[文書名] 総理主催晩餐会における田中内閣総理大臣挨拶
ヒース首相閣下ならびにご来賓の皆様
今日の私の貴国訪問の公式行事は、本宴席をもちまして終了するわけでありますが、まず私は一同を代表致しまして今回の訪英に際し、私どもに寄せられましたあたたかいご歓待に対し、ヒース首相をはじめ英国朝野の皆様に衷心より謝意を表したいと思います。
私は二十年前に貴国を訪れたとき、英国民が歴史に支えられた自信と伝統的な活力をもって内外で既に目ざましい活躍をしているのを、つぶさに拝見いたしました。今回、再び貴国を訪れ、貴国民の偉大な資産と英知にあらためて接することができ、極めて有意義であったと考えております。
私共日本人は、国造りの段階で英国から多くの制度文物を学び、英国人を先覚として仰いでまいりましたので、畏敬の対英イメージが定着しております。しかし今回のヒース首相をはじめとする英国指導者の方々との接触により、われわれは現在の活力にあふれた英国の姿をこれまで以上に、知悉していかなければならないと思っております。想い起しますと、明治初年に貴国の外交官として日本で縦横に活躍したサー・アーネスト・サトウは、訪日前わが国を東洋の神秘の国として捉え、日本はこの世ながらのおとぎの国と期待したと彼の伝記に記しております。彼は、滞日二十五日の間、日本の文物をくまなく研究し、日本の正しい姿を世に紹介するうえで大きな業績を果たしました。当時の英国人は「知られざる日本」の探究に伝統的なパイオニア精神を発揮し、多くの分野で日本の発見に驚くべき才能を発揮したのであります。今から百年以上も前のことになりますが、富士山に始めて登頂した外国人はオールコック初代英国公使でありました。始めて富士山を征服した外国人女性も英国人、ハリー・パークス公使の夫人でありました。私はこのような英国人の貪欲なまでの日本再発見の努力が現在の日本について、しかも国民各層にわたって幅広く行われることを心から期待するものであります。
戦後四半世紀以上の間、われわれは、国家の再建に寸暇を惜しんでまいりましたが、今やこのような過渡期は終わりました。今日の日本は、外に向かっては大きく開放され、内にあつては最も民主的な、また最も言論の自由な平和国家の一つであります。全国津々浦々、日本人は自由と平和のありがたさを噛みしめなから、より良き生活の質を追求しております。英国人が日本を知ろうとする上で、歴史、文化、言葉を異にすることからくる障害はありますが、日本人は不可解な東洋人ではありません。自由と平和、さらに個人の尊厳と豊かさを求めるうえで貴国民と共通の地盤に立っていることを強調したいと思います。私がプレス協会主催の午餐で日欧間の対話の深化を訴え、また貴国の大学に日本研究促進のための基金を寄贈いたしましたのは以上のような考えに基くものであります。
日英両国は、ともに天然資源に恵まれない島国で、海洋での活動や貿易に大きく国富を依存しているという海洋国家であります。さらにわれわれ世代の、日英両国民は、絶えず進歩に向かっての活力に溢れ、最新の技術と創造的英知によって、ともに世界の文明にユニークな貢献をすることができる立場にあります。世界経済の多極化構造を背景に、ヒース首相もたびたび申されているとおり、今後の国際秩序において日米欧三者の密接な協力が必要であることは今更多言を要しません。私はヒース首相が欧州において新しいビジョンに基づいて建設的創造的な発言をされていることを高く評価するものであります。
昨晩も申し上げましたように、幸い日英両国の関係は最近特に目に見えて強化されつつありますことは御同慶の至りであります。一昨年の両陛下の御訪英や昨秋のヒース首相の訪日更には最近のケント公御夫妻の訪日はそれを象徴する画期的な出来事でありましたが、私はここにエリザベス女王陛下ならびにエディンバラ公が近い将来わが国を訪問されるようにとの、わが国民の期待をお伝えしたいと思います。
結びに当たり、今回の貴国訪問に対し与えられました心のこもったご配慮に対し重ねて深甚なる謝意を表するとともにヒース首相のご健康とご繁栄を祈念致しまして乾盃したいと思います。