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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 大平外務大臣記者会見詳録

[場所] 北京
[年月日] 1972年9月29日
[出典] 外交青書17号,537−541頁.
[備考] 共同声明調印後,北京プレスセンターにて
[全文]

 (大平大臣) 4日間にわたる日中両国首脳間の実りある会談の成果として,本日ここに発表されました日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明により,ついに懸案の日中国交正常化が実現することになりました。国交正常化にあたつての日中双方の基本的認識と姿勢は,共同声明の前文に明らかにされておる通りであります。

 不幸にして,日中間に永らく存在していた不正常な関係に終止符が打たれ,両国間に平和友好関係が生まれますることは,アジアの緊張緩和,ひいては世界の平和に対する重要な貢献となるものと信ずる次第であります。

 次に,共同声明本文の,とくに重要な部分につきまして,簡単にその趣旨をご説明申し上げます。

 第1項に明らかにされております通り,日中両国間の不正常な状態は,本日をもつて終わりを告げることになりました。その具体的現われとして,本日から両国間に外交関係が樹立されることになりますが,この点につきましては,第4項をご参照していただきたいと思います。

 次に,日中国交正常化の当然の前提である中華人民共和国政府の承認につきましては,第2項において日本政府の意思が明確に述べられております。

 また,台湾問題に対する日本政府の立場は,第3項に明らかにされておる通りであります。カイロ宣言において,台湾は中国に返還されることがうたわれ,これを受けたポツダム宣言,この宣言の第8項には,カイロ宣言の条項は履行されるべしとうたわれておりますが,このポツダム宣言をわが国が承諾した経緯に照らせば,政府がポツダム宣言に基づく立場を堅持するということは当然のことであります。第5項に明らかにされておる中華人民共和国政府の賠償放棄につきましては,過去の日中間の不幸な戦争の結果,中国国民がこうむつた損害がきわめて大きなものであつたことに思いをいたすならば,われわれとしては,これを卒直かつ正当に評価すべきものと考えております。

 国交正常化とともに,より重要なことは,社会制度を異にする日中両国が,それぞれの立場を尊重しながら,恒久的な平和友好関係を築きあげていくことであります。このような日中関係の指針となるべき原則は第6項に掲げられておりますが,第8項の平和友好条約の締結も同様な両政府の前向きの姿勢を反映したものであります。

 なお,最後に,共同声明の中には触れられておりませんが,日中関係正常化の結果として,日華平和条約は,存続の意義を失い,終了したものと認められる,というのが日本政府の見解でございます。

 (問) 第4項なんですけれども,「両政府が国際法,国際慣行に従つて,それぞれの首都における大使館の設置それから任務遂行のために必要なすべての措置」をとるとされていますが,当然のことに台湾の在日大使館,あるいは台北にある日本の大使館の閉鎖,あるいは引き揚げということだろうと思うんですけれども,これの具体的な期限,あるいは,いつこういう措置が行なわれるか,ということはどうお考えですか。

 (大臣) 日中国交正常化の結果といたしまして,台湾と日本との間の外交関係は維持できなくなります。したがいまして所要の残務整理期間を終えますと,在台日本大使館は閉鎖せざるを得ないと思います。その具体的な時期はそう遠くない将来であるとご理解いただきたいと思います。

 (問) 第5項に関連しまして,さきほど外務大臣は過去に思いをいたすときに,それなりに正当にかつ率直に評価しなければならないとおつしやいましたが,賠償請求権放棄の見返りということではないにせよ,今後の中国建設にわが国が協力していく,心からの協力をしていくということを意味するものですか。

 (大臣) 正当に評価するということは,過去の不幸な戦争におきまして,日本側が中国国民に与えた有形無形の大きな損害に対しまして,日本は深い反省の意を表明したわけでございます。

 中国側といたしましては戦勝国であり,被害者の立場にあられます。したがいまして,いかような請求も可能である立場にあるにもかかわりもせず,賠償請求権を放棄されたということに対しましては率直に評価しなければならない,というのが日本の立場であります。今後の両国の経済建設は,それぞれの国の計画に基づきまして自主的に進められるものでございます。われわれは互恵平等の立場に立ちまして,お互いに経済交流を進めてまいることは当然のことでございまして,この第5項とは直接の関連はございません。

 (問) 年内にも大使交換が実現するかどうか,この辺のところをお伺いしたいと思います。

 (大臣) これは出来るだけ速やかにということでご理解していただきたいんですが・・・・・・私どもといたしましては事情の許す限り早急にことを運ばなければならないと考えております。

 (問) (共同声明)第8項にいわれています平和友好条約は,どういう内容が考えられているのか,それからその締結の時期のメドはいつ頃が考えられているのか。

 (大臣) その点につきましては,さきほどの私の説明にありました通り,第6項に今後の日中関係を律する原則がうたわれておるわけでございます。平和友好条約も同じ文脈の上にある考え方でございまして,今後の日中両国の間の関係を発展させるために,それを規律するものを作り出したい,とこういう考えでございます。言いかえれば日中両国間の暗い過去の清算は,本日のコミュニケによりまして終了いたしまして,これからコミュニケの第6項と,そして今後日中両国間で考える平和友好条約,そういうものを基本にいたしまして,両国の親善友好関係の発展を図るという考え方でございます。その時期は両国の間に具体的日取りを決めたわけではございません。今後外交ルートを通じましてご相談すべきことであると心得ております。

 (問) 共同声明の前文の中に,「戦争状態の終結は,両国関係の歴史に新たな1ページを開くことになろう」とございますけれど,これはこの共同声明発表によつて,中国と日本との法的な戦争状態の終結ということを意味するわけですか。

 (大臣) 前文は今回の国交正常化に臨む両国の政治的姿勢をうたつたものでございます。これを受けて1項から9項までの本文が形成されておるんでありまして,いまのご質問の点につきましては前文と第1項を合わせてご勘案いただきまして,戦争終結の問題がこのコミュニケによりまして,完全に解決したものであるとご理解をいただきたいと思います。

 (問) 第7項に関連しまして,将来のアジアの安全保障について中国を含めたなんらかの話し合いや取り決めがなされるというふうに考えていいですか。

 (大臣) 第7項はこのコミュニケが日中双方が友好関係を結んでおりまする第3国の利益を損うものではないということをうたうとともに,両国の共通の追求すべき道標として,この地域におきまして両国はもとより,他のいかなる国も,この地域では覇権を求めることについては,試みについては,反対するという基調的な考え方を示したものでございます。この地域の具体的な前向きな安全保障の仕組みをどのように構想してまいるかにつきましては今後の課題になると思います。

 (問) 迎賓館の第1のお客さまとして周首相を迎えたいという発言が滞在中ございましたけれども,正式に周首相に対する訪日要請,招請というものはなされたわけですか。

 (大臣) 両首脳のお話し合いの中で,いまご指摘になりましたような会話がもたれたことは事実でございます。これは外交的にどういう時期に具体化してまいるかということにつきましては,今後両国政府の間で検討すべき問題であると思います。

 (問) 外相は中国訪問に先立つて日本の友好諸国に対して日中正常化の方針をご説明なさいましたが,正常化が実現した現在,今後各国に対してこの結果をご説明するお考えでございますか。特にハワイ会談を開いた米国に対しては,誰かを派遣するというようなことは考えられるでしようか。

 (大臣) 本日出発いたしました共同声明につきましては,今日の瞬間までに私どもの在外公館を通じまして主な友好国には全部通報済みであります。今後,北京における首脳会談などにつきまして,なお関係各国に説明をする必要があるかどうか,もしあるとすればどういう時期でどういう方法でやるべきか,そういうことにつきましては帰国後この秋の政府全体の政治スケジュールとの関連において検討してみたいと考えております。