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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ミッテラン・フランス共和国大統領歓迎午餐会における鈴木内閣総理大臣の挨拶

[場所] 首相官邸
[年月日] 1982年4月16日
[出典] 鈴木内閣総理大臣演説集,269−271頁.
[備考] 
[全文]

 ミッテラン大統領閣下御夫妻、並びに御列席の皆様

 本日ここにフランス共和国大統領閣下御夫妻並びに御一行をお迎えできますことは、私にとってこの上もない喜びであり、かつ光栄であります。私はここに、日本国政府及び国民を代表し、心から歓迎の意を表するものであります。私達は、百年にわたる伝統ある日仏両国の交流史上初めてフランス共和国大統領を我が国に公式にお迎えしたのでありますが、閣下の御訪日は、両国の友好関係増進にとり極めて意義深いものであります。

 私はここに、閣下との東京における再会を喜ぶとともに、昨年六月私が貴国を訪問しました際に貴国の政府及び国民の皆様から心暖まるおもてなしを受けましたことに更めて衷心より御礼申しあげます。

 大統領閣下

 日仏両国の交流の歩みの中で今日ほど両国の関係強化の気運が盛り上がりを見せている時期はありません。フランスが美しいパリの都をもった芸術と文化の大国であることは、我が国では夙に知られております。閣下の御来訪は、貴国がそれに加えて科学技術の分野でも世界の最先端の水準を誇る偉大な国であることを改めて印象づけ、我が国民がフランスをより一層畏敬と親近の念をもって理解する機会となることでしょう。

 我が国もまた、例えば鉄鋼業において高い水準に到達しておりますが、実は、我が国最初の製鉄所は、仏人技師フランソワ・ヴェルニーの協力により、一八六五年横須賀に建設されたのであります。それから九十九年後、我が国は六百キロ離れた東京と大阪を三時間で結ぶ東海道新幹線を完成しました。

 昨年フランス国鉄がこれを凌駕する超特急の運転を開始した時、我が国の一部には貴国に王座を明け渡したことを悔やむ声もなくはなかったのですが、私は逆にこれこそ健全な競争のあるべき姿であると考えるものであります。貴国の挙げられた成果に敬意を表するとともに、次回フランスを訪問する機会には、この超特急でパリからリヨンへの旅を楽しみたいと思っております。

 大統領閣下

 閣下の御烱眼は、この街の角々にある数多くのフランス・レストランの看板を見落とされなかったことでしょう。貴国の言葉で書かれたこれらの看板は、我が国の生活の中にフランス的なものが如何に深く浸透しているかということの証左でありますが、私は同時に料理芸術の分野でも両国間の交流がさかんになってきている事実を指摘したいと思います。

 我が国においてフランス料理を愛好するものが急速に増えている一方、貴国においても近年日本料理からヒントを得て調理に際してできるだけ素材の「生」の味を生かし、また盛り付けや皿にも心を配って見た目にも美しい料理を供するという動きが出てきていると伺っております。

 このことはそれぞれに長い歴史と伝統に培われた独自の文化をもつ両国が、相互に敬意を抱き、自らの特色を生かしつつ一歩踏み込んだ交流を進めるならば、文化の多様性と豊かさを培う契機となることを象徴しているのではないでしょうか。

 大統領閣下

 変転極まりない当今の国際情勢の下では自由と民主主義という共通の価値観を分かち合う国同士が緊密な関係を維持、増進していくことが極めて重要であります。

 このたび、自由と人間らしさを求める伝統の灯が燃え続けている貴国から、卓越した政治家として、長い経歴の中で一貫して自由の精神のために献身されて来た閣下をお迎えできたことは、ひとしおの喜びであります。

 昨日午後、私は大統領閣下と親しく会談する機会を得ましたが、会談は極めて実り多いものでありました。私は、閣下との会談が共通の価値観と世界に対する共通の責任の上に築き上げられた両国の絆を一層強固なものとするため重要な契機となることを信じて疑いません。

 また大統領閣下は、来る六月初旬ヴェルサイユにおいて開催される主要国首脳会議の議長を務められます。

 この会議は困難な局面にある世界経済を各国の協力のもとに再活性化するための方途をさぐることを課題とするものとなりましょうが、私はヴェルサイユ・サミットが閣下の英知と指導力により大きな成功を収めることを確信しています。

 御列席の皆様

 ここに皆様とともに杯を挙げ、ミッテラン大統領閣下御夫妻の御健康を祝し、フランス共和国国民の御繁栄と日仏友好関係の一層の発展を念じて乾杯いたしたいと思います。