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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本の核武装および中立問題に関するソ連口上書

[場所] 
[年月日] 1959年5月4日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),912−914頁.外務省情報文化局「外務省発表集」第9号,34−36頁.
[備考] 
[全文]

ソヴィエト連邦大使館は、本国政府の命により、次の問題について日本国外務省に申入れる光栄を有する。

 ソヴィエト政府は、一九五八年五月十五日付および六月十六日付大使館口上書において日本国政府に対し、核兵器および同兵器の目的地への輸送手段(飛行機、ロケットおよびその他)の日本領域への持込みに関する日本の新聞および政治家の発言が事実に適応するや否やにつき説明を要請した。

 遺憾ながら、現在まで日本国政府は、前記の口上書において提起した諸問題に対して明確な回答を与えていない。しかしながら、日本国領域内に核兵器の存することは、極東における戦争の危険の新たな源泉となるが故に、日本国内における核兵器の配置は、ソヴィエト連邦において不安を招来せざるをえず、ソヴィエト連邦がこれを看過することができないことは判りきつたことである。

 次に、日本国政府が日本国内米軍基地への核兵器および同兵器の目的地への輸送手段持込みの事実に関する多数の報道の打消を差控えていることが注意を惹く。それどころか、日本の公的人物は国会および公衆の面前における発言中において、日本に駐留する米国軍隊の原子および水素兵器による装備を正当化しようと試みている。それのみならず、近来、日本国為政者は日本国軍隊の核・ロケット兵器装備を事前に決定し、日本の原子装備の合法化をかちえようとする試みとしかみられない言明を行つている。

 日本国首相岸氏は、最近国会において発言し、日本の原子武装計画になんらかの法律的裏付の外観を与えんとして、日本国憲法を引合にさえ出すにいたつた。日本国防衛庁長官伊能氏は、参議院予算委員会において、日本国軍隊は小口径の核兵器、たとえば核弾頭をもつ「オネスト・ジョン」ロケットのごときものをもつ意図がある旨を述べた。

 かくして、以前の言明、特にソ連政府あての一九五八年五月十七日付日本国政府口上書に述べられている言明、すなわち「日本国政府自身は、核兵器による装備を行つておらず、また、日本国内への核兵器持込みを認めていない」との言明に反し、今や多数の事実は、日本国政府が、第一に、日本国領域に駐留する米国軍隊の核兵器による装備を奨励し、また第二に、日本国軍隊をかかる兵器で装備せしめようとする措置をとつていることを物語つている。

 ソヴィエト政府は、勿論、日本国政府にたいして、憲法をいかに解釈するか、または日本を第三国、すなわち現在の場合では米国と結びつけるいかなる義務を負うべきかという忠告を与えようなどと決して考えていない。しかしながら、事一度日本国の領域内における核・ロケット兵器の配置およびこの種の兵器による日本国軍の装備に関する以上、前記の諸措置は、日本と隣接する諸国家の安全上の利益に牴触せざるをえない。日本の原子装備は、世界のさらにまた一つの地域、すなわち極東における核武装競争を誘致することとなるべく、それは「戦争瀬戸際」政策を実施する諸国家によつて、危機を設けるために利用されるであろう。また、日本の核兵器装備およびその領域内における外国の原子・ロケット基地の設置は、ソヴィエト政府にたいし、ソ連極東の安全上の利益が命ずる一切の措置をとることを必要ならしめるであろう。われわれは、日本と隣接する他の諸国も、日本の島々が米国の原子基地化する事実および日本国軍の諸種の大量殺戮兵器による装備にたいして無関心のままでいるわけにはゆかないであろう。

 ソヴィエト政府は、日本国政府において日本の原子装備が日本の国家とその国民自身のためにもたらす極めて重大な結果を妥当に考慮するよう期待したい。人類史上最初に原子力兵器の破壊的作用の悲劇を自ら体験した日本国民は、比較的小さな領土と高度の人口密度をもつ日本の原子・ロケット装備競争に参加することが何を意味するかを明確に知つているはずである。世界の諸地域における軍事ブロックの主たる組織者である国家のロケット・熱核兵器基地を日本国領域内に設置することは、国民の意志に反して、日本をロケット・原子戦争へ自動的に引きこむ結果となりうる。

 日ソ間に今日まで平和条約が締結されていないこと、および、日本の無条件降伏文書に署名した大国としてのソ連邦は、日本の発展が極東および全世界における平和の確保を脅威するがごときことのないように配慮する特別の理由をもつていることを考慮し、ソヴィエト政府は、原子戦争準備へ日本を引きいれんとする日本国民にとつてゆゆしい結果を内蔵する措置について、日本国政府にたいし適時に警告することを自己の義務と考える。

 ソヴィエト政府は、日本国の安全の確保は、日本の原子武装化の道にあるのではなく、その領域内の外国軍事基地を撤廃する道、また日本国が中立政策を実施する道にあるとの自己の確信をすでに繰りかえし表明してきた。

 ソヴィエト政府は、日本国の永世中立の尊重と遵守とを保障する用意があることをすでに声明してきたが、今ここに重ねてこれを確認する。この目的のために、ソヴィエト連邦と日本国との間に、あるいはソヴィエト連邦、中華人民共和国および日本国との間に適当な条約を締結する問題について日本国政府と討議することができよう。またソヴィエト連邦、中華人民共和国、日本国、米国ならびにアジアおよび太平洋地域のその他の関係諸国を加盟せしめて、日本国中立の集団保障に関する多数国条約の締結問題を討議することもできよう。もし日本国においてその中立が国際連合によつて保障されるべき旨の希望を表明するならば、ソヴィエト政府としては、本問題のこのような解決をも歓迎するだろう。

 右とともに、ソヴィエト政府は、極東および全太平洋地域に平和地帯、まず第一に非原水兵器武装地帯を設置することが極東における平和強化上の利益に、したがつて日本国自身および極東のその他諸国の安全強化上の利益に合致するものと考える。ソヴィエト連邦政府は、極東および全太平洋地域にこのような平和地帯を設置することに極力協力する用意がある。平和地帯の設置に日本が参加することは、極東および全世界における平和強化の事業に立派な貢献となるべきことは疑いがない。

 ソヴィエト政府は、日本国政府がこの口上書に記述されている見解を慎重に研究され、日本国軍の原水兵器装備問題ならびに日本国領域内米国軍事基地への核兵器持込問題に関する自己の立場について必要な説明を与えられるべきことを期待する。