[文書名] ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病予防方策について
(昭和63年12月26日)
(衛乳第93号)
(各都道府県・各政令市衛生主管部(局)長あて厚生省生活衛生局乳肉衛生課長通知)
ペット動物に由来する人畜共通伝染病の人への感染の予防については、昭和62年10月7日衛乳第47号「小鳥から人へのオウム病感染予防対策について」をもって当職から通知したところであるが、今般、ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病対策検討会(座長上田雄幹国立公衆衛生院衛生獣医学部長)から、別添のとおり報告書が提出された。
今後、厚生省においては、本報告書に示されたペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病対策実施指針(以下「指針」という。)に基づき、対策の趣旨を広く一般に提唱するなど本対策を推進することとしているが、指針では、各都道府県及び政令市が一般飼養者に対する知識の普及、営業者に対する衛生指導及び感染実態等の調査、研究などを行うことにより、本対策を推進する上での地域における核として中心的な役割を果たすことをその本旨としていることから、本対策の推進方について、特段の配慮をお願いする。
なお、関係業界団体、社団法人日本獣医師会会長あて、それぞれ【別紙1飼養者の適切な管理等の要件(共通対策)】及び【別紙2営業者の守るべき要件(共通対策)】のとおり通知したところであるので申し添える。
「ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病予防方策について」
昭和63年10月21日
ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病対策検討会
近年のペットブームにより、多くの人々がペット動物を飼養するようになってきている。
我が国では、約3分の1の家庭で何らかのペット動物が飼養されており、その種類は多い順から、犬、猫、小鳥となっている。
しかしながら、これらペット動物がかかる疾病の中には、狂犬病、オウム病、レプトスピラ症、トキソプラズマ症等人にも感染する人畜共通伝染病があり、人と動物の快適な共存の前提としてこれら疾病の感染予防のための方策を推進することが重要である。
このうち、狂犬病については、狂犬病予防法により人への感染を防止するための動物対策が講じられており、また、小鳥から人へのオウム病感染予防方策については先に検討を行い、その実施指針を取りまとめ、厚生省に対し、報告したところであるが、引き続き、犬及び猫に由来する狂犬病以外の人畜共通伝染病を予防するための方策について検討し「ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病対策実施指針」として別添のとおり取りまとめた。
今後、本指針に基づき、ペット動物(犬、猫)由来人畜共通伝染病対策の組織的な推進が図られるよう望むものである。
1.目的
本指針はペット動物が媒介して人へ感染する人畜共通伝染病の感染源として重要である犬及び猫について、その生産(繁殖)、輸入、販売等を行う営業者の衛生管理体制の確立を図るとともに、家庭等における適正な飼養管理等に関する知識の普及啓発を行い、犬及び猫(以下、「ペット動物」という。)から人への疾病の感染を予防することを目的とする。
2.対策の基本原則
ペット動物由来人畜共通伝染病の人への感染を予防する方法としては、・保菌・り患動物の発見、隔離、治療あるいは、予防接種等により動物への感染を防ぐ方法(感染源となるペット動物の対策)、・感染を受けるような接触を避け、又は、感染を媒介する中間宿主、ベクターの駆除等を行う方法(感染経路の対策)、さらに、・健康増進による一般的な抵抗力の増強を図るほか、予防接種により免疫を賦与する等の方法(感染を受ける人の対策)がある。
レプトスピラ症等特定の疾病については、人の側の予防接種等効果的な予防の方法があるが、ペット動物に由来する人畜共通伝染病を総合的に予防するには、感染源となるペット動物が人畜共通伝染病にり患しないようその健康を管理し、適正に飼養することにより、感染源そのものを断つことが最も重要でかつ効率的であると考えられる。
そのためには、ペット動物の適正な飼養管理等に関する知識を広く普及し、ペット動物を取扱う上での衛生管理を確立させ、さらに、これら疾病の感染実態を把握し、監視する体制を整備することが必要であると考える。
以上の対策を推進するに当たっては、国、都道府県(保健所を設置する市を含む。以下同じ。)、営業者(ペット動物の生産(繁殖)、輸入、販売を行う者及びペット動物の取扱いを業とする者をいう。以下同じ。)及び営業者の団体、獣医師及び獣医師会、一般飼養者(以下「飼養者」という。)等が組織的にその対策に取り組む必要がある。
3.対策の推進方策
基本原則を踏まえ、関係者それぞれの対策推進のための役割について以下に述べる。
(1) 国の役割
ペット動物由来人畜共通伝染病予防について広く一般に提唱するとともに、本対策を推進するため営業者の組織する全国団体、獣医師の組織する社団法人日本獣医師会及び都道府県に対する指導、連絡調整を行い、さらにペット動物由来人畜共通伝染病に関する情報収集及び調査研究等を行う。
(2) 都道府県の役割
都道府県は、地域の実情に即した対策の推進を図るため、飼養者に対する飼養管理等の知識の普及啓発、営業者に対する衛生指導、獣医師との連絡調整、感染実態等の調査、研究等を行う。そのためには、動物管理センター等がペット動物由来人畜共通伝染病対策推進のための地域における核として、次のような具体的方法により、その対策を実施することが望ましい。
●飼養者に対する飼養管理等の知識の普及啓発
ア) 広報紙、パンフレット、リーフレット、その他を活用し、又は新聞、テレビ等マスメディアの協力を得ながら、ペット動物由来人畜共通伝染病を予防するための飼養管理の仕方やベット動物に対する接し方についての知識(別紙1「飼養者の適切な管理等の要件」及び別紙3「個別疾病の概要と予防対策」参照)の普及啓発を行う。
イ) 相談窓口等を開設し、獣医師等による飼養者からの相談に応ずる。
●営業者に対する衛生指導
ア) ペット動物の生産(繁殖)、輸入、販売等を行う営業者に対して、届出制度の導入などによりその実態を十分に把握するとともに、「営業者の守るべき要件」(別紙2参照)等について講習会の開催や個別指導を行い、営業者の衛生管理体制の確立を促進する。
イ) 営業者で組織する団体の育成強化に努め、衛生管理の実施を推進するための営業者及び団体の自主的活動の推進を図る。
●獣医師との連絡調整等
ア) 都道府県獣医師会及び獣医師との連絡を密にし、ペット動物由来人畜共通伝染病に関する情報交換を行い、相互の検査技術の向上等に努める。
イ) 都道府県獣医師会及び獣医師と連携して、ふれあい広場、フェスティバル等を利用し、地域に即したペット動物由来人畜共通伝染病予防の啓発運動を実施する。
●感染実態等の調査、研究
ア) ペット動物由来人畜共通伝染病についての検査体制の整備に努める。
イ) ペット動物由来人畜共通伝染病のペット動物における感染実態の把握及びその他の調査、研究を実施する。
ウ) その他、関係者等から広く情報を入手し、実態の把握に努める。
(3) 営業者の役割
営業者は、「営業者が守るべき要件」により自己の施設、設備の衛生管理、ペット動物の飼養管理等の改善を図るとともに、都道府県の指導、助言を得て衛生管理体制を確立する。また、飼養者に対し、ベット動物の適正な飼養管理等に関する知識の普及啓発に努める。
また、営業者の組織する団体は、営業者に対するペット動物の適正な飼養管理等に関する講習会の開催など、営業者の衛生知識の向上に努める。また、飼養者に対し、パンフレットの発刊などを通して、予防知識の普及啓発を行う。さらに衛生管理を実施している優良営業施設についての認証制度を設けるなどの方法により、本対策を推進する。
(4) 獣医師の役割
ペット動物の診療に当たる獣医師は、飼養者に対するペット動物の適正な飼養管理等に関する知識の普及啓発に協力する。
また、社団法人日本獣医師会は、対策に協力する獣医師の技術向上に資する研鑽の場を設けるなど対策推進のための技術的援助に努める。なお、都道府県獣医師会は、日本獣医師会及び都道府県と連携を密にしながら、地域の実情に即した本対策の具体的推進に協力する。
以上、関係者はそれぞれの役割を自覚し、有機的連携のもとに対策の実施に当たる。
別紙1
■飼養者の適切な管理等の要件(共通対策)
1.健康状態の観察
(1) 以下の点に留意し、ペット動物の健康状態を観察すること。
ア) 食欲はあるか。
イ) 元気はあるか。
ウ) 発熱はないか。
エ) 嶋き声に異常はないか。
オ) 呼吸に異常はないか。
カ) せき、くしゃみをしていないか。
キ) 毛づやはよいか。
ク) 皮膚に異常はないか。
ケ) 便に次の異常はないか。下痢はしていないか。便秘はしていないか。血液等の混入はないか。寄生虫等はいないか。
コ) 嘔吐はないか。
サ) 可視粘膜等に次の異常はないか。目やに、耳だれ、鼻汁等はでていないか。鼻がかわいていないか。目、鼻、耳、口、肛門等可視粘膜に充・出血、腫脹等はないか。
シ) 土やセメント床などを舐めるような異常行動はないか。
(2) ペット動物には、定期的に健康診断を受けさせることが望ましい。また、ペット動物に異常を見つけたときは、獣医師に相談することが望ましい。
2.適切な飼養環境・飼養管理
(1) ペット動物を飼養する場所の環境は、明るさ、広さ、温度、通風、換気等に留意すること。
とくに、屋外飼養の場合は、夏期、冬期における温度管理、蚊、ダニ等の害虫の駆除に留意すること。
(2) ペット動物の排便、排尿は生後間もないうちから一定の場所で行うようにしつけ、汚物の処理はすみやかに行い、環境を汚染しないようにすること。また、公園、道路等公共の場所をペット動物の汚物で汚染しないよう努めること。なお、排泄場所は常に清潔にし、悪臭等の発生防止に努めること。
(3) 餌は、ペット動物の種類及び発育状況等に合わせて定期的に適量を与えることとし、食器等は毎日洗浄し清潔にすること。
(4) 飲み水は常に新鮮で衛生的な状態に保つこと。
(5) ブラッシング、シャンプーは健康状態に留意して定期的に実施し、毛や皮膚を清潔に保つように努め、ノミやダニの駆除、皮膚病の予防に努めること。また、シャンプー後は適切な乾燥方法をとること。
3.飼養者及び家族の健康管理
(1) 口移しで餌をやるなどペット動物との濃厚な粘膜接触は避けること。
(2) 健康状態に異常のあると思われるペット動物に接触したときや、ペット動物に接触した後、食事などをするときには薬用石鹸等でよく手指を洗浄すること。
(3) ペット動物から病気をうつされたと思われ、医師の診察をうけた際には、ペット動物の飼育状況等について、申し出ること。
(4) ペット動物に咬まれたり、引っ掻かれたりした場合は、直ちに傷口を洗浄、消毒し、必要に応じ、医師の診察を受けるようにすること。
別紙2
■営業者の守るべき要件(共通対策)
1.対象とする営業者の範囲
(1) 生産(繁殖)者
(2) 卸売業者、輸入業者、小売業者(店舗を構えず販売する者を含む。)
(3) その他、ペットホテル、ペットトリミング、ペット訓練所、コンクール、展示会等において動物の取扱いを業とする者
2.施設の構造及び設備
(1) 施設の周囲の環境は、ペット動物飼養に適したものであること。
(2) 施設は、採光、通風に配慮し十分な広さがあること。
(3) 施設は、ペット動物が脱出できない構造とすること。
(4) 施設には、必要に応じて飼養室、処置室、隔離室、飼料室、運動場等が設けられていること。
(5) 施設内に、外部からねずみ、昆虫等の侵入を防ぐ設備が設けられていること。
(6) 飼養室、処置室等の床、内壁、天井は清掃、消毒しやすい構造であること。
(7) 飼養室の床は、コンクリート等の不浸透性材料で作られ、排水が良好であること。
(8) 施設には、衛生的な水を豊富に供給できる給水設備が設けられていること。
(9) 施設には、使用に便利な位置に流水式手洗設備が設けられていること。
(10) 施設には、洗浄、消毒に必要な設備が設けられていること。
(11) 施設には、専用の密閉可能な汚物容器が備えられていること。
(12) コンクール、展示会等の場合は、出陳前に獣医師による健康チェックを受けるための検診場が設けられ、屋外の合は、風雨を防ぐ施設が設けられていること。
3.施設及び設備の衛生管理
(1) 施設及びその周辺を、常に清潔に保持し、必要に応じて補修すること。
(2) ねずみ、昆虫等の侵入を防止するとともに、必要に応じて駆除すること。
(3) 排水溝等は、排水がよく行われるように、定期的に保守点検及び清掃すること。
(4) 飼育オリ、ケージ等を、常に清潔に保持し、必要に応じて消毒すること。
(5) 手洗設備には、消毒液等を設け、常に使用できるようにしておくこと。
(6) 汚物は、焼却するなど適正に処理すること。
(7) 清掃用具等は、専用の場所に保管し、必要に応じて消毒すること。
(8) 展示場所以外の処置室、隔離室などにはみだりに関係者以外の者を立ち入らせないこと。
(9) 汚物及び排水の処理施設等を常に清潔にし、悪臭等の発生防止に努めること。
4.ペット動物の飼養管理
(1) ペット動物の生態に応じた良好な飼養環境の保持に努めること。
(2) ペット動物の種類、発育状況に応じて、適正に飼料及び水の給与を行うこと。
(3) ペット動物の種類、発育状況に応じた必要な運動、休息及び睡眠が確保できるよう努めること。
(4) 常にペット動物の健康状態を観察し、寄生虫の防除、疾病の予防に努め、健康状態に異常を認めた場合は隔離し、獣医師の診察を受け、必要な措置を講ずること。
(5) ペット動物を新たに仕入れた場合は、飼養環境に順化するまで一定期間他の動物と隔離して健康状態を観察し、異常の有無を確認すること。また、必要に応じ人畜共通伝染病の予防措置を講ずること。
(6) ペット動物を輸送する場合は、適正な運搬容器を使用する等、ペット動物の疲労及び苦痛の排除に配慮し、また、他の動物と接触しないように留意すること。
5.営業者及び従事者の遵守事項
<営業>
(1) ペット動物飼養にあたって自らがその衛生管理責任者となり、都道府県等の指導のもとに、施設、設備の衛生管理及びペット動物の飼養管理を適正に行うこと。
(2) ペット動物の適正な飼養管理に関する講習を受講するなど、衛生知識の向上に努めること。
(3) 従事者の衛生教育に努めること。
(4) 従事者の健康管理に留意して作業に従事させ、異常があれば医師の診察を受けさせること。
(5) 従事者専用の作業衣、履物等を十分に備えること。
<従事者>
(6) 定期的に健康診断を受け、常に健康な状態で作業に従事すること。
(7) 作業開始前及び終了後には必ず手指の洗浄、消毒を行うこと。
(8) 作業時は、専用の作業衣及び履物を着用すること。
(9) 病気のペット動物の取扱い時は、マスク、白衣等を着用し、作業終了後は、うがい等を行うこと。
(10) ペット動物により咬傷等危害を受けた場合は、直ちに傷口を洗浄、消毒し、必要に応じ、医師の診察を受けること。
別紙3
■個別疾病の概要と予防対策
1.レプトスピラ症
(1) 疾病の概要
ア) 病原体
レプトスピラ症の病原体は、ラセン形をした細菌の1種Leptospira interrogansである。本菌は数多の血清型に分類されているが、我が国で問題となる主なものはL.icterohaemorrhagiae,L.canicola,L.autumnalis,L.hebdomadis,L.australisなどである。
イ) 病原体の動物保有、自然界での分布、人への感染経路
レプトスピラはネズミ、犬、牛、豚などが保菌動物で、これら動物の腎臓に保有され、尿中に排泄される。水中では比較的長期間生存が可能である。
人への感染は保菌動物、感染動物の尿で汚染された水や泥土を介した経皮感染が最も多く、健康な皮膚を通じても感染が成立する。例外的に汚染された食品による経口感染、あるいは感染動物からの直接の接触感染もあるが、通常、人から人への感染は起こらない。
人への感染源としてはネズミが最も重要な動物であるが、生活環境の中でより接触の機会が多い犬についても問題となる。厚生省が行った昭和58年の調査によると、全国平均で13.8%の飼犬がレプトスピラ抗体を保有しており、ワクチン接種の影響を考慮に入れても犬が感染源として無視できないことを示している。
ウ) 症状
レプトスピラの病原性は血清型により異なるが、人に対して最も強い病原性を発揮するのは、L.icterohaemorrhagiaeで、この感染症がワイル病である。
ワイル病は、出血性黄疸といわれるように、血管系統、肝臓、腎臓などを冒し、発熱、出血、黄疸、肝障害、腎障害を起こす。死亡例もある。
犬のレプトスピラ症の主な原因はL.canicolaで、腎炎などを起こすが、重篤な場合ヒトのワイル病と同様の症状をあらわす。
(2) 疾病対策
レプトスピラの病原巣となり得るレプトスピラに感染した犬、特に排菌のみられる保菌犬を早期に発見し、処分または徹底的な治療を行うことが感染源対策として重要である。厚生省が行った昭和58年の調査によると、犬による感染の場合の血清型はL.icterohaemorrhagiaeとL.canicolaであるため、この2種を含むワクチン接種が犬の感染予防に有効である。
また、人のワクチンもあるので、感染をうける恐れのある人はあらかじめワクチネーションをすることが望ましい。
さらに、水や土壌など感染動物によって汚染されたとみられる自然環境を消毒すること。あるいは、このような土地に立ち入る際にはゴム長靴、手袋の着用により感染を防止する。また自然水の飲用を避ける。
ペット動物の治療には、ストレプトマイシンが著効を示す。その他ペニシリン、テトラサイクリン、ゲンタマイシン、セファロスポリン系も有効である。
2.パスツレラ症
(1) 疾病の概要
ア) 病原体
グラム陰性の小桿菌であるパスツレラ菌は、各種動物にさまざまな病原性を発揮する。その中のPasteurella multocidaには多くの血清型があるが、特に、牛の出血性敗血症や家禽コレラの起因菌以外の血清型の、いわゆる非出血性敗血症型菌により人の感染が起こる。
イ) 病原体の動物保有、自然界での分布、人への感染経路
本菌は、犬や猫の口腔には極めて高率に保有されていることが、厚生省の昭和59年の調査で明らかにされている。
犬では75%、猫では97%の保菌率で、その菌量も多く、本菌はこれらの動物では口腔内正常細菌叢であると解される。また猫では爪にも約20%の割合で保菌されていることが確認されている。
P.multocidaの非出血性敗血症型菌は動物に広く分布し、豚、牛にも一定の割合で上部気道に常在している。また、特定の血清型菌は兎を自然感染宿主としている。これらの動物が保有している菌が人に感染し発症させるか否かについてはよくわかっていない。
人のパスツレラ症の約半数は犬、猫の咬、掻傷によることが明らかにされているが、これらは本菌を高率に保有するこれら動物からの直接感染である。
ウ) 症状
人では多くは犬、猫の咬、掻傷などによる限局性の創傷感染である。
局所の発赤、腫脹、疼痛、リンパ節腫脹で傷が深部に達した時は骨髄炎に進行することがある。一般には軽症であるが、発症した場合は、上部気道炎、気管支炎、肺炎を起こすこともある。但し、死亡例はなく、予後は良好である。
犬、猫では症状はほとんど認められないが、発症した場合は、敗血症、上部気道炎、肺炎が主な症状である。兎が本菌による感染をうけると、いわゆるスナッフルと呼ばれる呼吸器感染症状を呈し脳炎症状に進行することがある。
(2) 疾病対策
P.multocidaが犬、猫の口腔内正常細菌叢であれば、これら動物から本菌を排除することはできない。
犬、猫から感染する人におけるパスツレラ症のほとんどは創傷局所の炎症であり、本症の対策は犬、猫からの咬傷や掻傷を受けないようにすることが予防の基本である。獣医師や動物を常時扱う立場の者は事故を未然に防ぐことを考え、時として手袋その他の保護用具を着用して動物に接することが必要である。飼育者は動物の習性をよく把握して適正な飼育管理を実践することが最も肝要である。
ペット動物が発症した場合の治療には、P.multocidaが常用抗生物質に極めて高い感受性を示すことから、これらで治療効果が期待できる。通常はペニシリン単独で好成績が得られる。
3.トキソプラズマ症
(1) 疾病の概要
ア) 病原体
トキソプラズマ症の病原体は、トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)である。
イ) 病原体の動物保有、自然界での分布、人への感染経路
トキソプラズマ原虫は、ネコ科の動物を終宿主とし、これらの動物の腸管内でのみ有性生殖が行われ、オーシストを形成して糞便とともに排出されて外界で成熟、感染力をもつようになる。人を含めてほとんどの温血動物が自然感染し、食肉用家畜では豚及び羊の感染がよく知られている。
人への感染は、母親からの垂直感染の他特殊な例として臓器移植があるが、多くは家畜、特に豚肉からの感染が問題とされてきた。しかし近年豚肉での本原虫の検出率はとみに低下している。厚生省の昭和58年の調査で、猫の糞便からのオーシストの検出は1例もみられなかったが、抗体価測定成績では全国平均で8.9%の陽性率であり、以前よりは少なくなったとはいえまだかなりの不顕性感染のあることを物語っている。
ウ) 症状
一般に成人では不顕性感染がほとんどである。まれに発症する場合、急性では発熱、脈絡網膜炎、脳炎症状があり、最近は免疫機能の低下した患者での日和見感染の一つとしても注目されている。先天性に感染した場合は発症することが多く、前記症状の他脳水腫、水頭症、発育障害などを起こすことがある。
猫では全身感染、腸炎、脳炎などがみられ、犬では呼吸器症状、下痢などジステンパー類似の症状がみられる。
(2) 疾病対策
最近の人における感染率は以前よりも低下してきているといわれているが、1986年における主として妊婦を対象とした調査では、なお5~10%の抗体陽性率である。本症は、一旦発症すると完治は困難であるので、疾病対策には予防が重要である。
猫におけるトキソプラズマ症も以前に比べて減少の傾向にあるが、地域によっては依然として抗体陽性率の高いところがあること、厚生省の昭和58年の調査ではオーシストは陰性であったが初感染の猫では高率に糞便に排泄されることからみて、猫に対する本症の防疫対策は一層強化する必要がある。特にオーシストについては猫からの排泄期間は短いが、一旦排泄されたものは外界の環境に対して極めて抵抗性が強く、土壌中で長期間生存し、人のみならず多くの動物の感染源となる。したがって猫の飼育については日常的な注意が必要である。糞便の処理は排泄直後に行うようにし、焼却が望ましいが、不可能な場合にはできるだけ空気に触れないようにして土中に深く埋却する。
猫は通常屋外に自由に出られる状態で飼育されることが多いので、猫相互の感染は避けがたく、又、感染猫の体内から原虫を完全に駆逐することは不可能であるので、猫におけるある程度の保有は承知しなければならない。猫は健康診断を含めて定期検診を行い、発症個体の早期発見と治療を行う。
1歳以下の猫については、オーシストの検査を行い、薬剤による感染予防も考慮する必要がある。抗体陽性猫はオーシストを排泄することはないが、初感染猫はオーシストを排泄するので他の猫への感染及び環境への汚染拡大を防ぐ必要がある。
猫に対する治療、予防には、オーシスト形成防止として、サルファ剤などがある程度有効とされている。
4.犬回虫幼虫移行症
(1) 疾病の概要
ア) 病原体
幼虫移行症(larvamigrans)の原因は、犬や猫を終宿主とする犬回虫(Toxocaracanis)あるいは猫回虫(T.cati)であり、犬回虫による頻度が猫回虫よりも高い。
イ) 病原体の動物保有、自然界での分布、人への感染経路
犬回虫の犬における虫卵保有率は年齢によって差があり、成犬では10~20%、幼犬では70~100%といわれている。厚生省の昭和59年の調査では、1歳未満の幼犬では35.4%、このうち1か月未満では60.9%であり、一方1歳以上では10.0%で年齢が低いほど保有率の高いことが確認された。またこの虫卵保有率は飼養条件によっても差があり、屋外飼育が室内飼育より10%高くなっている。
排泄された虫卵は、外界では仔虫含有卵となり、経口摂取される。
ウ) 症状
仔虫含有卵を人が経口的に摂取した時、虫卵が腸管内でふ化し、その幼虫の体内移行により、肝臓、脳、眼球などの臓器に各種の障害を起こすものである。
患者は幼児に多く、軽度の貧血、食欲不振、微熱などの症状を呈する。幼虫が肝臓に侵入すると腹痛、肝腫大などがあらわれる。眼に侵入した場合は視力低下、白色瞳孔、時に網膜損傷による失明、脳に侵入した場合は脳髄膜炎、てんかん発作、斜視などがみられる。多くの場合、白血球特に好酸球増多及び高グロブリン血症が認められる。
犬、猫は通常症状を示さないが、子犬、子猫が犬回虫、猫回虫の感染を受けた時には、下痢、食欲不振、嘔吐など消化器症状を示し、痩せてくる。
(2) 疾病対策
犬に対する検便の励行を啓蒙し、寄生犬に対しては駆虫剤の投与で徹底的な清浄化に努める。
幼児への感染例の報告が多いので、犬との接触後は手洗いを励行するよう指導する。
犬の糞便は速やかに処分する。砂場などへの犬の出入りを防ぎ、また、このような場所で遊んだ後も手洗いを習慣づける。
ペット動物に対する治療にはピペラジン製剤、パーペンダゾールなどの駆虫剤が有効である。
5.皮膚糸状菌症
(1) 疾病の概要
ア) 病原体
各種の糸状菌が人、動物に表在性の真菌症を起こすが、動物、とりわけ犬及び猫を病原巣とするものはMicrosporumcanis(犬小胞子菌)、M.gypseum(石膏状小胞子菌)、Trichophyton mentagrophytes(毛瘡白癬菌)などである。
イ) 病原体の動物保有、自然界での分布、人への感染経路
M.canisは以前は北海道に限局してみられたが、現在は全国的に分布が広がっていることが、厚生省の昭和59年の調査で確認され、犬での平均陽性率は7.1%、猫では37.5%であった。
M.gypseumは本来は土壌生息性の菌で、前述の調査では、犬で8.6%、猫で1.0%検出された。またこれらの菌は家庭の家塵中にも存在する。
犬小胞子菌の人への感染は保菌動物から直接接触による場合が最も多いが、家塵による場合もある。
M.gypseumは土壌に生息し、汚染土壌から人、動物に感染する。
ウ) 症状
皮膚糸状菌は表在性であり、感染の部位は表皮、毛髪、爪などの部位に限られ、深在性となることはほとんどない。人の臨床症状は軽度の脱毛と落屑程度のものから皮膚の肥厚、厚い痂皮形成のみられるものまである。人の場合病像から黄癬と白癬に大別し、さらに頭部白癬(しらくも)、小水疱性斑状白癬(ぜにたむし)、頑癬(たむし)、汗疱状白癬(みずむし)などがある。
M.canisによる人の感染では頭部白癬が多く、円形ないし不整形の灰白色鱗屑を形成し、時に潮紅や膿胞も認められる。M.gypseumもほぼ同様であるが、比較的炎症反応が強い症状を呈する。T.mentagrophytesでは保菌あるいはり患動物を扱っていて感染するので障害は手指に多く、汗疱状あるいは小水疱癬を呈する。
犬その他の動物の症状も、脱毛、皮膚肥厚、痂皮形成などである。
(2) 疾病対策
動物相互間、動物から人への感染防止は、り患動物及び保菌動物の早期発見、隔離、治療が基本である。また環境の保全を図ることも重要である。特に動物寄生性菌の場合には動物が多く集まる場所、すなわち、動物輸入検疫所、犬・猫の販売所、繁殖家、ペット美容室、野犬・放浪犬収容施設、ペットホテル、品評会会場、ペット動物運搬業の施設などでは動物相互間の感染防止に努めることが肝要である。
獣医師は動物の診療、治療あるいは保菌動物の早期発見に適切な処置をとり、飼主に対し住居環境の浄化を含めた啓蒙を行う。
ペット動物に対する治療には、外用療法としてナフチルメートなどの洗剤、クリーム剤、軟膏があり、角質溶解剤としてサルチル酸などが用いられる。内服療法にグリセオフルビンが有効である。