データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日ソ交渉第1回会議における重光全権の声明(抄)

[場所] 
[年月日] 1956年8月1日
[出典] 内閣府、外務省外務省情報文化局
[備考] 
[全文]

 日本は既にサンフランシスコ平和条約によって、南樺太および千島列島を連合国に対して放棄しております。日本固有の領土たる国後、択捉の両島に対する日本側の立場が認められるにおいてはサンフランシスコ条約のこの規定をソ連邦に対して確認することに異議はありません。日本は如何なる国に対しても、日本固有の領土を放棄することは出来ません。問題となっている国後、択捉両島は日本固有の領土であり、サンフランシスコ条約に規定された千島列島に含まれないものであり、この島々は1万人以上の日本人のみが定住していた、いまだ嘗って国際的に問題となったことのない日本国の領土であります。第2次大戦中、連合諸国が最高の原則として、領土の拡大を求めないことを明白にした大西洋憲章はスターリン時代においてソ連邦が賛同した大方針であり、ソ連邦が今日において否認することの出来ない国際憲章と思います。またポツダム宣言が採り上げたカイロ宣言には日本が他より「奪取した」地域を返還せしめると書いてあります。

 これらはソ連邦を含む連合諸国の宣明した法則であります。世界各国は何れもその固有の民族的領土は尊重せられるという大原則がこれであり、国際連合憲章の精神もこれより出ているのであります。貴国ソ連邦は既に1942年1月1日大西洋憲章に参加されて領土の不拡大を宣言せられており、またポツダム宣言によってカイロ宣言の効力をも認めておられるのであります。私は今回日ソ国交の回復に際しては必ずやソ連邦を含む連合国が当時建てられたこれらの原則に従い、ソ連邦が日本固有の領土よりその兵力を撤退せられ、戦争によってなされた占領をその地域より解除せられることを信じます。

 日本古来の民族的領土であり、過去において貴国との間に条約上、即ち1855年下田条約および1875年樺太千島交換条約等において日本領土たることにつき何等の疑いのなかった国後、択捉の二島は北海道の一部たる色丹および歯舞諸島と共に多数の日本漁民のみが平和的に生存していた土地であります。これら日本漁民はソ連邦軍により占領後その郷土たるこれらの島々から放逐せられるのであります。両島が名実共に日本に帰属せしめられた上これら住民の帰還が許されなければならないことは当然であるといわねばなりません。以上申述べた日本側の立場に基づく新しい領土条項をここに提出致しますからソ連邦側においてこれに賛同せられもって本交渉を妥結に導かれることを熱望します。