データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 周恩来中国首相の日中関係正常化に関する談話

[場所] 
[年月日] 1957年7月25日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),814−816頁.外務省アジア局中国課編「中共対日重要言論集」第3集,16−20頁.
[備考] 
[全文]

 周恩来総理は七月二十五日,日本の民間放送代表団(団長田尻正泰氏)共同通信,朝日新聞特派員と会見した。席上周総理は日中関係について次のような談話を発表した。

(a)戦後,中国人民は,日本国民と友好関係を結びたいと願つている。これは中国解放後八年の間に中国側が尽した努力を見ていただけばよくわかることである。一方日本国民も中国人民と友好的につきあうことを望んでいることがわかる。この二つのことは日中間の友好関係を発展させるための基本的条件である。この希望は実現する可能性があるばかりでなく,その現実性は日ましに強くなつてきている。

 ここ数年来,両国の民間団体や半官半民の団体の間に多くの取決めが結ばれ,しかもこれらの取決めが大部分実行に移された。現在,日中両国の国交はまだ正常化されておらず,しかも国際法によれば両国間に戦争状態が続いておりながら,これは両国人民の友好親善,それから民間団体の間で取決めを結ぷことの妨げにはなつていない。

 このような両国の関係を大々的に発展させて,最後には外交の上から戦争の終結を宣言し正常な関係を回復すればよいことになる。われわれのこのようなやり方は国際関係史上で新しい手本をつくりだしたといえる。このような国民外交をわれわれの外交の重要な一部分であると考えている。私は日本の友人もこのような考え方をして欲しいと望んでいる。

 しかし日本政府の態度は具体的に分析してみる必要がある。吉田元首相は中国を敵視したから決して友好的な考えをもつていたとはいえない。しかし鳩山元首相と石橋前首相はいずれも友好的な考えをもつていた。岸首相の場合はもつと友好的な態度を示されてしかるべきものだと思う。しかし事実が証明するように岸内閣は,鳩山内閣,石橋内閣よりもかえつて逆もどりしている。

(b)岸内閣が成立したのち,アジア・アフリカ諸国の一員として,岸首相がアジア諸国を訪問したことは,よいことである。また今日の日本が置かれている地位から考えて岸首相がいましぱらく中国を訪問しないことも理解できる。

 ところが岸首相は台湾に出かけた。岸氏が鳩山,石橋,吉田の三氏がいままでしなかつたことをしたということ,このことは中国人民のきわめて大きな反感を呼んでいる。これぱかりではない。朝日新聞六月四日の報道によると岸氏は台湾で蒋介石に対して「大陸を回復できるとすれぱ私としては非常に結構であると思う」といつている。このことは岸信介氏が蒋介石の大陸回復を支持していること,六億の中国人民を公然と敵視していることのあらわれである。

 日本は今日,アメリカの支配下に置かれているので,岸氏がアメリカ訪問に出かけたのは理解できる。日本がアメリカと友好関係をもつことにわれわれは反対はしない。われわれはすべての国はお互いに友好的であるべきで敵視しあうべきでないと主張している。問題は岸信介氏がアメリカに出かけて新中国の悪口をいつてアメリカの主人にとりいろうとしたことである。

 われわれはアジアの各国と平和に共存することを望んでいる。われわれはこれまでもたびたび言つたが,もし中国と日本の正常な関係が回復されたならぱ,中国と日本は相互不可侵の友好条約を結ぶことが可能である。毛沢東主席と私は日本社会党の代表団と話合つたときにも,「もし日本が日米安全保障条約を破棄し,アメリカが日本における軍事基地を取除きアメリカ軍が日本から撤退して日本が完全な独立を実現できるようにするならば中国は中ソ友好同盟条約のうち,日本の軍国主義が復活し他人に利用されるのを防ぐことを目的とした項目を修正する用意がある」といつた。

(c)インド通信が五月二十四日ニューデリーから伝えるところによると岸信介氏はインドで「中華人民共和国は国連の加盟国でなくて侵略国である。この決議はいまなお有効であるからわれわれは中共を承認することはできない」と談話を発表している。岸信介氏がこういう話をしたのはまつたくこつけいなことである。

 インドは新中国が国連における正当な地位を回復するのを支持している。インドは中国を信頼すべき友邦と考えている。それとは逆に岸信介氏がインドで中国とインドの関係を挑発する発言を行つたことは非常に友好的でない態度である。 私はアジアの八カ国を訪問したとき,それぞれの国でそこに駐在している日本の外交使節と会い,日本はアジア各国と友好的であつて欲しいと説き,また東南アジア各国に対しても日本と友好的にやつていくことをすすめた。私はパンドン会議の原則に基いてこうしたのである。

 しかし日本の首相はそうでない。彼は中国を承認しないぱかりでなく,ほかの国へ行つて中国の悪口を言い,その国と中国との関係を挑発している。

 しかし日本社会党はそうではない。日本社会党は中国を承認するよう主張し,二つの中国をつくる陰謀に反対している。社会党は一つの政党であり,自由民主党もまた一つの政党である。自由民主党の中にも新中国を承認することを主張している人がある。われわれは岸首相がどうしてこのような態度をとるのか疑問をもつている。

(d)日中貿易は現在発展しており,その前途は広々としている。われわれは日本の関係方面と長期にわたる貿易契約を結ぶことをも考慮している。日中両国の経済を発展させるためには日中貿易をさらによく発展させなければならない。こうしてこそはじめて平和と友好が得られ真の共存共栄ができるのである。

 それなのに岸内閣は第三次日中貿易協定で決められている互いに民間通商代表部を設ける問題を支持せず,われわれの代表の指紋をとることを強調し,通商代表部を非公式のものにかえようとしている。これはわが国を侮辱するものであり,実質的には通商代表部の設置を妨げるものである。

 中国は日本の通商代表部の設置に対してどのような条件をつけることもこれまで考えたことがない。われわれは日本人民の平和の呼びかけを支持しているが,これはまつたく中国人民の声から出たものである。しかし日本政府は原水爆禁止世界大会に出席する中国人民の代表団に対して四つの道理のない制限を加えるといつてきている。これは客に対する態度ではなく,他人を信頼しない一般的なやり方である。

 (e)日本政府はジュネーブ駐在の日本総領事を通じて中国のジュネーブ駐在総領事にいわゆる行方不明の日本人三万五千人の調査についての問題を提出してきた。続いて衆議院議員の広瀬正雄氏が電報で二回にわたりいわゆる行方不明の日本人を調査する半官半民の代表団を中国に派遣してくることを要請してきた。

 このようなことはまつたく突然の非友好的な行為である。中国にいる日本人居留民の問題についてはわれわれはすでに解決してきたし,また現在も引続いてこの問題を解決しつつある。国際慣例によれぱこのような問題は国交回復ののちになつてはじめて解決されるものである。しかしわれわれはこのような国際慣例にとらわれることなく,日中両国に戦争状態がまだ存在している状況のもとであるにもかかわらず日本三団体と中国紅十字会の努力でこの問題を解決してきた。

 中国にいた日本人居留民および三万五千人のうち二万九千人余りが中国紅十字会の援助ですでに日本に帰国した。これにはいろいろな罪を犯した元日本軍人や起訴を免ぜられた戦争犯罪者千五百人余りは含まれていない。

 今年の九月にはまた刑期満了になる者や年寄りや病人など八人の戦犯が釈放されることになつている。

 日本の三団体が日本にいる華僑や華僑の妻,抗日義士の遺骨を中国に送り返したことにはわれわれも感謝している。

 今後中国にいる日本人居留民がもし日本に帰国を望むならば中国紅十字会はこれまで通り援助する。

 以上のような話は決して日本人民が中国紅十字会を通じて中国にいる日本人の近況と中国で死んだ日本人の遺骨について調査することを妨げるものではない。

 (f)これらの事実からわれわれは岸首相はわざと中国に難題をふつかけアジア各国と中国の関係が悪くなるように挑発し,中国を誹謗してアメリカの機嫌をとりアメリカから援助をもらつて再武装をし軍国主義を復活しようとしていると疑わざるをえない。