データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ドイツ経済界代表との懇談における田中内閣総理大臣挨拶

[場所] 
[年月日] 1973年10月3日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,305−307頁.
[備考] 
[全文]

 ゾール会長、ご列席の皆様

 本日ドイツ経済界において、ひいては欧州共同体において指導的役割を演じておられる皆様と親しく懇談する機会を得ましたことは、私の大きな喜びであります。特にゾール会長が外国旅行の予定を変更して、本日の司会をお引き受け下さったことに対し、心から御礼申し上げます。

 日独両国は戦後、国民のたゆみない努力により、しばしば「奇蹟」と形容される復興をなしとげ、今や米国及び他のEC諸国と並んで世界における自由経済の担い手として国際経済発展の重責を分ち合っております。しかもドイツ連邦共和国は、西欧における日本の最大の貿易相手国であり、他のEC諸国に較べてもよりリベラルな対外経済政策を唱導し、その実現に努力されております。この点こそ、私が本日の会合に大きな期待を寄せている所以なのであります。

 過去二十年間を通じ、両国の経済関係は、幸いに拡大の一途を辿ってまいりました。昨年の両国間の貿易総額は五十億マルクを上回り、本年上半期の貿易額も三十億マルクを超えております。しかし、高度に工業化され、GNP一兆四千億マルクに達する両国の経済力に思いを致すとき、両国間の経済交流は、なお徴々たるものであります。このことは、日本と拡大ECの関係についても同様であります。ところが、最近、日本製品が欧州を席捲するのではないかという危慎が、一部に伝えられております。しかしながら、わが国の市場が、常にドイツの商品、資本および技術のために提供されており、また、両国が、つねに拡大均衡を指向していることに思いをいたすならば、この誇張された危惧は、調整のつかない問題ではありません。

 日本には、二、三年前から、対米貿易において、繊維品の対米自主規制問題、貿易収支の大きなアンバランスの是正問題等々をめぐって緊張した空気が醸成されていました。しかし、両国の政府および国民のたゆまぬ努力によって、大半の問題は解決いたしました。世界の一部の地域には経済的、社会的分野において、閉鎖的ないし保護主義的な傾向がみられております。これは、人類のために大きな損失であることを憂慮いたします。幸いに、自由な経済を基調として、より開放された世界経済の拡大をはかることにより、人類の平和と繁栄に貢献しようとする点で日独間の見解は、基本的には一致しております。私は日独両国が、一層の理解を深め協力をすることによって、永続する世界の平和の創造と経済秩序の再建に大きく寄与しなければならないし、また寄与しうるものと確信いたします。その意味で、九月のガット閣僚会議で採択された東京宣言は、新国際ラウンドの開始を告げるものであります。これは「世界の諸国民の生活水準と福祉の改善」を最終目標として、通商の側面から国際経済の新しい体制づくりに向かって画期的な一歩をふみだしたものであり、歴史的にも重要な意義をもつものと考えます。

 世界は、いま、通貨、インフレーション、資源、環境などの難問に直面しております。これらの問題は、日独両国にとって共通の関心事であります。日独両国は、先進工業国としての責任と能力を基盤として、これらの分野において、応分の貢献を行なわなければなりません。また、自由と民主主義という共通の理念で結びつけられた日本とドイツ連邦共和国の緊密な提携は、世界平和の維持と諸国民の福祉の増進のために、はかり知れぬ重要性を持っております。貴国のみならず、ひろく欧州に多大の影響力をお待ちの皆様方が、この点に理解を示され、ご協力下さることを心から期待するものであります。

 ご静聴ありがとうございました。