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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ファン・カルロス・スペイン国王及びソフィア王妃歓迎午餐会における鈴木内閣総理大臣の挨拶

[場所] 首相官邸
[年月日] 1980年10月29日
[出典] 鈴木内閣総理大臣演説集,245−247頁.
[備考] 
[全文]

 本日、ファン・カルロス国王陛下、ソフィア王妃陛下並びに御随行の皆様をここにお迎えすることができましたことは私にとって大きな名誉であり喜びであります。

 国王陛下におかれましては、五年前スペイン国民の大きな期待を担って王位に就かれて以来、国内の民主的変革に中心的役割をはたされ、自由と民主主義を基盤とする新生スペインへの移行にあたって偉大な貢献をされました。ここに国王陛下のこうした御努力に改めて敬意を表したいと思います。

 まずお断りしておかなければなりませんが、私は残念ながら、これまでスペインを訪問したことがありません。したがって、貴国のあたたかい人情風俗、そのすばらしい風光などについては、膚で感ずる機会がなかったわけであります。しかし、私は、わが国に、むかしから紹介されているスペインのすぐれた文学や芸術、あるいは貴国を訪れたひとびとから耳にする話によりまして、スペインの国民が、理想を追求するにあたりきわめて情熱的、行動的であり、いかなる逆境にあっても、決して高潔な志を失わない民族であるということを承知いたしております。

 我が国の国民もまた、貴国と同様に、物質的価値よりも精神的価値を重んじ、また歴史や文化の伝統を誇りといたしてまいりました。

 スペインと我が国とは、本年七月に開設された直通航空路をもってしても、片道二十時間を要する遠隔の地にありますが、私は、両国国民の国民性に、きわめて共通するものを感じるのであります。

 ファン・カルロス国王陛下並びに王妃陛下には、国王御即位以前にも、すでに三たび我が国を訪問されたとうかがっております。私は、両陛下におかれても、このような我が国の伝統や国民性に、何らかの共感をお寄せいただいているのではないかと思うのであります。

 スペインを訪れる我が国の観光客の数は、近年とみに増えてまいりました。これは、貴国の観光政策の成功を物語るものであると同時に、我が国の国民がスペインに対して、親近感を深めつつあることの証左であると思います。

 気候寒冷なヨーロッパ諸国の中において、スペインは太陽の光輝く明るい国であり、我が国もまた、貴国と緯度をほぼひとしくする温暖の国であります。また、その食事も米や魚を巧みに料理する点で共通しており、我が国の旅行者がスペインを訪れて、他の西欧諸国では感ずることのできない身近さを感じても不思議ではありません。

 さらに、スペイン語と日本語はその発音において共通するところがあります。スペインは兄弟の国が多いので、貴国を訪れたことのない私も、スペイン語が話される場所に身を置いたことがありましたが、私は、貴国の言葉が、我我日本人の耳にまことに快く響くことを実感いたしたのであります。

 もう一つだけ、スペインと我が国が共通と感じられる点を申しあげましょう。それは、両国の国民は、いずれも、家族の睦み合いや結束を大切にするということであります。敬老の精神が厚いことも共通しているのではないでしょうか。

 我が国には、[[undef12]]兄弟牆{かきとルビ}に鬩{せめとルビ}げども外その侮りを禦ぐ[[undef12]]という格言があります。これは、同じ家にいる兄弟は、たとえ、利害がちがっても、事にあたって一致結束するという意味であります。私は、先般、国政の責任を負うにあたって、この日本の家族の持つ良き美風すなわち、家族を結び合わせている、この[[undef12]]和[[undef12]]の精神を、施政の基本とすることにいたしました。

 ファン・カルロス国王陛下は、スペインにおけるさまざまな国民の利益を代表する多くの政党の主張を、一つの家に住む家族のように、調和させつつ、みごとに、新生スペインをつくりだされました。私は、この陛下の行動とそれを支える信念は、私の言う[[undef12]]和[[undef12]]の精神と一脈相通ずるものがあるように感じられてなりません。

 スペインは十六世紀の中葉、東洋の孤島であった我が国に、はじめて目をむけた数少ない西洋国家の一つであります。以来、両国交渉の歴史は、時には早く、時にはゆるやかに、四百年余にわたってつづいてきました。そしていま、両国の交流は各分野でいっそうの高まりを見せようとしております。

 スペインにとって、またスペインと我が国との関係にとって、誠に重要なこの時期に国王陛下ならびに王妃陛下をお迎えできましたことは、この上なく意義深いことであります。

 私は、両国は、ユーラシア大陸の東西両端にあっても、交流の歴史は長く、多くの共通点を有しており、今後、新たな兄弟の国として、さらに友好と協力を深めて行けるものと信じております。

 両陛下の今回の御訪日は短期間ではありますが、我が国各界の人々と広く接触され、また我が国の最近の事情を御視察になって、御旅行が実り多いものとなりますよう切望いたします。

 それでは御挨拶を終えるに当たりファン・カルロス国王陛下、ソフィア王妃陛下の御健康と御多幸、スペインの繁栄、更に我が国とスペイン両国の永遠の友好を祈って皆様とともに杯を上げたいと思います。