データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ドイツ政府によるインド太平洋ガイドライン ドイツ−欧州−アジア 21世紀をともに創る

[場所] 
[年月日] 2020年9月2日
[出典] ドイツ外務省
[備考] 
[全文] 

I 概要

アジアの台頭により、政治と経済における重心移動が起き、インド太平洋地域の重みが増している。インド太平洋は、21世紀の国際秩序の形成において、鍵を握る地域である。

インド太平洋地域は、地理的に明確な境界線が定められているわけではない。様々な主体によって様々な定義がなされている。ドイツ政府は、「インド太平洋」を、インド洋と太平洋に特徴づけられた地域の全体と理解する。各国の戦略的投射がせめぎ合い、グローバルなバリューチェーンが入り組んでいる地域である。

インド太平洋地域に暮らす人々は、国際的に見て平均年齢が若く、教育訓練水準が高い。また、同地域は全体として数十年にわたり目覚ましい経済成長を遂げてきた。世界経済大国トップ3の中国、日本、米国は、みな太平洋沿岸国であり、数年後にはこれに加え、やはりインド太平洋地域に位置するインドが第四位に入るかもしれない。世界に33都市あるメガシティーのうち、20都市はインド太平洋地域にある。同地域の国々は、経済力の拡大に伴い、気候変動防止の取組みや、世界的な生物多様性喪失との闘い等の国際協力の場において、より自信を深めてきている。

地域内の国々の多くは、国内情勢が比較的安定しているが、地域全体としては、パワーバランスの大幅な移動や差異・隔たりの拡大によって、変動が起きている。また過去の対立が、今日にいたるまで安定を脅かす要因となっている。さらにインド太平洋は、機構・制度等の仕組みや規範の共有があまり根付いておらず、軍備拡大の動きが激しいという特徴もある。

日本、米国、インド、オーストラリア、フランス、東南アジア諸国連合(ASEAN)等、インド太平洋を概念的な基本フレームワークとして政策構想を策定する国々や組織・機関が増えている。それらのインド太平洋構想はことごとく、ルールに基づく国際秩序を標榜している。しかし、その目指すところや分野ごとの重点の置き方、また多国間協調アプローチの優先度について違いがあり、さらには、時として国際秩序のルールを否定する中国を、地域大国として、また新興の世界大国としていかに関与させていくかという点について異なっている。

ドイツは国際的な貿易立国であり、ルールに基づく国際秩序を標榜している。それゆえ、EUの枠組みにおいて、アジアの目覚ましい成長に関与していくとともに、インド太平洋の発展と、同地域の枠組みにおけるグローバルな規範の実現に向けて貢献することに高い関心をもっている。それだけに、ドイツがこの地域において、いかなる利害関心や原則に基づき行動するのか、どのような領域を主要活動分野としていくのかについて、確認を行う意味は大きい。これこそが本ガイドラインの主眼である。

本ガイドラインは、インド太平洋地域のパートナーとの協力を進めるにあたり、その手掛かりや提案を示し、将来のEU全体としての戦略策定に貢献するものである。


利害関心

ドイツ政府は、以下に挙げる利害関心に基づき対 インド太平洋政策を展開する。

→ 平和と安全保障 インド太平洋地域には、核を保有する中国、インド、パキスタンの三か国があり、さらに核開発を行っている北朝鮮もある。また米国とロシアは太平洋沿岸国であり、フランスとイギリスはインド太平洋地域に領土を有している。この地域では、地政学的な緊張の増大や大国間の対立の顕在化が見られるほか、多数の国境確定問題が存在するとともに、内戦や国境を越えた紛争がくすぶり続けて大量の難民を発生させており、他方、地域のテログループや国際的テログループがネットワークを張り、国際情勢の安定や地域における私たちの利益にも悪影響を及ぼしうる要素となっている。

→ 関係の多角化と深化 21世紀の今日、実効性のある持続可能な行動をとっていく上で、信頼のおけるパートナーシップはその土台をなす。ドイツはすでに今日、インド太平洋地域のほぼ全ての国々と友好関係にあり、そのなかのいくつかの国々とは、さらに戦略的パートナーシップを結んでいる。ドイツ政府は、同地域との関係について、地理的にも、テーマの上でも多角化を図っていく。これは、一方的な依存関係を回避し、明日のグローバルプレイヤーとのつながりを強化するためである。貿易、投資、開発といったこれまでの協力関係の重点は戦略的に拡大していかなければならない。同時に今後は、安全保障上の協力も含め、政治的な次元も強化していく必要がある。とりわけ、民主主義体制を有し価値を共有するこの地域のパートナーと連携する意義は極めて大きい。同時にドイツ政府は、文化、教育、科学の各分野における協力も強化していく。

→ 一極世界でも二極世界でもなく この地域においてパートナーシップの深化と多角化を目指すアプローチをとるとき、覇権主義的勢力拡張の動きも、二極構造の固定化の動きもこれを脅かすであろう。どの国であっても、冷戦時代のように、二極の間の選択を迫られたり、一方的な依存状態を強いられたりすることがあってはならない。経済分野や(安全保障等)政治分野のいずれの枠組みに加わるかについて選択の自由が確保されることは、インド太平洋地域の国々にとり極めて重要である。

→ 開かれた海上交通路 世界の貿易の90%以上は海上輸送を介しており、その大部分がインド洋と太平洋を経由している。海上貿易の25%近くは、マラッカ海峡を経由する。1日あたり実に2000隻以上の船舶が、この極めて狭隘な水路を通りインド洋と南シナ海の間で貨物輸送にあたっているのである。この航路に障害が起き、欧州発もしくは欧州向けの物資のサプライチェーンに問題が生じるならば、欧州各国国民の豊かさや物資の供給にも深刻な影響が及びかねない。

→ 開かれた市場と自由貿易 南アジア、東南アジア、東アジアの国々、またオーストラリアやニュージーランドとドイツの物品貿易はこの数十年、着実に伸びており、貿易全体の20%以上、額にして4200億ユーロ近く(2019年)に達している。インド太平洋地域への直接投資も、すでに長年、ドイツの対外投資総額の拡大幅を上回る伸びを示している。こうした貿易・投資関係にはドイツ国内の何百万もの雇用が依存している。この地域の市場が開かれた状態であることは、そのポテンシャルの大きさに鑑み、ドイツにとり極めて大きな重要性をもっている。ドイツ政府は、ルールに基づく自由貿易によって、双方に豊かさの拡大がもたらされると確信しており、WTOを中心とする多角的貿易体制の強化を推進し、インド太平洋地域における包摂的で持続可能性に配慮した自由貿易協定の締結を支持するとともに、EUと同地域の間においてもそのような協定の締結を目指していく。

→ デジタル化と連結性 地理的空間や市場、機械同士がつながること、また、キーテクノロジーを構築・開発することは、今日、経済成長や豊かさをこれまでになく左右するようになっている。ドイツ政府は、ドイツの競争力強化のため、デジタル化とキーテクノロジーの分野における協力拡大を支援している。インド太平洋地域の国々は、この関連において魅力的な協力相手である。この地域との協力では、技術面、安全保障面、経済面、社会面のリスクに配慮していかなければならない。連結性の拡大にあたっては、公正な競争が認められ、被支援国側の過剰債務が回避され、透明性と持続可能性が確保されることが重要である。

→ 地球環境の保護 インド太平洋地域におけるこの数十年間の急速な経済成長によって、地域各国国民には、幅広い層にわたって豊かさの恩恵がもたらされた。しかし、汚染物質や温室効果ガスの排出は増大し、一部今なお急速に進む人口増加や急激な都市化とあいまって、地球の気候系や生態系に負荷をかけている。こうした状況は人々の生存の基盤としての自然環境を脅かし、同地域の多くの国々において社会にひずみを生じさせ、それが非正規移民発生の原因ともなっており、その一部は欧州にも向かっている。インド太平洋地域においても、将来の世代のため、環境に配慮するとともに社会福祉と両立可能な形で経済成長を進め、資源を持続可能な形で利用し、かけがえのない生物多様性を保全し、都市化のもたらす課題に対処していくことを主眼に据えていかなければならない。

→ ファクトに基づく情報へのアクセス ソーシャルメディアの重要性が増大する今日、情報発信・コミュニケーションは、インド太平洋地域でも効果的な外交ツールとなっている。権威主義的な勢力は、情報発信・コミュニケーションを市民社会の誘導・操作のため盛んに利用している。ドイツ政府は、同地域における大量の虚偽情報の流通に対抗するため、ファクトに基づく情報の提供を強化していく。


原則

ドイツ政府は、次の原則を対インド太平洋政策の 指針とする。

→ 欧州としての行動 EUおよび各加盟国は、EUとして一致団結し、一貫性のある行動をとることで、よりしっかりと自らの利益を守り主張することができる。EUは、2016年の「グローバル戦略」に基づき、安全保障分野のコミットメント強化、野心的な通商・開発政策、「欧州・アジア連結性戦略」の実現に力を傾注し取組みを進めている。本ガイドラインは、インド太平洋地域にEUとして取り組む戦略づくりのための、ひとつの貢献としての意味合いももっている。

→ 多国間主義 インド太平洋地域の内部や同地域との関係において、政治、経済、安全保障分野のつながりが強化されていけば、偏った依存関係は是正される方向に向かい、行動の可能性や自律性を確保できる。ドイツをはじめEUは、様々な多国間組織やG20等の枠組みにインド太平洋地域を強く組み込んでいくとともに、ASEANのように各国が対等の立場で参加する地域内の多国間の枠組みを推進すべく尽力している。気候保護、自然保護、ルールに基づく貿易、軍縮・軍備管理・不拡散、人権尊重の取組みにおいて前進を果たすためには、多国間の取極めによりこれを進めるのが最も有効である。

→ ルールに基づく秩序 インド太平洋地域においても、全体を律するのは、強者の法ではなく法の力でなくてはならない。これは、インド洋や太平洋を通過する海上輸送路の問題にも該当する。国連海洋法条約は、海洋における秩序と協力のあり方を定める包括的な枠組みであり、同法にうたわれている航行の自由は、普遍的な有効性をもつ。ドイツは、この地域におけるルールや規範が遵守されるよう、貢献を果たす用意がある。また、環境、労働、貿易、感染症対応、人権、軍備管理といった他の分野においても、前進を果たすためには、地域レベルや国際レベルのルールや仕組みをつくっていくことが最も近道である。

→ 国連「持続可能な開発目標」 ドイツ政府は、国連の「2030アジェンダ」に掲げられた持続可能な開発のための17の目標、SDGsにコミットしている。とりわけ、人間としての尊厳が守られた生活、全ての人に対する教育の提供、人間としての尊厳が守られた労働、生命の基盤たる自然環境の恒久的保全の実現に向けて力を尽くしている。そのなかで、ジェンダー平等の推進と女性のエンパワメント促進は、貧困削減の取組みにおいて中核的な要素となっている。インド太平洋地域においてドイツ政府はさらに、気候変動防止のための「パリ協定」や「生物多様性条約」が課す責務に基づいて取組みを進めていく。

→ 人権 ドイツ政府は、インド太平洋地域各国固有の歴史と文化を尊重している。同時に、普遍的かつ不可分な人権の実現に尽力している。経済発展と人権尊重は互いに排除し合うものではなく、互いに補い合う目標であり、全体を包括するアプローチが必要である。

→ 包摂性 インド太平洋地域が、平和、安全、安定の果実を享受するためには、地域内の国々がその実現に等しく貢献することが必要である。

ドイツ政府は、地域における協力のための包摂的な取組みを支援している。各国の経済が強く依存し合い、気候変動、平和維持、脆弱国家等グローバルな諸課題が複雑な様相を呈する今日の状況に鑑み、ドイツ政府としては、封じ込め戦略やデカップリング戦略は適切でないと考えている。ASEANを中心とした安全保障の仕組みは、重要なプレイヤーを組み込んでいくための貴重な枠組みである。

→ 対等なパートナーシップ ドイツ政府は、インド太平洋地域の各国・組織との関係強化を目指すだけでなく、むしろ今後は、グローバルな責任をともに担うために、インド太平洋地域の各国と、第三国においてパートナー同士の対等の立場で協力する機会が増大することを期待している。そうした協力は、とりわけ、利害関心が重なる事案についてG20等の枠組みにおいて進めやすいが、実現のためには第三国側における協力の意思が必要である。


活動内容

多国間主義の強化

 ドイツ政府はASEANに対する活動を戦略的に展開・強化する。そのために以下の取組みを進める。

ASEAN諸機関と協力を拡充し、ASEAN事務局に対する支援を継続する

・ASEANとの関係について開発パートナーシップから対話パートナーシップへの格上げを目指す

拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)におけるオブザーバー資格取得を目指す

気候変動対策がASEANとの協力において占める位置付けを、生物多様性保全、海洋ごみ、都市部の気候変動レジリエンス、持続可能な都市のモビリティの各分野における取り組みを通じて強化する

・地域統合促進、職業教育、環境・気候変動対策分野におけるASEANとの開発政策協力を拡充していく

 ドイツ政府は、EU各国との緊密な調整のもとASEANのパートナーとしてのEUの役割を強化していく。そのために以下の取組みを進める。

・EU・ASEAN関係が、早期に戦略的パートナーシップに格上げされるよう働きかけを行う

ASEANの安全保障関連フォーラムにおける安全保障面のEUの活動の拡充に取り組み、具体的なプロジェクトによってその側面支援を行う

 ドイツ政府はインド太平洋地域におけるASEAN以外の地域機関・枠組みにおける協力も強化する。そのために以下の取組みを進める。

太平洋諸島フォーラム(PIF)の対話パートナーとして首脳会議にハイレベルで参加し、さらなるプロジェクトを支援する

メコン川委員会(MRC)の「戦略計画(2021-2025)」の実施を支援する

アジア欧州会合(ASEM)を、最近の戦略的課題に関する稀有な交流の場として活用し、建設的な意見交換の実現に貢献する

アジア欧州財団(ASEF)に対する財政支援を継続し、ジャーナリズム、人権、芸術の各分野における欧州・アジア間の民間交流と協力を拡充する

ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)との交流を強化し、可能な限り制度化するとともに、その際、スリランカとの海洋ガバナンスに関するプロジェクト等、既存の

プロジェクトを活用する

環インド洋連合(IORA)との協力を、経済、航行の安全、防災、危機管理の各分野において強化する

 ドイツ政府はインド太平洋地域のパートナーとともにルールに基づく秩序の維持に向け尽力する。そのために以下の取組みを進める。

国連安全保障理事会の改革および機能強化に向けた活動が成功裏に完結するようインド、日本とともに取り組む

・インド太平洋地域のパートナーとともに国際通貨基金(IMF)および世界銀行の役割強化、世界貿易機関(WTO)の強化・改革に努力する

・インド太平洋地域のパートナーとともに世界保健機関(WHO)の強化、検証プロセス、パンデミック対策・予防のための多国間の枠組みの強化に努力する

・インド太平洋地域において独仏両国主導による「多国間主義アライアンス」へのさらなる理解の促進に努める。その際、同地域にとって重要度の高いテーマも考慮していく

 ドイツ政府は、フランスと共同で、インド太平洋 地域との関係に関する欧州戦略の策定に取り 組む

気候変動防止と環境保全

 ドイツ政府は、気候保護、気候変動への適応、生物多様性の保全、再生可能エネルギー、エネルギー効率の分野において、インド太平洋における協力を強化する。そのために以下の取組みを進める。

・温室効果ガス排出量の大幅な削減を訴えるとともに、気候変動防止について、中国、インド、その他のインド太平洋諸国とともにこれまでの目標を上回る目標達成を目指す、EUによる取組みを支援する

太平洋諸島の国々やその他地域内で気候変動の影響を顕著に被っている国々に対し、安全保障上のリスクを含め気候変動に起因するリスクへの対応に関する支援を拡大する

海洋ごみの問題や海洋保全分野における開発政策上の取組みについて、二国間協力や地域協力を拡大する

・ドイツ政府が2020年に策定した「森林破壊ゼロの一次産品サプライチェーン推進に関するガイドライン」に基づく具体的な事業を立ち上げ、拡大するとともに、インド太平洋地域の生産国と消費国の対話の枠組みを支援する

温室効果ガス排出を抑制した持続可能なパーム油開発に向けた取組みを重点国とともに拡充する

「生態系を活用した適応策(EbA)」の国別適応計画(NAP)への統合を推進する

生物多様性の保全と持続可能な利用を具体的なプロジェクトによって推進し、パートナー諸国による生物多様性国家戦略の策定と実施を支援する

グリーン水素についての協力を特にオーストラリアとの間で拡大する

野生動物の密猟や違法取引に対する取組みを支援し、特定形態の食用野生動物取引の禁止に向けて尽力する

気候保護、気候変動適応、再生可能エネルギーの分野におけるインドとの緊密な協力を強化し、インドとフランスのイニシアチブにより発足した「国際太陽光同盟(International Solar Alliance)」に参加する

「脱炭素同盟(PPCA)」において、他の参加国やパートナーとともに、アジア諸国における石炭火力発電からの脱却や石炭火力設備への資金拠出終了に向けた取組みを進める

・すでに進めているエネルギー協力を拡充するとともに、特に東南アジア地域の国々と新たなエネルギー協力を開始する

 ドイツ政府は、多国間主義推進のアプローチを、気候変動防止と環境保護分野においてインド太平洋地域とともに強化していく。そのために以下の取組みを行う

「緑の気候基金(GCF)」に対し累積で22.5億ユーロという最大規模の拠出を行う

・生物多様性条約(CBD)に基づく2020年以降の生物多様性目標について、野心的な国際枠組みの実現に向け尽力し、その実施をインド太平洋地域のパートナーとともに前進させていく。中国・昆明市で開催予定の次回の生物多様性条約締約国会合(COP15)に向け、中国とも緊密に協力する

・多国間の枠組みである「気候と安全保障のためのフレンズグループ」における太平洋諸島の国々をはじめとするインド太平洋地域の多くの国々との緊密な協力を継続するとともに、国連が気候変動の安全保障的側面と体系的に取り組んでいくよう、ともに尽力する

・2019年の「ベルリンにおける行動の呼びかけ(Berlin Callfor Action)」に基づき、「気候と安全保障のためのベルリン会議」の形式を

「アムステルダム宣言パートナーシップ」のもと、持続可能なパーム油・天然ゴム生産のため、インド太平洋地域の森林率の高い国々と緊密に協力する

平和・安全・安定の強化

 ドイツ政府は、インド太平洋地域における安全保障分野の取組みを拡大する。そのために以下の取組みを進める。

国連海洋法条約に定められた原則の確保や、国連による対北朝鮮制裁の監視等、インド太平洋地域におけるルールに基づく秩序の維持・確保に向けた取組みに参加する

・インド太平洋地域における安全保障・防衛政策分野のパートナー諸国との協力を拡大していく。これについては、安全保障政策分野のフォーラムへの参加、同地域における訓練・演習への参加、退避計画の共同策定、連絡将校の派遣、海洋分野における様々な形態のプレゼンスが考えられる

・インド太平洋地域の海賊対策に積極的に協力するため、海賊行為と船舶に対する武装強盗と戦うための「アジア海賊対策地域協力協定ReCAAP」に加盟する

・国際海洋法分野の具体的なプロジェクトを通じ、中国とASEAN諸国の間で実質的かつ法的拘束力をもつ「南シナ海行動規範(CoC)」が策定・合意されるよう支援する

ASEANによる安全保障分野の協力の枠組みを支援し、これを通じ、EUの安全保障上の役割強化も図る

NATOにおいて、(オーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国等)「世界におけるパートナー(Partners Acrossthe Globe)」との関係

・各国との二国間の防衛協力を、輸出管理上の義務との整合性を確保しつつ、また地域各国との関係の戦略的性質に配慮しながら進める

・インド太平洋地域で価値を共有する国々(シンガポール、オーストラリア、日本、韓国等)とのサイバーセキュリティ政策協力や対話を、各国自身の情報通信システム保護や、サイバー・情報通信空間で増大する脅威への集団的な防衛能力・強靭性の強化を図るため、拡大する

・必要に応じ、インド太平洋地域のさらなる国々をドイツ政府の「能力構築・強化(Enable & Enhance)イニシアチブ」に加えていく

・インド太平洋地域における安定化とメディエーションに、より多くの資金を振り向ける

 ドイツ政府は引き続き、非軍事の紛争予防・紛争解決・平和支援のための措置を実施していく。そのために以下の取組みを進める。

暴力的過激主義に対抗し、社会的結束を推進するための二国間プロジェクトや市民社会との取組みを進める

・ 開発政策的手段によって、武力紛争の原因を取り除くための取組みを進める

 ドイツ政府は、インド太平洋地域における、また同地域とともに進める軍備管理・輸出管理分野の活動を強化する。そのために以下の取組みを進める。

核兵器不拡散条約(NPT)締約国として核を保有する中国との対話において、検証可能な軍備管理と信頼醸成に向けた同国の意欲を促す働きかけを行う

「ミサイル対話イニシアチブ(MDI)」や、新技術への対応について議論する会議(「Capturing Technology. Rethinking Arms Control」)を、インド太平洋地域の主要アクターの参加のもと拡大する

武器貿易条約(ATT)について、従来締約国が多くなかったインド太平洋地域における一層の普遍化のため尽力する

輸出管理や拡散金融対策におけるASEAN諸国の能力構築を支援していく

人権と法の支配の推進

 ドイツ政府は、インド太平洋地域各国における人権の強化ならびに国際人権基準の実施に向けて尽力していく。そのために以下の取組みを進める。

・国際放送ドイチェ・ヴェレ(DW)のもつ専門的知見やメディア対話、また、メディアリテラシー、クオリティ・ジャーナリズム、意見の多様性に関するジャーナリスト講座等を通じて、意見表明の自由や報道の自由を促進する

・継続的に対話を実施していくことで、インド太平洋地域において、宗教の自由、思想の自由、宗教的寛容、平和に対する宗教の責任を促進する

「ビジネスと人権」分野のドイツ政府のコミットメントを継続的に強化し、インド太平洋地域における支援ネットワークを拡大する

・インド太平洋地域における市民社会の活発な活動を具体的なプロジェクトを通じ支援・促進していく

 ドイツ政府は、インド太平洋地域の各国政府と、二国間レベルやEUレベルの対話(人権対話)、国連人権理事会をはじめとする多国間の場において、率直かつ批判も辞さない意見交換を行っていく。その際、政治的理由により迫害された人々のためにも尽力していく。

 ドイツ政府は、インド太平洋におけるファクトに基づく情報の普及を推進し、具体的なプロジェクトを通じて虚偽情報に対する強靭性の向上を図っていく。そのために、「地域ドイツ情報センター(Regional German Information Centre)」をシンガポールに設置する。

 ドイツ政府は、当該国に改革の意思があり、かつ成果の得られる見通しがある場合、インド太平洋において、「全ての人々への司法へのアクセス提供」をはじめとする「法の支配」支援のさらなる取組みを支援していく。

ルールに基づく、公正で持続可能な自由貿易の強化

 ドイツ政府は、インド太平洋地域における経済関係の多角化と強化のための枠組み条件を改善していく。

 ドイツ政府はEU通商政策を支援し、インド太平洋地域諸国との協力のもとWTOを中心とする多角的貿易体制の強化に向けて尽力する。

 ドイツ政府は、貿易・投資障壁の相互軽減・撤廃や、環境・社会福祉基準、気候保護、競争政策、国有企業、補助金、知的財産権保護に関する拘束力あるルール策定に向けた、EUの対インド太平洋通商政策を積極的に支援する。そのために以下の取組みを進める。

・ドイツ製品や欧州製品について市場アクセスを改善し、公正な競争と持続可能性を促進する

・新型コロナウイルス感染症との関連において認められる「脱グローバル化」傾向に対抗し、サプライチェーンの多角化を推し進める

・欧州各国とともに、特にニュージーランド、オーストラリア、インドネシアをはじめとするインド太平洋地域各国とEUの間の自由貿易協定締結を目指す交渉の迅速な進展に向けて、さらにはその次の段階として、EUとASEANの自由貿易協定交渉の再開に向けて尽力する

・韓国との協定改定等、既存の自由貿易協定の現代化を進める

・EU・中国間の市場アクセスの非対称性を是正し、公正・無差別な競争条件を実現するため、包括的かつ野心的なEU・中国投資協定に向けた交渉を後押しする

 ドイツ政府は、インド太平洋地域におけるドイツ企業の活動を側面支援していく。そのために以下の取り組みを進める。

戦略的対外プロジェクトの潜在的可能性を今後より積極的かつ集中的に活用する

ドイツビジネス・アジア太平洋会議(APK)を、ドイツ企業各社の国外における活動を牽引する行事として拡大していく取組みに、ドイツ政

在外ドイツ商工会議所(AHK)のネットワークを支援する

・インド太平洋地域における職業教育協力を拡充する

「持続可能な繊維のための同盟」のもと、繊維産業の持続可能性強化をインド太平洋地域の生産国においても実現すべく尽力する

 ドイツ政府は、現在ある資源を有効活用した上で、査証申請審査・交付に必要な人員・組織の一層の充実を可能な限り図っていくことによって、大学生、専門技能者、専門家による勉学・研究、訓練・研修、就職を目的としたドイツへの入国および(期限付きの)移住をしやすくしていく。


ルールに基づく空間・市場の連結およびデジタル・トランスフォーメーションの推進

 ドイツ政府は、インド太平洋地域との連結性並びに同地域内の連結性を強化する。そのために以下の取組みを進める。

・EU各国とともに、EUレベルの「欧州・アジア連結性戦略」の迅速かつ包括的な実施に取り組む

・同戦略を、二国間のコミットメントを通じて側面支援し、そのなかでインドとの「グリーンエネルギー回廊(GEN)」プロジェクト等、既存の協力事業を活用する

「持続可能な連結性のための日EUパートナーシップ」の実施にあたりEUを支援する

・EU各国と協力し、連結性の分野や将来のEU・ASEAN連結性パートナーシップ締結の展望に向けたEU・ASEAN協力の強化に尽力する

・EU・ASEAN間の「包括的航空協定(CATA)」締結に向けた交渉の早期妥結に向け尽力する

・連結性プロジェクトにおいて、高水準の基準と持続可能性の実現を求める

・連結性プロジェクトの資金調達に国レベルとEUレベルで貢献する

 ドイツ政府はデジタル・トランスフォメーションを推進していく。そのために以下の取組みを進める。

・インド太平洋地域各国とのインダストリー4.0分野における協力を拡大する

・すでに行われているオーストラリア、日本、韓国とのデジタル・トランスフォーメーションに関する緊密な対話を強化し、研究、開発、標準化について日本、インド、韓国といったパートナー諸国と緊密な協力を実現するとともに、多国間レベルの協力を推進することにより、デジタル・トランスフォーメーションのチャンスをより積極的に活用する

5Gの先を見据えた将来についてのインド太平洋地域各国との対話を模索する

 ドイツ政府は、キーテクノロジーにおけるドイツの競争力強化を図る。そのために以下の取組みを進める。

・特にシンガポール、オーストラリア、韓国、日本等インド太平洋地域各国とのキーテクノロジーに関する協力の可能性を探り、その際、そうしたテクノロジーの責任ある利用推進にともに取り組む

 ドイツ政府は、とりわけインド太平洋地域を念頭に、ドイツとEUのデジタル主権を推し進め、戦略的に促進する

文化・教育・科学を通じた人的交流

→ドイツ政府は、文化、教育、科学の分野におけるインド太平洋地域との協力を拡充する。そのために以下の取組みを進める。

・インド太平洋地域の各種イノベーション領域とのつながりをより緊密化し、ニューデリーの「インド・ドイツ科学技術センター」といった既存の枠組みを活用するとともに、こうした枠組みをモデルとして他国との協力も進める

・特に、インド太平洋地域の価値を共有するパートナーとともに戦略的・革新的な将来技術の

分野で進める共同研究プロジェクトについて、ドイツの研究者向けの助成措置を拡充する

・中国・同済大学の中徳学部、ベトナム・ホーチミン市のベトナム・ドイツ大学、ニューデリーと東京に拠点を置く「ドイツ科学・イノベーションフォーラム(DWIH)」といったドイツの対外学術政策の主要事業を推進・支援する

対外文化教育政策において、文化関係者・芸術家や研究者の自由を確保するための取組みを進めるとともに、市民社会との協力、ジャーナリスト・メディア関係者の支援、クリエイティブ産業分野におけるコミットメントを継続的に支える

・インド太平洋地域における学術交流や文化財保護のための活動を地域各国とともに継続する


II 政策分野

多国間主義の強化

各国間の競合や緊張が高まる時代においては、平和や安定をもたらす取組みのために多国間主義が果たす役割はとりわけ大きい。多国間主義とはすなわち、各国が自らの利益の追求を、他国との調整並びに他国への配慮のもと行うということである。その実現には、ルールに基づく秩序の幅広い定着、また各国際機関との効率的かつ実効性ある協力が必要である。

気候変動、貧困、移民、感染症といった世界的な課題は、国際社会が一致協力しなければ克服することができない。新型コロナウイルスの感染拡大との闘いを見れば、現代の喫緊の課題を解決していくにあたり、多国間の協力の重要性がこれまでになく高まっていることがわかる。

多国間主義の考え方は、ドイツとインド太平洋地域との関係においても指針となる。ドイツ政府は、同地域と協力していくにあたり、G20等多国間の枠組みやグループに強く組み込まれた形で協力を進め、かつまた地域の枠組みが前進するよう図っていく。とりわけ、インド太平洋地域の戦略的パートナーとしての欧州連合の役割の強化を目指していく。

グローバルレベルにおける多国間主義的活動の中心となるのは、これまでと同様、各専門機関・国際司法裁判所を含む国連体制である。国連改革におけるインド太平洋地域各国の役割は大きい。例えば国連安全保障理事会では、同地域の国である中国が常任理事国の1議席を占めてきたし、やはり同地域のインドと日本の2か国は、国連安全保障理事会の改革・機能強化の取組みが成功裏に完了するよう、ドイツとともに尽力している。この取組みは、国連安全保障理事会を拡大し、同理事会の代表性確保を通じて、その権威を今後も維持し正統性を確保していくことを目指している。

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を通じて、国際的な健康危機の只中にあってもG20や国連がしっかり機能することの重要性が如実に示された。ドイツ政府は、保健・医療分野における最も重要な多国間の枠組みであるWHOの強化が必要であるとの考えで、G20やインド太平洋地域をそのための重要な協力相手ととらえている。そこでの重要な一歩となるのが、パンデミックへの共同対処のさらなる改善に向けてWHOが行う検証プロセスである。

ドイツ政府は、新型コロナウイルス危機の経験を踏まえ、パンデミックの予防や克服のための多国間体制の強化を求めている。グローバルヘルスの強化と保護に向けた多国間の取組みの必要性は多くのインド太平洋諸国が訴えており、ドイツ政府はこれを歓迎している。

国際金融機関である国際通貨基金(IMF)世界銀行は、国際通貨制度の安定と経済協力・開発の促進に重要な貢献を果たしている。ドイツ政府は、両機関を支援しており、とりわけその新型コロナウイルス危機への強力な対応を支持している。ドイツ政府は、インド太平洋地域のパートナーとともに、ルールに基づく国際貿易の再活性化、サプライチェーンの確保、コロナ危機後の回復後押しのため、ルールに基づく多国間貿易秩序を支える中心的存在としての世界貿易機関(WTO)の強化・改革に尽力している。

国際的な多国間協力の強化に向けたもうひとつの要素として、2019年、ドイツとフランスが立ち上げた「多国間主義アライアンス」が挙げられる。この新しく、柔軟で、テーマごとに協力を進めるネットワークは、各国が様々な政策分野で取組みを進め、ルールに基づく秩序の維持・発展を促進する場となっている。インド太平洋諸国の多数が「多国間主義アライアンス」の活動を支持している。同アライアンスは、ルールに基づく秩序の強化とその未来の発展に貢献したいと考える全ての国にその門戸を開いている。

ルールに基づく秩序の中心を成すのは、国連憲章、世界人権宣言をはじめとする人権関係諸条約、軍縮・軍備管理・核兵器不拡散に係る諸条約である。2つの大洋を擁し、海洋紛争が度々発生しているインド太平洋地域においては、国連海洋法条約の完全性の確保と適用は極めて重要である。

インド洋と太平洋は、国際的な商品輸送・原料輸送の重要な通過ルートが通っており、国際海上貿易の約3分の2がインド太平洋地域を経由している。貿易立国のドイツは、インド太平洋の安全と安定に重大な関心をもっている。1982年の「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)は、ルールに基づく海洋秩序のための包括的かつ国際的効力を有する法的枠組みであり、海域の境界画定と利用、海洋協力、紛争処理手続き(ハンブルクの国際海洋法裁判所の手続きを含む)等を定めている。

全般的に外交重視の傾向が強まるなか、地域機関や地域の枠組みの重要性が増している。多くの国は、新たなブロック化が進行し、いずれの側につくのかを決めるよう迫られる事態を懸念している。それゆえ、国際関係の多角化を図り、地域の枠組みを通じて覇権的な動きから身を守り、自らの意思決定の自律性を守ることに関心を抱いている。

東南アジア諸国連合(ASEAN)は、インド太平洋において最も影響力のある地域機関である。ASEAN加盟10か国間の協力は、ビジネス、貿易、連結性に関する諸事項に大きな影響を与えている。ASEANは、その位置が地理的中心にあるため、インド太平洋の安全保障、安定、繁栄に重要な役割を果たす。

さらにASEANは、東南アジアを越え、中国、日本、韓国、米国、ロシア、インド、オーストラリアといった国々との信頼醸成や多国間の枠組みの協力において核となる役割を果たしており、こうしたことにも鑑み、ドイツ政府は、ASEANの機能強化に強い関心を抱いている(「ASEAN中心性」)。

ドイツは、EUとASEANの協力を推進している。ともに地域機関である両者は、必然のパートナーである。1977年のEU・ASEANパートナーシップの開始以来、両者の関係は非常に緊密になってきており、その戦略的パートナーシップへの格上げについての基本合意が得られるまでになっている。すなわち、EUはASEANとのパートナーシップのレベルを、例えば中国やインドとのパートナーシップと同等のものにするということであり、それは、ハイレベル会談の頻度を上げ、包括的な政治協力を行うということである。ドイツ政府は、関係格上げの速やかな実現を求めている。

ドイツは2016年から、少なくとも現時点ではEU加盟国として唯一、「ASEAN開発パートナー」を務めている。ドイツ政府は、このパートナーシップにおいて、ASEAN事務局の強化を支援している。加えて、環境と気候変動、地域経済統合、ルールに基づく自由貿易、連結性、海洋安全保障といった分野において具体的な協力を進めている。ドイツは、2005年以降、9700万ユーロ以上もの金融支援を行ってきており、EU内では最大、世界では5番目のASEAN支援国である。

こうしたこれまでの貢献や、相互に寄せる信頼と敬意に基づき、ドイツ政府は、地域情勢・国際情勢に関する定期的なハイレベル協議の実施を含め、いわゆるASEAN対話パートナーとしてのASEANとの連携強化を目指している。

ドイツは2020年、「東南アジアにおける友好協力条約(TAC)」(1976年締結)に加盟し、平和的紛争解決と対話を基本原則とするASEANの行動規範への支持を表明した。これにより安全保障分野で東南アジアとの連携を強化するための土台を築いた。同条約加盟はドイツ政府にとり、同地域における安全保障分野のコミットメント強化に向けた基礎となる。

ASEANは2019年、インド太平洋地域における地政学的課題に対するASEAN自身の回答を示した。「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」の策定である。このAOIPにおいてASEANは、地域内の二極化の進行に鑑み、対外関係の多角化に関心を示しており、これにより、今後も自身の行動能力を維持していくための重要な要素を打ち出している。

ASEANを中心にした広域的安全保障の枠組みの核を成しているのが、「東アジア首脳会議(EAS)」である。EASは、インド太平洋地域において、中国、日本、韓国、インド、ロシア、米国、オーストラリア、ニュージーランドも集まる唯一の首脳会議である。

ドイツ政府は、EASや地域の他の安全保障フォーラムにおいてEUがより積極的な役割を果たすよう力を尽くしており、ドイツ自身としても、より積極的に活動する用意がある。

EUは、ASEAN各国の国防相と、ASEAN対話パートナー国のうち8か国が構成する枠組み「拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)」による活動へのオブザーバー参加の希望をすでに出している。ドイツ政府は、EUの枠組みで同地域における具体的な安全保障上の貢献を行うことでこれを後押ししている。より長期的には、欧州の取組みにおいてEUを支援するため、ADMMプラスへのオブザーバー参加申請を行うことを検討している。

EUがASEAN地域フォーラム(ARF)のメンバーであることも、安全保障分野でのコミットメント強化にプラスとなる。(北朝鮮を含む)27か国が参加するARFは、インド太平洋地域において最も大規模で包括的な安全保障会議である。ドイツ政府は、安全保障分野での貢献や知見の提供を通じ、ARFにおけるEUの活動を支援している。

インド太平洋地域には、ASEANやその安全保障対話の枠組み以外にも、多国間協力の強化でドイツ政府やEUの重要なパートナーとなる他の地域機関が存在する。これらの機関は、それぞれ活動の重点は異なるものの、インド太平洋地域の統合改善とネットワーク強化という目標をともに追求している。

そうした地域機関には、アジア開発銀行(ADB)や、2015年に設立されドイツ政府も出資するアジアインフラ投資銀行(AIIB)といった地域金融機関がある。ドイツは、ADBのメンバーとして何十年にもわたり、社会環境基準に配慮した経済開発を通じて多国間主義を推進してきた。ドイツは、地域の膨大なインフラニーズに対し、二国間ドナー国として日本に次ぐ2番目の規模の援助をADBを通じて行っている。北京に本部を置くAIIBにおいてはドイツ政府として、あらゆるプロジェクトで社会環境基準が遵守されるよう取り組んでいる。

1971年設立の「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、地域の枠組みにおいても国連の枠組みにおいても、気候と安全保障の問題に関するドイツ政府の重要なパートナーである。PIFは、国連において12票をもつ等、多国間レベルで存在感をもっている。ドイツは今後、PIF首脳会議にハイレベルの出席者を派遣し、共同プロジェクトを推進することで、対話パートナーとしての関与を拡大していく。

メコン川流域の水資源管理問題は争いの火種になりやすくなっているが、「メコン川委員会(MRC)」はそこで中心的な役割を担っている。ドイツ政府と欧州連合は、全ての流域国によるメコン川の持続可能な利用の促進を目指し、MRCの役割と活動を支援している。

「アジア欧州会合(ASEM)」は、欧州とインド太平洋合わせて53の国・機関が対等のパートナーとして協力を行う枠組みである。その中心は、2年ごとに両地域の首脳が集まるASEM首脳会合である。

ドイツ政府は、インド太平洋地域と最新の情勢や戦略的テーマについて協議するための貴重な場としてASEMを高く評価している。

1997年、ASEMにおいて「アジア欧州財団(ASEF)」が設立された。ASEFは、人的交流において重要な役割を果たしている。ASEFは、ジャーナリズム、人権、および芸術の分野で、欧州とアジアの民間交流と協力を推進している。これには、ドイツ政府の財政支援も貢献しており、ドイツ政府は、この分野へのコミットメントを今後も続けていく。

「ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)」は、南アジアと東南アジアを連結する地域機構である。インドは、地域内においてもBIMSTEC域外においても、連結性強化に向けた活動を強めており、そのことがこの地域機構の重要性拡大につながっている。ドイツ政府は、BIMSTECに地域統合・地域協力を促進する大きなポテンシャルがあると見ており、制度化された交流の可能性も含めBIMSTECとの関係強化を目指していく。

また、「南アジア地域協力連合(SAARC)」は、インドとパキスタンの紛争により活動が停滞気味ではあるが、ドイツ政府としては、地域政策課題に対処するSAARCの取組みを引き続き支援していく。

1997年設立の「環インド洋連合(IORA)」は、インド洋全体にまたがる唯一の国際組織であり、ドイツは、2015年から対話パートナーとなり、IORAの能力構築を支援している。ドイツ政府は、協力拡大と危機予防の制度的枠組みとしてIORAがもつ大きなポテンシャルを将来、より積極的に活用していきたいと考えている。


気候変動防止と環境保全

インド太平洋地域が直面している地球規模の課題のなかでも、気候変動の進行と生物多様性の喪失は極めて深刻である。特に海面の上昇と異常気象の増加は、2つの大洋を擁する同地域にとり重大な問題となっている。メガシティー(巨大都市)が集中する高度な都市化も、同地域に課題をつきつけている。経済成長全体の80%が都心部で生じており、巨大都市は気候変動の加速要因になっている。しかも、インド太平洋地域ほど、海面上昇の影響を直接受ける人々の数が多い地域は他にない。また、過去20年間気象災害の影響が最も大きかった10カ国の世界ランキングに、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、タイ、ベトナムが入っている。

インド太平洋地域では、農業が、雇用を支える重要な部門であり、降雨パターンの変化や干ばつの発生も極めて深刻な影響を与えている。持続可能性が社会、生態系、経済の各次元で相互に絡み合う状況が顕著に現れているのである。加えて、気候変動は、その影響を受けた国々においてしばしば、貧困削減の努力、食料安全保障、持続可能な雇用、自然環境の再生といった取組みの妨げになっている。また、干ばつの増加は森林火災のリスクを増大させている。これら全てが、生物多様性、気候、そして最貧困層をはじめとする同地域の人々の生活基盤に甚大な影響を与えているのである。

生物多様性の喪失は、陸上と海洋に多くの生物多様性ホットスポットを有するインド太平洋地域に大きな課題を突き付けている。気候変動以外にも、違法伐採、人の居住地の拡大、工業化、「持続不可能な」観光開発等が、陸上生態系を脅かしている。海洋においては、その汚染、破壊、乱獲が、沿岸生態系を不安定にしている。インド太平洋地域の多くの国々の経済は、沿岸生態系に依存している。漁業は重要な経済部門であるため、沿岸生態系が不安定化すると、多くの人々の生活基盤が脅かされる。

海洋ごみ問題は、海流の働きにより世界規模に広がっている。推定700万立米という世界最大規模の海洋ごみ発生国である中国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイの5か国は、いずれもインド太平洋地域に位置している。海洋ごみには、海岸や河川から海に直接流出するもの、さらに漁業関連をはじめとする海上由来のごみがある。ドイツ政府は、G20での議論を促すとともに、インド、ベトナム、インドネシア等における二国間プロジェクトや地域プロジェクト、さらにASEANとの協力による地域レベルのプロジェクトを支援している。

気候変動は、インド太平洋においても安全保障上の要素を内包するようになってきており、すでにあるリスクを増幅させ、紛争を誘発したり、激化させたりする要因になりうる。そこから、外交や開発政策の新たな課題が生じてくる。勢力圏や資源を巡る紛争、作物の不作、破壊、飢餓のリスクが高まり、これによって今度は、難民・避難民や移民の発生につながりかねないからである。また、海面上昇は、インド太平洋地域の沿岸部における生活や、海抜の低い島嶼国の存続にとり脅威となってきている。

インド太平洋地域の複数の国々は、気候変動の影響を直接被っており、必然の流れとして気候保護の取組みでの協力相手となっている。2015年のパリ協定では、同地域の全ての国々が、地球温暖化を可能な限り1.5°C以内に抑えるための適切な措置を講じ、「自国が決定する貢献(NDC)」を2020年から5年ごとに見直すことを国際条約という法的に拘束力のある形で約束した。

パキスタンは、気候変動により最も深刻な影響を受けている上位10か国のひとつである。異常気象は、すでに現時点において年間平均で40億米ドル近くに及ぶ経済損失を引き起こしている。パキスタンが気候変動への適応策を講じなければ、2050年までに貧困層がさらに2140万人増える可能性がある。

ドイツ政府は、森林再生、災害管理、国際的な気候資金の開拓、再生可能エネルギー利用拡大・エネルギー効率向上といった分野で、パキスタン政府による同国NDCの実施を支援している。気候保護とエネルギーの分野で進められている協力の規模は額にして約3億ユーロにのぼる。

生物多様性の分野でも、インド太平洋地域の多数の国々は私たちの必然のパートナーであり、「生物の多様性に関する条約(CBD)」の加盟国として、条約目標の達成にコミットしている。2021年に開催予定の「第15回生物多様性条約締約国会合

(COP15)」の主催国中国は、ドイツとも協力し、野心的な「ポスト2020生物多様性世界枠組」の策定を進めている。ドイツ政府は、中国が重要なプレイヤーとして積極的かつ実効性ある取組みを見せていることを、地域や他の新興国への重要なシグナルであるとみなしている。

アジアにおける、野生動物の肉の需要や、皮や歯・牙といった肉以外の部位への需要の高さから、多数の野生動物の種の存続が危ぶまれている。それゆえドイツ政府は、野生動物の密猟・違法取引撲滅のためのプロジェクトを支援している。例えば象牙やサイの角がアフリカから中国やベトナム等インド太平洋の消費国に密輸されている。さらに、野生動物市場があることで野生動物の消費が進むが、この状況は動物から人間へのウイルス感染(人獣共通感染症)のリスクを高める。ドイツ政府は、感染症の発生予防措置として、また、生物種・生物多様性保全のための重要な一歩として、食用野生動物の特定形態の取引を禁止するよう強く求めている。しかしながら、インド太平洋地域の主要消費国と協力して進めなければ、こうした取組みの前進は不可能である。

このように、インド太平洋諸国は、気候変動や生物多様性の喪失への懸念を共有しているが、先進工業国へのキャッチアップを目標としてきたという点も共通している。しかし、そうした努力の過程におけるエネルギー需要・資源需要の増大は、気候、環境、生物多様性に大きな影響を与えている。実際、東南アジアは経済成長の速度が世界でも最大規模の地域であるが、2040年までにそのエネルギー需要は60%も拡大すると予想されている。

世界の温室効果ガス排出量上位10か国のうち5か国は、インド太平洋地域の国々であり、同地域は、気候変動の進行をもたらす主要地域のひとつとなっている。同地域では、石炭生産や石炭消費がかなりの規模にのぼるなど、エネルギー需要が化石エネルギー主体で賄われており、この状況は、野心的な気候変動防止の取組みや「持続可能な開発のための2030アジェンダ」達成に向け立ちはだかる大きな課題となっている。インド太平洋地域において大幅な排出削減が実現しなければ、パリ協定の目標達成は不可能であろう。そのためドイツ政府は、中国やインドをはじめインド太平洋地域の国々とともに、従来の目標を超える気候変動防止目標をそれぞれ達成していこうとするEUの取組みを後押ししている。

気候変動は、暴風雨・降雨パターンの変化や海洋生態系をはじめとする生態系への負荷といったストレス要因を、すでに現在生じさせている。多くのインド太平洋諸国は、気候変動の影響に対するレジリエンス(強靭性)を高めるとともに、影響による変化に適応する必要がある。こうした気候変動レジリエンスなしには、持続可能な開発が困難になるからである。また、社会保障制度、都市開発、農業のあり方、さらには、生態系や政策自体の適応を図っていくことが必要である。

インド太平洋地域における気候変動の進行を少なくとも抑制し可能な限り阻止するため、また、同地域の気候変動レジリエンスの強化と生物多様性保全を進めるため、ドイツ政府は、国際的な気候変動対策資金への拠出を約束どおり実行しており、2020年には計40億ユーロを拠出する。ドイツの拠出額は2014年からこれで倍増したことになる。ドイツは、気候変動対策資金の国際的な長期目標である先進国による1000億米ドルの拠出達成に向け、引き続き公平な負担を担っていく。

この地球規模の課題において、ドイツ政府は多国間のアプローチに期待しており、G20等において、他の国々とともに積極的に取り組んでいる。「緑の気候基金(GCF)」は、国際的な気候変動対策資金の確保・拠出において中核的な役割を担っているが、同基金にドイツは計22億5000万ユーロを拠出し、最大拠出国のひとつとなっている。同基金は、2010年に気候変動枠組条約(UNFCCC)のもと設立され、開発途上国における気候保護プロジェクトや適応策への無償資金や有償資金の提供を行っており、低排出型で気候レジリエントな発展への転換を目指して運営されている。

ドイツ政府は、太平洋の地域機関であるSPC(太平洋共同体)とSPREP(太平洋地域環境計画事務局)、およびそれぞれの域内加盟国が支える「太平洋地域NDCハブ」を、ドナー側の英国、オーストラリア、ニュージーランドとともに2018年から支援してきた。これは、パリ協定に基づく国別目標「自国が決定する貢献(NDC)」の実施とその野心的な改定にあたり、15の島嶼国を支援していく枠組みである。気候変動によって存亡の危機に直面している太平洋島嶼国は、国際的に脱炭素推進論の先頭に立つだけではなく、脱炭素経済と脱炭素型ライフスタイルの迅速な実現においても先駆的役割を担おうと取り組んでいる。「ハブ」は、地球規模で結成された「NDCパートナーシップ」と緊密に連携しながらこうした取組みを進めている。

ドイツ政府は、2018年、太平洋島嶼国のナウルと協力し、多国間の枠組みである「気候と安全保障のためのフレンズグループ」を立ち上げた。共同議長国となったナウルのほか、ほぼ全ての太平洋島嶼国ならびにその他のインド太平洋諸国が同グループに参加している。気候変動の安全保障的側面を国連の活動において体系的に扱うとともに、気候変動による安全保障上のリスクへの対処にあたり関係国を支援するのが、同グループの活動のねらいである。

ドイツ政府は、インド太平洋地域における二国間レベルの資金供与を、開発協力の予算で、「国際気候イニシアチブ(IKI/ICI)」「NDCパートナーシップ」を通じ、あるいは「持続可能なイノベーションのための国際パートナーシップ(International Partnerships for Sustainable Innovations:CLIENT II)」での研究協力の一環として、気候保護・気候変動レジリエンスの推進、生物多様性の保全、再生可能エネルギー・エネルギー効率分野の取組みのために実施している。

気候保護分野における活動は、政策助言、能力構築、訓練・研修、技術協力が中心となる。気候変動レジリエンス分野の活動には主なものとして、「生態系を活用した適応策(EbA)」、気候変動による異常気象のリスク管理強化(画期的な保険の活用等)、気候変動に起因する人口移動への対処、都市における気候変動への適応、国別適応計画(NAP)の策定・実施等がある。なお、ここでは明確に「都市」に重点を置いた施策が多い。

ドイツ政府が2020年に策定した「森林破壊ゼロの一次産品サプライチェーン推進に関するガイドライン」には、同政府がインド太平洋諸国とも協力して進めていきたいと考えている具体的な森林保全対策が盛り込まれている。

「国際気候イニシアチブ(IKI/ICI)」では、現在、インド、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナムのインド太平洋地域5か国とともに、各国の状況に合わせ3000万から3500万ユーロ規模のプロジェクトの選定を進めている。ここでは、これら重点国それぞれの国別目標の実現を目指していく。例えばタイにおけるプロジェクトは、都市レジリエンスの強化、再生可能エネルギー・エネルギー効率・グリーンな電動公共交通の拡大、タイ自身の「国家気候イニシアチブ(ThaiCI)」の構築を目指すものとなっている。

ドイツ政府は、研究とイノベーションこそ地球規模でエネルギー転換を前進させる牽引役であると考えている。再生可能エネルギーやグリーン水素の貯蔵技術等、重要技術に必要な知識の獲得には研究・イノベーションが欠かせない。ドイツ政府は、例えばオーストラリアとともに、グリーン水素のサプライチェーン構築に向けたフィージビリティースタディの実施を目指している。

ドイツ政府は、持続可能で気候中立なエネルギー政策推進のため、インド太平洋地域でこうした考えを共有する国々との間でエネルギーパートナーシップを結んでいる。これにより、地球規模のエネルギー転換、ひいては世界的な気候変動防止に向けた実質的貢献を果たすことを目指している。インド太平洋地域における協力では、投資インセンティブ、制度的環境の改善、技術的可能性の拡大が焦点となっており、同地域との間や地域内における情報・意見交換を推進している。またドイツ政府は、再生可能エネルギーの利用とエネルギー効率の強化を中心とする、気候中立なエネルギー分野における協力の緊密化には大きなポテンシャルがあると考えている。

ドイツ政府は、インドとの間で、気候変動防止と気候変動への適応策、再生可能エネルギー・エネルギー効率、持続可能な都市開発、環境・資源保護の各分野で、緊密な協力を進めている。例えば、気候変動防止に関し、「グリーン・アーバン・モビリティ」への10億ユーロの支援を表明するとともに、インドの気候変動防止戦略実現に向けたプロジェクトを支援している。また、2015年にインドとの間で立ち上げられた「ソーラーパートナーシップ」には、大型太陽光発電施設や屋根・屋上用太陽光発電システム、さらにはオフグリッドPV設備の普及拡大を目指して10億ユーロの資金が拠出されている。支援により設置された設備の総設備容量はすでに250メガワット以上に達している。さらにドイツ政府は、インドに本部を置く「国際太陽光同盟」への参加を目指すとともに、インドが主導する「災害レジリエントなインフラに関するコアリション(CDRI)」を支援している。

インドとドイツの「都市化パートナーシップ」では、統合型都市整備(integrated urban development)のアプローチを気候変動防止の施策と整合的に進められるよう取り組んでいる。

気候変動やグローバルな経済の動きがもたらす負荷に対して、社会・生態系システムのレジリエンスがこれ以上弱体化しないよう、ドイツ政府は取り組んでいる。インド太平洋地域の生物多様性の保全は、経済的・社会的観点からも世界的に重要である。

地球規模の気候変動防止において、熱帯雨林は不可欠な役割を担っている。東南アジアには世界で面積が3番目に広い熱帯雨林地帯がある。パーム油生産をはじめ農業目的に使用される土地面積が大幅に増加した結果、東南アジアの熱帯雨林は、近年大幅に減少している。

熱帯雨林の保護と気候変動防止が必要な一方で、人々の生活を守り経済的豊かさを求める必要性もあるなか、利害関係者間では、長年をかけマルチ・ステークホルダー・プロセスが進められ、持続可能なパーム油生産の国際的標準が策定された(「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」)。インドネシアは、生物多様性ホットスポットであり、最大のパーム油生産国・輸出国、また温室効果ガス主要排出国でもあるとともにG20やASEANのメンバーであり、地球規模の気候変動防止と環境保護において重要な国である。ドイツ政府は、低排出で持続可能なパーム油生産の実現を後押しするため、インドネシアにおいていくつものプロジェクトを支援している。具体的には例えば、気候保護に配慮した栽培方法の普及拡大、認証に関する支援、また、地方レベルを中心とした政策助言等を行っている。


平和・安全・安定の強化

2016年に発表されたEUの「外交・安全保障政策に関するグローバル戦略(Global Strategy on Foreign and Security Policy)」は、欧州の繁栄とアジアの安全保障には直接の関連があると指摘している。経済的な結びつきの緊密化が進むなかでその恩恵を享受するためには、平和、安全、安定およびグッド・ガバナンスは不可欠の前提である。

自由な海上輸送と海洋安全保障は、オープンでグローバル指向の経済を擁するドイツにとり極めて重大な意味をもつ。ドイツの貿易の20%以上がインド太平洋地域との間で行われており、ドイツと同地域との貿易額は過去15年間でほぼ倍増した。実質船主国(Beneficial Ownership)としてのドイツ の商船保有は世界第5位である。

こうした背景もあり、ドイツ政府はインド太平洋地域における安全保障面の関与を、海洋分野を含む幅広い分野で拡大する方針である。ドイツは2020年、1976年の東南アジア友好協力条約(TAC)に加入し、東南アジアにおける平和的紛争解決および対話の実現に向けた関与を約束した。

インド太平洋の半数以上の国々において、国内の安定性は高い水準にあるが、それでも地域の安全保障上のリスクや脅威が存在する。例としては北朝鮮の核・ミサイル計画、陸・海の未解決の領土問題、天然資源を巡る対立、中国と米国の対立激化等が挙げられる。対立は地域における防衛支出の増大に表れており、その額は2010年から2019年までの間に地域全体で50%以上、中国一国で85%増加している。

さらにテロ、自然災害、気候変動、サイバー脅威、腐敗、海賊行為等の課題が挙げられる。マラッカ海峡は、世界で最も混雑する水路のひとつであるだけでなく、海賊行為の最頻発海域のひとつであり、特別な警備対策が必要である。

島やその他の海上地形に対する領有権について主張が部分的に対立するなか、その周辺海域の利用に関し、ドイツ政府は、特に1982年の国連海洋法条約を基盤とする、平和的でルールに基づく協力的な解決の実現に向け取り組んでいる。南シナ海における領有権の主張に関しては、同条約に規定された紛争解決手続きにより2016年7月12日に下された常設仲裁裁判所の判断が、非常に重要な意味をもつ。

ドイツ政府は、南シナ海に関し、中国とASEAN加盟国間の実質的で法的拘束力のある行動規範(Code of Conduct)の策定に向けたプロセスを支持している。同規範には、国連海洋法条約に従い、紛争の平和的解決の仕組みと第三国も考慮に入れた資源の共同利用に関するルールを盛り込む必要がある。

ドイツ政府はこれまでも様々な取組みを通じ、インド太平洋におけるルールに基づく海洋秩序の維持に貢献している。取組みの例としては、海洋国際法に関する教育や研修に加え、地域における海上演習への定期的なオブザーバー参加が挙げられる。ドイツは2008年以降、インド洋の海上輸送の安全確保のため、EUのCSDP(共通安全保障防衛政策)によるソマリア欧州連合海軍部隊「アタランタ作戦」に参加し、特に韓国、日本、インドネシア、インドと緊密に協力している。任務は主として共同演習および海賊対策であり、世界有数の海上輸送路の

安全強化が作戦の目的である。

ドイツ政府は今後、国連海洋法条約が掲げる基本原則への支持、国連の対北朝鮮制裁の監視等、インド太平洋におけるルールに基づく秩序の擁護・堅持のための取組みに一層積極的に関与していく方針である。さらに地域のパートナーとの安全保障・防衛協力も引き続き拡大する考えである。協力は戦略対話、幕僚協議、訓練協力に加え、原則として二国間の訪問計画の強化や地域内の防衛交流の拡充を包括するものであり、連絡将校や駐在武官の派遣、艦艇の訪問、演習参加およびインド太平洋地域におけるその他の形態による海上プレゼンスが含まれる。

アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)は、2006年より海賊対策における協力を促進している。特に港湾における保安対策や沿岸警備に関する情報交換および沿岸各国政府に対する助言活動により、海賊事件の件数はすでに減少している。ドイツ政府は、インド太平洋地域における海賊対策に積極的に協力するため、ReCAAPに加入する方針である。

ルールに基づいた地域の海洋秩序システムに対するドイツの関与を向上させるため、ドイツ海軍は、2009年にシンガポールに設立された情報融合センター(IFC)に連絡将校1名を派遣している。IFCは、特に兵器拡散、麻薬密輸、海上テロの分野で情報交換を促進している。

宗教的、民族的、あるいは政治的動機を背景とする様々な過激主義やテロが、インド太平洋地域の安定と国家の機能を脅かしている。地域特有の紛争に加え、人々の閉塞感や現状への不満も部分的にテロの温床となっている。

特に南アジアと東南アジアはすでに長年、ジハード主義を掲げるテロ組織の関心の的だった。アルカイダおよびいわゆる「イスラム国(IS)」は、いずれも同地域を潜伏先、リクルートの場、戦闘地域とみなし、独自に地域の下部組織を作ってきた。影響を受けている国々は、テロおよび組織犯罪との闘いにおいて国際社会の連帯と積極的な支援を期待している。

ドイツ政府はあらゆる形態のテロを非難する。テロとの闘いにおいては、人権が尊重され、法の支配の原則が守られねばならず、さらに人道支援組織が活動を継続できるようにしなくてはならない。

ドイツ政府は、地域全体の安定を強化し、東南アジアにISの潜伏先を作らせないとの包括的目標を掲げ、フィリピン・ミンダナオ島の和平プロセスを支援している。ドイツが特に力を入れているのが、元戦闘員の武装解除と社会復帰およびバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM)の強化である。このプロセスには市民社会の関係者が参加し、影響を受けた自治体に対する支援が行われている。

ドイツ政府は、多国間機関(UNOCT、UNODC)や専門的なフォーラム(GCTF、FATF、国際刑事警察機構)の枠組みを通じ、インド太平洋地域における効果的なテロ対策の実現に取り組んでいる。二国間レベルでは、地域内の様々なパートナーとの対話を進めており、こうした対話の目的は、情勢の危険度および対処方法・手段についての情報を交換することである。ドイツ政府は、双方の利益のため経験と情報の共有を一層強化していく。

ドイツは、国連とEUにおけるテロ組織指定制度を支持している。これは、インド太平洋地域を含め、指定を通じテロ組織による資金調達の可能性を制限することを目指す制度である。

ドイツ政府は、テロとの闘いにおける総合的なアプローチを提唱している。インド太平洋地域における二国間の活動は、過激化の危険がある個人・集団に対する脱過激化の取組みや、危険の未然防止や法執行に関する能力構築等、予防的措置への支援が重点となっている。

ドイツ政府は近年、インド太平洋を含め、安定化とメディエーションの分野において資源と活動を大幅に拡充してきた。活動の基礎となっているのは、2016年の「安全保障政策とドイツ連邦軍の将来に関する白書」とならび、特に2017年に決定されたドイツ政府のガイドライン「危機の予防、紛争の克服、平和の構築」である。ドイツ政府は2014年以降、1億2900万ユーロ以上の資金を提供しインド太平洋地域における安定化の取り組みを支援している。

ドイツ政府は、暴力的紛争の克服に取り組む国々を支援している。特に、インド太平洋の国々も含めた地域の市民社会のパートナー組織にドイツの平和活動専門家を派遣する活動を行っている「市民平和事業(Civil Peace Service, ZFD)」を資金援助している。東ティモールでは暴力によらない紛争解決に関する若者の指導が行われ、ミャンマーでは宗教グループと民族グループ間の対話が促進され、スリランカでは2009年に終結した内戦中の犯罪について、司法による真相解明および治療サポートのための自助体制作りが進められている。

70万人以上のロヒンギャがミャンマーを離れバングラデシュに逃れるという事態を受け、ドイツ政府は、拡大する急進化と過激主義に対抗するための対策を講じつつ、両国で難民支援および人道危機の原因・影響の克服に向けた支援を行っている。同時に、二国間およびEUの枠組みでジャカルタのASEAN防災人道支援調整センター(AHAセンター)の体制強化に取り組んでいる。同センターは、ロヒンギャの帰還にあたり国連組織とならび大きな役割を担う組織である。

過去数十年のインド太平洋における軍備拡張の動きは、各国間・勢力間の競合関係が強まり、対立が増大したことの結果であるとともに、地域内の協調的安全保障構造が欠如していることの表れである。ルールに基づく多国間秩序が、軍縮、軍備管理、不拡散の分野においても世界的に後退しており、これも不安定化を助長している。

国を防衛し、また海上交通路・供給路を支障なく利用するためには、軍事的能力への投資および能力の維持が必要である。ドイツは、地域の多くの国にとり長年にわたり信頼できるパートナーであり続けてきた。ドイツ政府は今後とも、それぞれの国との二国間協力を進めるにあたり、輸出管理政策の規定を遵守し、ドイツと地域各国との関係の戦略的性質を考慮しつつ、責任ある姿勢で臨んでいく。

ドイツ政府は「能力構築・強化イニシアチブ(Enable & Enhance Initiative)」という枠組みにおいて、いくつかのパートナー国の治安部隊(軍、警察、災害救助隊を含む)に対し訓練、装備、助言を通じた支援を行っている。これは、各部隊が継続的に自力で危機予防、危機克服、平和構築に対処できる能力を備えることを目指す活動である。ドイツ政府は、他のインド太平洋の国々に対しても、個別のニーズに応じイニシアチブへの参加を促していく。

国連平和維持活動に最も多く部隊・警察官を派遣している上位10か国のうち、6か国(バングラデシュ、ネパール、インド、パキスタン、インドネシア、中国)がインド太平洋地域の国々である。ドイツ政府は、国連の枠組みにおけるグローバルでルールに基づく秩序を強化するという共通の目標のもと、国連平和維持活動にあたり地域のパートナーとの協力を積極的に進めている。

ドイツ政府は同時に、インド太平洋諸国による軍備管理・信頼醸成体制の活用に向けた取組みをさらに強化し、地域的な仕組み作りを促進していく。軍備が増大する状況において、特に核保有国である中国は、核兵器不拡散条約(NPT)締約国としての責任を果たし、透明性と検証メカニズムを含めた軍備管理レジームの確立に関する交渉に臨まなければならない。

ドイツ政府は、既存の軍備管理政策の手段が拡大され、集団的安全保障の新たなアプローチが開発されるよう取り組んでおり、この関連で地域における協調的安全保障の措置を支援していく。ドイツ政府は、新技術への対応に関し、特に中国の関係者等を交えた形式の会議「Capturing Technology. Rethinking Arms Control」をスタートさせた。その目的は、新技術の軍事利用により生じうる、安全保障と安定に対する潜在的リスクを封じ込めることである。インド太平洋地域の国々は、人工知能、サイバー・宇宙・ミサイル技術の分野において高い重要性を有していることから、この分野に関し特別な責任を担う。ドイツ政府は2019年、新技術対応のための会議のひとつの成果として「ミサイル対話イニシアチブ(Missile Dialogue Initiative)」を立ち上げた。インド太平洋地域は、同イニシアチブにおける最初の重点地域のひとつとなる見込みである。

ドイツ政府は、通常兵器の輸出管理に関し、これまで締約国が少ないインド太平洋地域における武器貿易条約(ATT)のさらなる普遍化に向け積極的に取り組んでおり、これを通じ、武器貿易に関する世界統一の最低基準の策定と、違法な武器貿易の撲滅を目指している。特に、同条約の一層の拡大とより効果的な履行を目指し2017年に開始されたEUのプロジェクト「EUATTアウトリーチプロジェクトII」に専門家と資金を提供しこれを支援している。

大量破壊兵器に転用可能な製品・技術の拡散防止と、国連の関連制裁の履行確保に向け輸出管理体制の強化に取り組む国々に対し、ドイツは世界各地で能力構築支援を行っている。そのなかで、製造業の成長がめざましく、国際貿易のハブとなった東南アジアの重要性は高まっている。それゆえ、ドイツ政府はASEAN諸国とともに、会議やワークショップを通じ、東南アジアにおいて地域協力と自由かつ安全な貿易を強化するためのベストプラクティスを見いだし、共有する作業を進めている。その一環として、拡散金融に対応するための能力構築も行っている。

ドイツ政府は、安全保障分野において、インド太平洋地域との協力や同地域内でのコミットメントの強化・拡大に取り組んでいる。そのために、同地域の安全保障におけるEUの存在感を高め、「外交・安全保障政策に関するグローバル戦略」に基づくEUの活動を広げる具体的な取組みを進めている。「ASEAN中心性」が確保された安全保障協議の地域制度枠組み(アーキテクチュア)においては、ASEAN加盟国と域外関係国との信頼醸成や平和的紛争解決を促す対話の仕組みが多数設けられている。中国、日本、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、ロシア、米国もこうした対話に参加している。またEUとASEANの間には、非国家主体関連をはじめとする安全保障リスクへの対処について多様な協力の枠組みがあり、ドイツ政府は、こうした協力に積極的に貢献している。

EUプロジェクト「アジアにおけるアジアとの安全保障協力の強化(Enhancing Security Cooperation in and with Asia)」は、インド太平洋地域の安全保障分野におけるドイツなどEUの存在感強化を目指している。ドイツも資金拠出を行っており、ドイツ国際協力公社(GIZ)がフランスのパートナー機関 Expertise Franceとともに独仏連携体制で実施している。EUと5つのパイロット国(インド、インドネシア、日本、韓国、ベトナム)との間で、海洋安全保障、テロ対策、国連平和維持活動、サイバーセキュリティについて、個別の必要に応じた形で協力を進めていく。

同時に、ドイツはNATOにおいて、オーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国といったインド太平洋諸国を含む「世界におけるパートナー (Partners Acrossthe Globe)」との関係拡大に取り組んでいる。NATOとこれら各国との間では国別パートナーシップ協力計画が実施されている。ドイツは、特にサイバー防衛、海洋安全保障、人道的援助・災害救助、テロ対策、軍備管理、また女性・平和・安全保障の分野について、NATOがインド太平洋地域のパートナー国との間で進めている実務的協力を支援している。共同訓練・養成といった形の同地域のパートナーとの緊密な交流や、標準化や後方支援に関する協力は、パートナーとNATOとの相互運用性の改善につながる。国別計画は、変化する安全保障環境に合わせ継続的に改定されていく。またNATOは、インド太平洋地域の他の国々とも必要に応じ交流を行っている。


人権と法の支配の推進

平和、安全、安定は、人権が守られ、法の支配の基本原則が尊重されてこそ長期的に存続しうる。ドイツ政府は、世界各地で人権と法の支配の推進に尽力しており、この取組みはドイツの利益に合致するものである。

1948年の「世界人権宣言」は、全ての人間は生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等であるとうたっている。人間の尊厳は、出身、性、年齢、地位といった識別のための特徴にかかわらず、全ての人間に等しく認められる。人間の尊厳から、人権を尊重し、守り、保証するという国家の義務が導き出されるのである。

世界人権宣言とともに、国際法上の拘束力をもち、世界的な人権保護の指針および基準となるのは、とりわけ1966年の「市民的および政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」、「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約(ICESCR)」および1979年の「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)」である。インド太平洋地域の国々の大半は、これらの条約を署名・批准している。

同地域の多くの国々は、特に経済的・社会的権利に関し大きな進歩を遂げた。これは、1人あたりの国民総所得、平均余命および就学年数に基づいて算出される、国連の人間開発指数にも示されており、同地域の多くの国々は1990年以降、大幅に順位を上げている。

ドイツの「ビジネスと人権に関する国別行動計画」は、グローバルなサプライチェーンとバリューチェーンにおける、人権尊重に対する企業の責任を規定し、統一的で検証可能な国際基準を提示している。ドイツ政府は、行動計画の実施にあたり、とりわけドイツ企業と接受国の専門的知見をもつ関係者の交流を促すネットワーク体制を国外に構築した。

現地のネットワークには、在外ドイツ商工会議所、ドイツ貿易・投資振興機関、ドイツ国際協力公社(GIZ)、ドイツ復興金融公庫(KfW)、および「ビジネスと人権」分野で活動するNGOの専門家が加わっている。

インド太平洋地域ではすでに、インド、ベトナム、ミャンマー、フィリピンに国際支援ネットワークが存在している。ドイツ政府は「ビジネスと人権」分野におけるドイツの取組みを継続的に強化し、地域における国際支援ネットワークを拡大する方針である。

同時に、経済的・社会的・文化的人権は、政治的・市民的人権と相反するものではなく、相関関係にあるという点も重要である。

いくつかのインド太平洋の国々においては、意見表明の自由、報道の自由、集会の自由を含む政治的および市民的権利が十分に保護されていない。一部には身体刑、集団的処罰、死刑が運用・実施され、また民族的・宗教的少数者の権利が、国家主導の同化政策・再教育政策の一環で著しく侵害されているところもある。

インド太平洋地域には、多種多様な宗教や思想体系が存在する。インドネシア、パキスタン、バングラデシュ、インドは、世界で最もイスラム教徒が多い上位4か国である。世界のヒンドゥー教徒の90%以上はインドに居住している。東アジアや東南アジアを中心に普及した仏教は、世界で4番目に信者数が多い宗教である。

寛容と相互受容は平和的な共生の基本的条件である。ドイツ政府は「世界宗教者平和会議(Religions for Peace)」による定期的な対話の枠組みを通じ、インド太平洋地域における各宗教の宗教的寛容および平和に対する宗教の責任を訴えている。

ドイツ政府は、同地域における人権の強化と実現に向け、各国政府と率直で批判的な意見交換を行うとともに、市民社会を支援・促進するという二重のアプローチで臨んでいる。各国政府関係者との対話において、個別の収監者や政治的理由で迫害されている人のために働きかけを行うドイツ政府の取組みは、効果的な手法であることが示された。

ドイツ政府は、他国政府との関係において、その国の人権状況が悪化したと判断される場合でも、まずは対話を重視し、二国間の枠組みやEUレベル(人権対話)、多国間の枠組み(国連人権理事会における議論、決議、普遍的・定期的レビュー(UPR)等)において建設的で批判的な対話を進める。こうした様々な対話の枠組みの狙いは、その国の人権状況が改善され、国際人権基準が実施されるよう支援していくことである。

EUは、人権侵害に対する制裁制度の創設を計画しており、これにより著しい人権侵害への対応が可能となる。ただし、制裁の発動はあくまでも最終的な手段でしかあり得ないというのがドイツ政府の見解である。ドイツ政府は、対話や交流が成果をもたらさない場合に限り、制限的な措置あるいは制裁を適用する。その際、制限的な措置がその国の人道的・社会的・人権的状況にもたらしうる副次的作用を比較考量する。主張を提示し、相手側の文化や視座に関する知見を得ながら対等な立場で交流を行うほうが、制裁を発動するよりも持続的な変化を実現する可能性が高いのである。

EUレベルでは、パートナーシップ協力協定(PCA)が、人権問題に関する定期的な交流を促す手段として、EUのFTAと常に関連付けて用いられている。加えてEUは「武器以外の全てEverythingbutArms(EBA)」一般特恵関税の優遇制度「GSPプラス」といった関税特恵制度の枠組みで、人権保護を強化するための奨励制度を導入した。こうした制度を通じ、EBAまたはGSPプラスの受益国における人権状況のモニタリングが可能となる。EUは多くのインド太平洋諸国とPCAを締結しており、数か国はEBAまたはGSPプラスの受益国である。

ドイツ政府は、各国政府との対話とならび、NGOや様々な宗教・思想関係者、知識人、社会活動に取り組む個人等、市民社会のプレーヤーとの交流を模索している。ドイツの「政治財団(PolitischeStiftungen)」もこうした活動で貢献している。ドイツ政府は、活力ある市民社会の支援を目指している。権利の侵害に対し厳しい目を向ける世論の存在が、人権の保護には極めて重要なのである。

ドイツとフランスは2016年から毎年、人権の保護に取り組む人々に「人権と法の支配ドイツ・フランス賞」を贈り、人権と法の支配の分野における連携姿勢を打ち出している。

これまでの受賞者には、インド太平洋地域で人権や法の支配のために活動する、勇気ある人々も含まれている。

ドイツ政府は、人権の促進および市民社会で活動する人々の強化に向け、幅広い手段を活用している。

インド太平洋の国々においては、二国間および欧州の開発協力予算を活用し、グッド・ガバナンスおよび教育分野におけるプロジェクトを支援している。開発政策に関するドイツ政府の業務は、人権に関するコミットメント、基準、解釈、原則に厳密に則っている。また政府の対外文化・教育政策(AKBP)を活用し、市民社会間の対話や市民社会との対話を促進するとともに、人権が尊重される多元的で寛容な社会の構築に向け取り組んでいる。

ドイツ政府は、ミャンマーでメディア関係者を対象とするジャーナリスト養成・研修等を実施する「ドイチェ・ヴェレ・アカデミー」の活動を支援している。同アカデミーは、特に市民社会で仲介役となる人々を対象に、ニュースや情報との批判的な向き合い方に関する研修を行っている(「メディア・情報リテラシー」)。さらに各地の都市部と農村部の間に存在する意識の格差を縮小するため、農村部において一般住民参加型のプロジェクトを支援している(「コミュニティラジオ・プロジェクト」等)。こうしたプロジェクトの目的は、同国の民主的発展に対する国、社会、メディアの集団的な責任を強化することである。

ドイチェ・ヴェレは、メディア対話の実施、メディアリテラシーやクオリティ・ジャーナリズム、意見の多様性に関するジャーナリスト向け研修の開催といった活動を行っており、ドイツ政府は、意見表明の自由および報道の自由の促進にあたり、ドイチェ・ヴェレの専門的知見も活用しつつ、こうした取組みや他の施策を通じ、ファクトに基づき質が高く、バランスのとれた情報の提供を支援している。

「地域ドイツ情報センター(Regional German Information Centres)」は、文化、社会、政治等に関するドイツの最新情報を提供している。デジタル通信が発達するなか、権威主義的な勢力や国家によるプロパガンダや虚偽情報の拡散の増加に対応すべく、ドイツ政府はシンガポールに新たな「地域情報センター」を設け、地域ドイツ情報センターのグローバルなネットワークを拡大していく。

「法の支配支援」は、国家の恣意的な行為から個人を守り、全ての人に司法アクセスを保障するための取組みとして、ドイツ政府にとり、人権保護とならぶ重要な手段である。法の支配は、平和的でルールに基づいた共生を実現するための中心的な基盤である。

ドイツ政府はマックス・プランク財団(Max - Planck-Stiftung)による事業を通じ、スリランカとモルジブにおいて「法の支配」の構造および人権保護制度の持続的な強化に向けた取組みを支援している(裁判官と弁護士の能力構築(スリランカ)、司法制度改革支援(モルジブ))。こうした改革は、法の支配構造の持続的な定着を目指す取組みであるとともに、イスラム教と民主主義の両立の可能性を示す試みである。

法の支配支援に向けた具体的な施策においては、特に基本的権利の尊重、行政機関による法の遵守、独立した司法による個人の権利の効果的な保護に焦点があてられている。施策の継続や強化にあたっては、対象国の改革意欲と成功の見込みが判断基準となる。法の支配支援分野では、中国およびベトナムと実施している「法の支配対話」が特に重要である。

ドイツ政府は12年以上にわたり、「法の支配対話」の枠組みでベトナムの法制度整備を支援している。現在の3か年計画には、ベトナム政府と共同で、ドイツ政府が国際的な文脈において重視しているテーマが盛り込まれた。すなわち刑事訴訟手続における基本的権利、拷問禁止の実現、腐敗防止、行政訴訟手続における効果的な権利保護、LGBTIの権利、国内および多国間の枠組みにおける人権の保護といったテーマである。さらに国連海洋法条約や国連憲章といった国際的合意の実施に関するプロジェクトも含まれている。これは、多国間主義およびルールに基づく秩序の強化に対し、両国が寄せている共通の関心の表れである。


ルールに基づく、公正で持続可能な自由貿易の強化

インド太平洋地域は、過去数十年のうちにドイツや欧州の経済にとって最も魅力的な地域のひとつとなった。地域各国の経済は概ね高い成長率を示し、世界全体の成長率に占める割合は60%以上となっている(IMF)。こうしたダイナミックな動きはドイツの輸出にも好影響を及ぼしている。ここ数年間、ドイツの輸出は世界全体で平均3%弱拡大したのに対し、インド太平洋地域への輸出は年間約7%と平均以上の伸びを見せている。

新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響による経済の落ち込みはあるものの、インド太平洋地域は、若年層の多い人口構成や台頭する中間層、ダイナミックな経済成長を背景に、ドイツやEU全体にとり今後さらに経済的重要性を増していくことが想定される。ドイツ政府はパンデミックの動向を引き続き極めて慎重に注視し、欧州各国とともに、現在の入国制限のさらなる緩和の可否および範囲について検証を続けていく。

中国は一国だけで世界の経済成長の約3分の1を占めている。ドイツ経済にとり中国は極めて重要である。インド太平洋地域におけるドイツの貿易の50%近くが中国との貿易であり、双方がその恩恵を受けている。地域の国々にとっても中国は最重要の貿易相手国である。同時に、地域全体がもつ可能性に着目していくことが重要である。

このためドイツ政府は、経済関係の多角化と強化に向け、インド太平洋地域においてあらゆるチャンスと可能性をこれまで以上に積極的に活用する方針である。経済関係の多角化を進めることで、特定の市場や重要品目の調達先、特定のサプライヤーへの過度な依存を回避するとともに、地域全体の高いポテンシャルをより広範に活用することが可能となる。この関連では、二国間レベルおよび地域レベルの野心的な貿易政策の策定や世界貿易機関(WTO)の強化が、より強靭で安全なサプライチェーン構築に向けた重要な貢献となる。ドイツ政府はG20等の国際場裡で積極的にこの課題に取り組んでいる。

「多角化」とは隔絶や排除を意味するのではなく、むしろ、ドイツ企業がインド太平洋地域で従来以上に積極的に市場開拓や投資を行っていくための枠組み条件を整備していくことを意味する。

EUは、WTOを中心とする多国間貿易体制の強化を目指した積極的な通商政策と、インド太平洋地域に特化した通商政策を進めており、ドイツ政府はこれを強く支持している。EUの対インド太平洋通商政策は、欧州製品の市場アクセスの改善や、サプライチェーンの確保、公正な競争と持続可能性の促進を目指している。また地域のパートナーに対しても、過度に一方的な依存関係に陥らないよう、貿易関係の多角化を進める機会を提供している。ドイツ政府は、EUと地域のパートナーとの間で現代的な自由貿易・投資保護協定の締結に向け迅速な進展があることに大きな関心を寄せている。協定の目的は、既存の貿易・投資障壁を相互に撤廃し、気候保護、競争政策、国有企業、補助金、知的財産の保護に関する拘束力のあるルールならびに社会的基準(ILO中核的労働基準等)、人権基準、環境基準を定めるとともに、異議申し立て、審査、対応のための具体的な仕組みを設けることである。

EUはすでに2011年、韓国とインド太平洋地域で初となる自由貿易協定(FTA)を締結した。ドイツ政府は、協定がもたらすチャンスをさらに活用すべく必要な修正の検討を働きかけている。2019年には日本・EU経済連携協定が発効した。これら2つの協定により、東アジアという重要市場においてドイツ・欧州の経済にとり有利な枠組み条件が実現した。

EUは現在、オーストラリア、ニュージーランドとそれぞれFTAに関する交渉を行っている。同協定は、現代的、持続的で開かれた通商政策を実現するための野心的な基準をさらに発展させる契機となる。EUは、FTAが両国との貿易の一層の大幅拡大につながることを期待している。

今後の重点となるのは東南アジアないしASEANである。ASEAN加盟10か国は、約6億3000万人の若年層の多い人口構成と台頭する中間層を擁し、過去4年間の年間成長率が5%近い伸びを見せている経済圏である。2019年、EUは東南アジア初のFTAをシンガポールと結び、2020年にはベトナムともFTAを締結した。現在はインドネシアと交渉を行っている。さらにタイ、マレーシアとそれぞれ交渉の再開を目指しており、将来的にはフィリピンとの交渉継続に関心をもっている。

ドイツ政府は、FTAのこうしたネットワークが長期的にはEUとASEANの地域間協定の基礎になると考えている。ASEAN自身が、物と資本が自由に移動する域内市場の創設を目指し「ASEAN経済共同体(AEC)」を設立するなど、共通の経済圏の構築を模索していることから、ASEANはドイツから見て協定締結の魅力的なパートナーである。

東南アジアとならび、インドでも今後大きな経済成長の勢いが見込まれる。ドイツ政府は、投資障壁の撤廃に向けたインド側の改革努力を支持するとともに、持続可能性に関する規定を含む包括的で野心的なFTAに関するインド・EU間の交渉再開と、投資保護のための新たなルールづくりに向け、積極的に取り組んでいる。

いくつかの南アジアの国々において、繊維産業は、国内で最も多くの雇用を創出する産業であるとともに最大の輸出産業であり、鍵となる役割を担っている。2013年のラナ・プラザ縫製工場の悲劇的な崩壊事故を受け、ドイツ政府は2014年、「持続可能な繊維のための同盟」を立ち上げた。目的は、低所得国の繊維産業で働く人々の労働・生活条件の改善である。パートナー国における繊維産業の重要性に鑑み、同産業の持続可能な発展は、他の産業にとり模範となりうるものである。

またドイツ政府は、社会環境基準に沿って生産された繊維製品に国の認証マークを発行する「緑のボタン(Grüner Kopf)」等のイニシアチブを通じ、インド太平洋地域における公正で持続可能な繊維生産を支援している。

EUとインド太平洋地域の国々との個別のFTAは、EUの対外通商戦略の中心的な要素である。同地域の人口、経済、政治面の重要性が増すなか、市場アクセス、競争、国有企業、補助金、衛生植物検疫措置(SPS)、知的財産権、ノウハウの流出、国際的労働・社会・環境基準の遵守、パリ協定および生物の多様性に関する条約の遵守等について、拘束力ある野心的な規定を備えたEUのFTAが、戦略的に重要な意味をもつ。ドイツやEUはこのようにして国際貿易体制におけるルールづくりやグローバル化の推進に積極的に加わっている。

ドイツ政府は、持続可能なグローバルサプライチェーンの確立に向け取り組んでおり、人権や環境保護が「国連ビジネスと人権に関する指導原則」、「ILO多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言」、「OECD多国籍企業行動指針」といった国際的に認められた原則に則って守られ、実行されることを目指している。さらに、現代的な自由貿易協定・投資保護協定はパートナーシップ協力協定を伴うべきであると考える。それはパートナーシップ協力協定が、特に人権や環境保護に関する政治対話の重要な枠組み・土台となるからである。

FTAは経済的利益のみに資するものではないというのがドイツ政府の見解である。FTAはルールに基づく公正で自由な貿易に対するコミットメントであり、相手側との関係全般における主要な要素である。

ドイツ政府は、地域の統合を強化する「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」や「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」といった地域FTAに向けたイニシアチブを歓迎する。両協定は関税の引き下げと規制による貿易障壁の撤廃をもたらすものであり、インド太平洋地域でビジネスを行うドイツや欧州の企業

にも恩恵を与える。

中国は、インド太平洋地域のみならず世界全体でドイツにとり最大の物品貿易相手国である。両国の経済協力では、中国とドイツの生産拠点が緊密に結びついている。こうした緊密な協力においては、中国で活動するドイツや欧州の企業にとって公平な競争条件が確保され、国有企業を含む全ての当事者に同じルールが適用されなければならない。すなわち、市場参入障壁および事実上の貿易・投資障壁の撤廃、強制的な技術移転の禁止、実効性ある知的財産権の保護であり、ドイツ政府はこうした点について中国政府と継続的に対話を行っている。

ドイツ政府は、欧州が一致して対中政策を進めてこそ、こうした課題について成功を収めうると確信しており、そうしたことからEUの戦略的な対中アプローチを支持している。

ドイツ政府は、2013年から継続している中国との野心的な包括的投資協定締結に関するEUの交渉を支持している。同協定は、市場参入に関する既存の非対称性を是正し、欧州企業が公正で無差別の競争条件を得られるようにし、現代的な投資保護および持続可能性基準の遵守が保証されることを目指すものである。ドイツ政府は、活力に満ちた中国市場が、ドイツや欧州の企業が利用したいと考えるチャンスを今後とも提供していくものと確信している。

国レベルでは、ドイツ政府はインド太平洋地域におけるドイツ企業のチャンスを活かすため「戦略的対外プロジェクト」という手段を通じた側面支援を行っている。インフラ、モビリティ、エネルギー、デジタル化といった分野の投資には大きな可能性がある。ドイツ政府は、こうした分野でドイツ企業が実施するプロジェクトについて政治面の調整・支援を行っているところであり、今後は同枠組みの可能性をより積極的かつ的を絞って活用していく方針である。

隔年開催される「ドイツビジネス・アジア太平洋会議(APK)」は、インド太平洋地域におけるドイツ経済界最大の経済交流行事である。政治・経済の関係者が一堂に会し、ドイツと地域の企業や意思決定者がビジネスに関する最新の話題について意見交換を行う場となっている。APKは、ドイツ側が抱いている高い関心、良好な経済関係への信頼、インド太平洋地域の経済的展望への期待感を表している。ドイツ政府は、国外におけるドイツの経済活動のフラッグシップとして同会議の枠組みを一層拡充するための努力を支援している。

ドイツ政府は、二国間対外経済関係の推進にあたり、数十年にわたり、インド太平洋地域の国々にも対外経済振興の多様なツールを用い成果を上げている。活動の柱となる組織は在外ドイツ商工会議所(AHK)である。AHKの専門的知見により、ドイツ在外公館との連携のもと、相手国との経済関係の推進や現地ドイツ企業の支援といった活動だけでなく、貿易関係の強化につながりうる分野の選定・開拓のための支援も行われている。多くの場合、AHKは二元的職業教育訓練システム(デュアルシステム)関連のノウハウ移転に欠かすことのできないパートナーである。ドイツ政府は、AHKに対する中長期的なネットワーク支援の方法を検討している。

EUは、「欧州経済外交(European Economic Diplomacy)」により経済的利益の追求の強化を図っている。インド太平洋地域においてより一貫したEUの政策を推進し、EU加盟国間および地域内のパートナーシップを深化させるため、ドイツ政府は、地域における欧州商業会議所(European Business Organisation, EBO)の設置に賛同する立場である。ただしその際、EBOはAHKと競合するのではなく、「会議所の会議所」としてAHKのネットワークを補完する必要がある。

ドイツの対外貿易・立地拠点マーケティングの促進に携わるドイツ連邦共和国の機関であるドイツ貿易・投資振興機関(GTAI)は、インド太平洋の国々に対しても幅広い情報やサービスを提供しており、特に経済情勢、産業部門、ビジネス実務に関する分析や法律、関税、入札に関する情報提供を行っている。力強い経済発展を遂げる同地域に設置された計13のGTAI事務所を通じ、企業、団体、政府、各種機関のパートナーとの継続的な関係構築が図られている。GTAIは「欧州・アジア連結性戦略」およ び「一帯一路」構想の動向を特に注視している。

これに加え、中小企業を対象とする「市場開拓プログラム(MEP)」の枠組みで、市場調査やビジネスマッチングを目的とするドイツ企業関係者のインド太平洋地域への訪問事業や、同地域の企業関係者やマルチプリケーターのドイツへの招聘事業(いわゆる「仕入れ担当者招聘事業(Einkäuferreise)」) が実施されている。

ドイツ見本市協会(AUMA)と共同で実施されているドイツ政府の「外国見本市プログラム」は、企業が国外の見本市に共同出展し、自社製品を「メードインジャーマニー」ブランドとして展示するための支援の枠組みであり、インド太平洋は最重要地域のひとつとなっている。

従業員の技能不足は、インド太平洋地域の国々におけるドイツ企業の投資活動にとり最大の障害のひとつであるとともに、現地の経済発展や人々の職業上のチャンスを削ぐ主な要因である。ドイツは、職業教育訓練の分野で多くの現地パートナーと積極的に連携しており、協力が数十年に及ぶものもあるが、これは、能力のある専門人材の獲得・養成を求めるドイツ企業の要望を受けての取組みでもある。ドイツ政府は、未来志向の職業教育訓練制度・キャパシティーの構築と拡充に向け、パートナー国の支援を行っている。職業教育訓練の支援は、ドイツの「デュアルシステム」の基本原則に沿った形で進められ、実践重視および経済界のニーズ重視の原則が活動の基礎となっている。

ドイツは、各国の職業教育訓練戦略の策定における重要なパートナーとなっている。ドイツ政府は、開発協力の枠組みにおいて、ドイツ国際協力公社(GIZ)やドイツ復興金融公庫(KfW)のほか、在外ドイツ商業会議所、職業訓練分野の国際協力に携わる経済団体、現地企業、市民団体、教会といった民間の関係者とも連携している。若い世代を対象とした具体的な職業訓練機会の支援とならび、相手国の職業教育訓練制度改革に対する様々な支援が実施されている。またデュアルシステムは、ドイツの対外経済振興の重要な要素でもあり、特に中小企業の国外での活動を支えている。このようにして生まれた構造・枠組みは、ドイツの教育訓練関連活動における投資の足がかりとなることもある。こうしたプロセスが初期段階にある国・地域において、ドイツ政府の活動は継続のうえ常時検証が行われている。

国際企業等における学生、研究者、専門技能者、幹部社員のモビリティーの確保は、対等な貿易投資関係の持続的な深化に向けた重要な貢献となる。こうした人材の多くにとり、ドイツはEUの中心に位置する魅力的で人気の高い渡航先であり、またこうした人材は、ドイツの企業、高等教育機関、研究機関という組織を一層充実させる。

ドイツ政府はこれに関連し、活用できる資源の範囲内で、査証申請の審査・査証交付について可能な限り人材面・組織面の充実を図っていく方針である。専門技能者を対象とする迅速手続きの導入や、「職業資格認証中央サービス機関(Zentrale Servicestelle Berufsanerkennung)」の新設といった施策が実施され、また国内の査証関連事務は、すでにドイツ外務省の担当部署による一括した取扱いが始まっており、今後は新設の「ドイツ外務局(Bundesamt für Auswärtige Angelegenheiten)」がこあれを取り扱う見込みである。さらに査証手続きの一層のデジタル化も進められる。こうした一連の対策により、入国手続きの迅速化・効率化が図られる。在外ドイツ商工会議所は、ドイツ在外公館と連携し査証申請者が提出書類を揃える際の支援を行うことができる。


ルールに基づく空間・市場の連結およびデジタル・トランスフォーメーションの推進

空間、市場、機械の連結性とデジタル・トランスフォーメーションは、ドイツやEUの将来の競争力を決定づける重要な要素となり、経済成長と繁栄はこれに大きく左右される。インド太平洋地域における多大な経済的チャンスに鑑み、ドイツ政府はEUとともに、同地域と欧州の連結性の向上およびデジタル・トランスフォーメーションに関する協力の緊密化を目指し取り組んでいる。このためには運輸、エネルギー、デジタル技術の分野における適切なインフラが必要である。同地域の主要な貿易相手国との持続可能な連結性、すなわちインフラの構築と拡充を実現していくことは、ドイツの重要な関心事項である。ただし、地域内の交流強化のため、地域の国同士の連結性も同様に重要である。

インド太平洋地域においては、インフラ支援の需要が特に高く、アジア開発銀行(ADB)の試算によると2030年までに年間1.4兆ユーロにのぼる見込みである。従来こうした需要に応えるための資金は十分でなかった。インフラ資金に関する重要なプレーヤーは中国である。中国は「一帯一路」構想のもと、インド太平洋その他の国々に対し、対象国と中国市場を結ぶインフラプロジェクト実行のための支援を提案し、中国の国有銀行はそのための融資を提供している。対象国にとり、債務持続性の審査が不十分なまま巨額の融資を受けることは、著しく一方的な債務を負う状態に陥るリスクをはらんでいる。なかには、融資を受けたインフラプロジェクトの財産権を債権者へ譲渡しなければならなかった事例もある。持続可能性の観点からも「一帯一路」構想は国際的に批判されている。

ドイツ政府は、持続可能なインフラに関するG20の議論および2018年にEUが採択した「欧州・アジア連結性戦略」を強力に支持する。EUは、この戦略によって欧州とインド太平洋地域の連結性改善に向けた自らのアプローチを提示し、持続可能性、透明性および公平待遇の原則に沿って行動するアクティブなパートナーとなることを強調している。運輸分野においては、交通網の整備を通じ、欧州とインド太平洋地域、および地域内の連結性を向上することを目指すとしている。

EUとASEANの間でEU・ASEAN「包括的航空協定(CATA)」が締結されれば、人口11億人以上を擁する両地域がつながり、2つの地域による世界初の航空協定が実現することになる。

EUはエネルギー部門において、地域のエネルギープラットフォームの構築および最新のエネルギーシステムと環境に優しい解決策の提供を目指し、デジタル連結性の分野では、デジタルサービスへのアクセス向上を目指している。消費者保護および個人情報保護には高い優先性が与えられる。

「欧州・アジア連結性戦略」は、特に環境、労働安全・衛生、労働基準、法の支配の分野で国際的に合意された規範と基準に基づいてインフラ整備が実施されることを重視している。また対象国の経済的・政治的自律性維持の重要性を強調している。EUによるプロジェクト資金援助に関しては、持続可能性、債務負担能力、透明性およびパートナーシップに基づく協力が重要な観点となる。

インド太平洋地域における市場アクセスおよびモノ・サービス・資本・人の国境を越える移動を促進するためには、整合性と調和の図られた規制、標準、手続きが必要である。標準化と整合性は、インド太平洋地域の市場だけでなく、同地域での投資を望むドイツや欧州の企業にも恩恵を与える。

EUと日本は、「欧州・アジア連結性戦略」を基盤として「持続可能な連結性および質の高いインフラに関する日EUパートナーシップ」に合意した。対象国の政治的・経済的自律性を維持しつつインフラの整備を行い、過剰債務を回避することを目指している。

連結性分野におけるさらなるパートナーとしてはASEANが挙げられよう。ASEANは「ASEAN連結性マスタープラン2025(MPAC-2025)」という独自の地域的イニシアチブを策定しており、同プランの重点項目と目標には「欧州・アジア連結性戦略」と共通する部分が多い。MPAC-2025は運輸、エネルギー、情報通信技術分野の具体的プロジェクトの実現に重きを置いている。

「欧州・アジア連結性戦略」の成功は、財源に左右されるところが大きい。EUは国レベルでも、国際レベルでも持続的な資金調達を確保するため、国際金融機関、多国間の開発金融機関、民間部門の資金供給を束ねている。

改革を経た2021年以降のEU対外活動予算において、持続可能な連結性の促進には高い優先度が与えられることになる。関連プロジェクトへの助成に加え、EUの新しい「近隣開発国際協力手段(NDICI)」も、戦略的投資の財源になる。欧州委員会の提案に基づき、2027年までに最大600億ユーロのEU保証枠により世界中で計5000億ユーロの投資を引き出すことが可能となる。インド太平洋全域で、持続可能な連結性を促進するプロジェクトにこの制度が活用されるであろう。

欧州投資銀行(EIB)は、2013年から2017年の間にインド太平洋地域におけるインフラプロジェクトに75億ユーロ弱の資金提供を行った。その3分の2以上は、エネルギー・運輸部門のプロジェクトを対象とするものだった。

国レベルでは、インド太平洋地域のインフラプロジェクトの支援を行うのは第一にドイツ復興金融公庫(KfW)金融グループである。KfW開発銀行は、ドイツ政府の委託を受け、特に再生可能エネルギーおよび都市交通システムの拡充、飲料水供給網の整備、下水処理・廃棄物処理関連事業を支援している。KfWの子会社であるドイツ投資開発会社(DEG)も、再生可能エネルギーおよび水供給関連のプロジェクトに資金を提供している。KfWIPEX銀行は、再生可能エネルギー、近距離公共交通、エネルギー・交通・デジタルインフラ整備の分野で業務を行っている。こうした取組みの目的は、ドイツや欧州の輸出企業に対する新市場開拓支援とならび、特に地域の持続可能な開発の促進であり、KfWは民間や政府系のパートナーに対し長期的な資金調達ツールを提供している。KfW金融グループは、2017年から2019年まで上記3つの全事業分野で約50億ユーロの資金を提供した。インド太平洋地域の重要性に鑑み、KfWが次の3年間にも同等規模の融資を行うことは現実的である。

連結性の強化とならび、デジタル・トランスフォーメーションも、欧州とインド太平洋地域の市場の統合を促進するであろう。デジタル時代における市場の統合は、機械と機械、また生産プロセスをインテリジェントにつなげ、それにより極めて柔軟でダイナミックな価値創造ネットワークを築いていくことでもある。こうしたインダストリー4.0の実現は、膨大なデータフローおよびITセキュリティ・データセキュリティの必要性から、政治が取り組む主要課題のひとつとなっている。

ドイツ企業はインダストリー4.0技術の主要な担い手である。同時にドイツは、生産プロセスの転換にあたり自らが経験を積み重ねているところでもあることから、インド太平洋の多くの国々は、パートナーとしてのドイツに高い関心を寄せている。

他方インド太平洋地域は、インダストリー4.0技術を提供するドイツ企業にとっても、非常に魅力的な市場である。地域の多くの国が、生産プロセスの近代化・デジタル化に取り組んでおり、関連の機械や技術に対する需要は高い。

ドイツ政府は日本と緊密なデジタル対話、ICT政策対話を進めており、日独両国の企業関係者、業界団体関係者が密接に関わっている。主要なテーマは協力連携、規制問題、5G、セキュリティ、データ利用、人工知能、ビッグデータ、新技術等である。ドイツ政府は韓国とも間もなくデジタル対話を立ち上げることで合意しており、5G、人工知能、クラウドアプリケーションといったテーマに関する緊密な交流が目指されている。交流には両国企業の参加が想定され、インダストリー4.0に関しても、既存の専門家レベルの連携の拡大が計画されている。

2016年以降、インダストリー4.0に関する日本との協力が進められており、特にITセキュリティと標準化に重点が置かれている。インダストリー4.0の国際的な枠組み条件に関する協力を進めること、相手国市場の開拓にあたり中小企業の支援を行うことが主な目的である。

2015年から進められているインダストリー4.0に関する中国との協力は、ドイツと中国の企業のためのビジネス環境と枠組み条件の改善、および製造業におけるデジタル化の積極的な促進を目的としている。両国経済・学術分野の80人以上の専門家が継続的に協力し、両国政府および企業に対する行動提言を策定している。これらの専門家グループは、将来の企業のデジタルビジネスモデルのあり方などについて、実例を挙げて紹介している。

ドイツは、オーストラリアともインダストリー4.0について緊密に協力している。ドイツの「インダストリー4.0プラットフォーム」とオーストラリアの「インダストリー4.0先進製造フォーラム(Industry 4.0 Advanced Manufacturing Forum)」の連携により、両国企業の緊密な交流と連携強化の機会が生まれている。

生産設備の制御には大容量データの送受信と高い応答速度が必要であることから、実効性の高いインダストリー4.0の実現には5G技術が不可欠である。同時にデータ通信インフラは最高のセキュリティ基準を満たすものでなければならない。ドイツ政府は、セキュリティ技術の観点に加え、重要部品の供給元の信頼性を重視しており、供給元の置かれている法的・政治的枠組みもそうした観点に含まれる。

人工知能(AI)はデジタル・トランスフォーメーションのキーテクノロジーのひとつである。AIは、数学とコンピュータサイエンスの手法に基づき、システムが学習プロセスを通じパターンを認識し、タスクを実行させる技術である。さらなるキーテクノロジーの例としては、量子コンピューティングやバイオテクノロジーが挙げられる。

中国は、AIと量子コンピューティング分野において2030年までに主導的地位を占めることを目指している。中国と米国の技術競争は、世界を競合する2つの技術圏に分断する方向に向かわせており、ドイツやEUに対するプレッシャーも高まっている。

ドイツ政府はAI分野における課題を認識しているところ、EUが強力な役割を果たすよう取り組んでおり、欧州委員会による「AI白書」の発表を歓迎している。2018年、ドイツ政府は「人工知能戦略」を決定し、ドイツが今後ともこの分野で世界有数の地位にあり続けるとの目標を掲げた。ドイツや欧州の競争力にとっては、研究および産業への技能移転のさらなる強化が主要課題となる。ドイツ政府のもうひとつの目標は、AIを責任ある形で公益に資するよう活用することである。パートナー国においては、AIについての信頼のおける取組みが保障されていなければならない。

ドイツ政府は、AIが実りある形で開発・活用されることを目指し、二国間のイニシアチブや2020年6月に設立された「AIに関するグローバルパートナーシップ(GPAI)」等多国間のイニシアチブ、OECD等の組織、G7、G20等の枠組みに自らの活動を連動させ取り組んでいる。

新たなデジタル技術の利用が可能か、実際に普及しているか、技術利用の水準が高いかということは、連結性だけでなくデジタル主権の問題にも影響を与えるだろう。デジタル主権とは、個人や組織が自立し、自己決定のもと安全に、デジタル世界における自らの役割を果たす能力と可能性を指す。新規・既存のデジタル技術の分野で対応力と形成力を維持・強化するとともに、どの分野でどの程度の独立性が望ましく、あるいは必要であるかを判断しなければならない。特に公共行政にとり、そうした意味でのデジタル主権の行使は、デジタル行政手続を通じて国家主権に関わるような業務を遂行する際に重要となる。これは、キーテクノロジーに関し国際的にも最高レベルの独自の能力を備えるとともに、その不可侵性を内外に対して守れるようにしておくということでもある。

ドイツやEUのデジタル主権を強化するためには、一方的な技術的・経済的依存を回避するとともに、データ保護、知的財産、および無制御の知識流出に関する経済・安全保障面のリスクを最小限に抑えなければならない。EUはこの関連で、基本権・人権の尊重と、デジタル技術の恩恵の最大限の活用を両立させる、人間中心のアプローチを追求している。ドイツ政府はこれを、EUが欧州としての立場を打ち出し、グローバルな議論に積極的に加わってい

くための優れた土台であると考えている。

EUは、デジタルキーテクノロジーの分野における自らの強みと能力の強化に努めている。ドイツとフランスが立ち上げた欧州のイニシアチブ「GAIA-X」は、欧州が主権をもつデータインフラの構築を目指す取組みで、企業や研究機関、EU加盟国、欧州委員会が協力し、米国や中国のクラウドコンピューティングサービス大手に対抗する競争力の確立を目指す。

ドイツ政府は、デジタル・トランスフォーメーションには、グローバル化を積極的に形成するための莫大な可能性があると見ている。未来のデジタル技術は、経済成長の持続可能な発展に向けた取組みや、都市化、パンデミック、環境汚染、気候変動といった課題への対応において新たな可能性をもたらす。インド太平洋地域のいくつかの国々は、新技術のこうしたポテンシャルをすでに認識している。ドイツ政府は、研究・開発、標準化の分野で日本、インド、韓国等のパートナーとの緊密な協力を目指すとともに、先端技術分野における多国間レベルの協調を目指しており、さらに5Gの先を見据えた将来の展望に関する交流を模索している。


文化・教育・科学を通じた人的交流

文化・教育・科学分野の協力は、とりわけ「前政治的」領域において、信頼の構築や対話の促進、関係の強化をもたらす。ドイツ政府は、インド太平洋地域内、また同地域との間に多くのプラットフォームやネットワークを築いており、交流と理解を促し、共に文化に関する知識を深める場となっている。

特に重要な位置付けにあるのが、科学・研究分野における国境を越えた協力である。同分野における国際協力は、21世紀の地球規模の課題に対する答えを見いだし、国連の持続可能な開発目標を達成するための貢献となる。科学を共に発展させるための重要な前提である、科学の自由の擁護もその一部であり、ドイツ政府の「教育・科学・研究国際化戦略」もこうした理念に沿っている。

インド太平洋地域との関係において、実績ある科学技術協力(STC)は、ドイツ政府にとり特筆すべき役割を担っており、地域のパートナー国が高度なイノベーション力をもつ場合も、発展途上にある場合も、関係の深化・多角化に重要な貢献を果たしている。世界の特許登録件数や論文発表数に占めるインド太平洋の割合は着実に増加している。インド太平洋地域は、デジタル技術、量子技術、水素研究といった未来の分野を牽引する地域のひとつであり、活力ある研究圏である。科学技術協力は、こうした地域へのドイツのアクセスを可能にするとともに、特に中小企業に技術輸出と市場開拓への道を開く。ドイツ政府は、地域の多くの国々と二国間のSTC協定を締結している。

2010年、ドイツ・インド両政府が共同でニューデリーに設立したインド・ドイツ科学技術センター(Indo-German Science and Technology Center)は、両国のイノベーション関連機関の緊密なネットワーク構築を目標に掲げている。同センターは、両国の研究・産業分野におけるパートナーの協力を重点的に支援し、ドイツ政府がインド太平洋地域において同様の取組みを拡大する際のモデルとなっている。

科学技術協力(STC)におけるドイツ政府の活動は、一方で国連の持続可能な開発目標に沿って進められており、バイオエコノミー、気候・環境・医療といった研究分野の二国間の活動やイニシアチブがある。他方、デジタル技術、エネルギー研究、生産技術といった横断的重要分野も協力の中心となっている。ドイツ政府は、特に将来の戦略的・革新的分野において、インド太平洋地域で価値観を共有するパートナーが参加する共同研究プロジェクトを対象に、ドイツの科学者に対する支援措置を拡大する方針である。

科学・研究分野の長期的な協力を促進する取組みの一環として、ドイツの協力のもとインド太平洋地域で2つの大学が設立された。中国・上海市の同済大学中徳学部(Chinesisch- Deutsche Hochschule 中徳工程学院、中徳学院等を附属)とベトナム・ホーチミン市のベトナム・ドイツ大学(Vietnamesisch-Deutsche Universität)である。ドイツ政府は今後とも、こうしたドイツ科学外交の旗艦プロジェクトの促進と支援を続けていく。

ドイツとインド太平洋地域の高等教育機関の間には5000を超えるパートナーシップがあり、多くはドイツ政府から助成を受けている。生物多様性や医療分野を重点とする20以上の開発関連の大学パートナーシップもその一部で、ベトナムのハノイ医科大学との協力は、病原体診断学を専門とし、大学・教育マネジメント能力の構築を目指す取組みである。

RoHan SDG大学院(RoHan SDG-Graduiertenkolleg)は、ベトナムとドイツのそれぞれ2つの研究機関が提携し、ドイツ学術交流会(DAAD)が資金を提供する旗艦プロジェクトである。触媒作用という横断的分野における学術交流と共同大学院プログラムを通じ、エコロジー、社会、経済のグローバルな課題に取り組み、持続可能な開発目標を追求している。

ニューデリーと東京に設立されたドイツ科学・イノベーションフォーラム(DWIH)は、インドや日本にあるドイツの学術・研究機関の緊密な協力の拠点であり、その活動はそれぞれの国で有意義な相乗効果を生み出している。地域のパートナーとの連携は、人工知能、ナノテクノロジー、フルーガルイノベーション、持続可能な都市開発といった最先端分野に焦点を当てている。ドイツ政府は、インド太平洋地域がもつイノベーションの勢いとポテンシャルにふさわしい活動を展開すべく、地域におけるDWIHの活動領域の継続的な拡大に取り組んでいる。さらにドイツ政府は、地域内に多数のDAAD支部、DAAD情報センター、センターオブエクセレンス、ドイツ欧州研究センターを擁し、こうした活動を通じ研究と教育の自由の強化に貢献している。

バンコクのドイツ・東南アジア公共政策研究所(German-Southeast Asian Center of Excellence for Public Policy and Good Governance, CPG)は、地域全体にも発信力をもつ研究機関、センターオブエクセレンス、情報拠点であり、主に憲法、人権、安全保障、平和の分野に取り組んでいる。ドイツ政府の予算でDAADの資金援助を受けている。

対外文化教育政策(AKBP)の広範な業務には、現代的なドイツのイメージの発信や、ドイツ語教育の推進、国外のドイツ学校の支援といった伝統的な活動分野が含まれ、加えて新たな業務も増えている。

現在では、国際法上定義された人権、市民権ならびに民主的価値観の推進、文化・学術関係者の自由の擁護、市民社会との連携、メディア関係者およびジャーナリストに対する支援、文化創造産業の促進といった活動もAKBPの重要な構成要素となっている。

AKBPは、ドイツの在外公館およびゲーテ・インスティトゥート、ドイツ学術交流会(DAAD)、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団といった文化・学術関連専門機関ならびに他の多くの国内外パートナーの分業体制に基づき、分権的、多元的アプローチで実施されている。その目的は、国境を越えた市民社会の交流の強化である。

ドイツ政府は、ドイツ考古学研究所(DAI)を通じ、インド太平洋諸国とともに各国の文化財の保護に取り組んでいる。2007年より、同研究所のヨーロッパ域外文化考古学委員会はウランバートルに研究部門を置いており、2009年、同研究所ユーラシア部門は北京に支部を開設した。ドイツ政府は今後も、文化財保護のための共同事業を続けていく。これは、学術的知見だけでなく、持続的な国際交流と相互理解に資する活動である。

ドイツに対する関心、教育・文化政策における緊密な協力への関心、そして特にドイツ語に対する関心は、インド太平洋地域において過去10年で著しく高まった。同地域のドイツ語学習者数は今や100万人を超え、ドイツの大学に在籍する外国人学生の数では、現在中国とインドが1位と2位である。高等教育分野における高い関心を背景に、DAADが日本で運営するネットワークは世界でも最大規模となっている。地域におけるドイツの高等教育機関の連携事業件数は着実に増加している(2020年中国1400件、日本800件、オーストラリア600件、韓国550件)。地域のポテンシャルや協力への関心には一層の拡大の余地があることから、ドイツ政府は、AKBP分野における活動を今後も一貫して進めていく。


III インド太平洋地域におけるドイツのネットワーク

概況

ドイツは、インド太平洋地域の38か所に在外公館、31か所にゲーテ・インスティトゥートの拠点、25か所に在外ドイツ商工会議所やドイツ経済団体等の拠点を有しており、同地域に強力な布陣を敷いていると言える。本「ガイドライン」実施の過程において、インド太平洋地域でのプレゼンスをどの程度拡大していくべきなのかにつき継続的な検討を加えていく。

{図は省略}