データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ヒース首相主催晩餐会における田中内閣総理大臣挨拶

[場所] 
[年月日] 1973年10月1日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,291−294頁.
[備考] 
[全文]

 ヒース首相閣下ならびにご列席の皆様

 本日は、私共のためにかくも盛大なる晩餐会を催していただきましたことに対し、まず、一同に代わり厚くお礼申し上げたいと思います。

 私共は一昨日、由緒あるチェッカーズの別邸で週末を過ごさせていただき、美しい緑に囲まれた中で、寛いた気分で貴首相とも懇親を深めることができました。貴首相自らの心のこもったおもてなしに深く感激致しております。貴首相とは一年前に始めてお話しをした時から、気脈が相通ずるという感じを抱いておりますが、今回、貴国にまいりまして、ますますその感を強くしております。ヒース首相と私には政治家としての経歴にも、あるいは性格にも、お互いに共通点が多々あると思います。ヨットの名手であり、オーケストラを指揮し、ピアノを弾かれるヒース首相には及ばないにしても、私もことスポーツに関しては、腕前の程は昨日共にプレイしたホワイトロー大臣には遠く及びませんが、ゴルフの愛好家の一人であり、また馬術については相当の心得があります。しかし、思い起こしてみますと私がヒース首相と、かくも打ちとげて諸般の問題について話し会えるのは、実は貴国とわが国との関係が既にこのように親しい友人の間柄にあるからに他ならないからだと私は考えたいのであります。

 日英両国民交流の始まりはとおく一六〇〇年にさかのぼるのでありまして、この年ウィリアム・アダムスなる人物が英国人としてはじめてわが国に渡来し、日本に洋式帆船の技術や砲兵術を伝授したのであります。この最初の英国人との出会いは当時の日本人に強烈な印象を与え、約四百年経った今日でも、なおウィリアム・アダムスゆかりの地で毎年その功績を讃える記念行事が行なわれているのであります。

 その後、長年にわたって日本は英国から多くの文物制度をとり入れて成長致しました。シェクスピア、スイフトからサマセット・モームに至る英文学の主要作品は、日本人の心の糧となっており、日本人の心情の中には、古き良き英国と英国人のイメージが定着しています。日本語で「英国紳士」という場合には、身だしなみが良く、教養と常織ゆたかなエリートを指します。また、良質で長持ちする英国産品は、日本の消費者の間で大変評判が良く、スコッチウイスキーも今や一般日本人の消費生活に無くてはならぬものとなりました。日本は、いまや米国に次いで世界第二のスコッチウイスキー輸入国となりましたが、今年の輸入量は、倍以上の勢いで増えております。

 こうした数々の英国の強みと長所のなかで、最も特筆すべきものは、英国の皆様方の創造的英知なのであります。英国が産業革命以来絶えず世界の技術革新をリードし、また、議会民主主義の創設に先駆的役割を果たしたことは、あらためて申し上げる必要もありません。私が特に強調したいのは、今日の国際社会において、英国指導者クラスの実際的かつ建設的な頭脳が、国際社会の貴重な資産となっていることであります。今日の複雑に絡み合った国家間の利害や困難な課題を解決するには、英国的発想が一番役に立つのであります。今世紀において世界の秩序を律する国際連盟規約、国際連合憲章、その他多くの重要な国際法規は英国人によって起草されているのであります。英国人の参加があったからこそ複雑な国際紛争は法の固さに流されず、現実的なアプローチによって解決の途を与えられているのであります。英国の卓越した外交能力と技術が戦後の国際秩序の安定化に果たした役割は大きいと思います。

 私共は、このような英国及び英国人に大いなる敬意を持っており、戦後日英間の絆が地味ではありますが、着実に強固なものとなっていることは、ご同慶に堪えません。

 今後の日英関係は先程申しましたヒース首相と私との間に既にあります打ちとけた率直な関係を更に各層に拡大し、強固にすることだと私は考えます。私の今回の訪英がそのための一助ともなれば望外のよろこびであります。

 終わりに当たりまして、この素晴しい歓迎に対し、重ねて衷心より謝意を表したいと思います。  

 では、ヒース首相の御健康と御繁栄のために皆様と乾盃したいと思います。