[文書名] セディージョ大統領夫妻主催午餐会における橋本内閣総理大臣の挨拶
セディージョ大統領閣下並びに令夫人、
ご列席の皆様、
今回の私共一行の貴国訪問に際しましては、貴大統領をはじめメキシコ側関係者から種々ご配慮を賜り、また只今はこのような盛大な宴におきまして、貴大統領より暖かい歓迎のお言葉をいただきましたことに対しまして、深甚なる感謝の意を表明いたします。
日本人のメキシコ移住百周年にあたる明年には、貴大統領ご夫妻を我が国にお迎えできることを、我が国政府、国民はあげて楽しみにしているところでありますが、我が国とメキシコがまさにこれから二十一世紀へ向けて新しいパートナーシップを築いていこうとしている時に、貴大統領のご招待を受けて妻とともに貴国を訪問することができましたことは、私の大きな喜びであります。私は、政界に入る前に民間の会社に勤務しておりました頃より、メキシコから綿花を買い糸を紡ぎ布を織るという仕事の上で中南米地域と縁があり、政治家になりましてからも、この地域には特別の関心を抱いてまいりました。特にメキシコについては、大蔵大臣そして通産大臣時代に、数多くの友人を得ており、また一九九二年に訪問した折にも忘れがたい思い出を刻ませていただいていますので、今回の訪問を楽しみにしておりました。私にとりまして、貴国を再び訪問できましたことは、故郷に戻ったような気持ちがいたします。
大統領閣下、
貴大統領はご就任早々厳しい経済困難をはじめ多大の困難に直面されました。しかし、適切な政策と国民の皆様の忍耐と努力が実り、見事にこの危機を克服され、経済は回復基調に乗り、また、各政党の合意を得て政治改革法が議会で承認されたと伺いました。この機会を借りまして、危機を乗り越え改革を着実に進めつつ所期の目標を着々と実現しておられる貴大統領の英邁な指導力、並びに危機に堪えてこられたメキシコ国民の皆様に大いなる敬意を表したいと存じます。
昨年一月、貴国が最大の困難に直面していた時期であったにもかかわらず、我が国で阪神大震災が発生した際に、貴国は他国に先駆けいち早く貴重な支援の手をさしのべて下さいました。この場を借りてお礼申し上げるとともに、「困った時の友こそ真の友」との故事を改めて確認したことを申し上げておきたいと存じます。
大統領閣下、
日墨両国は、貴国がまだヌエバ・エスパーニャと呼ばれていた十七世紀初頭に支倉常長の一行が、ローマ訪問の際、往復とも貴国を経由し、貴国官民から心温まる歓迎を受けた頃から伝統的に友好関係を育んできておりますが、この背景には、政府レベルでの交流もさることながら、両国国民の草の根レベルでの交流があったことも忘れてはなりません。ここで貴大統領の故郷であるバハ・カリフォルニア州に関係する一つのエピソードを紹介したいと思います。
今をさる百五十五年前の一八四一年、現在の兵庫県西宮、ここは昨年の阪神大震災で大きな被害を蒙ったところですが、乗組員十三名を乗せてここを出港した船が嵐にあって四か月も漂流した後にようやく、マニラとアカプルコの間を往来していた貴国の船に救助され、パハ・カリフォルニア半島に下ろしてもらったという記録が残っております。土地の住民はこれら日本人に食糧を与え、その後家族同様に扱い、最後にはお金まで出し合って彼らが日本へ帰国する資金まで工面してくれたそうです。これは我が国がまだ鎖国時代の出来事ですが、一連のエピソードは乗組員の出身地である佐賀や和歌山の公式記録として詳細に残されています。
時代は下り、私が生まれた頃、貴国ではラサロ・カルデナス大統領の時代ですが、バハ・カリフォルニア州には既に多くの日本人移住者が住んでいました。特に貴大統領の故郷であるメヒカリでは、綿花農園経営者等として、同心の発展に貢献しています。そして現在、ティファナやメヒカリ等のマキラドーラに、多数の日本企業が進出していることはご存じの通りです。
我が国と貴国が約四百年前から友好関係を育んできたことは先刻述べた通りですが、本当の意味で両国の国民レベルでの交流が盛んになったのは、我が国からの移住者が貴国に暖かく迎えられた過去一世紀のことであります。そして、明年は一八九七年に初の日本人移住者がチアパス州に到着してから百周年という両国友好の歴史にとり記念すべき年に当たります。私はこの移住百周年を契機に日墨両国関係がさらに一層増進することを念願しておりますが、メキシコの北端のバハ・カリフォルニアにおいても、南端のチアパスにおいても、日本人が暖かく迎えられたという事実は、両国の強い絆を象徴しているように思われます。
大統領閣下、
今回の私の貴国訪問は、貴国に対する我が国の信頼をお伝えするとともに、日墨両国間の伝統的な友好の絆を再確認し、二十一世紀に向けていかなる分野で両国が協力を密にしていくことができるか、その方途を探るためでありました。貴大統領閣下も私も、今世紀の総仕上げの時期に国家のかじ取りを担うという運命を共有しています。共に手を携え未来を目指して邁進しようではありませんか。
最後に、日墨両国間の友好信頼関係のますますの増進と、メキシコのますますの発展、そして貴大統領及び令夫人並びにご列席の皆様のますますのご健勝を祈念して、杯を上げたいと存じます。
サルー(乾杯)!