データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 田中総理・周恩来総理会談記録

[場所] 北京
[年月日] 1972年9月25日〜28日
[出典] 
[備考] 情報公開法に基づいて読売新聞社が外務省に開示を求めて公開された文書
[全文]

秘密指定解除 情報公開室

極秘無期限 4部の内3号


田中総理・周恩来総理会談記録

(1972年9月25日〜28日)

−日中国交正常化交渉記録−


アジア局中国課


目次

第一回会談 9月25日・・・・・・・・・・・・1

第二回会談 9月26日・・・・・・・・・・・・5

第三回会談 9月27日・・・・・・・・・・・・13

第四回会談 9月28日・・・・・・・・・・・・26

双方の出席者

日本側  田中 総理大臣

          大平 外務大臣

          二階堂 官房長官

          橋本 中国課長

中国側  周恩来 総理大臣

          姫鵬飛 外交部長

          廖承志 外交部顧問

          韓念龍 外交部副部長

(注: 本会談記録は国交正常化当時の記録を改めて昭和63年9月タイプしたものである。)


第一回首脳会談(9月25日)

田中総理: 日中国交正常化の機が熟した。今回の訪中を是非とも成功させ、国交正常化を実現したい。

 これまで国交正常化を阻んできたのは台湾との関係である。

 日中国交正常化の結果、自動的に消滅する関係(日台外交関係)とは別に、現実に起こる問題に対処しなければならぬ。これをうまく処理しないと、国内にゴタゴタが起こる。日中国交正常化を実現するときには、台湾に対する影響を十分考えてやるべきだ。

 国交正常化は、まず共同声明でスタートし、国会の議決を要する問題はあとまわしにしたい。

大平大臣: 国交正常化をなしとげ、これをもって、日中両国の今後長きにわたる友好の第一歩としたい。

 また国交正常化が、わが国の内政の安定に寄与するよう願っている。この観点から二つの問題がある。

 ひとつは日華平和条約の問題であり、中国側がこの条約を不法にして無効であるとの立場をとっていることも十分理解できる。しかし、この条約は国会の議決を得て政府が批准したものであり、日本政府が中国側の見解に同意した場合、日本政府は過去20年にわたって、国民と国会をだまし続けたという汚名をうけねばならない。そこで、日華平和条約は国交正常化の瞬間において、その任務を終了したということで、中国側の御理解を得たい。

 第二点は第三国との関係である。とくに日米関係は日本の存立にとり極めて重大である。また、米国が世界に多くの関係をもっているが、日本の政策によって、米国の政策に悪影響が及ぶことがないよう注意しなければならないと考える。つまり、日中国交正常化をわが国としては対米関係を損ねないようにして実現したい。

 日中国交正常化後の日台関係については、日台の外交関係が切れた後の現実的な関係を、やることと、やらないこととのケジメをはっきりさせて処理したい。

周総理: 田中総理の言うとおり、国交正常化は一気呵成にやりたい。国交正常化の基礎の上に、日中両国は世々代々、友好・平和関係をもつべきである。日中国交回復は両国民の利益であるばかりか、アジアの緊張緩和、世界平和に寄与するものである。また、日中関係改善は排他的なものであってはならない。

 田中・大平両首脳は、中国側の提示した「三原則」を十分理解できると言った。これは友好的な態度である。

 今回の日中首脳会談の後、共同声明で国交正常化を行い、条約の形をとらぬという方式に賛成する。平和友好条約は国交樹立の後に締結したい。これには、平和五原則に基づく長期の平和友好関係、相互不可侵、相互の信義を尊重する項目を入れたい。

 日中友好は排他的でないようにやりたい。

 戦争状態終結の問題は日本にとって面倒だとは思うが、大平大臣の提案に、完全に同意することはできない。桑港条約以後今日まで戦争状態がないということになると、中国は当事者であるにもかかわらず、その中に含まれていない。

 私は、この問題を二人の外相に任せ、日中双方の同意できる方式を発見したいと思う。

 「三原則」についても、この精神を反映させたいが、方式は二人の外相に任せたい。

 日中は大同を求め小異を克服すべきであり、共通点をコミュニケにもりたい。

 日米関係にはふれない。これは日本の問題である。台湾海峡の事態は変ってきているから、条約(日米安保、米華相互防衛条約)そのものの効果も変ってきている。

 台湾問題にソ連の介入を許さないという点で、日米中三国の共通点がある。中国側としては、今日は日米安保条約にも米華相互防衛条約にも、ふれずにゆきたい。日米関係については皆様方にお任せする。中国は内政干渉はしない。


第二回首脳会談(9月26日)

周総理: 日本政府首脳が国交正常化問題を法律的でなく、政治的に解決したいと言ったことを高く評価する。戦争のため幾百万の中国人が犠牲になった。日本の損害も大きかった。我々のこのような歴史の教訓を忘れてはならぬ。田中首相が述べた「過去の不幸なことを反省する」という考え方は、我々としても受け入れられる。しかし、田中首相の「中国人民に迷惑をかけた」との言葉は中国人の反感をよぶ。中国では迷惑とは小さなことにしか使われないからである。

 双方の外交関係樹立の問題に、日台条約や桑港条約を入れると、問題が解決できなくなる。これを認めると、蔣介石が正統で我々が非合法になるからだ。そこで、中国の「三原則」を十分理解することを基礎に、日本政府が直面する困難に配慮を加えることとしたい。

 日華条約につき明確にしたい。これは蔣介石の問題である。蔣が賠償を放棄したから、中国はこれを放棄する必要がないという外務省の考え方を聞いて驚いた。蔣は台湾に逃げて行った後で、しかも桑港条約の後で、日本に賠償放棄を行った。他人の物で、自分の面子を立てることはできない。戦争の損害は大陸が受けたものである。

 我々は賠償の苦しみを知っている。この苦しみを日本人民になめさせたくない。

 我々は田中首相が訪中し、国交正常化問題を解決すると言ったので、日中両国人民の友好のために、賠償放棄を考えた。しかし、蔣介石が放棄したから、もういいのだという考え方は我々には受け入れられない。これは我々に対する侮辱である。田中・大平両首脳の考え方を尊重するが日本外務省の発言は両首脳の考えに背くものではないか。

 日米安保条約について言えば、私たちが台湾を武力で解放することはないと思う。1969年の佐藤・ニクソン共同声明はあなた方には責任がない。米側も、この共同声明を、もはやとりあげないと言った。佐藤が引退したので、我々の側はこれを問題にするつもりはない。したがって日米関係については、何ら問題はないと思う。我々は日米安保条約に不満をもっている。しかし、日米安保条約はそのまま続ければよい。国交正常化に際しては日米安保条約にふれる必要はない。日米関係はそのまま続ければよい。我々はアメリカをも困らせるつもりはない。

 日中友好は排他的なものでない。国交正常化は第三国に向けたものではない。日米安保条約にふれぬことは結構である。米国を困らせるつもりはなく、日中国交正常化は米国に向けたものでない。ソ連に対しては、日中双方に意見があるが、条約やコミュニケには書きたくない。日ソ平和条約交渉の問題につき、日本も困難に遭遇すると思うが同情する。北方領土問題につき、毛は千島全体が日本の領土であると言った。だからソ連は怒った。茅台がウォッカよりよいとか、ウィスキーがよいとか、コニャックがよいとか、そのような新聞記者が言うような問題は中国側には存在しない。

 日中両国人民が世々代々つきあっていけるようにすること、過去半世紀の歴史を繰り返さぬようにすることが、両国人民の利益であり、アジア・世界の平和に役立つ。

田中総理: 大筋において周総理の話はよく理解できる。日本側においては、国交正常化にあたり、現実問題として処理しなければならぬ問題が沢山ある。しかし、訪中の第一目的は国交正常化を実現し、新しい友好のスタートを切ることである。従って、これにすべての重点をおいて考えるべきだと思う。自民党のなかにも、国民のなかにも、現在ある問題を具体的に解決することを、国交正常化の条件とする向きもあるが、私も大平外相も、すべてに優先して国交正常化をはかるべきであると国民に説いている。

 日中国交正常化は日中両国民のため、ひいてはアジア・世界のために必要であるというのが私の信念である。

 賠償放棄についての発言を大変ありがたく拝聴した。これに感謝する。中国側の立場は恩讐を越えてという立場であることに感銘を覚えた。中国側の態度にはお礼を言うが、日本側には、国会とか与党の内部とかに問題がある。しかし、あらゆる問題を乗り越えて、国交正常化するのであるから、日本国民大多数の理解と支持がえられて、将来の日中関係にプラスとなるようにしたい。

 共同声明という歴史的な大事業は両大臣の間で話して貰えば、必ず結論に達すると思う。

 具体的問題については小異を捨てて、大同につくという周総理の考えに同調する。

 日本側の困難は中国と政体が違うこと、日本が社会主義でないところから来る。つまり、この相異から、国交正常化に反対する議論も出る。しかし、国交正常化は政体の相異を乗り越えた問題であるから、この問題で自民党の分裂を避けたいと考えている。

周総理: 田中総理が自民党内の国交正常化を急ぐなという意見をおさえて、一気呵成にやりたいというその考えに全く賛成である。

 田中・大平両首脳は「復交三原則」を十分理解すると言った。その基礎の上に立って、中国側は日本側の問題に配慮すると言った。そうでなければ、国交正常化はあやしいものとなる。

田中総理: 自民党の中には、国交正常化に十分の時間をかけろという意見が多い。それは、中国が大きな力で統一されたが、その中国に不安をもっているためである。他の社会主義国は別として中国は日本に対し内政不干渉であるという考えが国交正常化の前提となっている。日本の国内で、中国が革命精神の昂揚をやることはない。日中間に互譲の精神と内政不干渉、相手の立場を尊重するという原則が確認されれば、自民党内もおさまると思う。

周総理: その点は自信をもってほしい。

田中総理: 日本の国内には中国が大国であることに対する恐れがある。

周総理: 日本は経済大国である。我々は遅れている。かつて、ニクソンはカンサスで演説し、ECに次いで日本の名をあげた。日本の鉄鋼生産は米国についで世界第2位である。米国としては、日本の力を評価している。その次は中国である。中国は人口は多いが、潜在的な力をもっているに過ぎず、現実の力はない。中国は確かに潜在的な勢力である。しかし将来、力がつき大勢力となったとしても、超大国にはならない。国内に力を注ぐのに精一杯である。

 思想に国境線はない。思想は人民が選択する問題である。しかし、革命は輸出できない。

 経済力について言えば、中国は20世紀の末になっても、一人当り国民所得で日本のレベルに到達できるかどうか全く判らない。中国の国民総生産は昨年は1,500億ドルである。但し、サービスは入っていない。7億の人口であるから、一人当り国民所得はせいぜい200ドルである。日本は昨年は一人当りで国民所得はいくらですか。(田中総理の説明を聞き)それでは、今世紀の末になっても、到底、日本のレベルに到達できないと思う。

 我々は財政上、先端的な武器は持ちえない。また軍事大国には決してなりたくない。日本がどれだけの自衛力を持つかは日本自身の問題であり、中国側からは、内政干渉はしない。

田中総理: 日本は核兵器を保有しない。防衛力増強は国民総生産の1%以下におさえる。軍隊の海外派兵はしないという憲法は守るし、これを改変しない。侵略は絶対にしない。だから日本に危険はない。国交正常化の結果、中国が内政に干渉しないこと、日本国内に革命勢力を培養しないことにつき、確信を持ちたいというのが、大平と私の考えである。中国が革命を輸出しないということが私の最大のみやげになる。

 自民党を国交正常化問題について全部賛成に回らせることが問題解決のカギである。

周総理: 我々のところでも、日中国交正常化に、少数の者が反対した。また、彼らは米中関係改善にも反対した。林彪がそうだった。また我々の方も人民に説明する必要がある。人民を教育しなければ、「三光政策」でひどい目にあった大衆を説得することはできない。


第三回首脳会談(9月27日)

 周総理: 今日は国際問題について議論したい。

 昨日は、日中両国人民が外からの干渉を排し、自分たちの問題を処理できることについて合意した。この問題が第2次大戦後に提起されたのは、思想と行動に区別があるからである。

 思想は国の境界戦にかかわらず発展していく。マルクス主義はドイツではなく、ロシア、ついで中国で発展した。コミュニケイションの発達の結果、今は思想が早<伝わる。どこの国も思想の伝播をさえぎることはできない。中国でも各国の新聞・通信を伝える「参考消息」を毎日600万部発行しており、この中には中国批判も含まれている。このように、中国人民にいろいろな意見を聞かせ、自分で判断させるようにしている。

 さもないと疑問をもつ。ニクソンやヒースの発言も掲載している。思想言論は妨げることができないし、人民に知らせてこそ、はじめて善悪を識別できるようになる。

 ニクソンは社会主義国が一枚岩であると信じたダレスの誤りを指摘した。米国は60年代の末から、中ソが、また社会主義陣営が一枚岩でないことを発見した。EC10ヵ国も一枚岩でない。世界の二つの体制は一枚岩ではない。

 体制の異なる国のあいだで平和共存が可能である。南北朝鮮は話し合いを開始し、外からの干渉を排して、会談するこに合意した。朝鮮半島の情勢は緩和の方向に向いている。ソ連はこれに批判的で、体制の相異がある南北朝鮮の統一がどうして可能になるかと言っている。ソ連は統一問題につき、北鮮と同じ立場ではない。しかし、北鮮は大分以前からソ連の支援を受けていない。

 日本と北鮮の関係は二つの国の間の問題である。しかし、日本と北鮮との関係について言わせて戴くなら、日本政府は、今回の日中首脳会談を手始めに、北鮮との関係についても、改善をはかられたらいかがかと存ずる。これは極東の緊張緩和に役立つと思う。

 大平先生は過去の歴史に終止符を打ち、日中間の平和友好条約では前向きの日中関係を発展させたいという趣旨を共同声明の中に入れたいと言われた。これに賛成する。相互不侵犯、平等互恵でいきたい。

田中総理: 日本では中ソが一枚岩であるとの前提に立っていた。それは中ソ友好同盟条約や、北鮮とソ連・中国との条約を考慮してのことである。しかし、中ソが一枚岩でないことが、日本人にも理解されてきた。

 ソ連には第二次大戦後、首をしめられたので日本人はソ連の言うことを額面通り受け取っていない。南北朝鮮が自主的に統一をはかることを支持する。しかし、ソ連の企みにより朝鮮統一がなされるのではないかという不安が日本国民のなかにある。

 周総理が言うとおり、実体は北鮮がソ連の言うままになっていないということであれば、我が国が北鮮との関係を改善することはアジアの平和にとって、よいことだと思う。

周総理: 中ソ友好同盟条約は源泉がヤルタの密約にある。対日問題もヤルタから出発している。米国は中国の東北地方と西北地方をソ連に任せた。ソ連は国民政府との間に、中ソ友好同盟条約を作ったが、これは日本に対抗するためである。当時蔣介石はヤルタの密約を知らなかった。このとき国府はモンゴルの独立を承認した。また、ソ連の中朝鉄道租借を認め、旅大地区にソ連の進出を許した。

 中国共産党が政権を握ってから、毛・周がモスクワに赴き、中ソ友好同盟相互援助条約を作った。その際、毛・周はモンゴルを中国の家庭に入れたいと言ったがソ連に反対された。しかし中朝鉄道は取り返し、旅大地区は3年以内に返還する旨約束させた。

 同条約には日本を対象とする部分がある。同条約の有効期限は30年であるが、この条約が実際に効果を見せたのは、最初の6年くらいで、フルシチョフが政権を取ると、彼はこの条約を無視した。

 1955年に、ソ連は、中ソで連合艦隊を作り、旅大地区を共同で防衛しようと提案した。そこで毛沢東は、ソ連が海から来るなら、我々は山に入ってゲリラ戦をやると言った。

 1959年6月、フルシチョフは中国との間に締結した原子力に関する協定を一方的に破棄した。インドの挑発によって発生した中印国境紛争に際しても、ソ連はインドを支持した。

 フルシチョフはアイゼンハワーとの会談がうまくいかなかったので、その鬱憤を中国に向けた。

 そこでソ連は対中国援助物資も提供を打ち切り、1,300余の技術者も一斉に引き上げた。

 ソ連は反面教師であり、我々は余儀なく自力更生の原則に立った。1963年7月のはじめ、モスクワで両党会談が行われたが、これが党と党との最後の会談になった。7月19日、ソ連共産党は我々との会談を決裂させた。その翌日、20日には三国核実験停止条約が締結された。フルシチョフは信用を重んじない人間だった。そこで我々はブレジネフに期待をかけた。しかしプレジネフの政策もフルシチョフと変らず、したがって、ソ連との話し合いは、うまくまとまらなかった。

 かって、毛沢東はコスイギンに言った。中ソがお互いに相手を教条主義者、修正主義者と言っている。これでは中ソとも社会主義でないことになる。コスイギンは、一体何時まで論争するのかと聞いた。毛は一万年論争すると答えた。コスイギンはそれでは長すぎると言った。毛はそれではあなたに免じて1千年だけ引こう、9,000年論争すると述べた。

 しかし、毛は党と党との関係は別として、国家間の関係は改善できると言った。そこで、3年の長期貿易協定を作ったが、ソ連はこれを1年で破棄した。

 1969年、中国の建国20周年を祝うとき、コスイギンがハノイにおけるホーチミンの葬儀の帰りに、北京へ来たので、周がコスイギンと3時間会談した。当時、中ソ間に国境衝突があったので、私は手始めに国境問題をとりあげたいと言った。

 ツアーのロシアと中国との間に不平等条約が結ばれた。ロシア革命の後、レーニンはこれを不平等条約だと言った。実際のところ、この条約で国境を画定したときは、実地探査もやらず、鉛筆で線を引いただけで作った。

 中ソ国境に関し、中国側が提案したのは次の3点である。

(1) 現状維持

(2) 武力不行使

(3) 論争のある地域の調整

 コスイギンはこの提案を受け入れたので、1969年10月20日から話し合いを開始したが、いまや3年になるのに暫定案すら、まとまっていない。

 中国はビルマ、アフガニスタンなど、いろいろな隣接国と国境線を画定しており、未解決なのはソ連とインドだけである。

 したがって、中ソ友好同盟相互援助条約は、実際には、存在しないも同然である。ソ連側にこう聞いた。お前達はこの条約を覚えているか?そしたら覚えていると答えた。ソ連はカザフスタンからモンゴルにかけて、100万の軍隊を配置し、中国に対抗している。モンゴルだけでも6個師団を配置し中国に向けている。これでもソ連が同盟国であると言えるか?中ソ友好同盟条約はないのと同じだ。我々はソ連と何回も交渉して深い教訓を得た。

 なお、台湾について言えば国府は日本を脅かしているだけである。

田中総理: ソ連は日本との間で不可侵条約を結んでいながら(敗色濃厚となると日本に対し)首つりの足を引っ張ったので、日本としては、ソ連を信用していない。

周総理: 我々は日本がソ連と話をするのは容易でない、四つの島を取り返すのは大変だと思っている。

田中総理: 魚の問題も大変だ。

周総理: これまで日中間に外交関係がなかったにもかかわらず、東海、黄海の漁獲について、日中間でうまくいっている。

 話が変るが過去の歴史から見て、中国側では日本軍国主義を心配している。今後は日中がお互いに往来して、我々としても、日本の実情を見たい。

田中総理: 軍国主義復活は絶対にない。軍国主義者は極めて少数である。戦後、衆議院で11回、地方の統一選挙が7回、参議院が9回選挙をした。革命で政体を変えることは不可能である。また国会の2/3の支持なくして憲法改正はできない。

 日本人は領土の拡張がいかに損であるかをよく知っている。

 日本人は現在、2人づつしか子供を生まない。このままでいけば、300年後には日本人がなくなってしまう。日本を恐れる必要はない。

周総理: 政権担当者の政策が大事である。

田中総理: (日本列島改造計画を説明し)軍国主義復活のために使う金はない。

周総理: 日本は核戦争にはどのように対処するのか?ソ連は核戦争禁止、核兵力使用禁止を提唱しているが、これは人をだますペテンであるから、あばく必要がある。核非保有国がソ連のペテンにかかる恐れがある。27回国連総会におけるソ連提案は危険であるから、あばいてやろうと思う。ソ連の云うことを信ずれば、他の国は、無防備になる。ソ連は自分の手には最大の核を持ち、人には持つなと言っている。米国も中国もともに、ソ連提案に反対することがソ連には判っている。それにもかかわらず、持ち出すのは、米中が同調していると宣伝したいためである。

 ソ連には既に言った。非核保有国に対して、中国と同様、自らは核を最初に使用することはないと誓え。また、核が不必要と言うなら、全部廃棄して、国際監視委員会の監視下においたらどうか?こうソ連に言った。

 彼らは核兵器の禁止を口にするが廃棄するとは決して言っていない。これはペテンだ。ソ連に対する警戒心を失えば、ソ連にやられてしまう。

田中総理: 日本の工業力、科学技術の水準から、核兵器の製造ができるがやらない。また一切保有しない。

周総理: 日米安保条約には不平等性がある。しかし、すぐにはこれを廃棄できないことはよく判っている。なぜなら、日本が米国の核の傘の下にあるのでなければ、日本に発言権がなくなるからだ。

田中総理: 米国は侵略的だと言うが、米国は共産主義の一枚岩に対し、自由主義国家を守ってきた。米国には領土拡張の野心も、侵略の意図もないと思う。だから、米中関係改善はアジア、ひいては世界平和のためになる。

周総理: 第2次大戦後の米国の行動には拡張主義、侵略主義の考えが裏にあった。しかし今や米国は他国をふとらせてしまって、自分は困っている。

田中総理: 米国としては、中国には他国を侵略する意図がないと考えている。米国はその国が自ら決する問題には介入しない。米国には侵略の意図がないと思う。また侵略に出れば、国がもたぬ。これが私の米国に対する率直な評価である。日中国交正常化後は、日米関係についても御理解を深めてほしい。

周総理: 中国と米国との間で、最も合意し難いのはヴィエトナム問題についてである。南北ヴィエトナムの問題は38度線の問題とは本質的に異る。

 米国のヴィエトナム政策、インドシナ政策の変遷を見ると、米国に責任がある。ラオス問題はCIAがやったことだ。キッシンジャーにもそう言った。米国はボロ屋台を抱えており、ヴィエトナムでは朝鮮戦争よりも多くの戦費と死者を出した。一方、中国にはヴィエトナムに対する義務がある。

 ニクソン訪中の際の最大の問題はヴィエトナム問題であった。

 蔣介石の問題は、いずれ解決できる。今はインドシナが問題である。

 ダレスの政策は、大陸と台湾を分断し、台湾を米国の保護下におこうとした。しかし、蔣介石が米国の言うことを聞かなかった。蔣は個性の強い人間である。米国は金門・馬租から国府軍を撤去させようとした。なぜなら、金門・馬租は米国の防衛範囲に入っていなかったからである。そこで蔣介石は激怒した。我々はこれを見て、金門・馬租に砲撃を加えた。そこで蔣は金門・馬租を守る口実ができた。我々は奇数日だけ砲撃することに決めた。

 キッシンジャーは「台湾海峡の両側の中国人が中国は一つであると主張することにチャレンジしない」と言った。これはキッシンジャーの傑作である。

 ヨーロッパ問題について言えば、今、ヨーロッパの連中は平和の幻想を抱いている。しかしこれはソ連にだまされている結果である。

田中総理: 尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。

周総理: 尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。

 国交正常化後、何カ月で大使(館)を交換するか?

大平大臣: できるだけ早く必要な措置を講じていくが、共同声明のなかに、何カ月以内にとは書けない。もし1日でもたがえたらよくないことだからだ。総理と私とが中国を訪問した以上、2人を信用してもらって、できるだけ早く大使の交換をやるということで御了承願いたい。

周総理: 「できるだけ早く」で結構だ。お2人を信用しましょう。

田中総理: 相互信頼が大事だ。だから、日本に軍国主義が復活するとか、侵略主義が復活するとか考えないよう願いたい。

周総理: 私は日本の社会党より、ひらけている。社会党は「非武装」をやかましく言うから、日本が自衛力をもつのは当然ではないかと言ってやった。

田中総理: それはどうも。

周総理: 我々は、インドシナ問題を第一に、台湾問題は第二に考えている。台湾解放は中国の国内の問題だから、しばらく後でもよいと思う。


第四回首脳会談(9月28日)

周総理: 今日は台湾問題を話し合いたい。

ところで明日はどうしますか?

(周総理から、調印式はじめ、29日の日程及び30日出発の細目につき話があり、詳細につき橋本中国課長から韓叙(儀典長)に連絡して決定しようとの話あり)

 台湾問題につき、日本側から話を聞きたい。私は1924年に蔣介石と知りあった。国民党とは2回合作した。また2回戦った。私は50才以上の国民党・政府の要人はよく知っている。今日は秘密会談であるから、何でも言ってほしい。

大平大臣: いよいよ明日から、日台間の外交関係は解消される。(以下大平大臣は別紙をそのままゆっくりと読みあげ、周総理以下中国側は極めて真剣に聞いた。)


(別紙)

日中国交正常化後の日台関係

1.日中国交正常化の結果、現に台湾を支配している政府と我が国との外交関係は解消される。このことは当然のことではあるが明確にしておきたい。しかしながら、昨年、日台貿易が往復12億ドルを越えたこと、我が国から台湾へ約18万人、台湾から我が国へ約5万人の人々が往来したことなどにみられるとおり、日本政府としては、日台間に多方面にわたる交流が現に行われているという事実、また日本国民の間には台湾に対する同情があるという事実を無視することはできない。

2.日本政府としては、今後とも「二つの中国」の立場はとらず、「台湾独立運動」を支援する考えは全くないことはもとより、台湾に対し何等の野心ももっていない。この点については、日本政府を信頼してほしい。しかしながら、日中国交正常化後といえども、我が国と台湾との関係においては、次の諸問題が当分の間残ることが予想される。

(1) 政府は在台湾邦人(現在在留邦人3,900及び多数の日本人旅行者)の生命・財産の保護に努力しなければならない。

(2) 我が国は自由民主体制をとっており、台湾と我が国との人の往来や貿易はじめ各種の民間交流については、政府としては、これが正常な日中関係をそこねない範囲内において行われるかぎり、これを抑圧できない。

(3) 政府は民間レベルでの日台間の経済交流も(2)と同様容認せざるをえない。

(4) 日台間の人の往来や貿易が続く限り、航空機や船舶の往来も(2)(3)と同様、これを認めざるをえない。

3.日中国交正常化後、台湾に在る我が方の大使館・総領事館はもちろん公的資格を失うが、前記の諸問題を処理するため、しばらくの間、その残務処理に必要な範囲内で継続せざるを得ない。またある一定期間の後、大使館・総領事館がすべて撤去された後に、何等かの形で民間レベルの事務所、コンタクト・ポイントを相互に設置する必要が生ずると考える。このことについて中国側の御理解を得たい。

4.なお、政府としては、日中国交正常化が実現した後の日台関係については、国会や新聞記者などに対し、上記の趣旨で、説明せざるをえないので、あらかじめ御了承願いたい。


周総理: 日本側では、台湾との間で「覚書事務所」のようなものを考えているのか?台湾が設置に承知するであろうか?日本側から、主導的に先に台湾に「事務所」を出した方が良いのではないか?

(橋本中国課長注: 周総理以下中国側は、大平大臣あるいは田中総理が日台関係につき、何か難しいことを言い出すのではないかという顔をして、難しい顔で大平発言を聞いていた。しかし、大平発言が終ると、一様に安心したという表情となり、大平発言につき正面から認めるとは言わなかったが、わかっているから心配するなという表情で、うなずいた。)

大平大臣・田中総理: まあ「覚書事務所」のようなものを考えている。

周総理: 日中双方の大使館が出来るまで、中国側としては、肖向前が中国政府を代表することとしたい。

田中総理: 結構である。

周総理: 日本側は誰が代表するのか?北京の日本側覚書事務所の代表は{黒塗り}とかいう人だが?

田中総理: (中国課長に向い、また、大平大臣に向い、どうするか?と言われた。中国課長より、北京には外務省出身の{黒塗り}と通産出身の{黒塗り}がいると答えたが、田中総理は両名とも御存知なかった。)

 日本政府の方は橋本中国課長にやらせる。従って、大使館ができるまで橋本−肖向前のラインで政府間の連絡をさせたい。

 北京の日本側覚書事務所で誰を代表にするかは、後で決めて通報する。

周総理: 結構である。橋本−肖向前で政府間の連絡をしあうことに確定しよう。

 明日(29日)大平大臣が調印後、記者会見で、日台外交関係が切れることを声明されると聞いたが、大いに歓迎する。田中・大平両首脳の信義に感謝する。中国も言ったことは必ず実行する。「言えば必ず信じ、行えば必ず果す」という諺が中国にある。

 今後は日中間に新しい関係を樹立して行きたい。

田中総理: 我々は異常な決心を固めて訪中した。明日の大平大臣の記者会見で、台湾問題は明確にする。責任を果すためには、困難に打ち勝ち、実行していくという考えを堅持していきたい。日本の政治の責任者として、万全の配慮をし、事後処置についても最善の努力をしなければならぬことを御理解願いたい。

 明日の大平大臣の記者会見で、自民党内には党議違反の問題が起ってくる。しかし、私は総理であると同時に総裁であるから、結論をつけたいと考えている。

 台湾との関係については、色々問題が起るが、大平大臣の述べた最小限の措置について御理解願いたい。

周総理: 私もその問題について話したいと思っていた。

田中総理: 台湾に対する日本側の現実的な措置については、事前に中国側にお知らせする。しかし、台湾は日中国交正常化後は戦争状態に戻ると言っているから、日本の総理としては困っている。

周総理: 今回の共同声明につき、中国側で、「戦争状態」の問題につき、表現を考えたのは、その点に配慮したからである。

 米国に対し、我々も通報した。

大平大臣: 日台問題に関し、後で色々問題が起ったら、中国側に連絡する。

周総理: 蔣介石は重病であるが、何応欽、張群の二人は扱いやすい。この二人は風向きを見て、方向を変えて行く人だ。谷正綱も口先だけの人で、バックに力はない。

張群は四川、何応欽と谷正綱は貴州の人だ。しかし、蔣父子は彼等をあまり信用していない。何故なら、彼らに権力を奪われるのではないかと心配しているからだ。沈昌煥は極端に走る人ではない。主な問題は経國である。経國は小細工をやる人で、蔣介石の方がスケールは大きい。蔣介石は軍隊を誰にも渡さない。蔣介石が米国にも日本にも行かない理由は、ゴジンジェムや李承晩の二の舞をしないようにしているからだ。

 経國の弱点は、黄甫軍官学校出身者との関係がよくないことだ。彭孟緝駐日大使も黄甫軍官学校出身である。彭は台湾には帰りたくないと思っている。経國は陳大慶を除いては、黄甫軍官学校出身者を排斥している。

 厳家淦が財政経済をあずかっている。台湾がうまくやっていくためには、二つの面で外国に頼らざるをえない。一つは軍事援助で、これは米国に頼らざるをえない。いまひとつは貿易の面であり、これは厳家淦がやっているが、貿易なくしては台湾経済がやっていけないし、借款を受けねば、50万の軍隊を維持できない。また大陸から渡来した200万〜300万の人々と台湾人との関係の問題もある。

 台湾には、このような弱点がある。したがって、台湾にいる連中は小さな波乱は起すが、大きなことはできない。これを小細工と言う。

田中総理: 台湾問題につき、問題は日本国内、特に自民党内に問題がある。私は訪中前、佐藤前総理に決意を伝えた。彼は十分理解してくれた。台湾との関係については私と大平との政治力が試される問題である。しかし、日中の長い歴史のためには、その程度の困難は覚悟している。

周総理: 何か物事をやろうとすれば、必ず反対する者が現われる。

田中総理: 私が中国との国交正常化を決意した最大の理由は、中国(共産党)が世界を全部共産党にしようなどとは考えておらず、大中国統一の理想をもっている党であって、国際共産主義の理念の下に行動しているのではないと考えたからである。

周総理: まず自分の国のことを立派にやっていくことが大事で、他国のことは他国自身が自分でやるべきだ。今後は日中関係をできるだけ緊密なものにしたい。まず、飛行機の相互乗り入れからやりたい。

田中総理: 結構である。