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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 原水爆実験禁止問題に関するマクラミン英首相宛ての岸信介首相書簡

[場所] 
[年月日] 1957年3月29日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),794−795頁.外務省および外交資料館所蔵文書.
[備考] 
[全文]

 書簡をもつて啓上いたします。

 本大臣は、本大臣の特使である松下正寿博士を閣下に御紹介するとともに、連合王国政府によつて行われる核実験に関し、次のとおり申進める光栄を有します。

 日本国民は第二次世界大戦の末期において直接核兵器の惨禍を体験し、更に太平洋上におけるアメリカ合衆国の核実験による惨害をも体験した結果、核兵器の生産、使用及び実験の禁止を真に衷心から冀求するものであることは、閣下の夙に熟知せらるるところであります。昨年二月日本国国会両院が原水爆実験禁止要請を決議し、これ等の決議が日本国の外交代表を通じて関係各国政府に伝達され、その後においても機会ある毎に日本国政府が日本国民の前記要望を連合王国政府のみならず関係各国政府に伝達し実験中止を要請しきたつた{前3文字ママ}ことは、右の如き体験に基く日本国民の真に人道主義的な立場に立脚するものであります。連合王国政府は、日本国政府の要請の基礎となつた日本国民の熱望を理解しながらも、核兵器の維持及ぴその発展こそは、侵略を阻止し、世界平和を維持する唯一の方途であるとの見解をとり、実験の中止には応ぜず、咋年五月モンテ・ベロ諸島付近において、また、同年九月豪州、マラリンガにおいて核実験を行いました。

 日本国政府は、真の世界平和の招来を冀求することにおいて、他のいずれの政府よりも劣るものではありません。又世界の現状においては、侵略に対処する有効な手段が自由諸国において維持せられなければならないことも充分に理解しているものであります。しかしながら核実験禁止に対する日本国民の熱望は、右の如き見解を超えた人道的なものであることは前述のとおりでありますが故に、日本国政府は、あえて関係各国に対し繰返し要請を続けているものでありまして日本国政府が最近連合王国政府に対し、実験の中止を要請したのも全く同様の動機に出ずるものであります。

 核実験の中止を熱望する日本国民の立場につきましては、以上申しのべましたところ及び再三にわたる日本国政府の申し入れによりすでに尽くされているのでありますがこの機会に特に閣下に申し上げたいことは、真に日本国民が望むものは、世界人類に悪影響を与え遂にはその破滅に導びくべき核兵器の使用を排除し、核エネルギーを人類の福祉のために平和的に利用する方途を発展させることにあることであります。もち論これと並行して有効なる軍縮の成立することを要望することは申すまでもありません。

 この意昧において日本国民の実験中止の熱望は、現に実験を行いまたは行わんとしているすべての国に対して行われております。日本攻府が、ソヴィエト連邦に対しても、本年三月九日に実験中止の申し入れを行い特にその無警告の実験に対して注意を喚起したことは御承知のとおりであります。

 ごく最近においては国際連合及び連合王国を含む関係各国に対し本年三月十五日の参議院決議をそれぞれ伝達しており、今後とも必要に応じ関係諸国に対し同様の申し入れを続けることは日本国政府の確乎たる方針であり、日本国民の均しく要望している所であります。

 今般松下氏を本大臣の特使として連合王国に派遺する本大臣の真意は叙上の日本国政府及び日本国民の原水爆実験中止に関する真撃な希望を充分なる現実感をもつて余すところなく閣下を始めとする貴国指導者に伝達してその完全な理解を得、日本国政府及び国民の平和への願望が連合王国におけるそれと全く同一であることを明らかにしもつて日本国と連合王国との間に幸いにも存続している友好親善関係を更に促進しようとすることにあります。

 閣下も既に御承知のとおり、松下氏はかねて熱心なキリスト教信者として、又わが国における有数の大学たる立教大学の総長であり、且つ著名な教育者として活躍しておられ、その人格と識見からして、充分に本大臣の信頼に応え、閣下並びに関係者の間に日本国民の希望を充分に現実的に周知せしめ、もし不幸にしてこの問題に関連して両国間に誤解が存在するならば、その誤解をも充分に解きほぐすことに努力するであろうと信ずる次第であります。

 本大臣は右を申し進めまするに際しここに閣下に向つて敬意を表します。

 昭和三十二年三月二十九日

   日本国内閣総理大臣

            岸信介

 連合王国内閣総理大臣

  ハロルド・マクミラン閣下