データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 蒋介石総統宛て田中角栄首相親書(全文)

[場所] 
[年月日] 1972年9月13日
[出典] 『中央公論』2003年4月号,73頁.
[備考] 
[全文]

蒋介石總統閣下鈞鑒

 謹啓者

閣下鼎祺安燕履祉吉祥我が久しく仰望神馳する所であります 近来我が國と北京政府との交渉に関し議論紛紛

閣下の左右亦之を我が國政府の降志辱身自ら國格を損する行為として論難さるるを傳承致しまして茲に謹んで本問題に関する日本政府の所見を開陳し

閣下の諒察を仰ぎたいと存じます

顧みれば戦後二十餘年

閣下の日本國及國民に對する終始渝らぬ高誼優待は日本國政府及國民の齊しく欽尚する所であり、一九五二年我が國が貴國政府との間に平和條約を締結して以来政府民間擧ってあらゆる機會を通じ一貫して 貴國との友誼を勵行して参りました 特に昨年の國連に於る中國代表権問題の審議に當っては我が國政府が率先挺身して難を排し紛を解き國連に於る 貴國の議席確保に奔走盡瘁致しましたことは長く青史に傳えて両國の為に友邦齊しく感銘する所であります

然るに近年國際情勢は激變し國連総會に於る中國代表権問題の議決北京政府承認國の續出 ニクソン大統領の北京訪問等北京政府との関係改善を謀るに世を擧げて滔々たる者が有ります 我が國は此等と亦自ら撰を異にし 古来中國と斯文の交深く且久しく國民大衆が中國大陸との社稷蒼生を敬愛するの情尋常ならぬものが有り 従って即今の時勢に鑑み日中國交正常化の時機已に熟すとして政府の決断を仰望すること誠に止むを得ぬ情勢となっております 我が國は言うまでもなく議會制民主主義を國政の基本原則とし 政府は國民多數の意思と願望を政治の上に具現すべき責任を有します 是れ我々が慎思熟慮して北京政府と新に建交する所以で徒に勢の為に迫られ 利の為に誘われて所謂親媚北京短視政策を採るものではありません

但本政策を實行に移すに當っては固より 貴國との間に痛切なる矛盾抵觸を免れず 時に又粗略有るを免れぬことと存じますが 自靖自獻の至誠を盡して善處し

閣下至仁至公の高誼を敬請する次第であります

閣下萬壽無疆を謹祝申上げます

一九七二年九月十三日

日本國内閣總理大臣

田中角榮(署名)謹白