データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ポンピドゥー仏大統領主催午餐会における田中総理大臣挨拶

[場所] 
[年月日] 1973年9月28日
[出典] 外交青書18号,30−31頁.
[備考] 
[全文]

 ポンピドゥー大統領閣下,御列席の皆様

 わが国が19世紀の後半近代化に着手した当時,西欧のすぐれた文物を学ぶため,わが国より幾多有為の青年が欧州に派遣されましたが,彼等は実に数カ月の船旅の後,欧州に到着したものであります。今日,めざましい交通手段の発達は僅か15時間にして東京−パリ間の飛行を可能ならしめております。通信衛星等の出現による通信手段の改善も目をみはらせるものがあります。こうして,現代の交通通信手段の発達は世界の空間的,時間的距離を大幅に縮小し,洋の東西を問わず,一地域に起つた現象は,極めて短時間の中に他の地域に伝達されるようになつています。

 世界は今や激しい変革の中にあります。社会体制を異にする国々との交流も段々に進展しており,先進自由世界は急速に一本化の途をあゆんでいるのであります。このような転換期において,瞬時も私の脳裏を離れないのは,今日主要工業国の一員として,応分の貢献と寄与をなしうる立場にある日本が,平和の享受者たるにとどまることなく,平和の創造と世界経済秩序の再建に,いかにして積極的に参画し,その責務を果すべきかということであります。この観点から偉大なフランス,更には欧州全体との関係を濃密にすることは,私に課せられた最大の課題の一つであり,今回私が貴国を訪問するに至つた動機もまたここにあるのであります。

 世界は,いま,通商,通貨,インフレーション,エネルギー・資源の枯渇化,地球的規模での汚染の進行,南北問題などに直面しております。これらの世界がかかえている重要な問題,あるいは人類社会に生起しつつある新しい危機は,いずれも一国の力では解決することが不可能なのであります。解決の方途は国際協調に求められるのであります。とりわけ,時代の尖端を歩むフランスとの協調を私はきわめて重視するものであります。したがいまして,今日,ポンピドゥー大統領閣下をはじめ,フランスの指導者と率直な話合いの機会を持ちうることは,私の無上のよろこびとするところであります。

 幸い,日仏関係は伝統的に良好であります。百年来,フランスはわが国近代化の先覚でありましたし,文芸,学術の分野においても,わが国に多大の影響を与えてきております。その後も日仏の交流は着実に発展を遂げております。一昨年の天皇,皇后両陛下の訪仏に際し,貴大統領閣下をはじめ,貴国民が示された暖い接遇振りは,まさに日仏友好を象徴するものであります。明年は,貴大統領閣下並びに同令夫人をわが国にお迎えすることになつております。

 私は,昨年7月,総理に就任して以来,国際政治の分野では,アジアの平和に暗影をなげかけておりました日中の不正常な関係に終止符をうち,経済の分野では,一層の開放と自由化を指向する一連の措置を強力に推進してまいりました。開放的対外経済政策の追求は,わが国経済政策の重要課題である国民生活の質的向上,物価の安定,産業構造の高度化,国土の総合開発などの国民的要請にも合致するものであります。しかも,私は,成長第一から福祉優先へ,輸出偏重から輸入重視へと経済政策の大転換を進め,外に対しては「平和」内に向つては「福祉」の基本路線を堅持しております。このようにわが国は,アジアにおける平和的な安定勢力として,また,世界にむかつて開かれた経済社会を形成し,拡大してやまない市場を提供することによつて,世界の繁栄と平和のために積極的な貢献をしてまいります。

 日仏両国は,国際社会におけるそれぞれの地位と責務を自覚しつつ,21世紀に向う人類社会の前進のための先駆的役割を果していかねばなりません。そのための日仏協力の可能性は,通商,通貨,エネルギー,公害防止,科学技術等の分野において無限であると信じております。

 ポンピドゥー大統領閣下をはじめ,皆様が私共一行に与えられましたご歓待に感謝の意を表するとともに,日仏両国の相互協力を日欧関係の支柱とすることの念願を表明してご挨拶を終りたいと存じます。

 御静聴有難うございました。