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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日中平和友好条約交渉(第5回会談−その2)

[場所] 北京
[年月日] 1978年7月28日
[出典] 情報公開法に基づき公開された外務省資料
[備考] 
[全文]

極秘

総番号 (TA) R054156  5357  主管

78年  月28日02時35分  中国発

78年07月28日04時08分  本省着  ア局長

外務大臣殿  佐藤大使

日中平和友好条約交渉(第5回会談−その2)

第1434号 極秘 大至急

(限定配布)

往電第1433号に関し

1.冒頭往電3.の本使の発言を聞き終わると韓副部長は休けい前に行なつた発言につき補じゆう説明を加えたいとして、次のとおり述べた。

中日両国は1972年に正式に国交正常化を実現した。われわれ両国政府の総理は、両国関係の正常化のために中日共同声明に調印した。共同声明の中には非常に重要な内容が含まれている。それはすなわち反は権条項であり、それによつて中日両国は双方ともアジア・太平洋地域において、は権を求めないと同時に、いかなる国あるいは国の集団がこの地域においては権を確立しようとする試みにも反対することを明らかにした。この共同声明はわれわれ両国関係において双方ともじゆん守すべき原則であり、また両国関係を強固にし、発展させる根本的基礎であり原則であると言える。もち論この共同声明の中には他の内容もある。しかしこの条項は共同声明を構成する非常に重要な条項である。双方の政府首のうは自らこの共同声明に署名した。6年近くの間、われわれ双方はともに基本的にこれに照らしてやつてきた。双方は共同声明の中に合計5つの協定または条約を締結すべきことを規定した。そのうち既に4つの協定については調印をみた。この4つの協定は、いずれも共同声明の精しんに合致するものと私達は見ている。もし共同声明の中で規定された任務のうち完成されていないものがあるとすれば、それは中日平和友好条約の締結だけである。

もち論先に述べた4つの協定が締結される過程において双方の間に論争や意見の相異がなかつた訳ではない。どの協定のどの交渉においても、やはり相当の時間と少なからぬ意見の交換を行なつてきた。しかしそれらの交渉は中日平和友好条約交渉のように、これほど長い時間がかかつたものはなく、また条約の場合ほど激しい論争もなかつた。

今既に3年半が過ぎ去つたが、日本側ではこの間2人の大使が交替した。私自身について言えば、私は条約交渉の最初から日本の友人とこの問題につき話し合つてきた。条約の最初の草案は、私が1974年11月に日本を訪問した時に提出したとも言えよう。それは共同声明に厳しゆく、かつ真けんに照らして、また実際に即した精しんに基づき提出されたものである。74年に日本を訪問した時、私はトウゴウ次官、木村外相、ニカイドウ官房長官、タナカ首相及びその他の友人に会つた。この訪問中、条約については主にトウゴウ次官との間で交渉を行なつたが、条約の基本的な内容についてはタナカ首相や木村外相とも話をした。私の印象ではそれを聞いた日本の友人はみな非常によろこんでいた。私がトウゴウ次官と交渉した時ももち論、論争もあつた。当時は論点をほり下げて意見交換をしなかつたので激しいものではなかつた。また当時は、中国側が条約案を提出したばかりであり日本側に検討する時間が必要であつたという事情もある。その後交渉が3年半も長びくといつたようなことは当時予想もしなかつた。私は、この条約交渉を私の次官在任中にやりとげたいと希望している。同様の希望を小川前大使も持つておられたが、多分サトウ大使も同様の希望を持つておられることと思う。交渉が悪化し、この条約が妥結できなくなるというようなことはしたくない。日本側も同様と信じている。私自身について言えば、そのために更に努力を続けたいと思う。そして条約交渉が早く成功することを希望している。

 反は権条項の問題における双方の意見のくい違いは、依然として比較的大きい。サトウ大使、ナカエ局長及び日本側代表団の友人各位が、この問題を改めて詳細に検討されるようお願いする。

 中国は、社会主義の国である。中国の外交政策は、毛タク東主席とシュウオン来総理が制定したもので、われわれは、中華人民共和国成立以来、この27、8年間に、その政策に則り外交を行つてきた。また、今後も引続きかかる精しんに則つていこうとしている。われわれの精しんは、誠実ということである。両国の関係は平等互恵でなければならないし、条約締結は双方共満足のいくようなものにしなければならない。私達は、故意に日本側に難題を押しつけたことはない。それは私達のやり方ではない。われわれはそうしたやり方によつて、何らかの利益が得られるとは考えない。

 真心をこめてかつきたんなく素直に話し合いを行うというのが私達の態度である。私達は、条理にかなうものには必らず同意する。しかし、それが受け入れ難いものであればそれを拒絶する態度を率直に示す。

 日本の友人に私達の意見を十分理解していただくために、私達の考えを再三再四明らかにした。ここ数日間の会談の経過を見れば中国側は日本側の考えを基本的には理解しているものと思うし、また、日本側は中国側の考えをはつきり理解していると考える。この条約交渉における困難はどこにあるかははつきりしている。かんじんの問題点がどこにあるのかははつきりしている。率直に言えば中国側には何らの困難もない。日本代表団の友人各位がわれわれの意見を再び真けん、詳細かつ厳しゆくに検討されることを希望する。

2.これに対し本使より、次のとおり述べた。

 ただ今韓副部長より非常に詳細に交渉に当る気持ちあるいは心構えをおうかがいできたことは有益かつきんかいに思う。韓副部長は、条約は双方が満足する形で締結すべきであり、また、一方が他方に一方的に押しつけるものではないと言われた。私も30年以上条約に関連したし事をしてきたが、その経験に照らすと条約の良し悪しというものは、一方が一方の立場を押しつけた場合には決して良い条約が出来ず、必らずや実情とかけ離れたものになつてしまう。条約というものは、二国間の実際の関係を紙に表わすものであり、条約によりその関係が変つたりあるいはそれを無理に変えることはできない。

 お互に意見の交換をし、相互にりよう解し合い、そのりよう解の上に始めて条約ができうる。このような形で日中平和友好条約が出来れば理想的であると思う。そういう意味で私は今後とも韓副部長との間で率直に意見交換したいと考える。

3.次いで本使より、非公式会談を提案したところ、韓副部長は、これに同意し、「全体会議の他に別途非公式会議を持つことは一般によく見られることで、中国もこの方法をよく採つている。この方法は恐らく双方のりよう解を得るのに役立つと思う」と前置きしていきなり本件交渉が3年以上も進ちよくしなかつた原因があたかも日本側にあるかのごとき発言を行なつたので、これに対し、本使より「私が言う非公式会談といつたのは、条約の実質問題を討議するのではなく、条約交渉の進め方について話しをすることである」と断つた上、次の通り述べた。

問題の中心は韓副部長が指てきされた点にあることは明確である。現在のような形で双方が自説を固持して対立を続けることは知恵のない話であるし、双方の利益ににも反する。

そこで私の考えを申し上げたい。

両国の基本的な考え方は、第一回、第二回、第三回会談を経て、殆ど一ちし一部については、相手の立場をよく理解したものと考える。双方の立場が理解されたにもかかわらずどうして具体的な条約文の書き方に意見の大きな食い違いが出るのか私は必ずしも理解できない。これは双方において夫々の条約文の解釈とIMPLICATION即ち含意について誤解があるか、何等かの不信感があるのが原因ではないかと考える。

休けい前にうかがつた韓副部長の話からも、非常に実質が違つているというよりも、如何に表現するかに差があるということであると思う。

4.続いて、本使より、上述の本使の考えが違つているなら指てきしてほしいと述べたところ、韓副部長は

「私は先程中日両国人民は子子そんそんにわたつてつき合つて行かねばならないと述べたが、両国は正式な外交関係を有しており、両国の声明、条約、協定のいずれにおいても平等、公正かつ当然あるべきものでなければならず、また中日人民のえいえんの将来にわたる友情に重点を置き、政治的見地から問題を処理しなければならない」と述べた後、中国の国際情勢に対する認識を述べるとして約10分程、いわゆる「三つの世界論」に基く見解を長々と展開し、更に、次のとおり述べた。

大使は、私たちの間に条約に対する理解において誤解があると言われたが、双方には誤解はないと思う。また不信感もないと思う。また文字上の表現の問題ではなく、実質の問題である。私が再三明らかにしたとおり、外からの干渉と圧力からぬけられないものなら、この問題は解決できないと思う。この問題は、やはり日本の政治家の真けんな検討に持たねばならない。

5.これに対し、本使より、

「1点のみ先程の表現の問題について補足証明する。これは、あるいは誤解かもしれないが、基礎にある考え方は同じであるが、それを表現するかしないかをも含めた意味での表現の問題であると考える。」と述べたところ、韓副部長は、「われわれの間の問題は、単に文字上の表現の問題ではなく、実質の問題である。それは、中日共同声明の精しんに合ちしているかどうかであり、もし、日本側の考えが、その精しんに合ちしていなければ、われわれは、その様な考えに同意できない。」と述べた。

6.次に本使より、「韓副部長は先程政治家が真けんに検討する問題と言われたが、これは事務レベルでの会談はこれまでにし、政治レベルの会談を希望しているのか。」と問うたところ、韓副部長は「そのような意味ではない。われわれは、外交官であると同時に政治家である。われわれは、外交に詳しいことはもち論であるが、同時にサトウ大使、在席の代表団各位は政治についての認識を持つているはずである。」と強く否定した。

7.次いで本使より、今後の会議について問うたところ、韓副部長は何時どういう問題を話すか日本側の考えをききたいと答えたので、本使より、明日原こうに基づいて発言するのではない非公式会談を行いたい旨提案したところ、韓副部長は、これに同意し双方の団長を除いた団員のみの形式、双方の団長と1−2名のみの形式もあるが、日本側におまかせすると述べたので、本使より、とりあえず明日は一応全員出席する形式をとり、そこで会談のとり進め方を考えることとし、時間は、従来通り午後3時から開始したい旨述べたところ、韓副部長はこれに同意し、以上をもつて会談を終了した。

(了)