[文書名] デミータ首相主催午餐会における竹下内閣総理大臣のスピーチ
デミータ首相並びにご列席の皆様
まずはじめに、私は、此の度の新政権の門出に対して、心からのお祝いを申し上げます。
貴国は、八〇年代当初連立五党による内閣が成立して以来、政治の安定が確保され、経済は順調に発展し、国民生活は向上して、その国際的地位を一段と高めました。
デミータ首相は、議会第一党たるキリスト教民主党の幹事長として、この連立政権を支えるため粉骨砕身し、とりわけ八五年の大統領選挙においては五党のまとめ役として活躍され、その結果、第一回投票のみでコッシーガ大統領が選出されるというイタリア戦後政治史上初の快挙が達成されました。党務の重要性とその困難さにつきいささか知る者の一人として、深い敬意を表する次第です。
今般、貴首相は、自ら新政権を率いられることになりましたが、それは高潔な人格、豊かな識見、そして卓越した政治手腕がいかに高く評価されているかを示すものと言えましょう。
私は、本日、初めてお目にかかりましたが、極めて隔意ない会談を行うことができました。そして、その席上、イタリア政界で信望を得ておられる理由の一端に触れ、強い感銘を覚えたのであります。
デミータ首相並びにご列席の皆様
今日世界は、二十一世妃に向けて、滔々たる変革の歩みを進めております。我々は、こうした中で、未来に通ずる世界を模索し、構築していかなければなりません。
私は、このような世界を支える基本的な枠組みは、日欧米の三極の連帯と協調であると信じております。これを強固で揺るがないものとするには、三極間に相互理解に基づく緊密な協力関係が不可欠であります。私は、このような相互理解の前提となるのは、関係国間及び国民間の信頼と友情であると考えます。私たちは、「すべての道はローマに通ず」という有名な言葉を知っていますが、私のこのたびの欧州歴訪は、まさにローマから始まりました。いずれにしても、私がイタリアを最初の訪問国といたしましたのは、日伊両国間のきずなを一層強化したいとの切なる願いからであります。その点、今日の日伊両国関係は長い歴史の中でも極めて理想的なものであると考えます。
第一は、日伊両国民が、距離に隔てられながらも、古くから互いに強い関心を抱いていたということであります。貴国は、西方世界に属しつつも、東方との交流に情熱を注いでこられました。我が国を西欧に初めて紹介したのが、貴国のヴェネチア人、マルコ・ポーロであることは、今やあまりにも有名であります。我が国もまた、十六世紀後半と十七世紀初頭に、ここローマに使節を派遣しました。これ以後の日本の伝統的芸術の中に貴国の影響を明らかに見出すことができるのであります。
第二は、両国が、我が国の明治開国以降今日まで、一貫して友好協力の関係にあったということであります。
とりわけ、我が国はその近代化過程で先進国たる貴国の支援を受け、貴国から美術教師や技術者を招いて、蚕糸業、印刷技術、司法、法律制度、軍事工学あるいは美術教育に近代の風を吹き入れることができました。なかでも造幣技術の確立に協力し、後継技術者の養成も行ったエドアルド・キオッソーネの功績は特筆されるものがありましょう。
以後、両国関係は次第に深まりましたが、今や政治、経済、文化、科学、産業など広い分野において両国は、新しい交流を深めていくべき時代を迎えています。要人の往来も急速に活発化し、この半年の間にも我が国から投資環境調査団、経団連ミッションがイタリアを訪問する一方、貴国からはIRIミッション、イタリア銀行調査団が釆日しました。
第三に、私は、次代を担う若者たちの間にお互いの文化への関心が近年急激な高まりを見せつつあることを挙げたいと思います。
私が日本で見聞きする範囲におきましても、東京のイタリア料理店は、食事時になると若者たちであふれ、楽しい雰囲気に満ち満ちております。
また、イタリアのデザインは若者たちの心を強く惹きつけており、服装、靴、アクセサリー、家具、さらには自動車をはじめ各種の工業製品で、イタリア人デザイナーの手になるものを持たぬ若者は稀であります。
他方、多くのイタリアの青年も、柔道、空手、合気道といった日本古来のスポーツに精を出すと聞いておりますし、また、現代のテクノロジーのみならず禅などの伝統的な精神文化に、あこがれを抱く人も少なくないようであります。
以上のような両国間及び両国民間の関係は将来の展望を明るく彩るものと言えます。
私は、古代から中世、ルネッサンスを経て現代にいたる偉大な貴国文化と、諸外国の影響を受けつつ独得の文化を創造してきた日本との交流は、さらに大きな実りを生みだしうるものと考えております。このたびの貴国訪問を機会に、今後一層日伊間のトータルな関係の緊密化に努力していく所存であります。
かかる観点から、本日の会談において、私は訪日を要請いたしましたところ、貴首相はこの申し出を快諾されました。
私としては、両国間首脳のこのような相互訪問が両国関係をさらに強固なものにし、これがひいては世界の平和と安定に大きく貢献するものと信じて疑いません。
デミータ首相
私は、自分の生まれ故郷をこよなく愛しております。そして、すべての人々がそれぞれの地域において、そこを自分の故郷と感じうる、豊かで、誇りをもって自らの活動を展開することができる幸せ多い社会、文化的にも経済的にも真の豊かさを持つ社会を創造することを目指し、これを「ふるさと創生」と名づけて、自分の政治活動の原点といたしております。
伺うところによれば、貴首相も、故郷ヌスコに寄せられる愛情は並み並みならぬものであるとのことであり、私は貴首相に対して強い親近感を抑えることができません。
ではご列席の皆様
デミータ首相のご健康とイタリア国民の一層の繁栄、及び日本・イタリア両国間の友好協力関係の発展のために、そして、貴首相と私のふるさとと、すべての人々のふるさとの健やかな発展のために、ここに杯を上げたいと思います。