[文書名] オーストラリアの対日ガツト三十五条援用撤回についての記事資料
一、交渉の経緯
(一) オーストラリアは戦後日本品に対し厳しい輸入制限を実施し、昭和三十年日本がガットに加入した際には他の英連邦諸国とともにガット三十五条を援用し、わが国とガット関係に入ることを拒否した。日本品は関税制度上最高税率の適用を受け、また輸入制度上も綿、人絹織物、陶器、ミシン、玩具など多数の品目が特別の輸入枠によつて差別的に制限されていた。
これに反し、わが国は同国から羊毛、小麦、大麦、砂糖などを大量に買付けていたため両国間の貿易は常に日本側の大幅な入超となっていた。
(二) このため、政府は昭和三十一年十一月からキャンベラでオーストラリアと通商協定を結ぶための交渉を始め、翌年七月妥結した。
この協定は関税の最恵国待遇、輸出入制限の無差別待遇を規定するとともに、市場こう乱の際は両国間で協議し、また輸入国は協定の義務を停止できるいわゆるセーフガード条項をおいていた。また合意議事録においては、わが国は、
(イ) オーストラリア産羊毛について、外貨割当額の九十パーセント以上のグローバル・クォータの下で競争する機会を与えること
(ロ) オーストラリア産小麦および大麦の輸入について差別的取扱を行なわないこと
(ハ) オーストラリア産砂糖についてドル・ポンド共通クォータまたはポンド・クォータの下で競争する機会を与えること
(ニ) 協定署名後三年間羊毛の輸入関税を引上げないこと
を約束したが、他方オーストラリアは三年間に日豪間のガット関係確立の可能性を探究し、そのため日本政府と討議することを約束するとともに、オーストラリア側は協定第五条の措置を軽々には執らず、事前に必ず日本側と協議するし、また最低必要期間に限定することを約束した。
(三) この通商協定の成立により、両国間の貿易は年々順調に拡大し、特にわが国の対豪輸出は飛躍的な伸びをみせ昨年の対豪輸出は協定締結前年の昭和三十一年に比し四・五倍にも達した。この間オーストラリアの対日輸出も同期間中に一・七倍の増加を示した。
しかしながら、この通商協定締結後もオーストラリアは依然ガット三十五条の対日援用の撤回を拒否したほか、協定の中にも一方の国の輸出により輸入国の市場こう乱が生じた場合には、輸入国は協定の最恵国待遇供与の義務を停止できるといういわゆる「セーフガード条項」が含まれていたため、日豪通商関係の真の安定のためには問題が残つていた。
(四) このため、政府は「昭和三十五年七月までにオーストラリアは対日ガット三十五条の援用撤回の可能性を探究する」との合意議事録の了解に基づき、オーストラリアの対日ガット三十五条援用撤回を前提とする通商協定改訂交渉を行ないたい旨、昭和三十五年四月にオーストラリアに申し入れ、同年十月から交渉が東京で行なわれた。
この交渉で、わが方はオーストラリアが対日ガット三十五条の援用を即時、かつ無条件に撤回するよう強く要求したが、オーストラリア側は援用撤回自体には異議がないが、そのためには通商協定に定められているセーフガード条項を残す必要があり、さらに両国がガット関係に入る以上、日本側がオーストラリア品に対しガットに忠実な待遇(自由化水準の向上とくに農産品の自由化推進、最低限度の商業輸入の門戸開放等)を与えるべきであり、また食管制度の下にある農産物のオーストラリアからの輸入について保証を与えるべきであるなどと主張したため、協定は無修正で延長されることになつた。
(五) しかし、この交渉の前後から、日本の経済情勢および対外関係には大きな変化がみられた。即ち、わが国は昭和三十五年後半から輸入の自由化を積極的に進め、自由化率は三十五年四月の四十一パーセントから昨年十月には八十八パーセントにまで上昇し、この自由化の効果は当然わが国の対豪輸入にも反映した。一方、わが国と諸外国との通商関係にも著しい進展がみられた。英連邦諸国のうち、マラヤは昭和三十五年八月に、ニュージーランドとガーナは三十七年三月それぞれ対日ガット三十五条の援用を撤回し、さらに昨年十一月には七年越しの交渉を続けた日英通商航海条約が署名され、英国もついに対日ガット三十五条の援用撤回に踏み切ることとなりこれを柱として欧州主要国との通商交渉も進捗した。
(六) このような情勢変化を背景に昨年十一月十七日以降キャンベラで日豪通商協定改正交渉が太田駐豪大使とカーモディ貿易副次官との間で行なわれてきた。オーストラリアの主要関心品目が農畜産物であるだけに一時は商品問題をめぐつて交渉はかなり難航し、国際経済情勢も英国のEEC加入交渉の変転やガットにおける関税一括交渉をめぐる問題の進展をみた。しかし、この間に日豪経済界の関係は著しく緊密の度を加え、去る五月には東京で両国経済界の有力者で組織された日豪合同経済委員会が開催されるに至つている。こうした内外の情勢をも背景としてこのたび交渉は漸く妥結をみるに至つた。
二、合意の主要点
(一) 通商協定改正議定書
オーストラリアの対日ガット三十五条援用撤回に伴ない、現行協定に次の修正を加える。
(イ) 通商協定が両国のガットにおける関係およびガットに基づく権利義務に影響を与えないことを規定した第四条を削除し、ガット優先条項を挿入する。
(ロ) 第五条のいわゆる「セーフガード」条項を削除する。
(ハ) 有効期間に関する第七条二項を削除し、新たな当初有効期間をこの議定書発効後三年、その後は廃棄通告がない限り自動的に延長することとする。
(二) 合意議事録
(1) 日本側は、
(イ) オーストラリア産ソフト小麦の輸入が安定した水準で維持される旨の期待を表明し、同時に米国産小麦との価格差を調整する可能性を検討する。
(ロ) 大麦の緊急輸入に際してはオーストラリア産大麦に無差別の待遇を与える。
(ハ) 羊毛と綿花との無差別待遇を保証するとも、現在のところ羊毛に関税をかける意図がないことを表明する。
(ニ) 輸入制限の対象となつている品目の対豪輸入について無差別待遇を保証するとともに、砂糖、肉のかん詰、皮革、自動車、バター、チーズの対日輸入拡大に努力する。
(2) オーストラリア側は、
(イ) 政府関係機関が重工業品の海外調達をするときには公開入札を行ない、そのさい日本品に公平な競争の機会を与えることを保証し、日本が落札できなかつた場合には日本側の要求があればその理由をできるだけ詳細に説明する。
(ロ) 暫定輸入制限措置を発動するに当つては、その程度と期間を必要最低限度に止め制限措置決定前に日本側とできるだけ十分に協議し、日本側が自主的な輸出規制を行なうさいは十分な考慮を払い、日本側がオーストラリア関係当局に対し資料や意見を提出できるようにし、また、暫定輸入制限を実施するさいも既契約をできるだけ尊重する。
(3) 両国は現行の輸入自由化を維持するよう努力する。
(三) オーストラリアの対日ガット三十五条援用撤回に関する書簡
オーストラリアは議定書の発効と同時にわが国に対するガット三十五条の援用を撤回するというものである。
(四) 暫定適用に関する交換書簡
議定書および合意議事録は議定書の批准書交換の日に発効するわけであるが、とりあえず署名と同時に行政権の範囲内で暫定的に実施することとした。
編注 ガット35条条文は下記のとおり
第三十五条 特定締約国間における協定の不適用
1 この協定又はこの協定の第二条の規定は、次の場合には、いずれかの締約国と他のいずれかの締約国との間には適用されないものとする。
(a) 両締約国が相互間の関税交渉を開始しておらず、かつ、
(b) 両締約国の一方が締約国となる時にそのいずれかの締約国がその適用に同意しない場合
2 締約国団は、締約国の要請を受けたときは、特定の場合におけるこの条の規定の運用を検討し、及び適当な勧告をすることができる。