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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 米国におけるペット用ラット由来の鼠咬症による死亡事例及びペット用ハムスター由来の野兎病感染事例の発生について

[場所] 
[年月日] 2005年1月21日
[出典] 厚生労働省
[備考] 
[全文] 

(平成17年1月21日)

(健感発第0121001号)

(各都道府県・各政令市・各特別区衛生主管部(局)長あて厚生労働省健康局結核感染症課長通知)

1 情報提供

 今般、米国疾病対策センター(CDC)が、ペット用ラットに由来する販売店員及び一般飼育者における鼠咬症の死亡患者発生を踏まえ、米国国内向けに注意喚起を行っているところである。(別添1:CDC公表原文及び仮訳、別添2:「鼠咬病について」)。

 また、同センターから、米国内のペットショップで販売されたハムスターから飼い主が野兎病に感染した事例も報告があったところである(別添3:CDC公表原文及び抄訳)。

 以上について、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号。以下「法」という。)第3条第1項の規定により情報提供するので、御了知の上、関係者への周知をお願いする。

2 要請事項

 齧歯目の動物については、適切な衛生管理が行われていない場合、感染症の病原体を人及び動物に媒介するおそれがある。今回の米国における野兎病感染事例においては、外部からの動物の侵入によって動物等取扱業者施設内に病原体が持ち込まれた可能性が指摘されているところである。

 ついては、貴職におかれては、①動物等取扱業者にあっては、法第5条の2第2項に基づき、取り扱う動物等が感染症を人に感染させることがないように必要な措置を講じるように努める必要があること、②野兎病については、感染症法に規定する4類感染症であること、にかんがみ、以下の措置を講ずるよう要請する。

 (1) 輸入動物その他の動物の販売等を行う動物等取扱業者に対し、①本事例に関する積極的な情報提供を行うこと、②平成16年10月19日付健感発第1019001号本職通知「カナダにおけるハムスターでの野兎病発生事例について」を参考に、その取り扱う動物の一層の衛生管理を徹底するよう注意喚起すること、③従業員の健康の異常、異常な数の動物の死亡等、野兎病その他の感染症を疑う事例が確認された場合は、人への感染を防止するための対応について、速やかに保健所その他の行政機関に報告、相談するよう行政指導すること。

 (2) 都道府県等は、野兎病その他の感染症を疑う事例に関する情報を把握した場合において、人への感染症の発生及びまん延の防止を図るため必要があると認めるときは、速やかに法第15条第1項の規定及びその他所要の措置(法第27条から第29条まで及び第35条関係)の実施に遺漏のないようにすること。

 なお、法第15条第1項の規定の実施に当たっては、平成16年9月22日付健感発第0922001号本職通知2(2)に留意すること。

 あわせて、貴職におかれては、家庭等で動物を飼育する者に対し、引き続き動物由来感染症に関する正確な知識の周知について必要な措置を講じられるよう要請する。

{別添1は省略}


[別添2]

鼠咬症{そこうしょうとルビあり} Rat-bite fever

 鼠咬症は齧歯類の口腔に常在する2種類の異なる病原体、モニリホルムレンサ桿菌および鼠咬症スピリルムによる感染症である。

A モニリホルムレンサ桿菌感染症 Streptobacillus moniliformis infection

 I. 臨床的特徴

  1. 症状 突然の悪寒、発熱、頭痛、嘔吐、筋肉痛などインフルエンザ様の症状で発症する。1~3日以内に丘疹が四肢、手掌、足底部に出現する。発疹は血斑あるいは膿疱を呈するようになる。また、非対称の多発性関節炎を起こす。好中球増加をともなう。発熱は回帰性を呈し、約1週間の間隔で1~3か月持続し、自然に軽減治癒する。咬傷部は炎症を起こすが自然に治癒する。しかし再発も見られる。心内膜炎、心膜炎、耳下腺炎、腱鞘炎などの合併症が報告されている。また、ほとんどすべての臓器での膿瘍形成、肺炎、肝炎、腎炎、髄膜炎などを併発する場合がある。治療しない場合の死亡率は13%とされている。

  2. 病原体 モニリホルムレンサ桿菌Streptobacillus moniliformisは多形性を示す好気性あるいは通性嫌気性のグラム陰性桿菌で非運動性である。

  3. 検査 咬傷部の潰瘍、リンパ節、血液、関節液、膿からの菌分離を行う。培養には血清、血液、腹水あるいは他の体液を必要とする。接種した後35~37℃、8%CO2の存在下加湿状態で培養する。モニリホルムとはネックレスを意味するが、菌体が長いフィラメント状に連なることから名づけられた。液体培地中ではpuffball状のコロニーを形成する。近年、16S rRNA遺伝子を標的とする特異的PCRが報告されている。また、広範囲PCRで16S rRNA遺伝子を増幅した後、塩基配列を決定する方法も報告されている。信頼のおける血清学的診断法は存在しない。

 II. 疫学的特徴

  1. 発生状況 全世界に分布するが、まれであるとされる。しかし、実際に発生がまれなのか、それとも医師の関心が低いため、あるいは他の疾患と診断されているため、もしくは病原診断が困難であるためなのかについては十分に検討されていない。

  2. 感染源 ラットの口腔咽頭の常在菌だが、中耳や気管あるいは尿からも菌が証明されている。

  3. 伝播様式 ラットによる咬傷が最も一般的だが、マウス、リス、スナネズミによる咬傷や引っ掻き傷からも感染する。イタチ、イヌ、ネコなど齧歯類を補食する動物からの感染も報告されている。また、齧歯類によって汚染された、ミルク、水による集団発生も報告されている(Harverhill Fever)。またエアロゾル感染の可能性も指摘されている。

  4. 潜伏期 1~10日、通常3~5日である。

  5. 感染期間 治療しない場合自然治癒するか、死亡するが、時には週あるいは月に及ぶ再発がある場合がある。17年間にわたって再発を見た例が報告されている。

  6. ヒトの感受性 感染者の50%は12歳以下の幼児である。特に齧歯類の棲息する家屋で睡眠中に罹患することが多い。実験動物取扱者も注意を要する。

 III. 予防・発生時対策

  予防対策としてはネズミの駆除が重要である。特にペットとしての飼育はできるだけ避けた方がよい。生乳および汚染の可能性のある水の喫飲をしない。実験動物を扱う際には手袋を着用する。治療はペニシリンが第一選択薬である。テトラサイクリン、ドキシサイクリンも有効である。

B 鼠咬症スピリルム感染症 Spirillum minus infection

 I. 臨床的特徴

  1. 症状 モニリホルムレンサ桿菌感染症に似る。リンパ節腫脹と皮膚の暗黒色発疹をともなう突然の熱性発作で始まる。発熱は数日続き、いったん解熱するが、再び発熱する。この回帰は1~3か月続く。発疹は咬傷の周囲から始まり、他の部位に広がる。関節炎を伴うことは極めて稀である。神経症状を呈する場合もある。日本では鼠毒として知られている。治療しない場合の死亡率は7%程度とされている。

  2. 病原体 鼠咬症スピリルムSpirillum minusはいまだ分類上の位置づけが明確ではない。グラム陰性、好気性で運動性を有するらせん状の菌である。

  3. 検査 人工培地では増殖しないので、菌の証明は動物接種による。血液などの体液あるいは皮膚やリンパ節などの臓器乳剤をマウスあるいはモルモットに腹腔内接種し、毎週血液および腹腔液を暗視野顕微鏡下で観察し菌の有無を観察する。4週後には染色観察する。

 II. 疫学的特徴

  1. 発生状況 世界中に分布するが、極東アジアに多い。モニリホルムレンサ桿菌感染症よりもまれにしか報告されないが、これはこの菌の確定診断が困難なことによるかのかもしれない。

  2. 感染源 自然宿主はラットおよび他の齧歯類である。この菌は感染ラットの血中あるいは結膜に存在しており、唾液には口腔粘膜が傷ついた時に移行する。

  3. 伝播様式 ラットなど齧歯類の咬傷で感染する。他の伝播経路は知られていない。ヒトからヒトへの感染はないとされる。集団感染は起こらないと考えられる。

  4. 潜伏期 通常7~21日と長い。しかし2日ほどの場合もあるし、数週あるいは数ヶ月に及ぶ場合もある。

III. 予防・発生時対策

  モニリホルムレンサ桿菌感染症を参照。

(出典:「感染症予防必携第2版」財団法人日本公衆衛生協会)

① どのような感染症か

 鼠咬症はネズミ特にラットに咬まれることで罹る感染症である。非常に稀だとされている。病原体はモニリホルム連鎖桿菌と鼠咬症スピリルムという2種類の細菌であることが知られている。モニリホルム連鎖桿菌はラット以外にもマウスやリス、あるいはこれらの齧歯類を補食するイヌやネコに咬まれて発症することもある。鼠咬症スピリルムの場合は殆どがラットを原因にしている。ごく稀だが、汚染された水やミルクを介した集団発生も知られている。

② 症状の現れ方

 モニリホルム連鎖桿菌感染の場合は、通常3~5日の潜伏期の後、突然の悪寒、回帰性を示す発熱、頭痛、嘔吐、筋肉痛などインフルエンザ様の症状で発症する。90%以上の患者で暗黒色の麻疹様の発疹が四肢の内側や関節の部位に認めるが数日で消失する。また、痛みを伴う非対称の多発性関節炎を起こす。合併症としては心内膜炎、膿瘍形成、肺炎、肝炎、腎炎、髄膜炎などがある。鼠咬症スピリルムもほぼ同様だが、関節炎を伴うことは殆どない。

③ 検査と診断

 臨床的には診断は困難ですので実験室診断に頼らざるを得ない。患部あるいは血液などの体液から病原菌を証明することで診断する。モニリホルム連鎖桿菌は人工培地で培養できるが、近年はPCRで遺伝子レベルの診断も可能になってきている。一方鼠咬症スピリルムは人工培地での培養は成功していないので動物接種の後、顕微鏡観察で菌の証明をする。ペスト、野兎病結核、ネコひっかき病、パスツレラ症、回帰熱、ブルセラ症、レプトスピラ症、淋病、マラリアなどとの鑑別が必要である。

④ 治療の方法

 ペニシリンが第一選択薬だが、テトラサイクリン、ドキシサイクリンも有効である。

⑤ 病気に気づいたらどうすればよいか

 ラットなどの齧歯類に咬まれた場合には速やかに傷口を消毒する必要がある。医療機関を受診し、ネズミなどに咬まれたことを告げ、適切な処置を受けるべきである。

(国立感染症研究所獣医科学部)

{別添3は省略}