データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中国代表権問題に関する松井明国連大使の総会演説

[場所] 仮訳
[年月日] 1963年10月16日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),484−485頁.外務省情報文化局「外務省公表集」,昭和38年下半期,165−7頁.
[備考] 
[全文]

 日本代表は,国連における中国代表権問題に関するわが政府の見解について,これまでしばしばこの壇上から,かなり詳しく説明してきた。

 わたくしは,本問題に関するわが国の見解はきわめて明確に述べられてきたと信ずるものであり,今日ここに簡単な発言を行なうにあたり,わが国の見解は今なお変つていないことをまず申し述べたい。それは,われわれの見解を変えなければならないような事態の発展がなかつたからである。

 まず第一に,わたくしは同地域に現存する事態がこれまでとなんら異つていないことを指摘したい。二つの政権が台湾海峡を隔てていぜんとして対峙しており,いずれの政権も中国全体に対する排他的管轄権ならびに唯一の中国の合法政府としての独占的地位を執拗に主張し,また双方とも●{ぼう/厖のがんだれを取る}大で十分な装備を有する軍事力を保持しているーわが代表は第十六回総回以来繰り返しこの事実について総会の注意を喚起してきた。

 これらの政権の一方である中華人民共和国政府は六億余の人口を有し,これまで十四年間中国本土を支配しつづけている。われわれはこの事実を無視できるとは考えない。しかし,他方において,同一の期間,中華民国が一千百万の人口をかかえ,かつ非常に高度の繁栄を遂げながら,台湾およびその隣接諸島を実効的に支配しつづけてきた事実を何人も否定しえないであろう。

 議長,わたくしがこの事態に言及し,その重大性を強調するのは,カサンドラ(ホーマーの詩にあるトロイの敗滅を予言した女予言者の名)としてではない。ただわが国としては,国連が現在の情勢の均衡をくつがえす効果をもたらし,同地域における緊張を増大させ,ひいては極東に戦争の危険を招くとさえ考えられるようないかなる行動をも差し控えなければならない,と衷心より信ずるからにほかならない。われわれは,これまで再三申し述べてきたとおり,究局{前1文字ママとルビ}において本問題の平和的解決策が見出されるよう強く希望する。われわれは,それまでの間は,本議題の提案者が主張しているいかなる提案も平和とは全く正反対の効果を持つと考え,これに強く反対する。

 議長,本問題の解決を求めるに当つては,二つの政権の国連に対する態度を考慮に入れ,憲章の目的と原則に照らしてこれを検討することも重要である。一九四三年の四カ国モスコー宣言の署名国であり,一九四四年のダンバートン・オークス会議および一九四五年のサンフランシスコ会議に参加して,国際連合の原加盟国となった中華民国は,それいらい同国が起草にあずかつた憲章の義務を忠実にかつ誠意をもつて遵守してきた。このような中華民国およびその代表を国連から排除することを誰が一体本気に提案することができるであろうか。

 国連における中華民国の輝かしい業績と比較して,他方,中華人民共和国が果して現実に憲章のもとでの加盟国の義務と責任を守るかどうかの問題が起つてくる。

 私は,総会における中国代表権問題の審議に際して考慮に入れる必要があると考えるいくつかの基本的要素について述べた。われわれは,本問題が困難で複雑な性格を持つものであることにかんがみ,総会は本問題に関連するすべての事実と要素,ならびにその及ぼすべき影響について最も慎重な考慮を払う必要があると信ずる。この複雑な問題の一面だけをとりあげて単なる手続問題として解決しようとするがごときは,問題の本質を単純化して掘り下げないもので,この問題に内在する本質的な要素を全く無視しており,正しいとりあげ方ではない。このことは,過去二回の総会における大多数の加盟国の発言および総会決議一六六八(XVI)によっても十分に証明されている。

 従って,われわれは国連において単純に中華人民共和国政府を中華民国政府に置き換えてこの問題を解決しようとするいかなる提案にも強く反対する。このような問題のとりあげ方は,内在する本質的な要素に何らの考慮をも払わないものである。

 以上の考えから,日本代表団としては,このような重要問題に対処するに当つては,事態のすべての現実と複雑性とを考慮に入れ,清澄な心と慎重さとをもって対処することが絶対に必要であると確信する。このような問題のとりあげ方によつてのみ,すべての当事国に満足のゆく解決方法を,時と情勢の許す限りなるべく速やかに見出すことができよう。

 アルバニア提出の決議案に対するわが代表団の立場は,以上の説明によつて明確にされたと信ずるものであり,われわれはこれに反対する。