データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日中平和友好条約交渉(第1回外相会談−2)

[場所] 北京
[年月日] 1978年8月10日
[出典] 情報公開法に基づき公開された外務省資料
[備考] 
[全文]

極秘

総番号 (TA) R057262  5642  主管

78年  月10日02時30分 中国発

78年08月10日04時18分 本省着   ア局長

外務大臣殿  佐藤大使

日中平和友好条約交渉(第一回大臣会談)

第1606号(2の2) 極秘 大至急

(限定配布)

5.休けい後冒頭コウ華部長より、次の発言があつた。

(1)大臣の発言の中でそつ直に何の留保もなく会議を行うという点に心から称さんの意を表する。中国外交の基本も、おざなりでなく、そつ直、短とう直入に見解を表明することであり、このことは国際的に広く知れわたつており、中日平和条約交渉において一かんしてこうした方針で臨んできた。このような精しんに基づき反は権条項についての考えを述べたい。

(2)中日共同声明は、中日関係史上非常に重要な文書であり、国交正常化以降の実せんは、中日両国の共通の願望に合致し、かつ、アジア各国の共通の利益にも合致していることを示している。同声明の原則は、両国関係を発展させる準則であり、根拠であり、基礎である。中日平和友好条約は、共同声明を前進させるものであり、後退させてはならず、共同声明の原則を弱めるものであつてはならない。両政府の指導者により規定された反は権条項は、現実の世界情勢を反えいしたものである。現在の世界におけるは権主義のきよういに対してどういう態度で臨むべきかは、両国人民の支持によつて示されている。両国人民、世界の人民が現実に存在しているは権主義に対して闘争しなければならないということは、広く知れわたり、深く人の心に根を下した思想である。共同声明の中に反は権を書いたのは、仮定から出発したのではなく現実のきよういから出発している。共同声明後の国際情勢は、中日友好条約の中に反は権条項をそのまま入れねばならないことを生々と立証している。は権主義は中国をおびやかし、日本をおびやかし、世界各国をおびやかしている。

(3)とりわけソ連社会帝国主義は、数年来は権主義の段どりにはく車をかけ、増々侵略のために戦略的配置をおしすすめ、自こに有利な体制をつくりつつある。

当面の国際情勢は共同声明当時と比し一層緊張している。その根源は、超大国の争だつにあり、とりわけソ連帝国主義が一層きよう気じみたは権主義を推進していることにある。われわれは国際情勢の現実を真険そつ直に直視すべきである。は権条項を含めた中日友好条約の早期締結は、両国人民の及び世界各国人民の願望を反えいしている。ソ連がこの条約の締結をよろこばない原因は、ソ連がは権主義を実行しているからである。ソ連は、日本に対して圧力をかけ、種々ろこつな干渉を行つている。われわれはソ連のきよういをおそれず、影響をうけず、共同声明の精しんを守り、両国人民の利益を守り、早期に条約を締結する必要がある。

(4)私はこのような精しんに基づいて共同声明の重要な部分を占めるは権条項についての貴大臣の考えをききたい。

6.これに対し、大臣より、次のように述べた。

(1)貴大臣の話しはよくうけたまわつた。日中共同声明の原則を弱めず、後退させてはならないこと、平和友好条約を早期に締結する必要があることなついて{前4文字ママ}異存はない。

(2)私が正月にソ連を訪問し何を話したかはほぼ御理解を得ていると思う。私はソ連の言い分に一つもくつしていない。中ソの問題については、自ら求めて次のように発言した。「中ソはある時期きようだいの国であり、中国はソ連に学ぶといつていたこともあつたが、現在は激しく対立している。日本はりん国に中ソが対立していることはいかんだと考えている。しかも中ソは、お互に争うばかりではなく、その争いのとばつちりを日本が受けている。日本は中ソの緊張のかん和を願うものであり、ある時期がくれば両国の間に立つてその緊張をかん和したいと思つている。日本はソ連と携{前1文字ママ}けいし、中国にきよういを与えることは断じてしない。同時に中国と協力してソ連に敵対行為をしようとも考えていない。あなたの方では好まないようであるが、日中友好条約は必ず近いうちに締結する。その際ソ連が中ソ同盟条約をどうするかは私の干渉せざるところである。干渉はしないが同条約の中で日本を両国の敵国と書いてあることは断じて見のがすわけにはいかない。」この点についてはソ連は回答せず、中国の方からは何もいつてきていないと責任を回避した。

(3)アジアの問題について申し上げたい。この前の戦争で日本はめいわくをかけいかんだと考えている。日本はいろいろ間違いを犯したが、その一つは「アジアを一つ」と考えたことである。アジアは、かおいろ、目のいろ、物の考え方等東洋人として共通のものをもつている。しかし、アジアは一つではなく、国の大小、強弱、歴史、伝統、習かん、しゆう教、政治形態それぞれ違つている。その違いをお互に理解し、そん重し、相手の立場に立つて行動するこれが道理と考える。

(4)は権の問題も、先程申し上げたとおり、お互に中国の考えはこう、日本の考えはこうという議論をやつても解決はしない。は権問題に対する理解、これに対する闘争が同じ方向であり、お互にその真意を理解するならば、中国側は日本の立場でものを考え、どういう条約を締結すれば日本国民は納得し、しゆくふくするか、日本側は中国の立場に立ち、中国が今後第3、第2世界に対処する方針の中でどういう条約を締結すれば支障を与えないか、そのように考えれば私は双方が好むようにこの問題は妥結すると思う。

(5)早期妥結は、日本にとつても中国にとつても極めて重要であり、しかも大事なチャンスである。中国が、おれの方はいつでもよい、2ヶ月、3ヶ月、1年待つてもよい、と言い日本も同じことをいうなら、私も貴大臣も世界の人々のわらいものとなろう。日本の実状についてもお解りとは思うがまだ足りない。私が短い期間に決定をして訪中したのには、それなりのく労がある。この機をいつすれば相当先までのびる。そこで双方とも早期妥結の決意の下にサトウ・韓念リュウ会談を続行せしめ、問題点をつめさせてゆきたい。

7.これに対しコウ部長は次のように述べた。

(1)貴大臣が、日本側は共同声明の反は権を弱めたり後退せしめる意思がなく、条約を早期に締結したいとの希望を表明されたことを評価する。貴大臣は、中国側が条約締結を2ヶ月、3ヶ月とのばしてもよいと考え、日本側もそのように考えるなら条約の締結はおくれるといわれたが、中国側は一かんして条約の早期締結を望んでおり、いずれも条約の締結をおくらせることを考えていない。

(2)中ソ同盟条約についての中国側の態度は、サトウ・韓念リュウ会談で申し上げたとおりであり、私からくり返して申し上げなくてもよいと思う。貴大臣が中国政府の指導者と会談される際に、前々から有名無実になつているこの条約についての見解を明確に示すこととなろう。

(3)次に会談のしよう点となつている反は権条項にしよう点を移したい。貴大臣は条約について交渉を行うという重大な責任をもつて中国に来られた。そこで平和友好条約についての最もかん心な問題についての日本政府の考えを証明されるよう求める。

8.これに対し大臣より次のように述べた。

(1)私はサトウ・韓念リュウ会談が速やかに進ちよくするようにすること、及びその上で条約に調印すること、この二つの目的のために訪中した。

(2)は権についてはこれまでも述べたとおり、は権行為があればこれに反対するのは当然であり、今までもそのようにやつてきた。日本国民の正直な気持をいえば、は権行為があればどうどうとこれに反対する、しかし、中ソの対立には絶対にまきこまれない、これにはかい入しかない、これが日本国民の大多数の気持である。私は貴大臣、韓閣下のいわれることは十分解つている。口にださなくても、心の中で何を考えているかも十分に理解しているつもりである。しかし、は権に反対するし方の違い、日本の基本的外交方針の違いを十分に理解しあい、お互の立場に立つて反は権闘争を行つていくことがアジア及び世界の平和にこうけんするゆえんと考える。今後とも日本はは権をおそれず、日本の立場からこれに反対してゆくのは当然である。私は、この会談を通じて閣下各位を説得しようというつもりはない。私がここで発言するのは、この会談において交された話しを両国国民、アジアの人民に聞かせ、更にはこの交渉を中しようしている人々に、双方の真意を正確に理解させることを望むからである。

(3)反は権について最も重要なことは、日中両国がそれぞれ侵かさないという反は権の出発点である。先般のASEAN外相会議でASEANの外相は、アジアのは権はソ連一つということに全員が同意した。ソ連のきよういはみなが認めている。しかし、中国の未来に対しても不安をもつていることも事実である。アジアの国々にとつて貴国は大国であり、しかも貴国の努力によつてはん栄している。ASEANの国境紛争問題、各国における反体制運動、ゲリラ運動等の中で、中国は未来えいごうには権行為を行わず各国となか良くやつていけるかどうかについて各国は不安をもつている。従つてビルマを含むASEANの国々は日中条約の締結をかん迎している。しかし、どのような形で条約が締結されるか、特には権条項がどういう形で結ばれるかについては非常な関心を有している。それは、中国が相手の立場をどのようにそん重し、この条約を締結することになるかという意味である。

(4)次に日本国民について申し上げる。日本で同じ時期に中ソ各々の展示会が開かれ、中国展の方は30何万人の入場人員があり、ソ連のほうはその10分の1であつた。日本人の中ソに対する感情は異つている。しかし貴国を訪問した政治家や、財界人が言うようには、日本人全部が貴国を安心して信頼しているわけではない。中国はわが国にとり大事な国であり、日中両国がなか良くすることはアジアの将来のためである。これまで日中友好協会が好成績を上げ、日本の対中感情は良くなつてもいる。しかしそつ直にいつてこれまで問題がなかつたわけではない。仮に日本で華国ホウ、トウ小平はけしからんということを言えば中国人民は日本を信頼するだろうか。中国の方からは、おりおり日本の総理はけしからんという批判がでている。その度に日本国民は、中国は本当に内政不干渉なのか不安をもつている。ナリタ空港反対闘争は、反体制闘争に変わり、自民党から共産党に至るまで支持していない。この闘争の委員長を招待し、かん迎し、激れいする。このようなことでは、公正な日本国民は本当に中国は内政に干渉しないのか、また、中国が強くなつたらきよういをうけないのか不安を感じているのは事実である。

(5)そこで私は貴大臣、韓閣下にお願いしたい。は権条項に対するASEAN、日本国民の不安を一そうし、なる程中国は未来えいごうの日本の友人としてなか良くできるようなものをまとめることとしたい。両国をめぐる情勢は極めて厳しい。しかし非同盟外相会議では権という言ばがでてきたこと、ASEANの国が一部に不安はあつてもこの条約を結ぶことをかん迎していること、更にはこの条約の締結を注視している米国の考え方を合わせると、ぜ非、日本は日本の国民を納得させ、よろこばせる条約を結びたいし、中国も、日本、ASEAN、米国、世界各国がよろこび納得する条約を結ぶようにしてほしい。

9.これに対しコウ部長より休けいを提案、大臣は、サトウ、韓会談の継続を再提案されるも、コウ部長は、午後その点を討議したい旨発言、3時30分再会として、会談を了した。

(了)