データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] イラク軍のクウエイト侵攻(ナカソネ元総理とフセイン大統領とのテタテ会談)(イラク軍のクエート侵攻(中曽根元総理とフセイン大統領とのテタテ会談))

[場所] イラク
[年月日] 1990年11月4日
[出典] 外務省
[備考] 主管課緊急処理用
[全文] 

総番号 R223555

平成2年11月5日{約6文字黒塗り}  イラク発

平成2年11月6日{約6文字黒塗り}  本省着

主管 中近東アフリカ局長


外務大臣殿            片倉大使


(部内連絡)


極秘 大至急

(分割電報 2の1)

ワタナベ近ア局長へ

往電第3325号に関し、

4日ナカソネ元総理及び自民党議員団一行は、10時からのラマダン第一副首相との会談に引き続き、11時半から14時までフセイン大統領との会談を行い、同全体会談の後15時までの1時間にわたつてl対1の全く余人を混えざるテタテ会談(通訳ミヤモト)を行つたところ、通訳のメモによる本件会談のやりとりは次のとおり。なお本電はあくまでも通訳のメモによつて取りあえず報告するものであり、正式な電報は改めてナカソネ元総理の目を通した上で発電するので、本電の取扱については十分留意願いたい。


  記

(ナカソネ元総理)

自分は1974年に貴国を訪問し、それを機会に日・イラク友好議員連盟及び日・アラブ友好議員連盟の設立にこぎつけ、その後総理に就任するまでの間、両友好議員連盟の会長を努めた。自分が総理になつてからは、現衆議院議員のサクラウチ氏が両連盟の会長を努めその間、日・イラク間の相互交流が活発化したが、とりわけ、イラクのせい年団を日本へ招へいしたり、じゆう道や空手の日本のせい年を貴国へ派遣したりという具合に、せい少年の相互交流が進められた。

今年の6月、実はあにが東京のある大学病院に入院したが、あにの病室のとなりのとなりの病室には貴大統領のおく様が入院しておられることが分かつた。そこで、自分はおく様の担当いに対して、彼女は自分の友のおく様であるので、じゆう分な配慮を申し入れた次第である。(フセイン大統領より、心から感謝するとの発言)

また、今回のわが代表団の飛行機には、大量のいやく品を積み込んできたが、このいやく品は、バアス党あるいはせき新月社に引き渡す予定である。

実際の話として、自分は現在の状況を非常に心配している。現在の危機的状況は、単にクウエイト問題の存在のみならず、イラクがこの地域において強大な国となり、原爆や長きよ離ミサイルまで生産するに至つたためにイラクを倒すべきであるとする国が、このしゆうへん国の間にも、またアメリカ等の域外の国の中にも出現してきたことにも原因があると考えている。

戦争ぼつ発の危険性は、今すぐというわけではないが、この11月末から12月にかけて、極めて高くなるのではないかと危ぐしている。

自分は、貴大統領が革命成就後に懸命の努力をしてきずき上げてきたこの立派な国が破かいされる様を決して目にしたくない。

戦争のひさんさは、われわれ自身太平洋戦争の体験からいたいほど良く承知しており、貴国についてもその点を心配している次第である。

自分は、クウエイトの問題については、貴国に同情すべき点も多々あると思う。この地域の国境問題は、日本やヨーロッパ諸国のような NATION STATE とはその性格が違うと思う。即ち、この地域の国境は、さばくの上に勝手に線を引いたものに過ぎないからである。そして、そこには歴史的な事情というものが存在するわけである。

(フセイン大統領)

一言確認申し上げたいことは、本年の8月2日以前には、イラクとクウエイト間の国境は全く定まつていなかつたという事実である。

(ナカソネ元総理)

クウエイトがイラクの石油をとうくつしたという話も本当のことでしようね

(フセイン大紘領)

それは、クウエイト自身が認めたことで、現にジエッダでの会合ではクウエイト側から、とうくつした石油の金額について数字を出してきたほどである。

(ナカソネ元総理)

24億ドルとかいう話ですね

(フセイン大統領)

そのぐらいであろう。

(ナカソネ元総理)

そこで、自分としては、アラブの中で合理的な解決がはかられるような、今一歩の新たなイニシアチブを出していただければと願う。

それは同時に、米国等に武力行使の口実を与えないことにもなる。自分は、米国の新聞を読んでいて、米国は今大きな悪む、 NIGHT MAREを 見ているという記事を良く見かける。即ち、イラクがクウエイ卜から撤退してしまうことで、米国が武力行使の口実を失つてしまうという悪むである。

自分が思うに、ブッシュ大統領は元来おく病な性格であり、自分1人では米国1国ではなかなか武力行使の決断をすることが出来ないので、ソ連や中国に米国への同調を求めているのだと思う。そして、もし米国が武力行使の意思を固めたとした場合、先ずソ連についていえば、ソ連はちんもくを守り、すべてを米国に任せてしまう恐れがある。ソ連は経済的に極めて厳しい状況にあり、日本に対してもローンの提供を申し入れてきているほどなので、とても他国のことにじゆう分な配慮を払うだけの余ゆうがないと思う。

(フセイン大統領)

ソ連からのローン提供の申し入れについては、日本政府は同意したのか

(ナカソネ元総理)

来年4月にゴルバチョフ大統領が訪日する予定になつているが、その際北方領土問題ともからめて話し合うこととなつている。ソ連はそういう状況であるから、貴国にとつては、むしろ中国の方が頼りになる存在であると思う。いずれにしても究極的には、世界全体がパレスチナ問題やレバノン問題にも真けんに取り組んでいく意思を表明する必要があると思う。

しかし、ここでくり返して申し上げたいことは、貴大統領に、クウエイト問題そのものについての新たな和平イニシアチブを打ち出していただきたいということである。

これは、米国に軍事かい入の口実を与えないために必要なことであり、そしてこれからの1ヶ月間が勝負だと思う。

英国のサッチャー首相と米国のブッシュ大統領には、人的なぎせいを出しても戦争を行おうと考える可能性があるだけに、今申し上げた新たな和平イニシアチブというものがぜ非求められるわけである。

(フセイン大統領)

これまで、今回の事件についてのはい景というものをお話ししてきたが、更に確認申し上げたいことは、イラク軍がクウエイトに入つたのが8月2日で、イラクとクウエイトとの合ぺい宣言は8月8日であり、その間6日間という時間があつたことである。即ち、イラクは、米国がこの地域に軍隊を派遣して戦争の危険が高まつたために、クウエイトに入つたイラク軍兵士にクウエイト防衛のための志気を高めるために合ぺいを宣言せざるをえなくなったわけである。

御承知のことかもしれないが、事件後、イラク、サウデイ、エジプト、ジョルダン及びイエメンの5ケ国で本事件解決のためのミニ・サミットを開こうということになり、サミットの日時も8月5日、場所もサウデイということで合意がなされた経緯があつた。しかしながら、事件後米国のチュイニー国防長官がサウデイを訪れるなどして、結局同サミットはお流れになつてしまつたわけである。これには、エジプト、ジョルダン、イエメンの首のうも全くおどろいてしまつた。もし、このミニ・サミットが開催されていたとしたならば、この問題は解決策が見出だされたであろう。

しかしながら、米国がかい入することによつて事態は複雑になり、結局、アラブにとつても国際社会にとつても問題解決の絶好のチャンスを失つてしまつたわけである。そして現在、ブッシュ大紡領とサッチャー首相が最も強こうな立場をとり、サッチャー首相はあるいはブッシュ大統領以上に強こうといえるかもしれない。加えて、エジプトのムバラク大統領と、もち論クウエイトのジャービル元首長を加えた人たちが、強こうな立場をとり続けているわけである。

いずれにしても、この地域に外国の軍隊が存在し、その集結の度合を高めてきたことに対する当然の対応として、われわれはクウエイトヘ入つたイラク軍兵士に大して{前3文字ママ}「クウエイトはバグダッドと同じくきみたちの国なのだからしつかり守れ」というふうにその士気を高めるべく、8月8日にクウエイトの統合を宣言した次第である。そしてその後、外国軍隊の集結の度合が更に高まり、反イラクの敵意も増してきたことから、戦争の危険が高まつてきたと判断したことから、イランに対してじゆう軟なし勢を示さざるを得なくなつた。即ち、8月14日、イランに対し、シャトル・アラブ川の領有権等について一方的に譲歩せざるを得なくなつた次第である。ナカソネ元総理に、友人としてもう一度確認申し上げたいことは、米国こそが事態を複雑にしてしまつた元きようであり、この地域へあわてて軍隊を派遣したことは、ブッシュは全くバカなことをしたとしか言いようがない。

現在、イラク国民は、厳しい経済制裁、経済ふうさにたえているが、これはクウエイトを手にしているが故にできることである。

これでもし、クウエイトから撤退するなどということになれば、イラク国民は、「シャトル・アラブ川を譲り、経済ふうさを受けた上、何故更にまたクウエイトまで手放さなければならないのか」とさわぎ出すに違いない。

であるから、現下の状況においては、イラクの政治家のだれ1人として、クウエイトからの撤退を口にすることは出来ないである。

われわれは、包括的な和平というものが不可欠であると考えており、即ち、いわゆるクウエイト問題だけを独立に取り扱うのではなく、パレスチナ問題やレバノン問題等の他の問題といつしよに取り扱うことが必要だと考える。そして、ナカソネ元総理より、イラク側から新たな和平イニシアテイヴが出されることが望まれるというお話があつたが、われわれとしては、米国にこそ新たなイニシアテイヴを出すことが求められていると考える。また、アラブ諸国等からこれまで種々のイニシアテイヴ的なものが出されたが、米国はこれをことごとくつぶすことに意を用いているようであり、先般の(サウデイの)スルタン国防相の発言に対する圧力行使等その良い例である。

(続く)



総番号 R223556

平成2年11月5日{約6文字黒塗り}  イラク発

平成2年11月6日{約6文字黒塗り}  本省着

主管 中近東アフリカ局長


外務大臣殿            片倉大使

(部内連絡)

極秘 大至急

11月5日付近ア局長当て往電部内連絡分割電報 2の2

(ナカソネ元総理)

サウデイはイラクと対話したいと考えているようであるが、

(フセイン大統領)

自分もそう思う。もし、この問題をサウデイとイラクに任せてくれるならば、問題は容易に解決しよう。

(ナカソネ元総理)

クウエイトのジャービル政権は、国民の間で非常に不人気であつたと思う。自分も以前、ジャービル首長に会つた経験では大変ごうまんな印象を受けた。

そこで、もしイラクがクウエイトから完全に、あるいは部分的にでも撤退をし、クウエイトにおいてレファンダム・国民投票を実施すれば、クウエイト国民が果たしてジャービル首長の帰国を望んでいるかどうかはつきりするわけであり、また、クウエイト国民が、イラクとの統合を望んでいるかどうか、あるいは、如何なる政体を望んでいるのか等について明確になつてくると思う。そのやり方はいろいろあると思うが、いずれにしてもクウエイト国民には親イラクの人たちが多いと考えられるころ、結局のところ、イラクが望む結果を得られるのではないかと思う。

米軍の派遣は、サウデイが求めたことであるので、もしイラクがクウエイトから撤退すれば、サウデイは米軍の駐留を認める理由はなくなるわけであり、また米軍もサウデイにとどまる口実を失うわけである。

サウデイにとつては来年のじゆんれいのき節まで現在のように外国軍隊を駐留させたままにしておくことは決して望んでいないに違いない。以上のことは、自分の個人的なアイデイアにすぎないが、もし貴大統領が新たな和平イニシアテイヴを打ち出せば、それはサウデイをはじめとするアラブ世界においてこう定的な反応・共めいというものを得ることができると思う。

(フセイン大統領)

われわれにとつても、またあなたがたにとつても、更にこの地域や世界全体にとつても、この地域に平和と安定が実現されることは共通の願いであり、この地域の国々が、安心して将来の設計が出来る状況を望む次第である。

(ナカソネ元総理)

貴大統領が言われるように、達成されるべき平和は、包括的な平和でなければならないと考える。

(フセイン大統領)

そして、包括的な和平というものは、単に1つの問題を解決しても、他に様々の問題がとり残されたままであるというような状況では、決して達成されないと思う。

(ナカソネ元総理)

しかし、様々な問題を、一時に解決するということは無理なことであり、1つ1つ順を追つて解決していくように努めるべきと考える。

(フセイン大統領)

1つ1つと言われるが、実際の話、アラブ諸国には、いわゆる国際社会の約束というものをそのまま信用できないという面もある。例えば、パレスチナ問題についても、1948年以来、様々な決議が出されながら、未だに実施されず、パレスチナ人は今もなお毎日のようにさつ害されているわけである。レバノンについても然りで、1975年の内戦ぼつ発以来問題はちゆうぶらりんにされたままである。

もし米軍の駐留が長期化するならば、アラブ人民の米国に対するけん悪感は益々強いものになつていくと思われ、これは決して米国の利益にはならない。即ち、アラブの問題はアラブに任せるということに利益があると思う。

(ナカソネ元総理)

このような長時間の会談をもつていただき、心から感謝申し上げる。非常に有意義な会談であつたと思う。

(フセイン大統領)

自分もそう思う。親しい友人の訪問に、改めてかん迎の意を表したい。

(ナカソネ元総理)

もし出来れば、またの機会にぜ非お目にかかりたいと思う。

(フセイン大統領)

イン・シャー・アッラー(かみのおぼしめしあらば)

イタリア(オワダ外審)に転電した。(了)