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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ラ・ウニオン・スタデイアムにおける日系人歓迎会での鈴木内閣総理大臣の挨拶

[場所] リマ
[年月日] 1982年6月11日
[出典] 鈴木内閣総理大臣演説集,213−215頁.
[備考] 
[全文]

 本日,この広大で立派なラ・ウニオン・スタデイアムにおいて,かくも多数の日系人ならびに在留邦人の皆様方と,親しくお目にかかる機会を得ましたことは,私にとって大きな喜びであります。

 日系人諸団体の皆様にはご多忙中のところ私ども一行のためにこのように盛大な歓迎会を催していただき,また,ただ今は,徳山哲章歓迎委員会委員長及びアウグスト池宮城日系人代表よりご丁重な歓迎のお言葉を賜わりました。心から感謝申し上げます。

 私は,日系人の皆様方が,南米移住草分けの時代において,また太平洋戦争の前後を通じて筆舌に尽くしがたい御苦労を経験されたことをよく承知いたしております。それだけに戦後みなさん方御自身の涙ぐましい営々たる御努力により,立派に生活を再建され,ペルー政府と国民から信頼と尊敬をかち得るに至られたことに深甚な敬意を表するものであります。このラ・ウニオン・スタデイアムこそは,当地日系社会の御奮闘と御努力の何よりの立派な記念碑であります。ここでこうして皆様方に囲まれ今日の日系人社会の隆盛を目のあたりにしながら幾多の先駆者の方々の血と汗の御苦労を偲ぶとき,誠に感慨無量のものがあります。

 ペルー訪問は,私の多年の夢であり,念願でありました。ペルーは,インカあるいはプレ・インカの諸文化に見られるとおり,すぐれた固有の文明を誇る歴史と伝統の国だからであります。また,当国が,議会制民主主義の下での国造りに懸命の努力を傾け,同じ太平洋国家として,我が国との関係も緊密の度を加えているからであります。そして何よりもそこには七万人に及ぶ日系人の皆様が御活躍をなさっているからであります。

 幸いにして,今般,ベラウンデ大統領閣下の御招待により,当国を訪れる機会を得,皆様にもこうして親しくお目にかかることができましたことは,私のこの上ない喜びとするところであります。

 当国訪問に先立ち,私は,パリにおいて先進国首脳会議に出席して参りました。戦後廃墟の中から出発した日本は,いまや世界主要先進国の一員として,全世界の政治,経済の行方に,大きな責任を頒かち合うに至っているのであります。現在の世界的な不況とインフレーションの中にあって,日本経済は,昨年もかなりの経済成長を記録し,しかも物価の上昇率は,年間四・九パーセントにとどめ得ております。これは,今回のサミットに参加したいずれの国にも劣らぬ立派な実績であります。私は,このような我が国が沈滞を続ける世界経済の再活性化に向けて今後とも積極的な役割を果たしていくべきであることを改めて痛感いたしました。

 ついで,ニューヨークにおいては,国連軍縮総会に出席し,恒久的な世界平和の確立のため,核軍縮を中心とする軍縮の促進の必要を訴えてまいりました。

 皆様方の祖国日本は,いまや国際社会において,名誉ある地位を占めるに至っております。このような日本の発展の原動力は,何よりも,我が国国民の高い資質でありました。誠実さと勤勉,卓越した社会的規律と倫理観念,幸いにして私どもは大変すぐれた資質を,私どもの祖先から受け継いでおります。そして,私は,それこそが,皆様方日系人社会のペルーにおける発展の原動力でもあったと確信いたします。私が,皆様方とお話しして懐かしく,また嬉しく感じましたことは,皆様方の胸に規律を尚び,勤勉を徳とする「日本人の心」が,いまなおいきいきと息づいており,それが,二世,三世,という若い世代にも脈々として受け継がれていることであります。私は,日系人の皆様が,この独特の歴史と文化を誇るペルーの社会に融け込み,ペルー共和国の良き市民として,国家の建設と発展に参加されるにあたり,日本の優れた精神的,文化的伝統をもって貢献されていることを,心から誇りとするものであります。

 このような日本と関係の深いペルー共和国の国造りの努力には,日本政府としても,できるだけの協力を行っていく所存であります。事実当国は,これまで我が国の開発援助計画の中で,最も重点を置かれている国のひとつであります。私は今回の訪問にあたっても,ベラウンデ大統領及びウヨア首相に対し,かねがね私が,開発途上国の人造りと農業,農村の開発を重視していることを申し述べ,この国の経済開発と国民福祉の向上に役立ついくつかのプロジェクトについて,協力することを約束いたしました。日本政府としては,今後とも,経済技術協力を通じ,また,文化や学術面での交流を通じ,ペルーとの関係を緊密にするよう努力いたしてまいる方針であります。

 今回当国の指導者の方々にお目にかかり,国際政治経済の諸問題について,また日秘両国関係を一層発展させるための方策について,率直な意見交換ができたことは,誠に幸せでありました。それによって,卓越した民主的な指導者として国際的にも令名の高いベラウンデ大統領をはじめ当国の指導者の方々との間に,人間として,政治家としての信頼関係を深め得たことは,大きな収穫でありました。私は,今回の訪問によって,ペルー共和国官民の日本に対する友好と信頼が一層深まり,ひいては,皆様方邦人,日系人の方々が,当国においてますます御活躍になりやすい環境造りの一助ともなればと念願してまいりました。そのため,いささかでも,お役に立つことができたとすれば,誠に幸いであります。

 私は,御当地に参上して,ペルーにおける邦人,日系人の皆様の御活躍が,日秘友好関係の基盤であり,両国間の貴重な架け橋であることを改めて痛感いたしております。日秘両国民間の相互理解を増進し,両国間の友好関係を一層揺るぎないものとするため,皆様方の格別の御尽力をお願いする次第であります。

 終わりに,私は,皆様方とともに,当ペルー共和国の発展と繁栄を心から願うものであります。また同じ太平洋国家として,日秘両国関係の前途が,まさに洋々たるものであり,一層緊密の度を加えるであろうことを確信するものであります。ここにお集まりの皆様方お一人お一人の御健康と御繁栄をお祈りし,日系社会の一層の御発展を願って,私の御挨拶といたします。