データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ゲンシャー副首相主催晩餐会における竹下内閣総理大臣のスピーチ

[場所] 
[年月日] 1988年5月5日
[出典] 竹下内閣総理大臣演説集,172−175頁.
[備考] 
[全文]

 ゲンシャー副首相閣下,令夫人,並びにご列席の皆様

 いと麗しき五月,もろ鳥歌うこの花と新緑に満ちあふれた最も美しい時期に,ドイツ連邦共和国を訪問できましたことは,私にとってこの上ない喜びであります。

 今朝,ロンドンから当地へ飛来し,空港からギムニッヒ城へ向かう途上,雄大なるライン川の姿を眺めながら,前回のボン・サミット以来,三年ぶりに当地を訪れたことを改めて実感いたしました。

 今夕は,副首相閣下のおもてなしにより,ドイツの素晴らしいワインを賞味しながら,当地で活躍しておられる日独の皆様と親しく接する機会を設けていただきまして,心から感謝いたします。

 

 ご列席の皆様

 今日の国際社会は,政治的にも経済的にもかつてない大きな動きを見せております。このような情勢のもと,世界の平和と繁栄のため最も必要なことは,自由,民主主義,及び開かれた市場経済という価値観を共有する日米欧が,それぞれの責任を果たすとともに,その持てる力を合わせることであります。これら三極間の関係をバランスのとれた強固なものとするためには,日欧関係を一層強化,拡充することが不可欠であります。

 総理大臣就任後はじめての私の西欧諸国訪問の目的は,今日の国際社会の中で共にその国際的役割と責任を増大させつつある西欧諸国と我が国との関係を格段に高め,いわゆる日欧新時代へ向けて新たな一歩を進めることにあります。

 本日,私はヴァイツゼッカー大統領閣下及びコール首相閣下とお会いし,「世界に貢献する日本」の建設を我が内閣の最高目標とし,具体的には,「平和のための協力強化」「政府開発援助の拡充強化」「国際文化交流の抜本的強化」を三本柱として,これを推進する決意を披瀝するとともに,こうした視点からも日欧強調関係を築いていきたい旨申し述べました。両閣下のご理解とご賛同をいただきましたことは心強い限りであります。

 副首相閣下

 新たな息吹と活力を示しつつある今日の西欧の中において,貴国は,現在ECの議長国として欧州統合の推進に向け,政治的にも,経済的にも,特に重要な責任と役割を果たしています。去る二月のEC首脳会議におきましては,貴国の強力な指導力と巧みな調整により,ECの財政改革,農業支出問題等,困難な問題について合意が成立しました。日本は,EC統合による自由で強い欧州の実現を強く支持するものであり,それが世界に開かれたものとなることを期待しております。

 また,今日大きな動きを見せつつある東西関係,軍備管理・軍縮問題においても,東西両陣営の接点に位置する貴国の見解や行動は,世界の平和と安全のために極めて重要でありますが,貴国はこれに極めて賢明に対処されております。そして,これら貴国の対外活動をリードしているのが,世界で最も飛行距離の長い外務大臣と言われるゲンシャー副首相閣下であることは申すまでもありません。閣下のすぐれた洞察力と識見,疲れを知らぬ東奔西走ぶりに,ここで深い敬意を表します。

 副首相閣下

 我が国にとって,貴国のように幅広い分野にわたって重要な役割を果たしている国との協力関係は,極めて重要であります。幸いにして,日独両国間には明治以来百有余年の長きにわたる伝統的な友好関係が存在しており,貴国は若い世代を含めて日本人にとって特に親近感のある国であります。日本国民は,ゲーテ,シラーの文学やバッハ,ベートーヴェンの音楽に代表されるドイツの伝統的文化を敬愛しておりますし,また貴国民のうちには日本文化に関心を寄せる人々が少なくありません。日独両国は積極的な協力関係を進める上で,最も相応しいパートナーであると言えましょう。

 古くから緊密な関係にある日独両国は,その交流を一層深め,これを梃子として日欧の絆をより強いものとしなければなりません。いまや日独両国にとってその機は熟してきました。貿易面では両国の努力によって,貴国から我が国への輸入が自動車や医療機器等を中心に大幅に増えてきました。産業協力も大きく進みつつあります。

 相互理解と交流の分野における今後の重要な拠点として,ベルリン日独センターもできあがりました。同センターは,学術,政治,経済,文化等,幅広い分野にわたって日独間のみならず日欧間の交流を進める「出会いの場」であり,今後大きく育てていきたいものであります。

 他方,貴国は現在,日本の社会,経済,文化を研究するため,本年一月,シーボルト財団の設立を発表し,近く東京にドイツ日本研究所を設置する運びであると聞きます。また,近年,貴国においては,日本及び日本語に対する関心が急激に高まり,貴国全体で日本語を学ぶ大学生の数は五千人以上と,一九七五年当時に比べると約四十倍近くにもなっているとお聞きしておりますが,私は,貴国と協議しつつできる限りの対応を行いたいと考えております。

 日独間のこのような好機を逃すことなく,私は,日本の総理大臣として,貴国とのパートナーシッブを構築するため,最大限の努力を行ってまいりたいと存じます。

 副首相閣下,並びにご列席の皆様

 私は,日本の西北に位置する島根県に生まれました。島根は古い伝統文化を有しておりますが,首都東京からは遠く,冬には雪に閉ざされる地方であります。私はこのふるさとを強く愛しており,これを立派なものにしたいという願いが,私が政治を志した最初の動機でした。

 日本語の「ふるさと」という言葉は,ドイツ語の「ハイマート」という言葉と似ていると聞きます。それはただ単に,その人が生まれた土地を意味するだけではなく,いわばその人の魂の原点,あるいは,全存在の証しを意味します。ともすれば,利害のみに走りやすい昨今の世相の中で,人がふるさとを思うような心こそ,政治に最も必要ではないかと考え,私は「ふるさと創生」を自らの政治活動の理念といたしております。

 貴国は,歴史的に各地域が独自の気風と高い文化を有しており,人々はそれを誇りにされていると聞きます。私はこのような各地域の独自性と活力こそ国家と国民生活の真の豊かさの基盤であり,世界に貢献する国家としての前提であると信じます。私は,自分の目指す「ふるさと創生」の政治を実現するためにも,こうした貴国の在り方から多くを学び吸収していきたいと思います。

 二十一世紀を目前にしたいま,日独両国民は,共に手を携え歩調を合わせて,世界の平和と繁栄のため力強く前進しようではありませんか。

 副首相閣下並びにご列席の皆様

 それではここに盃を上げ,ゲンシャー副首相閣下並びに令夫人のご健康と日独及び日欧関係の一層の発展を祈念し,乾杯したいと思います。