[文書名] 基調講演−WTOと中国:世界経済へのインパクトと日中経済関係の新局面(茂木敏充副大臣)
ご列席の皆様、
本日は、中国より龍永図(りゅう・えいと)対外貿易経済合作部・副部長と葉東亜(よう・とうあ)対外経済貿易大学・助教授をお招きし、「WTOと中国−−東アジア経済のダイナミズム」のテーマの下、このシンポジウムを開催できましたことを大変喜ばしく存じます。また、対中ビジネスの最前線に立っておられる我が国産業界の方々をはじめ、中国経済情勢に造詣の深い方々のご出席をいただきました。主催者を代表して、心から御礼を申し上げます。
私は、「WTO」と「中国」は、今世紀前半の世界経済の大きな潮流を捉えるキーワードであると考えます。同時に、それは、「多角的自由貿易体制」と「開かれつつある巨大市場」と言い換えることもできると思います。また、ここにご臨席いただいた龍永図(りゅう・えいと)副部長は、2001年9月に開かれた中国のWTO加盟のための最後の作業部会において、「中国五千年の歴史からみれば、長期にわたる加盟交渉は瞬間にすぎず、新しい歴史の始まりでもある」とスピーチされたと伺っています。そのような歴史的視点も踏まえて、「WTO」と「中国」というキーワードを検討し、世界経済の中における日中経済関係の将来につき活発な議論をしていただければ、というのが本日のシンポジウムの趣旨であります。
(中国のWTO加盟の意義)
近年、中国では目覚しい経済成長が達成されていますが、これは1978年以来の「改革・開放」政策の推進が随所で実を結んでいることによるものです。過去25年間に亘って、ときに大胆な実験を交えながら、経済システムの改革と市場の対外開放に粘り強く取り組んでこられた中国の人々の努力に改めて敬意を表したいと思います。他方で、中国が更なる市場経済化を進めていくためには、農村改革、国有企業改革、金融制度改革など、非常に厚い壁を乗り越えていかなければならないとも言われています。このように、中国が市場経済化の果実を享受しつつも、目の前に大きな課題を抱えている時期に、WTOへの加盟が実現したわけですが、その背後には、WTOへの加盟によりこれまでの改革・開放の流れを更に力強いものにし、加速したいという中国の強い決意があったと承知しております。
中国のWTO加盟には15年という長い年月を要しました。この間、中国においては改革・開放政策が進められ、国際社会においても冷戦の終結やウルグアイ・ラウンドの妥結といった「地殻変動」に匹敵するような動きがありました。この長期に及ぶ加盟交渉の成果は一千ページに及ぶ加盟文書として結実し、中国とWTO加盟メンバー双方に、大きな経済的果実をもたらしつつあります。その経済的なダイナミズムは、中国のみならず東アジアひいては世界経済に少なからぬ影響を及ぼし、新たな時代創出のエネルギーを生み出す可能性が高いと受け止めています。
龍永図(りゅう・えいと)副部長もおっしゃったとおり、中国のWTO加盟は、中国とWTO双方にとって新しい歴史の始まりを意味します。私達の次の課題を登山に譬えるならば、中国のWTO加盟自体がどれほどの高い山であるかを認識した上で、次に登るべき峰、すなわち多角的自由貿易体制発展のための目標を明確にすることであろうと考えます。その観点では、理論を積み重ねるだけでなく、中国市場で実際に経済活動に従事しておられる方々のご意見を伺うことが重要であり、政府としては、引き続き、産業界の皆様の声により深く耳を傾ける努力をしていきたいと思っています。
(中国経済への影響)
中国のWTO加盟の同国経済に与える影響については、プラス面として、貿易・投資を通じた経済の拡大、国内の産業構造転換の推進、国際競争力を有する産業部門の成長などが期待されます。一方、マイナス面としては、国際競争力の比較的弱い産業が大きな打撃を受けることが懸念されています。これまでのところ、総じてみれば、WTOへの加盟は、短期的ないしは中期的には中国経済に大きな調整圧力をもたらすリスクがあるものの、長期的には国際市場における中国の競争力を高めることにつながる、といった見方が広く共有されています。加盟時の約束の中には、3年から5年の時間をかけて段階的に自由化や市場開放を進めていく項目も少なくなく、その意味では、中国政府にとって今後数年間は、極めて重要な時期になってくると思います。経済の対外開放のメリットを実体験として知っておられる中国の人々が、WTO加盟の大きな果実を享受するために、直面する課題に果敢にチャレンジしていかれるものと期待しています。
(加盟後一年目の成果)
中国のWTO加盟後の一年を振り返りますと、中国政府は加盟時の約束事項の履行に真摯に取り組んでおり、この点はWTOにおいても高く評価されています。また、在中国日本商工会議所も、昨年12月にアンケート調査を基にした報告書をとりまとめ、中国政府がWTO加盟以前からWTO協定に適合するよう国内の法制度の整備を進め、膨大な量の法律・法規の改廃・制定を行うとともに、WTO加盟文書に掲げられた約束事項の遵守を表明している点を評価しています。WTO加盟時の約束事項の実施についても、全般的には順調に実行に移されている、とのアンケート調査結果が紹介されています。
ただし、問題がないわけではありません。日本商工会議所のアンケートでも、一部品目について関税引下げが十分に実施されていないこと、自動車等の輸入割当や投資認可手続きなどについて透明性が欠如していること、法令の実施細則が整備されていないことなどの問題が挙げられています。また、知的財産権保護の問題については、制度上の整備は進んでいるものの、実施体制に問題があることが指摘されています。こうした問題については、民間企業からの中国政府当局への改善要請、政府間の協議、WTOの諸会合における意見交換などを通じ、解決に向けた努力が続けられています。加盟時約束の実施は中国の国際社会における信用にかかわる問題であり、問題が生じた場合には、速やかな解決が図られることが重要です。
中国ではWTO加盟直後に、国内企業の啓蒙と外資企業の照会への対応などを目的として、中国対外貿易経済合作部の中にWTO通報諮問局が設置され、外部からの照会を受け付ける専門窓口が設けられました。また、全国の主要都市では、当該地域の政府が中心になって、WTO諮問サービス・センターを設立しています。こうした機関の存在は、政策の透明性の向上に資するとともに、ビジネス慣行の違いに起因するトラブルを解消する上でも役立つものと思われます。私もこのような動きを歓迎したいと思います。
(世界経済へのインパクト)
中国のWTO加盟は、世界経済全体にも大きな影響を及ぼすでしょう。膨大な人口を抱えながら、目覚しい発展の道を歩む中国は、海外の企業経営者達の目には大変魅力的な市場として映っており、とくにここ2〜3年は、WTO加盟後の市場アクセスの大幅な改善や、政策運営の透明性の向上などを期待して、外国企業が次々と中国に進出しています。
こうした動きに加え、最近の中国では、民営企業を中心に生産能力が相当程度向上しているため、「世界の市場は中国からの輸入品に席巻されてしまうのではないか」と心配する声も出てくるようになりました。「世界の工場」といった言葉が定着しつつある中国の製造業の力強い成長ぶりをみれば、そうした懸念が生じるのは当然と言えるのかもしれません。しかし、中国からの輸出だけが一方的に拡大するということにはならないでしょう。各国による比較優位のある商品は、中国市場に順調に受け入れられているようですし、中国がWTO加盟時の約束どおりに市場開放を進めていけば、諸外国にとっても中国市場参入の機会は大きく拡大するはずです。
中国のWTO加盟のもうひとつのインパクトとして、海外からの直接投資が中国に集中してしまうのではないかという懸念が聞かれます。特に近隣の東アジア諸国はこの問題に高い関心を寄せています。また、自国企業が中国進出を積極化させるにつれ、産業の空洞化を不安視する声も聞かれます。確かに、ここ数年来の中国の直接投資受け入れ額の高い伸びをみていると、東アジア諸国の懸念が根拠のないものとは言い切れないような気持ちになるのは事実です。
この問題について私は、東アジア諸国の産業は中国と競合するものばかりではなく、産業によっては強い国際競争力を有しているものもあり、今後中国が直接投資を独り占めするようになるとは考えていません。ただし、東アジア地域全体が将来に亘ってバランスのとれた発展を続けていくためには、我が国を含む各国が自国産業の得意分野を伸ばし、経済のグローバル化が急速に進展する状況に適合し得る産業構造の構築に向け、努力を続けることが重要です。
中国とASEANは10年以内に自由貿易地域を設立することを目指していますが、メンバーの多くはWTO加盟国であり、WTO協定に整合的な、また域外に対しても開かれた協定が締結されることを期待します。我が国も、ASEAN諸国との間で自由貿易協定を含む経済連携の推進に取り組んでいます。経済のグローバル化が一段と加速する時代にあって、多角的貿易体制を補完し、自由貿易を強化する方向での地域的な連携を築いていきたいと思います。
(新ラウンドへの貢献)
さて、中国のWTO加盟は、WTO自身にとっても大きな意義を有しています。貿易大国であり、また世界屈指の直接投資受け入れ国である中国の加盟は、WTOの普遍性を高めることにつながるでしょう。WTOにおいては、世界の貿易・投資環境の改善を通じて世界全体の経済発展を目指すべく、市場アクセスの一段の改善や既存のルール改正などを目指す多角的貿易交渉、ドーハ開発アジェンダが進められています。
ドーハ開発アジェンダは、2005年1月までの妥結を目指し、各分野で激しい議論の応酬が繰り広げられています。WTOのスパチャイ事務局長は、その著書の中で、「中国は発展途上国であると同時に、急成長中の超大国であり、中国には途上国と先進国の架け橋の役割を果たすことを期待したい」といった趣旨のことを述べています。経済発展を実現するうえで、貿易の自由化や対外開放の推進がいかに有益であるかを示してきた中国が、更なる貿易自由化及びルール強化のために、ラウンド交渉においても積極的な貢献を果たされることを期待します。
(日中経済関係の将来)
最後に、日中経済関係の今後について、私の考えを述べてみたいと思います。我が国は中国経済の最近の発展については「脅威」ではなく、我が国にとっての「挑戦」であり「好機」であると捉え、日中経済の相互補完関係を強化していくことを目指しています。
日中経済関係は、中国の経済発展と比例するように絆を強めてきました。例えば貿易についてみると、昨年の日中間の貿易総額は1,000億ドルを超え過去最高となりました。中国は、我が国にとって米国に次ぐ第2位の貿易相手国であり、中国にとって我が国は第1位の貿易相手国です。今後、WTOルールに基づく貿易手続きの標準化などによって貿易の円滑化が促進されれば、両国間の貿易は一段と伸びを高めていくことでしょう。
これだけ経済関係が密接になってきますと、個別分野において摩擦が生じることも避けられませんが、中国のWTO加盟を受けて、経済摩擦についてはWTOの枠組みに基づいて協議を行っていくことが可能になりました。WTOのルールに則った問題解決は、透明性の確保といった点で有効であるとともに、二国間で解決の道を見出せない場合に、客観的な裁定を受けられるというメリットもあります。
しかし、それだけでは日中間の経済問題をすべて解決することは困難でしょう。ルールの存在に安住し、あるいはルールを過信して、貿易摩擦が貿易紛争に発展するまで何もせず、あらゆる紛争をWTOに持ち込むようなことは責任ある貿易立国の対応とは思われません。ルールの共有を確認しながら、紛争予防に取り組むことが政府としての重要な責務であると考えます。官民のあらゆるレベルで対話のチャネルを開き、市場の動向や商品の安全確保などに関する情報を交換しながら、貿易ルールに則り、相互の利益の拡大を図ることは決して不可能なことではないと思います。この関連では、両国首脳の合意に基づき、昨年から始まった両国政府による次官級対話である「日中経済パートナーシップ協議」は、問題の早期発見と相互理解の促進を通じて、貿易紛争の未然防止のための体制を強化するという面で大きな役割を果たせると期待しており、この協議がより効果的に機能するよう工夫していきたいと考えています。
このように、次に登るべき峰がみえてきたとしても、われわれがどれほどの大きな登山者のパーティーであるか、また、登山環境に相当するわれわれを取り巻く世界経済の環境がどのようなものであるかについても配慮しながら、進むべき道を探ることが重要です。サービス貿易や知的財産権といった新しい分野だけでなく、投資、競争、環境などの側面、さらには他の東アジア諸国との関係も視野に入れながら、国際社会において模範となるような日中二国間の経済関係の構築を目指していきたいと思います。
以上のような問題意識について、本日のシンポジウムで議論を深めていただければと思います。皆さんの忌憚のないご意見は、日中経済関係並びに国際経済関係に従事する私共にとりまして、極めて大きな示唆になるものと考えます。本日のシンポジウムで多くの成果が得られることを期待し、私の基調講演を終わりたいと思います。
ご清聴有難うございました。
謝々各位。