[文書名] 有馬政府代表による第二回日露フォーラム基調スピーチ(「グローバル化の中でのアジア太平洋地域における日露協力の展望」)
尊敬するご列席の皆様、
1.はじめに
昨年の第1回フォーラムに続き、本日の第2回「日露フォーラム」において基調スピーチを行う機会を与えられたことを大変光栄に存じます。
私は、昨年の第1回フォーラムの基調スピーチにおいて、次のようなメッセージを伝えました。
「ロシアはアジア太平洋地域に存在する大国であって、この地域の平和と安定に大きく貢献する潜在的力を有している。しかしながら現状においては、アジア太平洋に対するロシアの貢献は、その潜在的力に見合った水準には達しているとは申せない。ロシアがこの地域でより建設的な役割を果たせば、ロシア自身及びアジア太平洋地域双方の利益につながり、日本はロシアがそのような役割を果たされることを期待しており、この潜在的な力を現実のものとするため、我が国としても協力していきたいと考えている。そのためにも日露両国民が相互理解を更に深め、平和条約の締結を通じ、日露関係を完全に正常化することは、両国国民に与えられた歴史的使命である。」
アジア太平洋地域における日露関係についてのこうした私の考えは、今も全く変わりはありません。むしろ、昨年9月11日の米国における同時多発テロ及びそれ以降の国際社会の変化は、国境を越える課題への取組みにおける国際的連帯と異文化間の国民レベルでの相互理解の促進の重要性をますます高めていることから、こうした考えを更に強くしています。
本日は、こうした基本的な考え方を踏まえた上で、アジア太平洋地域において、日露両国が戦略的な関係を構築し、協力関係を深めていくこと、そのためにも国民レベルでの相互理解を促進することがいかに大切であるかについて、私の考えを述べさせていただきたいと存じます。
2.アジア太平洋地域とグローバル化に伴う諸問題
まず、日露協力の中心的な舞台となるアジア太平洋地域は、ロシアにとってどのような意味を有しているのでしょうか。
ロシアにとっては、その国土の4分の3を占めるウラル以東のシベリア・極東地域の開発・発展のためには、アジア太平洋地域との協力が重要な鍵です。例えば、ロシアの極東や東シベリアはエネルギー分野の大きな可能性を有していますが、アジア太平洋地域はロシアにとっても大きな市場となり得ます。
安全保障面をみても、アジア太平洋地域では、民族や宗教など、複雑で多様な要因を背景とした地域紛争の発生、大規模破壊兵器やミサイルの拡散の進行等、依然として不透明、不確実な要素が多く残されています。このような状況において、ロシアの動向は、この地域の安定と平和に重要な意味を有しています。
また、グローバル化の進展は、アジア太平洋地域に一層の繁栄の機会をもたらす一方、負の側面として、グローバル化の恩恵の偏在、貧富の差の拡大、情報格差など様々な問題をももたらしています。大きな経済発展は、資源の過剰な利用を促し、資源の枯渇、環境の悪化を引き起こしています。また、ヒト、モノ、カネの自由な動きは、テロ、組織犯罪、感染症、薬物さらには人の密輸などの問題をますます深刻なものとしています。
こうした国際社会を越える問題に一国で対処することはできません。関係国さらには国際社会全体が協力して行動することにより初めて問題の解決が可能となります。日露両国が、国境を越える諸問題に取り組んでいくことは、両国自身のためだけではなく、グローバルなプレーヤーとして当然の責務であると考えます。こうした観点から、地球温暖化問題に関し、京都議定書をロシアが早期に締結することを我が国として強く希望していることを申し添えます。
3.日露関係
(全般)
次に、アジア太平洋地域を取り巻くこのような状況の中で、日露関係の今後のあり方について述べたいと思います。
日露両国は、首脳間の信頼関係にも支えられ、二国間協力を経済、文化、国際問題などの幅広い分野で着実に発展させています。現在では、以前には考えられなかったような高い水準で重層的な協力関係が進んでいます。議会間交流においても、本年6月には国家院よりCIS問題委員会代表団等を迎える予定のであるほか、サッカー・ワールドカップ関連で総勢20名を越える国家院議員代表団が訪日し、観戦の他、日本の国会議員との間で日露議員親善サッカー大会に参加することとなっております。安全保障面でも様々なレベルで対話や交流が行われ、相互の信頼醸成の向上に大きく寄与しています。
しかしながら、日露両国の協力関係は、その潜在力に比べれば、未だに低い水準に止まっていると言わざるを得ません。ロシアがアジア太平洋地域への関与を深める上で、自由、基本的人権、民主主義、市場経済といった基本的価値を共有し、G8のパートナーである我が国との関係の強化が鍵となるのではないでしょうか。我が国としても、ロシアがアジア太平洋地域への関与を深め、日露両国が戦略的パートナーとしてアジア太平洋地域が直面する問題に共に取り組んでいくことを強く期待しています。
こうした観点から、我が国としては、ASEAN地域フォーラム(ARF)やアジア太平洋経済協力機構(APEC)といった地域的な枠組みの発展を通じロシアのアジア太平洋地域への参加の深化を引き続き積極的に支援していく考えです。また、国境を越える諸問題への解決に向けた日露協力も重要です。日露間では既に、密漁の取締、海上における油による汚染防止、ロシアにおける放射性廃棄物の処理などの分野で具体的な成果をあげていますが、協力を発展させる余地はまだまだあると思います。
今週、ブッシュ大統領は、ロシアを公式訪問し、当地も訪れると承知しています。我が国としては、米露両国が建設的な関係を発展させることは、国際社会の平和と安定に寄与するものとしてこれを高く評価しています。こうした中、日米露の三か国関係をみてみると、もっとも発展が遅れているのは残念ながら日露関係のように思えます。日露関係を抜本的に改善できれば、日米露の3か国の関係はより安定的なものとなり、北東アジア、ひいては国際社会全体の平和と安定の維持に大きく寄与することでしょう。
(平和条約締結問題)
現在、日露間で唯一未解決のまま残されている政治問題が平和条約の締結問題です。この問題を解決することができれば、日露両国の利益のみならず、アジア太平洋地域の平和と安定に大きく寄与します。この問題に対する我が国の姿勢は不変であり、日露両国は、「四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結し、もって両国関係を将来に向かって安定した基盤に置く」との方針に基づき、引き続きねばり強くこの問題に取り組んでいかなくてはなりません。
また、平和条約締結の重要性及びこの問題を巡る両国の立場や交渉の現状についての両国世論の理解度はまだまだ不十分となものと言わざるを得ません。両国国民の感情を刺激し、日露関係の発展に障害となることは是非とも避けなければなりません。したがって、この問題を解決して平和条約を締結し、もって日露関係を質的に新たなレベルに引き上げることの重要性につき、このフォーラムを含めあらゆる場で両国世論に訴えていくことが重要です。
(日露経済関係)
経済面においては、第1回フォーラム以降、いくつかの大きな出来事がありました。中でも長年の懸案であったカマ・トラック工場及びヤロスラブリ精油所に対する国際協力銀行の融資案件が始動したことは、我が国経済界にとっても良いシグナルとなったものと思われます。また民間部門においても、宇宙分野といった新たな協力の可能性が開拓されようとしております。昨年5月から6月にかけてロシアを訪問した経団連ミッションは、正にこうした前向きな動きを促進したものと確信いたします。このミッションが当地を訪問し、チェルケソフ北西管区全権代表と会談したほか、この地の情勢をつぶさに視察したことは記憶に新しいかと思います。経済交流の具体的な成果は即座に目に見えるものではありませんが、ロシアの現状を200名以上の我が国のトップ・ビジネスマンが目の当たりにしたことは、今後の日露経済関係の着実な発展に貢献するものと考えます。
一方で、特に極東、シベリアにおいて活動する我が国の企業が、ロシアにおける貿易・投資環境の未整備からくる諸問題に悩まされている例が見られます。外国投資家を適切に保護する法制度を整備し、特にその内容を地方に至るまで周知させることは、広大なロシアにおいて外国企業が安定したビジネスを展開するための不可欠の条件です。また複雑な許認可制度を如何に簡素化、迅速化するかといった点も重要です。今後長期に亘り外国資本がロシアを魅力的と感じるか否かは、この時期にロシアが真剣に改革を進めることが出来るかどうかにかかっています。我が国も長きに亘りロシアの市場経済化を支援してきており、昨年3月には当地において6番目の日本センターが開設されました。ロシアにとって有益な支援を今後とも継続していきたいと考えます。
4.9月11日の同時多発テロ以降のテロ分野における協力の現状と今後のあり方
次に、国際テロ分野における日露協力及び文化交流の重要性について述べさせて頂きます。
昨年9月に米国で発生した同時多発テロは、新たな安全保障上の脅威を改めて私達に認識させ、国際的な協力の重要性を強く認識せしめました。ロシア同様、我が国としても、国際テロの問題を自分自身の問題と捉え、テロとの闘いに幅広い分野において積極的に貢献してきました。具体的には、米英の艦隊への燃料補給のため、自衛隊艦船をインド洋に派遣したほか、アフガニスタン復興支援のため、1月に国際会議を東京で開催し、5億ドルの資金協力を表明しました。パキスタン、ウズベキスタン、タジキスタンなどのアフガニスタン周辺国に対する支援も実施しています。また、テロを防止し、テロリストを処罰するための国際的な法的枠組みの強化やテロ資金源の対策にも積極的に取り組んできています。
こうした国際テロとの闘いを進めるに当たり、強固な国際的連帯が示されました。日露間でも、昨年10月に小泉総理とプーチン大統領が電話会談を行い、国際テロとの闘いにおいて共に協力していくことを確認したことを受け、両国間では、地域情勢等について情報交換が積極的に行われているほか、アフガニスタンにおける地雷除去のためカマズ・トラック100台以上を我が国の支援により供与する予定です。こうした緊密な情報交換、一つ一つの成功例の積み重ねが今後の協力関係、更には日露関係全体の発展に繋がるものと考えており、そのためにも国際テロ分野における日露協力を今後とも積極的に進めていく必要があると考えています。
5.日露文化交流
また、日露両国の相互理解を深化させ、日露関係の発展を支えていく必要な柱の一つとして、今後更に日露文化交流を積極的に進めていく必要があると考えています。
日露両国では、様々な側面で文化的な接点があり、文化交流が一層発展する十分な素地はあります。しかしながら、現状をみれば、残念ながら、ロシアでは、日本文化に対する関心が高い一方で、日本に関する情報量が不足し、日本に対するイメージは限定的かつ固定観念的なきらいがあります。日本におけるロシアの状況も同様ではないかと思います。こうした観点から、プーチン大統領のイニシアティブの下で、明年開催されるサンクト・ペテルブルグ建都300周年記念行事に因み、日本政府が検討している「ロシアにおける日本年」構想が実現され、ロシア各地で各種の文化行事が開催されれば、両国の相互理解の促進に資するものとして強く期待しています。
6.おわりに
政府レベルでも、日露双方の関係者が、相互に信頼し、両国関係の発展に努めていくとの姿勢を大切する必要があります。そうした信頼関係に基づく両国関係全体の発展が、アジア太平洋地域における両国の協力関係の更なる進展を促すとともに、困難な問題の解決を通じた日露関係の完全な正常化に繋がるものと考えます。
今回のフォーラムでは、新鮮な視点から、既成概念に囚われず裾野の広い議論がなされ、互いへの関心が一層深まり、日本とロシアの関係の将来への展望に新たな弾みが与えられることを期待します。
御静聴有り難うございました。