[文書名] 中国代表権問題に関する岡崎勝男国連大使の総会演説
まず,私は日本が「国際連合における中国代表権問題」に対し,至大の関係をもつているということを述べたいと思います。
しかし,これは,われわれが本問題について狭く利己的な見解をとることを意味するものではありません。もちろん,われわれは,われわれ自身の平和と安全にかかわるいかなる問題についても深い関心を持たざるをえません。しかしながら,同時にわれわれは,国際連合およびその全加盟国ならびに人類の将来の福祉に対するわれわれのより広い義務をも極めて強く自覚するものであります。
かかる広い見地から考えますならば,極東の平和と安全に影響を及ぼすようないかなる問題も一本問題はまさにそのような問題であると信ずるものでありますが−極東における日本その他の諸国の平和と安全のみならず全世界の平和と安全に影響を及ぼすことは必至であると申さなければなりません。
世界の全部または一部の平和と安全に影響を及ぼすいかなる問題も,国際連合自体にとり大きな関心のある問題であることは,国際連合の主要目的が憲章第一条一項の冒頭に謳われているように「国際の平和と安全を維持すること」であることからしても極めて明らかであり,これをあらためて繰り返えす必要はほとんどありますまい。
以上のような基本的考え方の上に立つて,常に極めて緊密な関係にあつたアジア最古の国の二つである日本と中国との関係につきその文化的,経済的および政治的背景を簡単ふりかえつてみることは参考になるのではないかと考えます。
まず,地理的にみて,日本は,中国大陸沿岸から東二一六マイル,日本南部諸島は台湾から約七〇マイルの位置にあることに留意することは適当でありましよう。
歴史的には,日本と中国の関係は二千年以上前から始まつたといわれています。もつとも中国文明がはつきりした形で日本に流入してまいりましたのは西暦五五二年頃と伝えられています。この年にインドに起り中国で拡まつた仏教は,南朝鮮の王国の使節を通じて公式に日本にもたらされました。以後仏教は中国文化の日本への移入のための重要な手段となり,中国文化は日本の形成,開花に重要な役割を果しました。
日中間の正式国交は,最初の日本国使節が中国に派遣された六〇七年に開かれました。このようにして始められた両国の接触は,日本と大陸を極めて緊密な相互関係の中におくことになり,それ以来両国間の交流は一貫して続いています。このような接触の発展を注意深く辿ることなくしては,その後の日本の歴史を十分に理解することはできないでありましよう。
かくのごとくして日中両民族の間には,その地理的近接性,人種起源上の近似性および文物の交流の故に深い親近感が存在しております。この親近感は,今日なお漢字がわが文語{前1文字ママとルビ}の中核となつている事実からもわかるのであります。
日中両国間の緊密な経済関係は幾世紀にもわたり維持されてきましたが,戦前の日中貿易は,日本の貿易総額の二〇%から四〇%を占め,わが国の中国に対する投資も多額に昇つたのであります。このように中国は日本の対外経済関係の中で重要な役割を演じていたのであります。中国側からみても,日本は中国の貿易相手国の中でも上位にありました。
わが国と台湾島との歴史的関係について一言したいと思います。台湾には古くから南方アジア系の原住民が住んでおりました。その存在は三世紀ないし六世紀に書かれた中国の文書に見えますが,その外界との接触は一四九八年ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見までは比較的僅少でありました。当時台湾は一般に「フオルモサ」と呼ばれていましたが,この名前はポルトガルの航海者達がこの島を「フオルモサ」と呼んでいたのに起源を発しています。
その後,この島の支配を獲得せんとする企てが中国のみならず,オランダやスペインによつても試みられましたが,一六世紀以後中国大陸からの移住者の数は漸増しました。一六六一年には一群の中国人はオランダ人を駆逐してこの島を領有するに至り中国大陸の当時の支配王朝から独立して独自の政府をつくりました。台湾は後に名目上中国の一省の管轄下に置かれましたが紛争が相次ぎ,島内の情勢は二百年間不安定な状態を続けました。
一八三九年の阿片戦争以後,清朝は内憂外患のため台湾を顧みる余裕なく,台湾は現地住民の手に放任されておりました。この結果台湾の混乱状態は五〇年以上も悪化を続けました。
一八九四〜九五年の日清戦争の結果,台湾は日本に割譲され,その後半世紀にわたつて日本の領土でありました。一九五一年九月八日サン・フランシスコにおいて日本国と連合国との間に調印された平和条約により日本は台湾および隣接澎湖諸島に対する一切の権利,権原および請求権を放棄しました。現在一,一〇〇万の人口と,一四,〇〇〇平方マイルの領土を有する台湾はいうまでもまく中華民国政府の所在地であり,中華人民共和国政府は未だかつてこの地域に現実に支配を及ぼしたことはありません。
日本の中国大陸に対する現在の関係は次のように要約することができましよう。すなわち,政治信条や政治理念の相違はあつても,実際に可能な限り中華人民共和国との関係を調整すること,特に実際的な前{前1文字ママとルビ}進的措置として貿易・文化の交流をはかつてゆくことが日本政府および日本国民の願望でありました。しかしながら,現在のところ,この分野における日中関係は小規模なものに限定されておりますが,その主たる理由は中華人民共和国がその政治的な原則や目的を強調し,すべての相互関係が政治的な考えのみによつて律せられなければならない旨を固執したからであります。
他方日本は前述のように台湾に対する一切の権利,権原および請求権を放棄しました。一九五二年四月二十八日台北において日本国政府は中華民国政府との間に平和条約を締結し,じ来同政府と友好関係を維持し,文化や人の交流も活溌に行なわれ,経済関係も極めて密接であります。一九五八年から一九六〇年までの期間をとると,日華貿易は年平均台湾の貿易総額の約四五%を占めております。
次に国際連合が関心を払わなければならない若干の特定の問題をとりあげますと,われわれが考慮しなければならない第一のそして最も重要な事実は,現在二つの政権,すなわち一方では中華民国政府,他方では中華人民共和国がそれぞれ中国の正統政府である旨強く主張していることであります。
国際の平和と安全を維持するという国際連合の高邁な目的からみて,この事実だけでも国際連合が直面しなければならない非常に困難な事態を生ぜしめるものであります。しかしながら,もしわれわれが現在のような情況をもたらすに至つた事実関係の背景を検討しないならば,中国代表権問題の真の意味は十分明らかにはならないでありましよう。特に国共双方が相対峙している態様を常に考慮に入れておくことが必要であります。
一九四六年から四七年にかけて中国共産党が再開した中国革命戦争の結果,一九四九年に北京を首都とする中華人民共和国の成立が宣言され,中華民国政府は台湾に移りました。同年十一月十八日,中華人民共和国の成立が恩来外交部長は国際連合総会議長に電報をもつて「中華人民共和国の中央人民政府こそ中華人民共和国の全人民を代表する唯一の合法政府である」旨通告し,かつ,中華民国政府は中国を代表することができないばかりか国際連合において中国人民を代表して発言する権利をもつていない旨を指摘しました。
さらに,中華人民共和国政府は,台湾を「解放」する意図を宣言し,引き続きいわゆる台湾解放の主張を続けましたが,台湾海峡は暫らくの間,比較的平静を保つておりました。その後一九五八年夏,中近東における危機が伝えられた際,国共両軍とも警戒態勢に入りました。七月二十九日,双方は砲火を交え始め,大陸側からの砲撃は,金門,馬祖諸島をめぐつて,激しさを加えました。その間,中華人民共和国政府は再びその基本的立場を明らかにしましたが,それによりますと「台湾を解放することは中国人民の神聖なる使命である」とのことでありました。
中華民国の側では,台北に政府を移した以後も一貫して中国の正統政府であるとの主張を掲げ,国民の団結を呼びかけ“光復大陸”を最高の目標として押し立てています。
例えば蒋介石総統は,一九六〇年五月中華民国総統に三選された際,次のように言明しました。
「われわれは,国家の独立と自由を護るために努力しているが,その最高の目標はソ連侵略者と中国裏切者によつて奪われ,破壊された中国本土を奪回し,現在共産主義の圧政の下に苦しんでいる同胞を救済し,かれらをして再び三民主義に基づくわが憲法の保証する自由と幸福を享受せしめることを措いて他にない。」
すでに述べたとおり,二つの政権が尨大な軍隊を擁して台湾海峡をはさんで対峙し,互いに中国政府としての合法的地位を主張している事実は,国際の平和と安全を願うすべての国家にとつて深い憂慮のもとでなければなりません。台湾海峡をめぐる力の均衡は保たれており,情勢は比較的平穏ではありましたが,平和が乱され,潜在的抗争が表面化する可能性はなお存在しています。この点に関し,私は一九五〇年に締結された中ソ友好同盟相互援助条約と一九五四年に締結された米華相互防衛条約があることにつき代表諸氏の注意を喚起したいと思います。
中華民国政府の主張と中華人民共和国政府の主張の間の基本的紛争であるこの積年の問題の解決策を見出すことは,極めて困難のように身受けられます。しかしながら,中国代表権問題がいまや総会の議事日程に上つている事実は,解決の手掛りがやがて見出されるかも知れないといういくばくかの希望を与えるものであります。日本代表団は,ここに集まられた代表諸氏が,本問題は,全世界の平和と安全にとつてこのように重要な意味を有するものであることを了解し,本問題の重大性を認識して,慎重に検討されるよう心から希望するものであります。
私はここで,国際連合との関連における中華民国の立場を簡単に検討したいと思います。国際連合創設の構想は一九四三年,モスクワにおいて開催された米国,英国,ソ連,中華民国の四ヵ国によつて行なわれた「われわれは,すべての平和愛好国家の主権平等の原則に基づく一般的国際機構をできるだけ速やかに設立する必要を認める」という宣言に源を発するものであります。この画期的な会議において,中華民国政府は,戦争遂行の責任を分担し,そのため,戦後の平和維持に責任を課せられた大国として参加したのであります。中華民国は,他の三国とともに,一九四四年八月,「一般的国際機構の提案」を審議するため,,ダンバートン・オークス会議を開催しました。さらに,一九四五年四月,中華民国は,再び他の三国とともに,ダンバートン・オークス提案を審議した後,国際連合憲章を採択したサン・フランシスコ会議の招請を行なつたのであります。
このように中華民国は,国際連合の原加盟国の一つであるのみならず,国際連合の創立者たる四国のうちの一国であります。さらに,同国は,国際の平和と安全の維持の直接の責任を与えられている安全保障理事会五常任理事国のうちの一国であります。中華民国政府が憲章の義務を誠実に履行し,国際連合の権威と威信を常に支えてきたことは周知のとおりであります。
私はここで転じて,国際連合との関連における中華人民共和国政府の立場について,中華人民共和国政府の外交部長が一九四九年十一月十八日付けで,国際連合総会議長に対し,電報を送つたことに言及しました。同政府は同日,国際連合事務総長に電報を送り,国際連合が国民政府代表から,国際連合で中国を代表する権限を直ちに剥奪するよう要求しました。
この要求に従い,ソ連は一九五〇年の安全保障理事会および総会において,中華人民共和国政府の代表を,中国の合法的代表として国際連合に出席せしめるようくりかえし試みましたが,十分な多数の支持を得るに至りませんでした。
他方,一九五〇年六月に朝鮮事変が勃発しました。総会は翌一九五一年二月一日,「中華人民共和国,中央人民政府が,朝鮮においてすでに侵略を行ないつつあるものに直接の援助を与えていることにより,また,同地にある国際連合軍に対する敵対行為に従事していることにより,自ら,朝鮮において侵略行為に従事したものであること」を認める決議(498(V))を採択しました。
日本代表団はここで代表権問題一般に関して総会が検討した結果採択された一九五〇年十二月十四日の総会決議396(V)はわれわれの審議に適切なものであると信じます。本決議は,とりわけ「一以上の政府が国連において一加盟国を代表する権限を主張し,これが国際連合における議論の対象となつた場合には,本問題は,国際連合憲章の目的と原則ならびに各場合の状況にてらして審議されるべき旨」を規定しています。
決議396(V)に言及されている憲章の目的および原則は申すまでもなく,憲章の第一章,第一条および第二条に規定されております。第一条に掲げる第一の目的,即ち,最も重要であるとわれわれが信ずるものは,国際の平和と安全の維持であります。ついで,第二条は,「この機構およびその加盟国は,第一条に掲げる目的を達成するに当つては,次の諸項の原則に従つて行動しなければならない」旨を規定しています。これらの項によれば,例えばすべての加盟国は,この憲章に従つて負つている義務を誠実に履行し,かつ,その国際紛争を平和的手段によつて解決しなければなりません。
また,これとも関連して,国際連合の加盟国は,この憲章に掲げる義務を受諾し,かつ,この義務を履行する能力および意志を有する平和愛好国であることを要件とした憲章第四条が存します。
議論の多い中国代表権問題の解決に当つては,国際連合憲章諸条項および国際連合が採択した諸決議を十分考慮する必要があります。
中華人民共和国政府が中国大陸において六億余の人口を現実に有効に支配している事実は将来の世界平和に関連して,看過しえない事実であります。
中華人民共和国は,中国本土において有効な支配を及ぼしており,従つて,加盟国が国際連合憲章により負つている義務を履行する能力をもつているので国際連合において中国を代表すべきであるとの議論があることを日本代表団は承知しております。われわれは,また国際連合に中華人民共和国を代表せしめるための議論として国際連合加盟国の普遍性の原則があることを承認しております。また,国際連合加盟国の中には,中華人民共和国政府を承認している国が三七あります。
他方,中華民国政府は,台湾および隣接諸島即ちその一,一〇〇万の国民に高度の生活水準を享有せしめるに足る領域を確実に統治していることを看過してはなりません。また,台湾の全住民が共産主義を強く嫌悪していることに留意すべきであります。さらに,国際連合の四九加盟国が中華民国政府を中国の正統政府として承認しています。
国際連合における代表権問題と政府承認の問題の間の関連性を認めると否とにかかわらず,中国代表権問題を審議するに当つて総会が前記の諸事実を極めて慎重に考慮しないとすれば,総会は非現実的であるとのそしりをまぬかれないでしよう。
総会の注意を喚起したいもう一つの点は,国際連合の発足以来中華民国政府が,国際連合において中国を代表する政府として正当に認められてきたということであります。
もし,国際連合において中華民国政府が中華人民共和国政府に置き換えられるならば,これは事実上,加盟国の除名と同じことになるのではないでしようか。もし,しかりとすれば−われわれはそうであると信じますが−われわれが本件を審議するに当つて非常な慎重さが必要とされるのであります。
私は,この発言において,客観的,かつ,現実的公平の精神をもつて,中国代表権問題の討議に際して総会が考慮すべきものと日本代表団が考える基本的諸要素を申し述べました。これらの要素は,極めて大きな,かつ,根本的な要素をもつものであり,これらを最大の慎重さをもつて考慮しなければならないと信じます。将来にとり,重大な冒険を伴う,このような極めて重大な問題は,すべての代表団が本問題のすべての関係事実および問題のあらゆる面,例えば中華民国政府および中華人民共和国政府の歴史的背景およびその性格を,政治的,軍事的意義その他の考慮に入れるべき面をも十分認識しつつ徹底的に再検討した上で審議すべきであると信じます。
このような考慮の下に,日本代表団はオーストラリア,コロンビア,イタリアおよび米国代表団とともに文書A/L372に記載された決議案を提出したのであります。
日本代表団は,本問題の総会における審議が,憲章の目的と原則ならびに世界社会の最大の利益に従い,関係するすべての複雑な要件の現実的かつ平衡を得た評価を確実な基礎として行なわれることを強く希望するものであります。