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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 有馬政府代表による第三回日露フォーラム基調スピーチ(「日露協力のさらなる発展をめざして」-シベリア・極東に拓かれる日露協力の新たな地平-)

[場所] イルクーツク
[年月日] 2003年9月13日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.はじめに

 尊敬するご列席の皆様、

 昨年、一昨年と続き、日露フォーラムの基調スピーチを行う機会を与えられたことを大変光栄に存じます。本日の機会を利用して、私はシベリア・極東における日露協力の進展を切り口として日露関係の発展への展望について述べたいと思います。

(1)歴史的背景

 「日本人と貿易が出来れば、今後ロシア帝国に大きな利益がもたらされるであろう。」これは、18世紀に北太平洋の調査と日本への航路の探検を指揮したロシア海軍のベーリング大佐が海軍省への報告書の中で述べている言葉です。シベリア・極東へと進出したロシアは早くから日本との関係が深まることの重要性を認識していました。日本とロシアの最初の接触は、カムチャッカなどに漂流した日本人船員と彼地に進出してきたロシア人によるものでした。中でも、大黒屋光太夫は有名で彼とその一行はロシア側から暖かいもてなしをうけ、特に、その一部はここイルクーツクに定住しました。また、ここイルクーツクには早くから日本語学校が設立され、日本との交流に必要な通訳の育成が試みられました。日本とロシアとの接触は、このようにシベリア・極東地域において始まりました。シベリア・極東地域の発展のためには日本を含む周辺諸国との関係の強化が歴史的な課題であったといえるでしょう。

(2)最近の協力の進展

 最近の動きに目を転ずれば、本年1月に小泉総理が我が国総理大臣として初めてハバロフスクを訪問して以来、我が国とシベリア・極東地域との関係の強化が目に見えて進んできています。6月には川口外務大臣がウラジオストクを訪問し、併せて日露の官民経済関係者による極東分科会が開催されました。8月には、森前総理が150人の石川県の代表団と共にイルクーツクを訪問し、ゴヴォリン知事と会談しています。また民間レベルでも、5月にはロシア東欧貿易会の極東ミッションが派遣されるなど、我が国民間経済界のシベリア・極東地域への関心が高まっています。現在、まさにシベリア・極東地域において日露協力の新たな地平が拓かれつつあると言えます。

2.日露関係の更なる発展に向けてシベリア・極東が持つ可能性

 この背景には、本年1月に小泉総理が訪露した際に、プーチン大統領との間で今後の日露関係発展の「海図」とも言うべき「日露行動計画」を採択し、日露間で同計画に基づいて幅広い分野で着実に協力が進められてきているということがあります。日露行動計画の進展をシベリア・極東地域における協力に焦点をあててみたいと思います。

(1)経済貿易分野における協力

(イ)経済関係一般

 シベリア・極東の豊富な天然資源、日本の豊富な資金力・技術力と安定した巨大な市場、両者の地理的近接性という条件に鑑みれば、シベリア・極東における貿易経済分野の日露の協力は互恵的でありかつ大きな潜在性を持つものです。

(ロ)サハリン・プロジェクト

 日露の経済協力の潜在性が具体的な形で実現した例として注目すべきは、サハリン・プロジェクトです。サハリン1は本年夏より油田の掘削作業が開始され、サハリン2は先般100億ドルの次期投資決定がなされました。サハリン1・2の両プロジェクトが完成すれば、天然ガス・石油の輸出額の合計は、年40〜50億ドルにも達する可能性があり、日露の貿易関係を飛躍的に発展させることも期待されております。既に、サハリン・プロジェクトの本格化に伴い、極東地域全域で日露の企業の取引が活発化しています。

(ハ)太平洋パイプライン

 シベリア・極東地域は、豊富な天然資源を有しながら、市場へのアクセスが限られていたことと、開発のための投資が十分でないために、これまで必ずしも開発が進んできませんでした。現在日露間で協議が行われている太平洋パイプライン・プロジェクトは、これまで主に欧州方面に輸出されてきたロシアの石油を、初めてアジア太平洋地域、更に太平洋を経て世界の大きな市場へ輸出することを可能とするものです。これが実現すればアジア太平洋地域のエネルギー安全保障を高めるとともに、石油供給国としてのロシアの地位を高め、同時に外資の導入による東シベリアの資源開発を促進することとなり、日露双方、さらにはアジア太平洋地域全体にとって大きな意義を有するものです。

 かつて、ソ連とヨーロッパを結ぶガスパイプラインがソ連とヨーロッパの信頼の醸成に大きな役割を果たしたように、太平洋パイプラインの実現は、ロシアとアジア太平洋地域をより密接につなげ、日露関係全体の基盤を強化することにつながるものとなるでしょう。現在、日露の専門家の間で具体的な協力のあり方について協議が進められていると承知していますが、本件が実現するよう強い期待を持って見守っています。

(2)国際舞台における協力

(イ)北朝鮮

 国際舞台における協力について見れば、日露を始めとする北東アジア地域諸国にとって、北朝鮮問題は喫緊の課題であり、朝鮮半島の非核化のために、関係諸国が協力して取り組むことが必要です。先般北京において六者会合が開催され、その過程では日露間でも緊密な意見交換、協力が行われました。核問題を始めとする諸問題の平和的解決のため、北朝鮮が国際社会の一員として責任ある行動をとっていくよう、引き続き積極的に働きかけていくことが重要であり、今後とも日露が緊密な協力を維持することが期待されます。

 特に我が国が北朝鮮との間で抱えている拉致問題は、人権・人道上の問題であり、ロシアからもこの問題の解決に向けて協力が得られることを期待します。

(ロ)非核化協力

 ロシア極東における退役原子力潜水艦の解体は、核軍縮のみならず日本海の環境保護の観点からも重要な課題ですが、この分野でも日露の協力が進んでいます。6月に川口大臣がウラジオストクを訪問した際に、ズヴェズダ造船所を視察し、その機会に原潜解体プロジェクトの実施のための取決めが署名されました。現在、原潜解体事業「希望の星」の最初の事業の実施に向けた準備が進んでいます。

(3)防衛・治安分野における協力

極東軍事演習

 さらには、先月ロシア太平洋艦隊が主導して実施された極東における演習には、ナホトカ沖における海難救助訓練フェーズに我が国の海上自衛隊のヘリ搭載護衛艦が参加しました。これは「日露行動計画」の重要な柱である防衛交流及び国際舞台における協力の進展の大きな成果です。また、今月はじめには海上自衛隊護衛艦がウラジオストクに派遣されております。

(4)文化・国民間交流

「ロシアにおける日本文化フェスティバル2003」

 文化面での交流も進んでいます。昨年サンクトペテルブルグで行われた第二回日露フォーラムでは、2003年が同市の建都300周年であることも踏まえ、日本の伝統や文化をロシア全土において紹介する行事を開催することにつき総括文書において両首脳に提言しました。その結果が、現在開催されている「ロシアにおける日本文化フェスティバル2003」につながりました。8月末には、このイルクーツクと姉妹都市関係にある石川県の子供たちが素晴らしいバレエを披露したと聞いております。

3.困難な過去の遺産の克服

 このように、「日露行動計画」の各分野において日露の協力が着実に進展してきている中で、ご承知のとおり、日露間には戦後50年以上を経てもなお、未解決の領土問題が存在しています。この困難な過去の遺産を克服することなくしては、日露両国が真の堅固な信頼関係に基づいて、協力を進めることはできません。これまで述べてきたように大きな可能性をもつ日本とロシアの間に、国際的に承認された国境すら存在していないということは、極めて不自然なことです。このことは日露関係をより前進させていく上での大きな障害となっています。この問題に対して日露両国が正面から取り組み、四島の帰属の問題を解決して平和条約を早期に締結することにより日露関係が完全に正常化させることを強く望みます。本フォーラムにおける議論が日露関係が有する大きな可能性についての両国国民の理解を深め、両国が平和条約交渉を前進させるための一助となることを期待します。

 領土問題の解決のためには、この問題についての両国国民に対する世論啓発が重要です。「行動計画」の中にも、両国による啓発資料の作成が盛り込まれました。領土問題に対する両国国民の正しい理解を得るために、啓発資料にどのような内容を盛り込んでいくべきなのかについて忌憚ない議論を行うことは、本フォーラムに課せられた重要な役割でもあります。

4.おわりに

 19世紀の歴史家クリュチェフスキーはロシアを評して次のように述べています。「歴史的にはロシアはもちろんアジアではないが、地理的にはロシアは完全なヨーロッパではない。それは・・・二つの世界の仲介者である。」ロシアは歴史的にアジア太平洋地域と深いつながりをもってきました。そしてシベリア・極東地域は常にロシアとアジア太平洋地域の交流と協力の舞台でした。シベリア・極東地域における日露協力が一層の進展を遂げ、真の信頼関係に基づく日露関係の構築につながることを期待しています。

 ご静聴ありがとうございました。