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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本国とロシア連邦の間の創造的パートナーシップ構築に関するモスクワ宣言

[場所] モスクワ
[年月日] 1998年11月13日
[出典] 外交青書42号,325−329頁.
[備考] 
[全文]

 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、

 21世紀を目前に控え、国際社会において、民主化のプロセスが進むとともに、現代世界の現実に対応した新たな形の国家間相互関係の形成が活発に進む中で、日露両国の役割と責任が増大しつつあること、及び、両国は一層緊密に協力を進める必要があることについて認識を共有し、

 自由、民主主義、法の支配及び基本的人権の尊重という普遍的価値で今や結びつけられている日本国とロシア連邦が、1993年10月13日の日露関係に関する東京宣言及びこの宣言に基づき両国関係を完全に正常化することを含め、その戦略的・地政学的利益に合致する創造的パートナーシップを構築すべきであることを確信し、

 この創造的パートナーシップ構築に向けての基礎となった東京宣言に基づく日本国とロシア連邦の関係の発展を肯定的に評価するとともに、両国関係をあらゆる分野で一層発展させることを決意し、

 クラスノヤルスク及び川奈での非公式首脳会談を含む両国家首脳の建設的対話の結果、現在、二国間関係は急速な進展を見ており、東京宣言にいう過去の困難な遺産を克服すべき時が到来しつつあるとの共通の認識を確認し、

 両国間の経済的協力の潜在的可能性は、より広くかつ効果的に現実化させる必要があり、このことはロシアにおける経済改革の継続及び日本側からの支持により多くの点で可能となるものであることを指摘し、

 日露関係の質的な改善が、国際情勢、特に、その政治的及び経済的意義を増大させ続けているアジア太平洋地域の状況に好ましい影響を与えることを認識し、

 国際連合憲章の目的と原則に基づく国際の平和と安全の強化のための共通の努力、及び、緊急の対応を要する地球的規模の問題の解決のための共通の努力を活発化することの重要性を認識して、

 以下を宣言する。

I 二国間関係

1 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国の関係がそれぞれの国家の対外政策の中で重要な地位の一つを占めるものであることを表明する。日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、信頼、相互利益、長期的視点及び緊密な経済的協力という原則に立脚して、長期的な創造的パートナーシップを構築することが両国の最重要課題であることを認識する。

 両首脳は、このパートナーシップの下で、二国間の諸問題を共同して解決するばかりでなく、国際的な場における協力を通じて、アジア太平洋地域及び国際社会の平和と安定に寄与するとともに、地球的規模の諸問題の解決のための協力を活発化し、「信頼」の強化を通じて「合意」の時代へと両国関係を発展させることを決意する。

2 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、本年4月の川奈における首脳会談において日本側から提示された択捉島、国後棟{前1文字ママ}、色丹島及び歯舞群島の帰属に係る問題の解決に関する提案に対してロシア側の回答が伝えられたことにかんがみ、東京宣言並びにクラスノヤルスク及び川奈における首脳会談に際して達成された合意に基づいて平和条約の締結に関する交渉を加速するよう両政府に対して指示する。

 両首脳は、平和条約を2000年までに締結するよう全力を尽くすとの決意を再確認する。このため、両首脳は、既存の平和条約締結問題日露合同委員会の枠内において、国境画定に関する委員会を設置するよう指示する。

 両首脳は、また、国境画定に関する委員会と並行して活動し、上記の諸島においていかなる共同経済活動を双方の法的立場を害することなく実施し得るかについて明らかにすることを目的とする、上記の諸島における共同経済活動に関する委員会を設置するよう指示する。

 両首脳は、人道的見地から、旧島民及びその家族たる日本国民による、上記の諸島への最大限に簡易化されたいわゆる自由訪問を実施することにつき原則的に合意し、このような訪問手続の法的・実際的側面を検討するよう指示する。

3 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、日露両国の隣接する地域の住民の間の相互理解の促進及び多面的、互恵的な協力の発展を図り、もって平和条約の早期締結のための環境を整備することを目的とする、択捉島、国後棟{前1文字ママ}、色丹島及び歯舞群島をめぐる協力の重要性を認識する。

 この関連で、両首脳は、人道的観点から緊急の対応を要する場合の両国間の協力の枠組みが拡充されたことを歓迎する。

 また、両首脳は、日本国政府とロシア連邦政府との間の海洋生物資源についての操業の分野における若干の事項に関する協定の締結及びこの協定の下での操業の円滑な実施を高く評価するとともに、これが両国間の信頼関係の強化に大きく貢献していることを確認する。

4 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国間の政治対話を深め、強化するとの確固たる意図を有する。双方は、毎年首脳レベルでの公式の接触を実現し、両首脳間の非公式会談の慣行を積極的に利用し続ける意図を表明する。

5 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、最近発展してきている日露間の安全保障及び防衛の分野における交流を肯定的に評価し、このような交流が、単に二国間関係における信頼と相互理解を強化しているのみならず、アジア太平洋地域の安全保障の分野において、信頼醸成措置の向上及び透明性の確保という肯定的プロセスを促進するものであることを考慮し、これを継続及び深化させる用意があることを確認する。

6 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、組織犯罪及び密輸防止の分野における協力の重要性を考慮し、両国の治安当局間の交流の活発化を促進する。

7 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、日露関係の更なる着実な発展のために好ましい雰囲気を確保する上で、社会レベルでの幅広い交流が極めて重要な役割を担うとの点で一致した。双方は、上記の目的の下、ロシア連邦においてロシア21世紀委員会が設立され、また、日本において日ロ友好フォーラム21が設立されたことを歓迎し、それらの活動にあらゆる支持を行う意図を有する。

 また、両首脳は、日本国及びロシア連邦の間の国家及び地域レベルでの広範な交流の重要性を指摘する。

8 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国の文化、伝統及び国民の世界観に多くの共通点があること、並びに、日本及びロシアの国民の文化を相互に豊かにするよう協力することの重要性を指摘するとともに、文化及び情報の交換の分野における多様な両国関係を一層促進する意図を有する。

9 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国の青少年同士の交流の活性化が、日露関係の重要性に関する彼らの正確かつ客観的な理解及びその将来に対する責任感の形成を促進することを考慮し、両国の青少年の交流に特別な意義を認める。

10 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、貿易・経済分野における両国の協力の更なる強化が、双方の利益に合致することを確認するとともに、この分野の協力を、長期的視点に立ち、一層発展させる決意を表明する。両首脳は、この関連で、両国首脳によって合意された包括的な日露経済協力プログラムである「橋本・エリツィン・プラン」の重要な役割に留意し、引き続き同プランを着実に実施し、その更なる拡大のために可能な方法を検討する。

 両首脳は、シベリア及びロシア極東の豊富な天然資源の開発を含め、両国間の経済分野における協力に充分な潜在力が存在するとの共通の認識の下、この協力を更に促進する意図を表明する。両首脳は、このような方向に向けた両国の協力が、二十一世紀における両国及びアジア太平洋地域全体の繁栄に貢献するものであるとの認識を共有する。

 両首脳は、以上の課題の達成及び両国間の貿易・投資を巡る環境の改善に向けて、両国が引き続き作業していくことを確認する。これらの目的のため、双方は、毎年、貿易経済に関する日露政府間委員会の会合を開催する。

 両首脳は、投資保護協定が署名されたこと、及び、投資会社の設立に向けた作業が継続されていることを歓迎する。

11 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、ロシア連邦の経済発展及び国際社会への統合が、両国関係の発展のみならずアジア太平洋地域更には世界全体の繁栄に資するとの共通の認識を有する。ロシア連邦は、安定した経済基盤の形成と国際経済体制への最も速やかな統合に向けた改革を継続し、日本国政府は、ロシアのこのような改革努力に対しあらゆる支持を与え、国際社会との緊密な協調の中でその実現のために努力していく。

12 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国間の科学技術協力のための潜在的可能性が極めて大きいことを認識し、現代社会の発展及び将来にわたる持続的な経済成長の実現に向けられた基礎及び応用科学研究並びに将来性のある研究開発の分野における、共同プロジェクトを含めた交流と協力を支持する。

II 国際問題における協力

 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、以下の方向で国際問題における日本国及びロシア連邦の協調行動を拡大し深化させるとの意図を表明する。

グローバルな問題

1 日本国及びロシア連邦は、G8の枠内で協調行動を深める。

2 日本国及びロシア連邦は、安全保障理事会の改革を含む国連改革の諸問題に関する対話を継続する。ロシア連邦は、日本国が安全保障理事会の常任理事国となることを志向していることを理解し、これを支持するとともに、日本国がかかる地位を得る有力な候補であるとの認識を表明する。

3 日本国及びロシア連邦は、核兵器不拡散条約の強化、包括的核実験禁止条約の早期発効及び核兵器その他の核爆発装置のための核分裂性物質生産禁止に関する条約の作成における協力を拡大するとともに、双方が参加する国際輸出管理レジームにおける協調関係を拡大し、国内輸出管理問題に関する対話を継続し、化学兵器禁止条約及び生物兵器禁止条約の実効的実施の確保において協調的に行動する。

4 日本国及びロシア連邦は、平和維持活動に関する情報交換を促進する。双方は、世界の紛争地帯での紛争防止及び状況の正常化のための国際社会の努力に協力する。日本国及びロシア連邦は、テロリズムとの戦いを目的として、G8の枠組みをはじめとする種々の場において協調行動を深める。

5 日本国及びロシア連邦は、気候変動をはじめとする環境分野の様々な取組みにおいて協調的に行動する。

アジア太平洋地域

6 日本国及びロシア連邦は、緊密な二国間の接触及び他の諸国との協力の下、アジア太平洋地域における信頼醸成、平和の確保及び安全保障のための努力に積極的に参加する。

7 日本国及びロシア連邦は、東南アジア諸国連合との協調行動を継続するとともに、安全保障問題に関するASEAN地域フォーラム(ARF)の活動に引き続き建設的な貢献を行うよう努力する。

8 日本国及びロシア連邦は、朝鮮半島における緊張緩和、対話及び協力関係の発展を支援するため、協議及び協力を行い、カンボディア問題の調整に関する協調行動を継続していく。

9 日本国及びロシア連邦は、朝鮮半島の和平に関する四者会合の進展に期待する。

 更に両国は、将来的に、北東アジアの安全保障及び信頼醸成に関する日露両国を含む関係国間の話し合いの場を設けていくことが、北東アジアの平和と安定への貢献との観点から意義深いものであるとの考え方を共有する。

10 日本国は、アジア太平洋経済協力(APEC)の活動へのロシアの建設的な参加を支援する。日本国及びロシア連邦は、アジア太平洋地域における安定的な経済発展についての対話の深化を図る。

 日本国及びロシア連邦は、アジア太平洋地域におけるエネルギー分野の国際協力の発展が、同地域のエネルギー安全保障、地球温暖化問題の解決、ひいては安定及び社会経済的発展を促進することを考慮し、そのために協力する。

11 日本国及びロシア連邦は、海洋汚染、酸性雨等アジア太平洋地域における環境問題に対処するため引き続き協力を行う。

地域的問題

12 日本国及びロシア連邦は、中東和平の進展を促進するために協力を継続する。

13 日本国及びロシア連邦は、中央アジア及びトランスコーカサス地域との安定的な多面的協力の環境を創り出すため、協力関係を進展させる。

国際問題に関する協議

14 日本国及びロシア連邦は、国際問題に関する日露間の協力を強化し、より効果的なものとするため、様々な地域・分野に係わる国際問題について両国間の定期的な協議及び情報交換を積極的に実施していく。

1998年11月13日にモスクワで

日本国総理大臣

ロシア連邦大統領