[文書名] 第8回日豪閣僚委員会における安倍外務大臣基調演説
1.まず,第8回日豪閣僚委員会を今回開催する運びになりましたことを私は非常に嬉しく思います。本件委員会は,1972年にキャンベラで第1回会合が開催されて以後,過去10余年にわたり,日豪間の主として貿易・経済上の諸問題につき,夫々の国において関係する閣僚同士の意見交換,協議の場として,極めて有益な貢献を成してきました。1982年7月にキャンベラで第7回会合が行われて以来,双方における諸般の事情によって開催が延び延びになり,今回約3年振りに開催されるに至ったものであります。
この間に,日豪双方において政権も交替し,また,両国をとりまく世界の政治,経済情勢も大きく変わりました。更に,1984年には,ホーク首相が我が国を訪問され,また,本年1月には,中曽根総理が成功裡に貴国を訪問し,世界の主要な問題につき協議するとともに,両国間の貿易・経済問題について忌憚のない意見交換を行いました。私も右機会をとらえてヘイドン外相と有益な会合を持ちました。
今回会合においては,このような最近の両国関係の進展をも踏まえて,日豪二国間関係そして国際貿易等両国が関心を有する諸問題につき率直な意見交換を行い,21世紀へ向けての日豪関係の展望を得る機会とすることが出来れば真に意義深いものと考えます。
(国際経済情勢)
2.さて,基調演説においては,通例,国際政治情勢についても概観することになっておりますが,今次会合では,時間が限られていることもあり,右を割愛し,国際政治情勢については,必要に応じヘイドン外相と私のランチの席上議論したいと考えます。従いまして,次の国際経済情勢につき,1,2点申し述べたいと存じます。
現下の世界経済は,戦後最大といわれた不況から抜け出し,回復の途を辿りつつありますが,財政赤字,失業及び貿易の面での保護主義の高まり等依然として先進各国が,それぞれの問題を抱えるとともに開発途上国はいまや 8,000億ドルに達するといわれる累積債務問題等を抱え身動きがとれない状況に陥っております。先のボンサミットにおいては,これらの諸点につき,建設的な議論が行なわれ,その合意事項が経済宣言として採択されましたが,重要なことはこのコミットメントを実施していくことであります。特に貿易面では,新ラウンドの早期開始が重要であります。この点,豪よりドーキンス貿易大臣が出席され,私も出席した先般のストックホルム国際貿易問題閣僚会議において従来新ラウンドについて慎重であった途上国側も交渉の必要性を認めて歩み寄りを見せ,今後紆余曲折はありましょうが,9月末までの新ラウンド準備会合開催に向けての方向性が出てきたことを大変心強く思っております。もっとも一部途上国が依然慎重な態度をとっていることもあり,我が国としては,引き続き途上国に対する働きかけを積極的に行っていきたいと考えている次第であります。
(二国間関係)
3.次に,二国間関係につき所信を申し述べたいと思います。今日に至る日豪関係を一言でいえば,類まれな成功の歴史であったと申せましょう。資源に恵まれない我が国が今日の経済発展を達成する上で,鉄鉱石,石炭等に代表される豪州の資源・エネルギーが不可欠の役割を果たしたと言っても過言ではありません。また,我が国は多くの農産物を豪州から輸入してきております。他方,豪州が世界有数の一次産品輸出国となり,今日の繁栄を達成し得たのも日本という市場の存在に負うところが大きかったことも事実であります。私は,かかる相互補完的な日豪貿易・経済関係が,基本的には今後も変わるものではないことを毫も疑いません。
しかしながら,二度にわたる石油危機を契機として,我が国の従来からの資源エネルギー多消費型の産業構造は大きく変化しました。このような状況下にあって,日豪貿易経済関係の土台である資源・エネルギー貿易を双方にとって利益となるような形で推進強化していくためには,価格競争力と安定供給の問題とならんで,双方があらゆるレベルで間断なく情報と意見の交換を行っていくことが一層重要となってきております。
日豪貿易のようにその規模が大きくなれば,時として問題が出てくることもある程度不可避であります。日豪間の資源・エネルギー,農産品等の伝統的な貿易と我が国と第三国との貿易に係る問題に対する日本政府の立場は,中曽根総理自らが既に明らかにされているところであります。また,これら伝統的な産品の貿易につき民間・政府双方のレベルで相互の連絡,情報交換をより頻繁かつ密接に行っていくことにより相手の立場に対する不必要な誤解をさけ関係者間の信頼関係を築き上げて行くことも極めて重要であります。我々としては,貿易問題が政治問題化しないように努めていかねばならないと考えます。
4.今後の両国関係を展望するに当たって第二に重要なことは,従来の貿易パターンを踏まえつつも,それに加えて新しい分野を見出し,日豪双方の利益となるような協力形態を探求することであります。
最近,貴国では,製造業の国際競争力強化等,産業構造の体質改善・強化を目指す貴重なイニシアティヴが打ち出され,実践されておりますが,我が国としてはかかる努力が継続され実を結ぶことを期待しております。我が国においては,4月9日に発表された対外経済対策を受け,「政府・与党対外経済対策推進本部」が設置され,同本部を中心に市場アクセス改善のためのアクション・プログラム策定作業が進められています。また,輸入,特に製品輸入の促進のため,種々の施策が講じられています。このような時に,貴国におかれては製品,サーヴィスについての対日輸出戦略(Japan Market Strategy)が積極的に推進されていますが,これは先見性に富んだ時宜を得たアプローチであると存じます。
貿易・経済関係での進展に加え近年両国間で多様な分野における協力関係が強化されてきていることは大いに歓迎すべきことであります。「科学技術立国」を目指す貴国との間で,引き続き長期的視野に立ってバイオテクノロジー及び新材料等幅広い分野での協力推進を図って行きたいと存じます。かかる一環として,ハイテク分野で民間を主体とする産業協力の推進が図られることも重要でありましょう。また日豪間の社会文化,国民生活全般にわたる相互理解を一層進める上で観光の果たす役割には大きなものがあり我が国としても今後の重要な協力分野の一つとして取り組んで参りたいと思います。なお,貴国は,1988年に建国200年を迎えられます。我が国は貴国の200年祭りには積極的に参加したいと考えており,1988年が日豪観光協力の面においても特筆すべき年となるよう希望します。
5.他方,日豪関係を,以上述べたような二国間の貿易・経済交流という限られた文脈の中でのみとらえることは必ずしも適当ではありません。日豪両国は,今や,単に両国関係のみならず,両国が共に位置するアジア太平洋に係る問題について,また政治・経済問題に亘ってより広く世界の動静について意見交換を行い,又協力していくことが必要となっていると私は考えております。
6.私は,以上のように,両国が伝統的な分野で,また新しい分野で協力をより一層進めていくことによって,日豪関係をより幅の広い,深みのある関係,言いかえればよりソフィスティケートされた関係にすることができると考えます。最近,豪州の有力紙が日本特集号を組み,その中で,日本と豪州の関係について「我々は今や良き結婚を救うために努力しなければならない。我々との長い間の,かつ成功してきた日本との結びつきをおろそかにしてはならない。日本は今後とも長きに亘り我々の最良の伴侶として留るであろう」と述べています。私は,「この結婚」の将来につき,この特集号の筆者よりは格段に楽観的な考えを有しておりますが,両国関係を進展させるために双方が不断に努力していかねばならないという点においては 100%同意するものであります。
以上をもちまして私の基調演説を終ります。