[文書名] サリーナス・メキシコ大統領夫妻主催晩餐会における海部内閣総理大臣の挨拶
サリーナス大統領閣下、令夫人、並びにご列席の皆さま
かねてより中南米に深い関心を寄せていた私にとり、この度貴国を訪問できましたことは、このうえない喜びであります。しかも、このように盛大で和やかな宴において、大統領閣下の暖かい歓迎のお言葉に接し、私はひたすら感激いたしております。
まず何よりも前に、私は、大統領閣下を初めとするメキシコ側関係者が我々に示してくださいましたご好意に対し、この訪墨団一行を代表して、また私自身のお礼の気持ちを表明いたしたく存じます。
また、去る二月の大喪の礼には、大統領閣下にとって最も大切な方である令夫人が参列して下さいました。私は、日本政府と国民を代表して、この場で改めて感謝を申し上げます。
大統領閣下、実は、私は、貴国及び大統領閣下との出会いに運命的なインスピレーションを感じています。
と言いますのは、私が、政治家としての道を歩み始めたのは、一九六〇年の第二十九回総選挙において、二十九歳で国会議員に初当選した時からであります。その時、私は、二十九年後には総理大臣になると冗談を言ったものでした。ところが、初当選から二十九年後の本年、私の冗談が本当になってしまったのです。
我が国が、サンフランシスコ講和条約で戦後の国際社会に復帰してから今日まで、偶然の一致かも知れませんが、我が国皇室からのご訪墨を含め、貴国を訪問した総理・閣僚、政府特派大使の数を試みに数えてみると、その実数は二十八名に及んでおります。つまり、私は二十九人目の訪問者なのです。私のマジック・ナンバーが、また一つ増えました。強烈な印象です。
大統領閣下、私個人にとっては運命的とも言える貴国訪問は、両国間関係においてはまた特別の意義を有しております。
日墨両国の関係は十七世紀初頭に遡り、既に四百年の心と心の交流が存在しています。
とりわけ、我が国にとっての初の平等条約が、一八八八年に貴国との間に締結された「日墨修好通商条約」であったことは、我が国の現代史に特筆すべきことであります。当時、国際社会に参入したばかりの我が国は、諸外国との不平等条約に悩まされており、これを改正することが国家的悲願でしたが、貴国とのこの条約が突破口となって、悲願が達成されたのです。
また、貴国は、九十二年前、中南米で初めて日本人の組織的移住に門戸を開いてくれた国でありました。更に、両国にまだ国交がなかった一八七四年には、貴国から日本に来られた金星観測団から、日本の青年たちが技術指導を受けたこともありました。これらの出来事は、両国の友誼の証として日本人の心に刻印されております。
特に昨年は、「日墨修好通商条約」締結百周年を両国で盛大に祝い、次の百年に向けての友情と協力を誓い合いました。私が、輝かしい日墨友好の歴史の第二世紀目の最初の年に貴国を訪問できましたことは、これからの百年に両国関係を更に磐石のものとする絶好の機会となるでありましょう。
国際政治の枠組みは、人々の予測を上回る速さで変化しつつあり、世界の経済は地域によって浮沈を経験しながらもより動的に拡大し、他方益々相互依存の度を深めつつあります。また、科学技術の革新にいたっては驚き以外の何ものでもありません。これからの日墨関係を取り巻く百年は、恐らくこのような変貌が一層加速される時代であり、そこには現在の我々が想定しえない新しい問題が生じる可能性さえあります。
大統領閣下は、昨年十二月の就任演説において、このような情勢を踏まえて、国家の果たすべき役割の変化に言及されながら、「世界の改革の先頭に立つべく、我々も変わって行こうではないか」と国民に力強く呼び掛けられました。勿論、大統領閣下ご自身も指摘しておられるように、維持すべきものは確固として維持しなければなりませんが、「世界の改革の先頭に立つ」ことは、正に現在の我が国に課せられた課題でもあり、私も自分の内閣の旗印は「対話と改革」であると、国内で訴えております。両国関係のあるべき姿は、この認識に支えられた共同作業の中から具体像を結ぶことでありましょう。
今、我が国は国際社会の中にあって、「世界に貢献する日本」をスローガンに日夜努力を続けておりますが、私は、貴国と我が国の友好協力関係の増進が、この大政策の不可欠の一環であると考えています。
そして、日墨関係のより緊密な第二世紀目を築くための協力は、単に経済に止まらず、科学技術、防災、環境保全、教育・文化交流など多岐に亘るものでなければなりません。とりわけ、かつて我が国が貴国から技術指導を受けたり、一九二三年の関東大震災の折に、同じ地震国としての貴国から暖かい援助を得たことを想起する時、今度は我が国こそ得意の領域でご恩を返す番であるとの思いを禁じえません。そして、いかなる協力であれ、その根底に教育を通じた「人造り」という大目標を掲げるべきであり、この点を、文部大臣を経験した私としては、特に強調したいと存じます。
両国が連携して諸問題を解決しつつ、将来の安定と発展のための布石を打つならば、それは両国関係の枠を越えてアジアと中南米を結びつける原動力ともなるであろうし、両国が共に世界に貢献する姿を示すことになると確信いたします。
サリーナス大統領閣下、多事多難の時代に、国家の舵取りを担うことは、何と表現すればよい責任の重さでしょうか。総理に就任してまだ日の浅い私ですが、日々その重みをひしひしと感じております。そして、これと同じ重みを、きっと大統領閣下も痛感しておられるに違いありません。しかし、国家という船の船長としては私よりも先輩になる大統領閣下には、私の国家の航海術の良き相談役になっていただきたく存じます。
大統領閣下、令夫人、並びにご列席の皆さま、
今回の訪問では、私は、より良い未来を確信して果敢に挑戦を続けるメキシコの姿を目の当たりにするに違いありません。私は、今ここで、我が国がメキシコの挑戦に積極的に協力するアミーゴであり続けたいとの決意を再確認すると同時に、大統領閣下のご壮健と貴国の繁栄を切に祈念して、再び乾杯いたしたいと存じます。バモス・ア・ブリンダール、ポル・パス・イ・アミスター。(平和と友情のために乾杯しましょう)
サルー!(乾杯!)