データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中印国境紛争に関するネール印首相親書

[場所] 
[年月日] 1962年10月30日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),426−428頁.外務省公表集・昭和37年下半期,180−4頁.
[備考] 要旨
[全文]

一、インド国領土に対する中共軍の大規模な侵略の結果起りうべきことはインドにとつてのみではなく、世界全体にとつても重大なものである。

二、インドは独立して以来一貫して平和政策および友好善隣政策をとつてきた。戦争と暴力を憎悪することはインドの国民的伝統の一部である。

三、インドは戦争防止と平和維持のためにあらゆる努力をはらつてきた。インドは隣国と紛争が起つたときにも同じく、平和政策を進めるべく努力してきた。五年前中共軍がラダクを攻撃してきたとき、インド領が一万二千平方マイルも中共軍により占領されたにもかかわらず、インドは忍耐と節制を示し、平和的な名誉ある解決の道を開くべく努力した。一九六〇年中共首相は私に会見したいという希望を表明したので、私は、両国間の紛争を平和的に解決する手段を見出すために喜んで会見した。

 しかし、この紛争は解決するに至らず、インドは両国政府官吏がすべての事実を調査することに同意した。インド政府官吏が作成した報告書は、協定および条約により繰り返し確認されてきたインド、チベット間の伝統的および慣習的国境線に関するわが方の立場を全面的に支持するものであつた。

 私は中共政府がこれらの事実を考慮し、紛争を平和的に解決するため一層努力することを希望していたが、中共の侵略は一層激しくなつた。このためインドは限られた防衛措置をとらざるをえなかつたが、同時に紛争解決のための会談にふさわしい空気を作るために、緊張を緩和する目的で平和的に事を処理するよう努力し続けた。

四、インドとしては右のような態度の結実をみることを希望しつつあつた時、中共軍は、一九六二年九月八日突如、わが領土に新たなる侵入を行なつた。中共軍は、チベットへ行{前1文字ママとルビ}つて以来十二年間も尊重してきた東部地区の国境線を越境したのである。同地区の伝統的な、また条約による国境線は、分水嶺であるヒマラヤ連山の尾根である。インドはこの新たなる侵略に抵抗するため即時行動をとることもできたのであつたが、平和的手段を固く守り、中共側がわが領土から撤退するよう中共を説得する努力を続けてきた。

五、この問題に関する口上書が交換されている間に、中共は●次{●=しかばねに婁}の偵察的攻撃を行なつた後、十月二十日の朝西部のみならず東部の印中国境の全線にそつてわが防衛軍に対し大規模な攻撃を行なつてきた。かかる大規模な攻撃は慎重な下準備があつてこそはじめて行なわれうるものであつた。わが防衛軍は頑強に抵抗したが、中共軍のより強大な兵力と大量の武器によつて後退せしめられた。このような敗退にもかかわらず、インドの抵抗は今後とも続けられるであろう。なんとなれば、われわれは自国を防衛し、侵略を終らしめるべく決意しているからである。

六、中共が、インドとの関係において恩を仇で返えしたことは非常に遺憾なことである。中共との友好的、平和的関係の保持は、インドの独立以来の基本的政策であつた。われわれはこの政策を一貫して踏襲し、国際場裡においてあえて無理をしてまでも中共の立場を支持してきたのであつた。

 しかるに中共が敵対的な態度を示しただけでなく、偽瞞行為にまでも訴えたことをわれわれは遺憾としている。十月二十日のインド防衛軍に対する計画的かつ大規模な攻撃すらも、中共側はこれを中共国境守備兵に対するインド軍の攻撃であると称している。この主張が全く間違いであることは、印中国境の東部だけでなくその他の地域に対しても中共側が激しい攻撃を行なつたことから明らかである。自由を愛好するインドはもとより、いやしくも自尊心のある国ならば、どの国もいかなる結果が生じようと、かかる侵略に屈するようなことはできない。またインドは、中共のインド領占領が、国境紛争を中共側の主張する条件で解決するようインドに強いるための取引き材料として利用されることを容認することはできない。

七、この問題は単なる国境紛争ないしは小さな国境線調整の問題というものではない。中共の行なつてきた大きい、不合理な要求もさることながら、中共は過去五年間に、一二、〇〇〇平方マイルのインド領を占領してきた。緊張緩和のための会談および討議を開催するよう書簡の交換が進められ、さらに、その日時および場所までも提案されつつあつたときに、中共は新たな侵略を開始し、別の地域においてインド領を占領したのである。この問題は隣接国間の国際行為の規範の問題であり、世界が、「力は正義なり」という原則が国際関係において一般に行なわれることを許すか否かの問題である。このことを念頭において、インドはその名誉と領土保全を保持するため、および国際規範が「力は正義なり」という弱肉強食の法に堕することを防ぐため、侵略に対し抵抗を続ける。平和的解決のために第一に必要なことは中共軍が少くとも一九六二年九月八日以前にいたところまで撤退することである。

八、侵略の歴史は数年前にさかのぼるものである。九月八日に開始された東部地方における中共の最近の侵略は、十月二十日に中共軍が全国境線にそつて大規模な攻撃を開始したため、重大な戦闘へと発展し、事態を危機に追い込んだ。この危機はインドだけのものではなく、世界の危機でもある。

九、われわれが侵略に対し抵抗を行なつているこの危難の時に際して、われわれは貴下の同情と支持ならびにすべての国の同情と支持を得られるものと確信している。これは単にわれわれとこれら諸国とが友好関係にあるためのみならず、われわれの闘争が世界平和のためであり、かつ国際関係における欺瞞と偽りならびに暴力を除去することにあるためである。