データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中国訪問の際の内外記者会見における村山総理大臣の冒頭発言

[場所] 
[年月日] 1995年5月4日
[出典] 外交青書39号,188−190頁.
[備考] 
[全文]

 このたび、中国政府の御招待により中国を訪問し、心暖まる歓迎を頂きました。昨日は江沢民主席、李鵬総理をはじめ中国の首脳と、広範な問題について、率直かつ友好的な意見交換を行うことができました。アジア太平洋地域の繁栄と平和に大きな責任を有する日中両国が、21世紀に向けて相互理解と相互信頼を一層深め、この地域ひいては世界の繁栄と平和のために協力して貢献してゆくことを、中国の首脳の方々とあらためて確認し合ったことは、極めて有意義でありました。これから、日本にゆかりの深い西安を訪れて、中国の悠久の歴史に触れつつ日中友好への思いを新たにし、更に中国の改革・開放の最前線を行く上海を訪れて、躍動する中国の実情をこの目で見ることを楽しみにしております。

 本日、この機会に、アジアの一員としての日本が、この地域の課題にどのように取り組んでいくのかにつき、私の考えの一端を述べさせて頂きたいと思います。

1.冷戦が終わり、世界の多くの国では、国民生活の向上を第一義的な政策目標に掲げております。その中でも、アジアにおいては個人の創意工夫を活かす市場経済が目ざましく機能しつつあり、この地域は、今や世界の成長センターとして注目を集めています。私は昨年夏、ASEAN諸国及びヴィエトナムを訪問し、その力強く発展する状況を印象づけられましたが、今回、北京の街の活気あふれる様子を見て、あらためてアジアの新しい息吹を肌で感じることができました。アジアの多くの国民は、昨年よりも今年、今年よりも来年の方が、より自由で、より民主的で、より豊かな暮らしができるとの希望に満ちあふれています。この希望を現実のものとし、さらには確固たる基盤にのせていくことが、私達にとっての課題であります。

 今日、世界経済においては、各国間の相互依存性が益々増大しております。こうした中で、この課題にどの国も一国のみで取り組むことができないことは明らかであります。この課題への取り組みは、二国間の協力やAPEC等の開かれた地域協力、さらにはWTOなどのグローバルな枠組み作りを通じて、はじめて可能になるものであります。これらは「繁栄のための共同作業」と言うべきものであります。日本としては、この作業に積極的に参画し、他のアジア諸国の国づくりや各種の国際的な協力等を通じ、アジアの自由で民主的な繁栄のために一層の努力を傾注してまいりたいと考えています。

2.このような自由、民主及び繁栄の基礎が、平和と安定にあることは言うまでもありません。冷戦の終了後、当面、不安定さが増している地域もあります。しかし、アジアにおいては、インドシナ和平が達成されるなど、平和の確保に向けての真摯な努力が実を結びつつあると言えましょう。今後とも、この地域の諸々の問題は、関係国等の平和的な話し合いによって解決されるべきでしょう。また今後、各国における経済成長が軍備競争に結びつき、その結果かえって平和と安定を損なうことのないよう心すべきであることは言うまでもありません。冷戦後のアジアは、これらの点で、世界の他の地域にとっての範を示す機会が与えられているのではないでしょうか。

 この平和と安定の構築もまた、一国だけでできることではありません。アジア太平洋の域内外の国々との二国間協力、或いは国連等を通ずる多国間の協力が益々重要となっています。また新しい動きとしては、アセアン地域フォーラムが開始され、地域の国が対話を通じ、相互の安心感を高めるための措置を協議することとなりましたのは有意義なことと考えます。これらは「平和のための共同作業」と言うべきものであります。わが国としては右に積極的に加わり、イニシアチブを発揮してまいりたいと考えています。

3.以上に述べたような「繁栄と平和のための共同作業」を進めることは、国家と国家、及び国民と国民の間の相互信頼の上に立ってのみ可能であります。わが国はこうした考え方にたち、かねてより他のアジア諸国の国民と心と心のふれあう関係をつくりたいと念願してまいりました。私が人にやさしい政治ということをモットーにしておりますのも、心のつながり即ち相互信頼を重視しているからです。

 アジアの近隣諸国等と相互信頼を築くためには、わが国としてこれら諸国等との関係の歴史を直視し、それを正しく認識することが不可欠と考えています。わが国としては、過去の侵略行為や植民地支配などについての深い反省の気持ちに立って、アジアの諸国民との間に相互理解、相互信頼を築くため努力してまいりました。わが国としては引き続きこの努力を続けるとともに、未来に向けて平和を創造していく決意であります。私は昨日、戦後50周年の節目のこの年に●溝橋を訪問し、感慨深く、この心構えを新たにした次第であります。この機会に、日本国民は、けっして軍事大国とはならないと固く心に誓っていることを、あらためて申し述べたいと思います。

 わが国としては、こうして築かれた相互信頼の基盤の上に立って、中国はじめ他のアジア諸国と力をあわせてアジアの「繁栄と平和のための共同作業」を進めてまいりたいと決意している次第です。