[文書名] ヴァンクーヴァー貿易協会主催昼食会における海部内閣総理大臣の挨拶
私は、このたび総理就任後初めての外遊の地として、アメリカ大陸を選び、サンフランシスコ、ワシントン、ボストン、メキシコシティー、オタワを回り、本日、最終地点のここヴァンクーヴァーに到着いたしました。これまでの十日間に及ぶ訪問を通じて、私は我が国に寄せられている期待と関心の強さを痛感し、今後全力で日本の舵取りに当たっていく決意を新たにした次第です。
さて、本年は日加外交関係樹立六十周年に当たるばかりでなく、ヴァンクーヴァー総領事館開設百周年にもあたる記念すべき年であります。この記念すべき年に、今次三か国訪問の締め括りの場として、当地ヴァンクーヴァーにおいて皆様にお話しできますことは、私にとって非常な喜びであります。
私は、昭和二十九年に大学を卒業し、二十九歳で議員になり、それから二十九年後に総理大臣になりました。そして私は、総理就任後二十九日目の今週水曜日、六十年前の一九二九年に我が国が外交関係を樹立したカナダに到着いたしました。二十九は私にとって幸運の数字であります。
私は、当地に到着後、眼前に広がる太平洋をホテルの窓から見下ろして、この波穏やかな大洋により日加両国が結び付けられていることを実感いたしました。私には、二十一世紀に向けて、日本とカナダが、共にアジア・太平洋の一員として、この地域の持つ果てしない可能性を引き出し、世界の平和と繁栄のために協力し合うことが運命づけられているとさえ思われるのであります。このような感慨を踏まえ、本日この太平洋を挟む両国の協力関係について、私の考えを申し述べたいと思います。
日本とカナダは太平洋という共通の海に面しており、両国の関係は、いまや太平洋と同じくらい大きな広がりを見せており、今後益々、様々な分野で拡大・強化されていくものと確信しておりますが、その基盤には、強固な二国間関係がなくてはなりません。
日加両国の絆は、歴史的にも古くさかのぼるものであります。
ロンドン、ワシントン、パリ、東京…と言えば何の順番かご存じでしょうか? これはカナダが開設した外交代表団の順序であります。英国とフランスは多くのカナダの国民の祖先の国です。米国は唯一陸続きのお隣りの大国です。言わばカナダにとり、切っても切り離せない国々であります。これら諸国に次いで外交関係が開設されたのが、日本であります。私達は、カナダ外交を見るに、その先見性の豊かさに敬服させられますが、ここにも、カナダが、将来の太平洋時代の布石となる動きをされていたことに気がつきます。
日本とヴァンクーヴァーの間には、これより遥かに深く長い繁りがあります。最初の日本移民永野万蔵が、ここヴァンクーヴァーの地を踏んだのが一八七七年。以来、日本からは多くの移民が続き、一八八九年、日本政府は、カナダで初めての日本領事館をヴァンクーヴァーに設置しました。また、カナダからは、宣教師の人達が遠く日本の地を訪れ、布教活動に従事しました。この宣教師達について、日本公使館の開設を命ぜられたキンリーサイド公使は、勤勉で、自分の職務に身を捧げた熱心な人達であったと書いております。この宣教師の方々が、日本のYMCAや女子学校の創設に努力されたことも、日本人は良く覚えています。このような伝統がその後の日加関係発展の強固な基盤となってきたことは申すまでもありません。
今日、両国間の関係は、政治面でも経済面でも、極めて良好であります。
政治面での協力は着実に進んでおります。両国間の政治対話は緊密に行われており、私の今回のカナダ訪問も、まさにこうした最近における両国間の政治対話強化の一環として位置付けられるものであります。
貿易は一貫して拡大しており、しかもわが国と他の多くの諸国との関係と異なり、むしろカナダ側の黒字であります。今や日本は、カナダにとって米国についで二番目の貿易相手国です、昨年の両国間の貿易額は百八十億カナダドルにのぼり、これは加英貿易の二倍、加独貿易の三倍、加仏貿易の五倍にものぼります。
日加貿易関係が、カナダからの天然資源の供給と日本からの工業製品の供給とを基本としてなりたっていることは周知の事実であります。我々は、エネルギー資源や食料など、日本にとり死活的な産品を、カナダが提供してくれていることに感謝しています。同時に、カナダ側も、日本が大きな市場を提供していることを評価してくれていると思います。これまで日本では、カナダといえば「美しい森と湖の資源大国」というイメージが強かった訳です。カナダは、確かに鉱産物や林産物の産出高や輸出比率では世界一でありますが、他方でNASAのスペース・シャトルのアームやシュミレーターの製造を頼まれるほどハイテクの国であることが、日本でも徐々に認識され、今日、ハイテク分野での対日輸出が増大しつつあります。これをも背景に、カナダからの製品輸出の比率は、数年前から比べると格段に上昇しております。
投資関係も良好です。日本の対加直接投資残高は、現在三十億ドルを超えていますが、その半分は過去三年間内に行われたものであることが示す通り、最近急激に伸びております。そして最近の動きの中に、将来、日本の対加投資が大幅に増大する可能性を見出すこともできると思います。一つは、投資分野の多様化であります。近年、自動車、衛星通信、情報ソフト、或いは、レーザー機器などのハイテク分野での投資が増えつつあります。これに加え、本年から実施に移された米加自由貿易協定が、カナダの投資環境に好影響を与えることを期待しております。このような状況下で、わが国官民合同の投資ミッションが来月下旬からカナダ各州を訪問する予定です。この投資ミッションが、カナダの産業政策、運輸交通、労働事情、部品産業などの広範な分野にわたって、おおいにカナダの投資環境を実地に調査・見聞し、両国間の投資関係の一層の発展に資することを強く期待しております。
また、産業協力や科学技術協力の分野におきましても、ここ数年の間に、多くの技術移転や共同研究が順調に実施に移されてきていることを喜んでおります。
人の交流も忘れてはなりません。なかんずく、青年の交流は重要であります。近年、日本は、主として英語国からの語学指導を行う青年を日本に招聘するJET計画と呼ばれる計画を進めておりますが、この計画に基づき、現在二百九十名のカナダ人の若者が、日本各地で活躍しています。また、日加ワーキング・ホリデー制度の発足も、多数の若者の交流を可能にしました。
当地ブリテイッシュ・コロンビア州でも、中高校レベルでの日本語教育の普及に力を入れておられると承知しております。日本語を受講する生徒の数が十五校一千人から、近く倍増し、また、来年からは、これが小学校にまで拡大されると聞いております。
私は、このような素顔の相互理解を求める動きの中から、日加関係に新しい展望が開けることを期待しております。
このように見ると、日加関係は発展の一途を辿っており、順風満帆であるかのように見えますが、我々は現在の状況に決して満足していてよいということではなく、むしろ、日加両国のパートナーシップによる新たな協力関係の構築を考えるべきものと考えております。既に、日加両国のパートナーシップは、二国間の枠を超えた広がりを見せております。カナダと日本の国際社会における役割の増大に伴い、益々多くの分野で、カナダと日本は世界的な課題についても協力関係を強めつつあります。我々の課題は、この関係を更に強化していくことであります。
アジア・太平洋地域を巡る動きは、とりわけ注目すべきものがあります。一九八三年、カナダの対太平洋圏貿易の総額は、伝統的な対大西洋圏貿易の総額を凌駕するに至りました。随分以前から、カナダにおいても、近い将来カナダを含めた太平洋時代が到来すると考えられていましたが、この年、これが、現実のものになったといえましょう。アジア・太平洋協力構想に関する関係国間の関心も増大しつつあります。オタワでのマルルーニー首相との会談においても、私は、アジア・太平洋協力に対するカナダ側の積極姿勢を肌で感じ、この分野における日加両国の協力が極めて重要であると感じた次第です。
国際経済の分野では、対外不均衡、累積債務問題、増大する保護主義圧力など多くの分野で、日加両国を含めた国際的な協力が一層必要となっています。特に、ウルグァイ・ラウンドについては、カナダは、従来より種々積極的な提案を行っておられ、昨年来、モントリオールにおいて中間レヴュー会合を主催されたのも、カナダのウルグァイ・ラウンドに対する熱意の現われであると思います。交渉期限をあと一年半足らずに控え、わが国もウルグァイ・ラウンドの推進のため積極的に貢献していきたいと思います。このような見地から、本年十一月に、わが国で閣僚会合を開催する予定であります。
環境の保護、テロリズムの封じ込めも両国が協力できる分野であります。
また、政治面においても、カンボディアやナミビアなどの地域紛争の解決における国際社会への貢献や、東西関係に対する西側の協調した対応が求められるにつれ、日加間の協力も重要になってきております。わが国としては、国連平和維持活動や経済協力などの分野において従来より積極的に取り組んでおられるカナダから学ぶべき点が多々あると思います。
我が国は、「世界に貢献する日本」という外交目標を追求して参りました。この外交の基本路線に変更はありません。私は、日本を取り巻く国際状況に照らし、わが国はあくまで世界の中の責任ある一員として、その責務を果たしていく必要があると信じております。また、そのように舵取りを行っていく決意であります。
ご列席の皆さま
日本外交の基本的立場は、西側の一員であり、かつアジア・太平洋の一国であるとの立場にたって外交を推進していくことです。わが国の戦後の繁栄は、自由と民主主義に基本的価値をおく先進民主主義諸国の一員として外交を進めたことによるところが大きいことは、日本国民の等しく確信するところであります。このようにして成長したわが国としては、その経済力に相応しい国際的役割を引き続き果たしていく決意であります。
わが国がこのような政策行動を引き続き強化していく上で、太平洋を挟んだ友邦カナダとの協調は欠くべからざるものであります。カナダと日本の交流は百年を超えます。日本の明治維新、カナダ連邦国家の成立以来の長いつきあいであります。日本からのカナダへの移住者と、カナダから日本への宣教師の派遣で始まった両国間の関係は、百年後の今、当初予想だにされなかったであろう深さと広がりを持ちつつあります。
カナダはアジア・太平洋における重要なプレーヤーであり、今後益々、この地域で重要な役割を果たされるものと確信しています。自由と民主主義という共通の価値観を有し、同じ地域にある日本とカナダ両国が、アジア・太平洋そして世界に輝かしい将来をもたらすため、共に手を組んで新たな地平線を切り拓いていこうではありませんか。