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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 静岡県内の犬繁殖施設におけるイヌブルセラ症の流行について

[場所] 
[年月日] 2003年11月27日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(平成15年11月27日)

(健感発第1127001号)

(静岡県健康福祉部長あて厚生労働省健康局結核感染症課長通知)

 貴職におかれては、平素より動物由来感染症対策にご協力頂いているところですが、今般、厚生科学研究班(「愛玩動物の衛生管理の徹底に関する研究」班長:国立感染症研究所獣医衛生科学部神山恒夫)より当省あてに、標記事例について、別紙のとおり健康危険情報の提供がありましたのでお知らせします。

 情報によると、現在までのところヒトへの感染は確認されていないが、ヒトへの感染源となり得る感染犬が多数飼育されていることから、感染防止対策等の必要な対応方よろしくお願いします。

 また、当該事例への対応と併せて、犬の飼育者への啓発、医師会、獣医師会への周知等、なお一層の動物由来感染症対策の推進をよろしくお願いします。


(別紙)

健康危機情報

静岡県内のイヌ繁殖施設におけるイヌブルセラ症の流行について

「愛玩動物の衛生管理の徹底に関する研究(H15―新興―19)」

国立感染症研究所獣医科学部 神山恒夫


 静岡県内の一イヌ繁殖施設において飼育犬の間にブルセラ症の流行がみられた。現在までのところ従業員等、ヒトへの感染は確認されていないが流産組織や飼育環境との接触等によるヒトへの伝播の危険性は否定できない。同繁殖施設では感染犬が多数飼育されていることから、施設に関わる従業員等の健康危機管理対策の徹底をはかる必要性があると考えられるので、情報を提供する。

 概要

 静岡県内イヌ繁殖施設(百数十頭飼育)において流産が多発し、ブルセラ症の疑いもあるため検査協力を求める旨、同繁殖施設で診察を行っているA市B動物病院より依頼があった。参考資料に示すように、イヌブルセラ症は感染性は弱いもののヒトに対しても病原性を持つとされているため、上記動物病院を介して提供を受けた飼育犬検体とA市C病院で採血した従業員等の血液の検査を行い、成績はB動物病院ならびにC病院宛通知した。

 検査結果

 同繁殖施設飼育中のイヌ血液114検体、流産胎仔1体、繁殖施設従業員5名と上記動物病院職員6名の血液を入手し、国立感染症研究所獣医科学部において試験管凝集反応、PCRによる遺伝子検出、細菌培養試験、および流産胎仔の病理組織検索を実施した。いずれの血液試料も入手は一度のみでペア血液は入手できなかった。

 イヌ血清の凝集試験の結果、114検体中51検体が抗体陽性であった。血液からDNAを抽出し、ブルセラ特異的BCSP31、OMP2およびOMP31プライマーを用いてPCRを行った結果、114検体中27検体が2種以上のプライマーで陽性反応を示した。少量の検体を用いた培養試験ではこれらの検体から細菌は分離されなかった。

 流産胎仔検体に対して、各臓器の病理組織学的検索、乳剤のPCR、ならびに培養試験を実施した。その結果、病理組織学的検索では明らかな変化は認められなかった。臓器乳剤のPCRでは陽性反応は認められなかった。細菌培養試験の結果、血液、肝臓、および脾臓からグラム陰性小単桿菌が分離され、PCRならびに生化学性状検査によってBrucell canisであることが確認された。

 繁殖施設従業員、動物病院職員から得られた血液検体は、凝集反応、PCR、培養試験で陰性であった。

 考察

 以上の成績ならびに当該繁殖施設において流産が多発している状況から、飼育されているイヌの間にBrucell canisによる汚染が拡がっていると判断される。検査試料が採取された時点では当該繁殖施設の感染動物または流産胎仔等と接触した施設職員および動物病院職員に血清反応陽性者は確認されていない。しかしヒト検体、動物検体とも追跡調査のための試料提供に同意が得られなかったため調査は中断した。汚染が施設内飼育犬の過半数におよんでいること、およびそれによる流産が多発していることから従業員等への健康危害の発生が危惧される。

 当該繁殖施設と上記動物病院では、投薬等による治療によって飼育犬の清浄化をはかり繁殖業務を続行する等の自主的な対応を検討中である旨、連絡してきた。

 なお、当該繁殖施設にイヌブルセラ症の流行があること、本感染症が人獣共通感染症であること、従業員への感染の有無の調査が不十分であることに関し、所轄の保健所等が承知しているかどうかは不明である。


(参考)

 (1) イヌブルセラ症の原因菌

 Brucella canisはBrucella属菌の一菌種で、自然界の宿主はイヌである。

 (2) ヒトのBrucella canis感染

 ヒトへの伝播はおもに流産胎児や悪露等との接触が原因とされ、これらに関わる職業上の感染機会が多い。

 ヒトに対して感染性を有するBrucella属菌のなかでは病原性は最も弱く、波状熱のような重篤な例はまれである。

 わが国におけるヒトのBrucella canis感染の報告はきわめて希である。これは症状が軽い、もしくは他の疾患と誤認されているためと考えられる。

 最近では2002年に東京都で発生した症例(感染症発生動向調査)や慢性疲労症候群の原因と考えられた症例(感染症学会東日本大会、2003年)がある。

 (3) イヌのBrucella canis感染

 イヌからイヌへの伝播は経口と交尾(精液、尿、流産胎仔、悪露、子宮分泌物)が感染源となる。

 感染犬の症状は生殖器病変(雄イヌ)や胎盤炎と流産(雌イヌ)である。

 血清学的な調査では、わが国では飼い犬の1―6%が感染歴を持つとされるが実態は必ずしも明らかではない。世界的には北米、ヨーロッパ、南米、東南アジアなどから報告されている。

 テトラサイクリンの長期投与が有効とされているが、中止後再び菌血症があらわれ、再発する場合が多いとされる。

ワクチンは実用化されていない。集団飼育施設では抗体陽性犬を隔離、淘汰することが有効とされる。

参考資料

Young, EJ:An overview of human brucellosis. Clin. Infect. Dis., 1995, 21: 283

上田雄幹:犬のブルセラ症(獣医伝染病額、清水ほか編)、近代出版、1999年、p252

Chomel, BB:Dogs and bacterial zoonoses (Dogs, zoonoses and public health、Macpherson,CNLほか編)、CABI Publishing、2000年、p99

今岡浩一:ブルセラ症(動物由来感染症、神山・山田編)、真興交易出版、2003年、p199