[文書名] フランス経団連主催午餐会における田中内閣総理大臣挨拶
セイラック会長、御列席の皆様
私は若い頃から実業家として行動し、また、政治家になってからも大蔵大臣、通産大臣を長くつとめたため、経済の実情には、比較的通じており、財界人には国境を越えた深い親近感を抱いております。その意味で、ここに御列席の皆様とは、初対面ではあっても、親しい友人として共通の言葉でお話ができます。
フランスは、ヨーロッパの心臓であり、皆様は、単に仏経済界の柱石であるのみならず、広く欧州共同体経済の指導者であります。私は、この席をかりて、拡大ECの誕生に寄与され、その発展と繁栄に貢献されている皆様に深い敬意を表したいと思います。ECの発展は、単に九カ国のためになるだけではなく、貿易拡大均衡への努力、国際協力の積極化等を通じて世界経済の発展及び安定に大きく寄与するものと信じます。私は、ECの発展と繁栄を心から歓迎いたします。
一方、日本は、過去四半世紀にわたって、ひたすら成長の延長線上に目指す果実があるものと信じ、一日も早くそれに到着しようと努めてきました。しかし日本の経済社会の行手には、環境や資源の壁が立らはだかり、また、社会資本ストックの不足、社会保障の立ち遅れの問題が起こっているのであります。また、人々の求める豊かさの質も変化し、企業の豊かさから、個人の豊かさへ、経済的、物質的豊かさから心の豊かさ、ないしは時間の豊かさへと多様化し、高度化しつつあります。
こうした情勢に対処するためには思い切った発想の転換が必要であります。長期的展望に立って生産力の増強、輸出優先から、生活優先、福祉充実へと政策の重点を切り替えなければならないのであります。
このため、私は、ジスカール・デスタン蔵相のいわれるタナカ・プランすなわち日本列島改造論を提唱しております。これは、自然と文化と産業が融和した地域社会を全国土に押し広め、すべての国民が安らぎの中でいきいきと働き、住み、楽しむことができるようにすることを目標として定め、地方中核都市の建設、工業の全国的配置及び交通・通信ネットワークの整備などを進めております。日本人が、今後とも平和国家として生きぬき日本経済の成長力を活用してゆく限りこの世紀の大事業は、必ず成就できるものと確信しております。
このように、国内経済を充実させ、国民の福祉を増進させてゆくことは、フランスの商品、資本及び技術に対し人口一億の将来性に豊んた巨大な市場を提供することを意味するのであります。しかも私は、総理就任以来、関税の大幅な一括引き下げ、画期的な資本の自由化に踏切り、一層開放的な対外経済政策を実施しております。
ひるがえって、日仏貿易の現状は、五・八億ドルの規模であり、日仏両国の貿易量のわずか一・一パーセントでしかありません。一九七三年一月から六月までの統計によれば日本の対仏輸出は、前年同期に比べ三七パーセント増であり、総額一億七千万ドルに止っておりますが、フランスの対日輸出は前年同期に比べ八五パーセント増であり、総額二億三千万ドルに達しています。また、旅行者は、フランスから日本へ来た人が一万五千人、日本からフランスへは四万一千人であり、人的交流も、まだ渓流の域を脱していないのであります。日仏両国民の英知と努力をもってすれば、両国間の経済、文化面における交流は、画期的に拡大しうるものと確信いたします。
世界は、いま、通商、通貨、インフレーション、エネルギー、資源、食糧、環境、開発協力などの解決を必要とする難関に直面しております。これらの問題は、日仏両国にとっての共通の関心事であり、すべての国が新しい連帯感に立った裾野の広い協力、協調関係を打ち立てなければ解決できないものであります。
日仏両国は、相互の交流、協力関係を量、質とも拡大するとともに、その経済力、技術力を開発途上国に対する経済協力に投入し、本当に役に立つ援助をきめ細かく誠実に実行することが必要であります。私は、貴国がアフリカ、中東、アジア等広範な地域において有している影響力に、わが国の持つ影響力を効果的に組み合わせることによって、「世界の諸国民の生活水準と福祉の改善」に寄与することができることを心から期待しております。
両国間には、言葉、地理的距離、習慣等の壁があることも事実であります。しかしお互いが共通の目的を持って理解に努め、努力を惜しまないならば、この壁を乗り越えられないはずはありません。私は、政府、財界人、言論人、学者、学生など各界各層の間にコミュニケーションの道が、広く深く定着することを念願してやみません。
フランス経済の最高指導者である皆様の御出席を得たこの機会に、日本は日仏関係を一層緊密化する意思を有するものであり、フランス側の同様の意思を心から歓迎するものであることを申し上げて、ご挨拶を終わります。
御静聴ありがとうございました。