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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 福田総理訪中スピーチ『共に未来を創ろう』

[場所] 北京(北京大学)
[年月日] 2007年12月28日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

尊敬する唐家セン国務委員

尊敬する許智宏北京大学学長

並びに御在席の皆様

1.はじめに

新年を迎えるにあたり、“福”田が来ました。

 本日、由緒あるここ北京大学において、中国の次の世代を担う皆さんの前でお話ができることを大変楽しみにしてきました。

 北京大学は、中国における最高学府として、その教育水準は国際的にも高い評価を受けています。北京大学では数多くの日本からの留学生も学んでおり、また私の母校である早稲田大学と北京大学との間でも、長年にわたり活発な交流が行われていると聞き、大変嬉しく思います。後ほど詳しく述べたいと思いますが、私はこの機会に、明日の中国を支える皆さんにもっと日本を知って欲しい、日本について学んで欲しいとの願いから、北京大学における日本研究や対日交流強化のためのプランを提供したいと思います。

 それでは、これから少々お時間をいただいて、日本と中国との関係について、日頃私が考えていることをお話ししたいと思います。

2.今次訪中の狙い

 今回、私が中国を訪れた目的は、昨年秋以来、力強い足取りで発展しつつある日中関係の基盤をより強く踏み固め、その関係を新しい段階に引き上げたい、そういうことにあります。「日中関係にとって、平和友好以外の選択肢はあり得ない」。この日中平和友好条約締結時の理念は、30年にわたる時を超えて日中友好の基本として息づいております。

 日中平和友好条約の締結から時間が経ちましたが、日中両国は、政治、経済などの分野において、世界の主要国としての地位を占めるに至っています。歴史上、日中両国が共に、今ほどアジアや世界の安定と発展に貢献できる力を持ったことはないでしょう。

 日中両国がこうした未曾有のチャンスに直面する中で、私が、今回の訪中を通じて中国のすべての皆さんにお伝えしたいのは、「日中両国は、アジア及び世界の良き未来を築き上げていく創造的パートナーたるべし」、という私の強い信念です。

 今回の訪問に先立ち、東京で中国メディアの代表団の方々とお会いする機会がありました。その折に私は、日中関係に今再び春が訪れつつあるとお話ししました。私の目には、新しい日中関係を作りたいという「思い」の萌芽が、両国のそこかしこに見えているからです。

 この度の私の中国訪問は迎春の旅です。中国では、「厳冬の梅花、桜花を伴って開く」と言うと聞いています。今回の訪問を通じて梅の花を咲かせ、春爛漫の桜の頃に胡錦濤国家主席をお迎えできることを楽しみにしています。

3.かけがえのない日中関係

 皆さんは、海を隔てた隣人であり、また、2千年の長きに及ぶ交流の歴史がある日本と中国の関係についてどのようにお考えでしょうか。温家宝総理は、本年4月の訪日の折、わが国の国会において、「歴史を鑑(かがみ)とすることを強調するのは、恨みを抱え続けるためではなく、歴史の教訓を銘記してよりよい未来を切り開いていくためだ」と仰いました。私は、この温総理の発言を厳粛な気持ちで受け止めました。長い歴史の中で、この様に不幸な時期があっても、これをしっかりと直視して、子孫に伝えていくことがわれわれの責務であると考えています。戦後、自由と民主の国として再生したわが国は、一貫して平和国家としての道を歩み、国際社会に協力してきたことを誇りに思っています。しかし、そうした誇りは、自らの過ちに対する反省と、被害者の気持ちを慮る謙虚さを伴ったものでなくてはならないと思います。過去をきちんと見据え、反省すべき点は反省する勇気と英知があって、はじめて将来に誤り無きを期すことが可能になると考えます。

 同時に、日中の長い歴史を俯瞰するとき、より長い、長い、実り多い豊かな交流があったことを忘れてはならないと思います。

 さて、歴史的な国交正常化から既に一世代が過ぎた日中両国の関係は、両国を取り巻く国際情勢の変化とも相俟って、大きな変貌を遂げております。そのような中、私たちは互いの関係をどのように捉え、どのように構築していくべきなのでしょうか。

 中国では、1978年に改革開放政策に踏み出し、国内制度の大胆な改革と対外開放を積極的に推進してきました。2001年にはWTO加盟も実現し、今や世界第4位のGDP、世界第3位の貿易額を有する、国際経済の枢要なプレイヤーとなっています。その飛躍的な経済発展は、日本はもちろん、アジアや世界に大きな利益をもたらしています。また政治面においても、中国は国際社会において、従来以上にその存在感と影響力を高めており、地域や国際社会の諸課題に関心を持ち、行動し、発言をされています。

 一方、我が国は、経済発展及び民生の向上に努力し、成果を挙げてきました。その過程において、長期にわたる経済成長期とバブル経済の崩壊を経験しましたが、日本経済の基礎には強固なものがあり、依然として米国に次ぐ経済規模を誇っています。また政治的にも、これまで以上に国際社会に対して自からの考えをはっきりと主張し、国際協力をより積極的に行っております。

 日中両国は、それぞれの発展の過程で、互いに様々な交流や協力を深め、過去に例がないほど緊密な関係を築いています。総理として日中平和友好条約締結に携わった私の父・福田赳夫の言葉を借りれば、日中共同声明によって両国間に「吊り橋」が架けられ、日中平和友好条約によって「鉄橋」が作られたわけです。以来、この日中の架け橋を多くの両国国民が渡り続け、今や日中間の往来は年間5百万人近くにまで達しています。経済面においても、両国の貿易総額は年間2千億ドルを超え、日本は中国にとって最大の投資国となっています。来年は「日中青少年友好交流年」であり、ここ北京では待望のオリンピックも開催されます。このような日中交流の勢いを更に加速させ、私は、日中平和友好条約の締結から30周年を迎える2008年を、日中関係飛躍元年にしたいと考えています。

4.責任とチャンス

 一方で、世界の潮流や時代の大局を踏まえた時、日中両国は互いの友好のみに安住する国であってはなりません。皆さんも実感しておられると思いますが、今や日中両国は、変化の著しいアジア地域そして世界全体の安定と発展の行方を左右する大きな存在となりました。世界中が私たちに注目し、また期待をしています。日中両国の将来は、協力か対立かといった問いかけではなく、如何に効果的に、かつ、責任ある形で協力するかを問われているのです。その意味で、「戦略的互恵関係」の構築という考えは、時代の流れが求めているものです。

 時代の流れ、世界の潮流を見極めながら、日中両国は、互いの政治的、経済的重要性を真正面から見据え、地域や国際社会における諸課題の解決のために如何に協力できるかを議論すべき時が来ているのです。易経に「麗澤は兌なり」とあります。日中という二つの澤が周辺の地域に潤いをもたらすことになればよいと思います。

 このように、日中両国がアジアや世界の安定と発展に貢献できる能力を持つに至ったことは、両国にとって大きなチャンスです。両国が多くの問題について共通の利益を有し、共有する目標、共通のルールが増えつつあることも、そのチャンスを活かす上で重要な変化と言えます。WTOのような国際経済のルールは言うまでもなく、透明性向上や説明責任遂行といった、いずれの政府にも課された国際的な義務を共に履行していければ、対話や協力は一層深まっていくはずです。

 一方で、両国間には依然として克服すべき課題も存在しています。日中という大国同士の間において、全ての問題で考え方や立場が一致することはあり得ません。そうした相違点を冷静に議論し、共に対応していくことが不可欠です。しかし、現実には相互理解や相互信頼がまだまだ足りないことから、「何故相手は自分の気持ちを理解できないのか」と不満に思った経験を持つ方々は、日本にも中国にも数多くおられるでしょう。日中関係の歴史や様々な経緯、さらには、私たちを取り巻く国際情勢の大きな流れに思いを致さない大局観の欠如、或いは、折々の感情に流されて事を進める危険性についても、指摘しておかなければなりません。

 こうした課題に直面して大切なことは、互いに真摯に話し合い、相互理解を深めつつ、違いは違いとして認め合いながら、ありのままの相手を理解するよう努めることです。「知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す。これ知るなり」です。その上で両国に跨る共通の利益に目を向け、これを広げていくということではないでしょうか。双方が共有する目標を見失うことなく、共に解決の途を探っていく姿勢が重要だと思います。

5.「戦略的互恵関係」の3つの柱

 互いがより対話を深められるという大きなチャンスを活かし、課題を克服するために、そして日中両国の大事な責任を共に果たすための関係が、「戦略的互恵関係」です。その核となる3つの柱、すなわち「互恵協力」、「国際貢献」、「相互理解・相互信頼」についてお話ししたいと思います。

(1)「互恵協力」

 「戦略的互恵関係」の第一の柱は「互恵協力」です。

 日中間の相互依存関係がますます深まりつつある現在、中国の順調な発展は、日本の発展にも大きく関わる問題です。この観点から、これまでの30年間、日本は中国の改革開放に向けた努力に対し、政府開発援助(ODA)の供与をはじめ、官民あげて支援、協力してきました。さらに、中国のWTOへの加盟についても、日本政府は早くからこれを支持しました。その背景には、日本国民の側においても、中国の改革開放の努力を支援することが、中国の将来のためのみならず、日本、ひいてはアジアや世界のためにも正しい選択であるという強い確信がありました。2008年は改革開放政策30周年という記念すべき年であり、このような年に北京においてオリンピックが開催されることは、中国が新たな発展の段階に入ったという意味で、誠に象徴的なことです。私は、心からお祝いすると同時に、成功裡に開催されることを、改めて強く期待をしております。

 一方、中国では、このたびの党大会でも指摘されているように、急速な発展の「陰」の部分も顕在化してきました。よく言われる環境の悪化、沿海都市と内陸部の格差の拡大などがその例としてあげられます。

 環境をめぐる問題は、日本自身が1970年代に手痛い経験をしました。日本経済が高度成長を遂げる中で、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息をはじめとする四大公害とも称した程の公害問題が発生し、深刻な社会問題となりました。ほぼ同時期にオイルショックにも襲われ、省エネルギーへの真剣な取り組みも余儀なくされました。

 また、「社会主義国以上に社会主義的である」、といわれるほどの平等社会であったわが国ですが、最近ではグローバリゼーションが進む中でじわじわと格差問題が深刻化しています。

 本日私は温家宝総理から、このような問題に対応するため、中国が現在推進している「科学的発展観」を貫徹する中での「和諧社会」の実現という目標に対する、強い決意を伺いました。今後、中国側と相談しながら、日本として、改革開放支援から「和諧社会」実現のための協力に軸足を移していきたいと考えます。そうすることにより中国が安定、発展することは、友人であり隣国である日本としても、とても喜ばしいことだからです。

 その中で、とりわけ重要な分野は、環境・省エネ分野だと考えています。日本自身が経験した公害および、それへの対応など、私たちの成功と失敗の経験を、中国の皆さんの参考にしていただきたいと思います。いま、日本は、世界に誇り得る省エネ技術を持っております。私は、本日の首脳会談において、日中間での環境協力を推し進めるため、情報発信やネットワーキングを目的とした「日中環境情報プラザ」や「省エネ・環境協力相談センター」を中国国内に設置することを提案し、中国側からも賛同を得ました。また、3年間で1万人規模の環境・省エネ研修を行う考えであり、多くの中国の専門家や実務者を日本にお呼びし、我々の経験を共有して頂きたいと思います。

 さて、互恵協力を発展させるためには、知的財産権保護の強化も必要であります。これは、決して日中「対立」のテーマではなく、両国の発展につながる日中「協力」のテーマです。とりわけ模倣品・海賊版対策の強化は、経済の健全な発展、市民の安全・安心確保の観点から、日中が協力して効果的に対応していかなければなりません。国際社会における責務を果たすためには、官民が連携してイニシアティブを発揮し、知財保護に前向きな国家としての姿勢を示すことが大切です。

 先日、北京において、日中双方の関係閣僚による第1回日中ハイレベル経済対話が開催され、環境保護、知的財産権保護、更には貿易、投資、国際経済などの分野での意義ある対話がなされました。互恵協力の精神の下で、こうした対話をさらに進めていきたいと考えており、今後、対話の中から、日中間の協力が一つ一つ具体化されていくことを強く期待します。

(2)「国際貢献」

 「戦略的互恵関係」の第二の柱が、「国際貢献」です。

 ヒト、モノ、カネ、情報など、あらゆるものが易々と国境を越える「ボーダーレスの時代」は、発展と連携のチャンスであるだけではなく、金融危機の連鎖や感染症の拡散など、様々なリスクをもたらすことを私たちは知っています。そこで日中両国政府は、手を携えてチャンスを拡大し、リスクを抑制しなければなりません。そのために両国は、狭い意味での日中関係だけを扱うことに埋没することなく、互いに視野を、両国関係の地平線の彼方に広げ、世界の潮流に沿った形でアジア、ひいては世界の安定と発展のために協力していく必要があります。ここで、私が考えるいくつかの問題を例示してみたいと思います。

 まず、テロとの闘いについて申し上げます。昨日、パキスタンでブットー元首相が亡くなられました。テロ行為は如何なる理由によっても正当化されるものではなく、今回の卑劣なテロ行為を断固として非難すると共に、ブットー元首相をはじめ犠牲になられた方々に心からのお悔やみを申し上げます。テロとの闘いは、日中両国を含め国際社会にとって共通の課題です。こうした面でも日中の連携が一層進むことを希望しています。

 次に気候変動の問題です。気候変動は、今や国際社会が直面する最も重要な課題です。私たちの子孫に対して、如何に誠実に責任を果たすかという問題でもあります。日中双方が相手の立場を理解した上で、責任ある主要国として協力しつつ、その解決に向けて最大限の努力を行っていくことが大切です。今や巨大な国際的プレイヤーである中国が、気候変動の国際的枠組に積極的に参加することが、この問題解決のために必要不可欠であることを改めて強調したいと思います。

 また、北東アジアの平和と安全を考える時、喫緊の課題は北朝鮮をめぐる問題です。私たちは、最近の朝鮮半島の非核化プロセスにおける一定の進展を評価していますが、現在、このプロセスを更に進めて、北東アジアの平和と安定をより確固としたものにし得るか否かの重要な岐路に立っております。また、この非核化の問題とともに、拉致やミサイル等の問題を解決し、不幸な過去を清算して、もって北朝鮮との関係を正常なものにしたいと考えています。私は、このために日朝対話を強化していく考えです。この関係で、六者会合の議長国として問題解決に向けて重要な役割を果たされている中国と、より緊密に連携・協力していきます。

 さらに、国際社会の平和と安全に係る問題として、安保理を含む国連の改革も挙げられます。特に、戦後60年以上を経た国際社会の変遷にあわせる形で安保理を改革し、益々重くなるその役割を実効ある形で果たすようにすることは、国際社会全体にとっての課題です。この面でも是非対話を緊密にし、日中が協力して改革を進めたいと思っています。

 アフリカは、引き続き厳しい現実に直面しています。サハラ以南のアフリカでは、疫病、栄養失調などが原因で、5歳の誕生日を迎えずに死んでしまう子供が1,000人中166人にものぼります。来年5月、日本政府は、アフリカの開発のための戦略や具体的な施策について話し合うため、「元気なアフリカを目指して」を基本メッセージとし、横浜で第4回アフリカ開発会議(TICADIV)を開催します。中国も、アフリカの大地における開発への取組について、対話を始められたと承知しています。そこで、日中がアフリカの持続的成長を助け、貧困から救うという共通の目標に向け共に行動し、相協力することができれば、とても素晴らしいと思いますし、ぜひ実現したいと考えております。

 私は、中国の皆さんとの、こうした共同作業を通じて、世界中で日中協力の大輪の花を咲かせたいと心から願っています。

(3)「相互理解・相互信頼」

 最後の第三の柱は、「相互理解・相互信頼」です。

 近い国同士であるからこそ、互いに何故相手は自分のことをよく分かってくれないのか、という苛立ちが生じがちです。互いを如何に理解すべきか、という基本的な認識が揺らいでいるようにも見えます。極めて短期間に大きな発展を遂げた中国に対して、日本側では、どのようにお付き合いすべきか心の準備ができていない面があります。一方、中国側でも、日本が、国際社会においてより大きな政治的役割を求めていることに対して、複雑な感情があるように見受けられます。

 私たちは、改めて相互理解を深める努力が必要です。これは誰もが分かっていることですが、実践するとなると、なかなか容易なことではありません。相互理解を進めるには、まずは彼我の間の活発な交流が必要です。そして真の相互理解があってこそ、初めて相互信頼を打ち立てることができます。私は、3つの交流、すなわち、1)青少年交流、2)知的交流、3)安全保障分野での交流、これらを強化していくことが、対話・理解・信頼という好循環を生み出す最善策であると考えています。

 特に大切な交流の一つに、昨年から日中間で始まった大規模な青少年交流事業があります。皆さんのような若い方々こそ未来の希望です。明日の日中関係を作るのは皆さんです。政治も経済も当然重要ですが、将来にわたり安定した日中関係を築いていくためには、今後50年、100年先といった長期的観点に立って、互いに理解を深め、互いの違いを尊重し、共に学び合っていく「人」を日中双方に育てることが大切です。そして「十年樹木、百年樹人」といわれるように人を育てるには息の長い努力が必要です。

 中国から日本に来た高校生たちは、皆口々に「想像していた日本と違う」、「新しい日本を発見した」と言って帰国していきます。自分の目で見、耳で聞き、体感することで、それまでの先入観や偏見が消え、日本に対する理解が深まったことは間違いありません。

 これは、中国を訪問した日本の高校生にとっても同じことでしょう。ある日本の高校生の男の子は、中国におけるホームステイ先のホストファミリーとの思い出をこう語っています。

 「とても楽しかったホームステイと学校交流を通して、中国の高校生も日本の高校生も同じだなあと思いました。とっても優しく、とっても賑やかで、この人たちが大人になって僕たちが大人になった頃、本当の意味での『世界平和』が訪れるのだと思います。このような機会を与えて下さった方々に、心から感謝したいです。」

 日中間で知的交流を進めていくことも大切です。日中の若手研究者同士が、日中関係だけでなく、幅広く国際情勢について議論することは大いに意義のあることです。世界がどう動いているか、時代はどう変わりつつあるかを敏感に感じ取り、日中関係を方向付けていくという視点が大切です。日中が協力し、国際的視野に立った有識者を育成し、地域や国際社会の諸課題解決のために、共に貢献する人材を輩出していけば、日中両国は世界に誇り得るパートナーになれると信じています。

 そのためにも、冒頭で申し上げたとおり、私は、明日の中国を支える皆さんにもっと日本を知って欲しい、日本について学んで欲しい。そのため、中国における高等教育の拠点との交流を進めていきたいと思います。まずは、本日講演の機会をいただいた、ここ北京大学における対日交流強化のためのささやかなプランを提案したいと思います。この「北京大学における福田プラン」、ささやかではありますが、具体的には次の3つの内容を考えています。

 一つ目は、シンポジウムの実施です。今後2年間、国連改革、第三国援助、PKO活動、環境・エネルギーといったグローバルな課題をテーマとして、北京大学研究者を日本に招聘し、シンポジウムを実施していきたいと考えています。二つ目は、来年、北京大学の皆さんの中から100名を、また付属高校から50名を日本にお呼びし、研修を実施します。最後の三つ目は、日本研究センターにおける、集中講義支援を継続していきます。こうした対日交流強化のための「北京大学における福田プラン」を通じて、皆さんの中から一人でも多くの人が日本研究の道に進まれることを、心から期待しています。

 安全保障分野の交流について言えば、先日初めての中国艦艇の日本訪問が実現したことは、日中両国にとって画期的な出来事であり、嬉しく思います。2008年は日本の防衛大臣、海上自衛隊の艦艇が中国を訪れる番です。安全保障は国家存立の根幹であり、両国の国民感情にも直結する問題です。透明性を高めることを通じ、相互不信の芽を摘み、信頼醸成を育くむことが求められます。そのためには、安全保障や防衛の分野で、日中の交流や対話を一層活発化させていく必要があります。双方の防衛関係者が相手国の有識者、民間人とも接する機会を設け幅広い相互理解を促進することが重要であり、日中双方がその努力を行うことにつき首脳会談でも一致したところです。

6.アジアと世界の良き未来を創造するために

 以上、日中両国の「戦略的互恵関係」の三つの柱についてお話しして参りましたが、総論として私は、日中関係を世界の潮流・大義に沿って方向付け、未来を創造していくという姿勢が大切だと思っています。日中両国が国際社会に責任を持つ大国として、世界の大局を見据え、世界の期待に応えながら、「互恵協力」及び「国際貢献」に努めるならば、互いの立場の違いを乗り越え、「相互理解・相互信頼」を築くことは可能であり、そうすることで、アジアと世界の良き未来を共に創造していける、創造的パートナーたり得ると確信します。創造的な仕事を日中両国が共同で行うことにより、世界中から頼りにされる関係を築き上げていく、そう考えると、大きな希望が湧き起こりませんか? 違いをあげつらうのではなく、共に同じ目標に向かって、世界のために手を携えていく、日中両国はそんな真の友人でありたいと、心から願っております。

7.結語

 私は、これまで皆さんにお話しながら、改めて私たち政治家が果たすべき役割の重さ、そして皆さんの目前に広がる無限の可能性をひしひしと感じています。これからも、日本と中国との関係は必ずしも平坦な道ばかりではないかもしれません。そのような時にこそ、私たち政治家は、双方で起こりがちな折々の感情的な言論に流されることなく、世界の潮流や大義に沿って、しっかりと日中関係を一歩、また一歩と、着実に前に進めていかなければならないと思います。アジアと世界の新しい未来を創造していく、その道筋を皆さんに残していくことが、私の政治家としての使命でもあると考えています。

 日中両国は、単に利益・利害だけで結びついている存在ではありません。日中両国は長い交流の歴史を持つ隣国であり、互いの文化や伝統を共有し、その中で互いに拠って立つ基盤を共有してきました。例えば、日本が近代国家の歩みを始めた「明治維新」という言葉にしても、そのルーツを中国の古典に求めることができます。また、本年、「文化・スポーツ交流年」を通じて繰り広げられた多くの交流活動が、双方の強い共感を生んだのも、両国に共通の基盤があるからではないでしょうか。

 人権、法治、民主主義といった普遍的価値を共に追求することも重要です。一方で、私は日中両国に深く埋め込まれた共通の基盤、価値に思いを致すことも大切だと考えます。こうした思いを胸に、また両国国民に日中関係の特別な関係を思い起こしてもらいたいとの気持ちを抱きつつ、私は今回、曲阜を訪れます。

 中国の偉大な作家であり、この北京大学で教鞭をとった魯迅は、かつて日本に留学し、そこで藤野先生をはじめとする多くの日本人と出会いました。このような出会いは、その後の中国の変化に大きな影響を与えたに違いありません。ちょうど、日中の高校生交流により、多くの若者が数え切れないほどの収穫を得たようにです。魯迅は、その作品『故郷』の中で、次のように書いています。

 「思うに希望とは地上の道のようなものである、もともと地上には道はない、歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

 皆さん、共に歩き、共に道を造り、共に私たちの未来を創り上げていこうではありませんか。

 ありがとうございました。