輸送する。食塩が加えられているのは腸炎ビブリオの保存にも適するようにしたためである。この保存液はCary-Blairの培地に比べるとコレラ菌及び各種腸管病原菌に対する保存性が劣ってはいるが、採取材料を遅くとも翌日には検査室に搬入できる範囲での検体輸送には使用することができる。

 コレラ菌の増菌に用いられる一%塩化ナトリウム加アルカリ性ペプトン水(以下「アルカリ性ペプトン水」という。)は、腸炎ビブリオを除いてはこれらの菌の増菌又は輸送に適さない。

 輸送培地を入れる容器には漏出や破損のおそれが少なく、かつ運搬や消毒に便利なものを使用する。この目的には密栓のできるポリエステル、良質のガラス製などのものがよく、更に検査材料を入れた容器はポリエチレンの袋などで包んだ上破損のおそれのない缶、箱などに入れれば一層安全である。必要以上に大量の糞便を採取すると漏出の原因になるので採取に際してはこのことについての注意を喚起しておく。

 短時間の輸送では材料を水冷する必要はないが、八時間以上を要するときは四~一○℃に保って運搬する。

 検査材料には必ず被検者の氏名、採取月日、時刻、取り扱い保健所あるいは病院名、更に患者の場合は簡単な病歴、保菌者検索の場合は患者との関係など検査を必要とする理由を添付する。この種の情報は検査の精度を高くするためにはなはだ有用である。


第三 検査の進め方

1 検査順序

 検査材料を受理した検査室では直ちに検査を実施する。夕刻受理した材料の検査作業を翌朝開始するというような遅滞があってはならない。

 検査の順序は、図1のとおりである。

 コレラ菌の分離のためには直接分離培養と増菌培養とを併用すべきである。

 検査材料を受理した検査室では、直ちにその一部を分離培地平板(TCBS寒天培地及びビブリオ寒天培地)に直接塗沫し、同時にアルカリ性ペプトン水に接種して一次増菌培養を行う。また残りの材料を用いて他の腸管病原菌の検査にあてる。

 急性期の患者からの材料の場合は、増菌培養を待たずとも直接分離培養で菌が検出されることが多いので最も早く結果の得られるはずの直接分離培養を重視する。回復期患者や急性期患者でも抗生物質投与後に材料が採取されたようなときには菌数が少なく直接培養からは菌が検出されないことがあるので、増菌培養によって初めて菌の検出が可能な場合がある。

 更に入念な検査のためには二次増菌培養も併用する。一次、二次増菌培養後はいずれの場合もTCBS寒天及びビブリオ寒天平板に塗沫して分離を試みる。

2 検査結果の報告の時期

以上のような手順で検査を実施した場合、直接分離培養あるいは一次増菌からの分離培養の結果、分離培地平板上にコレラ菌らしい集落が発見され、後述のような凝集反応によりそれがコレラ菌であるという推定的な判断を得ることは、早ければ材料搬入日の翌朝、遅くともその夕刻には可能である。二次増菌からの分離培地平板上に初めてコレラ菌様の集落が見られた場合でも原則として材料搬入の翌々日には同様の判断が得られる。この段階で疑似患者の決定を行い、直ちに関係防疫担当部局へ報告する。

 疑似患者決定と同時に、コレラ菌同定に必要な確認試験のための培養、及びコレラ毒素産生性検査を開始する。確認試験の結果は、遅くとも疑似患者決定の翌日には得られ、またコレラ毒素産生性検査は、早ければコレラ菌確認同定から二~四時間後、遅くとも翌日には判明する。その結果を待って真性患者の決定を行う。諸般の事情によりコレラ菌の同定、又は、コレラ毒素産生性の明確な判定ができない菌株については、国立予防衛生研究所へ依頼して真性患者の決定を行う。従って、このような場合はコレラ菌推定集落の認められる分離培地平板、あるいはその集落を普通寒天斜面培地に接種したものを、培養を待たず直ちに同研究所に届ける。また独自に最終検査まで行った場合も分離菌株を国立予防衛生研究所へ送付するものとする。これらの菌株については、コレラサーベイランス事業の一環として遺伝子解析及びファージ型別などの特殊検査を行い、以後のコレラ防疫対策の参考資料を得るために使用される。


第四 分離方法

1 直接分離培養

 糞便材料はTCBS寒天培地及びビブリオ寒天培地平板に塗抹して直接分離培養を行う。Cary-Blairの輸送培地で運搬された綿棒材料の場合は、培地中の綿棒を取り出し、ペプトン水又は普通ブイヨン培地○・五~一・○ml中に浸し、糞便材料を十分絞り出し、それを白金耳で分離培地平板に塗抹する。TCBS寒天培地は強い選択性を持つのでビブリオ寒天培地の場合よりやや多量の材料を接種する。

 材料接種後は三七℃で培養する。普通は一夜培養後観察するが、コレラ菌は一二~一六時間後でもかなりの大きさの集落を作ることが多いので、午後遅く接種した分離培地平板も翌朝には観察可能である。ただし、二四時間後にも再び観察する。

2 増菌培養

 糞便約一ml(固形便の場合は拇指頭大量)を一○~一五mlのアルカリ性ペプトン水に接種して軽く振り、固形便の場合はガラス棒などでよく砕いた後三七℃で培養する。Cary-Blairの輸送培地で運搬した綿棒材料から増菌する場合は、1で述べたような手技で絞り出し、直接分離培養に供した材料の残り全部をアルカリ性ペプトン水に接種して同様に三七℃で培養する。

 六~一五時間後静かにふ卵器から取り出して、その表層部の一~二白金耳量を分離培地(TCBS寒天及びビブリオ寒天)平板に塗抹する。

 増菌培地ではコレラ菌は培地表層部において最もよく増殖しているから培養液をなるべくゆり動かさないこと。また、培養液のごく表層部から材料を取らないと感度が悪いので注意を要する。

 午前中あるいは午後の早い時期に受理した材料は夕刻には分離培地平板に接種し翌朝直接分離培養の結果と同時に観察ができる。夕刻受理した材料は一次培養し、翌日分離培地平板に接種する。従って、その結果は直接分離培養の観察より一日遅れることになる。

 更に入念に検査したいときは二次増菌を試みるのがよい。この場合はアルカリ性ペプトン水での一次増菌六~八時間培養液の表層部を駒込ピペットで約○・五ml又は数白金耳取り、一○~一五mlのアルカリ性ペプトン水に接種する。この場合の注意は分離培地平板への接種に際して述べたことと同様である。

 六~一五時間、三七℃で培養したのち、前述のようにして分離培地平板に塗抹接種する。

 二次増菌培地としてはアルカリ性ペプトン水のかわりにMon-surのペプトン水を使用してもよい。その場合には一二時間以上の培養を要する。

3 分離培地平板上でのコレラ菌集落

 TCBS寒天及びビブリオ寒天平板上でのコレラ菌並びに鑑別を要する集落の外観は次のようである。

 (1) TCBS寒天培地

  コレラ菌は直径約一~二mmの湿潤した円形集落を作り、白糖の発酵により黄色を呈する。培養時間が更に長くなると、特にエルトール型菌では集落密生部は培地色(濃緑色)にもどる傾向がある。腸内細菌及びグラム陽性菌はほとんど完全に発育が阻止されるが、Proteusと腸球菌には発育阻止の不完全なものがある。Proteusの場合は、菌株により黄色、青色、中心部黒色などの各種集落を作り、それらの黄色(白糖発酵性)集落はコレラ菌の集落と誤られやすい。しかし、一般にその黄色の度合がコレラ菌の場合より強く、また、集落の大きさもやや大きい。腸球菌集落は黄白色でやや乾燥し、その大きさはコレラ菌集落より小さいことが多い。腸炎ビブリオは本培地上で中心部緑青色の直径二~三mmの集落を作る。腸炎ビブリオとしばしば生態をともにするVibrio alginolyticusも本培地上でよく発育し、コレラ菌と同様黄色の集落を作るが、その直径は三~四mmに達し、コレラ菌集落より大きく、ムコイド型を示すことが多いので鑑別は比較的容易である。しかし、ヒト糞便材料を取り扱うかぎり、本菌が優勢に発育することはほとんどない。

 (2) ビブリオ寒天培地

  コレラ菌集落は直径約二mmで扁平、湿潤、やや青味を帯び半透明である。また、一般的に粘稠性が強いので白金耳でかき取りにくい。腸内細菌中、Klebsiella及びProteusにはしばしば発育を阻止されないものがある。Klebsiellaの集落は青白色、ムコイド型でコレラ菌集落より大きい。また、Proteusの集落には培地色(赤紫色)及び青色(白糖発酵性)の二種があるが、白糖発酵性であってもその青色の度合はコレラ菌集落より強い。腸球菌もまた青色の小集落を作ることがあるが、表面が乾燥し、その外観は明らかにコレラ菌集落とは異なる。本培地上の腸炎ビブリオ集落は培地色で、またV. alginolyticusのそれは青色、ムコイド状である。


第五 コレラ菌の同定検査

1 コレラ菌検査手順

 コレラ菌の同定では迅速さを必要とするので、細菌の同定の原則からはやや離れるが、分離培地上の疑わしい集落から直接スライド凝集反応を行って推定的な同定(疑似患者決定)をする。そして集落の残余を確認培地に接種し、形態学的、生化学的、血清学的試験による確認同定を行い、平行して実施した毒素産生性検査の結果を待って真性患者決定を行う。同定の手順及び使用する確認試験用培地は図2に示すとおりである。

2 スライド凝集反応

 スライド凝集反応は次のようにして実施する。よく洗浄したスライド上に極く少量の生理食塩水一滴を取り、白金線で集落の一部をかき取った菌を混合して均等浮遊液とする。粘稠性のある集落でも、丹念にかき混ぜれば均等な浮遊液を得ることはさほど困難ではない。

 浮遊液を作った段階で自然凝集のないことを確認し、すぐ隣接してコレラ菌診断用混合血清(抗V. cholerae O1血清)又は、モノクローナル抗体抗A(V. cholerae O1のA抗原因子を認識)試薬をほぼ等量の菌液とすばやく混和する。肉眼で明らかに凝集の認められるものを陽性とする。凝集は普通一○秒以内に起こる。約三○秒反応させても非常に弱い反応しかみられないときは「疑わしい」とし、後述の普通寒天あるいはアルカリ性普通寒天斜面に培養した菌を用いての再試験の結果が得られるまで結果を保留する。

 ビブリオ寒天平板上でコレラ菌は培地中へくい込むようにして扁平な集落を形成するので、十分な量の菌を凝集反応に供することが困難なことが多い。TCBS寒天平板上の集落を用いる方が有利である。多数の集落が認められるときは数個以上についてそれぞれ検査する。

 診断用混合血清、及びモノクローナル抗体試薬は市販品として入手できる。凝集反応を行った残余の菌は鑑別培地への接種材料とする。

 スライド凝集反応を行い鑑別培地への接種をしてもなお余裕のあるほど集落が十分な大きさをもつ場合は、残余の菌を用いてスライド凝集反応によるO抗原型別(第五の3の(1)参照)をこの段階で実施するのもよい。ただし、あくまでも鑑別培地への接種が優先される。

 集落の分離が不十分な密集部にコレラ菌を疑わせる集落が存在し、単個集落を取っての検査が困難な場合がある。そのようなときは、その部分を少量のペプトン水に浮遊させ、その一白金耳を新しい分離培地平板に塗抹して再分離を試みる。同時に残余の菌をもって前記のようにスライド凝集反応を行う。明らかな凝集が認められたときは「疑わしい」として再分離の結果についての検査を急ぐ。

3 確認培養と形態学的、生化学的、血清学的検査

 分離株をV. choleraeと同定するために必要な最小限の性状を検査するには、前記のスライド凝集反応に用いた残余の菌を図2に示した五種の培地に接種する。インドール試験と運動性試験とを同時に実施できるSIM培地や、これとリジン脱炭酸試験とを同時に実施できるLIM培地を使用すれば接種すべき培地の種類が少なくてすみ便利である。接種後は三七℃で一八~二四時間培養し、左記の要領で検査を行う。ただし、スライド凝集反応の確認は普通寒天あるいはアルカリ性普通寒天斜面培地を六~八時間培養した段階で実施しうる。

  (1) スライド凝集反応及びO抗原型別

  普通寒天あるいは、アルカリ性普通寒天斜面培地上の菌を用いて、集落について実施したスライド凝集反応の結果の確認を行う。コレラ菌は増殖が速く三七℃、六~八時間培養で検査に十分な菌量が得られるので、急ぐときは一夜培養を待たずに実施できる。方法は第五の2で述べたとおりである。

  コレラ菌の場合、診断用混合血清又はモノクローナル抗体抗A試薬との間に数秒以内に観察可能な明瞭な凝集が認められるが、混合血清ではコレラ菌と一部共通抗原をもつ類似菌(NAGビブリオに属するserogroup Hakataなど)も凝集するので、モノクローナル抗体抗A試薬又は、A因子血清(国立予防衛生研究所で保有)による確認が必要な場合がある。

  分離菌が後述するV. choleraeの典型的な生化学的性状を示すにもかかわらず、不明瞭な凝集(数十秒後の凝集を含む。)、又は凝集が認められないときは、培養菌を生理食塩水に浮遊させ、一○○℃で二時間あるいは一二一℃で三○分加熱したのち遠心洗浄してから再び凝集反応を行う。それでも凝集のみられないとき、又は三○秒以後に弱い反応しか示さない場合は、初めて陰性と判定する。そのような場合は後述(第五の4参照)するような確認試験を追加し、該当する結果が得られればNAGビブリオと決定する。

  コレラ菌のO抗原型別は同定に必要な手続きではないが、初動の流行調査遂行上有益な情報を提供しうるので、この段階で検査する。

  小川型及び稲葉型の型特異血清(市販)又はモノクローナル抗体抗B(V. cholerae O1抗原因子のBを確認)、及び抗C(V. cholerae O1抗原因子のCを確認)の試薬(市販)を用いたスライド凝集反応により実施する。要領は第五の2に記載したとおりである。結果の判定は次のようにして行う(表2参照)。

  ア 小川型特異血清又は抗B試薬に凝集し、稲葉型特異血清又は抗C試薬に凝集しないもの・・・・・・小川型

  イ 稲葉型特異血清又は抗C試薬に凝集し、小川型特異血清又は抗B試薬に凝集しないもの・・・・・・稲葉型

  ウ 小川型及び稲葉型特異血清又は、抗B試薬及び抗C試薬のいずれにも明瞭に凝集するもの・・・・・・彦島型

  いずれの場合も、生理食塩水対照においては自然凝集を認めてはならない。

  一般に小川型菌株と小川型特異血清、あるいはモノクローナル抗体抗B試薬との間の凝集は強く、短時間内にみられるが、稲葉型菌株と稲葉型特異血清、あるいはモノクローナル抗体抗C試薬との間の反応はやや弱く、また多少遅れて起こる。また稲葉型菌株は小川型特異血清、あるいはモノクローナル抗体抗B試薬と反応することはないが、小川型菌株はやや長く観察すると多くの場合稲葉型特異血清、あるいはモノクローナル抗体抗C試薬に弱く凝集する。しかし、これを彦島型と判定してはならない。これらのことは両抗原型菌のO抗原因子の構造に基づくものである。

   稲葉型は小川型特異因子の脱落変異株とみなされ、稲葉型特異因子は多かれ少なかれ小川型にも存在する。そして小川型から稲葉型への変異は決してまれではなく、継代中にしばしば稲葉型集落が解離してくることがあるし、小川型菌の流行時、その末期には稲葉型菌による患者の混在が認められることはよく知られた事実である。彦島型は小川型と稲葉型の中間型あるいは移行型と理解され、これを検査室内で安定に保つことは困難でいずれも稲葉型へと移行する傾向が強い。

   これらのことから、感染菌のO抗原型はなるべく多くの集落についての凝集反応の結果から、総合的に判断する必要がある。

  (2) 形態学的検査

常法に従いグラム染色を行う。コレラ菌はグラム陰性の桿菌である。

  (3) オキシダーゼ試験

   普通寒天あるいはアルカリ性普通寒天斜面培地に培養した菌の一部をガラス棒で取り(白金耳は用いない)、市販オキシダーゼ試験紙に塗布する。陽性のときは塗布部分が一分間以内に深青色を呈する。

   コレラ菌は本試験陽性である。

  (4) ブドウ糖発酵試験及び乳糖又は白糖発酵試験

   TSI寒天培地で三七℃、一八~二四時間培養した結果で判定する。高層部の黄変したものをブドウ糖発酵と判定する。培地中に気泡や亀裂を生じた場合はガス産生とみなす。乳糖又は白糖発酵性は斜面部の色で判定し、黄色又は黄赤色を示したものを乳糖又は白糖発酵とする(乳糖及び白糖ともに発酵する場合を含む。)。また、高層部が黒変した場合は硫化水素産生と判定される。

   コレラ菌の場合は、ブドウ糖を発酵し酸を産生するがガスは産生しない。また、白糖を発酵するが、硫化水素は産生しない。従って、TSI寒天培地の高層部、斜面ともに黄色で、高層部に気泡・亀裂及び黒変をみない。ただし、エルトール型コレラ菌はアセトインを産生するために、培養時間が一二時間以上に及ぶと、培地特に斜面部が次第にアルカリ性となり、先端部から再び赤変し、黄赤色となるので注意を要する。

  (5) 運動性試験

   SIM培地、LIM培地又はその他の半流動寒天培地に穿刺培養し、三七℃、一八~二四時間後判定する。穿刺部を越え培地全体に混濁した菌の発育がみられるものを運動性陽性とする。

   コレラ菌は運動性陽性である。

  (6) リジン脱炭酸試験

   リジン加Mφller又はFalkowの培地で三七℃、一夜培養して判定する。ブドウ糖からの酸産生のある場合、培地は菌接種後数時間以内に黄色となるが、リジン脱炭酸酵素を産生する菌では再び紫色にもどる。培養に際しては流動パラフィンを重層し、菌発育に伴う培地のアルカリ化を防ぐ必要がある。

   LIM培地で本試験を実施する場合も三七℃、一夜培養の結果を判定する。ただし培養に際して流動パラフィンを重層しない。同様に紫色のものを陽性とする。

   コレラ菌は本試験陽性であるが、まれに陰性の菌株がある。

  (7) インドール反応

SIM培地で運動性を観察したのち、あるいはLIM培地で運動性とリジン脱炭酸試験の結果を判定したのち、常法に従いKov~cのインドール試薬を加えて検査する。試薬が赤色になったものが陽性である。

コレラ菌は陽性の反応を示す。

4 コレラ菌の同定

 以上述べたように、分離培地平板上に典型的な集落を形成した分離菌がスライド凝集反応でコレラ菌診断用混合血清又はモノクローナル抗体抗A試薬に対して明瞭な凝集を示し、コレラ菌に共通の抗原A因子を持ち、またグラム陰性の桿菌であり、オキシダーゼ陽性、ブドウ糖を発酵して酸を産出するがガスを産生せず、白糖を発酵し、硫化水素を産生せず、運動性があり、リジン脱炭酸試験陽性(前述のようにまれに陰性のことがある。)、インドール反応陽性という結果が得られたならば、この段階でこれをコレラ菌と確認同定してよい。

 通常分離培地平板上に疑わしい集落を認めてから遅くとも二四時間後にはコレラ菌と確認同定しうる。

 前記の手順と要領によりコレラ菌と同定された場合、さらに同定を確実にするために、次の検査を追加して実施しておくとよい。とくに分離菌をNAGボブリオと同定する際にはこれらの検査でコレラ菌と全く同じ性状を示すことを確認しておくことが望ましい。

 (1) オルニチン脱炭酸試験

  オルニチン加Mφllerの培地あるいはFalkowの培地で三七℃、一夜培養後判定する。リジン脱炭酸試験に準じて結果を観察する。

  コレラ菌は陽性の反応を示す。ただし、まれには陰性の菌株がある。

 (2) アルギニン加水分解試験

  アルギニン加Mφllerの培地あるいはFalkowの培地で三七℃、一夜培養後同様に判定する。

コレラ菌は陰性である。

 (3) 白糖発酵試験

  白糖加Andradeペプトン水あるいは白糖加糖分解用半流動培地に接種、三七℃、一夜培養後判定する。培地の色がそれぞれ酸性色に変わったものを陽性とする。

  コレラ菌は陽性であるが、まれに遅発酵性の菌株がある。

 (4) イノシット発酵試験

  イノシット加Andradeペプトン水あるいはイノシット加糖分解用半流動培地に接種、三七℃、一夜培養後培地色がそれぞれ酸性色に変わったものを陽性とする。

  コレラ菌は陰性である。

 (5) マンニット発酵試験

  マンニット加Andradeペプトン水あるいはマンニット加糖分解用半流動培地に接種、三七℃、一夜培養後培地色がそれぞれ酸性色に変わったものを陽性とする。

  コレラ菌は本試験陽性であるが、まれに陰性あるいは遅発酵性の菌株がある。

 (6) 無塩ペプトン水における発育試験

  無塩ペプトン水にごく微量の菌を接種し、三七℃で一夜培養する。コレラ菌では明らかな発育がみられる。

  参考のために、コレラ菌を含むV. choleraeとその類似菌との鑑別を表3に示す。

5 コレラ菌の生物型

 第一で述べたように、コレラ菌は生物学的性状によって古典型(アジア型)菌(biovar cholerae)とエルトール型菌(biovar eltor)とに分けられる。

 前者は古くからガンジス河の三角洲を中心にして常在し、時としてパンデミーの原因となったもので溶血性を欠く。

 一方、一九六○年代の初期にインドネシアのセレベス島に端を発した今次(第七次)のパンデミーの原因菌は溶血性及びその他の性質から前者とは明らかに区別される。この呼称は一九○五年シナイ半島のトール検疫所で分離されたコレラ菌類似ビブリオが当時溶血性を持つことでのみ古典型(アジア型)コレラ菌と区別でき、これがエルトールビブリオという名で呼ばれたことに由来する。しかし、この菌と今次のパンデミーの原因菌とは明らかに別の菌であると考えられる。

 溶血性の検査に当たっては、使用する培地及び培養方法が結果を大きく左右する。そのため、エルトール型コレラ菌も検査の方法によっては非溶血性と判断されることがあり、古典型(アジア型)菌との鑑別に多少の混乱をもたらす。しかし、両者はその他の二、三の性質によっても明らかに区別される。鑑別点をまとめると表4のとおりである。なお、エルトールビブリオは同じ溶血性試験でも強く陽性に出るので、明瞭に区別される。


第六 コレラ菌のコレラ毒素産生性検査

1 検査の進め方

 推定的同定を行った菌株を直ちにコレラ毒素産生検査用

 なお、ファージⅣ、Ⅴ感受性試験については国立予防衛生研究所が依頼に応ずる。

 CAYE-L培地(表5に組成を示す。)に接種し、図3の順序で検査を行う。RPLA法又はBEAD ELISA法でコレラ毒素陽性と判定した時点で、真性患者と決定する。RPLA法では、培地に接種した翌日又は翌々日、BEAD ELISA法では翌日結果が得られる。

2 試料の調製

 古典型(アジア型)菌では、Syncase培地で振とう培養した場合エルトール型菌では、CAYE-L培地で静置培養した場合の方が毒素産生性がよいことが知られている。近年、古典型(アジア型)菌の分離例がほとんどないので、CAYE-L培地で試料調製することが望ましい。

 CAYE-L培地をシャーレに一○ml分注し、空気に接する面積をできるだけ大きくして被検菌を培養する。その培養液の上清と、培養液をポリミキシンB(二万単位/ml三七℃、一時間放置)処理したものの上清の両者を試料とする。後者では、まれに非特異反応を示す菌株があるので、その場合は前者の試料の成績で判定する。

 なお、前記CAYE-L培地による静置培養を二代繰り返すと毒素産生性がより明確に判定できる場合がある。

3 コレラ毒素の検査

 (1) RPLA法

  抗コレラ毒素抗体で感作したラテックス粒子を用いた逆受身ラテックス凝集反応(RPLA)で、市販のコレラ毒素検出用キットを使用する。その検査手順は左記のとおりである。

  イ) 試料あるいはその希釈液二五μlずつをマイクロプレートの穴二つに入れる。

  ロ) 一方の穴に感作ラテックスを、他方には、対照ラテックスをそれぞれ二五μl滴下する。

  ハ) マイクロプレート用ミキサーで充分振とうし、試料とラテックスを混和する。

  ニ) 反応液の蒸発を防ぐためカバーするか、又は湿潤箱に入れて室温に静置する。市販のキットの種類により静置時間は、三~五時間あるいは一八~二○時間である。

  ホ) 判定は、黒紙の上にマイクロプレートを置いて各穴のラテックス沈降像を肉眼で観察する。

  ヘ) 対照ラテックスでは凝集していないが、感作ラテックスでは明瞭な凝集を認める試料を陽性とする。対照ラテックスも凝集している場合は判定不能とする。

 (2) BREAD ELISA法

  抗コレラ毒素抗体を結合固相化させたポリスチレンビーズを用いた酵素抗体法で、その検査手順は次のとおりである。

  イ) 試料二五○μlと希釈液二五○μlを小試験管に入れ混和する。これとは別に、コレラ毒素濃度(○~二ng/mlの範囲の六段階の希釈列)の検量線用標準液を作成し、その各々五○○μlを入れた小試験管を別途準備する。

  ロ) 抗体結合ビーズを イ)の各試験管に一個ずつ加え、三七℃の恒温槽で三時間反応させる。

  ハ) アスピレーターで試料を吸引除去し、約四mlの洗浄液で三回繰り返し洗浄する。

  ニ) 洗浄液を充分除去した後、酵素標識抗体液○・五mlを加え、三七℃の恒温槽で一時間反応させる。

  ホ) アスピレーターで酵素標識抗体液を吸引除去し、洗浄液で三回繰り返し洗浄する。

  ヘ) 別に用意した小試験管にビーズを移し替え、基質液を○・六ml加える。

  ト) 反応開始液(○・○二%H2O2)を ヘ)の試験管に○・二mlずつ加え、三○℃の恒温槽で一時間反応させる。

  チ) 反応停止液(2M H2SO4)を○・二ml加え、水を対照として四五○nmの吸光度を測定する。

  リ) 被検試料の吸光度○・二以上を陽性と判定する。ただし、検量線用標準液の○濃度の吸光度は、○・一以下でなければならない。

  脚注‥BEAD ELISA法によるコレラ菌毒素検出用キットは、近く市販される予定である。

第七 総合的測定

 以上述べたように、形態学的、生化学的、血清学的などの検査結果において、コレラ菌(V. cholerae O1)と同定され、さらにコレラ毒素陽性の判定が得られたならば、この段階で真性患者と決定する。分離培地で疑わしい集落を認めてから早ければ翌々日には真性患者の決定ができる。

 被検菌がコレラ菌と同定されても、コレラ毒素非産生性であった場合は、真性患者としては扱わない。毒素産生性の判定が困難な場合、あるいは検査が実施できない場合は、国立予防衛生研究所に菌株を搬入して、検査の結果を待って真性患者の決定を行う。


コレラ菌検査の手引き(Ⅱ)

水及び底泥などからの分離

目次

第一 概説

第二 検査材料の採取

 1 採水

 2 採泥

第三 検査の進め方

第四 検査方法

 1 増菌培養

  (1) 一次増菌培養

  (2) 二次増菌培養

 2 分離培養

  (1) TCBS寒天培地

  (2) PMT寒天培地

第五 総合的判定一一二三


 コレラ菌検査の手引き(Ⅱ)

第一 概説

 海外旅行者及び、輸入生鮮食品の増加などに伴いコレラ菌の国内侵入の機会が多くなった。このような状況を背景として、下水、河川水、海水など環境のコレラ菌汚染の機会が増加している。このような環境汚染には患者排泄便によるものであることが明らかでコレラ毒素非産生性のコレラ菌による場合と、汚染源は必ずしも明らかでないがコレラ毒素非産生性のコレラ菌による場合とがある。したがって、下水、河川水、海水及びそれらの底泥などから分離されたコレラ菌については、コレラ毒素産生性検査が重要である。

第二 検査材料の採取

 検査材料の採取に当たっては、あらかじめ検体数及び採取場所を決めておく。

 採取をするときにその地点の状況(天候、水温、PH、流速、水流の方向、潮の干満の状況、採取時刻など)を記録しておく。

 器具はよく洗浄したものを使用し、同一器具を繰り返し使用する場合は採取のつどその地点の水で三~五回すすぐ。

 1 採水

  検水は原則として五○○ml以上の採水ビンに採取する。器具はハイロート採水器(図1参照)、バケツ又は長柄ひしゃくなどを用いる。河川の場合は、橋の上などから採水すると容易であり、一地点三~五か所から採水し、それを混和して一検体とする。

 2 採泥

  底泥は少なくとも一○○ml以上を採取する。採泥はひしゃく又はエックマンバージ採泥器(図2参照)などを用いて行い、広口のふた付容器などに入れる。干潮時に露出した底泥の場合は、表層から五~一○cm程度の深さから採取する。

第三 検査の進め方

 検査材料を採取後、できるだけ速やかに検査を実施する。検査の順序は図3のとおりである。

第四 検査方法

 1 増菌培養

  水及び底泥などの場合は一般に検体中の菌数が少ないので、二次増菌まで実施する。増菌培養を六~八時間で済ませる場合は培地をあらかじめ三七℃に温めるか、試料接種後恒温槽で三七℃に温めてからふ卵器に納める。

  (1) 一次増菌培養

   ア 水の検査

   検体五○○mlを等量の二倍濃度アルカリ性ペプトン水又は五○mlの一○倍濃度アルカリ性ペプトン水に加え、六~一五時間、三七℃で培養する。なお、海水又は汽水の場合には無塩アルカリ性ペプトン水を用いる。

   飲料水などろ過しやすい場合には、検体五○○ml以上を、プレフィルターをつけた口径○・四五μm以下のメンブランフィルターでろ過した後、フィルターをアルカリ性ペプトン水一○~二○mlに入れ、六~一五時間、三七℃で培養する。

   イ 底泥の検査

   底泥は、検体一○○ml以上に約一○倍量のアルカリ性ペプトン水を加え、振とう混和後、六~一五時間、三七℃で培養する。なお振とう混和後培地のPHを調べ変動があれば修正する。

  (2) 二次増菌培養

   一次増菌培養液の表層部を数白金耳量又は駒込ピペットで約○・五ml取り、一○~一五mlの無塩アルカリ性ペプトン水に接種、六~一五時間、三七℃で培養する。この場合の注意はコレラ菌検査の手引き(Ⅰ)に述べたことと同様である。なお無塩アルカリ性ペプトン水のかわりにMonsurのペプトン水を用いてもよい。この場合、培養時間は一二時間以上を要する。

 2 分離培養

  一次及び二次増菌培養液を表層部から一~数白金耳量とり、TCBS寒天及びPMT寒天平板に接種して三七℃で培養する。両寒天平板上のコレラ菌並びに鑑別を要する菌の集落の外観は次のようである。

  (1) TCBS寒天培地

  コレラ菌検査の手引き(Ⅰ)に述べたとおりである。疑わしい集落については、可能な限り多くを釣菌して、それぞれ同定検査に供する。

  (2) PMT寒天培地

  エルトール型コレラ菌は、TCBS寒天培地上の集落より、やや大きい直径二~三mmの中心部褐色の黄色集落を形成する。培地のラウリル硫酸ナトリウム濃度○・五g/lに上げると集落周囲に白色ハローが見られる。NAGビブリオの場合は、マンノース発酵性の有無により本培地上で異なった色の集落をつくる。すなわち、マンノース発酵性の株(約四○%)はコレラ菌と区別できない集落を形成するが、非発酵性菌(六○%)は培地色、あるいは暗緑色の集落を形成する。腸内細菌及びグラム腸性菌は、ほとんど発育を阻止されるがProteus及び腸球菌のなかには一部発育するものもある。しかし、Proteusは灰緑色、腸球菌は白色でやや乾燥した集落を作り、コレラ菌とは容易に区別できる。腸炎ビブリオ、V. alginolyticus、及び海洋性ビブリオの多くのものは、発育を阻止される。また、TCBS寒天培地、及びビブリオ寒天培地ではエルトール型コレラ菌の集落は粘稠性を帯びているのに対して、本培地では粘稠性がなくスライド凝集反応も行い易い。

第五 総合的判定

 コレラ菌の同定とコレラ毒素産生性検査方法はコレラ菌検査の手引き(Ⅰ)に述べたことと同様である。


コレラ菌検査の手引き(Ⅲ)

食品からの分離

目次

第一 概説

第二 検査材料の採取及び輸送

第三 検査の進め方

第四 検査方法

 1 増菌培養

  (1) 一次増菌培養

  (2) 二次増菌培養

 2 分離培養

第五 総合的判定


 コレラ菌検査の手引き(Ⅲ)

第一 概説

 食品についてのコレラ菌検査は、完全性確保のためのものと、流行時の推定原因食確認のためのものがある。

 食品の中で、コレラ菌による汚染が考えられるものとしては、魚介類、果実、穀類、野菜、獣肉その他の加工品など様々なものがある。これらのものは種類によっては培養過程において培地の酸性化が著しく、コレラ菌の発育可能PH域より低下することがあるので十分留意する必要がある。

第二 検査材料の採取及び輸送

 検査材料は各種類ごとに一○○g以上を広口ビンあるいは、ポリ袋などに採取する。冷凍食品は温度の上昇を避けるよう、なるべく塊で発泡スチロール箱に入れる。搬送に際しては漏出、破損のおそれがなく、後の消毒、洗浄にも便利なクーラー、発泡スチロール箱などの容器を用いる。やむを得ず直ちに輸送できない場合は、冷蔵庫又は冷凍庫に保管する。

第三 検査の進め方

 検査材料を受理した検査室では直ちに検査を開始する。検査に際しては検査材料を滅菌容器の中で細切し、又は材料の種類によってはストマッカーで処理して、一次増菌培地に接種する。冷凍食品はすばやく解凍し、解凍水も検査材料とする。

 検査の順序は別図のとおりである。

第四 検査方法

 1 増菌培養

 食品の場合は一般に検体中のコレラ菌の菌数が少なく、反面、他の多種多様な細菌が含まれる。また、魚介類では海洋性ビブリオが多数混入しているので二次増菌まで実施する。

  (1) 一次増菌培養

  検体五○~一○○gを海産魚介類の場合は無塩アルカリ性ペプトン水(PH八・六)その他の食品の場合は、アルカリ性ペプトン水を五~一○倍量加え、三七℃で六~一五時間培養する。

  冷凍魚介類の解凍水は、二倍濃度の無塩アルカリ性ペプトン水を等量加え、また、抜き取り材料では無塩アルカリ性ペプトン水一○○mlを加え培養する。食品検査の場合は培地のPHが培養中著しく低下(特に貝類ではグリコーゲン含量が多いので著しい。)するので培地のPHは糞便検査の場合と異なり、九・二にしてある。炭酸ナトリウムで培地をPH九・○に調整しておき(一l当たり無水炭酸ナトリウム一・二五g加えればほぼ目的PHとなる。)、滅菌すれば最終のPHは九・二になる。なおPHの調整には指示薬としてチモールブルーを用いる。

  (2) 二次増菌培養

  一次増菌培養液の表層部を数白金耳量、または駒込ピペットで約○・五ml取り、一○~一五mlの無塩アルカリ性ペプトン水(PH八・六)に接種、六~八時間三七℃で培養する。この場合の注意はコレラ菌検査の手引き(Ⅰ)に述べたことと同様である。なお無塩アルカリ性ペプトン水のかわりにMonsurのペプトン水を用いてもよい。この場合、培養時間は一二時間以上を要する。

 2 分離培養

  分離の方法はコレラ菌検査の手引き(Ⅱ)に述べたことと同様である。

第五 総合的判定

 コレラ菌の同定とコレラ毒素産生性検査法はコレラ菌検査の手引き(Ⅰ)に述べたことと同様である。コレラ毒素産生性検査には同じ試料から同時に分離されたできるだけ多くの菌株を供試する。

{図と表は省略}