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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本の核武装および中立問題に関するソ連口上書に対する日本側回答口上書

[場所] 
[年月日] 1959年5月15日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),914−915頁.外務省情報文化局「外務省公表集」昭和35年上半期,34−36頁.
[備考] 
[全文]

 一国の国防問題は、その国が自主的に決定すべきものであつて、他国の介入が許さるべきものではない。ソ連の口上書は、在日米軍の核兵器持込みおよび日本国自衛隊の核武装を問題としているが、日本国政府は、周知のとおり独自の立場からその政策として自ら核武装せず、また核兵器の国内持込みを認めないとの態度をとつているのであつて、日本国政府としては、この態度に関連しソヴィエト連邦政府の容喙ないし警告を受くべき筋合ではないと考えている。

 口上書において、ソヴィエト連邦政府は極東および全太平洋地域に非核武装地帯を設置すべしとの提案をしているが、核兵器問題は軍縮全般に関連する問題であり、かつこの問題の解決に最大にして直接の責任を有しているのは、核兵器を所有する大国であることにつきソヴィエト連邦政府の注意を喚起したい。過去において原爆の惨禍を体験した日本国民は、世界の平和と安全のため、関係国間の合意により軍縮全般に関連しすみやかに核兵器の全面的禁止が実現せられることを衷心より念願し、国際連合等を通じてこれに関するあらゆる努力を続けてきた。今、ソヴィエト連邦政府が自国の強大なる核武装を維持しつつ、非核武装地帯を設置すべしとの提案を行つていることは、この大国の責任を他に転嫁する態度といわざるを得ない。もし核兵器全面禁止に至る道程としてなすべきことがあるとすれば、まず査察制度を伴う実験禁止を手始めとし、漸次大国がかかる大量殺人兵器の生産、貯蔵および使用を不可能ならしめるよう努力することこそ肝要である。

 客年十二月二日ソヴィエト連邦外務大臣より門脇駐ソ大使に手交された覚書は随所において現在行われている日米安全保障条約の改定に関する交渉は、日本の「侵略的軍事ブロック」への参加、日本の武装兵力の海外への派遣、日本国憲法の破壊等を目的とするものであるとしている。かくのごときは、日米安全保障条約が全く防禦的な内容と性格のものである事実を故意に無視したものといわざるを得ない。改めて申すまでもなく、日米安全保障条約は、日本国がその有する固有の自衛権に基き自らの安全を守ろうとする自主的かつ純粋に防衛的性格のものであり、他国よりの侵略のない限り、第三国にたいして発動されえず、したがつていかなる意味においても他国に脅威を与えるごときものでありえない。

 世界恒久平和のため民主主義による秩序の維持とその確立を国是とするわが国は、窮極において世界の平和と安全が国際連合の手により全面的に確保されることを衷心希望し、これが強化のために全幅の協力を約するものである。しかしながら国際連合が完全にその機能と責任を果しうるに至るまでの間、わが国としては、国際連合憲章の下においてまず自らの安全を図る道を求め、かつ平和維持に寄与するための措置を講ぜんとすることは当然である。

 ソヴィエト連邦政府は、また口上書において、日本国が、自国の安全を求める手段として中立政策に転移すべきことを勧奨している。すでに指摘せるごとく自国がその安全を保持する手段としていかなる外交政権をとるべきやは、その国民が自主的に決定すべき問題である。ソヴィエト連邦の勧奨する中立の諸方策は日本が自らの安全保障のため選んだ基本的立場を背馳するものであり、日本国の受け入れ難いところである。ソヴィエト連邦は一方において他国に中立を勧奨しながら他方において独自の中立政策を堅持せんとする国を強く非難している。さらにわれわれはソヴィエト連邦を当事者とする不侵略条約ないし中立条約が過去においていかなる結末になつたかという歴史的な事実にも無関心たり得ない。

 また口上書において、ソヴィエト連邦政府は、日ソ間に今日まで平和条約が締結されていないことおよびソヴィエト連邦が降伏文書に署名したことを口実としてあたかも日本国自ら決定すべき問題につき警告を発する特別の立場にあるごときことを述べている。不幸にして平和条約は領土問題未解決のために締結されていないが、すでに日ソ共同宣言により戦争状態は締結し、日ソ両国が平和的にして正常な国交関係にあることは周知の事実である。しかるに今日、この明らかなる事実を無視し、あたかも内政干渉を正当化せんとするがごとき見解がソヴィエト連邦政府により示されたことは、はなはだ遺憾であつて、日本国民は、かくのごとき態度を容認しうるものでないことを明らかにしたい。